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鬼が笑う心配

12月10日(火)

12月も早くも10日で、そろそろ来学期の心配を本気で始めなければなりません。私は、来学期の超級レベルの教材作りに取り掛かりました。実質卒業式までですからいつもの学期よりは短いですが、自転車操業で乗り切るには厳しい長さです。1年かけて少しずつ作りだめをするのですが、今年はそれがあまりなく、完全に追い込まれる前に作業を開始した次第です。

超級は全員が卒業と考えていいので、しかもみんな力があるので、何をするにせよ一ひねり必要です。漫然と文章を読ませる読解では満足してくれませんから、何か仕掛けを設けなければなりません。正面切っての論説文でディスカッションでもいいですが、そればかり2か月も続けたら、教師も学生もへとへとでしょう。卒業式のころには足腰が立たなくなっているかもしれません。そもそも、そんなディスカッション向けの論説文など、その辺にごろごろ転がっているわけではありません。

それ以外の味がする授業も企画しておくと、学生も喜びます。でも、これも探すのに骨が折れます。いつも、この文章ならどんな味が付け加えられるかという目で文章を読んでいますが、すばらしい教案が描けそうな文章にはなかなか出会えません。“とりあえずキープ”という文章が私の周りのあちこちに置かれていますが、さて、どれをどうしたものか…。

もちろん、学生自身が調べてきて発表する形の授業もします。そうだとしても、発表のきっかけや方向性ぐらいは与えねばなりません。学生丸投げでは、授業がスマホのひと時になってしまいます。

明日も少し時間がありそうですから、引き続き無い知恵を振り絞ります。

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タッシーとやっそく

12月9日(月)

月曜日の選択授業は大学入試の過去問です。今週は、難関とされているG大学、その中でも特に難しい文学部の問題を取り上げました。

その最後に、「自分は正しいと思っていた日本語が間違っていたことに気づいた経験」について述べる問題がありました。この問題には「正解」はありません。自分の日本語をどれだけ見つめているか、その見つめた結果を文章で表現するだけの力があるかを見ようとしているのでしょう。

Zさんは、“タクシー”“やくそく”は、“タッシー”“やっそく”だと思っていたそうです。これは、日本語の特徴の1つである母音の無声化にもかかわることで、非常に興味深い答えです。kやsやtの子音に挟まれた母音uやiは、非常に弱く発音されます。“タクシー”“やくそく”はまさにその例で、“taksii”“yaksoku”に近い発音となり、“タッシー”“やっそく”と聞こえても不思議はありません。

“三角形”“洗濯機”はを几帳面に“さんかくけい”“せんたくき”と発音する人は少ないのではないでしょうか。“さんかっけい”“せんたっき”と発音する人の方が多いと思います。少なくとも東京の人はそれに近い発音をしていると思います。

かつて、タモリが笑福亭鶴瓶をからかうとき、“タクシー”“ネクタイ”を、ことさら“ク”を強調していました。関西ことばを使う人たちは、そういう発音をすることが多いです。学生は文字に書かれた通りに発音しようとしますから、“タクシー”や“やくそく”だけ妙に関西ことばっぽく聞こえてしまいます。教師も、ディクテーションの時など、学生に“く”を確実に聞き取らせようと、東京人としては不自然なほど強く発音することが多いようです。

いずれにしても、“タッシー”と“タクシー”をきちんと聞き分けて、こういう場で述べるという点はZさんの日本語力の高さを示していると言ってもいいでしょう。

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調子がいいだけでは

12月6日(金)

おととい集めた文法のプリントを返しました。このクラスは上級の勉強を2学期続けているレベルで、日本語を普通に理解できる学生たちです。しかし、例文を集めて愕然としました。

鍵をかけて出かけたはずなのに、家に帰ったら(        )。

の空欄を埋める問題が悲惨でした。半分ぐらいの学生が、“ドアが開けていました”と答えていました。

“開(あ)きます/開(あ)けます”の自他動詞のペアは初級で勉強し、今までに何度も書いたり話したりしてきたはずです。しかし、こういう問題になると間違えてしまうのです。もはや、学生の出来が悪いと判断するのではなく、自他動詞は定着が悪いと結論付けるべきかもしれません。

今まで何度も書いたり話したりしてきたはずなのですが、正確に使ってきたかというと、きっと違うでしょう。特に話すとなると、聞き手も話の流れを中断してまでも間違いを訂正したりはしません。言わんとすることがわかれば、“開けています”でも“開いています”でもとがめられることはないと思います。日本語教師も、スルーしてしまうことが多いんじゃないかなあ。

コミュニケーションが取れれば多少の文法の間違いは見逃してもいいというのも、一面の真理です。文法を気にしすぎて何も話せなくなってしまったら、本末転倒のような気がします。しかし、だからと言って、文法は軽く見てよいというわけではありません。文法がおかしかったら、コミュニケーションは取れても、日本語が下手だと思われるかもしれません。それは、この人に難しいことを言ってもわかってもらえるだろうかという心理につながっていくのではないでしょうか。

日本人だって、誤字脱字だらけの文章を書いていたら、信用されなくなります。外国人の場合、日本語力が低いと判定されたら、大事な話が回ってこなくなるおそれが出てきます。勢いで話しているだけじゃ、付き合いは深まりません。

たかが文法で、この人間味豊かな学生たちが不当に低く見られるとしたら、私は残念でなりません。

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鋭い勘

12月5日(木)

受験講座の物理と科学を受けているCさんはとてもまじめな学生です。私の話を真剣に聞き、練習問題にもまじめに取り組んでいます。今はまだ初級ですから、日本語の読み取りに難点があり、題意を取り違えることもたまにあります。それは、こちらが説明すれば「ああ、そういうことだったのか」ということで納得します。

今、Cさんが一番苦労しているのは、計算問題です。それも、文字式の計算よりも、具体的な数字の計算です。どうしてかというと、式に出てくる数字をまじめに計算してしまうからです。掛け算や割り算を細かい数字まで筆算で計算していますから、時間がかかります。そのうえ、桁数をたくさん取りすぎて足し算や引き案をするときに位取りを間違えてしまいます。まじめなだけに、細かいところまで正確にという意識が強すぎるのです。

EJUの問題では、ほとんどの場合、有効数字2桁で答えを出せばいいです。2桁でいいとなると、途中の計算はせいぜい3桁までで十分です。しかも、EJUでは選択肢が出されていますから、問題によっては最初の1桁を出しただけで答えが選べてしまうのです。

それならば、それに対応した計算方法があります。大胆に約分をして思いっきり式を簡単にし、上1桁か2桁を見て答えを得ればいいのです。桁数が少なくなれば間違いも減りますから、速さ正確さともに追求できます。

これを受験のテクニックと言ってしまうと若干聞こえが悪いですが、エンジニアには必須の素養です。概略いくらなのか、それは妥当な数字かどうかというのを素早くつかみ判断できてこそ、一人前のエンジニアです。いわゆる“勘が働く”というやつです。

今、Cさんにはこの勘を伝えている最中です。Cさんにとって6月が勝負の試験ですから、勘を磨き鍛える時間はたっぷりあります。

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流れるように

12月4日(水)

Yさんは今週末が入試の初めての面接です。今まで何校か出願しましたが、どこも書類選考ではねられ、面接まで進めなかったのです。

だから授業後に面接練習となったわけですが、入試の面接については今まで耳学問しかしてこなかったので、部屋の入り方からしてめちゃくちゃでした。やはり、動作は聞くだけでは身に付かないのです。

どうにか着席までこぎつけたので、「Yさんですね。簡単に自己紹介してください」と最初の質問を発すると、いきなり「???」となってしまいました。私も黙っていると、「Yです。〇〇国の××から来ました」。これはちょっと簡単すぎますね。初級じゃないんだから、もう一言何かアピールしたほうがいいです。

「どうして本学を志望したのですか」と聞くと、ここからは立て板に水なんてもんじゃありませんでした。急に早口になり、一方的にまくしたてます。暗記してきたことがもろ見えです。後で聞いたら、志望理由書を丸暗記したとか。それじゃ意味がありません。だって、面接官は志望理由書を見ながら質問するんですから。

約15分将来の計画などを聞き、練習を終えました。感想を聞くと思ったより優しかったと言います。しかし、私に言わせると、Yさんの特徴が感じられる答えがほとんどありませんでした。基本的な質問に対する答えはそれなりに準備されていることはわかりました。でも、Yさんじゃなくても答えられる内容の答えばかり目立ち、私が面接官だったら×ですね。Yさんにフィードバックすると、驚きながらも納得してくれました。

面接は自分を面接官に売り込む場です。セールスポイントのないセールストークじゃ意味がありません。面接はうまくいったと言いながらも落ちてしまった学生は、きっとこれなんでしょう。学生たちに上滑りさせないように指導していかなければなりません。

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4年間の進歩

12月3日(火)

午前中の授業で、クラスの学生の現時点における進路を確かめたからでしょうか、受験講座から戻ってきたらSさんが大学院の研究計画書を見てほしいと、職員室で待っていました。Sさんの専門は社会科学ですから、学問的な部分は手直しできません。Sさんもそこには期待しておらず、文法を見てほしいとのことでした。

読んでみると、さすが超級の学生だけあって、皆目意味不明という文はありませんでした。でも、門外漢の私でも、論理的に見て明らかにおかしいとわかる文はいくつかありました。ただ、その直し方がいくつか考えられ、Sさんの研究内容を詳しくは知らない私には、1つに絞り込むことはできませんでした。訂正案を2つぐらい書いておけば、Sさんなら自分の考えを的確に表しているのを選べるでしょう。

先月はCさんの研究計画書に手を入れました。こちらは化学でしたからある程度以上わかりましたが、Cさんが研究しようとしている最先端分野の事柄となると、やはりついていけませんでした。まあ、私のような40年も昔の専門教育を受けた者がすんなりわかってしまうような内容なら、研究の必要がないのかもしれませんが。

こういう大学院の研究計画書を読むと、大学出願書類の学習計画書など、児戯に類する内容に思えてきます。私でもわかっちゃって、いくらでも作文できちゃうんですからね。逆に言うと、SさんもCさんも、国の大学の4年間でかなりがっちり訓練されてきたのだと思います。それを土台にして、日本で花を咲かせようとしているのです。そういうことがひしひしとわかりますから、赤ペンを持つ手に力が入ります。

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手のひら返し

12月2日(月)

Wさんが大変なことになっています。先学期までは典型的な優等生で、入学以来9月の台風の日に休むまで、無遅刻無欠席でした。それが、今学期に入ってから、ボロボロの状態です。私は毎週月曜日にWさんのクラスに入りますが、ほとんど姿を見かけません。

担任の先生は、もちろん何度となく注意しています。しかし、一向に効き目がありません。原因として考えられるのは、「合格」です。第一志望校に進学が決まり、緩みまくっているとしか考えられません。受かった日にどんちゃん騒ぎをして翌日休んじゃったというのなら、それもいいことではありませんが、まだ理解の範囲内です。しかし、2か月も合格祝いが続くわけがなく、たまに出てきたときは元気そうだと言いますから、何をどう考えていることやらわかりません。

今までにも、合格したら来なくなったという学生はいました。しかし、そういう学生はもともと危ないにおいを放っていましたから、何となく見当がつきました。Wさんのように出席に関しての模範生から真っ逆さまの転落という例は、非常に珍しいです。入学以来1年以上にわたって出席率100%という学生は、それなり以上に志操堅固ですから、合格したとしても大崩れすることはありませんでした。10月・11月と札付きの問題児になってしまったWさんにいったい何があったのでしょう。話を聞こうにも、そもそも学校へ来ないのですから、聞きようがありません。

優等生というWさんの仮面を見抜けなかった私たちに、人を見る目がなかったのでしょうか。だとしても、消え去ることのない裏切られた気持ちで、出席簿のWさんの欄に「欠席」を記録しました。

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ひょっこり

11月30日(土)

私が昼ご飯を食べに外出している間に、Oさんが来たそうです。Oさんは、今週は全然授業に出ませんでした。先週も姿を見ていません。電話やメールで連絡を取ろうとしてもなしのつぶてで、国元に現状を訴えて、そちら経由で無事を確認したほどです。

前々からそんなに出席率がよくない上にこの調子ですから、今学期でやめてもらうことにしています。そういう話を先ほどのルートで伝えたら、3月までやりたいと言ったとか言わないとか。どちらにしても私の気持ちは変わりません。昼に来た時顔を合わせたM先生によると、以前と変わることなく、やつれた様子もなく、元気そうだったとのことでした。勉強やる気なしが、欠席の最大の理由と判断していいようです。

働きアリは、2割ぐらいがサボっているそうです。その2割を取り除けると、いつの間にか、今まで働いていたアリのうち2割が働かなくなるのだそうです。学生もこれに似ていると、よく思います。私たちがどんなに口を酸っぱくして出席しろと言い続けても、授業のやり方を工夫して楽しく勉強できるようにしても、逆に休んだらついていけなくなるようにしても、一定数の学生は休むのです。OさんはBBQすら休んでいます。来た学生はあんなに盛り上がっていたのに…。

こうなると、残念ながら、Oさんの日本留学は失敗だったと結論付けざるを得ません。Oさんが、たとえ自分の行く末に真剣に悩んでこの2週間学校へ来られなかったとしても、そして、ようやく進むべき道筋を決めて心機一転その道に邁進しようと思っていても、今の日本の留学制度では留学を続けるのは難しいでしょう。来週は学校へ来ると言っていたそうですから、その時じっくり話しましょう。

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みのす

11月29日(金)

「すなおの“す”って、どういう字?」と聞くと、すぐに「げんそ(元素)の“そ”」と、ボソッと答えたのが理科系のSさん。Sさんの目を見て、「私はわかってるよ」というサインを送り、でも、「元素」じゃクラスの他の学生には通じないでしょうから、別の答えを求めました。

すると、「みのすの“す”」という声がAさんからあがりました。みのすなんていう漢語は聞いたことがありませんから、「みのす?」と聞き返すと、Aさんは「みのそ」と言い換えました。つまり、さいごの“す”とか“そ”が“素”だということなのでしょうが、じゃあ、“みの”は何でしょう。みなさん、何だと思いますか。

上級の授業では、漢字を書かせるだけではなく、口で説明させることもよくあります。「ごんべんにただしい」「うかんむりにおんな」みたいに部首を駆使して字を特定するところまでは至っていませんが、「領収証の“証”」「安全の“安”」ぐらいは言えるようになりました。「しょうめいの“しょう”」と答えたら、私は“照”とボケますからね。

だから、Aさんは私にボケる余地を与えまいと、「みのすの“す”」と答えたのでしょう。しかし、“みのす”ではボケるどころか元の単語すらわかりません。本気でわからない顔をしていたら、「あじのす」とAさん。わかりましたか。“みのす”とは“味の素”だったのです。

それにしても、よく「味の素」なんて単語を知っていましたね。正式社名としては存在しますが、商品パッケージなど、消費者の目に触れる場面ではほぼ100%ローマ字表記じゃないでしょうか。Aさんは、昔ながらのあの懐かしい調味料の小瓶を使っているのでしょうか。

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自分を見つめる

11月28日(木)

Jさんは、自分のアピールポイントがないと言います。また、短所ばかりで長所はないとも。受験講座の後に面接練習を始めようとしたら、いきなりそんな話になってしまいました。

確かに、大学入試の面接でそんなことを聞かれることもよくあります。これは、面接官の興味の対象というよりは、受験生が自己分析できているかどうか、受験生のコミュニケーション能力を試す質問と言ってもいいでしょう。ですから、どう答えてもいいのですが、「ありません」という答えだけはいただけません。自分のことがわかっていないとか、コミュニケーションを拒否しているとか受け取られてしまうかもしれません。

そんな話をすると、「じゃあ、うそを言ってもいいですか」と聞かれました。それは、自分と向き合おうとせずに一時逃れをするにすぎません。ちょっと突っ込んだ質問をされたら、簡単に見破られてしまいます。嘘を信じ込んで最後までつき通せば面接官をだますこともできるでしょうが、20歳になるかならないかのJさんに、そんな年寄りのよからぬ人生経験に基づいた悪知恵を授けるわけにはいきません。真正面から自分自身を見つめ直してもらうほかありません。

入試直前の面接練習で完膚なきまでにやっつけたSさんが、第一志望校に合格しました。本番の面接では、私の質問よりはるかに易しく友好的な質問だったそうで、Sさん自身も合格の手ごたえがあったようです。Jさんの試験日は2週間ほど先なので、これからビシバシ鍛えてSさんのレベルのまで引き上げなければなりません。次の約束は、来週の火曜日です。どこまでやってくるでしょうか。

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