Category Archives: 日本語

緊張

9月30日(金)

約束の時間10時ぴったりに、スーツに身を固めたMさんが来ました。髪もきちんと整えられていて、一瞬、大学か専門学校かの方かと思いました。明日の10時にD大学の面接がありますから、そのちょうど24時間前に面接練習をしようというMさん流のこだわりです。

Mさんは、受験講座や進学相談などで私とは何回も話したことがあります。去年、オンライン授業をやっていた頃からの付き合いです。顔見知りなんていうもんじゃありません。しかし、ノックして教室に入った瞬間から顔つきが違っていました。案の定、「そういう勉強をしようと思ったきっかけは何ですか」と聞いたら、「子どもの頃…」と言ったきり、固まってしまいました。1分ぐらい待ちましたが、うつむいたまま、ピクリとも動きませんでした。

質問を別のに替えたら答えられましたが、いつもの元気さと日本語の滑らかさがありませんでした。一通りやってみたあとで話を聞くと、やはり、頭の中が真っ白になってしまったとのことでした。MさんはEJUの成績が今一つですから、面接で点を稼ぐ必要があります。Mさんの日本語なら逆転でD大学に受かる可能性が十分見込めると踏んで、D大学に勝負をかけたのです。言葉が出てこなくなってしまったら、勝ち目はありません。

Mさんには、答えがすぐに出てこなかった時の対処法を教えました。そうしたら、少しは安心したようで、表情に余裕が出てきました。いざという場合のお守りですが、実はある程度の日本語力がないとできません。でも、私はMさんならできると信じています。

Mさんはその緊急避難方法を聞いて、自分にできると思ったのでしょう。どうやら、どん底は脱したようです。

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進学するには

9月29日(木)

朝、D大学の方がいらっしゃいました。D大学は、KCPからもほぼ毎年進学者がいる芸術系の大学です。進学した学生の近況や入試制度の説明に来てくださいました。進学した学生たちは、どうやら順調に勉強や研究を進めているようです。

入試の方では、話せなければ合格できないと繰り返していました。腕がよくても、制作意図などがきちんと説明できなかったら、合格はさせないそうです。芸術系大学でも、技術より日本語だ――と、私たちも何度も何度も注意しています。過去にそういう学生が、1人や2人ではなくいましたから。それでも学生たちに通じないんですよね。大学の留学生入試担当者のこういう生の言葉を聞かせてやりたいです。

話す力だけではありません。日本語で行われる、専門用語がバンバン飛び交う講義を耳で聞いて自分のものにするだけの理解力も必要です。留学生の場合、ある日の講義についていけなくなると、わからないことが雪だるま式に増えて、芸術系ではそれが作品制作にも悪影響を及ぼします。一番打ちのめされるのは本人です。

学生にしたら、日本語学校の授業は自分が本当に勉強したいこととは違います。だからやる気がわかないということも、よく耳にします。じゃあ、本当に勉強したいことを扱う授業についていけるのかといったら、そんなことを言っている学生は絶対に無理です。確かに、進学してから日本語力が大きく伸びた学生もいます。D大学に進学したHさんもその1人です。でも、そういう人は逃げません。できない自分と正面から向き合っていました。

D大学の出願は、来週から始まります。

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出直し

9月27日(火)

昨日から、先週行った上級の実力テストの結果をまとめています。どういうまとめ方をしても、Kさんがぶっちぎりの1位です。Kさんを東の横綱としたら、西の横綱は不在ですね。そのくらい差がついて、大関がTさんとZさんです。その次ぐらいから団子になって、三役クラスが数人、以下、前頭が20人ぐらい、十両が同じくらい…と続きます。試験日に欠席した学生は、番付外です。

Kさんは、6月のEJUでも、聴解・聴読解、読解、記述、すべて最高点でした。私のクラスではありませんが、もし、私のクラスだったら、Kさんの答案をまっ先に採点して、それを模範解答にして他の学生のテストを採点しますね。こういう学生が1人いると、教師は非常に楽です。いや、その前に、Kさんに満点を取らせない試験問題を作ることに精力を傾けるでしょう。横綱に土を付けるべく作戦を練る平幕力士の心境です。

さて、実力テスト番付の幕下にもならない位置に、Sさんがいます。SさんとKさんの日本語を比べたら、学生と教師くらいの差を感じます。Kさんには手加減せずに話せますが、Sさんには表現を選びます。Kさんの話はそのまま受け取れますが、Sさんの話は脳内同時通訳を介してから理解します。先日も「ズボンが自転車に入れて、自転車が壊れました」と言っていました。ズボンの裾が自転車に巻き込まれたんですよね。

そのSさん、自分自身でもテストができなかったことを痛感し、来学期は下のレベルで勉強したいと、担任の先生に申し出たそうです。超低空飛行で、中間や期末の試験の点数だけかろうじて合格点を取るということを繰り返し、上級まで来てしまったことが、こういう形で現れたのです。それに気がついただけ、Sさんは偉いです。卒業までの半年で、自分の基礎の抜け穴をしっかりふさいで進学してもらいたいです。

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ああ言えばこう言う

9月17日(土)

受験講座EJU日本語が終わって職員室に戻ると、KさんからB大学の面接の想定問答がメールで届いていました。今週の月曜日に1回目の指導をして、それを踏まえて訂正した原稿です。

読んでみると、確かに私の注意したことが反映されていました。ホームページやパンフレットに書かれていることをそのまま引き写すのではなく、自分なりに咀嚼解釈して、「私はその内容をこのように受け取りました」という形にまとめるよう指導しました。ご丁寧なことに、Kさんが参考にしたホームページが貼りつけてありました。しかし、文言を少しいじっただけで、そのページでB大学やKさんの志望学部の先生方が言わんとしていることを理解しているとは言い難いです。そもそも参考にすべきところを間違えているという例もありました。

上級の学生にとっても、志望校が発信している情報を受け取って、必要なところを選び出して、読んで理解して、その内容を要領よくまとめて文章化するというのは、かなりの難題です。でも、それをどうにかしないと、志望校に手が届きません。Kさんが狙っているB大学は、今までにKCPの学生が何人も跳ね返されています。いい加減な答え方では望ましい結果が得られないことは明らかです。

結局、Kさんの想定問答に手を入れるのに、午後の時間のほとんどを使ってしまいました。それでも、意味不明で理解不能、手の施しようのない答えがいくつかありました。でも、このくらいの方がいいのかもしれません。これはあくまでも“想定”問答集です。B大学の面接官が絶対聞いてくる質問ではありません。また、完璧な答えだと、頑張り屋のKさんはそれを暗記しようとするのが目に見えます。暗記は緊張に弱いものです。緊張して頭が真っ白になったら、何も出てきません。また、“想定”外の質問が来ると、脆くも崩れ去る懸念があります。そう思うと、抜け落ちがあるくらいでちょうどいいのかもしれません。Kさんにも、直せとは指示しませんでした。

試験日までひと月ほどあります。これからどう展開するでしょう。

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お昼の公演でみんな好演

9月14日(水)

お昼に、演劇部の発表会がありました。出し物はアラジン。演劇の公演を想定して設けたステージではありませんから、照明もよくないし、マイクも音を十分に拾っているとは言えません。でも、演劇部の面々は、アラジンっぽい衣装に身を包み、精一杯声を張り上げ、体を大きく動かし、ステージの端から端まで使って、日ごろの練習の成果を見せてくれました。

私のクラスのCさんやLさんも、午前中の授業で指名した時の蚊の鳴くような声とは打って変わって、講堂の内番後ろで見ていた私にも聞こえる声でセリフを言っていました。発声練習もしているのかどうかわかりませんが、マスク越しでもよく通る声でした。なんだ、大きな声も出せるんじゃん。

30分近い公演でした。出演したどの学生も、けっこうな量のセリフをこなしていました。授業中はつっかえつっかえ教科書を読んでいるかもしれない学生たちが、演技をしながらよどみなく話しているじゃありませんか。よどみがなさすぎて、セリフが上滑りしていた場面もありましたが…。ステージに立ったりマイクを握ったりすると人が変わるという例はよく聞きますが、演劇部の面々は好ましい方向に変わった観たようです。こういう経験が、学生の自信を生み出してくれればと思っています。

ステージが終わった後、演劇部全員で写真を撮っていました。マスクを外したら、自然に笑顔が浮かんできたようです。指導をしてきたN先生も、昨日までの心配げな表情が嘘のような晴れがましい顔で隅に立っていました。

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コトバデー

9月5日(月)

7月に予定されていましたが、感染拡大のため延期していたコトバデーを開催しました。スピーチコンテストがクラス代表のスピーカー1名で競っていたのに対し、このコトバデーはクラスの学生全員が出場します。ですから、今学期はどのクラスも密かに練習に励んでいたのです。

残念だったのは、立派な会場を使う予定だったのが、延期したために6階講堂になってしまったことです。ステージも狭ければ音響設備も貧弱で、しかもzoom配信で発表を聞くことになり、当初の計画とはだいぶ違うものになってしまいました。しかし、現在の感染状況に鑑みると、このあたりが精一杯かもしれません。

そんな悪条件にもめげず、学生たちは練習の成果をステージ上で見せ聞かせてくれました。結果として練習期間が延びたおかげで、朗読など、教室で指名されて読解の教科書を読むときより数倍上手でした。まず、つっかえないし、イントネーションもかなり改善されているし、学生によっては感情も込めていたし、この経験を“やればできるんだ”という自信につなげてほしいと思いました。

スピーチコンテスト部門に参加した学生たちは、みんな自ら立候補しただけあって、主張も明確だったし、相当練習したんだなと思わせられる話しっぷりでした。他人とは違った視点で物事を捕らえた発表もあれば、自分の偽らざる気持ち・決意を表明したスピーチもあり、以前のスピーチコンテストに勝るとも劣らぬレベルだったことは確かです。

学生たちには、これを機に話すことに目を向けてもらいたいと思います。話すことはコミュニケーションの基本です。入学試験でも進学後も就職してからも、コミュ力は必要不可欠です。このコトバデーが、そんなことに気付くきっかけになってくれればと思います。

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力を伸ばすには

9月2日(金)

A先生の代講で、中級クラスに入りました。まずは漢字テスト。漢字の読み書きだけではなく、漢字の時間に出てきた語彙を使って例文を作る問題もあります。学生の力を見るには好適な問題です。

授業後、採点してみると、漢字の読みができていませんでした。濁音か清音か、長音になるかならないか、促音の有無など、引っ掛かりやすいところでみんなつまずいているようでした。日本語の音が完全に入っていないのかもしれません。このクラスの学生は日本語力が今一つだと聞いていましたが、こんなところにその一因があるような気もしました。

例文は、上述のようなミスには目をつぶると、語彙の意味が全然わかっていないようなものはありませんでした。しかし、初級で勉強してきたはずの小技が使えないんですねえ。「お酒を飲んで泥酔しました」じゃ、〇はあげられません。せめて、「お酒を飲みすぎて泥酔してしまいました」としてもらいたいところです。まあ、これはこのクラスの学生に限ったことではなく、中級の学習者全般に当てはまりますが。

音がきちんとつかめていないと、正確な発音ができません。すると自分の発話力に自信が持てなくなり、黙ってしまいます。相手の発話も聞き取れないとなると、コミュニケーション力などゼロですよ。小技なしの文を並べ立てられたら、日本語教師以外の日本人は違和感にさいなまれて頭痛がしてくるでしょう。自分の心のひだを伝えられなかったとしたら、これまたコミュニケーション力に“?”を付けざるを得ません。

どちらも、学生独りでは力を伸ばしきれないでしょう。教師が、腕を引くのかお尻を押すのかわかりませんが、学生のお手伝いをすることが必要です。

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調べても

8月30日(火)

「『個』と『つ』はどう違いますか」とK先生に聞かれました。K先生は初級のサポートクラスを担当しています。そのクラスのPさんからの質問だと言います。

Pさんは物を数える時の“1つ、2つ、…”と“1個、2個…”を授業で習いました。「りんごを2個買います」「りんごを2つ買います」はどちらも正しいけれども、本当にこの両者に違いはないのかと疑問に思いました。自分なりに調べてみたところ、『個』は比較的小さい物、『つ』はそれよりもいくらか大きい物に対し使うという解説を見つけました。それをK先生に確かめようとしたのです。みなさんはどうお考えになりますか。

私は、『個』と『つ』の違いは対象物の大小ではないと思います。すいかとみかんは明らかに“すいか>みかん”ですが、「すいかを1個買います」「みかんを1使います」どちらも成り立ちます。むしろ、「山を2つ越えると海です(×2個)」「濃尾平野には大きな川が3つながれています(×個、◎本)」のように、大きな自然物には『つ』を使うことはありますが、『個』は使いません。

特別な助数詞がない物体に対しては、『つ』の方が使用範囲が広いと言えます。また、「条件が2つあります」「自分の長所を3つ挙げてください」のように、抽象的な概念には『つ』です。最近とみに勢いを増している、年齢に関して“1個上”とか“2個下”とかは、誤用ないしは、一歩譲って例外でしょう。

Pさんの場合に問題なのは、『個』と『つ』は対象物の大小で使い分けるという解説がどこかに載っているという点です。Pさんは初級ですから、母語で書かれたサイトを検索したのでしょう。そういう日本語文法解説や辞書は、日本語を母語としない人が書いていることがよくあります。「先生、私の辞書にはこう書いてあります」と学生に主張されることが時たまあります。そういう時はそれを見せてもらい、著者・筆者の名前が日本人っぽくなかったら、堂々と「その辞書が間違っています」と答えます。

日本で日本語母語話者から教わっているのですから、学生にはその感覚を身につけてもらいたいです。生きた言葉がつかえるようになってほしいです。

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出願準備の季節

8月23日(火)

授業後、Tさんが来て、Y大学に書類を送る封筒に貼る宛名シートをカラー印刷してほしいとのこと。Y大学は書類選考のみで合否判定をします。面接試験すらありません。出願書類に志望理由書などもなく、EJUとTOEFLの成績、国の高校での学業状況で選抜するようです。日本語を話すのが苦手なTさんとっては、実に都合のいい入試方式です。10月早々に結果が出ます。

Tさんは、ほかにM大学にも出願しようと準備を進めています。こちらは志望理由書も書かなければならないし、面接試験もあります。その志望理由書、夏休みの最中にメールで送られてきました。ホテルで風呂上がりに読みましたが、妙に日本語がうまいものの、内容的には見るべきものがありませんでした。自動翻訳を使ったのではないかと思われる部分が何か所かありました。Tさんのメールには文法を直してくれと書いてありましたが、文法を直したところでM大学の先生はTさんの志望理由書を全く評価しないでしょう。根本がなっていないのですから、外観を整えても全く無意味です。

そういう返信メールを送ったところ、Tさんは不満だったようで、昨日志望理由書について相談に来ました。どこが悪いか1時間ぐらいかけて説明したら、ようやく理解できたようでした。M大学は締め切りまで少し間がありますから、もう2、3回こうしたやり取りがあることでしょう。それが終わったら、面接練習です。これも一筋縄ではいかないことは、火を見るより明らかです。

Tさんのほかにも、Jさん、Cさん、Kさん、Gさんなどが控えています。暑さが和らぎつつありますが、うなされるような日々が続くのでしょうね。

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親切な説明

8月22日(月)

夏休みは名古屋近辺を歩き回りました。名古屋へ行くのは毎年年末でしたから、博物館などが年末年始休館のため、あまり見学していませんでした。今年のKCPの夏休みは世間一般のお盆と重なり、遠くへ行く足が確保できそうにないと踏んで、この際名古屋をじっくり見てみようじゃないかということになったのです。

最初は名古屋市内をくまなく歩くつもりでしたが、計画を練っているうちにだんだん欲が出てきて、結局名古屋を見たのは1日半ほどでした。その代わり、以前行ったときは駅しか開いていなかった関ヶ原や、ずっと気になっていた刃物の町関や、地理マニアとしては見逃せない木曽三川合流部など、雨の予報を巧みにかわしながら思う存分歩いてきました。

今回は結構多くの博物館に入りました。その中で、展示品の説明がいちばんしっかりしていたのが、カミソリのフェザーのPR施設も兼ねていて無料で入れたフェザーミュージアムでした。私のくだらない質問に、受付の方が工場の方まで呼んできて答えてくれました。おかげで、長年の疑問が氷解しました。

その一方で、展示物の説明がよくわからないので聞こうと思っても誰もいなかったり、いてもろくに答えられなかったりといった博物館が多かったです。説明板の漢字にフリガナを付ければ誰でも理解できると思っているのでしょうか。説明板の文章を読む人などほとんどいないと思って、専門家向けの説明文をそのまま載せているんじゃないかと思えるのもありました。名古屋城の本丸御殿は、説明板ではさっぱりわからず、音声ガイドを聞いてようやく装飾や造りの立派さ、その立派さの背景などが理解できました。割引券の割引額と音声ガイドの使用料とがぴったり同じというのは、計算ずくなのかな。

旅行そのものはとても満足のいくもので、収穫も多かったです。でも、小牧山城とか、志段味古墳とか、まわり切れなかったところに再挑戦したいですね。来年の夏休みもお盆と重なるのなら、また名古屋かな。

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