日本語力+感性

12月17日(金)

最上級のクラスに呼ばれました。学生たちがKCPのキャッチコピーを考え、その発表会が行われました。審査員というか、コメンテーターというか、要するに、授業担当ではない教師に講評してもらいたいということで、私が入ったというわけです。

キャッチコピーは、印象に残る短い言葉で対象物を端的に表現することが求められます。作り手には、単なる語彙力ではなく、感性も必要です。対象物を知っていればいいというわけではなく、ありきたりではない観点から見据える頭脳的機動力を発揮しなければなりません。今回の例で言えば、KCPで過ごした日々を振り返ってそれを一言にまとめるだけではなく、それをフレッシュな切り口でとらえ直さなければなりません。

どんな作品が出てくるかとワクワクしながら教室に入ると、程なく発表が始まりました。期待以上の作品が続きました。寸鉄人を刺すようなコピーが次々と出てきて、感心するやら驚くやら、パワーポイントを見ながらうなずくばかりでした。

学生たちは学校のことをよく観察してもいますし、それを効果的な言葉に落とし込むだけの力も持ち合わせていました。欲を言えば、プレゼンテーションをもう少し堂々とやってほしかったですね。マスクをしているせいか、消え入るような声の発表が多かったのが惜しかったなあ。

さて、私がこの学校のキャッチコピーを頼まれたら、どんなのを作ったでしょう。20年余りも同じところにいると、外の人に訴える価値のある物が、かえって見えなくなってしまいます。学生たちの発表をまぶしい思いで聞いていました。

そして、何より、今私が受け持っている中級クラスの学生との実力差を強く感じました。最上級クラスですから、中級クラスとなんか比較してはいけないのですが、私のクラスの学生が半年後にこの高みまで登れるだろうかと思ってしまいました。この学生たちが卒業していったら、誰がKCPの屋台骨を支えるのでしょう。作品が素晴らしかっただけに、危機感も深まりました。

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今年の漢字

12月16日(木)

朝一番で文法のテストをしました。このクラスは、前回の文法テストは過半数が不合格という悲惨な成績でしたから、問題用紙を配る前に「問題文をよく読んで、接続の形に十分注意して答えること」と注意を与えました。採点してみると、前回よりはかなり改善が見られましたが、まだキーワードというか、文法項目のかけらしか見ないで書いたと思われる答えが散見されました。

それから、助詞はやっぱり学生たちの大敵なんですね。既習の助詞の用法にも間違いがあり、1点ずつちまちまと引かれ、塵も積もれば山となるで、結局無視できないほどのマイナスとなっていました。大技を決めようと思っても、小技でミスを重ねて足をすくわれたような感じです。

授業の最後に、年末恒例シリーズとして、今年の漢字を取り上げました。先日発表された今年の漢字「金」を紹介し、2分時間を与えて各自の今年の漢字を考えてもらいました。

Pさんは、親元を離れて一人暮らしを始めたのでお金の大切さがわかったから「金」。Sさんは、日本へ来て、日本語や進学に必要なことばかりでなく、国にいたら学べなかったことをいっぱい学んだので「学」。Bさんは、いろいろな制限の中で暮らさなければならなかったので「限」。Tさんは、志望校に出願もしたし、願いを何とかかなえたいので「願」。みんなそれぞれの思いを込めて発表してくれました。

まだ来日できず、オンラインで授業に参加しているHさんは「待」。Hさんの待ち続けたこの1年を思うと、涙が出そうになりました。「ようやく」と思った直後にまた待ち続けなければならなくなったのです。万感の気持ちが込められた「待」です。教室の学生もそれを感じ取り、一瞬シーンとなりました。文法テストでも教室の学生に負けない成績を取っているHさんの「待」が、1日も早く解消されることを願わずにはいられませんでした。

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本能を抑える

12月15日(水)

12月になると、今年を振り返ってという授業がちょくちょくあります。そんな中、先日、今年の新語・流行語大賞のTOP10に入賞した「黙食」について学生に聞いてみました。「みんな、黙食してる?」と問いかけると、教室の学生ほぼ全員が首を横に振りました。「いろいろな規制がかかっているけれども、これだけは守れない」という学生もいました。

中上級の学生たちにとって、授業の後のお昼ご飯の時間は、情報交換をしたり、励まし合ったり、愚痴を言い合ったり、そんなまとまった話ではなくてもおしゃべりすることで友人との絆を確かめる機会なのです。黙食とは、それが全くできないことを意味します。

学生たちは、物心ついた時からスマホに親しんできた世代です。新語・流行語大賞の言葉で言えば「Z世代」そのものです。その学生たちにとっても、食事しながらの面と向かってのおしゃべりは、SNSでのやり取りに勝るのです。こういうおしゃべりは、人間の本能に根差しているのかもしれません。

だから、第5波のさなかの夏に、飲食店が閉まっても公園で盛り上がっている人たちが大勢いたのです。本能を抑えろと言われても、たやすくできることではありません。また、人間は群れることでここまで繁栄したと言えます。それゆえ、密になるなという指示も、生存のよりどころが否定されるわけですから、なかなか守れるものではありません。

さて、学生たち、TOP10の「親ガチャ」については、自分たちは「あたり」を引いたという意識があるようでした。海外留学させてもらってるんですから、感謝しなくちゃ。

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雑談こそ命

12月14日(火)

代講で久しぶりに上級のクラスに入りました。今学期初めてじゃないかな。中間テストの試験監督も上級クラスでしたが、授業をしたわけじゃありませんから。

今私が受け持っているクラスと、レベルは1つしか違わないんですが、雑談に対する反応が全然違います。気楽な話なのか本気で聞かなければならない内容なのか、ほんのちょっとしたやり取りの中からしっかりつかみ取るのです。話の流れが見えていると言ってもいいでしょう。

このクラスの学生の一部を初級で教えた時は、もちろんこうじゃありませんでした。オンラインだったこともあり、ゆっくり話す私の言葉を聞き取るので精一杯で、指示が伝わらないこともまれではありませんでした。その学生たちが、日本語の冗談に日本語の冗談で応えられるまでに成長したのです。まあ、「雨がありました」なんていう、そのまま午後の初級クラスにご移動いただいてもよろしいような発話もありましたが…。

肝心の授業ですが、学生たちが提出した例文を見る限り、理解できたようです。上級の文法ですから、言葉の裏側の意味も感じらなければなりません。同時に、その裏側の意味を上手に利用して、自分の気持ちや考えを表すことができるようにというのが授業の目標です。完璧とまでは言いませんが、概ねそこまで到達できたんじゃないかと思います。

どんな言語でも、雑談が一番難しいと言います。当意即妙に切り返すには、語学力のみならず頭脳の明晰さも必要です。そういう点では、このクラスの学生はかなりイケてるんじゃないでしょうか。これから受験を控えている学生もかなりいるクラスですが、自信を持って臨み、満足のいく結果を残してもらいたいです。

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暗黙の指定席

12月13日(月)

いつものように教室で授業の準備をしていると、いつものように出席率100%のBさんが入ってきました。時々欠席しますが来るときは早いQさん、教室にかばんを置いてよく廊下で朝ご飯を食べるSさんなどは来ましたが、始業の9:30になってもLさん、Kさん、Cさんなどが来ませんでした。いつもより幾分スカスカの教室で授業を始めました。

教室は指定席ではないのですが、面白いことに、一番出席率のいいLさんがいつも座っている席は空席のままでした。他の学生が比較的よく座る席はなんとなく埋まりましたから、Lさんがみんなから一目置かれていることが、図らずも見える化されたかっこうでした。

担任のH先生のところには、LさんやKさんから体調不良で休むという連絡が入っていました。胃の調子が悪いとのことだそうですから、どうやら受験ストレスのようです。この2人に限らず、今シーズンはぎりぎりの日本語力で勝負を挑まざるを得ない学生が多いです。Lさんは先日のJLPTでN1に受かったら第1志望の大学院に出願すると言っていました。Kさんはすでに受験していますが、面接練習でかなり厳しい指導を受けました。これからもまだ受験が続きますから、胃が痛くなってもおかしくはありません。

Mさんは最近休みが増えました。大学院への出願書類を作成するので手いっぱいだと聞いています。Mさんもきわどいところで合否が決まりそうですから、気が気ではないのでしょう。でも、Mさんの場合は休み癖がついてしまったような気がします。出席率の落ち込みが激しいと、ビザの問題が出てきます。

Mさんの“指定席”は、ごく普通に埋まっていました。早く教室に戻らないと、取り戻せませんよ。

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ゆとりの時間

12月11日(土)

今学期私が担当しているレベルの読解の教科書で使われている文章のうち、2つは私が書いたものです。理科系的な内容を、専門性も損なわず、中級の学生でも理解できる日本語で表すというのは、決して楽な仕事ではありませんでした。

同じ内容を理科系の受験講座を受けている学生に話すのなら、ある程度のところまでは暗黙の了解みたいな共通認識に基づいて進められます。むしろ、多少の専門用語を織り込んだり、数式で表現したりした方が、聞き手の学生の勉強になります。しかし、文科系や芸術系の学生も相手だとなると、いや、そちらの方が主力だとなると、専門用語や数式を振り回すのは慎まなければなりません。それでいて、専門的技術的な事柄を、可能な限りはしょらずに、中級の日本語で伝えていくのです。私自身、ずいぶん勉強し直しました。

最近、「文系のためのめっちゃやさしい○○」というシリーズの本を読んでいます。“○○”には、化学、物理、微分積分、人体などの項目が入ります。新しい知識を得るというよりは、知識の表現のしかたを勉強しています。その“表現”は文章に限らず、視覚への訴え方も含まれます。つまり、どんな図を見せればこちらの思いが伝わりやすいかも勉強させてもらっています。

このシリーズであれこれ勉強したら、次は何を書きましょうかねえ。受験講座の資料もいくらか見直したくなりました。かみ砕いて説明するという点においては、日本語教師養成講座にも通底するものがあります。先月EJUが終わってから、私が担当する受験講座が激減しました。その時間的余裕を、こういう面に振り向けています。

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マイナスの広告

12月10日(金)

だいぶ前にこの稿で取り上げたO先生が沖縄にいた時に働いていたホテルについて、学校のパソコンで調べたら、その直後から、そのホテルの広告が、ネットで何かするたびに出てくるようになりました。天気予報を見ても、辞書を使っても、感染状況を調べても、化学反応の検索をしても、何をしてもまとわりついてくるのです。

そのホテルは、1泊で私が旅行で泊まるホテルの4泊か5泊分のお金がかかります。でも、サイトを見る限り、その宿泊料に見合う高級さが漂っていました。来年、ほかの旅行は我慢して、このホテルに泊まるためだけに沖縄まで行ってもいいかなとさえ思いました。ホテル付近の見所や、おいしい食べ物などを調べてみたりもしました。

しかし、広告をしつこく浴びせかけられ、そういう気持ちは全く失せてしまいました。私が見ようとする画面ごとに出現するのですから、鬱陶しいこと、邪魔くさいこと、この上ありませんでした。DMならゴミ箱か古紙回収箱直行で後腐れありませんが、ネットの広告は来る日も来る日も追いかけ回されるのでたちが悪いです。

私はネットの広告が直接の動機となって消費活動に向かったことはありません。上述のように、ネットで調べた結果、興味を掻き立てられ、それに対してお金を使ったことは何回もあります。これをお読みのみなさんは、ネット上でストーカー並みに付きまとわれても、その商品やサービスを購入するのでしょうか。

このホテルの広告が、最近、ようやく止まりました。それに代わってどこかの広告が入っているはずなのですが、何社かに分散しているからなのか、印象に残りません。だから、やっぱり、何も買いません。要するに、私はドケチだということなのでしょう。

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気がかり

12月9日(木)

「なんじゃ、これは!」。Tさんの文法例文を見た時、心の中で思わず叫んでしまいました。授業中、私の話を全く聞いていなかったとしか思えない、勘違いというよりは方向違い、次元が違うとすら言っていいくらいの謎の例文が書かれていました。

Tさんは、外部の奨学金の受給生になるくらいの、成績も人柄も素晴らしい学生です。教師からの信頼も厚いです。そんなTさんが授業を聞いていなかったわけがなく、事実、指名された時にはちゃんと例文を読み、授業内容に関して的を射た質問もしてきました。それなのに、例文だけが「なんじゃこら!」なのです。

朝は、いつもと変わらず、授業の始まる10分前には教室に入っていました。Gさんのように、二度寝したら目が覚めたのが12時でした、などと間の抜けたことはしません。毎朝している漢字復習テストも、いつものように満点でした。SさんやYさんの授業中のスマホいじりは毎度のことですが、もちろん、Tさんはそんなことはしていません。意味不明の例文を書く要素が全く見当たりません。

そういえば、月曜日の文法テストは、Tさんらしからぬ間違いがあり、いつもよりぐっと点が下がりました。そして、この例文です。外見からはわからない、悩みや問題を抱えているおそれもあります。確かに、受験はこれからで、しかも難関校を狙います。プレッシャーにさいなまれていたとしても、不思議はありません。しかし、心が乱れる刀自も乱れることがよくあるのですが、Tさんの字は今までと変わらず、丁寧で几帳面で漢字にはすべてふりがなが付されています。

例文は、授業で言ったことを、提出された例文用紙にもう一度書いて、添削して返します。明日、担任でもあるH先生に様子を見てもらうことにしました。

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仕事の進め方

12月8日(水)

月曜日のこの稿に、文法テストの出来がありよくなかったと書きました。その原因の一端がわかりました。テスト用紙に記された配点で採点すると、94点満点だったのです。2点×6問の問題が、実は3点×6問でした。その問題はさほど難しくなかったので、多くの学生が全問正解でした。その答案がみんな6点低く点が出されていたのですから、クラス全体の成績が悪く感じられたのも、無理からぬところです。

ところが、この配点表記ミスで被害甚大だったのは、私のクラスだけでした。他のクラスの学生はみんなこの問題ができなかったのかというと、そんなことはありません。先生方の採点方法が違ったのです。

私は、加点方式で採点します。問題Ⅰが15点、問題Ⅱが18点、…というふうに点を出し、最後にそれらを合計して、86点などと集計します。ですから、本来18点満点の問題を12点に計算してしまうと、そのマイナス6点がもろに合計点に響くのです。

ところが、私以外の先生方は、ほぼ全員、減点方式で採点されます。問題Ⅰがー3点、問題Ⅱがー7点、…というように間違えたところの点数を集計して、全部でー14点だから、86点とします。ですから、2点×6問でも3点×6問でも、全問正解ならー0点なので、影響はありません。この問題を間違えたわずかな学生だけ、-4点がー6点になるなど、減点幅が大きくなったに過ぎません。

加点方式は足し算だけで計算できます。これに対し、減点方式は、引くべき点数を足し合わせて合計を出し、それを100からマイナスします。足し算と引き算を駆使しなければなりません。何でそんな面倒なことをするのだろうと思っていたら、マイナス点の合計もそれを100から引くのも、全部電卓でするんですね。だから面倒も何もないのです。暗算で点数を出そうとする私とは、根本から違うのでした。

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ご専門は?

12月7日(火)

午後、職員室で仕事をしていたら、上級担当のA先生に呼び出されました。クラスのEさんの話を聞いてくれと言います。Eさんは、国立大学の理科系学部を狙っています。どこに出願するかの最終段階なのですが、Eさんの勉強したいことがA先生に伝わりません。それで、私にお呼びがかかったというわけです。

Eさんは、自分がやりたいことを国の言葉で表し、それをネットで翻訳し、その日本語訳をA先生に言いました。しかし、その単語は、A先生がご自身の辞書で調べても全く引っ掛かってきませんでした。つまり、日本語訳と言いつつもさっぱり日本語になっていませんでした。そこで私がEさんから事情聴取し、本物の日本語でA先生にお伝えすることになったのです。

Eさんがやろうとしていることは、確かに世界でまだ誰も成功していないことです。しかし、それを全然日本語で説明できないというのはどうでしょう。上級の学生としては物足りないものがあります。そんなことより、この程度のことが日本語で説明できないとなると、面接が危ないです。Eさんの志望校は難関校ですから、こんな大きな弱点を抱えていては、望み薄と言わざるを得ません。

今シーズンは、Eさんのように説明力、表現力が落ちる学生が多いように思えます。オンライン授業のせいにしたくはありませんが、一番の鍛えどころの夏に、手元に置けなかったことが響いているように思えてなりません。

Eさんの後で相談を受けたCさんは、自分のEJUの持ち点からすると、夢のような志望校を挙げています。がっちり進路指導できていたらなあと思いました。

受験シーズンは、待ってはくれません。

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