V字回復

8月16日(金)

日本語学校に通う留学生は、出席率が悪いと留学ビザの更新ができなくなります。学生の本分は勉強ですから、学校を休んであまり勉強していない学生は、ビザがもらえなくて帰国となってもやむを得ません。

Kさんもビザが危ない学生の1人です。先学期も私が受け持ちましたが、風邪を引いたとかお腹が痛いとか言いながら、よく休みました。本人はそんなに休んでいないつもりだったのかもしれませんが、出席率は毎月80%を割り込み、欠席理由書を書かされていました。それだけ派手に休むものですから、授業内容がきちんと頭に入るはずもなく、期末テストでひどい点数を取り、進級できませんでした。

先学期の期末テスト後に一時帰国したのはいいのですが、国でインフルエンザにかかって日本へ戻るに戻れなくなり、今学期初めて登校したのは始業日から1週間以上も過ぎてからでした。当然その間も出席率は下がり続け、もはや1コマたりとも休めなくなりました。

もう終わったなと思っていましたが、学校へ来始めてからは遅刻が数えるほどある程度で、毎日学校へ来ています。今月は、なんと、出席率100%です。それでも入学以来の出席率は70%台で、依然ビザ更新危険水域にあります。これからも全く油断はできません。

出席率はまだまだですが、成績は上がりました。やっぱり授業は切れ目なく聞き続けなければ実力向上につながらないのです。授業が面白くなれば学校に通うのも面白くなり、さらにもっとわかるようになり…という正のスパイラルに乗ったように思えます。

明日から夏休みです。Kさんの正のスパイラルが休み明けにも維持されていることを祈るばかりです。

大洪水

8月15日(木)

西日本に台風が近づいているという話をしたら、Sさんが自分の故郷もついこの前台風に襲われて大洪水になったと言って、その時の写真を見せてくれました。Sさんの友人が送ってきたもので、屋根まで泥水につかった車が何台も写っていました。大雨で堤防が決壊したのでしょう。

Sさんも、家族や友人を相当心配したようです。長い時間連絡が取れなくなってしまった友人もいたと言っていました。授業で「今、気になっている人」というテーマで自由に会話をさせたら、Sは「家族」と言ってきました。大洪水のことを知らずに「どうして?」と聞いたら、「秘密です」という答えが返ってきました。町が湖みたいになっていましたから、無事は確認できてもこれからしばらくの生活は不自由なものになるに違いありません。Sさんはそういうことをみんなの前で言いたくなかったのでしょう。

聴解の教材の中に、「気象庁」という言葉が出てきました。気象庁は何をするところかと聞いてみると、学生たちは声をそろえて天気予報と答えました。「それから」と言って答えを促すと、「台風」という声が上がりました。「西日本は台風が来ていますよねえ。それから?」と別の答えを求めましたが、それ以上の答えは出てきませんでした。

気象庁は台風情報も出しますが、河川の洪水予報も出しています。河川の水位が大きく上がると見たら、氾濫警戒情報とか氾濫危険情報とかを出します。自治体はそれをもとに住民に避難勧告を出します。こういう仕組みがSさんの故郷にあるのかどうかは知りませんが、たとえ仕組みがあって避難できて命は助かったとしても、町の再建には時間がかかることでしょう。

Sさんの故郷の写真を見ていたら、去年の倉敷の大洪水を思い出しました。広範囲が水浸しになり、いまだに再建途上です。九州北部の集中豪雨に見舞われた地域も生々しい傷跡が残っていると言われています。「100年に1度」が毎年のように発生しています。これも地球温暖化の影響なんだろうかと、Sさんと話し合いました。

ほっぺたと声

8月14日(水)

午前クラスの中間テストの試験監督を終え、解答用紙をクラスロッカーに納めて、「やれやれ」なんて思いながら一息ついていると、職員専用口からK先生が入ってきました。正確に言うと、“K元先生”です。結婚なさり、3月でおやめになっていますから。K先生、お腹がちょっと膨らんでいます。M先生に「安産!」と気合を入れられていました。赤ちゃんが生まれたら、ぜひ連れてきてほしいです。私は赤ちゃんのボニョボニョしたほっぺたを触るのが趣味なのです。最近では、O先生のお嬢さんのほっぺを触らせてもらいました。触られている方は迷惑でしょうが、触っていると心が洗われてくるような感じがするのです。K先生の赤ちゃんは、何か月か後のお楽しみとしておきましょう。

K先生がKCPにいらっしゃったのは3月までですから、先学期からK先生のいらっしゃらない体制になっています。でも、それなりにKCPという組織は働いています。こんな時にK先生がいらっしゃってくれたらなあと思うことはあっても、だから組織が機能しないということはありません。今は、多くの学生がK先生のことを覚えていますが、来年の3月になったらその大半が卒業してしまいます。去る者は日日に疎しと言いますが、K先生の影がだんだん薄くなってしまうのは、何となく寂しい気がします。

でも、これからも当分の間は、K先生は私たちの心に必ず復活し続けます。どうしてかというと、K先生は聴解の試験問題をたくさん残していらっしゃるからです。中間テストや期末テストのたびに、教室にK先生の声が響き渡るのです。その声を聞き、“K先生、お元気かなあ”とかって、K先生のことを思い浮かべるに違いありません。

残念ながら、私は聴解教材は残していませんから、今やめたら、あっという間に忘れ去られるでしょう。文法や語彙や読解などの教材は作りましたよ。でも、声ほど後の人々に強い印象を与えるものはありません。幸せそうなK先生を見ながら、そんなことを考えました。

プライドズタズタ

8月13日(火)

中間テストは明日ですが、火曜日の選択授業の中間テストは1日前倒しです。私が担当している上級の大学入試過去問のクラスも、某大学の過去問を用いて中間テストを行いました。

問題が思ったより難しく、学生たちは制限時間をいっぱいに使って呻吟していました。最初からあきらめてふて寝を決め込むような不届きな学生はいませんでしたが、果たしてどれだけできたかどうか、非常に心配です。

まず、漢字の読み方をカタカナで書けと、答え方が指定されているのに、ひらがなで書いていた学生が5人もいました。問題文にはもちろんそう書いてあるし、解答用紙にもわざわざ明記したし、テストを始める時に口頭でも注意したにもかかわらず答え方を間違えるとは、これから受験を控えている学生がすることとは到底思えません。採点官は喜んで×を付けるでしょう。競争が激しいのですから、こういう隙を見せてはいけません。

それから、敬語の問題があまりにできなさすぎます。初級の最後に勉強して以来、何回となく授業で取り上げているはずですし、人によっては実際に使う場面に遭遇していると思います。確かにちょっとひねった問題でしたが、この問題は日本人の高校生向けの問題ではなく、留学生入試の問題です。難しくてできなかったは、言い訳にもなりません。

解答用紙を集めた後、「どこの大学の問題ですか」と聞かれました。J大学の問題だと答えると、教室中にざわめきが起こりました。J大学などすべり止めにも考えていないという顔つきの学生もいましたが、そういう学生ほど顔が引きつっていました。

学生にとっては厳しい結果になりそうですが、今、尻に火がつけば、本番には間に合うでしょう。学期の後半に奮起してもらいたいです。

偉大な時計

8月10日(土)

職員室の自分の席で仕事をしていて時刻を確認するときには、左上の柱に掛かっている時計を見上げます。右前方にも時計が掛かっていて、しかも視線を動かす角度はずっと小さいのに、首を回さないと見られない左上の時計を見てしまうのです。そもそも私は、風呂に入るとき以外は、寝る時ですら、腕時計をしていますから、ほんのちょっと視線を落とすだけで時計の文字盤が視野に入るのです。それでも、自分の席にいる時は、腕時計ではなく、左上の時計なのです。

先月、その時計が故障してしまいました。この校舎の新築時から5年と少々時を刻み続けてきましたが、止まってしまいました。当然、時計は外され、修理に出されました。そのため、左側を見上げても、空振りです。日に何度となく、空振りを繰り返します。腕時計や右前の時計を見ればいいのに、ないことがわかっているのに、反射的に首を左に動かし、「あ、そうだ」と満たされない気持ちになるのです。

今、左上の時計は復活しています。しかし、いつ復活したのか、さっぱりわかりません。あんなに空振りを繰り返していたのですから、復活したらうれしくなって小躍りしてもおかしくないはずでしたが、まったく気づきませんでした。そこに時計があるのがあまりに当たり前で、時計が戻っても新鮮な刺激にならなかったのかもしれません。

「空気のような存在」という表現がありますが、左上の時計はまさにこれだったのです。消えて初めてその存在の偉大さに気づいてもらえるなんて、自己主張せず、でもさりげなく存在感を示す渋い役者のようじゃありませんか。そう思いながら、改めて時計を見上げています。

よくできるけど

8月9日(金)

今朝、電車の窓から朝日を見ると、東の彼方のビルのてっぺんから、どうにか頭を出している程度でした。昨日が立秋ですから、もう、夏至よりも秋分の方が近いのです。日中は猛暑日が続いていますが、朝日を見る限り、秋を感じずにはいられません。

夏至直後に始まった今学期も、もうすぐ中間点です。昨日の選択授業の中間テストを皮切りに、文法などの中間テストがある14日までに、いろいろな中間テストが目白押しです。

私のクラスでは、会話の中間テストをしました。授業で習った文法や語彙を駆使して、与えられたシチュエーションにふさわしい会話を作り上げ、実演します。もちろん、発音やイントネーションなどもしっかり見ます。

こういうテストを毎学期やっていますが、難しいなあと思うのは、相手に応じて言葉遣いの丁寧さを決めていかなければならないことです。初級の入り口はですます体しか教えていませんから迷うことはありませんが、私が教えているレベルぐらいになると、丁寧体と普通体、状況によっては一部敬語についても選択肢に加えなければなりません。

あらかじめ注意して、学生たちの目をそちらにも向けさせるようにしていますが、発表の段階になると、みんな丁寧語のフラットな人間関係ができてしまいます。それはそれで幸せな世界かもしれませんが、私にはちょっと生きにくいかな。

結局、日本語だけで生活する空間に身を置かないと、お互いの阿吽の呼吸で言葉遣いを変えるワザなんか身に付かないのでしょう。それができるのは、やっぱり進学してからです。日本語学校の擬似日本語空間は日本語を勉強する場であり、日本語で何かを勉強するようになって、日本人っぽい日本語がしみ込んでくるのです。

プレッシャー

8月8日(木)

今学期は、火、水、木曜日が受験講座もある日で、朝から夕方までフルに授業をします。ですから、木曜の受験講座が終わると、金曜日にも日本語のクラスが残っているのに、なんだか1週間が終わってしまったような錯覚にとらわれます。それではいけないのですが、授業が日本語だけとなると荷が軽いことは確かであり、しかも週末目前ですから、ホッとするなという方が無理だと思います。

しかし、明日は違います。会話の中間テストがある上に、文法の平常テストもあり、諸般の事情で文法をガンガン進めなければなりません。しかも、大学から来ている実習生が授業を見学します。かなり強引な進め方をしないとミッション・コンプリートになりそうもありません。そんな授業を実習生に見せていいのだろうか、いや、クラスを仕切り倒しているところこそ見せる価値があるんじゃないだろうかなどと、頭を痛めています。

進度を稼ぐとなると、どうしても教師の発話が多くなりがちです。学生に無駄な動きをさせないようにぐいぐい引っ張っていきますから。失敗を通して学習項目をしみこませていくという、私がよくとる方法ができません。脱線も許されませんから、私にとても息苦しい授業になります。

週末で疲れていると、学生に押されて怠惰な方向に流れてしまいます。精神的にもベストコンディションを保たなければなりません。心技体を整えるなどというと、トップアスリートの世界みたいです。でも、厳しい条件に打ち勝って結果を出すのは、やっぱりその世界のトップアスリートですよ。そう考えると、なんだかやる気が湧いてきました。

ネットワーク構築

8月7日(水)

理科ができる学生は、頭の中に理科のネットワークが築かれています。知識体系が形作られていて、1つの事柄から連鎖反応的に他の事柄につながっていき、広範囲の知識や情報が結ばれます。その結果、思わぬ発見をしたり新たな疑問が浮かんだりして、学問的に深まっていきます。

この域に達すると、雪だるま式に知識が増え、より高いところから理科全体を俯瞰できるようになり、勉強する面白さが感じられるようになります。自分のエンジンでどんどん前進できるようになります。こういう学生は、理科の勉強のために受験講座を受けるというよりは、受験講座で扱った学習項目や試験問題を起点に、そこから派生した物事を理科的に考えるのを楽しんでいるようにさえ見受けられます。

もちろん、こんな学生はごく一部です。今期の学生も、まだ知識の堆積を図っている最中です。私が何かを言ってもそこで立ち止まってしまい、話題が広がりも深まりもしません。1つの知識を1つの知識として受け取るのがやっとのようです。頭の中で線がつながって、高速道路網か新幹線網が部分的にでも開業するのは、秋も深まってからではないかと思います。

日本語のクラスでも同じで、クラスで中位ぐらいから下の学生は、今習ったばかりの文法しか見ていません。伸びる要素のある学生は、新しい文法や語彙を今までに教わった文法や語彙に関連付けて、頭の中に配置していけます。こういう学生が、応用力があると言われるのです。

かつてよく語られたセレンディピティは、この延長線上にあるように思えます。ノーベル賞クラスの大発見はしてくれなくてもいいですが、日本語力が伸びるきっかけをつかむ準備ぐらいはしておいてほしいなあ。

尊敬のまなざし

8月6日(火)

アメリカの大学のプログラムでKCPに留学している学生と話す機会がありました。そのうち2人が、日本史を専攻していて、ハーバード大学の大学院で研究を続けると言っていました。その研究対象も、徳川家康とか源平合戦とかという多くの人が手を付けたものではなく、幕末維新期の庶民の生活とかその時期の津軽藩の動向などという、あまり研究がなされていない分野でした。

2人の話を聞いているうちに、私もその方面に興味が湧いてきました。庶民の衣食住の欧米化がいつどのような形で進んだか、それも一様に進んだのではなくまだら模様を描きながら広がっていったのでしょうから、それを追いかけるのはさぞかし面白いだろうと思いました。また、畿内や江戸周辺ではなく、津軽という辺境ともいうべき地域に目を付けた点も、私にとっては新しい視点に感じられました。

研究を進めるには、古文書を読むことも必要です。日本人ですらごく限られた人しか読めないそういった文献を、外国人である2人は、非常な苦労は伴うものの、どうにか読んでいると言いますから、驚きを禁じえませんでした。「変体仮名は苦手ですね」とも言っていましたが、こちらは変体仮名など読もうとも思いません。

私は、歴史は好きですが、高校のとき古典文法がさっぱりわからなかったので、大学で歴史を勉強することはあっさりきっぱりあきらめました。私が読めるのは夏目漱石までですから、古文書の解読は専門家に任せて、そのエッセンスだけを現代文で勉強させてもらえれば十分だと思っています。歴史好きの素人以上は望んでいません。

だから、異国の古文書に果敢に挑む2人を見ていて、素直に尊敬しました。何年か後に、2人の研究成果に触れるのを、今から楽しみにしています。

引っかかるなあ

8月5日(月)

午後から奨学金と指定校推薦の面接をしました。

奨学金受給希望者のAさんは、堂々とした受け答えで、さすが上級と思わせられました。KCPから推薦することは問題ありませんが、他校から推薦された学生と比較したときに果たしてどうでしょう。かなりのレベルでも対抗できると思いますが、どのくらいのライバルが出現するか見当がつきませんから、予断は許しません。

指定校推薦のBさんもCさんもDさんも、さすがに大学の研究はしてきています。志望理由や大学で勉強したいことなどについては、的外れの答えはありませんでした。でも、こちらからの質問には苦しい答弁になってしまう場面も見受けられました。例えば、3人とも、EJUの成績があまりよくありませんでしたからその辺をつつくと、それまでの勢いが止まってしまいました。言い訳をしてほしいのではありませんが、こちらに、これなら進学してからもやっていけそうだという安心感を抱かせてほしかったです。

Bさんは面接のマナーもイマイチでした。まだ8月初旬ですからしかたがないとところもありますが、面接の最後に一言挨拶がほしかったですね。Cさんは、いかんせん声が小さかったです。2メートル弱ぐらいしかないのに、聞き取れるか取れないかでしたから、面接本番では完全にアウトです。Dさんは語彙が少ない感じがしました。似た意味の単語を最初から最後まで誤用していました。要するに、3人ともKCPから推薦するにしても、かなりの特訓が必要だというわけです。

留学生を取り巻く大学進学の環境がどんどん厳しくなってきています。これに打ち勝てるだけの地力をつけさせることが、私たちに課せられた責務です。