Category Archives: 成績

採点泣き笑い

5月20日(月)

テストが終わると、教師は採点です。中間テスト当日、作文を3人分読んで頭が痛くなり、週末は何もせず、今朝は新規まき直しで読解の採点に取り組みました。

こちらは、問題が易しかったのか、温情をかけるまでもなく、どの学生も合格点を取っていました。文章の内容が理解できていないというよりは、理解した内容を表現するところでつまずいて、失点につながったという学生がほとんどでした。新入生のSさんなどがその典型です。

「よくやった」と言ってやりたいところですが、欠席がちの学生まで合格点が取れているので、そいつらが休んでもどうにかなると変な自信を持つようにならないか心配です。休んだら進級できないんだぞと痛い目に遭わせなければならないのです。こちらはSさんとは逆に、答えるコツを身に付けてしまっているので、勉強不足でもどうにかなっているのかもしれません。

私の採点担当は初級ですが、上級のEさんは、中間テストの直前に、上級の読解はテキストが難しくて、時間をかけて勉強しないと点数が取れないとこぼしていました。上級は、読解に限らずどの科目も、日本人と伍して勉強したり(アルバイトではない)仕事をしたりする際に困らないだけの日本語力をつけることを目標としています。Eさんだって、来年の今頃は、日本語で大学の講義を聞き、日本語の専門書を読み、日本語でプレゼンテーションし、日本語でレポートを書かなければならないのです。たかだかKCPの上級の読解テキストが難しいなどと嘆いている暇はありません。

採点したテストは、明日もう一度見てみます。採点ミスがないかどうかはもちろんのこと、採点基準がぶれていないか、減点幅が妥当かも見直します。そして、成績表に記入します。その時点で、学生の運命が決まるのです。

きれいな教科書

5月16日(木)

Nさんは、昨日とおととい、欠席でした。明日に中間テストを控え、昨日のテストを受けたいと言ってきました。昨日受けた学生たちには採点して返却し、授業中にフィードバックまでしていますから、成績はつきません。それでも勉強のために受けたいとのことでしたから、受けさせました。

Nさんの答案を採点すると、何と不合格点。フィードバックのときにこういう答えはこういう理由でダメだと注意したのをそのまま書いている問題もありました。授業を聞いていないんだなあ。

練習問題扱いとはいえ不合格ですから、教科書やノートを見てもいいから正しい答えを書けと言って、自分で直させました。だいたい直せたのですが、いくつかの問題はどうしてもわからないようでした。Nさんの教科書を手に取り、その問題が書いてあるページを開くと、何の書き込みもないではありませんか。そこを勉強した日に欠席したのか、出席しても教師の話を聞いていなかったのか、Nさんの頭にはその付近で学ぶべきことが全然入っていないことだけは確かです。

他人の教科書をあんまりしげしげとのぞき込むのもいかがなものかと思い、Nさんの教科書を隅から隅まで見ることはしませんでしたが、なんだか妙にきれいな教科書でした。同じ時に買っているはずのXさんやYさんの教科書は、かなり年季が入っているように見えるんですがね。XさんもYさんも、昨日のテストは90点台でした。

Nさんは、自分から昨日のテストを受けたいと申し出ました。だから、全然やる気のない学生だとは思いません。しかし、楽に勉強したいのでしょうね。日本で進学するつもりだそうですが、それが実現したとしても、このままでは実り多き留学にはならないでしょう。中間テストが終わったら、そこから指導しなければなりません。

結論変わらず

4月8日(月)

Sさんは先学期私のクラスにいた学生です。文法の成績が悪く、今学期、もう一度同じレベルをすることになっています。このことをSさんに連絡したのが先月末。何の反応もないので、Sさんはもう一度同じレベルということを受け入れたのだろうと思っていました。

ところが、新学期が始まってから、同じレベルは嫌だと言い出しました。というか、メールでそう訴えてきました。その文面がどんなに素晴らしくても、新学期が動き出していますからレベルを変えるわけにはいきません。ですが、Sさんの文章は、もう一度同じレベルをしてもやむを得ないなと思わせられる内容でした。今まで習った文法や語彙も使いこなせていないし、こちらが進級を考えるに値する新たな事情が含まれているわけでもないし、言ってしまえば情に訴えようとするものでしかありませんでした。

たとえ私が周りの先生方に頭を下げまくってSさんを進級させてたとしても、そこの授業についていけるとは到底思えません。結局、7月の学期にもう一度同じレベルをすることになります。だったら、基礎をしっかり固めてから進級した方が、将来の伸びが見込まれます。

…というのは教師の論理で、学生は同じレベルをもう一度というのを極端に嫌がります。でも、無理やり上がった学生、お情けで進級させた学生が、その後順調に日本語力を伸ばしたためしがありません。学生は目の前の進級にこだわりますが、教師は長期的に見てどうなのかということを判断基準にします。Sさんは大学院進学希望ですが、少なくとも先学期のSさんの話し方や文章や、もっと幅広くコミュニケーション能力は、大学院入試にたえられるものではなく、穴だらけの基礎で研究計画書を書いても口頭試問を受けても、不合格は疑いないところです。昨今の厳しい入試事情なら、なおさらのことです。

先ほどもSさんからメールが来ましたが、昼間のメールと変わるところがありません。Sさんは納得しないでしょうが、同じレベルをもう一度するという結論を変えるつもりはありません。

すばらしいのに

3月2日(土)

水曜日の選択授業の時間に書かせた作文を読みました。今週のお題は、物語の続き。ショートショートを途中まで読んで、その続きを考えて書くのです。クラス全体で読み合わせをし、物語の内容については共通認識を持ち、その後を各自の想像力に任せて創作していきます。

とはいっても、物語の7割方は一緒に読んでいますから、どうしても似通ったストーリーが出てきます。言葉の選び方や習った文法をどのくらい上手に使っているかが、成績の分かれ目となってしまいます。

その中で、Gさんの作品が際立って光っていました。他の学生とは発想が違っていて、思わず引き込まれてしまいました。確かに、教師の目で見れば誤字脱字や文法の間違いはありました。でも、テンポのよい展開で、最初の読んだときはそれが感じられませんでした。もちろん、A評価。クラスの学生に、こんなすばらしい「続き」を考え出した学生がいたんだよと教えてあげようと思い、Gさんの作品をそのままワープロに打ち込みました。

ただ、残念なことに、Gさんは来週月曜日で卒業ですから、今回が最後の作文の授業だったのです。みんなの前でほめてあげたかったのになあ。いや、それよりも、何をきっかけに読み手の心をわしづかみにするストーリーが生まれたのか、是非聞いてみたかったです。

さらに残念なことに、Gさんはこの選択授業をよく休みましたから、学期を通しての成績がAになりません。こんなにすばらしいストーリーを紡ぎ出せるのに、初級文法を間違えて意味不明の文を羅列する学生と同等かそれ以下の評価にしかならないのです。Gさん、学校はやっぱり出席ですよ。

気が重いクリスマス

12月25日(火)

“いい学生”というのは、人によって定義は違うと思いますが、出席率がよく、授業に積極的に参加し、もちろん成績もそれない以上というのは共通していると思います。困っている人に自然に手を差し伸べるというのもそのなかに入っているでしょう。

Dさんは地味ですがまじめな学生で、担当したどの先生も“いい学生”として高く評価しています。11月のEJUの成績が規定の点数を超えていれば、O大学に推薦することも決まっていました。しかし、お昼過ぎに学校へ来てEJUの結果通知のはがきを開いて中を見たDさんの表情が固まりました。そして、「推薦はできなくなりました」と、だれに言うともなくつぶやきました。

はがきをのぞき込むと、日本語が約40点下がるなど、マークシートの塗る位置が1つずつずれてしまったのではないかと思えるほどの尋常ではない成績でした。O大学の推薦基準は決して低くはありませんが、Dさんなら十分手が届くと思っていただけに、日本語をはじめどの科目も惨敗という結果に私も言葉を失ってしまいました。

試験は水物といいますが、中級で受けた6月よりも大きく実力を伸ばしたと自信を持って受けた11月で、まさかの大失敗を犯したDさんの心情はいかばかりでしょう。Dさんと同じぐらいの力の学生が330とか350とかの点数を取っているのを、Dさんはどんな目で見ていたでしょう。しかも、受験のためにDさんに残された時間は決して長くはありません。

期末テストの翌日に届いたEJUの成績通知のはがきが、事務所の棚に積み上がっています。そのなかにDさんみたいな学生がいないとも限りません。

赤点

10月31日(水)

「はい、3時ですから15分休みましょう」と言って職員室へ帰りかけたところにKさんが来ました。「授業の後で先週の漢字テストの再試を受けてもいいですか」「はい、いいですよ」。

そして、授業後。発音チェックを受ける学生に混じって、Kさんが再試のテスト用紙をもらいにきました。制限時間10分ですが、発音チェックを2人こなした5、6分後に解答用紙を持って来ました。即、採点を始めると、Kさん、小さい声で「あっ!」。自分で自分の答えの間違いに気づきました。その間違いも含めて85点で、合格でした。

しかし、Kさんはまた新たな再試を抱えてしまいました。授業の最初に行った今週分の漢字テストでが、また不合格だったのです。どうやらKさんは漢字が徹底的に弱いようです。苦手意識が先立って、合格点を取るのをあきらめてしまっているのかもしれません。来週の水曜日もまた、再試を受けるのでしょう。

Mさんにも同じようなところがあります。Mさんは大学進学を考えていますが、EJUの成績が伸びません。話をさせると、難しい漢語も使って抽象的な話もかなりできます。ところが、読解問題は漢字が読めないので解けないと言います。だから、11月のEJUでは、読解は捨てて、聴解・聴読解で可能な限り高い点を取るという作戦に出ることにしています。

KさんもMさんも、漢字ができないことにへこたれず、自分の日本語力を必死に伸ばそうとしています。しかし、漢字をどうにかしない限り、その努力が、EJUの点数のように、目に見える形を成すことはないでしょう。KさんやMさんを直接見ている教師は、2人を力のある学生だと認めますが、大学の入試担当者は、数字を見て判断するでしょうね。気の毒ですが、これが現実です。

職員室への帰り道は、なんとなく足取りが重かったです。

十人十色

10月4日(木)

期末テストの作文の採点をしました。先週のうちにざっと目を通し、気になるところには朱を入れておきましたから、2度目は内容までよく吟味して、主張がどれだけ伝わってくるか、独自性がどのくらい発揮されているかといったあたりを中心に、深く読んでいきます。深くといっても、初級の作文ですから、そんなに複雑・高度なことが書かれているわけではありません。ですから、文ではなく文章のレベルで書かれているか、今までに習った文法や語彙を使うべきときに使っているかといったあたりが、主たるチェックポイントになります。

とはいえ、クラス内でかなり差がついてしまっていることも確かです。Kさんは文法のミスがいくつかあったものの、言わんとすることが十分伝わってくる個性的な文章が書けています。中級に上がって、抽象語や微妙なニュアンスを表す文法を覚えれば、社会性のある論理的かつ説得力のある文章が書けるようになるでしょう。一方、Tさんは主張はわかりますが、文法の間違いがあまりにも多く、高い評価はできません。Sさんは論理が破綻しており、このまま中級の課題に取り組んだら、教師泣かせの作文を大量生産することになるでしょう。

Nさんは、成績はいいです。でも、どうやら安全運転に走った形跡があり、習った文法を思い切りよく応用しようという姿勢がありません。作文の採点基準に従うと、Nさんのようにミスの少ない文章が高得点になりやすいのですが、期末テストのNさんの作文にはもどかしさを感じます。点数はKさんといい勝負ですが、読後感は段違いです。

作文は文字の形で跡が残りますから、会話のように勢いですり抜けることはできません。文法力や語彙力を積み上げ、論理に従って書き上げるものです。私の学生たちが、新しいクラスでどのように伸びていくのでしょうか。

質問を見極める

9月18日(火)

「じゃあ、次の課に進んでもいいですか」「先生、ちょっと待ってください。今の問題の6番がわかりません」「あ、そうですか。じゃ、もう一度説明します」…というように、初級クラスのGさんはわからないところは遠慮なく聞きます。教師としては、わからないところはわからないとはっきり言ってもらったほうがありがたいです。わかったふりをしてテストでひどい点を取るのはやめてもらいたいです。

Gさんの質問は、教科書などに出てくる、あまり初級っぽくない言葉や文法の使い方に関することが多いです。初級の先生だったら、そういうのに敏感に反応してきちんと説明なさるのでしょう。でも、上級をずっと教えていると、中級や上級で習うことになっている表現があまりにも自然にはまり込んでいると、ついつい見逃してしまいます。Gさんはそういう私の暴走を止めてくれるのです。

Gさんの質問に答えるべく、説明を追加したり例文を書いたりすると、他の学生たちも一生懸命ノートに取ったりしきりにうなずいたりします。逆にいうと、Gさんが質問しなかったら、他の学生は私の追加説明を聞くことはなかったのです。そういう意味で、Gさんはクラスへの貢献度大です。

私は教師からの質問に答える学生よりも、教師にどしどし質問してくる学生を評価します。その質問が的を射ていれば、さらに評価は高くします。的確な質問ができる学生は、頭の中がきちんと整理されています。Gさんの場合、作文にその頭脳明晰さが現れています。きちんと順序だてて文章が書かれていますから、文法の間違いがあったとしてもすぐわかりますし、だからその間違いが理解の障壁になりません。

そのGさんも受験が近づいています。筆記試験や面接試験のときに、この頭脳明晰さを遺憾なく発揮してもらいたいです。

孤独な半袖

9月13日(木)

今朝、駅で電車を待っている人たちが黒くなっていてびっくりしました。月曜日の夕方の雨以来、気温がグッと下がって、秋を感じさせられています。今朝の最低気温18.5℃は、私が駅に着いたころに出ています。18.5℃なら秋のシックな服を着たとしても全く不自然ではありません。黒く見えたわけです。

私はまだ夏物の半袖のワイシャツを着ています。KCPは、9月いっぱいはノーネクタイの夏装束です。ノーネクタイなら半袖のほうがぴったり来ますから、多少肌寒くても半袖で押し通しているのです。でも、駅のホームで黒くなっていた人たちの目には、私はどう映ったのでしょう。

学生たちも、いつのまにか長袖が多数派になっていました。また、体調を崩して休む学生も増えているように思います。私のクラスのJさんもその1人のようです。8時半頃、欠席連絡のメールが入りました。

体調が悪かったら学校を休んで、一刻も早く回復を図るべきです。風邪をひいて咳をしながら学校へ来られても、うつされるかもしれませんから迷惑です。しかし、Jさんは最近の文法テストが思わしくなく、来学期進級できるかどうかの瀬戸際です。下痢とか頭痛とかで休んでいる暇などありません。KCPの授業は情け容赦なく進みますから、Jさんは次のテストも合格点が取れるかどうか怪しいです。

ひときわ暑かった今年の夏もようやく終わりが見えてきました。同時に、暑さ疲れが出てくる時期でもあります。Jさんみたいに進級がかかっている学生に限らず、受験でも正念場を迎えている学生がたくさんいます。健康管理にも気を使って、ここを乗り切ってもらいたいです。

テストができる

8月15日(水)

中間テストの採点をすると、やはり緻密に勉強している学生は成績がいいです。話すだけならクラスで一番のCさんも、筆答試験となるときちんと積み上げてきているBさんにはかないません。コミュニケーション力ならAさんがピカイチですが、試験の点数ではBさんに一歩譲ります。

ペーパーテストの場合、濁点を落としたり誤字を書いたりしたら、どんどん減点されます。会話力だったら勢いや強い印象が重要なポイントですが、中間テストなどでは正確さがそれ以上のポイントとなります。ですから、地味ですが理詰めで論理的な頭脳を持っているBさんのような学生が有利になります。注意力が勝負だとも言えますから、几帳面なBさんがなお有利です。

音声言語は録音しない限り後には残りませんが、文字言語はしっかり記録されます。そのため、間違いも解答用紙の上に固定化されます。逆に、正確な日本語も目に見える形で光り続けます。だから、よけいにBさんの上手さが焼き付けられ、高く評価したくなります。

Bさんはペーパーテストしかできない偏った学生だと言いたいわけではありません。むしろその逆で、話すインパクトは弱いけれどもよく聞けばすばらしいことを言っているし、それは実は文法や語彙の使い方の正確さに裏付けられていたのだと、改めて感心しています。

頭でっかちの学生は、テストで点を稼いで、言語不明瞭なまま進級していきます。例文レベルなら〇がもらえる程度のものが書けるけれども、作文となったら論旨を追うだけで疲れ果ててしまうような文章しかかけない学生も、思いつくだけで数名います。テストで測りきれない力を持っていることこそが、本当に「上手」な人なのです。その点で言えば、CさんもAさんも立派なものだと思います。