Category Archives: 成績

復活

7月26日(火)

Hさんは6月のEJUの結果が思わしくありませんでした。去年の11月よりは上がりましたが、ほんの数点でした。数十点上げて、余裕を持って第一志望のG大学に出願するという目論見は、もろくも崩れ去ってしまいました。第二志望のM大学に対しても、自信を失ってしまったようです。G大学やM大学よりもランクを落としたところには進みたくなく、それだったら国へ帰ると言い始めました。

「帰国したらどうするの?」「前に勤めていたところにまた勤めます」「そもそもHさんは、どうして日本に留学しようと思ったんですか」「前の仕事がおもしろくなかったから…」「それじゃあ、前の職場に戻ったら全然意味がないんじゃない?」「はい、そうですねえ」「何かをつかむために、変えるために日本へ来たんだったら、G大学やM大学じゃなくても、Hさんが勉強したいことができる大学を探すべきなんじゃないかな」

こんな会話を交わした後で、過去のG大学合格者のデータを見てみました。すると、Hさんと同じような成績で受かった人もいることがわかりました。もちろん、Hさんよりずっといい成績でも落ちた例もありました。ということは、G大学はEJUの成績が絶対ではないのです。自分のところでする試験や面接のほうを重視するのでしょう。M大学も、可能性がないわけではありません。Hさんは面接で点が稼げるタイプの学生ですから。

今にも国へ帰りかねない様子のHさんでしたが、どうにか11月のEJUの願書を買うまでに気持ちが前向きになりました。

低度

7月21日(木)

私のクラスのTさんは、今学期、初級の同じレベルをもう一度勉強することになった学生です。全然できないわけではなく、Tさんの最大の問題は、よく休むことです。よく休むから受けなかったテストもあり、それが足を引っ張って進級できる成績が取れなかったのです。

Tさんも、新入生だった先学期、自分では思ってもみなかった低いレベルに入れられ、勉強がつまらなくなってしまいました。授業中に新しい発見ができなかったのです。じゃあレベル判定が間違っていたのかというと、決してそんなことはありません。Tさんの話し方を聞いていると、今のレベルで勉強する内容の抜け落ちが随所にあります。つまり、授業中に新しい発見はいくらでもできたのに、自分の手で自分の耳目をふさいでしまったため、全く進歩ができなかったのです。

残念ながら、今学期のTさんもその点は変わっていないようです。自分はできると根拠もなく信じているので、正確さが欠けたままです。指摘してもケアレスミスだからと軽く流されてしまいます。でも、Tさんの実力はそのケアができない「低度」なのです。日本語教師なら理解できますが、Tさんの志望校の面接官は、Tさんの日本語でTさんの熱き思いを感じ取ることはできないでしょう。

そして、今日も14分の遅刻。授業中もみんなが口を開いて練習しているのに、やる気のなさそうな視線を下に向けているだけ。この調子が続けば、来学期も同じレベルかもしれません。

Tさんもやっぱり一度痛い目に遭わないと、自分の実力を正面から見つめることはしないのでしょう。

いい人生

7月1日(金)

Sさんは、初級にしては読ませる文章を書く学生です。作文の採点はしんどいですが、毎週の課題に対してSさんがどんな切り口でどんなツッコミをしてくるかを読むのが、今学期の密かな楽しみでした。期末テストの作文も、十分に楽しませてもらいました。ところが、最後の最後に来て、「自分らしい人生はいいと思う」という、それこそどうでもいいようなまとめの文に出会ってしまいました。そこまでの文章に引き付けられていただけに、半端な落胆ではありませんでした。

初級の教師として、他の学生とも公平に採点するなら、「自分らしい人生はいいと思う」で十分でしょう。でも、それまで男らしいとか女らしいとかは何かという深い議論を繰り広げていましたから、結論で「いい」などという、意味が広くて便利で使い勝手がよすぎる、初級の入口で勉強する言葉を使ってほしくなかったです。ちょっと辛口だと思いつつ、そういう意味のことをSさんの作文のコメントに書きました。

私は上級の作文を見ることもありますが、Sさんの作文は内容的にはそれらに伍していけます。語彙や文法が難しすぎない分だけ、妙に議論をこねくり回すことがなく、素直で心に響きます。ですから、Sさんには中級以降で「いい」に代わる、ピンポイントで自分の心や頭の中を表すことばの使い方を覚えて、その文章にさらに磨きをかけてもらいたいと思っています。

次にSさんと会えるのは、上級の教室でしょうか。そのときまでにどんな成長を遂げているでしょうか。初級でまいた種を上級で刈り取る楽しみは、こんなところにあるのです。

休んでる場合じゃないよ

6月28日(火)

期末テストの成績が順調に集まってきています。明らかに力が劣っていたEさん、Rさん、期末テスト直前に全然学校へ来ていなかったLさん、自ら観念してテストを受けなかったPさんたちは、来学期も同じレベルで勉強してもらうことになります。しかし、今月に入ってから病欠が続いたSさんとFさんは、かろうじてですが合格点を取りました。そのほか、かなり危ないと思っていたDさんもJさんも、進級できる成績を挙げていました。

Sさんたちは、今、進級できるかどうか非常に心配しているに違いありません。明日かあさってか、学校に問い合わせてくることでしょう。聞かれたら正直に答えますが、進級できるからといって、あまり喜んでもらいたくはありません。自分たちはボーダーラインのほんのちょっと上でしかないんだということを、いっときたりとも忘れないでもらいたいです。新しいクラスでは、最下位を争うグループの一員です。いや、中心メンバーと言うべきでしょうか。

「進級できるけれども、うちで今学期の復習をしっかりしておかないと、次の学期は大変なことになるよ」と問い合わせの際に付け加えますが、学生はそんな言葉はどこかに置いていってしまいます。先学期末、RさんやJさんはそういうことを言われて進級したはずなのですが、授業初日にはしっかり退歩しており、マイナスからのスタートでした。それが最後まで挽回できず、差が開く一方で、来学期は進級できなくなってしまいました。これと同じことを、Sさんたちにはしてほしくないのです。

この時期、授業こそありませんが、学生の日本語との戦いは続いているのです。油断は禁物です。

もう忘れたの?

5月27日(金)

初級クラスのYさんは、中間テストで全科目不合格でした。Yさん自身も自分はできないと気づいていて、授業は午後からですから、毎日午前中学校へ来て、K先生の出した課題をやっています。課題をしに来たKさんを捕まえて、自身の現状をどう考えているか面接しました。

Yさんは国立大学に進学したいと言いました。6月のEJUは出願したものの、今の力では高得点は無理だろうと思っています。ここまでの認識は正しいのですが、11月については楽観視しているようなのが気にかかりました。初級のテストで赤点を取っているようじゃ、国立大学は絶望的です。

1日の勉強時間が3時間、その3時間でK先生からの課題や宿題をやるそうです。アルバイトはしていないそうですが、していなかったらもっとたくさん勉強時間が取れるはずです。Yさんははっきり言いませんでしたが、遊んでしまっているのでしょう。「3時間」という勉強時間だって、怪しいものです。

面接後、中間テストの答案を見せて、間違えたところを直させました。漢字はどうにか正解にたどり着きましたが、文法は、教科書やノートを見てもいいと言ったのに、いつまでたっても直せませんでした。その問題が教科書の何課を対象にした問題かがわからないのです。それに加え、下のレベルで習ったことが身に付いていません。ですから、教科書のどこを見れば間違いが直せるかがわかりません。

Yさんは下のレベルで勉強したことを忘れてしまったと言います。間違い直しに必要な文法が出ている教科書のページを示しても、それをどう応用すればいいか見当がつかないようでした。それを1つ1つ解きほぐしていったら、あっという間に1時間が過ぎてしまいました。ろくな復習をしてこなかったんだなと思いました。

午後の授業中、Yさんはスマホを見ていました。あーあ…。

正道に

5月26日(木)

中間テストの成績が出揃い、頑張った学生と頑張りが足りなかった学生とが見えてきました。

頑張った学生はDさんでしょう。学期が始まったばかりの頃はおどおどしているかニコニコしているかで、授業がわかっているようには見えませんでした。出された宿題を見ると、問題文すら十分に理解しているとは思えませんでした。案の定、テストの成績は思わしくなく、毎回再テストを受けていました。しかし、中間テスト直前になると、線がつながって電流が流れ始めたみたいに、Dさんの書く文や話す言葉のレベルが上がりました。もしかすると…とほのかな期待を抱いていたら、中間テストでは見事に合格点を取りました。

Kさんは油断大敵組です。学期の初めは「こんなの余裕でわかるもんね」っていう顔をして授業にも身を入れていませんでした。授業がちょっと進むと、わからないところが出てきたのか、教師の言葉に耳を傾けるようになりました。それでも、どこかで自分はできるんだという過信があり、妙に凝った答えを言ったり書いたりしては自滅していました。中間テストではDさんより下になり、かろうじて合格という成績でした。ここで気を引き締め、謙虚な気持ちになってくれれば、元がそんなに悪くないのですから、復活可能です。

Kさんを見ていて、去年のZさんを思い出しました。ZさんもKさんと同じレベルの新入生で、自分はこんな下のレベルで勉強するような学生ではないという大天狗様でした。難しい言葉や文法を振り回そうとしていましたが、基礎部分に抜け落ちがありましたから、それが空振りに終わり、とうとう進級できませんでした。これでKCPに嫌気が差したのか、Zさんが言っていた志望校には遠く及ばないレベルの大学に、最終回の募集で滑り込みました。Kさんにはこんな道を歩んでほしくないです。

努力不足はEさんです。宿題の提出率が悪く、授業に集中している様子もなく、本人は「勉強しています」と言っていましたが、とてもそうは思えないような間違いを犯していました。中間テストは、合格点に20点近く足りない成績でした。このままでは、進級が難しいです。早く穴を埋めさせなければなりません。

来週から、この中間テストの結果をもとに、各学生と面接をします。頑張った学生にも頑張らなかった学生にも、道を過たないように指導していきます。

小技を磨け

3月25日(金)

最上級クラスの期末テストの採点をしました。このクラスの学生は、卒業式までは卒業生と机を並べて勉強した学生たちです。卒業式以降は、4月からの新学期への助走期間として、初級から今まで習ってきた文法を正確に使いこなす練習をしてきました。

採点結果は、みんなそれなりの成績を挙げはしたのですが、私には不満が残りました。学生たちにとっては復習問題だったので、満点に近い点数で合格してほしかったのに、そこには程遠い成績でした。「名ばかり最上級」とまでは言いませんが、横綱相撲で勝ってほしかったのに、土俵際まで押し込まれてかろうじて逆転の突き落としみたいな成績じゃ、4月以降KCPを引っ張っていく立場の学生としては情けないものがあります。

だからといって、この学生たちの日本語が意味不明なわけでもなく、こちらの言葉が通じていないわけでもなく、難しい文章も読みこなしています。コミュニケーションに支障をきたすようなことはありません。それでも、可能や使役や「ている」などの使い方を間違えているのです。研究計画書や志望理由書、プレゼンテーションなど、正確な日本語が要求される場面では、不安が残ります。

実は、卒業生の中に、志望理由書を見てくれと持って来たものの、「てある」とか受身とかの使い方がまるでなっていなくて、愕然とさせられた学生がいました。そんなことがあったので、今回、復習の時間を設けたのです。私が採点した学生たちも、あと半年足らずのうちに研究計画書や志望理由書を書かなければならない運命にあります。そのときまでには、せめて大関相撲が取れるくらいにはなっていてもらいたいです。

期末の採点が終わり、一息つけるかと思いましたが、新たな課題を見つけてしまいました。

言霊

1月9日(土)

始業日に渡す、先学期の成績表を作っています。単純に中間テストや期末テストの点数を記入し、合格か不合格かを伝えるだけなら楽なのですが、1人1人にコメントを書くのが頭脳的に重労働です。「頑張れ」だけならどうということはありませんが、先学期の3か月間を振り返り、伸びた学生はほめ、出席率の芳しくない学生は叱り、合格が決まった学生にはお祝いのことばを送り、成績の思わしくない学生を励ましてって考え、しかも私の気持ちが効果的に学生に伝わるような表現を探していくとなると、1人の学生のコメントを書くのに意外と時間がかかるのです。

私も最初からこんなに力を入れていたわけではありません。コメントの言葉を選ぶようになったのは、もうだいぶ前に卒業したHさんがきっかけです。Hさんは卒業式の後のパーティーで、「先生が成績表に書いてくれた言葉が励みになって志望校に合格できました。その成績表、これからもずっと取っておきます」と、これだけは伝えなくちゃっていう顔つきで言ってきました。

これはとても名誉なことでしたが、同時に自分が発した言葉の重みをひしひしと感じさせられました。教師の言葉ってこんなにも強い影響力を持つのかと身の引き締まる思いがしたことが、Hさんの笑顔とともに今でも私の頭に深く刻み込まれています。

それ以後、成績表のコメントにはいい加減なことがかけなくなりました。先学期も、非常に腹立たしい学生が数名いましたが、そういう学生にも、いや、そういう学生だからこそ、コメントに知恵を絞りました。

言霊っていうくらい、日本では昔から言葉の力は畏れられていました。言葉を教えることを職業にしている私は、二重の意味でこのおそれを感じなければならないわけです。来週から、このおそれに立ち向かっていきます。

分かれ道

11月27日(金)

理科系の受験講座を受けている初級のSさんは、中間テストの成績が思わしくありませんでした。本人としては授業がわかっているつもりだったのですが、今学期に勉強してきたすべてのことがテスト範囲となると、あちこちに抜け落ちがあることが明らかになりました。期末テストは難しくなることを勘案すると、来学期の進級が危ない状況です。

Sさんは、典型的な話を最後まで聞かないタイプの学生です。気持ちばかりがはやっていて、地に足がついていません。頭の回転は速いほうだと思いますが、回転の速さを制御できず、暴走しがちな感じがします。

理科の授業でも早とちりが多く、ちゃんと理解しているかどうかくどいくらいに確認しないといけません。引っ掛け問題には簡単に引っ掛かります。理数系のカンは働くのですが、カンに頼ってしまい、じっくり考えることが苦手なように見受けられます。よく言えば天才肌ですが、今のところは単なる粗忽者に甘んじています。

入学以来順調に進級してきましたが、初級の終わりに近づき、じっくり考えないと答えにたどり着けないような問題が多くなると、今までのように点数を伸ばすことはできなくなります。今ここでそれに気がつかないと、そして勉強に対する姿勢を改めないと、中級への山は越えられないでしょう。ぎりぎりで越えられたとしても、そこ止まりです。

今回の結果は大変ショックだったとみえて、Sさん自身にそういう土俵際に立たされている意識が芽生えてきたようです。日本語の勉強だけでなく、理科も含めて自己改革に成功すると、曙光が見えてきます。でも、ただ目の前の進級だけにこだわっているようだと、理科の才能も伸ばせず、卒業までくすぶり続けることにもなりかねません。

Sさん、これからの1か月が、あなたの留学生活を大きく左右するのですよ。心して過ごしてください。

自分の成績

10月2日(金)

金曜日ぐらいに成績が出るよって伝えておいたので、午後ぐらいからその問い合わせが来はじめました。毎学期そうなのですが、電話を掛けたりメールを送ったりしてくるのは、成績に問題がない学生ばかりです。点数が足りない学生に限って、何も言ってきません。怖くて聞けないという面もあるでしょうが、そういう学生はそもそも成績に関心が薄いようにも思います。年功序列じゃないけど、3か月間勉強したんだから、当然進級させてくれるんだよねっていうくらいにしか思っていないんじゃないかな。

電話を掛けてきたHさんは、余裕で合格の学生。Hさんの性格を考えると、掛けてきて当然かな。Cさんも一時はどうなることかと気をもみましたが、きっと直前に猛勉強をしたのでしょう、合格点はしっかり確保しました。Zさんも、授業態度が悪くて私に叱られたこともありましたが、やるべきことはちゃんとやっていて、合格。

自分の成績に関心の薄い学生は、平常テストで不合格でも再テストを受けようとしません。そのため、悪い成績がそのまま記録に残り、学期を通しての成績の足を引っ張ります。間違えたところを勉強し直して再試を受ければ、その項目が頭に残り、中間テストや期末テストではできるようになります。それをしていないんだから、中間や期末でまた同じところを間違え、不合格に直結します。

そういう学生がおとなしくもう一度同じレベルをすることを受け入れてくれればいいのですが、えてしてそうなりません。というか、進級にやたらこだわることが多いのです。だったら学期中からするべきことをしておけよって声を大にして叫びたいのですが、叫んだところで問題の解決にはなりません。学期納めの茨の道が待ち構えています。