Category Archives: 社会

生活記録より

6月25日(月)

ある学生について調べるため、コンピューターに入っている面接記録を読んでいたら、“ビニ弁”なることばに出くわしました。前後の文脈からコンビニ弁当の略であることは想像がつきましたが、私は今までそれを“ビニ弁”と略すとは知りませんでした。

紙の辞書には載っていないでしょうから、インターネットの辞書を見てみました。すると、国語辞典系には載っていませんでしたが、俗語辞典や新しい言葉を集めているサイトにはちゃんと見出しがありました。もちろん、意味はコンビニ弁当。この面接記録を書いたのは私の年齢の半分も行っていないくらいの先生ですから、若い人たちは普通に使っているのかもしれません。

…と思ってさらに調べてみると、使われ始めたのは今から10年以上も前でした。しかし、使用者はあまり広がらなかったようで、ネットの調査でも「使わない」という意見が多数派でした。それどころか、死語と断じる意見もあるほどです。

コンビニベントウは8音ですから、略語が作られてもおかしくはありません。8音を4音に略す場合、イバラキダイガクがイバダイになるように、漢字の読み方を無視してでも、前半の最初の2音と後半の最初の2音となるケースが多いです。ビニ弁のように真ん中だけ抜き出す例は、あまり多くありません。航空母艦が空母、焼酎ハイボールがチューハイ(以上、8音ではありませんが)、訓読みが音読みになりますが大阪大学が阪大、非常にマイナーですが相武台前が武台になる例くらいしか思いつきません。このやり方だと、新宿御苑は“ジュクギョ”となりますが、こんな略語は聞いたことがありません。つまり、このような略し方は略す前の言葉と結びつきにくく、略語として定着しなかったのだと思います。

美に弁――“びにべん”+変換で、私のコンピューターではこう出てきます。ビニ弁と入力した先生は、“びに”+カタカナ変換+“べん”+変換と入力したのでしょう。それに対し、コンビに弁当は“こんびにべんとう”+変換で一発で出ます。その先生にとっては、この面倒くささを乗り越えてでも“ビニ弁”と入力したくなるほど、ビニ弁が日常語なのでしょう。おかげで、いい勉強をさせてもらえました。

7:58

6月18日(月)

大阪北部で地震がありました。マグニチュードは約6ですから、日本では1か月に1回は発生する規模で、決して珍しいものではありません。ただ、発生したのが有馬高槻断層付近ですから、おととしの熊本地震と同じパターンで、数日中にこの地震よりもさらに大きい地震が同じ断層上で起こるおそれがあります。この断層は、秀吉が建てた伏見城をつぶしてしまった慶長伏見地震を引き起こしています。それから400年余りの間にたまった地質的なひずみが今朝の地震を機に解放に向かったとしたら、ちょっとこわいものがあります。

この地震で、小学4年生の女児とお年寄り2名の3名が亡くなりました。女児は、自分が通う市立小学校のプールを囲う目隠しの塀の下敷きになったといいますから、市の責任が厳しく問われることになるでしょう。地震大国の日本に、震度6弱程度の揺れで倒れてしまう公共の建造物があるとは信じがたいものがあります。でも、阪神淡路大震災から20年あまり、1995年当時は健全であっても老朽化が進み危険領域に入ってしまった建物があったとしても、全く不思議ではありません。

東京では揺れを全く感じなかったので、学生たちの間では話題にもなりませんでした。昨日のEJUが難しかったとかいうことを、授業中ひそひそと話しているようでした。私は事あるごとに言っていますが、日本に留学するには、地震と心中する覚悟も必要です。春秋に富む留学生にも無差別に襲い掛かる魔の手が自分の足元から伸びてこないとも限らないのです。

殺人事件を語る

6月14日(木)

代講で上級のクラスに入りました。このクラスには、先学期までに教えた学生が何名かいるはずなのですが、朝、出席を取ったときには1名を除いていませんでした。2名が遅刻して入室しました。私の顔を見て驚いていましたから、「私が教えた学生ばかり遅刻しているということは、私の教え方が悪かったんですかねえ」と言ってやったら、恐縮していました。こういう皮肉が通じるのが、さすが上級です。でも、他はとうとう姿を現しませんでした。教えた学生が乱脈なことをしていると、気になるものです。

このクラスは、毎週、その週の気になるニュースについて語り合うことになっています。早速学生たちに聞いてみると、米朝会談という声が上がりました。今週はそうですよね。でも、それについてあれこれ語るというレベルには至りませんでした。それは、話す力が足りないというよりも、話題が話題だからめったなことを話せないと自己規制した面も感じました。また、明らかに興味がないという顔つきの学生もいました。

その証拠に、別の学生が新幹線殺人事件について語り始めると、あちこちから意見や感想が出てきました。この手の話題なら身近に感じられ、また、政治がらみじゃありませんから好き勝手なことが話せると思ったのでしょう。先週あたりは、紀州のドンファンの話でもしたのでしょうか。

文法もしました。出てくる質問が中級あたりとは違うと感じた反面、中級までに習ったはずの項目を忘れているとも思いました。同じことを繰り返し勉強していくうちにそれが定着するのですから、その辺は大目に見ましょう。上級に在籍しているということは、語学のセンスもあり、それなりに努力もしてきたからにほかなりません。卒業まで3学期ありますから、さらに自分を伸ばしていってもらいたいと思いました。

異文化体験?

6月13日(水)

畑で取れたてのトマトはおいしいという意味の文が教科書に出ていましたから、学生たちに“取れたてのトマトを食べたことがありますか”と聞いてみました。クラスの半分まではいきませんでしたが、都会っ子が多いですからほとんどいないんじゃないかという私の予想を裏切って、数人が目を輝かせながら反応してくれました。

「赤くて本当においしいです」「冷えてないけどおいしいです」などという声に混じって、「砂糖を付けるともっとおいしくなります」と発言した学生がいました。「砂糖? トマトは塩でしょう」と私が応じると、蜂の巣をつついたような大騒ぎになってしまいました。トマトに塩なんて絶対にありえないというのが、学生たちの意見です。今までの食習慣と言ってもいいでしょう。この点、国籍を越えて一致していました。

「せっかく取れたてのおいしいトマトがあるのに砂糖なんかかけたら、まずくて食えなくなるだろう」「塩をつけるくらいならわさびをつけます」「わさび? いいじゃないか。砂糖よりずっとおいしそうだよ」「えーえっ、じゃあ、しょうゆは?」「うん、いいねえ。わさび醤油っていうのもおいしそうだなあ。砂糖をつけるくらいなら、なんでもおいしそうに見えてくるよ」…というぐあいで、主張は交わることがありませんでした。

実は、20年ぐらい前に中国へ行ったとき、砂糖のかかったトマトスライスが毎日のように出てきて、非常に驚きました。砂糖のかかっていない部分を探し出して食べていました。

これも文化の違いかなと思って、この原稿を書く直前にインターネットで調べてみたところ、日本でも砂糖派が増えつつあるのだそうです。「日本人は絶対塩だよ」って言い切ってしまいましたが、早計はいけませんね。

アジサイとカタツムリ

6月6日(水)

うちの近くの植え込みに咲いているアジサイが、とても色鮮やかで目を和ませてくれます。私が見るのは毎朝4時40分ごろですから、空気も澄んでいることもあり、より一層瑞々しく見えるのでしょう。アジサイは漢字で書くと「陽」の字が入りますが、陽がさんさんと降り注ぐ中で見る花じゃないような気がします。明るくなったばかりの、湿り気を含んだ空気を通して見たときが一番映えると思います。

KCPの6月の目標は「梅雨を楽しもう」です。学生たちに雨の日の楽しみ方を聞いてみましたが、返ってくる答えは「寝ます」ばかり。雨が降るたびに寝ていたら、これから先、睡眠過多になっちゃいますよ。お店屋さんの雨の日サービスなんてヒントを出しましたが、学生たちはピンと来なかったみたいです。本当にどこも行かなくなっちゃうのでしょうか。

「梅雨を楽しもう」のパワポのスライドに描かれていたアジサイの絵に、カタツムリもひょっこりくっついていたので、「これは何と言いますか」とクラスの学生たちに聞いてみました。みんな、「ああ、あれだ」とう顔つきになりましたが、名前を知っている人は1人もいませんでした。答えを教えてやると、ほとんどの学生がノートにメモっていました。カタツムリもまた、留学生だけが知らない日本語のようです。

梅雨入りが発表されました。平年が6月8日ですから、順当なところでしょう。朝から雨が降ったりやんだりでしたから、傘立ては久しぶりににぎわっていました。関東甲信地方の平年の梅雨明けは7月21日。その頃には、6月のEJUの結果が出ます。雨だからって寝ている暇などありません。

プレゼンは嫌い?

6月4日(月)

授業後の面接で、「先生、今学期もみんなでする発表がありますか」とLさんに聞かれました。グループで発表するタスクがあるかという意味です。「はい。今週の後半ぐらいから取り掛かる予定ですよ」と答えると、Lさんは眉を八の字にして、「日本はみんなの前で発表することが多いんですか」と聞いてきました。

Lさんは、自分独りで調べて勉強してレポートの形にまとめて提出するのはいいけれども、それをみんなの前で発表するとなるとプレッシャーを感じると言います。また、グループで何かをするのも好きではないそうです。ですから、グループで課題に取り組んで、その成果をクラスのみんなの前で発表するなんて、Lさんにとってはとんでもなく嫌な課題なのです。先学期も先々学期もそういう課題があり、今学期もそういう課題があるという噂を聞き、居ても立ってもいられなくなったのでしょう。

今は、専門学校でも大学でも大学院でも、学生にプレゼンテーションをさせる授業がよくあります。私の学生時代のように先生の話を一方的に聞くばかりというパターンは少なくなりました。自分の考えや学んだ成果を公にすることがより強く求められるようになったのです。社会が、そういうことができる人材を求めるようになったと考えてもいいでしょう。同様に、協調性を養う一形態として、グループタスクも盛んになってきています。

私も、こういう商売をしていますが、みんなの前で何かするよりは、こうして独りで静かに作業するほうが好きです。職人気質みたいなところがあると思っています。ですから、Lさんの気持ちもわからないではありませんが、Lさんが活躍する時代は自分を積極的に売り込むことをしていかないと、勝ち組にはなれません。AIとの競争にも敗れてしまうかもしれません。

そんなことまでは言いませんでしたが、Lさんの志望校は黙って授業を聞いているだけでは済みません。性格を改造するくらいの気概が必要です。そう考えると、私はのどかないい時代に生まれたのかもしれません。

お神輿が来た

5月26日(土)

お昼過ぎ、1階で仕事をしていると、「わっしょい、わっしょい」という掛け声が遠くからだんだん近づいてくるのが聞こえてきました。今週末は花園神社のお祭で、こども神輿が学校の前の道を通ったのです。

花園小学校は全校児童が100名ちょっとだというのに、お神輿の周りには50人ぐらいの子どもがいました。いったいどこからこんなに子どもが集まったのだろうという感じでした。このあたりの町内会は下町的なつながりがありますから、お祭となると親も子も血が騒いで、家にこもってなんかいられなくなるのでしょう。

お神輿のそばには、明らかに日本人ではない雰囲気の子どもも、白いはっぴを着てはちまきをして歩いていました。嫌々付き合わされているのではなく、子どもながらにお神輿を守るという重い責任を感じ、とても凛々しい顔をしていました。外国人だから…などという区別も差別も遠慮も特別扱いもありません。新宿区は約30万人の日本人と4万数千人の外国人とから構成されています。1割以上が外国籍の方ですから、お神輿を担ぐ子どもに数名の外国人が含まれていても何ら不思議はありません。むしろ、こうやって取り立てるほうが不自然なくらいです。

明日は、KCPの学生もお神輿を担ぐことになっています。はっぴに地下足袋といういっちょまえの装束を身に付けます。お神輿を担ぐ学生たちの出身地にも、何がしかのお祭はあるでしょう。そのお祭に地元住民として参加するのと同じように、明日はお客さんではなく自分の街のお祭だと思ってお神輿を担いでもらいたいです。

みんな受けてきて

5月24日(木)

今週末、T専門学校が主催するEJUの模擬テストが行われます。受験希望者を募り、その名前をT専門学校に送り、受験番号をもらい、それを受験する学生に伝えるという作業をしてきました。今年も大勢の学生がこのテストに申し込んでいますが、数年前、実際に受験したのが半分くらいだったという事件がありました。

学校間の信頼関係の上に立ってテストに参加させてもらっているのですから、その信頼関係をぶち壊すような行為は非常に困ります。「受けてください」と言われて「それでは…」というのではなく、自ら「受けます」と申し出たにもかかわらず「やっぱりやーめた」と言いもせずに欠席してしまうのです。その神経が、私にはわかりません。

ケータイでいつでも連絡がつくようになってから約束が軽くなったという話を聞いたことがあります。とりあえずつばだけつけておいて、ちょっとでも都合が悪くなったり面倒くさくなったりしたらあっさりキャンセルというパターンです。キャンセルの連絡をしていたうちは今思えばまだよかったのですが、キャンセルし慣れてくるとその連絡も省略してしまい、約束の重みが失われていったのだそうです。

先日の運動会だって、選手に選ばれていたのに無断欠席して、周りに迷惑をかけた学生が1人2人ではありませんでした。中間テストの結果を見ながらの面接だって、自分で選んだ日時なのにすっぽかす学生が、クラスに必ずいます。自己中とかわがままとかという言葉で片付けてしまうのは危険だと思います。

ことばの重みを教えるのも、ことばを教える教師の役割だと思います。そのためには、自分自身が自分のことばに責任を持たなければなりません。

変わる

5月12日(土)

Lさんは昨日の運動会を欠席しました。ズル休みではありません。国で大学の卒業式があったのです。それを休んでまでも運動会を優先しろとまでは言えませんよね。日本の大学院に進学しようと考えている学生が大勢入学するようになってきましたが、学校行事や、もっと広範囲に学校運営そのものがその変化に追いついていない面が見られます。

日本の国のしくみもそうだと思います。少子化をどうにかして止めなければとみんなが叫んでいますが、具体的に大きな動きがあったかと言えば、残念ながらNOです。働く女性が増えたにもかかわらず、国の制度や働く女性を取り巻く環境は旧態依然です。麻生大臣を始めとするセクハラに対する考え方も、進歩が見られません。

連休中の日経に、平均余命によって票に重みをつけるなど、若者の声を政治の場に反映させる制度を考えてはどうかという記事が載っていました。これを実現するには現場レベルでもかなりの難問があるでしょう。でも、それを乗り越えて新しいことをやり遂げようとする強い意志が、今この国には欠けています。憲法改正というと9条ばかりに議論が集中しますが、例えばこういう投票法が行えるような法律的な裏づけを与え、昭和20年代とはガラッと変わってしまった平成末年の国の姿に合わせていくという議論もあってしかるべきだと思います。

松尾芭蕉は不易流行こそ俳諧の本質だと言っています。KCPにおいても、何が不易で、どのように流行の取り入れるべきなのか、よく考えていかなければなりません。なし崩し的に方向性もなく変わっていくのが、組織にとって最も不幸な歩みです。

マニアの旅行

5月7日(月)

連休は、今年も関西へ。10年以上も毎年通っていると、姫路城や東大寺など有名なところは行き尽くし、だんだんマニアックになってきます。

今年は武庫川沿いのハイキングをしました。と言っても、河原の石ころ道を歩いたわけではありません。国鉄(JRではありません)福知山線の廃線跡を歩いてきました。レールだけがはがされた枕木が並んでいるところもあったのですが、これが意外と歩きにくいんですね。私の歩幅は枕木の間隔の1.5倍ほどで、枕木の上に足を置こうとすると歩くリズムが崩れ、歩幅を優先すると足元が枕木の上になったり線路の砂利に取られそうになったりと安定しません。また、トンネル内には照明がまったくなく、家から持ってきた懐中電灯が唯一の明かりとなります。蒸気機関車時代から使われていたため、トンネルの入口のレンガや内壁には黒いすすがこびりついています。川筋に忠実な羊腸の線路を、煙を吐きながらあえぎあえぎ進んでいく機関車と客車が目の浮かびました。

景色は、お天気にも恵まれたこともあり、渓谷美や新緑が目に鮮やかでした。尼崎や西宮あたりの平地をどよーんと流れるのとはわけが違います。昔は車窓からこの絶景が拝めたのでしょうが、今のJR宝塚線(「福知山線」とも呼ばなくなりました)は新幹線並みにトンネルで山を直線的に貫き、車窓の楽しみは失われました。

私は上流から下流に向かって歩きましたから、廃線跡の出口は宝塚の市街地の末端でした。突然交通量の多い国道に放り出され、前後左右はこじゃれた住宅地。自然に溶け込み、時間をさかのぼり、身も心も透明になりかけたところで、急に現実に引き戻されました。

そのほか、南朝の余韻に耳を澄ませてみたり、長岡京の栄華に思いを馳せたりしました。長岡京については、来年以降集中的に見学していこうと思いました。そういう、魅力的な話も聞けた連休でした。

さて、連休明け。Kさんはゆうべ飲み過ぎて二日酔い、Lさんはまだ連休だと思っていたとかで大遅刻でしたが、大学の卒業式に出るために一時帰国しているHさんを除いて全員来ました。今週金曜日は運動会。競技のルールの説明をしたら、学生たちも少しずつその気になってきました。