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あっちへ行く

3月18日(土)

私が本を読むのは、興味の対象に関してより深く知りたいという知識欲もありますが、小説などの物語の世界に引き込まれたときの快感を味わいたいという面もあります。作家は、よく、小説を書いていくと登場人物がひとりでに動き出して、自然に筆が進んでいくことがあると言います。読者としてこの感覚にはまることがあり、そのときのエクスタシーというか高揚感というか、要はあっちの世界へ行っちゃったような気分が何とも言えないのです。ささやかな現実逃避をしているようなものかもしれません。司馬遼太郎、吉村昭、東野圭吾、有川浩、まだまだいますが、こういった作家の本では必ずトリップします。

いちばん最近思いっきり泳がせてもらったのは、山崎豊子の「約束の海」です。山崎豊子の遺作が文庫本になったので買っておいたのを、今週、ようやく手に取ったのです。400ページあまりを2日ほどで読了してしまいました。朝も夜も電車を乗り過ごしそうになり、お昼のお店ではご飯そっちのけになり、存分に楽しませてもらいました。

でも、それだけに、この本が遺作だということが残念極まりありません。登場人物が歩き出し、感情を持ち、その顔立ちが脳裏にくっきり描かれたところで、彼らは動きを止めてしまいました。山崎豊子自身、壮大な展開を考えていたようなので、なお一層登場人物のその後が気なってなりません。

私の未読の本棚には私を別世界に誘い込んでくれそうな本が並んでいます。来週期末テストが終われば、次々と手を出していこうと思っています。

廊下の寒さに耐えて

3月6日(月)

「先生、廊下がめちゃくちゃ寒いです」と、休憩時間に廊下に出ていたDさんが、後半の授業の出席を取ろうとするや言ってきました。そりゃあ、そうですよ。午前のクラスは卒業生が大挙して出ていったため、学生の数もクラスの数も半分ぐらいになっちゃったんですから。

それに加えて、今朝は4名の先生が卒業旅行に行っていますから、朝礼をするときの職員室はスカスカなんていうもんじゃありませんでした。何だか気が抜けてしまいそうな感じでした。

でも、来学期以降もKCPで勉強を続ける学生たちは、これからが本番です。上級の場合、先週までは卒業生がクラスの主役で、卒業文集とか卒業制作とか卒業認定試験とか卒業式の予行演習とか、二言目には「卒業」という言葉が出てきました。それゆえ、卒業しない学生は何だか居心地が悪かったかもしれませんが、卒業生がいなくなった今は、あなたたちが主役です。何より、これから1年間、KCPの屋台骨を支えていってもらわなければなりませんからね。

私が入ったクラスの学生にも、そういうことを説いて、学生たちの自覚を促しました。この学生たちが、現在の初級や中級の学生たち、4月以降に入学してくる学生たちを引っ張っていって初めて、KCPに新たな歴史が刻まれるのです。運動会やスピーチコンテストや、そういった学校行事の成否も、上級に残った学生たちの双肩にかかっているのです。

何だか頼りないような気がしますが、それは毎年のこと。春の運動会で上級生としての自覚が芽生え、夏のスピーチコンテストで上級生として恥ずかしくないスピーチや応援をするために力を尽くし、秋のバーベキュー大会には頼りがいのある先輩に成長しているものです。そして、卒業の学期を迎え、惜しまれつつ去っていく…。これが、この学校の一年です。

下から上まで

2月27日(月)

午前中が一番上のクラス、午後は一番下のレベルのクラスの代講と、ジェットコースターのような1日でした。午前中は四字熟語とか五行歌とか挫折とは何ぞやとかやっていたのですが、午後は「~てもいいですか」の練習からでした。しかし、このような基礎のいい加減な学生が上級にも山ほどいます。特に、テストの点数だけはそれなりと取るけれども、話したり書いたりすると日本語が崩壊している学生を見ていると、どこでどういう勉強をしてきたのかわからないけれども、こいつの日本語は武器になっていないなと思います。

言語は、ごく少数の例外を除いて、その習得そのものが最終目的ではありません。日本語なら日本語を道具として利用して、高等教育を受けるなり事業を始めるなりして初めて、勉強の成果が現れてきます。ということは、道具としてつかえないような形で日本語を身に付けても、その人の人生に貢献することは薄いのです。点取りゲームの勝者となったとしても、それによってその人の人生が豊になるとは限りません。

残念ながら、ゲームの勝者として上級に属している学生がいます。受験のテクニックにだけは長けていて、まともな文も作れなければろくに話もできないくせに、なぜかN1に受かってしまい、自分は上級者だと勘違いしている困り者が後を絶ちません。そういう学生に限ってプライドが高く、書いたり話したりしたときの誤りを指摘しても、聞く耳を持たないことがよくあります。

初級の段階から上滑りしないように、確実に力を付けていってもらいたいと思っています。このクラスの学生を中級や上級でもう一度教えることがあったら、今日の目の輝きをまた見せてほしいと思いました。

受けたい

2月22日(水)

授業後に教室でテストをやらせているところに、Gさんが入ってきました。真剣な面持ちでしたから、何か大きな問題でも発生したのかと思いました。ところが、話を聞いてみると、先週の金曜日に受けられなかった卒業認定試験を受けさせてくれということでした。

まず、腹が立ったのは、教室のドアの窓からのぞけば、私が試験監督をしているのがすぐわかるのに、その教室に入ってきたことです。緊急を要する用事ならともかく、認定試験の追試を認めてくれという、きわめて個人的な用件ではありませんか。なぜ試験監督が終わるまで教室の外で待てなかったのでしょう。

そういう気持ちを抑えて、なぜ金曜日に試験が受けられなかったのかを聞くと、ケータイの電池が切れてアラームがならなかったと言います。これまた、大した理由もなく遅刻や欠席をした学生がよく口にする言い訳です。それに加えて、今まで追試が受けられなかった事情を縷々述べていましたが、私はもう聞く気をなくしていました。

試験監督中でなければ激怒するところですが、穏やかな中にとげを含んだ口調で、どうして今頃追試を受けようとしているのかと尋ねました。すると、2年間のKCPの生活を「卒業」で締めくくりたいというようなことを言っていました。殊勝な言い分ではありますが、今までさんざん好き勝手なことをやりまくってきたGさんから、終わりよければすべてよしみたいなことを言われたくはありません。

Gさんは、しおらしく頭を下げていれば自分の要求は通してもらえると思っているに違いありません。そういうことを指摘すると、もちろん否定しましたが、私にはその否定を額面どおりに受け取るつもりはありませんでした。「いい加減にやっているとどこかで痛い目に遭うということをここで思い知って、これから先は二度と同じ失敗を繰り返さないでもらいたい」と恩着せがましいことを言って、Gさんの要求を突っぱねました。

でも、これは私の偽らざる気持ちです。KCPの卒業証書がもらえないくらい、人生における失敗のうちでは小さな部類です。この失敗に懲りて大きな失敗を未然に予防できれば、Gさんにとっては実に安い授業料ではありませんか。でも、本当に懲りてくれるでしょうか。

今週の目標

2月1日(水)

2月になりました。今月から、毎月「今月の目標」を掲げ、さらにその月間目標をブレークダウンした「今週の目標」を決め、学生も教職員もその目標を念頭に置いて動いていくということにしました。2月の目標は「健康に気をつけよう!」で、今週の目標は「手洗いうがいをしよう!」です。今、東京ではインフルエンザがはやっていますから、こういう目標を設定しました。

私が入った超級クラスの学生たちに説明すると、思ったより真剣に聞いてくれました。説明資料の中に学生たちが知らない知識や情報があったからかもしれません。このクラスにはこれから本命の国立大学を受けることになっている学生がいますから、受験日に体調不良で力が発揮できなかった、などということのないようにしてもらわなければなりません。学生たちもそう感じているからこそ、この目標に共感を覚えたのでしょう。

実は、昨日の選択授業・身近な科学で風邪について取り上げたばかりでしたから、そこで使ったネタも使い回ししたのです。全校共通の資料より、その分だけ内容が豊富で、ちょっと違った捕らえ方もしていたというわけです。ウィルスの伝播経路を詳しく説明し、このクラスには受験生が多いのだから、みんなで気をつけようと話をまとめました。

とかく学生は健康管理をおろそかにしがちです。そういう方面の知識が足りないのか若さを過信しているのか、いつでも病気みたいな学生や無茶をしまくる学生が目に付きます。この目標を機に、手洗いという健康管理の基本から見つめ直してもらいたいです。

先輩後輩

1月21日(土)

12月に卒業したJさんが、C大学に受かったとメールで知らせてきてくれました。卒業式後の懇親会のときに、面接練習を頼まれ、年明け早々、C大学の試験前日にやりました。はっきり言って危ない状態でしたが、面接の答え方のポイントを訓練し、Jさんを送り出しました。新学期準備や始業直後の忙しさにかまけてC大学の入試のことはすっかり忘れていただけに、Jさんからのメールに喜びもひとしおでした。昨日のこの欄でLさんの不義理を嘆きましたが、Jさんは面接練習のお礼まで、メールできちんとしてくれました。

Jさんはおとなしくて目立たない学生でした。でも、KCPの初級から始めて超級まで上り詰めました。教師が指示したことは確実に実行し、着実に力をつけてきたのです。爆発力や瞬発力はありませんが、持久力に富んだ学生という感じです。C大学は、Jさんにとっては実力以上の大学かもしれませんが、コツコツと努力を続けて、大きな成果を手にしてもらいたいです。

そのC大学に通っているFさんとPさんがひょっこり来てくれました。Fさんは、大変だと言いながらも、好成績で単位を確実に取っているようです。Pさんは、試験微に休んで落とした単位があるとか。KCPにいたときの2人の行動様式そのままです。Fさんは、在校時に演劇部の一員として出演した新入生向けマナービデオの映像と全く変わっていません。Pさんは、勉強はそこそこ頑張っているようですが、顔が丸くなり、おなかはぽにょぽにょの肉に包まれていました。肉が引き締まるくらい勉強に励んでくれるともっといいんですがね。

Jさんのほかにも、C大学には何人かの学生が進学します。FさんやPさんのように、堂々と遊びに来られるくらいのキャンパスライフを送ってもらいたいです。そうすれば、名門C大学ですから、得るものも大きいでしょう。

お金持ち

1月5日(木)

年明け早々から、学生がひっきりなしに訪れてきます。面接練習とか、出願書類のチェックとか、これから受験や出願の大学などにかける学生たちが、まだまだたくさんいます。さすがにここまで来ると出願の段階で教師に怒鳴られるような間抜けはいないと思いきや、Hさんなどは経費支弁の書類が全然整っていなくて、やり直しを命じられていました。

そんな中で悠然と構えているのがGさんです。Gさんは現時点で3勝3敗、つまり行き先は確保してありますが、これから私立の本命校と国立大学を狙います。予定通りに出願・受験するとなると、全部で14校になるとか。ここまで来ると、受験が趣味なのではないかと疑いたくなります。

でも、Gさんは決して闇雲に受けているのではありません。勉強したいことが勉強できる学部学科に焦点を定め、理想とする学校から滑り止めまで、それぞれ狙い撃ちしています。それにしても14校です。受験料だけでも数十万にも及び、既に支払った入学金や遠隔地受験の交通費などまで計算に入れると、100万円にも達するのではないでしょうか。私はGさんの経済状況についてとやかく言う立場にありませんが、こういう受験を許してくださるGさんの実家は、かなり裕福なんだろうなと想像しています。

本当に、学生というかその実家というか、あるいはその出身国が豊かになったと思います。KCPのほかに塾にも通う学生のほうが普通になりましたし、アルバイトをしなくても生活できる学生がほとんどで、Gさんほどではないにせよ、併願校の数も増えました。投資の配当で生活費を出している学生もいます。かつては「学生=貧乏」と自他共に認める方程式が成り立っていましたが、今は教師よりもいい生活をしている学生も多いんじゃないでしょうか。

学生の学習環境もよくなったはずですが、学生が平均的に優秀になったかというと、そうでもない感じがします。塾に通っている学生がすばらしい成績を収め、“いい学校”に進学しているかというと、そうでもありません。厳しく接しても優しく接しても、勉強に向かおうとする姿勢を見せようとしない学生が増えました。Gさんなんか、お金を有効に使っているほうだと思います。

新学期も、そういう学生がたくさん入ってくるのでしょう。心して指導に当たらねばなりません。

名古屋の山

1月4日(水)

年末年始の休みは、名古屋へ。いかにも旅行者然としたいでたちだったのですが、名古屋駅のホームで「すみません。この電車は松本へ行きますか」と聞かれました。まさか、こちらが日本語教師だと気付いて聞いてきたわけではないでしょうが、私は旅先でも不思議と外国人からモノを聞かれます。発音の感じからすると、中国人や韓国人でも、東南アジアの人でもなく、ブラジル人ではないかと思いました。

名古屋の市営地下鉄の主な駅では、日本語、英語のアナウンスに続き、中国語、韓国語、そしてポルトガル語のアナウンスが流れます。それぐらいポルトガル語話者≒ブラジル人が多いのです。いや、愛知県に住んでいる外国人の絶対数で言えば、ブラジル人は中国人や韓国人よりも多いですから、英語の次にポルトガル語が流されてしかるべきなのです。

愛知県は、人口に対する外国人の割合が、東京都についで2番目に高い県です。東京は首都という特殊事情で外国人比率が高い面が見逃せませんから、実質的には愛知県が一番だとも考えられます。元日は泊まったホテルのすぐそばの神社へ初詣に行きました。そこにもブラジル人と思しき人たちが焚き火にあたっていました。この人たちがどんな宗教観を持っているかまではわかりませんが、焚き火に手をかざす姿は周りに溶け込んでいました。

行きの新幹線からはまっ白な富士山が見えました。「幸せの左富士」も見えました。松阪まで足を伸ばしたとき、方角と形から富士山だろうと思われる山の頂上部が見えました。名古屋の街中からは、富士山は見えませんでしたが、御嶽山を始め、木曽の山々が見えました。こういう山々を見て、ブラジル人は故郷の山を思うのでしょうか。それとも、雪をいただいた山など見ても、ブラジルの山とはあまりにも違うので、何も感じないのでしょうか。

ある退学

12月22日(木)

期末テストの日の朝、まだ7時半にもなっていないというのに、Sさんが来ました。退学手続に来たと言います。もうマンションを引き払い、今晩羽田から帰国するそうです。

Sさんは、先学期、選択授業で受け持ちました。優秀な学生でした。でも、欠席も多かったです。中間テストはすばらしい成績でしたが、期末テストは欠席したので、私の授業は不合格でした。そうです。Sさんは出席率が改善せず、退学を決意したのです。

退学届の退学理由の欄に、Sさんは「もう十分勉強しましたから」と書きました。その文字を見ながら、本当にそう思っているのだろうかと思いました。優秀な頭脳、日本語に対する鋭い勘を持っているのに、授業を休むがゆえに平常点が低く、思うように進級もできず、退学に至ってしまいました。順調に進級していれば、超級の私のクラスにいたかもしれないのに、学籍簿上では「中級」で退学ということになります。遅刻欠席してはいけないというプレッシャーから解放されたからでしょうか、吹っ切れたような笑顔を浮かべていましたが、内心ではこんなはずではなかったという忸怩たる気持ちがあってもおかしくはありません。

専門学校進学という目標のはるか手前でつまずいてしまったのですから、挫折感はあるでしょうね、きっと。この1年ほどを無為に過ごしてしまったと感じているとしても不思議はありません。でも、いたずらに負け犬根性を抱いてほしくはありません。この経験をばねに、日本語に無関係なことでもかまいませんから、再び挑戦してもらいたいです。

むなしい青春

12月6日(火)

Cさんは面接試験を控え、気になることがあります。志望理由や将来の計画は話せるのですが、自己アピールのネタがないのです。先輩から「高校時代にどんなことをしてきたかという質問があった」と聞かされ、急に心配になったようです。

高校時代の話を聞くと、Cさんは勉強以外のことは、全くと言っていいほど何もしていないとのことです。クラブ活動もしなければクラス委員を務めたこともなく、ましていわんやボランティア活動など夢のまた夢です。家の中でも手伝いをしたことなどなく、最近よく言われる“小皇帝”だったようです。

Cさんは、確かに勉強はできます。国籍を問わず周りの友だちと仲良くしていけます。しかし、面接で語れるほどの華々しい経歴や経験はありません。いろいろな国の友達ができたのはKCPに入ってからだから、国の高校時代の“空白”は埋められないのです。

思い切って、ひたすら勉強に励んだ高校時代だったと答えたらどうかと言ってみましたが、Cさんはそれでは満足できないようでした。でも、逆さに振っても華々しい過去は出てこないのですから、過去を変えることはできない以上、どうしてもそういうことを語りたかったら、ウソをつくほかありません。しかし、それはCさんにとって不本意なことですし、良心が大いにとがめます。

国にいたころのCさんをつぶさに探れば、きっと面接のネタになることが出てくると思います。心を真っ白にして今までの人生の棚卸しをすれば、何か語れることがあるはずです。勉強以外の思い出がない青春なんて、むなしいじゃありませんか。あるいは、Cさんの青春は、日本へ来てKCPに入学してから始まったのかもしれません。そういうことを語るのも、面接の質問に対する立派な答えになると思うのですが、Cさん、いかがでしょう。