Monthly Archives: 3月 2015

説明会

3月16日(月)

来学期から受験講座を受ける初級の学生にオリエンテーションをしました。今は闘志満々でやる気があふれていますが、受験講座が始まってすぐにショックを受けることになります。日本語で何かをする、具体的に言えば政治経済や数学などの勉強をすることの難しさにぶち当たるのです。

でも、進学したら受験講座よりはるかに高度なことを日本語で学んでいかなければなりません。たかが受験講座ごときでつまずいているようでは、お先真っ暗です。そうはいっても、みんなの日本語が終わるか終わらないかぐらいの学生が、授業で扱っている内容よりも複雑かつ長い文章や話を読んだり聞いたりして理解していかなければならないのです。負担が重いことは明らかです。

ということは、初級の教科書がのんびりしすぎていると考え、進学コースの学生は通常授業に加えて長い文章を読む訓練もしています。それでもまだ足りないのなら、そういう訓練をもっと前倒しする必要もあるかもしれません。もっと言ってしまえば、国である程度以上の日本語力をつけてきてもらいたいところです。

今年はおかげさまでそこそこの進学実績が出せました。この中で、いわゆる「いい大学」に受かった学生の大半は、苦しくても日本語で受験勉強を続けてきました。そういう例を見ていると、ここが踏ん張り時なんですよね。少なくとも、日本語で受験勉強し通したという経験が、進学してからの自信につながると思います。

アンケートで聞いた志望校には有名校がずらりと並んでいました。全員がその学校に入ってくれると、今年の進学実績を大きく上回れるのですが、来年の今頃はどんな顔をしているのでしょうか。

開業

3月14日(土)

世の中は北陸新幹線の開業で沸いています。北陸は、ストロー効果で“らしさ”が失われるという話もあれば、首都圏から気軽に訪れることができるようになって景気がよくなりそうだとも言われています。

北陸新幹線が通る金沢も富山も高岡も行ったことがありますが、どこも落ち着きのあるいい町だと思います。お城やお寺を中心として、独特の街を形作っています。そういう自分の街に誇りを持っていますね、北陸の人たちは。だから、幸福度が高いという統計結果も出てくるのでしょう。「住めば都」という言葉がありますが、北陸は太平洋側の人間が感じるよりずっと都であり雅なのかもしれません。

そんな空気に包まれた街だっていう情報が新幹線開業により全国に広がると、地方を再発見しようという流れができるんじゃないかと期待しています。2011年に東北新幹線と九州新幹線が全通しましたが、今回の北陸新幹線の開業は、それ以上のインパクトを与えるのではないかと思っています。

さて、KCPでは、アルク・凡人社主催の日本語教師塾が開かれました。私は偉そうに基調講演なんてものをやってしまいました。6階の講堂全体に置かれた机といすがさらっと埋まるほどの盛況で、その参加者の皆さんが真剣に私の話に耳を傾けてくださればくださるほど、本当に私ごときが…と思わずにはいられませんでした。いろんな仕事の都合で「塾」そのものには参加できなかったのも残念でした。「忙しさにかまけていては成長できない」なんて言っておきながら、仕事に追われて自己研鑽しないんですからね。講演の内容も薄まってしまいますよ。

北陸新幹線はこれから日本列島の動脈の1本になっていくことでしょう。開業ブームが落ち着いたら、仕事の合間を縫って、ちょいと様子を探りに行ってみたいなと思っています。それが授業のネタになれば、「世間は教材の宝庫」と申し上げた講演内容とも合致しますしね。

直す?

3月13日(金)

卒業式が終わると上級クラスの授業がなくなって楽になるかと思いきや、今日は早速I先生の代講が入ってしまいました。期末テストでしかるべき点を取れば中級クラスに上がる学生たちのクラスです。初級のいちばん最後ともなれば、もうかなりのことがわかります。今学期受け持ってきた初級クラスの学生たちもだいぶいろんなことがわかるようになったと思っていましたが、それよりももう1つ上のクラスですから、さらにもっとわかっている感じがします。もちろん上級と比べたらいけませんが、このぐらいわかればとりあえずどうにかできるんじゃないかな。

授業の最後に、作文の清書がありました。先週I先生の時間に書いて、I先生が添削・採点なさったのを学生に返し、チェックが入ったところを直して書くのです。誤字脱字の類は誰が見ても同じですからいいのですが、表現方法に関するものとなると、すぐにはわからない場合も出てきます。本当に初級の作文なら、表現方法も限られていますから、ちょっと読み返せば赤を入れた意図がわかります。しかし、このクラスぐらいのレベルになると、学生が使える表現にバリエーションが出てきますから、教師によって直し方に違いが出てきます。どうもI先生と私とでは直し方の癖が違うようで、その調整が今日の授業の中での一番苦労した点でした。

おそらくこれはI先生と私との文体の違いによるところのものと思います。I先生のお書きになった文章を読んだことはありませんが、たぶん私とは違うリズムの文章なのでしょう。最近はあまり作文の授業をしていませんでしたから、いつもとは違う刺激を受けました。清書した作文を提出してもらいましたが、これをさらに私流で直すと、学生たちは困っちゃうかな…。

取り返す

3月12日(木)

Tさんは先学期私のクラスだった学生で、今学期は上級に進級しました。先学期もそうだったのですが、病気で休むことがちょくちょくあります。でも、まじめな学生なので、休むことを非常に気に病んでいます。今日は、休んだ日にやった文法項目を使って例文を書いてきました。担任の先生がいなかったので、私が代わりに見てあげました。

文法の意味を的確にとらえた例文でしたからほめたところ、おとといも例文を作ってきたけれどもボロボロに直されたので作り直してきたとのことでした。明日がこの文法項目を含む範囲のテストだから、どうしても頭の中をはっきりさせておきたかったのだそうです。たとえテストで合格点が取れても、わからないことが1つでもあるのが許せないのでしょう。

みんなTさんみたいな学生だったら、多少欠席しても文句は言いません。でも、よく欠席する学生に限って、休みっぱなしなんですよね。休んだ日にあったテストすら追試を受けようとせず、そのくせ点数が足りなくても進級したいと言うのです。こちらはなんとなくわかってりゃそれでいいだろうってしか考えないのでしょう。

私の担当している初級クラスにも、こういう考えじゃないかと思われる学生がいます。初級の文法がいい加減だと絶対に伸びません。後になってから修正するのは、今ここで勉強し直すのの数倍も労力がかかります。口をすっぱくして注意してもそれが見えないのは、しょうがないのかな。

学生はすべからくTさんのようにあるべきです。勉強にはそういう厳しさが必要です。それがごく自然に身についているTさんは、一流の要素を持った学生だと思います。

巨木から苗へ

3月11日(水)

8時を少し回った頃から、正装と盛装をした学生たちが三々五々集まってきました。去年までは四谷区民センターで行っていた卒業式を、今年は新校舎の6階講堂で行いました。区民センターに比べたらだいぶ狭いので窮屈なことは否めませんでしたが、それだけ卒業生との距離の近い式ができました。

校歌斉唱は、音楽大学に進学するAさんのピアノ伴奏で。昨日、おとといと練習したおかげで、みんな大きな声で歌えました。こういう儀式のときぐらいしか歌う機会はないのですが、歌うたびにいい歌だなあと思います。

卒業式での最大の仕事は証書の授与です。1人1人に「おめでとうございます」と声をかけながら渡します。今年は男の学生に見違えるような姿で私の目の前に現れた学生が何名かいました。Eさんはめがねを取って髪もすっきりして、全くわかりませんでした。Sさんもいつものむさくるしさが消え、好青年風に変身していました。卒業式を重く見ている証拠ですから、びっくりさせられるくらいは我慢しなきゃ。

式辞として、一流の人間になってほしいと訴えました。非常に漠然とした感覚ですが、私ぐらいの年になると、人に会った時、その人がどのぐらいの器なのかということを見てしまいます。そして、私自身が大した人物じゃないくせに、他人の器が見えてしまうことがけっこうあるのです。その時に、大きな人物に映るような人物になってほしいという意味で「一流」という言葉を使いました。現に、KCPへ遊びに来た卒業生に「こいつ、立派になったな」と感じさせられると、なんだかうれしくなります。

式の後のパーティーでは、毎年のことですが、この1年間この学校を支えてくれたこの学生たちが明日からもう来ないと思うと、一抹どころではない寂しさを感じます。この顔がいない学校なんてありえないとさえ思えてきます。大木が用材として切り出された後の、か細い苗ばかりの森を、1年かけて巨木がうっそうと生い茂る森へと育てていく気分です。来年の3月も、きっと同じ気分になるのでしょう。今私が受験講座や初級クラスで見ている学生たちが、きっと立派な柱になってくれると信じています。

遅刻と友情

3月10日(火)

私が担当している上級クラスは、出席に関しては最後までピリッとしませんでした。欠席は少ないのですが、遅刻が多いのです。朝、教室のドアを開けたら10人ぐらいだったけど、ボロボロとやってきて結局全員出席なんていうこともありました。

遅刻常連のSさんが来たのは授業の後半。明日が卒業式ということで、クラスメートへの寄せ書きを書いていました。他の学生はほぼ書き上げていたところにやってきたわけですから、十数名文の寄せ書きがどっとSさんの机に積み重ねられました。Sさんがどんな反応を示すだろうかと観察していたところ、1枚1枚に実に丁寧に書き込んでいるのです。「これからもがんばって。お元気で」なんていう通り一遍の形だけの言葉ではなく、1人1人との思い出を確かめるように、心の中から一語一語を紡ぎ出しているように見えました。

Sさんを見直しましたね。そりゃ、大幅に遅刻したことはいけませんが、今までの友情をないがしろにせず寄せ書きに書き込み、それを読んだクラスメートの心を揺さぶることでしょう。長い間苦楽をともにしてきた友人の期待を裏切るまい、友情を保ち続けようという姿勢は立派なものです。

Sさん、必死に書き続けましたが、何人分かは宿題となってしまいました。明日の卒業式には書いてくるといって帰っていきました。きっと、練りに練った一言を書いてきてくれるでしょう。

でも、教師としては、それだけのことができるのだから遅刻も何とかできかったものかと思ってしまいます。進学してからもこんな調子じゃ自分のしたい勉強ができなくなってしまいます。差し当たって、明日の卒業式に遅刻したら卒業証書がもらえませんよ。

メニューを覚える???

3月9日(月)

Mさんは今学期の新入生ですが、怪しい動きばかりしています。アルバイトのメニューを覚えていたら朝3時になってしまったから休むという電話が、授業中にあったそうです。私が直接受けていたら怒鳴り飛ばしてやるところだったのに…。別の筋からの情報によると、昨晩は部屋にいなかったとか。

入学希望者はかなり厳しく調査し選抜していますが、どうしてもこういう学生が入り込んでしまいます。入学後も放置していたわけではなく、先月のバス旅行のちょっと前には生活態度や勉強に対する姿勢について厳しく指導しました。それにもかかわらず、こんなことになってしまったのです。

Mさんはできない学生ではありません。ちゃんと勉強したらしかるべき成績は取り、進級できるだけの実力は備えています。しかし、勉強しないというか、そもそも学校へ来ませんから、そういう才能を伸ばす余地がありません。本人がどういう夢を描いて日本へ来たかまではわかりませんが、夜遊びやアルバイトのためだとは思いたくありません。

そうはいっても、現状のMさんの行動からは、どう考えてもまじめに勉強しようという留学生には見えません。再度注意して改まらないようなら、帰国してもらうしかありません。性根を入れ替えて勉学に励めば、まだ留学生活は始まったばかりですから、傷口は浅いですし取り返しもつくでしょう。でも、ここで立ち直れなかったら、遊び癖怠け癖が抜けず、早晩帰国ということになるのは火を見るより明らかです。

立派な卒業生を送り出してほっとしている暇はないのです。Mさんのような学生を矯正していく仕事が次から次へと舞い込んできます。

苦労が実って

3月7日(土)

お昼を食べて一息ついていたら、Hさんが来て、T大学に受かったとうれしいニュースをもたらしてくれました。まだもう1校残っていますが、今まで何校か受けた国公立大学に全勝です。出願の際にトラブルに見舞われるなど紆余曲折がありましたが、それにもめげず1年間蓄えた力を一気に発揮し、大輪の花を咲かせました。

Hさんの何より偉いところは、目標をあきらめず1年間努力し続けたところです。去年のこの学期は同級生を見送る立場でした。“いい大学”に進学していく友達を祝福しながら、大いに期するところがあったはずです。ここまでは誰でもできますが、その気持ちを持続し、描いた夢を実現させることは並大抵のことではありません。Hさんは「先生方のおかげで…」と言っていましたが、Hさん自身の努力と精神力の賜物です。

1年前に私が最も心配したのは、この持続力でした。楽な道に進んでしまうのではないかと危惧していましたが、見事に裏切られました。また、Hさんは他の学生より年上のため、伸び代がどれだけあるのかも気懸かりな点でした。夏から秋にかけての頃、私にしてくる質問のレベルが上がってきたので、力はつけつつあると感じていました。そして、冬を迎える頃には横綱の貫禄が漂っていました。

Hさんのように苦労が実った学生がいる一方で、苦労から逃げ続けたあげく年貢が払い切れていない学生、苦労したのに学問の神様が微笑んでくれなかった学生など、“無所属新”のまま卒業式を迎えそうな学生もいます。全てがうまくいくなんてことはないんですが、何ともしてあげられないことにもどかしさを感じます。

Hさんはもう1校の結果のいかんによらずT大学に進むそうです。4月からさらに大きく羽ばたいてもらいたいです。

今日は啓蟄

3月6日(金)

今日は啓蟄、そろそろ暖かくなってもらいたいところですが、曇りがちでいまひとつ気温の上がり方が鈍い一日でした。それでも12度まで上がりましたから、春は近づいているのでしょう。私も今月から服装を真冬モードからちょっと薄いものに替えました。

2月は1か月で最高気温の平年値が1.9度しか上がりませんが、3月は1日と31日で4.2度違います。冬の残滓が感じられる初旬から桜が開花する下旬まで、季節が大きく進むのがこの月です。1か月の最高気温の上がり方だけから言えば4月のほうが大きいですが、3月には冬のトンネルを抜けた明るさがあります。それゆえ、数字以上に暖かくなった感じがするのでしょう。

この逆が10月じゃないでしょうか。月初めは夏を思わせるような日もありますが、末にはコートがほしくなる日も出てきます。最高気温は9月のほうが大きく下がっていきますが、季節が進んだことを強く感じるのは10月のほうです。11月の気配を感じると、やっぱり冬とか木枯らしとかを連想しちゃいますよね。

東京の桜の開花は25日前後という予想が出ています。25日ならちょうど期末テストの日です。去年は仮校舎でしたから花園小学校の校庭が通勤路で、日々つぼみのふくらみ具合が観察できました。今年はなかなかそういうわけにはいきませんが、つぼみのほのかな赤みをどこかで感じたいものです。

すばらしい例文

3月5日(木)

「Tさんって、例文が上手ですよね」とS先生が言いました。「勉強した文法項目をちょうどいい場面に当てはめてますから、感心させられます」と、Tさんの例文にほれ込んでるご様子。

「いやあ、気の利いた例文はみんなスマホを使って拾ってきてるんですよ」と私。「え、そうなんですか。いつの間にスマホをいじってるんですか」「すきあらばすぐですよ。板書している最中とかほかの学生の質問に答えてるときとか、こちらが目を向けていないときはほとんどじゃないですか」「全然気がつきませんでした」「そりゃ、Tさんだってバカじゃないですから、教師に見つかるような使い方はしませんよ」

Tさんの例文はできすぎのところがあります。どう考えても本人の実力以上の語句が使われていたり、あんたこの場面想像できるのって言いたくなるようなすばらしい場面設定だったりします。そして、手がいつも机の下なんですね。何より、一字一句違わぬ例文が、席が遠く離れたMさんからも出されていたのが動かしがたい証拠です。

そのTさん、つい先日のテストでは短文作成の問題がボロボロでした。それが大きく足を引っ張り、クラスで最低の成績に沈みました。そばらしい例文は、やっぱり付け焼刃でした。

Tさんもスマホ中毒だと思います。スマホを頼ればなんでも問題は解決できると思っているのでしょう。いや、授業中であろうともいじらずにはいられないのかもしれません。いじるついでに例文のネタも見ちゃっててるに違いありません。ヘタをすると、いじってるという意識すらないんじゃないかな。

Tさんは極端だとしても、各教室に1人や2人、あるいはもっと多くのTさんがいます。禁止するだけではどうにもならない山が動いています。