休むそうです

8月22日(火)

みんなの日本語49課の会話は、ハンス君のお母さんが学校に電話をかけて、ハンス君は熱を出したので休むと伝える話です。クラスの先生がまだ出勤していないので、電話に出た先生に伝言を頼むというストーリーです。教科書では、その先生に「よろしくお願いします」と言って終わっていますが、私はクラスの学生に「この先生はハンス君の先生が学校へ来た時にどう言いますか」と聞いてみました。

「ハンス・シュミットの母はゆうべ熱を出して、今朝もまだ下がらないですから休みますと言っていました」

「ハンス・シュミットはゆうべ熱を出しまして、今朝もまだ下がらないんですから休ませていただけませんか」

など、全然意味不明ではありませんが空振り気味の答えが続いたので、「ハンス君はゆうべ熱を出して…」とヒントを板書しました。それからも紆余曲折があり、どうにかこうにか「ハンス君はゆうべ熱を出して、今朝もまだ下がりませんから休…」までたどり着きました。しかし、ここからも大きな山がありました。「休みました」「休んでしまいます」「休んでくださいませんか」「休むつもりです」「休むと思います」「休むようです」「休むはずです」…習った文法をとりあえず言ってみるみたいな大乱戦になりましたが、私が望んでいる答えだけ出てきません。

ついにブチ切れて、「お前ら全員、もう一度同じレベルだあ」と言った直後、「休むそうです」と誰かが小さい声で答えてくれました。「君たち、今学期、何を勉強してきたんだ!」と叫んでしまいました。

とはいえ、こうなるんじゃないかと予想していたことでもあります。単に事実や状況を描写するだけではなく、それに対する話者の態度を盛り込む文末表現を勉強してきました。しかし、それが十分に整理されていません。

でも、私は焦っていません。中級でその辺をがっちり訓練し、聞いてわかる、読んでわかるだけでなく、書いたり話したりできるようになっていくのです。

免許更新

8月21日(月)

昨日、運転免許の更新をしました。といっても、5年前の更新以来、ハンドルを握っていないような気がします。最後に運転したのは、たぶん、夏休みに四国の最西端・佐田岬まで行ったときで、それは5年前よりももっと昔だったような気がします。そんなわけで、ペーパードライバーゆえの優良運転者ということで、5年の有効期間がいただけました。

もっとも、これは東京に住んでいるからであって、就職して間もないころ、山口県に住んでいた時は、暇さえあれば車を運転していました。夜明け前に出発して、トイレとガソリン補給以外はずっと運転し続け、日がとっぷり暮れてから戻ってくるなんていうことも1度や2度ではありませんでした。その時は、自分が5年も運転しなくても平気でいられるなんて、夢にも思いませんでした。

車の運転も、体で覚えるとことがありますから、たとえ10年ぶりだろうと、運転席に座って交差点を3回ぐらい曲がれば、カンが戻ってくるのではないかと思っています。今は腰痛を抱えていますから、若い時のように1日中運転し続けることは無理でしょうが、運転を楽しむぐらいはできると思っています。

免許の更新といえば、一時期騒がれた教員免許の更新はどうなっているのでしょう。運転免許の更新は視力検査と講習が30分だけでしたが、教員免許のほうは30時間の講習が義務付けられています。日本の次世代を担う人材を育てる役目を果たすのですから、30分というわけにはいかないでしょう。でも、だからこそ、更新のときだけでなく、常にそれに相当するくらいの研究を続けていてほしいと思います。

さて、日本語教師は日本語教育能力検定試験に受かってしまえば、あとは野放し状態です。市場原理が働き、実力のない教師は淘汰されていくだけです。しかし、これも市場任せですから、教師の需要が高まれば、実力の伴わない教師も教え続けることになります。また、運転と違って2、3回角を曲がればそれなりの運転ができると言うものでもありません。長いギャップがあると、リハビリの期間も長くなります。

私が日本語教育能力検定試験に受かったのはかれこれ20年近く前のことです。でも、養成講座を担当しているおかげで、勉強し直すチャンスはいただいています。今、もう一度受けてもどうにか合格できるんじゃないかなと思っています。でも、私が合格すると、誰か1人、本当に合格したい人が落ちてしまいますから、受けないことにしています。…というのは、言い訳に過ぎませんよね。

名札

8月19日(土)

特に授業のない土曜日の朝、K先生が「この名札、見てください。私がKCPに入ったときのですよ。物持ちがいいでしょう」と、少し誇らしげに見せびらかしました。そういえば昔は初級、中級、上級って色分けして名札にラインを入れていたっけなあと、K先生の名札を見て懐かしく思い出しました。私も名札を持っていますが、K先生のよりは新しいバージョンで、ラインは入っていません。私が名札を使うのは、新入生のプレースメントテストのときだけです。名札を指差して、名前を解答用紙の所定欄に書くようにと指示するのです。

K先生は授業がありませんでしたが、私は受験講座の授業がありました。学生たちにEJUの模擬試験をさせましたが、Tさんはなぜかなかなか解答用紙に名前を書こうとしません。「あと5分です」と残り時間を告げてもまだ書きません。Tさんはもう1年以上もKCPで勉強していますから、わざわざ名札を持ち出すまでもなく、最後には名前を書くでしょう。でも、本番の試験の時にはしてほしくないですね。集めた解答用紙には、「はい、やめてください」というのと同時ぐらいに大急ぎで書いたと思われるくしゃくしゃの名前がありました。

名札といえば、最初に勤めた会社を辞めたとき、本当は返さなければならない名札を記念にこっそり持ち出したのですが、あれは今どこにあるのでしょう。その時は、この会社に勤めたことを一生の思い出にしようと思っていたに違いありません。でも、今は、今朝K先生の名札を見せられるまで、その存在すら忘れていました。うち中の荷物をひっくり返して探せば見つかるかもしれませんが、そこまでする気力も時間もありません。ま、要するに、私はK先生より物持ちが悪く、淡白なのだということなのでしょう。

涼しいけれども

8月18日(金)

ここ数日、肌寒い日が続いており、昨日は最低気温が20.9度、おとといは最高気温が22.8度と、9日の最高気温37.1度が嘘のようです。来週の半ばには暑さが復活するような週間予報が出ていますが、昨日あたりまでは月曜日から暑くなると言っていましたから、“来週半ば”が延期されるかもしれません。KCPの夏休みが気温的に秋休みになってしまったら、何だか寂しいです。

秋になると、いよいよ受験シーズンです。このところDさんは毎朝早く登校してきて、志望理由書を書いています。もう間もなく出願で、入試は来月末ですから、夏休み明けぐらいから面接練習をし始めることになるでしょう。Dさんに限らず、出願間近の学生が多数控えていますから、授業の合間を縫って出願書類を見たり面接を鍛えたり、あるいは、そもそも進路相談に乗る日々が、すぐそこに待ち構えています。

来週は指定校推薦の希望者を募集します。既に何名かの学生から、指定校推薦で進学したいんだけどという相談を受けています。Fさんもそんな学生です。確かにできる学生で、成績的には志望校の推薦基準を満たしています。でも、私はFさんを推薦するつもりはありません。授業中の態度がよくないからです。隣の学生とおしゃべりしているのはいつものことだし、おしゃべりに飽きたらこっそり違う勉強を始めることもしばしばだし、推薦に値する学生だとは思えません。相談に来た時にそういう点を注意しましたが、現在までに改まった形跡は見られません。

学生たちは、「推薦」は入学の手段に過ぎないと思っている節が見られます。しかし、私たちはそうは思っていません。4年間、KCPの看板を背負って学生生活を続けてもらわなければなりません。いい加減な気持ちで推薦するのではなく、その大学で勉強するに最もふさわしい学生は誰かという基準で推薦する学生を選びます。それが推薦枠を下さった大学からの期待に応える道であり、推す側の責任です。

来週が過ぎれば、私は炎暑の西日本へ遠征です。

8月17日(木)

校長をしていると、説教役が時たま回ってきます。今回は、喫煙所ではないところでタバコを吸った学生です。現行犯で捕まった日に担任の先生に厳しく指導され、自分の非は十分に悟った上で送られてきました。こちらの目を見て受け答えしていたことからしても反省の色は十分うかがわれました。それゆえ、再犯は起こしそうもないと判断し、何が悪くて今後どうすべきなのか確認を取り、一筆書いてもらいました。いたずらに激しく叱っても逆効果ですから、まあ、こんなところで勘弁しておいてやりましょう。

いつもこのぐらい素直に言うことを聞いてくれると説教する側もありがたいのですが、非を認めるどころか開き直って徹底抗戦という輩にはほとほと手を焼きます。説教3時間ともなると、体力気力の勝負です。文化とか国民性とかの違いではなく、人間性の問題です。君はどういう躾や教育を受けてきたのかねと尋ねてみたくなります。

ルール違反を何回も繰り返すとか、勉強しようという意思が感じられないとかとなると、退学も視野に入れた説教になります。残念ながら、少数ですけれども毎年こういう学生が出てきます。ここまできてしまうと、どんな結論でも後味が悪いものです。学生の頭を叩き割って、思考回路をつなぎ替えてやりたくなります。

それにしても、タバコです。毎朝のように学校の前に吸殻が落ちています。この辺は歩きタバコは禁止されているはずなのに、どうして灰皿のあるところまで待てないのでしょう。今回の学生にしても、タバコを吸わない友達とおしゃべりしたかったので、喫煙所ではなく校舎前で吸ってしまったとか。喫煙所を、友達が誘えないほどの汚い空気にしているのは、正しくあんたの吐き出している煙なんだよと言ってやりたいです。

どうしてこんなに不健康で無駄なことをしているのかなあと、タバコを吸わない私は思っています。

じゅうきょ

8月16日(水)

昨日の中間テストの採点をしました。

まず、漢字。濁音か否か、長音か否かの区別が相変わらずあいまいです。「授業」に「じゅうきょ」と読み仮名を書いてしまうパターンです。漢字で書く言葉は意味がわかればいいと思っているのかもしれませんが、「授業」に「じゅうきょ」という読み仮名を書いた学生は、話すときに間違いなく「じゅうきょ」と発音しています。「じゅうきょは毎日9時に始まります」なんていう、学生の話しっぷりが聞こえてきそうな答案が続きました。漢字の読みを軽視する傾向をどうにかするのが、今学期の後半の課題になりそうです。

次は読解。こちらは出席の良し悪しが如実に現れました。1日も休まずに授業に集中していたZさんは満点でしたし、同じく出席率100%のCさんは、授業中の課題はよく間違えていたものの同じ誤りを繰り返すことなく、クラス平均を大きく上回る成績でした。一方、何だかんだと理由をつけては休んでいたYさんは合格点に遠く及びませんでした。Sさんに至っては、偶然(?)出席した日の授業で扱った範囲の問題はできましたが、それ以外は白紙で、クラスの最低点に沈みました。

KCPの定期テストは悪くても、入試に受かりさえすればそれでいいと思っている学生がいますが、KCPでは進学した後で困ることのない日本語力を付けて学生を送り出すことを目指しています。「授業」をちゃんと「じゅぎょう」と発音できる学生、授業を聞くことによって力を付けていける学生を育てていこうと思っています。

富士山と桜

8月15日(火)

新聞によると、日本の上陸許可証印が来年あたりから富士山と桜の花の地紋になるそうです。日本の上陸許可証印は、普通の日本人はあまりお世話になることはないでしょうが、私の場合、毎学期新入生のパスポートを預かったときに目にします。現在の上陸許可証印の紋様は桐だそうですが、3か月に1回見ていても桐だとは気がつきませんでした。新聞に載っていた見本を見る限り、富士山はうっすら青く、桜はほんのりピンクになっていましたから、新しくなったらさすがに紋様に気付くでしょうね。今のよりもずっと気の利いたデザインだと思いますから、もらった人はちょっと見せびらかしたくなるかもしれません。

KCPでは、アメリカからの短期プログラムで来ていた学生たちが中間テストを終えて、明日以降帰国します。修了式では多くの学生が、日本語の勉強は大変だったけど日本での生活は楽しかったと言っていました。短期プログラムで大変だなんて言っているようでは、長期生として本格的に日本語の勉強を始めたら心身ともにどうにかなっちゃうでしょう。でも、この大変さの先にある達成感を味わう楽しさや未知の世界を知る喜びを知ると、またもう一度、二度、この世界に浸りたくなるもののようです。事実、あんなに大変な思いをして懲りてもおかしくないのに、何学期か後に同じ顔を見かけることも少なくありません。

今度彼らが日本へ来るときは、富士山と桜の上陸許可証印でしょう。それをもらったとき、オヤッと思うでしょうか。以前の上陸許可証印と比べて素敵って思うでしょうか。また会えたときに、聞いてみたいです。

復活まで

8月14日(月)

受験講座から帰ってくると、K先生が不機嫌そうにコンピューターの不調を訴えていました。ある操作をするとコンピューターが動かなくなってしまうというものです。普通はそんなことにはなりませんから、まさかと思いつつ気安く私も同じ操作をしてみました。私が操作をするのとほぼ同時に、K先生から「動きました!」と明るい声が。その反対に、私のコンピューターは固まってしまってさっぱりいうことを聞かなくなってしまいました。

あれこれ試みて、やっと復活したのが3時間後。いつもの日なら、テストの採点や宿題のチェックなど、コンピューターを使わない仕事が山ほどありますが、今日は中間テストの前の日なので、そういったものがありません。しなければならない仕事はあるのですが、どれもこれもコンピューターを使わないとできない仕事ばかりで、コンピューターなしでできる仕事は受験講座の問題を解くことぐらい。

自分の仕事がこんなにもコンピューターに頼っているのかと、改めて驚かされました。確かに、授業や学生対応をしているとき意外はコンピューターをいじっていることが多いです。紙ではなく電子的に保存している資料もたくさんあります。バックアップを取っているつもりでも、完全ではありません。ハードディスクがやられていたらどうしようと、コンピューターが復活するまでの3時間、大きな不安に襲われました。

復活しなかったらこうしてブログを書くこともできなければ、救える文書は救わねばなりませんから日付が変わらぬうちに帰れるかもわからなかったところです。むやみに“不調”の荒波に飛び込んではいけません。仕事のやり方をちょっと考えさせられた事件でした。

見詰める

8月10日(木)

だんだん入試シーズンが近づいてきて、それに向けた指導も始まっています。面接での受け答えを見ていますが、現時点では私のクラスの学生で対外戦ができそうなのは2~3名程度でしょうか。独自色が全くないというか、面接官がうんざりするような話ばかりというか、まあ、自分を売り込むとか面接官の心を捕らえるとかというゴールの対極にあるような答え方ばかりでした。

1クラス分の答えを列挙してみると、似たり寄ったりの内容が並び、それを見た学生たち自身も、これではいけないと多少は刺激になったようです。刺激になったのはいいとして、じゃあ、横並びから脱することができるようなネタを持っているのかというと、それもまた怪しいような気がします。学生たちの人生や経験が無色で平板極まりないものだとは思えません。しかし、そういった「今まで」を、面接で点が取れる答えにまで加工していく技術が、学生たちにはまだまだ足りません。今ここで自分の人生を違った角度から見つめ直すことは、これから男盛り女盛りを迎える学生たちにとっては非常に有意義だと思います。入試のためなどという狭く功利的な気持ちから離れて、是非しておいてもらいたいことです。

ナンバーワンよりもオンリーワンとはよく言われますが、常にオンリーワンを目指し続けるというのも、精神的にはしんどいのではないでしょうか。でも、土曜日のスピーチコンテストの審査員をしてくれた卒業生たちは、オンリーワンを追求してきたのではないかとも思います。そういう先輩を見習って、今の学生たちにも敢えて茨の道を進んでもらいたいと思っています。

猛暑日

8月9日(水)

「38度になるってテレビで言ってましたよ」と、朝の校舎内のお掃除をしてくださっているHさんは、おはようございますもそこそこに、そう言いました。そういえば、ゆうべは蒸し暑かったです。台風が南の暑くて湿った空気を運び込んできたのでしょう。スタートラインが高くて、しかも朝からきれいな青空。ガンガン暑くなりそうです。

先月末に予定されていて雨で延期になっていたバザーが予定されていましたが、猛暑日疑いなしということで、再び延期となりました。前回は半袖では寒いほどでしたから、足して2で割ってもらえるとよかったのですが、お天気の神様はそんな器用なことはできないようです。

東京は正午過ぎに37.1度を記録し、当然、今年の最高気温。午前の授業が終わって外に出た学生たちも、どことなく足取りが重たげでした。でも、おとといが立秋だったんですよね。だから、このどうしようもない暑さも残暑となるわけです。何だか理不尽な気がしますが、暦の上ではそうなります。

花園町内会は、来週の17・18日に盆踊り大会を行います。明日は夕方から花園小学校で盆踊りの練習会があります。KCPも町内会から声をかけていただいたので、学生たちから盆踊りの練習会への参加者を募りました。先月浴衣販売を行い、その浴衣を着るチャンス到来と思ったのでしょうか、練習会で一大勢力をなしてしまいそうな人数が集まりました。立秋は過ぎても、夏たけなわです。

天気予報によると、明日以降は天気が下り坂になるとともに気温も下がり、むしろ平年を下回る日も出てくるとか。そういわれると、何だか寂しい気がするのは、夏の暑さがまだ足りないからなのでしょうか。