玉砂利を踏みしめて

2月3日(金)

例によって、日枝神社へ豆まきを見に行きました。コートにマフラーで出かけましたが、陽だまりは結構暖かく、スーツだけで行ってもよかったかも。暦の上だけでなく、本当に春が来たかのようにも感じられました。

新宿御苑前駅で乗り遅れた学生を待って引き連れて行ったこともあり、例年よりも遅い時間に現地に着きました。既に中級や上級の他のクラスは豆まきが始まるのを今か今かと待っているところでした。しかし、Jさんを始め何人かの学生は、豆まきをする舞台のそばへ行くどころか、そちらを見ようともせず、ひたすらスマホをいじっていました。そういう学生を見るたびに、どうして自分で自分の世界を狭めてしまうのだろうと思います。

その一方で、Hさんなどは日枝神社の祭神を調べてくるといって、由緒書きを探しに境内を歩き回っていました。SさんとEさんがおみくじ売り場を探していたので、案内してあげました。また、K先生はクラスの学生からどうして神社には玉砂利(学生は「小さい石」と言ったそうですが)が敷き詰められているのかと聞かれたそうです。こういう学生は、これからの留学生活でも多く物を得ることでしょう。

豆まきが始まると、いつの間にかHさんも豆の取り合いに参戦し、戦果を私に分けてくれました。今年は力士のほかに晴れ着の女性タレントが多いように思いました。また、ゆるキャラが2体(2人?)いました。どこかで見たような木がするのですが、なんのゆるキャラか思い出せませんでした。

豆まきが終わり、お客さんが引くと、舞台の解体など、後片付けが始まりました。係員が灯籠を保護していた覆いをはずすと、舞台からまかれた豆袋が出てきました。それを見るや、どこかのオジサンがさっと拾い集めました。あんな豆にご利益があるんだろうかと首をかしげながら、あんなオジサンにだけはなりたくないと思いました(もう十二分にオジサンですが)。

さて、神社の玉砂利ですが、神聖なところを清浄にし、それを踏みしめることによって心身ともに清めて神前にまかり出て祈りをささげられるようにと敷き詰められているそうです。

不安と喜び

2月2日(木)

夕方、受験講座を終えて職員室に戻ってHさんの宿題を採点していると、YさんがS大学を受験したその足でやってきました。Yさんは既にいくつかの大学に受かっていますが、S大学にはどうしても受かりたいといっていました。

「先生、入試要項には口頭試問と書いてありましたが、口頭試問はありませんでした」「あ、そう。じゃあ、どんなこと、聞かれたの」「志望理由以外には生活のこととか…」と、何だか闘志が空回りして拍子抜けだったようです。Yさんの受けた学科は出願者が4名でしたが、1名欠席したとかで、面接に臨んだのは3名。自分以外の2名に比べて、自分の面接時間が短かったことも、Yさんの不安をかき立てているようでした。

S大学の発表は8日ですが、その日、Yさんは国立B大学受験のため遠征しています。そのB大学の志望理由は少々無理をしてこしらえたので、面接の時に突っ込まれたら怖いといいます。B大学のある町は、独特な雰囲気のある町なので、それを志望理由に加えればいいとアドバイスしました。大学4年間、大学院に進学したらさらに2年間その町に住むのですから、その町に惹かれたというのは、立派な志望理由になります。月曜日に面接練習をすることになりました。

Yさんよりも前に、T大学の大学院に受かったIさんが、受験講座の教室までわざわざ報告に来てくれました。IさんはYさんとは違って、なかなか桜が咲かなかった学生です。苦労した末の合格のせいか、目が潤んでいました。

Iさんは、まじめな学生ですが、それが結果につながりませんでした。初級で教えましたけれども、努力しているのに成績に結びつかないところがありました。その後順調に進級を続けて上級まで来たのですから、地力がないわけではありません。入試もどこかで歯車がずれてしまったのでしょう。職員室で面接練習や進路指導を受けている姿を秋口から見てきたような気がします。それだけに、小さい春を見つけたIさんの姿に、そしてそれをわざわざ報告しに6階の教室まで来てくれたIさんの篤い気持ちに、心が温まりました。

今週の目標

2月1日(水)

2月になりました。今月から、毎月「今月の目標」を掲げ、さらにその月間目標をブレークダウンした「今週の目標」を決め、学生も教職員もその目標を念頭に置いて動いていくということにしました。2月の目標は「健康に気をつけよう!」で、今週の目標は「手洗いうがいをしよう!」です。今、東京ではインフルエンザがはやっていますから、こういう目標を設定しました。

私が入った超級クラスの学生たちに説明すると、思ったより真剣に聞いてくれました。説明資料の中に学生たちが知らない知識や情報があったからかもしれません。このクラスにはこれから本命の国立大学を受けることになっている学生がいますから、受験日に体調不良で力が発揮できなかった、などということのないようにしてもらわなければなりません。学生たちもそう感じているからこそ、この目標に共感を覚えたのでしょう。

実は、昨日の選択授業・身近な科学で風邪について取り上げたばかりでしたから、そこで使ったネタも使い回ししたのです。全校共通の資料より、その分だけ内容が豊富で、ちょっと違った捕らえ方もしていたというわけです。ウィルスの伝播経路を詳しく説明し、このクラスには受験生が多いのだから、みんなで気をつけようと話をまとめました。

とかく学生は健康管理をおろそかにしがちです。そういう方面の知識が足りないのか若さを過信しているのか、いつでも病気みたいな学生や無茶をしまくる学生が目に付きます。この目標を機に、手洗いという健康管理の基本から見つめ直してもらいたいです。

種まき

1月31日(火)

私にとっての1月期は、3月に進学する学生たちへの最終の進学指導と、次の年の進学を目指す学生たちの基礎の勉強を並行して進める時期です。

まず、授業後、Wさんの面接に関する相談。Wさんはもうすでに何校かに受かっていますから、面接そのものについての相談ではなく、志望理由をどのようにまとめると試験官へのインパクトがより強くなるかという話でした。Wさんが考えてきたストーリーだと回りくどくて焦点がぼやけていましたから、内容をばっさり削ってすっきりさせました。

次はLさん。こちらはまだどこにも受かっていませんから、何とか次の大学に受かってもらわなければなりません。Lさんは話が局地戦になりがちで、受け答えから大学での学問という大きな流れが見えてきません。抽象的な話ばかりする学生も困りますが、Lさんは自分が将来作る店の細かな間取りの話をとうとうと始めてしまいました。「大学で学んだことを将来どう生かすんですか」と聞くと、とたんに口をつぐんでしまいます。受験日までもう少しありますから、考えるヒントを与えて、自分なりの答えを見出してもらうことにしました。

その次は先学期から受験講座に参加している学生たちの授業。半分ぐらいの内容が終わりましたから、まとめのテストをしました。本番並みの広い範囲のテストは初めてだったこともあり、みんな苦戦していました。それでも、答え合わせで次々と質問が出てきましたから、私は手応えを感じることができました。

最後は今学期から勉強を始めた学生への受験講座。こちらはまだカタカナの専門用語が定着していません。でも、科学的なカンのよさがありますから、私は密かに期待しています。理系科目はどうにかなるとして、EJUの日本語をどこまで伸ばせるかが鍵です。

Wさんは、1年前にまいた種が大輪の花を咲かせた例です。今勉強している学生たちも、1年後にそうなっていることを祈っています。

甘くないぞ

1月30日(月)

去年の卒業生でJ大学法学部に進学したHさんがフラッと訪ねてきてくれました。単位は順調に取れているようですが、J大学の中では法学部が一番成績評価が厳しく、GPAはどうしても低めに出てしまうそうです。法学部といえばJ大学の看板学部ですから、しょうがないですね。でも、そのため、GPAで勝負が決まる奨学金などでは不利な立場になってしまうと嘆いていました。そうは言いながらも、そんな厳しい世界を自分なりにしっかりした足取りで歩んでいるんだという、自信のようなものが表情にあふれていました。

Hさんはよくfacebookに写真やら近況やらを載せていますから、大学での勉強は大変だと感じつつも学生生活を楽しんでいることは知っていました。実際に顔を見て話を聞いて、本当にリア充のキャンパスライフを送っているんだなと思いました。どうやら順調に滑り出したようですから、心に太い柱が一本通っているHさんなら、このまま学業に励み続けてくれるんじゃないでしょうか。

しかし、J大学にも勉強の意欲を喪失してしまったような学生もいるそうです。日本人の学生なら、たとえ退学してもどこかに居場所はありますが、留学生はそうはいきません。次の居場所を確保するまでは、いやでもその大学にい続けなければなりません。J大学ともなると、名前にあこがれて入ったはいいけれど…という留学生がいても不思議ではありません。残念ながら、KCPにもそうなりかねない学生がいます。大学の名前につられて自分のやりたいことはどこかに置き忘れてしまっている学生です。

Hさんは、1年間大学生活を送った先輩として、KCPの学生に戒めの言葉を残してくれました。進学してからの勉強は、真に自分の人生を決めるものです。いい加減な気持ちで進学先を決めてほしくないし、生半可な心構えで進学先での学問に臨んでほしくもありません。

玉砕もせず

1月28日(土)

12月のJLPTの結果をまとめました。まず気になったのが、出願したのに受験しなかった学生が多かったことです。中には体を壊して帰国を余儀なくされた学生もいますが、大半はろくな理由などなさそうな学生たちです。この敵前逃亡組のおかげで、出願者に占める合格者の割合は、野球の打率並みとなってしまいました。

次に、得手不得手のはっきりしている学生代わりと多いということです。JLPTには、言語知識(文字・語彙・文法)、読解、聴解の3分野が設定されていますが、合格者でもこの3分野間の得点差が大きい学生が目立ちました。学習者の四技能を満遍なく伸ばしていくのがKCPのカリキュラムの基本方針です。しかし、絶対値の高さは別として、どの分野も平均的に得点した学生は少なかったです。

聴解が他の2分野よりも図抜けて高得点の学生は、名前を見ただけで声が聞こえてきそうな面々です。読解が飛び抜けている学生たちは、カリカリコツコツ勉強している様子が目に浮かんできます。しかし、言語知識ががくんと落ちる学生がいつも漢字や文法の再テストを受けているかというと、そうでもありません。

得意分野をより一層伸ばす勉強をすれば不得意分野は自然消滅するとも言われていますが、JLPTについて言えば、苦手を克服することが不可欠だと思います。全体的な底力があれば、たとえば読解が他に比べて弱くても合格点は確保できるでしょう。しかし、合格点付近の実力だと、足を引っ張る科目が命取りになります。JPLT自体が、一芸に秀でた受験生よりも、各分野に平均的に力を持っている受験生を好んでいるように見えます。

何より困るのが、敵前逃亡のやつらです。受験料をどぶに捨てるのは本人の勝手ですが、どういう精神構造を持っているのでしょう。玉砕すらできないのだとしたら、これからの人生、明るくないんじゃないでしょうか。

世界一

1月27日(金)

超級で使っている読解テキストに「新宿駅の一日の乗降客数は世界一」という文があるので、世界の駅の乗降客数を調べました。「世界の」といいつつも、統計データが揃っている国となると、どうしても先進国に偏ってしまいます。でも、それ以外の国は鉄道があまり発達していないので、大した乗降客があるとは思えず、上位のランキングには影響を与えないだろうと判断しました。

日本の駅が上位を独占するだろうとは予測していましたが、best(most?)100駅の80駅余りを日本が占めているとは予想以上でした。アムステルダム中央駅が御徒町駅といい勝負、ローマ・テルミニ駅やパリ北駅が町田駅や川崎駅並みと、その国を代表する駅が東京近郊のちょっとした乗換え駅と同程度の乗降客数でした。新宿駅は町田駅や川崎駅の7倍ほどの乗降客数ですから、いかにとんでもないことになっているかがわかります。

鉄道は大量輸送機関で、多くの乗客を同一方向に運ぶとき、その力を発揮します。東京のように一極集中の極みみたいな都市は、この条件にぴったりです。私が上述のヨーロッパの駅で乗り降りしたのはかなり昔のことですが、その当時の新宿駅など東京のターミナル駅と比べるとずいぶんのどかだなという印象を持ちました。見方を変えると、東京圏は世界で最も鉄道を有効活用している町なのです。

駅舎にしても、新宿駅・渋谷駅・池袋駅の“三横綱”は実用一点張りで、ヨーロッパの都市の中央駅のような建物としての芸術性は皆無に等しいです。わずかに東京駅の丸の内側駅舎にいくらか芸術の香りを感じるのみです。また、今学期の読解では、パリの駅は構内にピアノが置いてあって誰でも弾けるようになっているという内容の教材も扱いました。残念ながら、東京圏の駅は利用者が多すぎて遊び心を楽しむどころではないのです。

どこ出身の学生も、多かれ少なかれ、朝の身動きが取れないほどのラッシュにはショックを受けるようです。でも、日本、特に東京で留学生活を続けようと思うなら、これに打ち勝たなければなりません。そういう意味でも、頑張れ留学生!

欲がない

1月26日(木)

SさんがH大学の出願をどうすればいいか聞きに来ました。H大学から大学案内を取り寄せたけれども、参考になる資料が少なくて困っているとのことでした。自分の勉強したいことが本当に勉強できるか確認したいのに、肝心なことがさっぱり書いていないと言います。

どこの大学も学生の確保に必死なのに、Sさんのように本気で勉強したがっている受験生を取り逃がしかねないパンフレットなどあるのだろうかと思いながら、そのパンフレットを見ました。そうしたら、本当に書いていないんですねえ。これじゃあSさんが私のところに相談に来たのも無理はないと思いました。

ないないと言っていても始まらないので、H大学のホームページを見てみました。パンフレットよりはましでしたが、依然として受験生が大学を知るのには大いに不足です。Sさんが狙っている学科にどんな専門の先生がいるのかさえも、最後までわからずじまいでした。研究上協力関係にある機関のホームページに飛ぶのはいいのですが、H大学自身の言葉でその研究について語ってもらいたかったです。他機関のホームページでは、H大学の立ち位置やその研究にかける熱意がわかりません。

それでも、SさんはH大学に行こうと考えています。A大学受験の際に、少し足を伸ばして訪れたHの町に引かれてしまったようです。こんな強力なファンが生まれたのに、そのファンの気持ちを揺るがすような学生募集資料しかないH大学は、欲がなくおおらかでもあり、商売下手で時流をつかみ損ねてもいます。

私もHの町が好きで、その町の人々に尊敬のまなざしで見つめられているH大学の学生はさぞかし幸せだろうと思っていました。それだけに、この広報力の低さにはがっかりさせられました。

代講

1月25日(水)

代講で初級クラスに入りました。初級で教えるときは、いつも上級の学生になってもなかなか定着しない初級の学習事項に力を入れます。というか、力が入ってしまいます。

今日のクラスでは、発音練習で長音がきちんと長音になっていなかったので、そこでまず爆発。学生は、とかく速く話せば上手だと思いがちですが、そんなことより丁寧に発音することが通じる日本語に近づく一歩です。話し言葉には「~してる」みたいな音の脱落や、「~しちゃう」みたいな2つ以上の音がくっついた形もありますが、それにもしかるべき規則があります。やたらとリエゾンさせてはいけません。

文法の時間は「~てくれます」「~あげます」でした。昨日の先生から「~てくれます」の復習をしてほしいと引継ぎを受けていましたから、それをいいことに、ここでもちょっと熱くなってしまいました。おかげで進度の遅れを少々増幅させてしまいました。「~てあげます」も、コンピューターの中に格好の教材がありましたから、それを使って練習していたら、結構時間を食ってしまいました。

上級の学生は必ずしもKCPの初級を通ってきているわけではありませんが、国の学校などで同じことを勉強してきているはずです。それでも「~てくれます」や「~てあげます」が正確に使えないということは、どこの日本語学習機関にせよ、そういった文法項目がきちんと教え切れていないということです。語学には間違えながら覚えていく側面がありますが、学習者がいつまでも同じ間違いを繰り返すということは、教え方か学び方に欠陥があるからにほかなりません。学び方は各学習者独自のスタイルもあるでしょうが、それをよりよいものに改良していく際には教師の力が欠かせません。

私が心ゆくまで文法の復習や導入や練習や発音指導などをしていたら、進度が今の半分になってしまうかもしれません。完璧主義はいけませんが、上級の学生から「願書を見せてもいいですか」などと願書チェックを依頼されると、初級のうちにそういう芽をつぶしておきたくなるのです。

横綱昇進

1月24日(火)

稀勢の里が横綱になります。稀勢の里にとって、一番いい形で初優勝ができ、横綱昇進もつながってきたと思います。いい形とは、心理的負担がかからなかったという意味です。

稀勢の里は、これまで何度もここぞというときに星を落として、優勝や横綱昇進を逃してきました。ところが今回は、場所前は稀勢の里の綱取りなど全く話題に上がっておらず、少なくとも終盤戦を迎えるまでは、自分自身でも昇進がかかっているという意識はなかったでしょう。さらにまた、優勝は14日目に白鵬が敗れるという形で決まりました。好成績とはいえ、平幕下位の力士に白鵬が取りこぼすとは誰が予想したでしょう。千秋楽に1差で直接対決し、雌雄を決すると、本人も思っていたはずです。もし、そうなっていたら、結びの一番で稀勢の里は実力を発揮できたでしょうか。苦杯をなめて、優勝も横綱昇進も泡のごとく消え去ってしまったかもしれません。

つまり、優勝も横綱昇進も、稀勢の里が手を伸ばしてつかんだというよりは、向こうから転がり込んできたのです。おかげで、稀勢の里は何らプレッシャーを感じることなく、その両方を手にすることができました。こう書くと「棚からぼた餅」のように見えるかもしれませんが、私はそうだとは思いません。精進を重ね、実力も有り余るほど持っていながら、長い間それを十分に発揮できない憾みがあった稀勢の里に、天の神様も仏様も一斉に微笑みかけたような感じがします。

KCPにもいるんですよね、力がありながら出し切れない学生が。今年も2、3人ほど顔が浮かびます。そういう学生も、稀勢の里のおこぼれにあずかれるといいんですが…。

稀勢の里は頭の上を押さえ込まれていたつかえが取れたので、これからぐんと伸びるような気がします。30歳と年齢的には遅い昇進ですが、大器晩成を地で行くような活躍を期待しています。