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点が取れない

9月17日(火)

選択授業・大学入試過去問の期末テストをしました。中間テストは難しくしすぎて学生も教師も悲惨な目に遭いましたから、期末テストは点の取りやすい問題を選びました。いや、少なくとも選んだつもりでした。

時間切れでできなかったなどということのないように、試験時間はたっぷり与えました。ですから、何名かは時間前に提出しました。でも、その時間前に出された答案を見てがっくり来ました。中級までに習っているはずの文法や語彙で間違えているのです。動詞の自他などという、初級レベルのひっかけ問題にものの見事に引っかかっている学生もいました。本格的な読解に進む前の、いわば前座みたいな問題で失点を積み重ねていたら、合格なんてはるか山の彼方じゃありませんか。

早々に出した学生たちがおっちょこちょいで、制限時間いっぱいまで粘った学生はそんなイージーミスはしないと思いたかったのですが、そちらの方も傾向は同じでした。漢字の書き問題がないから点が取れるかと思ったら、それほどでもありませんでした。特に出来が悪かったのは「肝心」で、大多数が「かんしん」でした。寒心に堪えません。

読解の答えを見ても、本文を読んで理解したことを日本語の文章で表現できていないのです。テストが終わった後の感想で、「いい問題でした」という声が上がりました。そうなのです。本文丸写しじゃ答えにならない、本当に内容を理解していないと点が取れない、実にいい問題なのです。そういう問題で答えが書ききれない、点が取れない自分たちの実力を思い知ってほしいものです。先週までの授業で、筆答式の問題をいい加減にやっていた学生が一様に苦労したようです。

もうすぐ入試の本番です。その時にはこんなことのないように願いたいところです。

ニュースで鍛える

9月12日(木)

木曜日の選択授業は、早くも期末テスト。開始が早かったことと、木曜日は1回もつぶれなかったことが相まって、学期末の2週間以上前に期末テストを迎えました。

私が担当したのは、中級の学生向けのドラマとニュースの聴解です。中間テスト以降はニュースの聴解をしてきましたから、聴解テストもニュースを聞いて答える問題でした。いきなり聞かせても目が点になるでしょうから、ディクテーションをして、ヒントを与えてから本番に臨みました。みんなこちらの想定通りに点を取ってくれました。

私が英語のリスニングに力を入れたのは、就職して間もないことでした。その会社で英語を使うセクションを望んだわけではありませんでしたが、英語ぐらいわからないとエンジニアとして恥ずかしいというくらいの気負いはあったかもしれません。

私が英語力をつけるためにとった手段は、NHKの7時のニュースを英語で聞くことでした。今から30年以上も昔のことですから、スマホもインターネットもありません。無料で毎日役に立つ英語が聞けるのは、NHKニュースぐらいしかなかったのです。音声多重放送のチューナー内蔵ビデオデッキを買い、毎晩7時のニュースを録画して英語音声で聞きました。効果があったかというと、政治経済関係の語彙は確実に増えました。画面を見ながら何回も繰り返し聞いたので、英語と日本語の対応がわりとたやすくついたのです。それから、英語の話し方のリズムも体得できましたね。でも、話す訓練ができませんでしたから、英語ペラペラには程遠いレベルでした。

EJUやJLPTの成績を見ると、KCPには聴解に難点のある学生が多いようです。ニュースを聞くことにより、語彙とともに日本語のリズムも身に付けてほしいと思っています。今は生のニュースよりずっと優れた教材があるでしょうが、世間知らずの学生にとっては、長い目で見ると、ニュースの方が得るものが多いように思います。

演習問題

9月7日(土)

①A教授(   )面談(   )を申し込みます。 ②結婚(   )申し込みます。 ③ツアー(   )申し込みます。

という問題だったら、助詞は何を入れますか。

①は、明らかに“に、を”ですね。②も、“を”で異存がないところでしょう。③は、いかがでしょうか。“を”ですか、それとも“に”ですか。

④B社(   )ツアー(   )申し込みます。

だったら、①と同様に、“に、を”という答えのほかに、“の、に”という答えも成り立ちます。しかし、①を“の、に”とすると、違和感があると思います。また、④は、“の、を”も、ニュアンスの違いはあるものの成り立ちます。しかし、①を“の、を”は、成り立つとしても、ニュアンスレベルの違いではすみません。

②’Cさん(   )結婚(   )申し込みます。 は、“に、を”以外はないでしょう。“の、に”は結婚相手公募みたいな感じがします。“の、を”は、意味不明です。

以上の考察をどうまとめたらいいかは、皆さんご自身でお考えください。特に、日本語教師を目指している方は、頭の訓練としてぜひ取り組んでいただきたいです。

なんでこんなことを考えたかというと、昨日担当したクラスで回収した宿題の問題の中に、“申し込みます”を使って短文を作れという問題があり、それをチェックしているうちにはたと悩んでしまったからです。教科書は、“北海道旅行はもう申し込みましたか。――いいえ、まだ申し込んでいません”と、万能の助詞“は”で巧みにかわしています。

学生たちは、JLPT、EJU、ビザ、仕事、結婚、休みなど、いろいろなものを申し込んでくれました。初級の問題ですが、実に深く考えさせられる問題でした。

ある電話

9月3日(火)

受験講座が終わって職員室で一息ついていると、S大学から電話がかかってきました。留学生を受け入れる態勢を整えたので、説明に来たいとのことでした。S大学なら志望校の1つになりそうな学生の顔がいくつか思い浮かびましたから、話を聞くことにしました。ところが、先方は明日の朝お邪魔したいと言います。でも、私は、水曜日はクラス授業と受験講座で、9時から5時まではほとんど時間がありません。

こうなると、普通は別の日にということになりますが、先方は「じゃあ、資料だけ置いていきますよ。明日の朝、そちらの方へ行く用事がありますから」と言います。それも、明るいというか軽いというか、とてもあっさりした口調で。要するに、何かのついでにこちらに寄って、言いたいことを伝えていこうという心づもりなのでしょう。

ビジネスの世界ですから、時間を有効に使おうという気持ちはわかりますし、ジグソーパズルのピースがぴったり合わなかったら違うものを当てはめようとすることもわかります。でも、あの口調で言われちゃったら、聞き手はいい気分はしませんよ。S大学は名門と言われている大学ですが、自分本位の考え方をしたがるのかなと思ってしまいます。こういう態勢で集めた留学生を果たして本当に大切にしてくれるのだろうかと疑いたくすらなります。

電話口では、「はい、わかりました。今後ともよろしくお願いいたします」と言いましたが、この担当者とはあんまりよろしくしたくないですね。こうして本音を隠してしまうところが、日本人のよくないところなのかもしれませんがね。

君子豹変す

8月30日(金)

Kさんは先学期の新入生で、私のクラスでした。シャキッとしたところがなく、特別な理由もなく遅刻したり欠席したりし、来ても筆記用具を持ってこなかったり、持って来てもろくにノートを取らなかったり、成績といえば、テストでかろうじて合格点を取り、どうにか墜落は免れるという超低空飛行でした。テストや作文の字は汚く、読むのに一苦労しました。授業で指名しても、ぼそぼそと答えるだけで、やる気とか元気とか覇気とかいうものとは無縁の学生でした。進級させるかどうかさんざん迷ったのですが、数字的には合格ですから、目をつぶって上げてしまいました。

そのKさんが、お昼から行われた専門学校フェアに姿を現しました。まず、自分から進んでこういう場に現れたことに驚いてしまいました。進路について前向きに考え始めたのなら、大きな進歩じゃありませんか。そして、2校のブースで、それぞれかなり長い時間、話を聞いていました。専門学校の方に一方的に話されて理解できるのかなあと心配になりましたが、どちらのブースでも姿勢が前のめりになっていましたから、何かに引き付けられているのだろうと思っていました。いや、そうだと信じようとしていました。

学生たちが帰った後、Kさんと話していた2校の方に、ご挨拶も兼ねて、お話を伺いました。「…Kという学生がお邪魔したかと思いますが、いかがでしたか」「あーあ、Kさんですね。真剣に話を聞いてくださいましたし、こちらの方面にとても強い興味をお持ちのようでしたし、何より質問が的を射ていましたね。本気で考えていることが伝わってきました。先生からも是非当校にと薦めていただけませんか」。え、あのKさんが的を射た質問? とても信じられませんでしたが、外交辞令ばかりだとは思えませんでした。

目指す地点が明確になると学生は強くなるものですが、Kさんも自分の将来像が描けてきたのでしょう。Kさんの進学する上での最大の弱点は出席率です。86%と聞いた専門学校の方は、来年3月まで頑張ればいい数字になると励ましてくださいました。

来週は9月。専門学校の出願がぽつぽつ始まります。

激怒の裏に

8月28日(水)

私が受け持っている初級の一番上のレベルは、中間テスト後から漢字の教科書が変わりました。初級の教科書から中級の教科書になったのです。今までは教科書で取り上げる単語に各国語訳がついていましたが、それがなくなりました。それに伴って、教師の授業の進め方が変わり、学生にも予習のしかたを変えるように指示を出しました。単語の意味を日本語で説明できるように、例文全体の意味を理解してくるように、というのが主なものです。

きちんと予習してあるかどうか事前にチェックをしたんですが、実際に授業をしてみると、学生がしてきたのはほんのうわべだけの予習で、こちらの質問にまともに答えられる学生はほとんどいませんでした。例文の中に「大気中」という言葉が出てきたのでこれの読み方を聞いたら、1人を除いて「だいきちゅう」と答えました。「お前ら予習不足だ!」と激怒しました。いや、正確には激怒するふりをしました。

毎学期、中級の漢字の教科書を使った最初の授業では、学生たちの予習不足が露呈されるのが常で、それは驚くにあたりません。「だいきちゅう」も毎度おなじみ、想定内の答えです。問題は、いかに次から教師が満足できる予習をしてくるようにさせるかです。ですから、激怒のふりをして、予習してこないと大変なことになると学生に恐怖心を植え付けたわけです。

中級になったら、頭の中が日本語で回転するようになっていなければなりません。それが聴解力向上や読み書きのスピードアップなどにもつながります。このレベルの学生たちが乗り越えなければならい壁でもあります。中級以降伸びるかどうかは、日本語で考えられるかどうかなのです。

プライドズタズタ

8月13日(火)

中間テストは明日ですが、火曜日の選択授業の中間テストは1日前倒しです。私が担当している上級の大学入試過去問のクラスも、某大学の過去問を用いて中間テストを行いました。

問題が思ったより難しく、学生たちは制限時間をいっぱいに使って呻吟していました。最初からあきらめてふて寝を決め込むような不届きな学生はいませんでしたが、果たしてどれだけできたかどうか、非常に心配です。

まず、漢字の読み方をカタカナで書けと、答え方が指定されているのに、ひらがなで書いていた学生が5人もいました。問題文にはもちろんそう書いてあるし、解答用紙にもわざわざ明記したし、テストを始める時に口頭でも注意したにもかかわらず答え方を間違えるとは、これから受験を控えている学生がすることとは到底思えません。採点官は喜んで×を付けるでしょう。競争が激しいのですから、こういう隙を見せてはいけません。

それから、敬語の問題があまりにできなさすぎます。初級の最後に勉強して以来、何回となく授業で取り上げているはずですし、人によっては実際に使う場面に遭遇していると思います。確かにちょっとひねった問題でしたが、この問題は日本人の高校生向けの問題ではなく、留学生入試の問題です。難しくてできなかったは、言い訳にもなりません。

解答用紙を集めた後、「どこの大学の問題ですか」と聞かれました。J大学の問題だと答えると、教室中にざわめきが起こりました。J大学などすべり止めにも考えていないという顔つきの学生もいましたが、そういう学生ほど顔が引きつっていました。

学生にとっては厳しい結果になりそうですが、今、尻に火がつけば、本番には間に合うでしょう。学期の後半に奮起してもらいたいです。

ネットワーク構築

8月7日(水)

理科ができる学生は、頭の中に理科のネットワークが築かれています。知識体系が形作られていて、1つの事柄から連鎖反応的に他の事柄につながっていき、広範囲の知識や情報が結ばれます。その結果、思わぬ発見をしたり新たな疑問が浮かんだりして、学問的に深まっていきます。

この域に達すると、雪だるま式に知識が増え、より高いところから理科全体を俯瞰できるようになり、勉強する面白さが感じられるようになります。自分のエンジンでどんどん前進できるようになります。こういう学生は、理科の勉強のために受験講座を受けるというよりは、受験講座で扱った学習項目や試験問題を起点に、そこから派生した物事を理科的に考えるのを楽しんでいるようにさえ見受けられます。

もちろん、こんな学生はごく一部です。今期の学生も、まだ知識の堆積を図っている最中です。私が何かを言ってもそこで立ち止まってしまい、話題が広がりも深まりもしません。1つの知識を1つの知識として受け取るのがやっとのようです。頭の中で線がつながって、高速道路網か新幹線網が部分的にでも開業するのは、秋も深まってからではないかと思います。

日本語のクラスでも同じで、クラスで中位ぐらいから下の学生は、今習ったばかりの文法しか見ていません。伸びる要素のある学生は、新しい文法や語彙を今までに教わった文法や語彙に関連付けて、頭の中に配置していけます。こういう学生が、応用力があると言われるのです。

かつてよく語られたセレンディピティは、この延長線上にあるように思えます。ノーベル賞クラスの大発見はしてくれなくてもいいですが、日本語力が伸びるきっかけをつかむ準備ぐらいはしておいてほしいなあ。

弱い立場

7月19日(金)

朝、パソコンを立ち上げて受信トレイを見てみると、N先生からメールが届いていました。小田急も京王も止まっているから出勤するのに時間がかかりそうだというではありませんか。今学期、私は金曜日は午後授業ですから、N先生の代講に入ることも考えておかなければなりません。でも、何をどうすればいいかわかりませんから、担当のM先生が来るまで待つほかありません。

ネットで調べてみると、変電所事故が発生し、小田急も京王も復旧の見通しが立っていないと出ていました。小田急・京王沿線には教師も学生も結構住んでいますから、どのくらい影響が出るか見当がつきませんでした。

気をもんでも始まらないので自分の仕事をしていると、7:20ごろにEさんから電話が入りました。京王線が止まっているから遅刻しそうだということでした。Eさんは入学以来出席率100%で、皆勤賞も狙っています。3月に卒業した同じ国のBさんも皆勤賞でしたから、自分もと思う方が当然です。遅延証明をもらってくるように指示を出しました。

その10分後ぐらいに、初級のQさんからメールが入りました。京王線が止まっているから身動きが取れないという内容で、駅の掲示の写真が証拠物件として添付されていました。

N先生はいつもより1時間近く遅れましたが、十分授業に間に合いました。Eさんは、自分で情報を集めて、どうにかこうにか授業の後半には来たようですが、Qさんは京王線の開通を駅でじっと待っていたようで、KCPに着いたのは授業後でした。初級のQさんには駅の掲示から代替経路を見つけ出し、その慣れない経路で学校まで来るなど、不可能でした。

電車が止まっただけなら命にかかわることはありませんが、震災のような場合はどうでしょう。Qさんは情報弱者になり、安全が脅かされることにもなりかねません。そう考えると、ちょっと背筋が寒くなりました。

成立

6月21日(金)

日本語教育推進法が参議院を通過して、成立しました。今後日本には、いろいろな形で労働者が入ってきます。法律上は、言葉がいらない程度の労働には外国人を就かせてはいけないことになっていますから、これから日本へ来る労働者は日本語が必要です。言葉を交わす必要のない労働はロボットなど機械がすることになっていくでしょうから、日本で働く外国人には二重の意味で日本語を勉強することが求められます。さらに、5年とかというまとまった期間日本で過ごすことになれば、日本社会に溶け込むことも必要となり、そのためにも日本語の習得は必須だと言えます。

その日本語教育は、雇う側の責務とされています。外国人を労働力としなければならない会社は、必ずしも経営体力のある企業とは限りません。労働力は欲しいけれども、日本語教育に関する責務は負う力がないという企業はどうなるのでしょう。地域で面倒を見ていくことになるのでしょうか。

日本語教師を始めた時、ある会社の研修生を教えました。その会社の海外現地工場のエンジニアが日本の主力工場に研修に来て、その時に受ける日本語教育を担当しました。研修生向け教科書の定番「しんきそ」を使って教えました。

今思うと、技術を身に付けるために、その準備段階として日本語を習得するという方向性が明確でした。覚えた日本語を使って、日本の工場の現場で働いている日本人から直接技術を学ぶのですが、それ以前に、その人たちと良好な人間関係を築いていかなければなりません。まず、日本語を覚え、工場の人たちとコミュニケーションが取れるようになり、その上で技術を教えてもらうという図式がはっきりしていましたし、それにのっとって研修生たちは日本での生活を送っていました。

こういう形を、この法案は理想としているのでしょう。でも、これは一朝一夕には作り上げられません。法律を実効性のあるものにしていくには、幾多の山があります。