Category Archives: 会話

ちょっとした隙に

5月9日(火)

会話の授業で、連休中にどんなことをしたか聞きました。本栖湖へ行ったとか、かつてのホストマザーを訪ねたとかという学生は滑らかな日本語で私の問に答えてくれました。一方、ずっと勉強していたとか、ゲームばかりしていたとかという学生は、たどたどしい日本語に戻っていました。大遅刻で入室したEさんに至っては、遅刻の理由を聞くと、「アラームが起きませんでした」と意味不明の回答をしてくれました。Eさんも連休中は引きこもり状態だったそうです。たった1週間足らずですが、日本語から離れてしまうと、こうもできなくなるものかと驚かされました。

それでも、“友達から連休中の様子を聞き出す”という課題を与えて、強引に会話の授業を進めました。最初は調子が出なかった学生も、スマホの写真を見せたり見せてもらったりしながら、自分の連休を語ったり友達の話にツッコミを入れたりするほど復活してきました。日本を離れていたTさんも、連休の思い出話で友達を笑わせたり感心させたりしていました。

その一方で、Yさんのグループは黙り込んでしまいました。あまりに話が弾まないので、私が話の接ぎ穂を拾い出して学生に渡すのですが、教室をぐるっと回ってまた来ると、またみんなでスマホをいじっています。Yさんは国にいる恋人と毎日長電話、Sさんはひたすら勉強、Cさんはアルバイトでしたが使う日本語は限られていた、という調子で、日本語でコミュニケーションをとる生活は送っていませんでした。

毎日学校に通って直接日本語に触れることで保たれていたバランスが、この連休で日本語じゃない側に大きく傾いてしまったようです。“日本語学校の存在価値を改めて感じた”などとのん気なことは言っていられません。すぐにどうにかしないと、このクラスの学生は悲惨な運命に襲われるでしょう。

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逆効果

5月1日(月)

昨日、家の前のショッピングモールにある靴屋の店先を通ると、2足で7000円以上の買い物をすると10%割引だと出ていました。私が旅行などで長距離を歩くときに履く靴(川越へも秩父へも履いて行きました)はめったにバーゲンになりませんから、チャンスと見て店に入りました。その靴の棚まで行き、そばにいた店員さんに聞きました。「同じ靴を2足でも割引になりますか」「はい、7000円以上でしたら10%引きになります」「じゃあ、この靴の26.0センチを2足ください」「はい、ありがとうございます。在庫をお調べします」。

店員さんはそう言って、商品のバーコードを読み取りました。「申し訳ございません。26.0センチは在庫がございません。25.5センチか26.5センチならあるのですが…」と、少し残念そうな顔つきで教えてくれました。まず、こいつ、本気で言ってるのかと、ちょっとムカつきました。私が買おうとした靴は、長距離を歩くためのウォーキングシューズです。サイズが違ったら靴擦れができかねません。そんなことぐらい、靴屋の店員なら常識だと思うのですが。

「じゃあ、結構です」と断って立ち去ろうとする私に、「そうですか。大丈夫ですか」とその店員。「大丈夫なわけないでしょう。欲しい靴がなかったんですから」と怒鳴りつけてやろうかと思いましたが、大人げないのでやめました。もちろん、店員の言いたいことはわかりますよ。「お買いにならなくても大丈夫ですか」「代わりの靴をお探ししなくても大丈夫ですか」というあたりでしょう。

でも、なかなか安くならない靴が安く手に入るかと思ったらそううまくいかなくてがっかりしていた私は、心理的には全く“大丈夫”ではありませんでした。そんなところに無神経に「大丈夫ですか」と声を掛けられたのですから、その前段階でサイズ違いならあると言われたことも相まって、怒り狂いたくなったのです。

私は以前から安易に使われる「大丈夫」に批判的な目を持っていましたが、これほどムカッと来たことはありませんでした。店員が「そうですか。申し訳ございません」「代わりの靴をお探ししましょうか」「こちらの靴も歩きやすさにかけては引けを取りませんよ」ぐらい言ってくれたら、ごく普通に店を出られたんですがね。

連休は、秩父にも履いて行った靴で、関西を歩き回ります。

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違いがわかる

4月11日(火)

火曜日は上級のクラスです。顔と名前が一致する学生が半分くらいいましたから、昨日のクラスよりはいくらか気が楽でした。

「みなさんは今学期から上級クラスになりましたが、このクラスの上に、もっと上級のクラスがあります。そのクラスの学生とみなさんの日本語を比べると、読解も文法も会話もすべてあちらのクラスの方が上ですが、何が一番大きく違うと思いますか」と聞いてみました。当然のごとくいろいろな答えが返ってきました。

「知っている単語の数、使える単語の数が一番違います」と言うと、意外そうな顔をする学生はあまりいませんでした。上のレベルの学生たちは、抽象概念を表す単語が自然に出てきます。同じ単語を私のクラスの学生が発すると、気負ってるなとか、ネットで見つけたのをそのまま言ってるなとか思ってしまいます。

同じことが、このクラスの学生と昨日のクラスの学生の間にも言えます。ほんの入り口とはいえ上級クラスですから、日本語学習歴で半年ほど差のある学生に対しては、語彙面で差をつけています。複合動詞などがひょこっと出てくると、中級とは一味違うなと思ってしまいます。1~2分ほどのニュースを聞かせてみたら、大部分が理解できたみたいでした。頭の中に蓄積された語彙が多いからこそ、聞いてわかるのです。まあ、事前に多少種をまきましたけどね。

授業の最後に「んです」を取り上げました。「んです」は初級で勉強する文法事項ですが、定着するのは上級になってからです。「んです」がどのくらい過不足なく使えるかで、その学生の実力が推し量れるとさえ思っています。残念ながら、このクラスの学生の「んです」は、上級とは言いかねます。今学期の強化のポイントは、この辺にありそうです。

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すばらしい通訳

3月4日(土)

この頃どうもAさんの様子がおかしいので、担任のB先生と一緒に話を聞くことにしました。Aさんは逃げも隠れもせずに指定した時刻に指定した場所まで来ましたが、Cさんを伴っていました。Cさんに通訳を頼んだと言います。Aさんだって上級の学生です。でも、自分の日本語に自信が持てず、自分よりもさらに上のクラスのCさんを通訳としてついてきてもらったのです。

生活状況の話も聞くつもりをしていましたから、プライバシーにかかわることも質問するがそれでもいいかと聞いたら、それも計算済みだと言います。こういう場合には事務職員が通訳を務めるのが常ですが、運悪く通訳ができる職員は仕事で外出していました。まさか上級の学生が通訳を必要とするとは思わず、約束をしていませんでしたからしかたありません。

Aさんとの話の内容をここに記すわけにはいきませんが、Cさんの通訳は素晴らしかったです。Aさんの言わんとしている微妙なニュアンスもくみ取って訳してくれました。初級の学生にこちらの考えを伝えてもらうことはありましたが、学生の思いの丈を日本語にしてもらうという通訳をしてもらったのは初めてでした。Aさんも、Cさんが私たちに話す日本語を聞いて満足そうでしたから、きっと的を射た通訳だったのでしょう。

Cさんは、EJUなどの試験の点数が非常に高いわけではありません。しかし、Aさんの言わんとしたことをきちんと日本語にできたという点においては、高度な日本語力というか、相手の気持ちに寄り添うコミュニケーション力を有しているのです。こういう学生がKCPで育ったということがうれしかったです。なにせ、Cさんはおととしの春、レベル1のオンライン授業で私が教えた学生ですから、ちょっと鼻が高くなりました。

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難しい文法

3月1日(水)

Bさんは来年の進学を目指しています。もう1年KCPで勉強するにあたって、どのようにして日本語力を伸ばし、進学につなげていくかについて面談しました。

得意科目を聞くと、漢字、文法、読解といいます。苦手なのが、会話、聴解、作文です。会話は、学校外で日本人と話すとき、どんな単語や文法を使ったらいいかわからなくなるから苦手なのだそうです。作文もほぼ同様です。さらに突っ込んで聞くと、上級らしく難しい単語や文法を使おうとするけれども自信が持てないのだそうです。上級になり切れていない学生が背伸びしようとすると、このようになりがちです。

日本人だって、日常会話でN1やN2の文法を使いまくっているかというと、全くそんなことはありません。みんなの日本語レベルの文法を上手に組み合わせているにすぎません。これが本能的にできるところが母語話者なのですが、Bさんが想像しているほどの難しい文法など使っていません。私も、この稿では意識してN1の文法を使いますが、話しているときは、教師相手でも「みんなの日本語」ですね。

入試の面接にしても、状況は変わらないでしょう。無理して小難しい文法を使って失敗するよりは、初級文法を正確に使いこなす方が、評価は高いに違いありません。面接練習でも、そういう指導をしています。

そんなことをBさんに伝えましたが、これで問題が解決するくらいだったら、Bさんはこんな悩みを打ち明けることもないでしょう。口を開くチャンスがつかめないんでしょうね。こんなふうに一対一で話を聞く機会を提供していくことが、Bさんの会話力を伸ばすほぼ唯一の道だと思います。

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就職面接

2月13日(月)

KCPの卒業生のPさんは、現在ある団体の非常勤職員をしています。このたび、正職員への登用試験を受けることになり、その面接練習に付き合いました。Pさんは在学中からも、何事に対しても熱心で全力に取り組み、アルファベットの国出身ですが最上級クラスまで上り詰めました。Pさんがいることにより、そのクラスは非常に活気を帯びていました。

そんなPさんですから、就職先でも頭角を現すことは十分想像できました。周囲で働いている人たちからも、強い信頼感を得ているようです。それゆえ、こういうチャンスが巡ってくるのは当然のことであり、このチャンスを生かしてぜひワンランク上を目指してもらいたいと思っています。

大学入試の面接練習は数えきれないほどしてきましたが、就職の面接はとんと記憶にありません。以前の会社は、そういう面接をするほど偉くなる前に辞めてしまいましたから、各方面の面接に関するうわさからどんな質問がなされるのか想像してみました。私が面接官なら、私が経営者なら、こんなことを聞いてみたい、こんなことで評価したいという質問を、Pさんにぶつけてみました。

Pさんは、さすがに社会経験があるだけあって、大学受験の若造とはだいぶ違いました。落ち着いてもいましたし、何かを丸暗記というのではなく、自分の言葉で語ってもいました。私が指摘したのは、自分を売り込む力が弱いという、その一点でした。Pさんはいつの間にか日本人っぽく自己主張が穏やかになりすぎていました。

その点を指摘し、明日の面接に送り出しました。

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安全運転

1月20日(金)

Sさんはこれから何校か受験します。去年のうちに滑り止めのつもりで受けたT大学に落ちてショックを受けていましたが、ようやく立ち直ってきました。どうにか春までに行き先を決めて、3月にKCPを出ようと考えています。授業後、そのSさんの面接練習をしましt。

一度落ちているからでしょうか、答えがすべて安全運転でした。当たり障りのない答えで、内面を面接官役の私に見せることはありませんでした。Sさんでなくても誰でも答えられるものばかりで、Sさんの特徴が全く感じられませんでした。これでは面接官の印象に残らず、落ちること請け合いです。

SさんはT大学に落ちたあたりから、メンタル面が崩れてきました。不安で眠れないとか、だから遅刻欠席が多いとか、授業中も受験勉強が気になって問題集をやってしまうとか、入学したばかりの頃の、やる気にあふれたはつらつさが消えてしまいました。外見も、いかにも寝起きといった風情で登校してきます。

また、Sさんは結構滑らかにしゃべれてしまいますから、安全運転の答えがなおのこと形式的に聞こえてしまいます。面接という火の粉を振り払っているだけという感じを、面接官に与えてしまうような気がします。滑らかすぎて余計なことも言っていました。

以上のようなことをフィードバックしたかったのですが、Sさんのメンタルを考えると、とても伝えられませんでした。ですから、自分を売り込むことに力を入れてほしいとだけアドバイスしました。試験日まで時間がありますから、まだ面接練習のチャンスはあります。少しずつレベルアップしていきましょう。

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初面接練習

1月5日(木)

早速面接練習がありました。相手は、今度の日曜日がS大学の入試本番というHさん。クラスで教えたことのある学生ですが、約束の時間の10分前に来て職員室で面接の想定問答の最終チェックをしている背中は、今までになく緊張の色がにじみ出ていました。

「Hさんですね。あなたはなぜ本学で勉強したいのですか」と質問すると、Hさんは一語たりとも言い漏らすまいと答えます。しかし、その気持ちが強すぎて早口になってしまい、しかもマスク越しですから、聞き取りにくくなってしまいました。これでは逆効果です。Hさんの話し言葉を聞き慣れている私ですらわからない部分がありましたから、S大学の面接官にはHさんの熱い思いが伝わらないでしょう。

その後、S大学で何を勉強したいか、卒業後どうするつもりかなど、面接の常道ともいえる質問をしました。それなりには答えていましたが、“それなり”止まりでした。Hさんの狙っている学部学科はS大学の中でも難関ですから、このままでは入れません。フィードバックを兼ねて、S大学のページを見ながら答えのポイントを説明しました。S大学卒業後は帰国して故郷の街の発展に貢献したいというHさんの将来計画を、より輝かしいものに聞こえる工夫を伝授しました。

Hさんは、自分をよく見せるということに関しては不器用な学生です。思いも人間性も能力もあるのに、それを伝える点において要領が悪いのです。ここを補って学生を志望校に入れるのが教師の役割です。この学期は、多くの“Hさん”の面倒を見ていくことになります。

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せつない(?)恋心

12月19日(月)

Jさんはアメリカから来たレベル1の学生です。

「クリスマスは国へ帰りますか」「いいえ、帰りません」

「じゃ、クリスマスは寂しいですね。1人でメリークリスマスですか」「いいえ、彼女と一緒です」

「あ、いいですねえ。楽しいクリスマスですね」「はい」

と、笑顔を見せました。

Jさんの彼女もレベル1で、英語が話せないそうです。「Jさんも彼女も日本語を話しますか」と聞くと「はい」という答えが返ってきました。2人の共通言語は日本語ですから、そうなっても不思議はありません。

でも、今は多種多様な、私など想像もつかないようなアプリが出回っていますから、そういうのをフル活用して意思疎通を図っているのかもしれません。Jさんがスマホに英語で気持ちを打ち込むと、それを彼女の国の言葉に翻訳して、メールか何かで送り、それを読んだ彼女がその逆をしてJさんに思いを伝える――というようなやり取りを繰り返すのでしょうか。残念ながら、Jさんの日本語力ではどんな“会話”を交わしているのかわかりませんでした。

上級クラスの語彙の授業で“せつない”を扱いました。辞書の説明をそのまま伝えても、例文を考えて状況や心情を想像させても、“せつない”の根幹をなす部分を伝えるのは難しいです。Jさんたちはどうなのでしょう。自分の言葉で愛を語っても通じないことにもどかしさやせつなさを感じているのでしょうか。見つめあうだけで心が満たされるのでしょうか。それともアプリか何かを介した語らいで幸せを感じているのでしょうか。

いずれにしても、2人で楽しく幸せなクリスマスが過ごせるよう祈るばかりです。

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クリスマスは家族と

12月17日(土)

学期末が近づくと、アメリカの大学のプログラムでKCPに留学している学生の会話テストがあります。私も毎学期試験官として数名の学生のお相手をします。昨日はMさんとJさんのテストを受け持ちました。

私の場合、ごく普通の会話をしながら学生の力を見ていきます。発音やイントネーションはもちろんのこと、こちらの言葉をきちんと聞き取って理解してしかるべき応答ができるか、今までに習った文法や単語をどれだけ正確に適切に使えるか、そして何より、会話が弾んでいるかが大事な点です。

昨日の2人に共通していたことは、21日の期末テストが終わったらすぐ帰国して、クリスマスは家族と一緒に迎えるという点です。クリスマスはどうするかと聞いたら、喜々としてクリスマスの計画を話してくれました。Jさんは、日本で買いそろえた家族へのクリスマスプレゼントまで詳しく教えてくれました。

もちろん、2人とも1月11日の始業日までに日本へ戻ってきます。去年は、そんなに簡単に国の出入りができませんでした。日本にいる学生たちは、オンラインクリスマスが精一杯でした。今年は緩和のおかげで、航空券はきっと高いのでしょうが、家族とおいしい料理を食べたり、プレゼントの交換をしたりすることができるようになりました。もちろん、感染状況に関しては油断できませんが、だいぶ以前の状態に戻ってきたのではないかと感じさせられました。

2人とも、クリスマスのおかげで会話が弾み、テストは高評価です。特にMさんはミスがほとんどありませんでした。Mさんの町もJさんの町もホワイトクリスマスのようですから、美しい景色とやさしい家族に癒されてきてください。

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