タッチ

12月4日(金)

初級のN先生が病気でお休みのため、急遽代講をすることに。担当のS先生によると、テストやディクテーションがあり、そんなに難しい授業内容じゃありませんでした。毎度のことですが、上級では抑え気味に話していても、初級ではそれじゃ負けちゃいますから、全力でぶつかります。省エネ運転などとは言っていられません。

さて、漢字の時間。ホワイトボードに勉強する漢字を大きく書き、はねる所など注意すべき点を赤で印をつけて、学生たちに練習させました。その様子を見て回っていると、ある学生が、「先生、ここはタッチしますか」と、私の字と教科書の字の微妙な違いを指差して、聞いてきました。私はこれが嫌いです。初めて“タッチする”を耳にした時の、身の毛のよだつような嫌悪感がよみがえってきました。“くっつく”じゃダメなんですか。

初級クラスで漢字の授業をすると、時々私の乱暴な字では接するべきところにごくわずかな空白が生じ、そうすると、この学生に限らず、「先生、ここはタッチしますか」と質問する学生がいます。質問自体は、よく板書の字を観察しており、感心すべきことですが、“タッチしますか”には、どうしても引っ掛かりを感じます。おそらく、初級の先生方はみんなタッチするとかしないとか言っているのでしょう。日本語学校なのに、どうして“タッチ”という外来語をわざわざ使うのでしょう。

“タッチする”が日常頻繁に使われる外来語ならまだしも、私などはパスモかスイカで改札を通る場面しか思いつきません。“くっつく”と“タッチする”では、どう考えても前者のほうがよく使われると思います。だから、わたしは、たとえ一番下のレベルでも、“くっつく”を使います。先ほどの学生にも、“はい、くっつきますよ”と答えました。

タッチよりももっと蔓延しているのが“チェンジ”です。「はい、ペアをチェンジしてください」などと指示を出していますが、私は「友達を変えてください」と、ジェスチャーを交えながら指示します。もちろん、通じます。チェンジはタッチよりも多く使われているでしょうが、“変える”という立派な、しかも非常によく使う日本語があるのですから、そっちを使うべきだと思います。初級の時から“変わる”“変える”ってささやき続けられれば、自他動詞の区別も自然に付くようになるかもしれません(これは牽強付会かな…)。

タッチ以外は楽しい授業でした。その後、気持ちよく受験講座の授業に進めました。

不安

12月3日(木)

今週は学生たちにマイナンバーについてのお知らせをし続けています。留学ビザで日本に滞在する学生も、マイナンバーの対象者だからです。私のクラスの学生はみんな進学希望なので、専門学校に入ったとしても、あと2年は日本にいますから、マイナンバーのお世話になることがきっとあるでしょう。

各方面で報じられているように、マイナンバーの配布は遅れているようですが、私のところには先月半ばに配達が来ました。あいにく留守で直接受け取ることはできませんでした。郵便受けには不在通知が入っていて、それに従って受け取りに行きました。いつもの不在通知と同じように所轄の郵便局の窓口へ行ったら、マイナンバーに関しては隣の建物だと言われ、そちらへ移動。そこで簡単な書類を記入し、免許証で本人確認し、受け取りのハンコを押して、ようやくマイナンバー通知書が受け取れました。

学生は、留守中に不在通知が届いていたら、それをきちんと処理して、マイナンバー通知書を受け取ることができるでしょうか。漢字の密度が高く、しかも見慣れぬ単語に満ちている不在通知を読みこなすことは、至難の業に違いありません。案の定、超級クラスでも、よくわからないから捨てたとか、何週間もそのままほうってあるとかいう学生が続出しました。初級の学生の実情がどうであるかは想像に難くありません。いや、想像を絶するものがあるかもしれません。

外国人である学生に限らず、日本人を80年以上も続けている私の母も、マイナンバーをもらったはいいけれども、何をどうしていいやらわからず、非常に不安がっていました。マイナンバーに数々の利点があることは認めますが、私を含めてこの国に住む人々にそれが何物であるかが十分に伝わっていないように思えます。なんか、物事の進め方が雑なような気がしてなりません。

Lさんのノート

12月2日(水)

今シーズンの選択授業・身近な科学は、学生たちにノートを取らせ、それをチェックしています。最初はノートの取り方にかなりの差がありました。回を重ねていけばその差が詰まるだろうと思っていたのですが、今のところそういう気配はありません。いつも要領よくまとめている学生は、パワーポイントの中から本当の要点を抜き出してノートにしています。その一方で、毎回ろくなノートになっていない学生もいます。Lさんがその代表格でしょうか。Lさんは、授業中私の話を聞いていないわけではありません。きちんと反応していますし、居眠りや内職をしているようにも見受けられません。しかし、ノートを見る限り、Lさんの頭には何も残ってないんじゃないかって思えてきます。

Lさんは超級の学生ですから、理解力はかなり高いはずです。だから、授業後に口頭試問でもすれば、そこそこの答えはできるんじゃないかと思います。しかし、「聞く」と「書く」を同時にするのは、Lさんにとっては至難の業なのでしょう。でも、このままじゃ進学してからが心配です。大学の講義は、たとえ教科書があっても、先生の話を聞き取ってメモしておくことが必須ですから。先生の生のことばの中にこそ、真実や最新の情報が含まれているものです。

私のほうにも反省点は多々あります。ノートを取らせるということは考えずにパワポのスライドを作っていますから(…というか、去年のスライドの使い回しですから)、スライドの字数が多すぎたり、逆に大事なことばがスライドになかったり、図表がわかりにくかったり…。しゃべってる本人がこれだけ気付いているんですから、聞かされてる方はたまったもんじゃないですよね。

今年は思いつきでノートを取らせるってことを始めましたが、来年はしかるべき準備をして、同じことをしてみたいです。

どうしてこんなに違うんですか

12月1日(火)

Cさんは、最近授業に出ていません。学校へ来ていないわけではありません。何をしているのかというと、家で受験勉強をし、何か困ったことがあると学校に顔を出すという生活をしているのです。ずいぶん虫のいい話です。もちろん、留学のビザでこんなことが許されるわけがありません。しかし、受験のことしか頭にないCさんには、そんなことをいくら言っても右から左へと抜けていくだけです。糠に釘どころではない手ごたえのなさです。

だいたい、この期に及んで最後の追い込みとか言って引きこもりをするようじゃ、先は見えています。その余裕のなさは、効率の悪さにつながっているのです。私の目には、Cさんが一人で勉強を続けられるほどしっかりした精神の持ち主には見えません。学生たちの年代では、励ましあう友人の存在が大きいのです。

それよりも何よりも、現状のCさんの日本語力では、よしんば志望校に受かったとしても、そこできちんとした勉強ができるのか、はなはだ心もとないのです。「書く」「話す」という情報を発信する技能に不安を感じさせられます。引きこもり状態で、母国語で物事を考えていたら、日本語力は伸びるどころか衰えてしまいます。

同じクラスのUさんは、すでに滑り止めには受かっているもののあまり行く気はなく、年明けに本命校を狙う段階です。Cさん同様プレッシャーがかかるはずなのですが、毎日学校に通い、授業にも積極的に参加しています。初級の時の先生に、「遠い将来のことを考えて悩むより、今できることを確実にしなさい」と言われて以来、これを肝に銘じてきたといいます。私があれこれ言うまでもなく、KCPで少しでも日本語の力をつけてから進学したいと言っています。同じ時期に同じ国から来たのに、どうしてこんなに違うんでしょうか。

休み過ぎると

11月30日(月)

超級クラスのPさんは、すでにA大学に合格し、もうそこに入ることを決めています。これから受験を迎えるクラスメートも多いのですが、早々と受験シーズン終了です。それは結構なことなのですが、最近遅刻欠席が増えて困っています。先学期までの出席率も悪く、今学期の最初にかなり厳しく言い聞かせて、しばらくはどうにかもっていたのですが、ここのところはさっぱりです。遅刻をしてきて授業後声をかける暇もなく帰ってしまうので、この件についてじっくり話し合えていません。

同様なのがWさん。こちらもK大学に受かってからは出席状況が思わしくありません。週末、「K大学の近くのアパートを探しに行くので、月曜と火曜に休んでもいいですか」などというメールを送ってきました。これまた、学期の最初に立てた誓いは、忘却の彼方へ飛んで行ってしまったようです。脅しの返信メールを送ったら、遅刻ではありますが、教室に姿を現しました。

確かに、私たちは「ビザが取れなくなる」ということをよく口にします。最近の入管のビザ発給状況を見ると、大学進学した留学生がビザの延長を認められないというのは、よほどのことがない限りないことかもしれません。しかし、状況を甘く見て失敗するよりは、万が一に備えて万全の体制をとっておくべきであることは、言うまでもありません。こういう老婆心って、本当に伝わりにくいものです。学生は自分の身の回りの都合のいい事例を信じがちです。それを信じるのは勝手ですが、信じたがゆえに悲惨な結果を招いても、自分自身で責任を取らなければならないということも忘れてもらっては困ります。

PさんやWさんのような学生は毎年必ず何人か出てきます。幸いにも、最悪の結果に陥った例は、最近はありませんが、かつてはありました。それを知っているだけに、どうしても安全策をとりたくなるのです。そして、何よりも、卒業までに身に付けておいてもらいたいことが山ほどあるのです。

珠玉の一言

11月28日(土)

S大学の入試を目前に控え、今週後半は面接練習や小論文のチェックなどをいろんな学生から頼まれました。今日も、土曜日なのに、朝8時半からYさんの面接練習、その後日中は会議で、会議終了後、日が暮れてから、Dさんの小論文チェックをしました。

YさんもDさんも、志望学部で勉強する学問内容についてよく研究しており、いつの間にかかなりの知識量になっています。惜しむらくは、その知識を十分活用しきっていない点です。私に指摘されて「ああそうか」と気付いているようじゃ、ちょっと心配です。

面接や小論文は、暗記した知識を放出する場ではありません。その知識を社会の現状と照らし合わせて自分の成すべきことを見出したり、知識を組み合わせてある問題への対処法を編み出したり、要するに、知識をベースに考える力が問われるのです。YさんもDさんも、知識そのものを答えようとしている節がうかがえます。そうじゃなくて、自分なりの一ひねりを加えなきゃ、S大学の面接官や採点官は満足しないんですよ。

今年のS大学は受験生が集中していると聞いていますから、YさんやDさんに限らず、みんな厳しい戦いを強いられるでしょう。知識だけでも、入りたいという気持ちだけでも、もちろんEJUの点数だけでも、勝ち抜けません。体からにじみ出てくるような、S大学の先生が思わず心を動かしてしまうような、珠玉の一言が必要です。Yさん、Dさん、あなたたちは、その一言を紡ぎ出す必要条件は備えています。最後の最後にそれを熟成して、十分条件に変えてください。

分かれ道

11月27日(金)

理科系の受験講座を受けている初級のSさんは、中間テストの成績が思わしくありませんでした。本人としては授業がわかっているつもりだったのですが、今学期に勉強してきたすべてのことがテスト範囲となると、あちこちに抜け落ちがあることが明らかになりました。期末テストは難しくなることを勘案すると、来学期の進級が危ない状況です。

Sさんは、典型的な話を最後まで聞かないタイプの学生です。気持ちばかりがはやっていて、地に足がついていません。頭の回転は速いほうだと思いますが、回転の速さを制御できず、暴走しがちな感じがします。

理科の授業でも早とちりが多く、ちゃんと理解しているかどうかくどいくらいに確認しないといけません。引っ掛け問題には簡単に引っ掛かります。理数系のカンは働くのですが、カンに頼ってしまい、じっくり考えることが苦手なように見受けられます。よく言えば天才肌ですが、今のところは単なる粗忽者に甘んじています。

入学以来順調に進級してきましたが、初級の終わりに近づき、じっくり考えないと答えにたどり着けないような問題が多くなると、今までのように点数を伸ばすことはできなくなります。今ここでそれに気がつかないと、そして勉強に対する姿勢を改めないと、中級への山は越えられないでしょう。ぎりぎりで越えられたとしても、そこ止まりです。

今回の結果は大変ショックだったとみえて、Sさん自身にそういう土俵際に立たされている意識が芽生えてきたようです。日本語の勉強だけでなく、理科も含めて自己改革に成功すると、曙光が見えてきます。でも、ただ目の前の進級だけにこだわっているようだと、理科の才能も伸ばせず、卒業までくすぶり続けることにもなりかねません。

Sさん、これからの1か月が、あなたの留学生活を大きく左右するのですよ。心して過ごしてください。

寒い?

11月26日(木)

ゆうべ、雨の中を帰宅するとき、手がとても冷たくなりました。だから、今朝は手袋をはめて家を出ました。コートにマフラーに手袋、気が付いたら冬のフル装備です。気象庁のデータを見ると、今朝の出勤時の気温は6度台で平年並みでした。ずいぶん寒く感じましたが、今までが暖かすぎたのでしょう。

このぐらいの寒さになると、クラスによって教室に暖房を入れたり入れなかったりで、教室の温度に結構な差がつきます。昨日のクラスの教室はガンガンに暖房が利いていたのに、今朝のクラスの教室は「切」。学生が寒がっていないようなので、私が勝手につけるのもどうかと思い、そのまま授業をしました。まあ、教師は上級でも授業中ちょこまか動きますから、凍えそうになるなんてことはないんですけどね。そうそう、風邪を引いてからヒートテックを着込んでもいるし。

このクラスにはドンみたいな学生はいませんから、ある特定の学生の感覚によってのみエアコンのON-OFFがなされることは考えられません。寒かったら「寒い」って言いそうな学生が黙っていましたから、許容範囲内の寒さだったのでしょう。

一方、昨日のクラスは出席率ほぼ100%で発言力もある学生が、エアコン権を握っていると見ています。その学生が寒がりかどうかまではわかりませんが、他の学生は多少暑くても文句を言いそうもないなあ…。

微妙な綱引きが繰り広げられるクラスもあります。「先生、寒いです」「寒くないです」って応酬は、意外に初級に多いのです。日本語で先生に注文をつけられることを楽しんでいるって側面もありそうです。上級は、そんなことには冷めちゃってますからね。

予報によると、明日は天気は回復しますが、朝は10度をだいぶ割り込むみたいです。教室のエアコンはどうなっているでしょう。

2人のJさん

11月25日(水)

授業後、2人のJさんを呼び出しました。学校で団体申し込みをしたJLPTの受験票が届いたのですが、アルファベット表記が全く同一のこの2人のJさんは、区別がつきません。団体申し込みは受験者が手書きする部分がどこにもないため、筆跡鑑定もできません。そこで、2人を呼び出して、受験票を同時に開けて、中の写真を見比べて、決着をつけようと考えたのです。

日本の苗字は10万種とも30万種とも言われています。それに対し、人口が10倍以上の中国は、少数民族の苗字を加えても、2万種をちょっと出る程度、韓国はわずかに250種程度だそうです。日本では最多の苗字とされる佐藤さんでも200万人ほどで、全人口の1%強ですが、中国最多の李さんは7%強で、1億人近くいます。韓国では5人に1人が金さんだと言われています。

名前のほうも、「幸子」が“さちこ”にも“ゆきこ”にもなるように、日本は漢字の読み方が多様ですから、なおのこと同姓同名の頻度を下げています。これに対して中国・韓国では伝統的な名づけ方があるようで、それに従うと、必然的に同姓同名が日本よりもずっと高い確率で出現します。

現在、JさんのほかにDさんペアも在籍しています。Aさんも今年3月の卒業生に同姓同名がいました。…というふうに、今までにも同姓同名が少なからず存在していたのですが、今回のようにはがきの表面からは全く区別が付かずに困ってしまったのは初めてです。

授業後、1人のJさんは時間通りに職員室に現れたのですが、もう一人のJさんは、欠席だったのか、来ませんでした。まじめに来てくれたJさんを待たせるわけにもいかず、何とかならないものかともう一度JLPTの団体申し込みのページを見てみたら、受験番号が出ているではありませんか。受験票が届いた時には載っていなかったのに。それと受験票が封じ込まれているはがきの受験番号とを照合して、来てくれたJさんに無事受験票を渡すことができました。

クラスのみんなが受験票をもらったのに自分だけもらえずに心配していたJさん、ようやく受験票を手にして、改めて受験への意欲が湧いてきたようです。

あいたたたっ

11月24日(火)

三連休をずっとうちで過ごしたおかげで風邪はどうにか峠を越してもうすぐ治りそうな気配になったのですが、ゆうべ、風呂場で腰を痛めてしまいました。立ったり座ったり歩き始めたりという動作の変化が一番しんどく、歩き続けるなど、同じ動作を続けている分にはさほど痛みは感じません。ただし、歩くスピードはいつもの半分くらいですが。

これじゃどうしようもないので、どうせ慢性の腰痛と診断されるんでしょうが、授業後、学校の近くの整形外科へ行きました。すると、背骨の一番下にある椎間板が薄くなっていて、何かの動作の際に骨が神経を刺激するとのことでした。寝ている間に時々脚がつることがあるのですが、それも椎間板が薄くなっているために脚に向かう神経が刺激されて起こるのだという説明でした。

説明はよくわかったのですが、やはりこれといった治療法はなく、電気マッサージと痛み止め、シップという、今までにもしてきたような治療と、医者に診てもらうまでもない対症療法です。そのうち痛みが治まり、小康状態になったらいつの間にか治療中断というパターンでしょう。

起きている間に知らず知らずのうちに傷ついた体を治すのは、睡眠だそうです。だから、睡眠不足だと傷が治りにくくなるのだそうです。身近な科学で睡眠について調べていたら、こんなこともわかりました。私の慢性腰痛の一因は、睡眠不足にあるのかもしれません。でも、私は6時間も寝ると、腰が痛くなって目が覚めます。体勢を大きく変えないと、続けて眠れないのです。それから、バーベキューの後から今朝まで、本当によく寝ましたから、ゆうべ風呂に入った時点では、全然寝不足ではありませんでした。要するに、老化が着実に進んでいるということでしょう。

老化が進むのはしかたのないことですが、動けなくなるのは困ります。仕事ができなくなるから? いえいえ、遊びに行けなくなるからです。人生の楽しみが消えてしまいます。