Category Archives: 日本語

受かっても頭が痛い

12月16日(金)

RさんはT大学の大学院に受かりました。はっきり言って、日本語がよくできる学生ではありませんから、担当教師一同、合格を危ぶんでいました。もし落ちていたら、地獄の日々を歩む羽目に陥っていたかもしれません。きっと、研究計画書が素晴らしかったのでしょう。

さて、そのRさんのクラスでディクテーションをしましたが、Rさんはペンが動きません。他の学生は、間違いはあっても何か書いていましたが、Rさんは番号しか書けませんでした。続いて内容把握の聴解問題をしましたが、こちらもさっぱりでした。

T大学の大学院は、決していい加減な大学院ではありません。きちんとした学生選抜をしているはずです。でも、Rさんの聴解のできなさ加減を見ていると、進学後、授業についていけるだろうか、教授をはじめ研究室の人たちとディスカッションができるのだろうかと、心配にならずにはいられません。

今までのRさんを見ると、選択肢の問題はどうにか点を取ります。しかし、聞いたことを文字にするとか読んだ内容を要約するとかとなると、神通力が薄れてしまいます。だから、大学院でやっていけるだろうかと懸念を抱いてしまうのです。大学院で必要な日本語力は、どう考えても4択問題の解き方ではありませんから。

そうはいっても、合格した限りは最低2年間、講義を聞いたりレポートを書いたり、周りの方たちと議論を戦わせたり、研究計画によってはフィールドワークをしたりしていきます。卒業式まで残り3か月ほどですが、少しでもそういった研究生活にたえられる日本語力をつけていってもらいたいです。

落ちたらもちろん、受かっても心配、因果な商売です。

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すごい歴史のある駅舎

12月10日(土)

朝ご飯を食べながら、旅番組(の録画)を見ていました。レポーターがあるローカル線の駅に降り立ち、「うわー、すごい歴史のある駅舎ですね」と言いました。その瞬間、私は強烈な違和感に襲われました。テレビ画面には木造の古くて格式のありそうな建物が映っていましたから、それを見れば誰だって歴史を感じさせられます。実際、明治時代に開業した時の駅舎ですから、100年余りの歴史があります。

私の違和感の根幹は、レポーターの言葉を「“すごい歴史”のある駅舎」と受け取ったところにあります。“すごい歴史”ってどんな歴史なんだろうという方向に考えが進んでしまったのです。それゆえ、歴史の内容などお構いなしのレポーターの番組進行についていけなくなったというわけです。

“すごい”は、形容詞です。その“すごい”という形は終止形または連体形です。レポーターが発した“すごい”は、“歴史”という名詞の前に置かれていますから、連体形だと考えられ、“すごい歴史”で名詞句を形成しています。これが私の受け取り方でした。

しかし、レポーターは“すごい”を形容詞として使っていません。“歴史のある”にかかる言葉、連用修飾語として用いています。すなわち、“すごい”を副詞として使っています。この“すごい”の副詞的用法、本来の形容詞としての用法よりはるかに広まっています。私が見ていた場面だって、レポーターが「すごく歴史のある駅舎ですね」と言っていたら、逆におやっと感じる人が結構いるんじゃないでしょうか。

でも、「Aさんはすごい背の高い人ですね」だったら、違和感はかなり弱まります。“背の(が)高い”の結びつきが強力で、“背”そこからだけを取り出すことができないからでしょう。“歴史の(が)ある”は、“歴史”だけを分離できる程度の結合の強さなのです。

では、「Bさんはすごいお金を持っている」はいかがでしょう。みなさん“大金持ち”と受け取るでしょうね。「Cさんはすごい車を持っている」はどうですか。車の所有台数が多いのではなく、一度見たら絶対に忘れられないような特徴的な車を(おそらく1台)持っていると考えるほうが普通だと思います。これも、“お金を持っている”は一語のごとく振る舞えるのに対して、“車を持っている”は、“車+を+持っている”と分解するほうが自然だからです。

ちょっと学生に試してみたくなりました。

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しりとり脳

12月9日(金)

宿題として出す漢字パズルの解き方を説明する都合上、しりとりを知っているかという流れになりました。クラス全員がきょとんとしていましたから、しりとりを教えました。ねこ―こども―もり―りんご―ごご…などと学生からあがった言葉をホワイトボードに書いていくと、「ごご」のように同じひらがなが2つ続くなど、次の人も同じ音から始まる言葉を探さなければならないパターンがウケました。笑いのツボは意外なところにあるようです。

しりとりのルールがわかり、宿題のやり方がわかったところで、今度はクラス全体にしりとりの次の言葉を聞くのではなく、学生ひとりひとりに言わせました。前の学生がどんな言葉を出すかわかりませんから、普通の授業以上の緊張していたようでした。

すると、意外なことに、授業中は何を聞いても答えられず、中間テストは散々な成績だったRさんがすぐに反応するんですねえ。他の学生の分もボソッと答えているのです。Rさんよりずっと優秀な成績のJさんは、「うんてん」なんて「ん」で終わる言葉をつい口走っていました。読解や文法の時間には頼りになるNさんも、「こっかい」と聞いて「かいぎ」と、漢字しりとり的な続け方をしてしまいました。Rさんはそんな時にも「いま」などと冷静に単語を選んでいました。

成績的にはRさんといい勝負のEさん、Tさんあたりは、やっぱりさっぱりでした。それを思うと、Rさんにはしりとり脳が備わっているのかもしれません。ここをつついてRさんの成績を伸ばせないものかと思いながら授業を終えました。Rさん、にこにこしながら、元気よく「先生、さようなら」とあいさつして帰っていきました。

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火がつかない?

12月7日(水)

「Dさんはこういうふうに言っていますが、Cさんはどう思いますか」「じゃ、Cさん、次の段落を読んでください」「3番の答えは、Cさん、ホワイトボードに書いてください」

…などというように、Cさんは指名されるたびに、周りの学生に聞きます。そして、何か答えたり教科書を読んだりします。おそらく何もわかっていないのだろうと思います。先学期のテストでぎりぎり合格点を取りましたから今学期このクラスにいますが、本当はこのクラスにいてはいけない学生なのです。

端的に言ってしまえば、聞き取りができないに違いありません。教師の指示や質問がわからないから周りに聞き、授業中の教師の説明がわからないから授業についていけず、クラスが何で盛り上がっているかわからないからみんなが笑っているときにあちこちきょろきょろするのです。

大学院の入試の準備をしていると言っていますが、日本語教師の発話も音声として耳から入って来ないとなると、入試の面接をパスするとは到底思えません。Cさん自身は自信を持っているようですが、その自信の源を見てみたいです。カラ元気ならぬカラ自信ではないかと思っています。

おそらく、初級のオンライン授業の時にいい加減な受け方をしてきたのでしょう。教室だったら声を出して教科書を読ませられるけれども、自分の部屋だったら読むふりだけだったとか、教師の目が届かないのをいいことにぼんやり話を聞いていたとか、そういうことの積み重ねが、ここへきて表れているのです。また、そういう授業の受け方が癖になって、もう直らないのでしょう。

最大の問題点は、Cさんにお尻に火がついている感覚がないことです。

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知りません

12月5日(月)

読解の時間。本文に出てきた単語の意味を確認しました。「“仕事観”って、何ですか、Lさん」と、一番後ろの席で怪しい動きをしていたLさんを指名すると、「知りません」という答えが返ってきました。これをお読みの皆さんが教師だったら、どうお感じになりますか。ほとんどの方がカチンとくるのではないでしょうか。まあ、予習をしてこなかったことに対してカチンとくることは当然として、それ以外にカチンとくる要因は何でしょう。

これは、「知りません」と「わかりません」の違いにあります。「“仕事観”って、何ですか」「わかりません」だったら、カチンの度合いも低かったと思います。

この場合の「わかりません」は、“考えたけれども答えが得られませんでした”という裏側の意味を隠し持っています。曲がりなりにも考えたのですから、しかたがないやという気になります。

しかし、「知りません」は、「情報を持っていません」と主張しているにすぎません。私の質問に対して考えもせずに情報の有無で答えたことに対して、カチンときたのです。読解のテキスト中の言葉なのですから、及ばずながらも考えろと言いたくなります。

日本語学校には、こう答えてしまう学生がおおぜいいます。教師は、自分の頭の中にある自動翻訳機で「知りません」を「わかりません」に置き換えて、腹を立てる前に意味を理解してしまいます。授業を早く進めたいならこれでいいですが、来年進学するつもりでいるLさんには、一言モノ申さずにはいられませんでした。大学の先生にそんな答えをしたら、その授業の単位は絶対にもらえないぞと脅しておきました。へそを曲げる教授がいても、全く不思議ではありません。

「知りません」と口走りそうな面々が、必死にメモを取っていました。

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3行上

11月25日(金)

KCPの学生、特に上級まで来ている学生は、多くが日本で進学します。となると、文系理系を問わず、進学してから必要な日本語力は、まず読解力です。教科書の内容が理解できなかったら、勉強も何もあったものではありません。1年生から2年生に進級できないでしょう。

金曜日のクラスでは、先週読解の予習のしかたを教えました。その予習がどのくらい浸透しているかと思ってふたを開けてみたら、全くでした。「“こうした”は何を指しますか」「この段落の“現場の教師”って、やさしい言葉で言うと何ですか」「“同様”って、何が同じなんですか」などと立て続けに聞きましたが、教室がお通夜よりも静まり返ってしまいました。先週熱弁したかいもむなしく、学生たちは単語を調べただけでよしとしてきたようです。

そして、本当に単語しか見ていないんですねえ。私に質問されて慌ててその前後を見渡しますが、せいぜい1行上までです。3行上の内容にかかわることは、お手上げ状態です。私の板書を感心しながらノートに書き写すだけでは、読解したことにはなりませんよ。

このクラスには、すでに大学院や大学に合格して、進学先が決まった学生もいます。そういった学生も、目先の単語しか見ていません。日本語学校を出たら、日本語をじっくり学ぶ機会はありません。進学先では、日本語を武器として学問を進めていきます。その武器が竹光だったら、留学失敗疑いなしです。

卒業式まであと4か月ほどです。これからよほどの奮起をしないと、夢が夢のままで終わってしまいます。

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変な日本人?

11月17日(木)

「先生、卒業生が来ています」と言われて職員室の外に出てみると、Nさんがいました。サークルのミーティングがKCPの近くであるということで、ちょっと足を延ばしてこちらへ顔を見せに来てくれました。ありがたいじゃありませんか。ついこの前卒業したと思っていたら、来年は3年生になり、サークルの幹部を務めることになっているそうです。同時に就職活動も始めなければならないとぼやいていました。

サークルは250人からの大所帯とのことですから、その中の幹部というと、盛らずとも“ガクチカ”として書いたり話したりできますね。しかも、外国人はNさん1人だけだそうです。でも、よく聞くと、周りの学生はNさんを外国人だと思っていないのだとか。地方から出てきてちょっとなまりのある学生ぐらいにしか見られていないのでしょう。確かに、Nさんと話していると、外国人と話している気がしません。若者言葉がポンポン飛び出してきて、むしろ私のほうが置いて行かれてしまうくらいです。

Nさんに思考回路は日本語で回っているに違いありません。そして、その回転もかなり高速度です。そうでなかったら、あんなに当意即妙に対応できませんよ。GPAも3ぐらいありますから、遊んでばかりの学生生活ではありません。会社に入っても、ONとOFFのメリハリを利かせて、仕事も私生活も充実させることでしょう。企業さんはこういう人材が欲しいんじゃないかな。

「じゃ、先生、また来ます」と言って、Nさんはサークルのミーティングに向かいました。外はすっかり夜でしたが、Nさんの後ろ姿がまぶしかったです。

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また来週

11月7日(月)

授業が終わって教卓近辺を片付けていると、学生たちが「先生、さようなら」と言って教室を出ていきます。こちらも、「はい、〇〇さん、さようなら」と応じました。大半の学生が教室を後にしたころ、「先生、また来週」とOさんに声をかけられました。確かに、私は、今学期このクラスには月曜日しか入りません。次にOさんと顔を合わせるのは来週の月曜日ですから、Oさんからすると“また来週”です。しかし、週の最初から「先生、また来週」じゃ、調子狂っちゃいますよね。ここはやっぱり他の学生と同じように、「先生、さようなら」としてもらいたいところです。

別のクラスのCさんは、「失礼ですが」が口癖です。「先生、失礼ですが、この漢字は何と読みますか」「失礼ですが、もう一度説明していただけませんか」「進学の相談をしたいんですけど、失礼ですが、来週は何曜日ならお時間がありますか」など、「失礼ですが」はあらゆる場面で大活躍です。「失礼ですが」以外の部分は実に丁寧な日本語で非の打ち所がないのですが、「失礼ですが」のせいでコミュニケーションが止まってしまいます。

「失礼ですが、おいくつですか」「失礼ですが、KCPの金原さんですか」「失礼ですが、受験票をお持ちですか」などのように、相手のプライバシーにかかわることを尋ねるときとか、お願いよりもいくらか強権的に相手にある動作を求めるときとかには、「失礼ですが」はぴったり来ます。

Cさんは、「失礼ですが」は「すみませんが」より丁寧な表現だと思っているようです。先生への最大の敬意を示す表現として「失礼ですが」を使っているのです。

OさんもCさんも、悪意は全くありません。“日本語知ってるぞ”的な意識でみょうちくりんな話し言葉を振り回す学生よりはずっと筋がいいです。来週の月曜日に「先生、また来週」と言われたら、「まだ週が始まったばっかりだぞ」と言ってやりましょう。あ、来週の火曜日は中間テストですから、直前に余計なことは言わないほうがいいかな。

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キタチョー線

11月4日(金)

「北朝鮮、ICBM発射か。宮城、山形、新潟の3県にJアラート発出」

金曜日のクラスでは、最近のニュースを新聞の見出し風にまとめて、ディクテーションにしています。これは昨日のニュースですから、少なくとも前半部分は学生たちにとって楽勝だろうと思って読み上げました。予想通り後半の県名や、聞きなれないJアラートなる単語には苦労したようです。

このほかにもう2本読み上げて、ざっと見てできていそうな学生にホワイトボードに答えを書かせました。指名された学生が書いている間、私は教室の一番後ろに立っていました。たまたま私が立ったそばの席だったTさんとCさんが、小さな声で私に聞きました。「先生、“キタチョーセン”って東京ですか、大阪ですか。どこのJRですか」。

どうやら、この2人は北朝鮮を、山手線や丸ノ内線と同類の“キタチョー線”という鉄道線だと思ったようです。ICBMは、“あいしびえむ”とかという駅だと思い、だから、発射は、“キタチョー線”の電車が発車したと受け取ったのです。Jアラートも、JRと聞き取ったので、「どこのJRですか」と私に聞いたに違いありません。

確かに、Tさん、Cさんの国では北朝鮮を“キタチョーセン”とは呼びません。でも、日本では“キタチョーセン”という音は“北朝鮮”以外の何物でもなく、“キタチョー線”だと思う人など、落語の八つぁん、熊さんしかいないでしょう。日本へ来たばかりならまだしも、2人はもう1年以上も日本にいます。学校以外で日本語に接していないんだなあと思いました。

確かめませんでしたけど、“キタチョー線”だと思った学生が2人のほかにもいたかもしれません。こんな調子で、このクラスの学生、来年4月に進学できるのでしょうか。

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ビザを更新されました

10月25日(火)

「先生、聞いてくださいよ。受身、大変でした」と、午前の授業が終わった後、M先生が報告兼愚痴りに来ました。このクラスは、先週、私が文法の復習ということで、受身の授業をしました。導入ではなく復習ですから、“私は先生に褒められました”みたいな直接受身をはじめ、“電車で足を踏まれました”“雨に降られて風邪をひいてしまいました”のような、少々特殊な受身まで一気にやりました。M先生は、それを受けて、話させたり文を書かせたりという演習をすることになっていました。

「受身の文って言ったら、Eさんがいきなり“私はビザを更新されました”ですよ」。そりゃあ、教師としちゃあ目が点になりますねえ。「Cさんは“窓を開けられました”って言うから、“どんな状況ですか”って聞いたんです。そしたら黙っちゃって…」。掛け値なしで大変な授業だった様子が見えてきました。

どうやら、私は油断していたようです。復習だからと広く浅く扱ったのが間違いでした。直接受身だけに絞るべきでした。おそらく、このクラスの学生たちは、以前受身を勉強し、その直後のテストでは合格点を取ったけど、その後受身を使って話したり書いたりすることがなかったのでしょう。深く突っ込まなかった私の授業には耐えられましたが、ほんの少し突っ込んでみたM先生の授業では破綻をきたしてしまったのです。

ほんの少し背伸びして“東京でオリンピックが行われました”と言えば練習になるのに、“東京でオリンピックがありました”としか言ってこなかったのでしょう。“このマンガは私の国でも読まれています”じゃなくて、“私の国でもこのマンガを読んでいます”と言い続けてきたに違いありません。楽な道を歩み続けた結果が、“私はビザを更新されました”なのです。受身を使わなくても話が通じるからって許してきた我々教師もいけません。

明日は、このクラスで使役の復習です。

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