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わからないですか

3月22日(金)

今学期受験講座を受けてきたYさんは、わからないと如実に顔つきが変わります。日本語クラスのように20名も学生がいると、わかっていなさそうな顔をしていてもスルーしてしまうこともありますが、受験講座、特に理科は受講生が少ないですから、学生の“?”に付き合うことができます。

Yさんがわからなかったら、他の学生もわかっていないでしょうから、そこは言葉を変えたり付け加えたり身近な例をあげたり式の誘導を丁寧にしたり練習問題を通して考えさせたりしながら、理解を深めていきます。そういう意味で、Yさんは眉根を寄せて首をかしげた顔は、教師の暴走抑止装置となっているのです。実にありがたい存在です。

今学期はYさんにとって初めての受験講座でしたから、知識体系が未完成だったでしょうから、授業についていくだけで精一杯だったかもしれません。しかし、来学期は、問題を読めば正解への道筋がおぼろげながらも見えてくる程度にはなっていなければなりません。6月の本番で7割は確保してもらわないと、私立入試以降有利な戦いが進められませんからね。

そういうわけで、来学期は、もう、Yさんも疑問顔をしている暇はありません。学期休み中に今までの復習をがっちりやって、その範囲には何も疑問が残っていない状態で新学期の受験講座に望んでほしいです。また、頭の中に理科のネットワークを築いて、1つのことから連鎖的にあれこれ思い浮かべられるようになっていてもらいたいです。Yさんには理系のセンスが備わっていると思っていますから、ぜひとも伸ばしていってあげたいです。

暖かい

3月20日(水)

朝、コートを着ないで外に出ると、やっぱりまだ寒さを感じました。しかし、身にしみるような寒さではなく、駅まで歩いていくうちに体が温まってきました。最高気温21度などという予報を見たら、コートもマフラーも置いていきたくなりますよね。午前クラスの教室に入ると、窓が開いていました。入り込んでくる外気が心地よく感じられました。

「明日はどうして休みですか」「春分の日ですから」「春分の日ってどんな日ですか」「昼と夜の時間が同じになる日です」といったやり取りをした後、「暑さ寒さも彼岸まで」と板書しました。初級だと、さすがに彼岸を知っている学生はおらず、言葉の意味を説明すると、感心したようにノートに取っていました。漢字の時間に「咲」を取り上げたこともあり、春らしい授業日でした。

期末テストまで1週間を切り、授業語は追試や再試を受ける学生が数名いました。ためこむと期末前に受けられなくなり、進級できなくなってしまいます。学生のほうも必死です。みんな勉強してきたと見えて、受けた学生は全員合格点を取りました。問題は受けていない学生どもです。最後には救いの手が差し伸べられるだろうと、みょうちくりんな楽天主義に支配されて、こちらが受験をせかしても1日延ばしにするのです。こういう学生に春を訪れさせてはいけません。

東京地方の最高気温は21.5度で、5月上旬並み、もちろん今年最高でした。桜の開花宣言が出された長崎市は20.8度、やはり今年最高を記録しています。先週の開花予想によると、東京は明日です。果たして本当に咲くでしょうか…。

伸びていくには

3月19日(火)

自動詞と他動詞のペアで例文を書いてくる宿題がありました。このクラスの学生たちは、順調に行けば来学期中級に上がることになっていますが、順調とは言いかねる人もいます。

できるだけ長い例文を書くようにという指示を出していますが、そんなのは全く無視して、「財布が落ちています/財布を落としました」などという、教科書の導入例文をそのまんまもってきたようなのを書いてきた学生もいます。一方、今まで習った文法を駆使してプリントの幅いっぱいに書いてきた学生もいます。前者はもう一度同じレベルをしなければならないかもしれませんし、後者は進級してもかなりの成績を残すでしょう。もう3か月を切った6月のEJUでも上級の学生に迫る点数をたたき出すかもしれません。

選択肢の問題や穴埋めで文を作る問題だと、文を作る能力がなくても、カンや教科書丸暗記でもある程度の点は取れます。しかし、そういう支えがなくなったときに、カンや丸暗記だけでは対処できない問題にどれだけ答えられるかで、その学生の実力が見えてくるものだと思います。これをさらに発展させると、入試の面接や口頭試問につながっていくのです。

今シーズンの入試結果を振り返ると、どうもこの辺の指導が甘かったように思えてなりません。ですから、今のクラスの学生たちを厳しく鍛えたいのです。今のうちからたたいていけば、そして学生たちがそれについてきてくれれば、来年の今頃、笑っていられることでしょう。

そう思って、例文の宿題は隙間なく朱を入れました。動詞の自他の間違いだけにとどまりません。習った文法を使うべきところで使うように、初級レベルのミスを繰り返さぬように、そして、できる学生にはちょっと背伸びした添削もしました。学生たちが受け止めてくれるのは、この数分の一か数十分の一かもしれませんが、ゼロではないと信じて、直し続けていきます。

力の差

3月18日(月)

授業後、WさんとCさんが会話テストを受けました。こちらから与えた話の骨格に肉付したものを発表します。もちろん、話の内容も見ますが、“会話”テストですから、台本棒読みのような話し方は減点です。

さて、この2人、Wさんは気持ちのこもった、イントネーションに起伏のある話し方をしました。週末にかなり練習したのだろうと容易に想像できました。それに対し、Cさんはスクリプトを暗記しただけで、見事な棒読みでした。その対比がおかしく、聞いていてちょっと笑ってしまいました。やっている本人たちは、棒読みのCさんにしろ真剣でしたから笑っては失礼なのですが、でも、コントを見ているような感じがするくらい、落差がありました。

Cさんはできない学生ではありません。先週の文法テストはWさんよりいい成績でした。でも、この会話テストは、15点差でWさんのほうが上だと判定しました。もし、入試の面接だったら、Cさんは自分の志望理由書か大学のホームページを丸暗記してきたと見られてもしかたがありません。Wさんは、自分の言葉で語っていると思われるに違いありません。同じことをしゃべったとしても、Wさんは合格、Cさんは不合格になるでしょう。

今シーズンの入試は、こういう最後の一息で落とされてしまった学生が多かったように感じています。EJUの成績や提出書類では甲乙つけがたくても、面接で“乙”をつけられて涙を呑んだ例が少なからずあったと見られます。こういう反省に基づいて、“話す”力というよりも、自分を“語る”力を伸ばしていきたいと思っています。

3月14日(金)

みなさんは、いつ、春を感じますか。気温、卒業式、梅の花、Jリーグ開幕、ひな祭り、霞、雪解け、虫、花粉、コートを脱いだ日…、人それぞれだと思いますが、私は朝です。

2月初め、私が学校に着く時間帯は、まだ、夜の帳の中です。中ごろになると、御苑の駅からの道を進んで、最後に右へ曲がったとき、ビルの間に見える東の空がわずかに明るく感じられたとき、私にとっての春一番が吹き抜けます。この時期は、雨や曇りの日が続いた後、3日ぶりぐらいに好天になると、同じ時間の同じ空が驚くほど明るくなっています。

3月になると、御苑の駅から外に出て学校への第一歩を踏み出した時に、空の青さが目に飛び込んでくるようになります。3月中旬ともなると、四ッ谷駅で丸ノ内線が一瞬外に出たときに見上げた空が、闇ではなくなっています。そして、学校の前は、もう完全に早朝です。今朝は確かに寒かったです(最低気温3.3度)が、道に落ちている吸殻がはっきり見えるほど明るくなっていました。職員室に入り、ブラインドを上げると、電気をつけなくても室内の様子がわかり、手探りでなくても鞄の中から必要なものを取り出せました。

お昼(と言っても3時過ぎですが)に外に出たとき、花園小学校の桜の木を見てきました。東京地方の桜の開花は21日と予想されています。つぼみはまだまだで、あと1週間で本当に咲くのかなあという感じでした。でも、きっと咲くのでしょうね。そうしたら、毎年恒例、四ッ谷駅の花見が待っています。

夕方、来学期の受験講座の説明を始めようとしたら、学生に寒いと言われてしまいました。その学生は午後のクラスですから、朝に春を感じることはなく、冬と戦っている最中なのでしょう。

逃げ切れません

3月13日(水)

「みんな来てますか」「ううん、Kさん」「また休んでるの? じゃあ、追試も宿題も全部そのままってことですよね」「このまま逃げ切る気じゃないの」「結局困るのは自分自身なんだけどね」…。

Kさんは専門学校への進学が決まっている初級の学生です。今学期でKCPを退学することになっていますから、「進級できないぞ」という脅しは全く効きません。専門学校の入試に合格したことが自信につながるのはいいのですが、Kさんの場合、過信の域に達しています。確かに、初級にしてはできるほうだとは思いますが、日本語力の絶対値で見たら、やっぱりまだまだです。学校をサボって国の友達と遊びほうけているとしたら、専門学校の授業が始まってから仇を取られることでしょう。

KCPでの勉強は、テストも宿題も多く、楽しくないことが山ほどあります。でも、可能な限り短期間で可能な限り高いところまで到達しようと思ったら、ハードスケジュールになるのはしかたがありません。進学してから日本語で困ることがないようにと思って、語彙も文法も会話も聴解も、あれこれ盛り込んでいるのです。初級修了ではどう考えても不足ですが、それすら勉強せずに進学しようなんて、無謀以外の何物でもありません。

専門学校は大学の半分の時間で専門知識や技能をギュッと濃縮して勉強しますから、日本語的には学生が思っているよりずっとハイレベルです。安易な考えで進学すると、何も得ることなく日本を去ることになりかねません。Kさんがそういう道を歩み始めているのではないかと危惧しているのです。

頑張りどころ

3月12日(火)

今、私が持っているクラスは、次の学期に中級に上がる(つもりの)学生たちが勉強しています。もうすぐ期末テストというまさにこの時期、初級から中級への脱皮を図ります。みんなの日本語を勉強していた前半に比べて、後半は中級を意識した勉強をしています。今までに習った文法事項がスムーズに出てくるように訓練を積んでいるとも言えます。

授受表現、受身、使役、補助動詞、条件節など、文法用語で書き連ねると、初級とはいえ、今までにかなり高度なことをしてきたことがわかります。ただ、学生たちはそれらを単発でしか使えません。組み合わせて使うことでより精密な表現ができることや、詳しい情報を付け加えられることを学びます。単にテスト問題が解けるだけではなく、書いたり話したりという場面で、自分の心や頭の中を表現するために使えるようになってほしいのです。逆に、そういう表現に敏感になり、聞いたり読んだりした時に相手の心のひだをくみ取れるようになってほしいのです。

KCPの中上級の学生全員がその境地に至っているかと聞かれたら、いいえと答えざるを得ません。でも、そこを目標に進んでいかないと、日本で勉強したり働いたりはできません。学生たちのゴールがそこにあるのなら、KCPにいるうちにそこに一歩でも近づいておいてもらいたいです。

私が同じ事態に対して、これが初級の表現、これが中級の表現、これが上級の表現と例示すると、自分たちが今まで勉強した単語や文法も使いようによってはかなり高度で微妙な話もできるのだなと感心しているようでした。でも、感心しているだけでは中級に進級できません。最初はまねてでもいいですから、使えるようになってもらわないと…。

チャンスを求める

3月11日(月)

授業のあと、MさんとYさんに頼まれて、会話練習の相手をしました。Mさんはテストの成績はいいのですが、会話となるとスムーズに言葉が出てきません。そこを何とかしたいと思っています。Yさんは聞かれたことに単語で答えるのが精一杯で、まず、文で答えられるようになるのが目標です。

そもそもは、2人とも会話の中間タスクの成績が思わしくなかったのです。期末タスクまでの間に何とかしなければと思い、授業後に練習することに至ったのです。そういう意欲は買いますが、始めてみると、こちらがもどかしくなってきます。身振り手振りで言わんとしていることを伝えようとしていることはわかりますが、それに頼りすぎては会話力の向上にはなりません。

それでも、30分近く話していると、だいぶ口が回ってくるようになりました。2人とも表情が明るくなってきました。自分の気持ちが伝えられたという手応えが実感できたのでしょう。

MさんとYさんはこれをしばらく続けていけば、どんな場面でもコミュニケーションが取れるようになるでしょう。しかし、私の見るところ、この2人以外にも会話の特別練習が必要な学生はまだまだ大勢います。この学生たちの練習相手になることもやぶさかではありませんが、2人で30分というペースでやっていたら、他の仕事が破綻を来たしてしまいます。

KCPは学生のケアを手厚く行っている方だとは思いますが、それでもまだやり切れていない面があります。でも、それをやり切ろうと思ったら、教師が今の3倍ぐらい必要なのではないでしょうか。それは、おそらく、経営的に許されないでしょう。MさんやYさんのように、自分から働きかけてきた学生が優先されるのは、やむをえないところです。でも、自分から声を出せない学生にも目を掛けていくのが教師の責務なんですよね…。

半年後の刈り取り

3月6日(水)

先週までは中級以上のクラスに入っていましたが、そこの学生の大半が卒業してしまったため、今週から初級クラスに入っています。顔と名前が一致する学生が2、3名というアウェイ状態が続いています。データを見ればわかるのですが、単に面倒くさくてサボってしまい、できる・できないの予備知識なしで学生たちに接しています。

でも、教室に入ってしばらくもしないうちに、こいつはできるとか、こいつはまずいとか、見えてきちゃいます。Mさんは、授業の最初から目を輝かせて教師の話を聞いていました。この学生は希望の星かなと思っていたら、授業の中頃に、昨日勉強した文法の核心を突く鋭い質問を発しました。他の学生の理解も深まると思い、このクラスのレベルは超えるかもしれませんが、ちょっと詳しく解説しました。Mさんは満足げにノートを取っていました。

その反対がSさんとOさんです。読解のテキストに付いている問題の答えをわざわざ板書したのに、問題の番号まで明示しているのに、“わかった、わかった”とばかりにニコニコしているだけで、全く写そうとしません。こういう学生は、間違いなく成績が悪いです。初日にして、要注意人物リストの筆頭に太字で記録されてしまいました。

テストの採点をすると、SさんとOさんはかろうじて合格点、Mさんはクラスで一番の成績でした。SさんとOさんは1つ上のレベルに進級できるよう指導していかなければなりません。今後の動向によっては、進級させないという厳しい判断も下さなければならないかもしれません。Mさんは、上手に育てて、上級クラスで再び見える日を楽しみに待つことにします。今学期は、種まきです。

実質総代

3月4日(月)

KCPの卒業式では、卒業生総代は設けていません。ただ、最初に証書をもらう学生だけ証書に書かれている文面を全て読み上げます。それ以外の学生のは“以下同文”で、名前以外は読みません。そういうわけで、実質的には最初に証書をもらう学生がその年の卒業生の顔となります。

今年の顔はBさんでした。1年以上最上級クラスに在籍し続け、去年の6月のEJU日本語では全受験生の最高点(実質満点)、同じく7月のJLPT・N1では満点の合格、そして国立大学への進学も決まっており、学生も教師も誰もが認める卒業生№1です。もちろん、予行演習の通りに証書を受け取り、最後の最後まで他の学生に範を垂れてくれました。

Bさんには、私も密かにお世話になりました。中間・期末テストなどでは、まず、Bさんの答案を採点します。そうすれば、模範解答を作らずにすむのです。Bさんの答えが、私の求めていた答えの水準よりも高すぎて、逆に模範解答にならなかったことすらありました。

こういう軸になる学生が抜けてしまった穴を、一体誰が埋めるのでしょう。去年はBさんが担ってくれるだろうなという予感がありましたが、今年はこれといった学生が思い当たりません。でも、おととしだって、その前の年だって、そう思いながらも4月期の終わりごろには頼りになりそうな学生が現れてきました。自分たちが最上級生だという自覚が、今年は勝負の年だという覚悟が、学生を育てるのだと思います。

Bさんは「長い間、お世話になりました。ありがとうございました」と言って、卒業式場を後にしました。明日から私は初級クラスの担当です。Bさんに続く人材を育てねば…。