頭の整理

12月8日(土)

RさんはEJUの直前までほぼ無欠席で理科の受験講座に参加していました。先週から今週にかけて、そのRさんが志望理由書を書いています。理科系の志望理由書は、クラスの先生が持て余すことがしばしばで、私のところにお鉢がまわってくることが多いです。今回もその例に漏れず、私がRさんの志望理由書を見ることになりました。

Rさんはやりたいことが頭の中にあるのはいいのですが、そこに至る道筋が描けずにいます。要素技術とその応用が同列に語られ、志望理由書を読んだだけでは大学で何を勉強しようとしているのかわかりません。大きな目標と小さな目標とが志望理由書上で雑居しているのです。

まず、Rさんの頭の整理をします。自然エネルギーの有効活用などというような地球規模の大目標と、電気自動車のエネルギー効率改善など、生活のそばの目標に分けます。その小さいほうの目標を実現するためにはどんな技術開発が必要か、それを実現するには大学で何を学べばいいのか、QAをしながらRさんの学習計画に輪郭を与えます。そして、そういう勉強をするのにRさんの志望校が適している理由を考えていきます。

受験講座で1年間ずっと見続けてくると、自分のクラスの学生になったことはなくても、その学生の気心は知れてくるものです。Rさんはそういう学生ですから、口下手なRさんがうまく表現できない部分を私が補っていくこともできます。ゆうべの時点ではまだまだ志望校に提出できる段階ではありませんでしたが、週明けには仕上げてきてくれることでしょう。それをもとに、また議論を深めていきます。こうやって自分の頭を自分で鍛えていけば、合格がグッと近づきます。

怪しい影がいい香り

12月7日(金)

私は毎朝一番に出勤します。夏なら朝の光のおかげで出勤時でも職員室はけっこう明るいのですが、先月ぐらいからは街頭の弱々しい光がブラインドを通してさらに弱まり、窓際をわずかに白ませるだけです。

今朝、出勤すると、そんな真っ暗に近い職員室の私の机の上に、丸っこい影が浮かび上がりました。電気をつけると、真っ赤なリンゴでした。職員室の隅っこに置かれた箱からすると、A先生のご実家から送られてきたようです。机の上に置いたままだと仕事の最中に落としてしまいかねませんから、引き出しにしまいました。

午前中は、1か月ぶりの養成講座の授業でした。受講生の皆さんは来週から実習が始まり、再来週教壇に立つことになっています。そのための教案作りに追われ、今までとはどことなく違う雰囲気です。私は教案は書かないのかと聞かれましたが、書きません。もちろん、その日の授業範囲分ぐらいは教科書・教材に目を通します。それが経験というものだと思いますが、経験で物を語るようになったらもう進歩は望めないとも言います。教案に頭を悩ますことは成長痛なのです。

午後の授業の後は、来学期の受験講座の説明会でした。初級の進学コースの学生たちに受験講座の内容を説明し、受講する科目を決めてもらいます。これから実際に進学するまでの長期計画を立てることの重要性も訴えます。留学生入試は夏から始まりますから、事前に受けておかねばならないTOEFLまで含めると、半年足らずで人生の分かれ目がやってくる人もいます。思っているより時間がないよということも訴えました。

その説明会が終わって、マーカーをしまおうと引き出しを開けると、ほのかに芳香が。いただいたリンゴ、もう1日ぐらい置いてから持って帰ろうかな…。

12月6日(木)

授業後、Hさんに呼び止められました。

「先生、2月の旧正月に一時帰国したいんですが、いいですか。久しぶりに家族が集まるので親が帰って来いって言うんです」「Hさんは推薦入学で合格したんですよねえ。推薦入学の学生は気安く欠席しちゃいけないんですよ」「私も最近帰っていないから…」「その推薦入学だって、出席率の基準をぎりぎりクリアしていただけでしたよね。このごろ風邪で休んでいますから、今はもう基準以下かもしれませんね」「でもこれ以外は毎日必ず来ますから…」「来るだけじゃ意味がありません。中間テストの成績はいったい何なんですか。あれが推薦入学の学生の成績ですか。成績優秀な学生を推薦するんです。期末テストだってよほど勉強しない限る合格点は取れないでしょうね。2月にそんなに休んだら、卒業認定試験で合格点が取れないと思います」「卒業まで頑張りますから…」「口ではいくらでも言えます。それが本当に実行できるかです」「はい、大丈夫です」「全然大丈夫じゃないと思います。もう一度考え直してください」

Hさんの現状は、どう見ても推薦入学の学生像から外れています。Hさんには言いませんでしたが、合格させてくださった大学に頭を下げて、推薦を取り下げようとすら思っています。Hさんは遊びまくろうとまでは思っていないでしょうが、気が緩んでいることは確かです。一時帰国に関して、きちんと断りを入れてきたことは認めますが、それで「はいわかりました」とは、絶対に言えません。

推薦入学で進学を決めた学生が、その期待を裏切る振る舞いをするのはよくあることですが、よくあることで済ますわけにはいきません。さて、Hさんにはどう対処しましょうか…。

明日から寒くなります

12月5日(水)

私が持っている初級のクラスで、推量の「ようだ」を扱いました。導入をして、絵を見せて、そこに描かれている事柄について「ようだ」を使って文を作らせました。全体に聞いても答えが出てこないだろうと思って、1人ずつ指名して自分が書いた文を言ってもらいました。ところが、3人目ぐらいから、学生たちが自然に次々と文を言うようになりました。直前の人の文を発展させた文を作り出すなど、大いに驚かせられました。

優秀な学生もいるけど発話力に関しては疑問を抱き続けてきましたが、学期末が近づいてきて、ようやく一皮むけたようです。今学期、これほど学生の力の伸びを感じたことはありません。どうやらクリティカルポイントを越えて、中級にグッと近づいたのではないでしょうか。

初級と中級とは連続していますが、初級の終盤には胸突き八丁の坂があります。今、このクラスの学生たちはその坂を上っている最中ですが、どうやら峠の向こう側の景色が見え始めてきたようです。このままの勢いで進んでくれると、みんな進級できそうです。

しかし…。授業後に集めた宿題をチェックすると、つい先ほど感じた喜びが、いっぺんに完全に吹き飛んでしまいました。できるだけ長い例文を書くようにという指示があるのに、超省エネの例文ばかり。「どこかに/どこかで/どこに/どこで」の区別がついていない例文がざくざく。長音、濁音、促音、みんな怪しいです。近づいたかに見えた中級は、蜃気楼のように消え去ってしまいました。

明日の先生への申し送りを書く筆の重いこと。明日からの寒波が身にしみそうです。

勉強しなければなりません

12月4日(火)

午前の授業後、学生面接。Rさんは、塾の先生にMARCHぐらいは入れると言われ、次々受けましたが連敗中です。滑り止めのP大学には受かりましたが、本心はあまり行きたくないようです。関関同立も受けますが、予断を許しません。文科省の都内の大学に対する定員厳格化の波をもろにかぶっている例です。

Rさんは授業中のやり取りなどを聞いていると、地頭はいいことはよくわかります。しかし、その地頭のよさを生かしきれているかというと、全然生かしていません。EJUの後は家でごろごろしていることが多いなどという話を本人の口から聞くと、油断というか危機感のなさというか、受験生らしい緊張感が感じられません。定員厳格化によって、こういう中途半端な気持ちの学生が弾き飛ばされるのだとしたら、それもまた副産物の1つです。

HさんはRさんに比べるとずっとやりたいことが明確で、それが勉強できる大学を全国規模で選んでいます。その点はいいのですが、HさんもまたEJUの後、気が抜けた状態です。今は、国立大学をどこにするかに頭を悩ませています。EJUの成績が届くまでは、勉強も手につかないようです。

この2人は、なんだかんだと言いながらも学校へ出てきていますから、まだましなほうです。引きこもってしまったりこっそり遊びに行ってしまったりという話も耳に入ってきます。受験が激化すると、試験の合間にはこうした目標を見失ってしまう学生が増えてくるのかもしれません。

午後は、久しぶりにレベル1の代講でした。“なければなりません”の導入と練習でした。「レベル1で一番発音が難しい言葉は何ですか」「???」「『あたかかったです』です」(教室のあちこちで「あたたかかったです」と小声で発音練習)「『なければなりません』は、その次に難しいです」なんてやりながら大声を出していたら、面接のもやもやは吹き飛んでしまいました。

面接30分

12月3日(月)

週末、Mさんは第一志望のS大学を受験しました。面接試験だけなので、志望理由を始めとする想定問答の練習を集中的にして臨みました。他の受験生は10分ほどで終わったのに対して、Mさんの面接は30分以上にも及びました。それも、Mさんにとっては答えづらい政治がらみの事柄に関する質問が中心で、志望理由や将来の計画などは答えてもろくに取り合ってもらえませんでした。志望理由にいたっては、「そんなの信じられないね」と一刀の下に切り捨てられてしまいました。また、Mさんが一次試験で書いた小論文を、面接官は読んでいなかったようでした。そこに書いた内容について話したら、慌ててMさんの原稿を取り出して、内容を確認していました。

圧迫面接と言ってもいいような面接に精根尽き果て、Mさんは帰りにS大学最寄りの駅で泣きました。それまであこがれていたS大学に、今は失望の気持ちしかありません。S大学は留学生にも日本人にも評価の高い大学です。だからMさんも第一志望にしました。しかし、今は最低の評価に落ちてしまいました。

S大学の先生方は、こういう実情をご存知なのでしょうか。MさんはこういったことをSNSに訴えるようなことはしませんでしたが、そういうことをし慣れている人なら、国の言葉でそういう話を拡散させるでしょう。一受験生の言葉だけなら影響は皆無に等しいかもしれませんが、こういう目にあった受験生があちこちで声をあげたら、S大学の評判も地に落ちかねません。

私たちだって、学生に厳しい言葉で指導することはあります。でも、学生との距離感を正確に測って、この学生はここまでだったら素直に受け止めてくれるだろうという見通しを立てています。少なくとも、初対面の学生にその人格を否定する勢いで何かを押し付けるようなことはしません。でも、今回の事例は他山の石として、心に深く刻んで起きます。

Mさんは、さばさばした顔でS大学に落ちた時の身の振り方を相談に来ました。これをばねに、きっとどこかに受かってくれることと信じています。

懐かしい香り

11月30日(金)

上級の読解テキストに、“鰹節削り”という単語が出てきました。私は親の手伝いで鰹節を削った世代ですから、当然どんな物かわかります。学生は無理だろうなと思いながら、「鰹節は何ですか」と聞いてみると、「お好み焼きにかけます」「ふわふわ」という声がすぐに上がりました。彼らが思い浮かべたのは、“鰹節”ではなく“削り節”です。

鰹節を口で説明するのは難しいので、インターネットの画像検索に引っかかった写真を見せました。「鰹節」で画像検索しても、真っ先に出てくるのは「削り節」です。画面を何回かスクロールして「鰹節」を発見し、それを教室のモニターに映し出すと、クラス全員が「エーッ!!!」となりました。だれも本物を知らなかったようです。「これを鰹節削り」で削ったのが、みんなの知っている『鰹節』だよ」と説明すると、一様に驚いた顔をしていました。

私は、こんなふうに、学生が知らなさそうな物事に当たると、検索してあっさり画面を見せてしまいます。百聞は一見にしかずだし、学生に各自スマホで調べられるとみんな下を向いてしまうし、よけいな話をせずに学生の注意をひきつけたままにできますから。せっかく便利なものがあるのですから、使わなければ損です。

鰹節削りを見せて、「さっきの鰹節をこれで薄く削ったのがみなさんの知っている鰹節です」と説明を付け加えると、みんな感心しつつ納得していました。そんな学生の顔を眺めつつ、“削りたての鰹節は香りが立っておいしいんだよなあ”なんて、半世紀近く昔の子ども時代を思い出していました。

厳しい戦い

11月29日(木)

授業終了直後、Sさんが教卓に近寄り、「先生、J大学の1次試験に通りました。今週末が面接なので、面接練習をしていただきませんか」と、緊急の面接練習依頼をしてきました。Sさん自身、1次に通るとは思っていなかったので、面接練習を申し込むのが当日になってしまったとのことでした。2時ぐらいから先は夕方まで手すきでしたから、引き受けました。

昼休みに想定質問への答えを準備したのでしょうか、Sさんはこちらの質問にハキハキと答えました。ちょっと意地悪な質問にも、言いよどむことがほとんどなく、態度も堂々としたものでした。文法や語彙の間違いもいくつかありましたが、大勢に影響を与えるものではありませんでした。私はけっこう手応えを感じましたが、Sさんが受ける学部学科はJ大学の看板ですから、そう簡単には入れてくれないでしょう。

同じ頃、AさんはB大学の出願準備を大急ぎで進めていました。E大学に落ちたので、締切日当日にB大学に持ち込むべく書類を書いていました。推薦書が必要なので、私も最大至急で書き上げました。

E大学の入試直前に面接練習の相手をしたのは私でした。Aさんは大学で勉強しようと思っていることに関しては詳しいのですが、話す力が若干問題でした。文法ミスなどを細かく指摘していたら、Aさんは萎縮してしまい、本番で力が発揮できなくなると考え、専門に対する意気込みを存分に語らせる作戦に出ました。それが効果を発揮しなかったようです。私の見通しが甘かったです。

12月卒業のAさんは、1月以降日本に残ることはビザの上から認められません。だから、どうしても12月中に合格を決めなければなりません。こちらは、Sさん以上に厳しい戦いが続きます…。

やる気

11月28日(水)

午後の授業の前に、Oさんの面談がありました。Oさんはクラスの平常テストをあまり受けていません。受けたテストも不合格ばかりです。追試や再試も、いくら促してものらりくらりと言い逃れをして、結局どうにもなっていません。当然、中間テストは悲惨きわまる成績でした。

まず、この点を追及すると、今学期はやる気が湧かないと言います。だから、一時帰国して心機一転を図りたいと言い出す始末です。一時帰国ではなく永久帰国のほうがOさん自身のためだと言ってやりました。でも、一時帰国から戻ったら、絶対にやる気が戻り、期末テストまで一気に突き進めるのだそうです。私の感覚では支離滅裂な話ですが、Oさんの頭の中では論理性があるのでしょう。

中間テストの文法は、合格点に遠く及ばない点数でした。明らかに勉強しておらず、正解だった答えも今学期新しく覚えた事柄ではなく、始業日の時点でOさんの頭の中にあったと思われる語彙や文法で書かれていました。書の証拠に、今学期習った文法を使って会話を作る問題は、規定の長さを超えたからその分の点数がもらえただけで、会話のセリフはレベルが低すぎる内容でした。

こちらを指摘すると、Oさんは押し黙ってしまいました。「このテストの結果は、10月、11月、この2か月、あなたは全然進歩しなかった、日本語のレベルが少しも上がらなかったということです。無駄な時間を過ごしたということです。日本にいただけ、教室にいただけで、ぼんやり時計を見ていたのと同じです」と、その傷口に塩をすり込むようなことを言ってやると、さすがにこたえたようでした。

Oさんは、今度の日曜日、ろくに勉強しないままJLPTのN2を受けます。そしてそのまま一時帰国します。教師からのプレッシャーから解放され、のびのびできて、活力が戻るのでしょうか。

言葉の重み

11月27日(火)

各クラスで、中間テストの結果を見ながらの面談が始まっています。私も授業後に3名の学生の面談をする予定でしたが、そのうちの1名、Kさんが欠席でした。電話をかけると、体調が悪いから休んだとのことでした。面談の人数が減れば仕事がそれだけ少なくなりますから楽になりますが、Kさん自身が決めた予定を連絡もせずにキャンセルするのはいかがなものでしょう。ドタキャンされた側としては、若干腹立たしいものがあります。

もう1つの私のクラスでは、やはり自分で火曜日なら時間があると言ったCさんが欠席しました。Cさんの都合を考慮して予定を組んだのに、空振りになってしまいました。担当のR先生は、半ばあきらめ顔でした。明日私が入るクラスでは、やはり面談予定のJさんが欠席だったそうです。

どうして面談予定を平気ですっ飛ばすのでしょう。約束したという意識がないのでしょうか。私がお昼過ぎに電話をかけたKさんは、いかにも寝起きという声で電話に出ました。体調が悪いと言っていましたが、果たして本当でしょうか。夕べ寝付けなかったようなことを寝ぼけた声で言っていましたが、メールぐらいは送れたはずです。

先学期も、当日欠席の学生が多数現れ、予定表の体をなしていませんでした。ケータイが普及するにつれて、簡単に約束したりそれを変更したりできるようになりました。その変更の連絡がいつのまにか省略されるようになってしまったのが、現在のありようだと思います。みんなそういう迷惑をかけたりかけられたりしているうちに、ドタキャンに対する迷惑の感度が鈍くなったのではないでしょうか。

世の中には気安く取り消すことのできない言葉があるんだということ、すなわち、ことばの重みを教えることも、語学教師の役割だと思い、学生に対していきたいと思います。