Category Archives: 学生

弱い立場

7月19日(金)

朝、パソコンを立ち上げて受信トレイを見てみると、N先生からメールが届いていました。小田急も京王も止まっているから出勤するのに時間がかかりそうだというではありませんか。今学期、私は金曜日は午後授業ですから、N先生の代講に入ることも考えておかなければなりません。でも、何をどうすればいいかわかりませんから、担当のM先生が来るまで待つほかありません。

ネットで調べてみると、変電所事故が発生し、小田急も京王も復旧の見通しが立っていないと出ていました。小田急・京王沿線には教師も学生も結構住んでいますから、どのくらい影響が出るか見当がつきませんでした。

気をもんでも始まらないので自分の仕事をしていると、7:20ごろにEさんから電話が入りました。京王線が止まっているから遅刻しそうだということでした。Eさんは入学以来出席率100%で、皆勤賞も狙っています。3月に卒業した同じ国のBさんも皆勤賞でしたから、自分もと思う方が当然です。遅延証明をもらってくるように指示を出しました。

その10分後ぐらいに、初級のQさんからメールが入りました。京王線が止まっているから身動きが取れないという内容で、駅の掲示の写真が証拠物件として添付されていました。

N先生はいつもより1時間近く遅れましたが、十分授業に間に合いました。Eさんは、自分で情報を集めて、どうにかこうにか授業の後半には来たようですが、Qさんは京王線の開通を駅でじっと待っていたようで、KCPに着いたのは授業後でした。初級のQさんには駅の掲示から代替経路を見つけ出し、その慣れない経路で学校まで来るなど、不可能でした。

電車が止まっただけなら命にかかわることはありませんが、震災のような場合はどうでしょう。Qさんは情報弱者になり、安全が脅かされることにもなりかねません。そう考えると、ちょっと背筋が寒くなりました。

鋭い着想

7月18日(木)

私が大学生のころは、物理や数学のテストでどうしても解けない問題があったら、自分の最も得意とする問題について論述し、その内容が素晴らしければ単位はもらえると言われていました。私はそこまでする度胸がなく、いや、そもそもそんなすばらしい論述ができる問題もなかったので、解けなくても部分点狙いでちまちまと答えを書いては、超低空飛行を続けたものです。だから、これが事実かどうかは確かめていませんが、要するに、きらりと光る何かを持っている学生は拾い上げようということだったのだろうと思います。

たとえこの話が本当だったとしても、今はこんないい加減な試験など、しているところはないでしょう。学生の習熟度や能力をきちんと評価できるテストが行われていることと思います。あるいは、こんなことをしてくれる、度量の広い教師がいてくれたらなあという、夢の世界の話がまことしやかに流れただけかもしれません。

Sさんは理系の受験講座を受けていますが、実にユニークな問題の解き方をすることがあります。私など、学生に説明することを前提に、オーソドックスな、安全確実な解法を採ることが身にしみついています。作問者が思い描いた通りの解き方をたどっているんだろうなと思うとちょっと悔しく思うときもありますが、すでに発想が凝り固まっていて、新しい方法など浮かんできません。

その点、Sさんは盤石の理系の知識に加えて、教科書とは違った視点から問題を捕らえ、新たな着想を得る境地に至っています。10点満点の問題でも20点あげたくなるような、鮮やかな解答を示すことがあります。Sさんの志望校の先生がSさんの答案を見たら、どんな点数をつけるでしょう。やっぱり10点は10点なんでしょうかね。採点官が思いもよらなかった解き方をしていたら一発合格……やっぱり無理な夢です。

どうしたらいいんだろう

7月17日(水)

今学期から受験講座を受け始めた学生は、今が一番不安なときだと思います。クラスの日本語の授業では絶対に出てこない単語が次々と襲い掛かり、習ったばかりの文法や教科書の後ろの方にあった文法が連発され、教師の言葉を追いかけるだけで精一杯かもしれません。確かに国の高校で習った覚えのある内容なのですが、それを日本語で改めて勉強するとなると、また違った難しさを感じるでしょう。

私は初級を教えた経験もありますから、目の前の学生が知っているはずの文法を組み合わせて説明を組み立てることもできますが、そうでない先生方は言葉の加減が難しいと思います。でも、進学したら、進学先の先生方が留学生に合わせたやさしい日本語を使ってくれることは、まずないでしょう。日本語「を」勉強するのではなく、日本語「で」勉強する訓練を、受験講座を通してしてもらいたいと思っています。

先学期以前から勉強している学生たちも、試練の時です。大学の独自試験に照準を合わせた問題に取り組むとなると、EJUよりずっと大量の日本語を読まなければなりません。また、筆答式となると、自分の考えを簡潔にまとめることも求められます。日本人の受験生よりは甘く採点してもらえるとしても、限度というものがあります。採点官にとって意味不明の文だったら、点数はもらえません。採点官は、KCPの先生方のように広い心で留学生の書いた文の意味を受け取ってはくれないでしょう。口頭試問となったら、論理的に話を進めていく必要があります。これまた特訓あるのみです。

EJUで少しぐらい点が取れただけでは、考えている大学には手が届きません。苦しくてもここで力を伸ばすのです。夏に鍛える――今年はまだ夏らしい日がありませんが…。

関心事

7月16日(火)

先学期から、最上級クラスでは、週明けは前の週の気になるニュースについて話してもらうということで、学生たちに聞いてみました。

まず挙がったのが、「ジャニーズの社長さんがなくなった」というニュースでした。私たちの世代にとってジャニーズは憧れというか雲の上の存在で、田原俊彦とか近藤真彦とかは、確かにその前の“スター”に比べれば身近な存在でしたが、我々下々とは違うという感覚がありました。学生たちにとってのジャニーズは、亀梨和也あたりのようでした。木村拓哉という声もありましたが、やはり、亀梨の方にずっと親近感を覚えるようでした。

そんなことよりも盛り上がったのが、未明(だから厳密には「先週」のニュースではありませんが)に埼玉で起きた殺人未遂事件でした。高校生が自宅の部屋で侵入者に首を刺されたというもので、現時点で犯人はまだ捕まっておらず、高校生は命に別状ないとのことです。学生たちは、事件の背景とか関係者とかについて好き勝手なことを言って、想像力をたくましくしていました。

それが一段落したところで、日経の社説を読ませました。日本の人口減少を扱った記事です。こちらは記事の内容について、常識問題も加えて、いくつか問を設けました。記事を読ませ始めた瞬間はおとなしくなってしまいましたが、設問をみんなで考える段になると、また元気が出てきました。

残念ながら、問の答えははずれが多かったです。「三大都市圏は東京、大阪、京都」など、江戸時代じゃないんだぞと突っ込みを入れたくなる場面もありました。ただ、日本の現状に対して強い関心を持っていることはよくわかりました。この関心をさらに伸ばしていけるような授業を、今後もしていきたいと思いました。

忘れたころに

7月12日(金)

授業の最後に、前の学期に勉強した文法を使った会話をするという活動をしました。いきなり先学期の文法などと言われても学生たちは何のことやらわからないでしょうから、学生たちに先学期どんな文法を勉強したか挙げてもらいました。「てしまいます」「ておきます」「意向形と思います」など、次々と挙がってきました。クラスによっては、これをするとシーンとなってしまうのですが、今学期の金曜日のクラスは、誰もが臆することなく発言できる雰囲気があるようです。また、列挙された項目も、前のレベルの文法項目がまんべんなく含まれており、ある程度は定着していることがうかがわれました。

実際に会話をさせてみると、多少不自然だったり強引だったりもしますが、使おうという意識が沸き上がっていたことは評価しなければなりません。とかく教師は文法を教えっぱなしにしてしまうきらいがありますが、学生が忘れかけたころに思い出させる、無理やりにでも使わせることを重ねていく必要があります。そうしないと、上のレベルで使うべき時に使うべき文法が出てこなくて、不細工な発話や文章を披露し続ける羽目に陥ります。披露の場が入試の面接だったら、その学生の一生を左右しかねません。

学生たちにとっては、わりと最近習った文法でしたから、使いやすかったかもしれません。しかし、これから今学期の文法を勉強していくと、今、頭に入っている文法も忘れていくものなんですよね。そうならないように、使うべき時を繰り返し指摘し、自然に出てくるようにしていかなければなりません。教師の意識も高くないと続けられません。

施政方針

7月10日(水)

新学期は、クラスの雰囲気作りが教師の重要な仕事です。どんなクラスにしていくか、担任教師を中心に方向性を定めていきます。今学期、私が担任をする初級クラスは、できるだけ長い文で話させるという方針で進めていこうと考えています。

さて、その初日。ともすれば単語で答えようとする学生を相手に、まずは単文でいいですから、きちんと「です/ます」で答えさせていきました。私が担当しているレベルは初級の最後の段階ですから、単に口数が多ければいいという問題ではありません。中級に上がることを前提に、まとまった話、微妙なニュアンスも伝えられるようになってもらわなければなりません。今すぐじゃなくてもいいですが、会話の期末テストのころには、「みんなの日本語」の文法を駆使して、複文で意味のあることを話せるように成長していてもらいたいです。授業でのやり取りを通して、私の考え方を浸透させていくつもりです。

これは私1人が騒ぎ立ててもできる話ではなく、一緒にクラスを受け持つ先生方のご協力が必要不可欠です。クラスの教師全員が口うるさく注意して初めて、効果が上がるのです。今学期はH先生とK先生という経験豊富な方々と組んでいますから、その点は大船に乗った気分です。

授業は楽しいことが第一ですが、初級の総まとめをするという観点からは、苦しんでもらわなければならないこともあります。私がボコボコにして、H先生とK先生にフォローしていただくのがいいのかな。授業後に、昨日出された宿題のチェックをしました。早速どの学生のプリントも真っ赤にしてしまいました。

暗いムード

7月9日(火)

7月期の初日は最上級クラスでした。半分ぐらいがどこかで教えたことのある学生でした。大半が進学するので、オリエンテーションの後、東京や東京近郊の大学には容易に進学できないという話をしました。どうしても東京というのなら、思い切って志望校のレベルを落とし、滑り止めを確保すること、さもなければ首都圏以外の大学を志望校に加えることと、半分命令口調で訴えました。

初日からいきなり暗い話題で、学生たちは沈んでしまいましたが、今から言い続けないと、3月の卒業式のころに泣きを見るのは学生たち自身です。KCPの先生方が手分けしていろいろな大学の留学生担当者に話を聞いた結果、どこもかしこも難化しているので、学生たちに考え方を変えさせなければならないという結論に至りました。

さらに、進学後にビザをもらうとき、入管が日本語学校の出席率を重視するようになったという話もしました。心当たりのある学生は、いくらか顔が引きつってきました。こちらもまた、多くの大学の方が異口同音におっしゃっていたことです。上級ともなると在籍期間の長い学生もいて、それで入学以来の出席率が悪いとなると、挽回不可能かもしれません。たとえそうだったとしても、今までに何度となく注意されたのに行いが改まらなかった自分自身が悪いのです。目の前の快楽を追求したために将来の夢が消えたとしたら、帰国後同じ過ちを繰り返さないようにすることで、留学の成果につなげていくほかはありません。

2月や3月になってから、教師の言葉は真実だったと気が付いても、もはや手遅れです。今から毎日学校へ来れば、受かる大学を確実にものにしていけば、にっこり笑って卒業できるでしょう。私の話が、その第一歩につながってくれればと思っています。

日本時間

7月8日(月)

Xさんは、先学期の期末テストで、文法の点数が合格点にちょっと足りませんでした。だから、期末テストの範囲の文法を使った例文を書いてくるという宿題を出されました。午後、その宿題を持って来ました。

例文を読んでみると、確かに勉強の跡は見られました。しかし、「てんきよほ」だったり、「また」と「まだ」が区別できなかったり、「泥棒が入って台所でケーキを食べられました」だったりなど、看過できない間違いも少なからずありました。

自動詞と他動詞が入れ替わっているのは、指摘したらすぐわかります。しかし、これは“AでなければB”という論理に従って答えただけで、本当にその動詞が定着したかと言えば、怪しい限りです。助詞の間違いもそうです。「を」が違うと言われたから「に」と答えておくとかという発想は、その場しのぎに過ぎません。

このまま進級させるのは忍びないのですが、進学のことを考えると同じレベルで足踏みさせておくわけにもいきません。「普通の勉強のしかたじゃ、すぐに勉強がわからなくなりますよ」としつこく注意したものの、上がってしまったら“普通の勉強”しかしないでしょうね。

Xさんは、入学以来、そうやって上がってきたのでしょう。でも、“何となくわかる”では、これ以上日本語力が伸びることはないでしょう。発想を変えなきゃいけないよとは、私以外の先生にも言われているはずですが、身に染みていないんですね。

それよりも何よりも、Xさんの腕時計は、Xさんの国の時刻を示していました。これじゃあ、いくら年月が経っても、日本の生活になじむわけありません。常に国のことを考えていたら、日本語が定着することはないでしょう。Xさんの先が見えたような気がします。

入学式挨拶(2019年7月6日)

皆さん、ご入学おめでとうございます。このように大勢の学生が、世界各地からこのKCPに集ってきてくださったことをうれしく思います。

新しい元号「令和」の起源となった福岡県大宰府のすぐそばに、水城(みずき)という、7世紀に築かれた土塁があります。当時、日本は大陸の諸国から攻められるおそれがありましたから、国の役所である大宰府を守るため、東西の山と山をつなぐ防壁を設けたのです。

水城は、10m近い高さがあり、上部でも車が走れるほどの幅がある本格的な防御施設です。これだけのものを今から1400年近く前に造り上げたのです。水城がある場所は地盤が軟弱ですから、今、同じような堤防を造ろうとしても、かなりの日時と資金が必要でしょう。ですから、水城は当時の技術の粋をかき集めて造られたと言っても過言ではありません。

幸いにも、大陸から攻撃軍が来ることはありませんでした。今はこの防塁を突き抜けて、JR鹿児島本線、西鉄大牟田線、九州自動車道、国道3号線など九州の交通の大動脈が走っています。防塁そのものには木々が生い茂り、自然に還りつつあります。

皆さんがどういうきっかけで日本に興味を持ち、日本語を勉強しようと思ったか、私は詳しくは存じませんが、皆さんの知らない世界を発見してほしいのです。先ほど申し上げた水城は九州ですから、そうたやすく行って見て来ることはできません。見に行ったところで、何の変哲もない土手があるだけです。でも、それを築こうとした原動力に思いをはせれば、現地に行った人だけが味わえる感動に浸れます。実際、水城を見に行った私は、その場から立ち去りがたいものを感じました。

九州まで遠征しなくても、東京でだって皆さんならではの日本が見つけられます。もちろん、何もせずに漫然と家と学校を往復しているだけでは、新たな日本の発見など望むべくもありません。街を歩くときは、スマホから目と耳を解放し、自分の周囲に注意を向けてください。そして、周囲が発している信号を感じ取ってください。

皆さんの中には、将来起業しようと考えている方もいらっしゃるでしょう。そういう方なら、なおのこと、こういった空気の流れをつかむ感覚が必要とされます。みんなと同じこと、あるいは誰かの後追いをしているだけでは、大きな成功は望めないでしょう。そこに皆さん独自の何かを加えることによって、それまでのものとの差別化が図られ、新たな市場を確保することもできるのです。

今はビッグデータの時代だと言われています。しかし、ビッグデータを解析し結論を導き出すのは、AIがどんなに進化しても人間の判断によるところが大きいです。だからこそ、今のうちから感性を磨いて、マスに埋没しない自分自身を作り上げる訓練をしていくべきなのです。そして、今回の日本留学は、皆さんにとってその絶好の機会になりうるのです。

外国人観光客が1人もいない隠れた名所を訪れるもよし、自分しか知らない絶景スポットを見つけるもよし、将来の起業のネタにつながる金鉱脈を探り当てるもよし、皆さんの留学が実り多いもとなるようお手伝いすることが、わたくしたち教職員一同の最大の責務だと心得ております。

本日は、ご入学、本当におめでとうございました。

思い出

7月5日(金)

先学期のクラスの個人成績表にコメントを書いています。担任だった2クラスのうち、1クラス分をようやく書き終えました。担任としての最後の責務です。

SさんみたいにオールAのすばらしい成績の学生は、授業中にも活躍した場面が多く、コメントのネタには事欠きません。賛辞とともに、一言だけ課題を付け加えます。

逆に、Hさんみたいな問題児は、出席率が悪いとか文法がわかっていないとか、だから生活の立て直しが必要だとか、これまた書くべき材料が山ほどあります。現に、Hさんへのコメントはこのクラスで一番長くなってしまいました。

Cさんも何となくふらふらしていて、教師を不安にさせる存在でした。でも、どの科目もきっちり合格点を取っていますから、根っこのところは、私が感じていたよりずっとしっかりしているのでしょう。そういったほめ言葉を書いて、少しでも自信を持たせたいです。

また、Mさんみたいなクラスのムードメーカーには、まず、クラスを盛り上げてくれたことのお礼を述べます。みんなを笑わせてくれたり、私のいじりに対してボケたり笑われ役になってくれたりといった、3か月間の思い出が次々とよみがえってきました。

何はともあれ、来学期につながるコメントを書こうと心を砕いています。目立たない学生でも、何か1つエピソードを思い出し、そこを起点に話を広げていきます。だから、担任になったら最後にコメントを書くことを想定して、学生たち1人1人に目を光らせていなければなりません。

明日は、もう1つのクラスのコメントを書きます。今晩、ベッドの中で学生たちとの3か月を思い出しましょう。