Category Archives: 学生

漢字のスリル

1月15日(木)

レベル5には漢字の授業がありますが、私は漢字を教えません。その日に教科書のどのページをやるか決まっていますから、学生にはがっちり予習して来いと言ってあります。予習していろいろ調べたけれどもわからなかったことを、授業の時に私に聞くことにしてあります。

学期の初めはこのやり方が浸透していないのと、こんなこと質問してもいいのだろうかという(教師の立場からすると)余計な心配と、その他種々雑多な感情がないまぜになって、手を挙げる学生がなかなかいません。しかし、誰かが口火を切ると、少しずつ学生の疑問点が表に出てきます。

学生たちがこの授業スタイルに慣れてきて、質問に対するハードルが低くなると、次から次へと質問が出てくるようになります。30分で終わらせる漢字の授業が1時間近くになることもあります。そんな時は、私の与太話を削って帳尻を合わせます。

逆に質問が足りないときは、こちらから逆質問します。昨日は、“逃がす”と“逃す”は何が違うかと聞きました。そして、こういうところまで調べるのが予習だよと、予習の観点を教えました。ちなみに、逃がす”と“逃す”、ちゃんと読めますか(これも学生に教えました)。

学生からの質問に答えることでその日に伝えなければならない事柄がすべて網羅されたならそれでいいのですが、そういう日もめったにありません。中国の漢字との字体の微妙な違いや、学生がよく間違えるポイントや、今勉強している他の科目との関連など、教師の視点からの注意事項を付け加えます。

このやり方はどんな質問が飛んでくるかわかりませんから、危険と言えば危険です。でも、そのスリルが楽しいんですよね。

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ゲーム正月

1月14日(水)

中級クラスの授業の最初に、ウオーミングアップと口慣らしを兼ねて、「休み中、何した?」というテーマで、隣の席の人と会話をさせました。新クラスになってまだ2日目なので、まだお互い顔もよく知らない程度の関係です。ですから、「はい、どうぞ」と始めた直後はあまり盛り上がっている感じはしませんでした。でも、3分ほどの間になじんできたのか、笑顔も見られるようになりました。

会話を終わらせ、「じゃあ、どんなことをしたか、何人かに聞いてみましょう」と最初に指名した学生は、「うちでゲームをしました」と答えました。パッとしない答えでしたから、次の学生を指名しました。その学生も「うちでゲームをしました」でした。一時帰国して実家でゲームをしていたそうです。

「みんなもゲームしていたんですか」と」クラス全体に聞くと、うなずく学生があちこちにいました。学生の母国は日本ほど気合を入れて新年を祝う風習はないでしょうが、日本にいたにせよ帰国したにせよ、休み中ゲーム三昧だったという学生が少なくないというのは驚きでした。

こんなのは私のクラスだけかと思って他のクラスの先生にお聞きしたら、「私のクラスもゲームの学生が多かったです」とのことでした。ということは、KCPの学生の相当数がゲームに打ち込んでいたのでしょうか。せっかく異国で暮らしているのに、どこでもできるゲームで時間をつぶしてしまうなんてもったいないと私は思ってしまうのですが、学生は違うのでしょうかね。深く突っ込んでみたかったですが、授業も進めなければなりませんから、「じゃ、漢字の教科書を開いてください」と話題を切り替えました。

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初日の風景

1月13日(火)

始業日を迎え、先生方は新しいクラスの学生との顔合わせを楽しみにしているようでもあり、未知との遭遇に一抹の不安を抱いているようでもあり、一種独特の雰囲気が職員室を包んでいました。先学期の先生から情報を得ようとしたり、要注意の学生の申し送りをしたり、あちこちで情報交換も行われていました。

私はそんな学期初日の空気の埒外にいました。なぜなら、私が担当するクラスは、全員先学期からの持ち上がりだったからです。今学期の火曜日は最上級クラス担当です。このクラス、先学期の最上級クラスから1名卒業生が抜けただけで、メンバーは変わっていません。だから、自分から自分への申し送りしかないのです。

教室に入ると、先学期と同じ位置に同じ学生が座り、全く変わり映えがしませんでした。学生も教師も顔なじみですが、今学期はまだ行き先が決まっていない学生を志望校に押し込むことが、クラス担任としての最大の仕事です。責任を持って骨を拾うつもりです。

午後は教科書販売に立ち会いました。先学期レベル1で教えた学生が進級したクラスの先生に率いられて教科書を買いに来ると、みんな懐かしそうに「先生!」と声をかけてくれたり手を振ってくれたりしました。レベル2の教科書を渡すときに「Aさん、この教科書、難しいんじゃないの? あそこに易しい教科書、あるよ」とレベル1の教科書を指さすと、「大丈夫です」「難しくないです」「いいえ、いいえこの教科書です」とかという反応が返ってきました。ポカンとしたまんまの学生がいなかったということは、私の言葉の意味をとらえ、きちんと返答できたということであり、レベル1の最終会話テスト合格と言ってもいいでしょう。レベル2でもしっかり力をつけてもらいたいです。

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入学式挨拶

みなさん、ご入学おめでとうございます。世界の各地から、このように多くのみなさんがこのKCPに入学してくださったことをとてもうれしく思っています。

みなさんはいつ日本へ来ましたか。去年のうちに来た人は、お正月を迎える日本と日本人の様子を観察できたのではないかと思います。日本人は新年に何をするかというと、お節料理をつついたり、帰省先で親戚や友人に会ったり、家族連れで買い物に出かけたり、などということが一般的です。そして、忘れてはいけないのが初詣です。

日本には「一年の計は元旦にあり」という言葉があります。年が改まり気分も一新された元旦にその年の目標を立てれば、その目標に向けて気持ちよく歩み始められるという、昔の人の知恵、教訓です。その一年の計を立てた人たちが、目標の成就を神様や仏様に誓い、助力をお願いするために祈りをささげるのが初詣です。みなさんのように、日本語が上手になりたい、志望校に合格したいなどという学業成就をお祈りするなら、東京では湯島天神や亀戸天神へ行くことが多いです。

初詣に行くかどうかはともかくとして、KCPでの勉強を始めるにあたって、留学の目標とそこに到達するための計画は立てておくべきでしょう。昨年末、今ここにいらっしゃるみなさんの中の数名にオンラインでインタビューしました。その方たちはみなしかるべき目標を持ってKCPに入学しようとしていることがわかりました。しかし、目標は、実現してこそ、少なくとも実現のために努力してこそ、意味があるのです。立てるだけなら誰でもできます。何の努力もせずに実現してしまうような目標は、その人の成長に寄与しません。最大限の努力をもってしてようやく手が届く目標こそが、みなさんのこの留学に豊かな実りをもたらすのです。

かといって、高すぎる目標は、これまた有害無益です。挑戦しても挑戦してもはじき返され、敗北感に打ちひしがれてしまうかもしれません。負け癖がついて、“どうせ私は…”と最初から勝負を捨ててしまったり、失敗を糧にしようとせず、同じ失敗を平気で繰り返すようになってしまったりしたら、成長など望むべくもありません。“日本留学で覚えたことはあきらめることだけだった”などということのないようにしてもらいたいものです。

暦の上での元旦はだいぶ過ぎてしまいましたが、みなさんの日本留学の元旦は、今この瞬間です。新鮮な気持ちで志高く留学の目標を掲げてください。そして、そこに向かってたゆまぬ努力を続けていくことが、結局は目標到達への近道なのです。学問に王道なしです。今の苦しさの先に、その何倍、何十倍もの喜び、安らぎがあると信じて進んでいってください。

苦しくなったら、私たち教職員を頼ってください。私たちにはみなさんの先輩方を指導してきた経験という引き出しがあります。みなさんには、その引き出しをぜひ活用してもらいたいです。それがみなさんの留学目標の成就につながるのでしたら、私たちにとって、これ以上の喜びはありません。

本日は、ご入学、本当におめでとうございました。

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朝の合格

1月9日(金)

9時過ぎ、月曜日と火曜日に宿題の問題集を買って帰ったYさんが来ました。「問題集をやって、金曜日の10時に学校へ持って来る」という約束をしていました。こういう約束をしても、その時間に遅れてくる学生が大半なのに、30分以上早く来た点は認めてあげてもいいでしょう。

「はい、じゃ、宿題を見せて」「はい。2の問題集は難しいです」「2には、レベル1で勉強しなかった問題もあります。だから難しいです」なんていうやりとりをしながら、“難しい”という感想が出てくるということは、実際に解いてみたということでしょう。立派なものです。

持って来た問題集を見ました。最初の課は「わたし(   )チンです。ちゅうごく(   )きました。」なんていう程度ですから、できて当然です。最後の課は「あした、雨が(降ります⇒   )と思います。」なんていうのですから、きちんと勉強していないと、正解にはたどり着きません。Yさんはちゃんと答えていました。

全部のページを隅から隅までチェックしていたらとんでもなく時間がかかってしまいますから、間違えやすいページをピックアップして見てみました。×だった問題もありましたが、私が指摘するとYさんはその間違いに気が付いて自分で直せましたから、勉強はしています。

ということで、Yさんにはレベル2に上がってもらうことにしました。難しい方の問題集にはレベル2で勉強する内容も含まれていますから、レベル2の授業の復習も兼ねてやってもらえばいいでしょう。

そう伝えると、Yさんはにこやかに帰っていきました。でも、本当に苦しいのはこれからですよ。レベル1の2倍ぐらい勉強しないと、“宿題をして進級”にすらなりませんからね。

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最後の仕事

1月7日(水)

先学期担任をしたレベル1の学生たちに、成績表を送りました。成績表を送ると、その学期の担任としての仕事がほぼすべて終わったことになります。このクラスで私に残された仕事は、期末テストの成績が悪くて宿題を出した学生から、その宿題を回収することぐらいでしょうか。

何となく寂しいような気がします。このクラス、全く問題がなかったとは言いませんが、授業の雰囲気を壊すような学生や欠席を繰り返す学生もいなかったし、BBQでもみんな協力していたし、概して言えばいいクラスでした。みんな力をつけた頃、レベル4か5ぐらいでまた教えてみたいですね。

レベル1は手がかかりますが、学生が力をつけたことが如実にわかりますから、手ごたえも感じます。通じなかったジョークが通じるようになった時なんか、心の中でVサインを出しています。学生からいい質問が来て、本来ならレベル3ぐらいで教える表現に触れた時に見せる、難しいことが理解できたという満足げな学生の表情にも、微笑みたくなるものがあります。

順調にレベル2に上がれた学生には、読む、聞く、書く、話す、すべての方面から荒波が押し寄せます。だんだん、楽しいだけの授業ではなくなってきます。先程、レベル4か5と言ったのは、この荒波に鍛えられてたくましくなった姿を見てみたいという意味も含んでいます。中にはひねくれちゃう学生もいるんですがね。

新学期は13日からです。教科書販売の時にでも顔を見てみましょう。お正月休みで日本語を忘れちゃってたらがっかりですが…。

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今どきの学生

1月6日(火)

今どき職員室に顔を出す学生は、期末テストの成績が悪かったか、進学の相談かのどちらかです。私は年末に何名かの不成績な学生を新年に呼んでいました。

Xさんはどうしても進級したいと言い張っていましたから、年末年始に勉強してもらい、引っ掛かったテストをもう一度受けさせることにしました。それで合格点が取れなかったらあきらめてもらうという計画を立てました。

そのXさん、昨日の午前中に“勉強したけど難しくてよくわからない”という弱気なメールを送ってきました。でも、テストは受けるだけ受けたいとのことでした。約束の時間の数分前に、Xさんは来ました。テスト用紙を渡すと、一心不乱に取り組みました。

本来の試験時間を少々オーバーしましたが、大目に見ました。Xさんの目の前で採点しました。玉砕でした。何問かは、私が×をつけた瞬間に「あ、○○」と正解を言いましたが、それを○にするわけにはいきません。期末テストよりも20点以上よくなったと、Xさんを担当した3名の教師以外は絶対理解不能の日本語もどきで訴えましたが、合格点には10点以上不足していると、ジェスチャーも交えて反論したら、あきらめました。

次はYさんです。こちらはXさんほどではありませんでしたから、宿題を課して、それをやってきたら進級ということにしました。宿題の問題集を2冊買ってもらおうと思ったのですが、お金が足りず、昨日は1冊だけ買って帰りました。最近の若者はみんなキャッシュレスですから、現金を持ち歩かないんですね。

そして、つい先ほど、Yさんが2冊目を買いに来ました。1冊目をやってからでいいと昨日言ったのですが、すぐに買いに来ました。どうしても上がりたいのでしょう。その意気は認めましょう。でも、会話力が心配だなあ。

Zさんは一時帰国から戻れなくなったと連絡がありました。国際情勢が影を落としているようです。Wさんはなしのつぶてです。どうしてやりましょう。

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返信をいただきました

12月25日(木)

期末テストの採点が終わると、残念な結果だった学生に連絡します。「もう一度同じレベルで勉強してください」というメールを書くのは、やはり気が重いものです。でも、進級してもそのレベルの授業が全然わからなかったら、その人にとって授業料と時間の無駄遣い以外の何物でもありません。進級できたらうれしいでしょうが、その先には苦難しか待っていません。

昨日、Sさんに“もう一度”のメールを送りました。期末テストで合格点の半分ぐらいの点しか取れませんでしたから、進級しても授業中はお客さんになるだけです。今朝、メールをチェックすると、そのメールに対する返信が届いていました。中を見てみると、立派な日本語でどうしても進級したいと訴えていました。

主張はすぐにわかりましたが、そこにはSさんの肉声はありませんでした。レベル1の、しかも期末テストに合格できなかった学生ですから、自分の気持ちを日本語で表現するには翻訳ソフトの助けが必要でしょう。しかし、Sさん自身の言葉が1つもないのには、冷たいというか、自分の要求をゴリ押ししてくるような強引さを感じました。メールの末尾に添えられた、“拝啓”のない“敬具”が、何もわからずに翻訳ソフトの文をそのままコピペしたことを表していました。

それに対して返信したら、夕方、また返信が来ました。朝よりもずっと長い文面で、進級したい気持ちが述べられていました。この10分の1の長さでいいから、Sさんが作った文で心情を語ってほしいです。

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12月24日(水)

Hさんが期末テストの追試を受けに来ました。先週金曜日の期末テスト当日は、体調不良というメールがあり、欠席しました。メールが届いた時間からすると、単なる寝坊かもしれないなと思いました。

期末テストの追試は月曜日に行われましたが、これまた体調不良で欠席。昨日も、だいぶ良くなったものの、まだ完全復活ではないとのことで、「明日受けます」というメールが届きました。

今朝も席に着いてからたびたびメールチェックをしましたが、Hさんからのメールはありませんでした。しかし、9時になっても10時になってもHさんは姿を現しませんでした。お昼の買い出しにちょっと外に出て戻ってきたら、Hさんが来たというではありませんか。ラウンジに行くと、Hさんがいました。乱れた髪が病み上がりの風情を醸し出していました。空咳ではない咳をしていて、S先生から職員室に置いてあるマスクを手渡されるほどでした。

早速テストを始めました。時折机に伏せるなど、本調子ではない様子がうかがえました。それでもどうにか最後までテストを全科目受けました。帰り際に出席率を気にするあたり、Hさんらしかったです。こういうことができるということは、最悪の状況は脱しているようです。

さて、採点です。はっきり言って、悪かったです。勉強した形跡が見られませんでした。先週末から今週前半にかけて、教科書も開けないほど具合が悪かったのでしょう。勝手に寝坊と邪推し、申し訳ありませんでした。この成績の悪さは、大目に見てあげることにしましょう。

Hさんは、年明けにも受験があるはずです。そこではこんな温情はかけてもらえません。年末年始は体調を整えることを第一に過ごしてもらいたいです。

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実力者

12月23日(火)

期末テストの前日に行った実力テストの採点をしました。実力テストは期末テストとは違って、試験範囲があるわけではなく、どんな系統の問題が出るか、学生たちには全くわかりません。ですから、成績の良し悪しは定期テストとは異なった傾向になり、授業中のパフォーマンスとも違う様相を示します。

Hさんは、授業中に発言したのを聞いたことがありません。指名してもマスク越しに蚊の鳴くような声で答えるだけですから、声がよく聞き取れませんでした。自信がないからそんな声なのかと思っていたら、実力テストではすばらしい成績でした。期末テストもそれなりの成績でしたが、それ以上でした。Yさんも同じようなタイプです。能ある鷹は爪を隠すタイプなのでしょうか。

Sさんは全神経を授業に集中するタイプです。克明にノートを取っている感じで、私のくだらない脱線も記録されているのかと思うと、気恥ずかしくなるほどです。でも、実力テストはあまり点数が伸びませんでした。しかし、自分の意見を書く問いには、授業中のSさんらしい答えが書かれていました。Jさんもこのタイプです。読解問題そのものよりも、ミニ小論文的な問題で点数を稼いでいました。

どちらのタイプの学生がいいとか悪いとかいう問題ではありません。どちらの学生も力はあります。初見ですぐに理解するか、何回も読んでじっくり理解を深めるか、その違いです。ただ、授業をする教師の立場からすると、SさんやJさんの方が、授業中頼りになり、その分、印象も強いです。

こういった学生の特徴も組み合わせて、新学期のクラス編成をしていきます。

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