シャープペンシルの芯

12月17日(木)

A先生が嘆いています。昨日届いたEJUの成績通知を各学生に渡して、その成績を確認したのですが、それがひどいからです。点数が低いのなら、毎度のことですから、対処の方法もあります。しかし、話を聞いただけであきれてしまうようなことをやらかした学生がいるのです。

Bさんは文科系の学生ですが、「数学コース2」が80点という成績がついてきました。本人がびっくりするほどのひどい点数です。Bさんは、もちろん、解答用紙の「数学コース2」をマークした覚えはありません。でも、こういう成績表が送られてきたということは、きっと塗り間違えたのでしょう。「コースを間違えたのに80点も取れたなんて、すごいでしょう」って自慢していたそうですから、立ち直りが早いというか、反省の色が薄いというか…。

Cさんは理科系の学生ですが、数学の点がついていませんでした。A先生がCさんに事情を聞いたところ、「数学の時間、鉛筆がなくなりましたから」という答えが返ってきたとか。要するに、シャープペンシルの芯がなくなったということです。数学は理科系の要の科目です。数学の成績がつかなかったら、理系の学部・学科の受験はほぼ絶望的です。たかがシャープペンシルの芯がないくらいで、そんなことをしちゃうでしょうか。「シャープペンシルには予備の芯を入れておくこと」「万が一、芯がなくなっても、誰かにもらうなどして、決してあきらめないこと」こんなことまで注意しなければならないのかと、A先生は愚痴っていました。Cさんがどうしようもない、ねじが3本ぐらい抜けていそうな学生ならともかく、ふだんはまともな学生だから、A先生のショックもひとしおのようです。

学生が子どもになったと言われて久しいですが、シャープペンシルの芯の心配までしてやらねば、自分の将来を左右する大事な試験も受けられなくなってしまったのでしょうか。「電子レンジはペットを乾かすのに使ってはいけない」なんていう注意書きに似てきたなと思いました。

勝負‥‥できるかな?

12月16日(水)

午前中、11月のEJUの結果通知が届き、午後から、もらいに来た学生に渡し始めました。予想通りというか、予想以上に進学相談の学生が押し寄せ、仕事がほとんど進みませんでした。

自分の成績を見て出願大学を決めるのは当然のことですが、今年は昨年あたりに比べて、自分の点数では入れそうな大学はどこかという質問が多かったように感じました。ネームバリューのある大学に確実に入りたいという意識が強いのでしょうか。

国立大学の場合、2月25日の集中試験日に受ける大学1校と、それ以外の日に受けられる大学何校かを選ぶことになります。全部で数校ですが、その組み合わせが問題です。チャレンジ校はすぐ決められても、その次のランクの大学が学生にはよくわからないのです。自分の持ち点で受かりそうな大学、学部学科は替えてもいいからちょっとでも有名そうな大学に入りたい、そんな葛藤が実況中継で始まりました。

それをさらに複雑にするのが、出願は6月の成績でするか11月のでするかという選択です。どちらかが明らかによければ悩む必要もありませんが、6月で結構な点数を挙げてしまうと、11月はある科目は上がって、別の科目は下がってということにもなります。となると、大学がどの科目をどの程度重視するかを見極めねばなりません。留学生入試は日本人の一般入試とは違って、何にどの程度ウェートを置くかが発表されないことが多いです。だから、教師の経験とカンと推理が頼みの綱です。

年が明けたらすぐ国立大学の出願です。学生たちにしても、ゆっくりと迷っている暇はありません。明日以降も、悩める子羊が続々と訪れることでしょう。

どんな先生ですか

12月15日(火)

期末テストまでちょうど1週間なので、テスト範囲の発表がありました。毎学期、この時期になると、アメリカの大学のプログラムで来ている学生のオーラルテストを受け持ちます。

オーラルテストのポイントは、その学生が今学期までに勉強した文法や語句を使いこなしているか、スムーズなコミュニケーションが図れているかというあたりです。初級の学生でも、ナチュラルスピードについていけるかを見ます。普段接することにない学生の話が聞けるのは、私にとっても楽しみです。

私は学生に余計な緊張を与えないようにと思って、まず、クラスの先生の名前を言わせます。ところが、これが言えない学生がけっこういるんですね。確かに、いつでもどこでも「先生」で通じてしまいますから、先生の名前を日常的によく使うわけではありません。でも、1学期間お世話になってきた先生の名前を覚えていないっていうのは、失礼ですよ。

先生の名前が言えなかったら、「どんな先生ですか」という質問で、その先生を表現させます。一番下のレベルでも、「髪が長くて背が高い女の先生です」ぐらいは勉強していますから、初級は初級なりの、中級は中級なりの答えができるはずです。ですから、この質問にきちんと答えられたら、名前の件は帳消しにします。

これに限らず、「どうして」とか「どんな」とかいう質問で、単語レベルの答えを深く掘り下げようとします。ここで差がついちゃうんですよね。文法や語彙の不足をものともせずに喜々として語り始める学生もいれば、いっこうに話が深まらない学生もいます。後者の学生のテストでは、得意な分野で勝負できるようにいろいろな角度から話をさせようと試みても、さっぱり話題が広がらないこともあります。そうなると、「話す」というコミュニケーションはあまり得意でないのだなと判断せざるを得ません。

今学期は、全員クラスの先生の名前が言えたし、突っ込んだ質問にもそれぞれのレベルに応じた答えが返ってきました。今学期いっぱいで帰国する学生もいれば、来年もKCPで勉強を続ける学生もいます。どの学生も、私のコメントを読んで、さらに会話力を伸ばしてもらいたいです。

第一志望に合格

12月14日(月)

PさんがT大学に合格しました。第一志望の大学なので、Pさんの受験はこれでおしまいで、あとは3月の卒業式まで、悠々自適の生活です。T大学は、無名の大学とまでは言いませんが、全国的に名の通った大学かといえば、そうではありません。Pさんの力なら、T大学よりも有名な大学、国立大学にも十分合格できると思いますが、Pさんはそんなことには頓着しません。

入学間もないPさんから相談を受けた時、T大学以外にもPさんの勉強したいことが勉強できる大学があると思っていましたが、意外なほどに見つかりませんでした。教授の研究レベルならあるのですが、それに関する授業は1つか2つというパターンがほとんどでした。それでも何校かよさそうな大学を選びを出し、その中のいくつかはPさん自らオープンキャンパスなどに足を運んで実地検分してきましたが、T大学に勝る大学はありませんでした。

進学の担当者としては、Pさんほどの実力者には国立大学も受けてほしいですし、そして合格者リストに名を連ねてもらいたいです。失礼を承知で言わせてもらうと、T大学で打ち止めというのは、もったいないです。でも、誰よりもPさん自身がT大学合格を喜んでいて、大学生活に夢を描いているのです。私を含めた周囲の教師のアドバイスを参考にし、かなり綿密に調べた上での進路決定ですから、もはやどうのこうのというべきことではありません。

もう10年ぐらい前ですが、JさんもPさんみたいな学生でした。優秀な学生でしたが、有名大学には目もくれず、私も初めて名前を聞くようなN大学に入りました。在学中何回かKCPに顔を出してくれましたが、目を輝かせながら充実した大学生活を語ってくれました。最近は音信不通でしたが、日本で専門が活かせる職を得て、忙しい日々を送っているという噂を最近耳にしました。Pさんも、何年か後には、きっとこうなるのでしょう。

その一方で、学部は問わずとにかくK大学とか、MARCHならどこでもいいとか言っている学生が大勢います。同時に、進学実績を上げるという名の下に、そういう学生に手を貸している自分がいます。Pさんの純粋さに比べたら、なんと不純かついい加減なのでしょう。自分の将来像など見当もつかないというのが学生の正直な気持ちかもしれませんが、そういう学生に将来像をきちんと描かせることこそ、真の教育だとも思います。

シミュレーション

12月12日(土)

今シーズンは、学校で顔を合わせなくてもメールで受験関係の指導を求めてくる学生が多いです。ZさんやDさんはその常連で、面接での受け答えのシミュレーションを送ってきました。熱心なことは認めますが、それを全部暗記しちゃおうというのなら、少々問題です。丸暗記すると、忘れるからです。そして、忘れたら頭が真っ白になって、言葉が何も出てこなくなる危険があるからです。

人間、緊張すると、いろいろと想定外の事態を引き起こします。事前のシミュレーションでは完璧でも、その道筋を一歩でも外れたとき、緊張しているとパニックに陥るものです。平常心を持ち続けられれば、応用動作も利くでしょうが、なれない雰囲気に置かれると、その応用動作の範囲がぐっと狭くなるものです。覚えたはずのことを忘れて、どうしたらいいかわからなくなるなんて、その典型と言えます。

私が働いていた工場では、事故発生時などの非常時のマニュアルは覚えるなと教えられました。覚えたら、忘れるからです。非常時マニュアルのどこかを飛ばしたら、取り返しのつかないことになります。命にかかわることにもなりかねません。マニュアルで一つ一つ確認しながら動くのが、一番確実なのです。

ZさんやDさんに危うさを感じるのは、この点です。若い頭脳は暗記に耐えられちゃうんですよね。2人ともすでに何校か受験していますから、入試の面接がどういうものかはわかっているでしょう。だから、わざわざ面接の問答を文字化しなくても、とんでもないことにはならないと思います。でも、言い知れぬ不安やプレッシャーが、2人にシミュレーションを書かせるのでしょう。ろくに面接練習もしないで本番に臨む学生よりは、ずっと進学や自分の将来に対して真摯です。その真面目さが仇となることがあるのが、入試の怖いところです。

2人のメールには添削をして返信しましたが、「言葉が甘い」なんていうふうに、わざと足りない箇所を指摘するに留めたところもあります。はてさて、どうなるでしょうか。

受験票ください

12月11日(金)

先月からかれこれ1か月近く、受験準備と称して休み続けていたCさんがやって登校しました。昨日の授業後に電話があり、来週末受験予定のT大学の受験票が学校に届いていないかと聞いてきました。届いてはいましたが、学校へ来たら答えるとだけ返事をして、今日です。

CさんとしてはT大学受験のために休んでいるのですから、その受験票を手に入れるためには、どんなに嫌でも学校へ来ざるを得ません。だから来たのですが、教室のドアを開けたのが10:18でした。10:30の休み時間に受験票だけもらって帰ろうという魂胆が見え見えでしたから、授業後に1階の職員室へ来いとだけ言って、後半の選択授業に出させました。

選択授業を終えて職員室に戻ると、カウンターにCさんの顔が。職員室内に呼び寄せ、まず、T大学の受験票を渡しました。そして、「昨日、電話で明日からちゃんと来ると言ったのに、どうして教室に入ったのが10:18なんですか。あなたの『ちゃんと』は10:18なんですか」と、戦闘開始。「全然来ないよりいいと思いました」とCさん。

「今、私には、Cさんの来学期の登録を認める気持ちは全くありません。これは12月いっぱいでいったん国へ帰らなければならないという意味です。国へ帰らずにビザが切れるまで日本にい続けたら、あなたは除籍処分になります。除籍ということは、T大学に受かってもビザの延長ができないということです」

ここまで言われれば、さすがのCさんも多少は事の重大さに気付いたようで、「これからちゃんと学校へ来て、勉強します」と反省の弁を。「そんなことば、信じられませんね。同じことばを、あなたは何回言いましたか」。こういわれて意外そうな顔をしたCさんを見て、やっぱり口先だけだなと思いました。

私は本気です。いい加減な出席状況、授業態度なら、絶対に来期の登録を認めません。Cさんの“自宅学習”が無になろうとも、知ったことではありません。CさんにはCさんの論理があるのなら、KCPにも通すべきKCPの筋があります。日本は法治国家ですから、出入国及び難民認定法の精神に基づいて、粛々と対応します。

末は博士か‥‥

12月10日(木)

Sさんは2017年に理科系の大学進学を目指す初級の学生です。授業後、理科系の大学・大学院で勉強したらどんな将来が待ち構えているかを聞きに来ました。

Sさんは理学部の物理か化学を考えています。そこで博士課程まで進んで、研究者になりたいというのが現時点での希望であり夢です。そして、大学に残ったらどんな将来像が描けるかという質問ですが、残念ながら、あまり明るい道筋を示せませんでした。

日本の場合、理科系で一番就職がいいのは修士です。博士になると企業への就職は修士より難しくなり、かといって研究職のポストが豊富にあるわけではありません。博士の学位を取ったのにそれに見合ったポジションに恵まれていない研究者がたくさんいます。たとえ研究職を得ても、そこに安住できるわけではありません。今は有期雇用がほとんどで、3年とか5年とかでしかるべき成果が出せないと、契約打ち切りになってしまいます。

万難を排して研究を続けていくにしても、基礎研究の場合、自分の研究がどのように発展・展開していくのか見えずに悩むことがよくあります。芽が出なくても頑張り続けることは、想像以上に精神的な負荷がかかるものです。いまどきの研究者とは、経済的にも精神的にもきついのです。

そもそも、物理や化学の研究がどんなところにつながっているのかという質問もありました。触媒や超伝導や熱電変換素子や、思いついたことをいくつか話しました。こちらは多少夢のある話ができたかもしれません。

なんかわけがわからないけどとにかくEJUでいい点数を、という学生が多い中、Sさんはきちんと足が地に着いた将来設計をしようとしています。いたずらに有名大学といわないところも立派です。あとはただ、日本語の力が伸びてくれれば…。

存在感

12月9日(水)

教室に入ると、今まで出席率100%のJさんがいません。電車が遅れても9時前には必ず教室にいたのに、Jさんの定位置の机にかばんも何もありませんから、トイレでもなさそうです。いったいどうしたのだろうと、出席簿に挟んである書類を見ると、入試のための欠席届が出ていました。

Jさんは特別発言が多い学生ではありませんが、いないとなるとどこか不自然さを感じます。授業中に教室全体を見渡してJさんの姿が見当たらないと、なんだか調子狂うんですよね。Jさんには、それだけ無言の存在感があったのでしょう。

同じく、KさんとPさんも欠席でしたが、この2人は今までにもよく休んでいたので、特に何も感じませんでした。「ああまたか」と思うこともなく、「まったくもう」と怒りを感じることもなく、欠席を受け入れているのです。クラスを担当する教師として、学生の欠席を当然のことと思ってはいけないのですがね。まあ、それぐらい、この2人は、Jさんとは違って、私の心の中に存在感がないのです。

このクラスに限らず、毎学期受け持つどのクラスにも、KさんやPさんのような学生がいます。昨日のクラスではGさん、Sさんでしょうか。遅刻して教室に入ってくる姿に、腹も立たなくなっています。注意はしますけれども、GさんやSさんほどの常習犯になってくると、注意に身も入りません。言っても無駄だろうなと思いながら注意しても、効き目は半減ですから、悪循環に陥っています。

Kさん、Pさん、Gさんは、Sさん、考えてみればかわいそうな人たちです。同じ授業料を払っているのに、Jさんほど目をかけてもらえないんですからね。私にもっと熱き血が流れていれば、様相は違ってるんでしょうが、現実は彼らの空席を見ても心拍数すら変わりません…。

切腹? 打ち首?

12月8日(火)

授業で裁判や刑罰関係の語彙が出てきたら、いつの間にか話がそれて日本の裁判制度や刑務所、果ては切腹と打ち首の違いにまで広がってしまいました。今日は授業のスケジュールが詰まっていたわけではないので、学生の興味の赴くままに成り行き任せの授業をしました。

初級だとこういう授業は許されませんが、上級はだんだん何でもありになってきますから、たまにはこんな日があってもいいのです。今日は、いつもは口数が少ないLさんやYさんが発言していましたから、それなりの意義はあったと思っています。それ以外の学生も、日本の死刑は絞首刑だとか、刑務所はどこも定員オーバーで困っているとか、切腹は名誉の死刑だとか、そんな話にうなずいたり、何十年も死刑囚のままでは残酷だとか、日本は麻薬に甘いとかという意見を言ったりしていました。

こんな教科書外の授業は、毎週生教材という形で取り入れてはいますが、今日みたいに自然発生的にテーマが生まれてくることは、そんなに頻繁にあることではありません。だから、学生たちの自由に発言したいという気持ちや、知りたいという意欲を優先して、成り行き任せにしたのです。

でも、なぜ裁判や刑罰が学生の心に火をつけたのかまではわかりません。ということは、今後どんな話題で盛り上がるか、見当がつかないというわけです。このクラスは盛り上がるポイントがつかめずに困っていたのですが、今日は盛り上がったものの、今後どうすれば盛り上げられるかは、手探り状態のままです。

私は、観光地・網走刑務所の人形はリアリティー満点だみたいなネタはたくさん持っていますから、盛り上がる方向がわかれば、今日のような授業は好きです。知ってても使い道がない知識や情報を授業で有効活用できれば、これに勝る幸せはありません。

明日は超級クラスと、身近な科学。どんなネタで盛り上げましょうかねぇ。

国立大学の説明会

12月7日(月)

昼休みに国立H大学の説明会がありました。東京からは少々離れていますから、国立とはいえ、学生の人気はそれほどでもありません。でも、地方の国立大学だからこそできる学問もあります。おいでくださった先生も、そういう点を強調なさっていました。

すでにH大学の書類を取り寄せているというOさんが盛んに質問していました。それにつられて他の学生も質問していました。ここのところH大学への進学が続いていますから、今年もこの中から後輩が生まれてくれることを祈っています。

受験講座が終わった後、SさんとMさんが出願校の相談に来ました。2人とも、東京近郊以外の国立大学にも出願したいけど、どこがいいかという相談です。H大学も当然その候補に入りますが、それ以外にもK大学やN大学、S大学などの名前も挙がりました。

地方の国立大学の、しかも留学生となると、疑いなくその土地の名士扱いです。東京で「東大」と言っても「へえ、そうですか」で終わってしまうかもしれませんが、H大学を始め、話題に出てきた大学なら尊敬のまなざしで見られるでしょう。そういうところでのびのびと勉強したほうが、有意義で濃厚な留学生活が送れると思います。

私は東京で学生生活を送りました。それはそれで充実していたと思いますが、H大学のような特色のある町で過ごしてもよかったなと、今は思います。東京は世界につながる町ですが、それは同時に世界のどこにでもある町でもあるのです。

受験シーズンは後半に入りました。後半戦の中心は、やはり、国立大学です。SさんもMさんも、H大学も含めて自分の人生をより一層輝かせる大学を選んでほしいものです。