真っ赤

8月7日(火)

先週の作文を返しました。来週が中間テストですから、じっくりフィードバックしたかったのですが、他の科目の進み具合もあり、本当にエッセンスだけにとどめました。

私が担当しているクラスはまだ初級ですから、語彙が足りないのはやむを得ません。しかし、知っているはずの語彙を正しく使えないのは問題です。意味もそうですが、それよりももっとずっと手前の、例えば「ほんどに(←本当に)」などという、自分の普段の発音をそのままひらがなにしてしまうような間違いを指摘しました。

また、習った文法を使うべきところで使えないという例も多いです。今学期勉強した「~ので」とか様態の「そうです」とかを、ここぞというところで使ってくれないんですねえ。先学期勉強した「~てしまいます」など補助動詞はだいぶ使ってくれるようになりましたが、それでもタラちゃんのほうがきちんと使っているような気がします。

私が作文を採点すると、文法の間違いや誤字脱字などを厳しくチェックしますから、たぶん他のクラスより平均点が悪くなると思います。他の先生は「よく頑張りました」という意味の丸をどこかに描くのですが、私が見た原稿用紙は、その丸を描くスペースすらないほど真っ赤になります。それでも初級相手ですから多少は手加減しているつもりです。赤を入れすぎると、どこが真っ先に直すべきところかわからなくなってしまうとも思います。でも、指摘しておかないとそれでいいと思われてしまうのではないかと、半ば強迫観念に駆られて、どんどん赤くしてしまうのです。

来週は中間テストです。直す箇所が少ない作文を書いてくれることを祈っています。

卒業生の声

8月6日(月)

今朝、メールを開くと、おととい進学相談に来たJさんから、A大学に出す学習計画の下書きが届いていました。大筋の内容はできているのですが、ストーリーの持って行き方が拙く、読んだ後の印象が薄いです。やる気が湧(沸?)いているうちにどんどん準備を進めるべきですから、私もすぐに上述のような意見を書いて返信しました。

ところが、教室に入ると、Jさんの姿がないではありませんか。メールの受信日時が昨日の夜になっていましたから、精根尽き果てて休んでしまったのでしょうか。でも、それでは本末転倒です。出てきたら、厳重注意です。

授業後はYさんから進学相談を受けました。Yさんは、留学生にしてはちょっと珍しい法学部志望です。C大学とH大学を本命としているのですが、両大学とも法学部は看板学部ですから、そう簡単に入れてくれません。滑り止めというか、現実的に勝ち目がありそうなところはどこでしょうかというのが、相談の趣旨です。

こういうときに私が薦めるのは、進学した学生が満足している大学です。すべての大学の教育システムややカリキュラムやキャンパスの雰囲気や留学生支援体制などに精通できるわけがなく、パンフレットやホームページも目を通すことができるのはごく一部に過ぎず、ということで、頼りになるのは卒業生が遊びに来た時の声、実際に進学した学生たちからの生の情報です。

私が耳にしている声では、M大学、F大学、S大学あたりは、進学した卒業生がみんないい大学だと言っています。G大学も、進学した学生が愛着を持っています。逆に悪い評判を聞いているのは……こちらはイニシャルだけでもやめておきましょう。

アリの第一歩

8月4日(土)

今年は受験生の足が早まりそうだというのが、今まで私が接してきた留学生入試関係者の共通した意見です。これを受験生が大勢いるクラスでさんざん訴えてきましたから、KCPの進学志望の学生たちも、動きが速くなっています。午後から2人の学生の進学相談に乗りました。

2人とも東京の私立大学を狙っています。EJUがこの点数だとX大学は合格できそうか、Y大学はどうだろうかというのが主たる相談です。私はその大学の関係者ではありませんから、「絶対大丈夫」などとは口が裂けても言えません。でも、2人は何とかそれに近い言葉を私の口から聞き出そうと、手を替え品を替え迫ってきます。

そういう気持ちもわからないではありませんが、やっぱり志望校にほれ込んでもらいたいです。午前中第一志望校のオープンキャンパスに行ってきたというJさんは、その点は合格です。模擬授業にも参加し、入試に関する情報も手に入れてきたようですが、欲を言えばその大学について独自の目で取材してきてほしかったところですが…。模擬授業を聞いて、今まで以上に入りたくなったと言いますから、面接の際のネタには使えそうです。第一歩を踏み出すという観点からは、大成功でしょう。

合格ラインを盛んに気にしていたHさんにしても、自分なりに志望校について、少なくとも入試制度に関しては、よく調べていました。具体的にどのくらい頑張らなければいけないかは見えてきたようです。また、学風の違いにも目が向くようになりましたから、秋口に向けてどこに出願すべきかというイメージはできあがったことと思います。

暑い盛りの頃から動き出せば、必ずどこかに受かります。入試はアリの味方です。

書く力

8月3日(金)

文法がわかると、文が書けるようになります。センスの良し悪しはあるにせよ、例文を見れば文法が理解できたかどうかはわかります。でも、文章が書けるようになるとは限りません。文章を書くには論理の組み立てが必要ですから、文法的に正しい文を積み重ねれば文章になるという問題ではないのです。

今学期は初級クラスの作文を担当しています。教えた文法も限られているので、決して高度な内容を要求してはいないのですが、提出された作文の出来にはかなりの差があります。

まず、作文のテーマを理解していない学生がいます。話があさってのほうに進んでしまい、読み手の頭の中は疑問符で満たされてしまいます。解題ができないのですから、高い評価は与えられません。これはばっさり切り捨てるだけですから、採点者としては気が楽です。

次は、テーマには沿っているものの、意味不明の文を書く学生です。文法ミスによる減点はそんなに多くなくても、論理の飛躍や逆戻りがあって、話の筋道を追いかけるのが難しいのです。読み終わると、疲労感が残ります。

その次は大山鳴動型の文章でしょうか。竜頭蛇尾型と言ってもいいでしょう。仰々しく始まったのに、ありきたりのどうでもいいような結論に終わるのです。創造力不足で論理を展開していけないのでしょう。だしも何も利いていない、薄味以下の料理を食べさせられたようです。

でもクラスに1人ぐらいは、習った文法と語彙を上手に組み合わせて、思わずうなってしまうような文章を各学生がいます。また、ガタガタの文法をものともせず学生の情熱がほとばしり出てきている文章も、読んでいて気持ちがいいものです。これもまた、クラスに1人いるかいないかですがね。

今週の作文は、比較的おもしろかったです。もちろん、文字は日本語だけど文章は日本語ではないというのもありましたが。下読みが終わりましたから、明日はじっくり読んで採点です。

災害に備える

8月2日(木)

毎週木曜日は、もうすぐ中級クラスの読解の日です。今週は地震についての教材でした。私の専門領域の話題ですから、ついつい本文から離れて余計な話をしたくなります。ネタは、90分の選択授業「身近な科学」が2回できるほどありますから、それを噛み砕いて話せば無尽蔵に近いくらいあります。

テキストに書かれている東日本大震災も阪神淡路大震災も、地学マニアとしては語るべきことが山盛りで、文章の精読などしている暇はありません。…などと不届きなことを考えながら、「2011年の3月11日、皆さんは何をしていましたか」と聞くと、大半が「中学生でした」「高校生でした」。「1995年の1月17日は何をしていましたか」「まだ生まれませんでした」「お母さんのおなかの中にもいませんでした」と声を合わせて答えが返ってきました。

ただただ驚くばかりですが、だからこそ、地震に対する心構えを説きたくなります。この先進学して、さらに日本で就職しようと考えている学生も多いですから、地震と上手に付き合っていかなければなりません。いたずらに怖がるだけではいけませんが、むやみに高をくくりすぎても痛い目にあいかねません。正しく恐れることが、地震に限らすあらゆる災害に向き合う姿勢として求められます。

今年は大阪北部の地震、西日本の広い範囲にわたる大雨、そして先月来のこの酷暑。テキストの冒頭に「日本は災害が多い国です」とありましたが、正にその通りの展開です。災害に備え、災害と戦い、時には共存することもまた日本文化だよと、「身近な科学」のときには言いますが、このレベルの学生には難しすぎるでしょうから、そこまでは言いませんでした。それはまた、追ってわかってもらうことにしましょう。

最低点

8月1日(水)

Yさんは入学以来コツコツ努力を重ね、満を持して6月のEJUに臨みました。受験講座での様子を見ている限り、かなり希望が持てるんじゃないかと思っていました。理科は2科目とも80点以上が期待できそうでした。90点をとっても不思議はありませんでした。先日届いた試験結果は、しかし、Yさんにとって厳しいものでした。なんと、理科が2科目とも最低点だったのです。

受験講座のときに話を聞いてみると、マークする場所を間違えたのだそうです。解答欄の1番からマークし始めたのではなく、その隣の列に塗ってしまったようです。理科の2科目を全く同じように塗ってしまったので、どちらの科目とも実質0点の最低点となったというわけです。

これが、マークシートの怖いところなんですよね。ほんのちょっとした不注意が、理不尽なほどひどい結果をもたらすのです。ミスを犯したのですから、減点ゼロではすまないことはわかります。しかし、実力の1/4か1/5の点数しかもらえないというのは、果たしてあるべき教育の姿なのでしょうか。

こうした点も踏まえて、日本ではセンタ-試験を記述方式も含めた形に変更します。でも、そうすると、記述式の部分の採点の公平性という点から疑問が呈されています。私は、何十万という受験生を1つのテストで評価しようという点に無理があると思っています。各大学の入試の簡素化が図れるなどの利点もありますが、テクニックだけで点数が取れてしまうなど、弊害も目立っています。

私は共通一次テスト第一期生です。40年前の批判に十分に答えられないまま、EJUが存在し、大学入学共通テストが生まれようとしています。

山本勘助

7月31日(火)

好きな有名人というタイトルで、自由に会話をさせました。Gさんは山本勘助を挙げました。もちろん、クラスの他の学生はポカンとするほかありません。孫子の兵法がどうのこうのとかと語ってみたところで、学生たちのポカンは一層深まるばかりです。私が多少解説を加えても、どうにもなりませんでした。

Gさんは日本の歴史が好きで、山本勘助の時代に限らず、幅広く多くの歴史小説や新書などを読んでいます。日本史に関する知識は、下手な日本人よりずっと豊富です。チャンスを見出してはその知識を披露しようとしているのですが、悲しいかな、日本語の表現力が知識に追いつかず、今のところ思いが空回りしています。

それをばねに日本語の勉強に集中してくれればいいのですが、残念ながらKCPでの勉強より知識を増やすことのほうがおもしろいようで、勉強はおろそかになっているのが現状です。その証拠に、文法テストは2回とも不合格、漢字テストも不合格でこそありませんが、低空飛行を続けています。

まず気になるのが、授業の受け方が雑なことです。ノートも取らないし宿題の字も汚いし教師の注意も聞いていないし不合格のテストの再試も受けないし、このままでは進級できないでしょう。そして、危険な状況にあることに本人が気付いていないことが、最大の難点です。

Gさんが日本語力をつけて日本史の研究に携われば、きっと大きな業績を残すことでしょう。しかし、今のままではその研究に携わることが認められません。こんないい加減な日本語では、どこの大学・大学院でも受け入れてくれません。自分は日本語ができないんだと謙虚になり、基礎からもう一度積み上げ直すべきです。プライドが許さないなんでけちなことを言っているうちは、将来が開けません。

励まし戒め

7月30日(月)

先週末に届いた6月のEJUの結果を見ての相談が相次いでいます。どこかしらが思わしくない成績となってしまった学生が、当初考えていた大学にそのまま出願すべきか、併願校をどのように組み合わせたらよいか、国立大学に行きたいのだが、どこだったら入れそうかなど、毎年おなじみの相談が繰り返されています。

日本人高校生の大学入試にはセンター試験があり、その成否で合否が左右されます。留学生入試におけるEJUもその点は同じですが、そのウエイトはセンター試験より重いと思います。この点数いかんで志望校を決める学生が多く、より高いレベルの大学へという意識が日本人より強いからです。

最近の日本人の受験生はあまり冒険をしなくなったと聞きます。また、地元意識も強くなり、私が受験生の頃なら東大を狙ったと思われる力の高校生が、無理して東大を受けずに地元の国立大学に進む例も増えているとのことです。留学生は、そもそも母国を出ていますから、ちょっとでもレベルの高いところへという意識が強いです。それゆえ、EJUの結果に一喜一憂する度合いも強いのです。

そうはいっても、詳しく見ていくと大学の独自試験で逆転する例がかなりあります。日本語の場合、合格者の最低点と不合格者の最高点で、前者が後者より50点以上低い例はざらにあります。EJUの成績が思ったほどではなかった学生には、だから面接や小論文に力を入れろと励まし、思いのほかよかった学生には、だから油断は禁物だと戒めます。

さて、先週末から私のところへ来た3名は、どちらかと言うと励まし組でした。有名大学のほかにもこんなすばらしい大学があるのだと紹介し、この点数ならそこは十分狙えると勇気付け、新たな目標意識を持たせます。明日もあさっても同じような相談が続くでしょうから、こちらも気合を入れてかからねば…。

わが道を行く

7月28日(土)

T専門学校が、KCPを卒業してそこに進学し、そこを卒業した学生の進路を報告してきてくれました。その報告には、2年前の卒業生・Cさんの名前もありました。Cさんの欄には帰国と記されていました。

Cさんは、KCPに入学したときは、大学院進学希望でした。弁も立ち、文章も書け、読解力もありましたから、学力・能力の面では大学院進学に関して問題はありませんでした。しかし、Cさんは、自分が本当にやりたいことは大学院に進学したら実現できないのではないかと当初の計画を考え直し始めました。さんざん悩んだ末に出した結論が、T専門学校への進学でした。国の両親ともだいぶ議論を戦わせたようでした。

T専門学校に進学した後、何回かKCPに顔を出してくれたようですが、私が会えたのは1度だけでした。そのときは、T専門学校での勉強はとてもおもしろく、進路を変更してよかったと生き生きとした顔で語ってくれました。しかし、Cさんが選んだ専門は日本での就職は非常に難しく、送られてきた報告によると、やはり日本には残らなかったようです。

やりたいことは趣味としておき、大学院に進学していれば、Cさんの優秀さからすると、日本で就職できたに違いありません。私はそう考えて今まで生きてきています。でも、Cさんはそういう生き方を潔しとしなかったのでしょう。やりたいことを徹底的に追及するのも若さの特権だと判断したのかもしれません。

Cさんが国で就職できたかどうかはわかりません。楽しい思い出だけでは食べていけないことも事実です。でも、尾羽うち枯らしたCさんの姿は想像したくはありません。自分のやりたいことをやりとおしたのだと自信を持って歩んでいてもらいたいです。

9時から7時まで

7月27日(金)

金曜日はレベル1担当です。今週から勉強が遅れ気味のHさんとYさんの会話練習の相手をすることになりました。会話といっても学期が始まって2週間ほどのレベル1です。食べますとか行きますとか基本的な動詞がやっと入った程度ですから、深い話ができるわけではありません。

2人は約束どおり11時半に職員室へ来ました。あいさつもそこそこに、「Yさん、朝、何時に起きましたか」と聞くと、Yさんは目を白黒するばかり。Hさんが助け舟を出してくれて、ようやく10時半に起きたことがわかりました。そのHさんもよくわかっているわけではありません。「Hさんは、毎日、うちで何時から何時まで勉強しますか」「くじからしちじまで勉強します」。こんな答えを聞いたら、ええっと驚くのが普通ですよね。そういう私の反応を見ても、Hさんはどこがおかしいのだろうと、怪訝そうな顔をながら「ごごくじからごぜんしちまで勉強します」と説明を付け加えます。腕時計の文字盤で“くじからしちじまで”を示すと、ようやく自分の誤りに気づき、「午後9時から午前1時まで勉強します」と正しく答えてくれました。

2人がわかる範囲の単語を組み合わせてあれこれ聞き出してみると、2人は国にいたときから仲が良かったそうです。母親同士が同じ学校の教師で、もう10年近く付き合ってきました。幼なじみが連れ立って日本留学したわけです。昨日の晩は2人で餃子を作って一緒に食べたとか。

30分ぐらい話すと、ようやく多少は言葉がスムーズに出てくるようになりました。その後、2人はお昼を食べて、授業の教室で再び顔を合わせました。先週までと比べて滑らかに話しているように感じたのは、ひいき目が過ぎるでしょうか。来週の金曜日にはさらに話が弾むことを祈りながら、教室を出て行く2人の後姿を見送りました。