話し言葉と書き言葉

6月8日(火)

6時半ごろ、Bさんが数学の質問があると、受付へ来ました。それまでに何回か来たようですが、私は午後ずっと授業でしたから、会えずじまいだったというわけです。

難しいことを聞かれたら困るなあと思いながらカウンターに出ると、BさんはEJUの過去問を示し、ある問題文の意味がわからないと言います。「…同一直線上にあり、三角形の頂点とならない3点の組み合わせは…」というところです。問題には、3×4に並んだ12個の点の図も付いています。これをお読みのみなさんはいかがでしょうか。

はっきり言って、このくらいはすっと理解できなければ、EJUの数学でしかるべき点を取るのは厳しいでしょう。でも、上の問題文の日本語は、初級の学生にとっては理解しにくいかもしれません。かといって、これ以上易しい表現にするためには、作問者である数学の先生が維持したい格調の高さを犠牲にせざるを得ません。

数学の問題や、それに対する解答には、独特のリズムや格調があります。私のような理系崩れの者ですら、そういったものを守ろうとします。学生向けの模範解答を作る時でも、徹底的にやさしい日本語には、どうしてもできません。格調なんか捨て去って、わかりやすさ第一で答えを書きたいのですが、最後の一歩が踏み出せません。

でも、口で説明するとなると話は別です。Bさんに対しても、問題についていた図を利用して、例を示しながら、Bさんにわかる範囲の日本語で説明しました。もちろん、Bさんには通じました。

そうです。数学にも、書き言葉と話し言葉があるのです。

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やはり話す力

6月7日(月)

進学フェアがありました。毎年このくらいの時期に実施していましたが、昨年はオンライン授業の真っ最中でしたから、時期を遅らせました。今年はEJU前に復活です。

去年、おととしに比べると学生数がだいぶ少ないですから、参加してくださった大学の担当者さんに寂しい思いをさせるのではないかと危惧していましたが、今、KCPに残っている学生たちは本気度が違いました。中級以上の授業が終わると、どの大学のブースも密を気にしなければならないほどの学生が集まりました。

去年は、オンラインで参加の大学には学生があまり寄り付かなかったのですが、今年はごく当たり前にzoomの画面をのぞき込み、どんどん質問をぶつけていました。学生側も、オンラインでの質疑応答にかなり慣れたということでしょう。大学のオンライン授業もこんな調子で、昨年よりも今年の方がこなれてきているのでしょうか。

参加校に事情を聞いてみると、21年度入試は読みが外れた大学さんが多かったようです。受験生が少なかったとか、合格者の歩留まりが悪かったとか、まさしく先の読めない戦いを強いられたようでした。今年は、日本語学校の学生が激減し、新規の入国がいつから認められるのか全く見当がつかない状況下ですから、更に混沌とした状況に陥りそうです。でも、入学者のレベルは落としたくないという意識も強いように感じました。大学側としては、コミュニケーションが取れない学生が入学しても、指導のしようがありません。

やはり、テストで点が取れるだけではなく、進学してから実のある勉強ができる日本語力を付けさせることこそ、私たちの本務だと再認識しました。

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義理堅い?

6月4日(金)

午前の授業が終わった直後、Aさんが受付へ来ました。明日、校外で行われるEJUの模擬テストに申し込んだけど、それをキャンセルしたいと言います。理由は、同じ日に英語の試験を受けるからです。

模擬試験の申し込みは、5月の末、つい先週のことです。自分のスケジュールをよく見て、キャンセルすることのないようにと、各クラスの先生が口を酸っぱくして注意しました。それにもかかわらず、受験番号と受験案内を配ったとたんにキャンセルです。

確かに、英語の試験とEJUの模擬試験を比べたら、英語の試験の方がAさんにとってはるかに重要です。でも、英語の試験の申し込みは、先週ということはないでしょう。模擬試験を申し込むときには、英語の試験の日程は決まっていたはずです。スケジュール管理がいい加減だという非難は免れません。

“近頃の若者”は、何でも気軽にスマホで唾を付けておいて、土壇場で何のためらいもなく切り捨ててしまうそうです。キャンセルボタンをタップするだけ、あるいはそれすらせずに済ませてしまいます。きちんと断りを入れてきたAさんは義理堅いくらいです。だけど、一度交わした約束は、そう簡単に取りやめたり取り消したりするべきではないと思います。

この模擬試験は、学校同士の付き合いの上に成り立っています。たとえKCPから連絡したにせよ、当日欠席者があまりに多かったら、信用問題にかかわりかねません。自分の軽率な申し込みとキャンセルが、自分の思いが及ばないところにも影響を与えるかもしれないということはわかってもらいたいです。

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田植えの季節

6月3日(木)

代講で、久しぶりに日本語がかなり通じるクラスに入りました。通じると言っても初級クラスですから、たかが知れています。しかし、レベル1のクラスに比べたら単語も文法も知っていますから、教師としては楽です。

このクラス、ちょうど「みんなの日本語Ⅱ」が終わるところでした。その復習問題の答え合わせもしたのですが、そうなると、ついつい、学生が忘れていると思われる文法や表現を問い詰めてみたくなります。また、習ったはずの別の表現も使わせてみたくもなります。そんなことをしていると、あっという間に時間が過ぎ去っていきます。そのせいで後半は予定が押してしまいました。

でも、初級の文法がいい加減なまま上級まで来てしまうと、下手さに満ちあふれた日本語を使いまくります。上級を教えていた教師としては、その萌芽をぜひとも摘み取っておきたいのです。発音やアクセントもバシッと指導し、1ミリでも完全に近い形で進級してきてほしいものです。

午後は、そのもっと手前、レベル1のクラスでした。14課が過ぎていますから、新出語の動詞が何グループか聞いてみたら、ボロボロに間違っていました。午前中のクラス以上に“元から断たなきゃダメ”感が湧き上がりました。学生の頭の中には、まだ日本語文法の骨組みが出来上がっていません。動詞のグループを意識させるのは、その第一歩です。これまた、熱弁を振るったり練習させたりしていたら、時間が足りなくなってしまいました。

こういう学生たちが私のホームグラウンドにまで上がってくるのは、来年のことかもしれません。その時のために、種をまき、苗を育てているのです。

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自信過剰

6月2日(水)

初級クラスで月曜日にした漢字テストの答案を改めてじっくり見直しました。明日返却ですから、採点チェックも兼ねて、各学生がどこを間違えたか、クラス全体でどんな傾向があるかを見ました。

Mさんは、文法などはよくできる学生で、発言も多いです。しかし、字はとても雑で、学期の最初のひらがな・カタカナを覚えるところでは大変苦労しました。私も他の先生方も、Mさんの字を徹底的に直しました。その甲斐あってか、今回の漢字テストでは時間をかけて丁寧に書いたことがわかる字でした。この努力は、何らかの形で評価したいです。

JさんとFさんは順当に100点。しかも字がきれいですから、言うことはありません。授業中いちばん積極的なOさんの100点もなるほどというところですが、いつもあまりパッとしないXさんやBさんも100点というのは、失礼ながら、ちょっと意外でした。漢字は自信を持っているのかな。逆に、漢字が苦手そうなのが、HさんとWさんです。何らかの手当をしなければならないかもしれません。

答え方が雑で減点が重なったのが、Lさん、Gさん、Sさんです。送り仮名を書かなかったり、楷書で書かずにXになったり、点画が微妙に違っていたりなどしていました。結果的に空欄が多かったHさんやWさんとあまり変わらない成績になってしまいました。このテスト結果を返されても、本人たちは、この間違いは大した問題ではないと思うでしょう。でも、大した問題なのです。こういういい加減な字を書き続けると、進学の際に困ります。願書や志望理由書など、入試以前の段階で身動きが取れなくなることも考えられます。

こうなると、漢字に自信を持っていない学生の方が、慎重に事を進めるでしょうから、かえって有利かもしれません。不穏な芽は、初級のうちに摘んでおきたいです。

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本を読みながら

6月1日(火)

今、「ポストコロナのSF」(ハヤカワ文庫、日本SF作家クラブ編)というアンソロジーを読んでいます。ポストコロナというくらいですから、各小説とも昨年来の異常事態を踏まえた内容になっています。SFですから、実際にあり得る話かどうかとなると、そうでもないのですが、どれもこれも非常に引き付けられるストーリー展開です。

数えると19人の小説家の作品が載っています。しかし、その19人全員を知りませんでした。略歴を見ると、みんな何らかの賞を取ったことがあるようです。だから、SFの世界ではそれなり以上に知られた存在なのに違いありません。私は普通の人より本を読んでいますから、作家も多少は知っているつもりです。でも、こんなに力のある人たちを知らなかったのです。世の中、広いものですね。

さて、その内容ですが、私たちがウィルス防御を題材にしたり、リモートの人間関係を描いたり、オンラインを取り上げたりと、実に多彩です。去年から今年にかけて書かれたのでしょうが、完成度が高いと思わせられました。短い時間のうちにここまで書けるのかと感心してしまいました。もしかすると、おうち時間を活用して実のある物を書き上げたのかもしれません。

今まで読んだ小説の大半が、現在の状況がずっと続くという設定でした。やっぱり、これを奇に世界が大きく変わるのでしょうね。このSFのとおりになるとは思いませんが、2019年以前には戻らないということも確かなのでしょう一大変革期に出くわしたというのは、果たして幸せなことなのでしょうか。学生たちみたいな若者には、チャンスの塊に見えるのかもしれません。

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フィードバックの奥

5月31日(月)

授業の前に、Lさんに中間テストのフィードバックをしました。Lさんは中間テストの文法が不合格でした。このままでは進級できないおそれがあります。それは避けなければなりません。

Lさんの答案をよく見てみると、致命的な間違いはありません。文法がまるっきり理解できていないというわけではありません。しかし、点数をあげることはできません。突き詰めて言えば、問題をよく読んでいないのです。だから、こちらの要求する答えとは全然違う答えを書いて、×を積み重ねています。

×のところの答えを言わせてみると、ほとんど全部言えました。出題の意図をきちんと把握して答えていたら、余裕で合格点を取っていたでしょう。でも、不合格点は不合格点です。それを消し去ることはできません。

授業の最初に、漢字テストをしました。授業後、真っ先にLさんの答案を採点しました。75点でした。字が雑で減点されたのが15点もありました。読み問題で長音かそうでないかで1問間違えていました。正確に覚えるということが苦手なのかもしれません。

Lさんは決してできない学生ではありませんが、テストで点が取れる学生でもありません。KCPの中では、私たち教師が学生をじっくり見ていますから、救いの手を差し伸べることもできます。しかし、入学試験はそういうわけにはいきません。問題をよく読まずに答えたら、マークシートの問題は全体に点が取れません。最後がいい加減だったら、筆答問題でも点が取れません。そういう意味で、笑って済ませられる問題ではありません。

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旅行に行きたいです

5月28日(金)

昨日、レベル1のクラスで出した宿題に、「日本でどこへ旅行に行きたいですか」という自由回答の問題がありました。多くの学生が、「京都へ旅行に行きたいです」とか「北海道へ行きたいです」とか、〇をあげられる答えを書いてきました。

その中で、Cさんは「新宿へ旅行に行きたいです」と答えました。このクラスは全員が海外にいますから、「東京へ旅行に行きたいです」という答えはあるだろうと予想していましたし、それは〇にするつもりでした。しかし、「新宿」とされると違和感たっぷりです。

私が東京にいるからそう感じるのかと思って、いろいろな地名を入れてみました。「名古屋へ旅行に行きたいです」「軽井沢へ旅行に行きたいです」などは〇でしょう。「山科へ旅行に行きたいです」「難波へ旅行に行きたいです」は、新宿同様苦しいです。都市名レベルなら人口の大小によらず〇で、都市内の地名となるとXなのでしょうか。でも、「門真へ旅行に行きたいです」「習志野へ旅行に行きたいです」など、旅行のイメージが湧かないと都市名でもXに近い気がします。「草津温泉へ旅行に行きます」「石鎚山へ旅行に行きます」はXだけど、「三陸海岸へ旅行に行きます」は〇かな。温泉とか山とか具体的過ぎると、「湯治に行きます」「登山に行きます」など目的も具体的にしたくなります。

Fさんは「大学へ旅行に行きます」という答えでした。尋ねてみると、Fさんの出身大学には桜並木があり、その並木道が観光名所になっているとのことでした。だから、日本のいろいろな大学を見て回りたいようです。うーん、どう表現したらいいでしょう。「旅行に行きたいです」は使いにくいですね。「日本でいろいろな大学のキャンパスを見に行きたいです」ぐらいでしょうか。

例文に学生の気持ちを極力反映させてあげたいですが、なかなか難しいものです。

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山を越えて

5月27日(木)

レベル1最大の山場であり見せ場である14課・て形をやりました。ここまで動詞はすべてます形で、過去や否定を表すのもすべて「ます」の活用に集約されていました。しかし、14課に至って「ます」じゃない部分、動詞の本体が変化します。“はたらきますーはたらいて”など、語幹が長い動詞はまだ原形をとどめていますが、“あいますーあって”などとなると、原形が無残に崩れ去っています。しかも、“あります”も“あって”だし…。

学生にとっては“えーっ”の連続かもしれませんが、教師は強引にでも進めるのみです。条件反射的に“あいます、あって”と出てくるまで訓練することが、結局は学生のためになるのです。話したり書いたりする時に、て形を使おうとするたびに考え込んだり文法書を見たりするわけにはいきません。今すぐにではなくても、て形がよどみなく出てくるようにならなければなりません。

さて、私のクラスの学生たちはというと、授業の初めの頃はテンポが間延びしていましたが、練習しているうちにどうにか許せる範囲に落ち着いてきました。私もオンラインでて形の導入・練習をするのは初めてでしたが、何とか大役を果たせたのではないかと、勝手に自己評価しています。もっとも、明日のて形テストの結果がひどかったら、私の授業は教師のひとり相撲だったということにもなりかねません。

て形は「ています」「ておきます」「てあります」「てしまいます」「てもらいます」「てくれます」など、日本語を日本語たらしめている文法の基礎です。今晩必死にて形を覚えて、すばらしい日本語の使い手に育っていってほしいです(これもて形の応用表現ですね)。

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実力がある

5月26日(水)

Sさんは、レベル1の学生ですが、自分ではレベル2ぐらいの実力があると思っています。だから、レベル1の授業は気合が入らないと言います。こういう学生は、概して自分のできないことには目をつぶっています。できることのみを主張して、自分はこんなにできるのだからレベル1じゃないとかと訴えます。

Sさんもそのたぐいで、EJUの練習問題の読解は80%ぐらい解けると言います。聴解はそれよりも難しく感じていると言っていました。たとえ読解80%が本当だとしても、聴解が難しいということは、正解率40%ぐらいでしょうか。ということは、全体の正解率は60%程度、EJUの点数でいうと240点ぐらいでしょうか。“80%”が背伸びした正解率だとすると、実際には200点をやっと超える程度かもしれません。レベル1としては悪くはありませんが、この成績ではSさんが思い描いているであろうと考えられる、いわゆる“いい大学”には遠く及びません。

Sさんが提出した宿題やテストを見ると、Sさんが聴解が弱いと言ったのは事実です。文が正確に聞き取れておらず、だから受け答えがまるっきり方向違いです。また、筆記にしても、問題をよく読まずに答えている節が見られ、これまた質問に対する答えになっていません(もし、問題をきちんと読んでこの答えなら、救いようがありません)。また、文法的には合っていても、必要最低限の答えで、できる学生の答えに比べると見劣りがします。

そういうことを、具体例を挙げて指摘し、今なすべきことを示したら、今すぐ上のレベルのクラスに入りたいとは言わなくなりました。その後の授業でも、真面目に課題に取り組んでいたようですから、思ったより見込みがありそうです。これが長続きすれば、11月のEJUまでにはしかるべき成績が取れる実力が付くかもしれません。

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