Category Archives: 勉強

森の重箱

11月24日(金)

授業が終わると、Lさんが質問に来ました。Lさんは、いつも、その日の授業内容や、それ以外に日頃自分が疑問に思っていることなどを質問します。とても勉強熱心で、自分の力を伸ばそうという意欲がひしひしと感じさせられる学生です。

じゃあ、順調に力が伸びているかというと、必ずしもそうではありません。どうしてかというと、木を見て森を見ず的なところがあるからです。細かいところに目が行き過ぎて、物事を大づかみすることが苦手なようです。重箱の隅をどつきまわして重箱を壊してしまうタイプです。

Lさんの読解の成績は、上級になってから下がっています。勉強を怠けたからではなく、大きな目で文章全体を眺めるということができていないのです。慎重な性格ですから、わからないことを残したまま前に進むことができず、局地戦ばかりを続け、大局的な戦局を見失い、勝機を逸しているように思えてなりません。

読解の時には、小説などだったらその場面を頭の中で思い描きながら読めと指導しています。論説文なら具体例を考えながら読めと指導しています。ところが、文章理解のキーとなる単語の意味を「この文章の中ではどういう意味ですか」と聞いても、辞書的な意味しか答えられない学生が多いです。さらに、わからない単語の解説をして、語句レベルでは不明な点がないようにしても、少なからぬ学生がその場面を具体的にイメージできません。

私が英語を勉強した時はどうだったかなあと思い返してみると、乏しい想像力を駆使して文章をイメージ化していました。私もLさん同様単語の意味や文法にこだわるたちでしたが、それと文章の読解は別と割り切っているところがありました。

Lさんはまだ行き先が決まっていません。志望校を見る限り、ここで脱皮しないと苦しいです。木をじっくり見ることは美質でもありますが、それを封印することも、後にその美質を生かす上で必要なのです。

ある退学

11月22日(水)

Eさんが退学することになりました。出席不良のためです。今学期の選択授業は私のクラスなのですが、まだ一度も顔を合わせていません。ですから、出席の悪さは推して知るべしといったところです。

Eさんは去年の7月に入学しました。中級クラスに入り、理科系の受験講座も取りました。私が指定した参考書も買い揃え、11月のEJUでいい成績を取り、17年4月に大学進学という計画で、気合十分で私の授業を受け始めました。知識もあり、授業も最前列で受け、やる気もありましたから、Eさんの計画は決して無謀なものとは思いませんでした。

ところが、それが続いたのは1か月でした。中間テストのころから受験講座に出なくなり、次の学期は受験講座を取ることもありませんでした。日本語クラスの出席率も急降下し、クラスの先生によると、学校へ来ても「出席」というよりは「存在」に過ぎないようでした。アルバイトはきついけれども、学費のためにやめるわけにはいかないと言っていたそうです。17年4月大学進学など、自然消滅でした。

その後、学校から厳しく注意されると一時的にはよくなるものの、すぐまた元に戻るということが繰り返されました。アルバイトを減らしたりやめたりしても、効果はありませんでした。もはや、心が完全に折れてしまっています。退学は賢い選択だと思います。

出席不良で退学となると、形の上ではEさんの留学は失敗だったとなってしまいます。しかし、本当の失敗にするかどうかは、これからのEさん次第です。若いうちの失敗は、むしろ成功の基です。入学当初の輝きのエネルギー源は何だったのか思い出し、再び炎を燃え立たせ、今度はこの留学での経験を生かして、にっこり笑ってもらいたいものです。

十人十色

11月21日(火)

授業後、奨学金受給生との懇談会に参加しました。司会役のDさんの意向で、将来社会に対してどんな貢献をしようと思っているかについて、各学生に語ってもらいました。みんな、自分の将来についてしっかり考えていることに驚かされました。私は、大学に入るころは言うに及ばず、大学院進学時でさえ、将来に対するおぼろげなビジョンすら描いていませんでした。来年3月までのKCPを背負って立つ学生たちですから、また、それぐらいしっかりした考えの学生を選んで奨学金受給生にしていますから、当然のことなどかもしれません。いや、学生時代の私のようにぼんやりしていたら、グローバルな競争にはついていけないに違いありません。

時間ぎりぎりまで奨学金受給生の話を聞き、大急ぎで受験講座へ。先週からしている口頭試問の練習です。実際にホワイトボードを使って説明させてみると、予想通り頭の中の知識が素直に出てきません。抜け落ちだらけの説明だったり、突っ込みに口ごもってしまったりして、学生たちはまだまだ感を抱いて教室を後にしました。

授業直後、Jさんの志望理由書をチェックして、指定校推薦の学内面接をしました。Kさんは悪い学生ではありませんが、いまひとつ決め手に欠く感じが否めません。私たち面接官の心を揺さぶる、ほとばしるような意欲や目の輝きは見られませんでした。心の叫びを聞きたかったです。

それからすぐ、Sさんの面接練習。ハキハキ答えてくれたのですが、答えの内容に若干疑義があり、いくらか軌道修正することに。Sさんが勉強しようとしていることは、Sさんが抱いている夢の実現とは少し方向性が違うような気がしました。本番でそこを突かれるとぐだぐだになりそうでしたから、再考を促しました。

いやあ、いろんな人の話を聞いたものです。明日も、昼休みから息つく間もなく予定が詰まっています。受験シーズンのピークですから、しかたありません。正月休みを夢見ながら、歯を食いしばります。

目の前の学生

11月15日(金)

教卓のまん前の席を指定されたGさんは、テストの前から落ち着きがありませんでした。隣の席のXさんのノートをのぞき込んだり国の言葉でなにやら質問したりしていました。直前の確認と言えば聞こえがいいですが、表情はあまり真剣には見えませんでした。

テストが始まっても、貧乏揺すりこそしませんでしたが、口をパクパクさせたり手をあっちこっち動かしたり、あげもらいか貸し借りか行き来かわかりませんが、語彙か文法か自分なりに確認しているようでした。周りの学生は試験問題に真剣に取り組んでいるので、そんなGさんの動作など眼中にないようでしたから、放置しておきました。

聴解の時間になると、できない学生の典型的パターンに陥りました。次の問題が始まっているのに、前の問題の答えをあれこれいじりまわすのです。消しゴムで消して書き直している間に、新しい問題はどんどん進みます。そうすると、その問題も聞き取れなくて、そのまた次の問題の時に答えを考えることになります。すると、そのまたまた次の問題が…というように、悪循環に陥ってしまいます。Gさんは自転車操業にもなっていないようでした。

多くの留学生を見ていると、中には勉強に不向きなのもいます。そういう学生は勉強以外の分野で活躍すれば幸せになれるでしょうが、日本語という外国語を勉強しているうちは、苦難の連続です。Gさんにもそんなにおいを感じ取りました。まだ初級のGさんは、卒業が再来年の3月です。それまでもつのかなあと、心配になりました。

中間テストが終わりました。あさっては水上バスの旅です。Gさんも、こちらは楽しんでくれるでしょうか。お台場で活躍してくれるでしょうか。

東海道新幹線

10月30日(月)

「…東海道新幹線など、やたらトンネルが多いが…」という文が超級のテキストの中にありました。授業でそこの部分を扱ったのですが、私はどうも納得がいきませんでした。かつて、私は月に1回ほどは東海道山陽新幹線を利用していましたから、このあたりはちょっとうるさいです。山陽新幹線は確かにトンネルが多いですが、東海道新幹線は決してそんなことはありません。平野を突っ走るイメージが強いです。

調べてみると、東海道新幹線のトンネルの割合は13%、山陽新幹線は51%でした。建設中のリニア新幹線の8~9割は別格としても、東海道新幹線以外の新幹線はどれも半分ほどがトンネルですから、冒頭のテキストは当たっているとは言えません。

東海道新幹線は、何と言っても富士山がよく見えます。高架橋の上からですから、並行して走る東海道線より眺めがいいかもしれません。海は熱海の前後、焼津付近、浜名湖辺り、蒲郡の手前でチラッと見えるだけですが、山陽新幹線は三原と徳山の海だけですからねえ。穏やかな多島海で遠景は癒されますが、近景は工場の裏手の海ですから、いまひとつパッとしません。夜は工場萌えになりますけどね。

東海道新幹線は景色が悪いと思われかねない文章でしたから、「幸せの左富士」の話をしました。東京から大阪方面に向かって新幹線に乗ると、富士山は右手に見えるのですが、静岡駅を過ぎた直後に、ほんの一瞬、右手に富士山が見えます。静岡を過ぎたあたりですから、同じ静岡県内とはいえ、富士山までかなりの距離があります。ですから、天気に恵まれないと見えませんし、精神を集中して首をかなり後ろに向けないと拝めません。だからこそ、これが見えたら“幸せの”となるのでしょう。

関西の大学を受験する学生が、幸せの左富士に見送られて、望みを叶えてくれれば最高ですね。

ゼニをもらうには

10月19日(木)

超級クラスの授業で、学園祭で人気の出そうな企画に準備金が出るという想定のもとに、準備金をもらうための企画書を作成するというタスクをしました。数グループに分かれて企画を立ててもらったところ、どのグループもウケる企画を作り上げることに熱中していました。日本の学園祭には学外の人も大勢来るのか、何日間ぐらい行われるのかなど、学園祭についてよく知った上で、客を集められそうな企画を練っていました。

各グループの企画書を覗き見したのですが、私の感覚からすると肝心なポイントが抜けているように見受けられました。私だったら、準備金をどう使うかを真っ先に書くだろうなと思いました。学生たちの企画書だと、準備金がいつの間にかどこかに消えていってしまうような気がしてなりません。準備金によってこういうことが充実できるから、どうしても準備金がほしいというストーリーのほうが、訴える力が強いと思うんですが…。

これは志望理由書や面接にも通じる発想だと思います。大学でこれを勉強すると、自分の未来はこのように開けてくるという人生の青写真を訴えると、志望理由書を読む試験官、実際に面接をする面接官の心を動かすのではないでしょうか。

学生たちは想定のうちの「人気の出そうな企画」という部分にだけ目が行ってしまい、お金をもらうための企画書だという点を忘れてしまったのでしょう。タスクに取り掛かる前に、私がこの点をきちんと説明すればよかったのでしょうが、一方ではこれぐらい気が付けよという思いもあります。

話は具体的にと常々言っていますが、“具体的”の最たるもの、お金の話が書けていなかったということは、まだまだ鍛え方が足りないのでしょう。締めてかからなければなりません。

事始め

10月17日(火)

今学期から受験講座を始めた学生たちの理科の授業が始まりました。まずはオリエンテーション。いつも強調していることは、計算力をつけることです。EJUは1.5~2.5分で1問を解かなければなりませんから、計算に時間がかかると考える時間がなくなってしまいます。また、EJUは有効数字がせいぜい2桁で、しかも選択式ですから、最初の1桁がわかると答えが選べてしまうこともあります。そういう特性を利用して、計算量を極力減らしていくのです。もちろん、1日で計算のテクニックを全て教えきれるわけがありませんから、練習問題を解きながら少しずつ学生たちに覚えてもらいます。

それから、カタカナ語を恐れていてはいけないということです。化学や生物は特にカタカナ語が多いですから、これを克服しないことには、EJUで勝ち目がありません。スライド画面いっぱいのカタカナ語を見てオエッとなった学生たちも、3か月後にはそのカタカナ語を駆使して私に質問してくるようになるものです。逆に、カタカナ語に負けて理科系の進学をあきらめる学生もいます。カタカナ語は運命の分かれ目なのです。

そんな目の前の受験をどうするかよりも、私が一番伝えたいことは、自分の将来をある程度見通して進学先を決めてほしいということです。有名大学の卒業証書がほしいのなら、頑張ってそこにはいって、そこでも頑張って卒業して見せるほかありません。しかし、その後日本で就職するとか、研究者の道を歩むとかというのが究極の目標ならば、有名大学への進学が必ずしも最善策とは限りません。

私の話を必死にメモしていた学生たちを、すくすくと伸ばしていきたいです。

1万

10月12日(木)

日本語教師養成講座の講義で、日本語は文章や発話などに使われる単語の数が他の言語より多いという話をしました。フランス語は使用頻度の上位2000語で90%が理解できるのに対して、日本語は5000語でやっと80%だというデータを紹介しました。90%理解するには1万語必要だそうです。

日本語は、尊敬語、謙譲語、丁寧語など、同じ事柄に対していくつもの表現があり、オノマトペにも富んでいます。それに加え、外来語に「する」をくっつければ動詞になり、「な」をくっつければ形容詞になり、もちろん、助詞や「です」をくっつければ名詞になるというように、外来語を受け入れやすい文法構造をしています。また、接頭辞や接尾辞によって派生語を作ったり、「持ち上げる」「持ち帰る」などの複合語を作ったりするのも容易です。

要するに、単語の数が増える方向の圧力が高いのです。そして、より細やかな表現ができるようになる代わりに、外国人が覚えるべき語彙数が拡大していきます。「みんなの日本語」は、文法書としてはよくできていると思います。「みんなの日本語」の文法が正しく使えたら、かなり上手に聞こえるはずです。しかし、語彙面は全然足りません。文法だけなら入試の面接にも対応できるでしょうが、語彙は貧弱すぎて話になりません。

学生たちはそういう条件下で必死に戦っています。日本で勉強していけるだけの語彙数に到達できるよう、チャンスを逃さず活用しようとしている学生は、超級になっても力を伸ばしていきます。今学期は受験の学期です。長文読解も語彙力というつもりで、追い込みにかかってほしいです。

1段抜かし

10月11日(水)

先学期私のクラスだったKさんはすばらしい成績だったので、今学期は2つ上のレベルのクラスに入れました。昨日の夜に新クラスを連絡したのですが、そのメールに気付いたのが今朝のようで、私が出勤してからしばらくして、あわを食ったようなメールが飛び込んできました。

Kさんは2つ上のレベルではなく、1つ上のレベルがいいと言ってきました。成績優秀な学生を選んで2つ上のレベルにしたのだから、心配しなくても十分やっていけると返信したのですが、階段を1段ずつ上がっていくのが自分の勉強のスタイルだから、どうしてもレベルを1つ下りたいと譲りません。

確かに、Kさんはとても緻密な勉強のしかたをする学生で、この文法はこういう使い方はできるか、こういう場合には使えるかと、細かくも的を射た質問をしてきました。だから、Kさんがそういう気持ちを持っているというのも、わからないでもありません。

点数が足りないくせに強引にでも上のレベルに行こうとするギャンブラーの学生が山ほどいる中、Kさんは実に慎重です。こういうふうに基礎をおろそかにしないからこそ、着実に力をつけ、順調に進級できるのです。目の前の課題に全力で取り組み、そこから得られるものを何でも吸収しようとするからこそ、同じ教室で机を並べていても、3か月の間に大きな差が生じてくるのです。

私の本当の気持ちは、KさんがKCPにいるうちにより高度な日本語を身に付けてもらいたく、それゆえ、2つ上のレベルのクラスに入ってほしかったです。でも、Kさんの考え方を尊重することにしました。Kさんなら、KCPを卒業した後も自分の力で研鑽を続けていけると思ったからです。

さて、新学期。今学期も、いろいろなドラマが巻き起こることでしょう。

入学式挨拶

皆さん、本日はご入学おめでとうございます。このように世界のいろいろな国からおおぜいの新入生を迎えることができて、とてもうれしく思っています。

秋といえば、まず、学問の秋でしょうが、学問の秋には入学試験の秋も含まれています。KCPの在校生も、殊に中級や上級は、大半が受験生といっていいでしょう。来年4月の進学を目指して、日夜努力を重ねています。

留学生の入学試験は、学力試験だけでなく、ほとんどの場合、面接試験も課されます。また、志望理由書や研究計画書などを書かなければならないところも多いです。この面接試験や志望理由書で問われるのは、留学の目的と、その実現に向けて努力していこうとする意志の強さです。目的があやふやだったり意志が弱かったりしたら、試験官に簡単に見破られてしまいます。そうなったら、もちろん合格などできません。

残念ながら、KCPにも自分が何のために日本へ来たのか明確に示せない学生、自分の将来像が描けないまま進学しようとしている学生がいます。そういう学生に限って有名な大学に入りたいと言いますが、入試のために捏造したような受験生の姿など、誰も見たくはありません。薄っぺらな志望理由など、面接官の厳しい質問によって簡単に吹き飛んでしまいます。

学生が志望理由書を書き上げる過程は、学問を究めていくことに対する理解を深め、自分自身との対話を通して5年後10年後20年後のあるべき姿を築き上げ、人生における留学の位置づけを明確にしていく機会でもあります。こども時代の自分の総決算をし、どのような大人へと成長していきたいのかを自分の心に銘記する絶好のチャンスだと思います。

こうして自分の中に自分の努力目標が鮮明に描けた学生は、有意義な留学生活が送れます。進学先を卒業した後も、自分の足で歩ける社会人になっています。進学してから、学業面でもそれ以外の面でも充実した留学生活を送っているのは、この過程をおろそかにせず、自分の将来に正面から対峙した学生たちです。就職あるいは起業し、縦横無尽に活躍しているのは、やはりKCPにいたときに留学の意義を深く掘り下げて考えた学生たちです。

今日入学なさった皆さんの中には、進学する人もしない人も、いろいろな目的の人がいらっしゃることでしょう。KCPに入ったきっかけは、周りの誰かに言われたからという受身の姿勢でもかまいません。でも、KCPにいるうちに、自分で選び取った留学にしてください。将来のビジョンを大きなカンバスに描いてください。それが実り豊かな留学をもたらします。そのためなら、私たち教職員一同は、喜んで皆さんの力になり、お手伝いをしていきます。

本日は、ご入学、本当におめでとうございました。