Category Archives: 授業

期待していいのかな

12月6日(金)

昨日のこの稿に登場した初欠席のJさんは、朝からちゃんと出席しました。それどころか、授業後、担当のS先生に昨日の授業内容を全部聞いて帰ったそうです。期末タスクの準備も、グループの中心になって進めていたと言います。この調子なら、大崩れすることなく卒業式まで行くでしょう。

さて、その期末タスクですが、社会問題について調べて、グループで発表するというものです。そのグループは教師が決めます。成績≒日本語力、リーダーシップの有無、国籍、人間関係、テーマに関する知識量、まじめに毎日出席するかなどといった事柄を勘案し、学生を割り振ります。

このように書くと、教師は何でも知っていて、最適なグループを瞬時に作っているようにも見えますが、実は違います。あれこれ考えて、シミュレーションを重ねて、自信など全くないのに、このグループ分けなら絶対うまくいくよという顔をしながら発表するのです。

今回は成績があまりよくない学生を集めたグループがありました。グループ内の力の差がありすぎると、できる学生がこの課題を通して伸びていかないおそれがあるのです。それを避けるために、勝負に出たといったところです。社会問題について日本語で話し合えるだろうかと一抹の不安を抱いていましたが、全くの杞憂でした。むしろ、このグループが一番楽しそうにやっているように見受けられました。

もちろん、発表を見なければ最終判断はできませんが、果敢にかつ笑いを絶やさずテーマに取り組んでいる姿には、大いに期待が持てました。この発表がうまくいけば、このグループの面々も、自分の日本語に自信が持てるようになるのではないかと、秘かな期待を抱いています。

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スマホ対作文

11月29日(金)

今週も作文の日が来ました。おとといのこの稿に載せたように、上手すぎる作文を書いたLさんに事情聴取しようと手ぐすね引いて待ち構えていたのですが、何と欠席でした。思いっきり肩透かしを食らいました。授業後に電話をかけてみましたが応答せず、いったい何をしているのでしょう。

気を取り直して先週の作文を返却し、話し言葉が混じっているとか、文の最初と最後が合っていないとか、自分の主張を強化する構成を教えたのにそれができていないとか、フィードバックとも採点者としての愚痴ともつかない感想を並べ立てました。そして、新しいテーマを与え、もう一度こういう構成で書けと指示を出し、教科書やノートは参考にしていいけれどもスマホは禁止だと改めて確認し、書いてもらいました。

しばらくはおとなしくしているだろうと思い、出欠状況を入力し、また教室を見渡すと、RさんとJさんがスマホを手にしているではありませんか。注意すると、「単語を調べました」とJさんが少し不満そうに答えました。スマホで調べなければわからないような単語を使ってほしくないからスマホ禁止にしているのです。そういう単語を使うと、ほぼ間違いなく、その単語だけが浮き上がった不細工な文になります。

しばらく経つと、黙々と書いていたSさんがスマホに手を伸ばしました。「先生、できました」と言います。一応、原稿用紙は埋まっています。私が読んでみると、2行目に間違いがありました。それを指摘し、ほかにも同じような間違いがないかどうか、自分で読み直せと指示しました。他の学生の様子を見て、フッと振り返ると、Sさんはまたスマホを見ていました。すぐにSさんのところに戻り、原稿用紙を見ると、私が指摘したところは直してありましたが、数行下のそれと同じ間違いは手付かずでした。それを指さし、「こういうのがいくつもあるはずだから、最初から最後まで全部読み直しなさい」と言い、今度はその場を離れませんでした。Sさんは渋々読み直しました。

今度は最後まで読みましたが、一緒に目を動かした私が見つけた間違いはすべてスルーして、“読み終わったからもういいでしょ”と言わんばかりの目つきで私を見上げました。こことこことここが間違っていると言われたSさんは、直し始めました。

そんなやり取りをしている間に、Dさんがスマホを見始めていました。Rさんもいつの間にかスマホをいじっていました。振り返ればMさんも。学生にとって、作文の時間は1秒でも早く書き上げてスマホを楽しむ時間に過ぎないのでしょう。そうして提出された作文に間違いが1つもなければまだしも、誤字脱字ねじれ文、何でもありなんですから、添削する側はたまったものではありません。

私なんか、1日全くスマホを見なくても平気なんですがねえ。

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ガイシツ

11月13日(水)

「…外出しないでゆっくり休んでください」という教科書付属の会話スキットの音声を流した直後、Lさんが質問しました。「先生、ガイシツでもいいですか」。一瞬何のことかわかりませんでした。音声をもう一度流してみると、確かに「…ガイシツしないで…」とも聞こえます。いや、ガイシュツよりもガイシツ寄りでした。

私たち日本人は、「シュ」を「シ」と発音してしまうことがよくあります。「胃のシジツを受けた」「けが人をキュウシツした」などというような、厳密にいえば発音ミスを耳にしたり口にしたりしています。これを「胃の史実を受けた」「けが人を吸湿した」などと受け取る人はいません。

だから、冒頭のスキットの声優さんも、日常的に「ガイシツ」と言っていて、それで誤解を生じさせたことは一度もなく、だからこそ、無意識に「ガイシツ」と言ってしまったに違いありません。同時に、教科書の編集者も、この発音に全く違和感を持たなかったのでしょう。

そんな事情を知らないLさんは、発音が間違っていると受け取ってしまったのです。上述のような事情をごくかいつまんで説明すると、「漢字テストの時は?」と更なる質問が出てきました。これは学生としては当然ですね。もちろん、「ガイシュツと書いてください」と答えました。「会話テストは?」「ガイシュツと発音してください」。

答えながら、私はLさんの耳に感心しました。ガイシュツ/ガイシツを聞き分けられたのですから。明らかに違う発音だと感じたので、自信を持って質問できたのです。学期の最初は自信なさげだったのですが、中間テストの前日、学期の半分で力をつけたものです。

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心地よい疲れ

11月12日(火)

朝から1日中研修を受けてきました。研修なんて、何年ぶりでしょう。別に勉強が嫌いなわけではなく、私の場合、日本語プラスのいろいろな科目を引き受けている都合上、そう簡単に出られないのです。EJUも終わったことだしということで、特別に1日だけ休講にしてもらい、出かけてきたという次第です。

ゆうべは遅かったので睡眠不足気味ですが、学生に授業中寝るなと注意している手前、自分が居眠りをするわけにはいきません。講義が始まる前にたっぷりコーヒーを飲んでおきました。でも、そんなことは全くの杞憂でした。知らなかったことを知るというのは楽しいものです。自分の仕事に引き付けて考えられる内容でしたから、なおのこと興味が引かれました。

昼食は、食べ過ぎると午後からまぶたが重くなりかねませんから、少なめに抑えました。もちろん、食後のコーヒーはたっぷりと。会場の周りを歩いて、体を動かすことでも目を覚ましました。

午後は、午前中の聴講形式ではなく、グループディスカッションでした。ですから、眠くなっている暇などなく、お昼に補った糖分をすべて脳に回して課題に取り組みました。グループのメンバーの発言も、他のグループの意見も刺激になり、脳が活性化されました。私の意見も、多少は他のメンバーに刺激を与えたようでした。

KCPの午前午後の授業時間に相当する時間、講義を聴き、演習に取り組みました。ずっと座っていましたから肉体的には疲れていないはずなのですが、研修が終わってからしばらくは立ち上がれませんでした。日本語プラスをたくさん受講している学生たちも、こんな感じなのでしょうか。

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成長

10月30日(水)

水曜日は、週に1回の初級クラスの日です。週1の初級クラスというと、毎週学生たちの伸びを感じます。先週できなかったことができるようになっていたということがよくあります。

Kさんもそんな1人で、モニターを見ろと言っても教科書から目が離れなかったのが、画面を見ながらオリジナルの会話が作れるようになっていました。まだ完全に教科書を手放したわけではありませんが、教科書に頼らずに歩き出す兆しが感じられました。

Cさんは、テストはよくできるのですが、話す力はイマイチどころかイマサンぐらいでした。担任のN先生があおったこともあるのでしょうが、全体への問いかけに真っ先に答えてくれました。授業の終わりごろには、習ったばかりの表現に関する質問さえしてきました。先週までと比べたら、長足の進歩です。

Jさんはもともとよくできる学生でしたが、それに磨きがかかっていました。今学期受け持っている中級クラスのできない学生よりも、よっぽど気の利いたことが言えます。中級クラスに連れて行って、会話の授業かなんかに入れたら、中級クラスの学生の刺激になるでしょうね。

そんなクラスですから、こちらもうれしくなってついつい力を入れてしまいます。午前中は雨が降って肌寒ささえ感じたのですが、午後クラスの授業の最中にはうっすら汗をかいていました。それだけ力を込めれば全部吸い取ってくれそうな気がしますから、気分が乗ってくるのです。

今週もたっぷり種をまきましたから、来週も豊年満作を期待して教室に入ることにします。

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楽しかった?

10月28日(月)

9時3分前ごろに教室に入ると、学生が3分の1ぐらいしかいませんでした。毎朝している漢字復習テストの準備をしているうちに駆け込みの学生が数名入ってきましたが、それでも欠席が3分の1ほどいました。うち1名は事前に連絡があったのですが、他は理由不明です。漢字テストが終わった頃に2名入ってきましたが、いつになく欠席の多い日になりました。BBQ疲れだとしたら、若いのにずいぶんと尾を引いたものです。

BBQの感想を聞くと、みんなから“楽しかった”という声があがりましたが、Gさんは服に煙がしみ込んで、いつまで経っても臭ったと言っていました。Gさんは料理作りに力を込めていましたから、必然的に煙をたくさん浴びて、Gさんの衣服は肉やら調味料やら香辛料やら様々な臭いを吸い込んだのでしょう。これを名誉の負傷と言ったら無責任すぎますかねえ。表情からすると、GさんもBBQで活躍したことを訴えたかったようにも感じました。

さて、授業は、今までに自分が読んだ本、見た映画・アニメ・ドラマなどを紹介するという課題に取り組みました。こんな表現を使って、こんな感じの文章にするんだよというのを示して、学生たちに書いてもらいました。形も示したのですから、書く時間は15分かせいぜい20分もあれば充分だろうと思っていたところ、みんな黙々と書き続け、30分もかかってしまいました。数人のグループに分かれて発表し合い、各グループの最優秀作品をクラス全体に発表してもらいました。これが思いのほか出来が良かったのです。授業後、回収した紹介文を読んでみると、私が読みたくなる、見たくなる作品がけっこうありました。

“よくやった”と言ってやりたくなりましたが、BBQの感想が“楽しかった”ではいけませんでしたね。もっと厳しく追及して、紹介文並みの感想を引き出すべきでした。

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作文よりスマホ

10月18日(金)

「先生、できました」と言って、Rさんが作文を提出しようとしました。まだ20分ほど時間があります。他の学生はまだ一生懸命課題に取り組んでいました。「もう一度読んで、間違いを1つでも減らしてください」と言って、原稿用紙は受け取りませんでした。

しばらくしてまたRさんの机まで行くと、原稿用紙を机の上に置いてスマホをいじっていました。原稿用紙を取り上げて読んでみると、1行目から漢字のふりがなに間違いがあり、「ょ」を前の字と同じマスに入れてしまっており、さらに助詞の脱落も発見し、とてもじゃないけどそのまま受け取れる代物ではありませんでした。それらの間違いを指摘して、同じような間違いがきっとあるから読み直して訂正しろと命じました。この時点でまだ10分以上時間がありましたが、読み直した様子はありませんでした。

まだ、Rさんの作文をきちんと読んでいませんが、おそらく細かい間違いが山ほどあることでしょう。文構造や段落構成に欠陥が見つかるかもしれません。となると、減点に減点が重なり、合格点が取れないおそれも十分に考えられます。例文レベルならなんとなくごまかせても、作文となると日本語を書く力の差は如実に現れます。

最大の問題点は、気持ちがスマホに行ってしまっていたことです。作文を書く際は、教科書やノートは見てもいいですが、スマホ禁止です。それに耐えられず、作文はいい加減に書いて、一刻も早くスマホの世界に入り浸りたかったのでしょう。

レベルの採点基準に沿って採点してみます。その結果、減点が多すぎて、赤点どころかマイナスの点になっても、その点数をRさんに突き返してやります。

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お金持ちになりたい

10月9日(水)

今学期の水曜日は、初級・レベル2のクラスです。このレベルは知っている顔が全くなく、予備知識もありません。しかも、私が入るクラスは新入生が6人とか7人とかとのことですから、先学期の受け持ちの先生からの情報もすべてを覆うには程遠いです。自分の目で学生の性格や実力を確かめながら、自分の手でクラスの雰囲気を作り上げていくほかありません。

先学期同じクラスだった学生もいるはずでしたが、どうやら新入生が最大派閥のようで、あまり目立ちませんでした。そんなわけで、学生側もけん制し合っているような感じがしました。そのため、最初のうちは教室のムードが硬かったです。

そのムードがやわらいだのは、今学期の行事としてバーベキューを紹介した時です。クラスの中では年上のCさんがおいしそう、おもしろそうと声を上げたおかげで、クラス全体がなんとなくべーべキューは楽しい行事だという空気に包まれました。バーベキューでどんな料理を作るかなど、これからクラスの話し合いが持たれますが、案外スムーズに進むかもしれません。

最終的にクラスが盛り上がったのは、最後の自己紹介の時間でした。私も意識的に突っ込みを入れましたが、明るい笑い声が出てきました。このクラスにはラーメンが好きな学生が多く、お金持ちにもなりたく、なぜか小説家志望が2人、お好み焼きは広島風が支持され、…などということがわかりました。

最後に私が自己紹介をし、山口県に住んでいたことがあると言ったら、山口弁をせがまれました。「もう4:42か。45分になったらみんなすぐ帰るつもりでしょ。でも新入生はオリエンテーションがあるから帰っちゃだめだよ」と山口弁で言ったら、誰も全然わからず、これもまた最後の盛り上がりに貢献しました。

このクラスは週1回ですが、来週が楽しみです。

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行くべ

10月7日(月)

新学期の準備が着々と進んでいますが、私は毎日のように養成講座の授業をしています。養成講座はオンラインでも受講できますが、わざわざこちらまで足を運んでくださるのですから、オンラインではできないサービスをしています。

その1つが、辞書や参考書の紹介です。最近は何でもネットで調べられますが、ネットでは調べがつかないことが載っている辞書や参考書の実物をお見せします。「日本語類義表現使い分け辞典」などというのは、その代表格でしょう。また、学習者向けの参考書も、普通の日本人が普通に日本語を使う際には全く不要ですが、日本語教師にとっては学習者の視点を知るうえで大いに役に立ちます。「セルフマスターシリーズ」や、「日本語文法演習」のシリーズがこれに当たるでしょうか。まだまだお見せ」していない本がありますから、追い追い紹介していこうと思っています。

もう1つ、方言の日本語文法なんていうのもやることがあります。もちろん、授業で正式に取り上げるのは共通語であり、学習者に教えるのも共通語です。これは東京近辺で使われている日本語が元になっています。しかし、地方地方に方言があります。その文法の根幹は共通語と同じですが、細部において違っていることがあります。

例えば、主に東北地方で使われる「べ」です。「行くべ」(実際の発音は“イグベ”に近いですが、文法解説上“イクベ”にしておきます)といえば、相手に声をかける状況なら「行きましょう」、その場にいない人についていうなら「(彼は)行くでしょう」となります。つまり、東北地方における「べ」は、共通語の「ましょう」と「でしょう」という、接続する動詞の活用形が違う2つの文末表現に相当するのです。さらに、終止形が“る”で終わる動詞に付くときは、「(帰るべ⇒)帰っぺ」「(食べるべ⇒)食べっぺ」のように、音便もあります。

共通語においては、ナ行五段動詞は「死ぬ」しかありませんが、山口県では「いぬ(去ぬ)」もあります。「今日は早ういなにゃいけん(今日は早く帰らなければならない)」「太郎は、はあ、いんだでよ(もう帰った)」のように、ごく当たり前に活用します。

こんな話をすると、その地方出身の受講生は、「ああ、そうだ、そうだ」という顔をされます。そうじゃない方は、「えっ、そんな日本語あるの?」と、目が点になります。

方言の日本語文法を系統的に研究したら、さぞかしおもしろいだろうなあと思います。

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フル回転

9月26日(木)

学校的には期末テストでしたが、私は養成講座の新しい受講生に文法の講義をしました。普段日本語の文法など意識したことのない人たちに日本語文法の発想法を植え付けていくのが、この文法の講義の主たる役割です。今までとは違う角度から、自分の使っている日本語を見つめ直してもらう、と言ってもいいでしょう。

可能動詞の説明をした後、「さあ作ってみましょう」と動詞を示して作ってもらうと、予想通り、“来れます”“食べれます”という答えが返ってきました。「9割がたの日本人がこう言っていると思いますが、日本語の教科書ではそうなっていないんですねえ」と訂正を求めましたが、“来られます”“食べられます”がなかなか出てきませんでした。それだけ、“来れます”“食べれます”ががっちり定着しているのだと感じさせられました。おそらく、学校の国文法の時間に“来られます”“食べられます”と習ったことはすっかり忘れているのに違いありません。いや、そう習う前から“来れます”“食べれます”と言っていたはずですから、“来られます”“食べられます”と先生が言っても意識されなかったのかもしれません。

ここで説明すると長くなりますから省略しますが、“来れます”“食べれます”は、可能動詞の作り方として合理的な面もあります。上述のように大半の日本人の支持も得ていますから、何がなんでもダメと否定するつもりはありません。でも、教科書が“来られます”“食べられます”となっているのに、教師が“来れます”“食べれます”と言っていたら、学習者は混乱するだけでしょう。

“来られます”“食べられます”に限らず、これから驚くことばかりだと思います。講義終了時に受講生に感想を聞いてみたら、「頭がフル回転しています」と言っていました。次回は来週ですが、しばらくはフル回転を続けてもらいます。糖分をたっぷりとって、脳が栄養十分の状態で講義室にいてくださいね。

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