受けたい

2月22日(水)

授業後に教室でテストをやらせているところに、Gさんが入ってきました。真剣な面持ちでしたから、何か大きな問題でも発生したのかと思いました。ところが、話を聞いてみると、先週の金曜日に受けられなかった卒業認定試験を受けさせてくれということでした。

まず、腹が立ったのは、教室のドアの窓からのぞけば、私が試験監督をしているのがすぐわかるのに、その教室に入ってきたことです。緊急を要する用事ならともかく、認定試験の追試を認めてくれという、きわめて個人的な用件ではありませんか。なぜ試験監督が終わるまで教室の外で待てなかったのでしょう。

そういう気持ちを抑えて、なぜ金曜日に試験が受けられなかったのかを聞くと、ケータイの電池が切れてアラームがならなかったと言います。これまた、大した理由もなく遅刻や欠席をした学生がよく口にする言い訳です。それに加えて、今まで追試が受けられなかった事情を縷々述べていましたが、私はもう聞く気をなくしていました。

試験監督中でなければ激怒するところですが、穏やかな中にとげを含んだ口調で、どうして今頃追試を受けようとしているのかと尋ねました。すると、2年間のKCPの生活を「卒業」で締めくくりたいというようなことを言っていました。殊勝な言い分ではありますが、今までさんざん好き勝手なことをやりまくってきたGさんから、終わりよければすべてよしみたいなことを言われたくはありません。

Gさんは、しおらしく頭を下げていれば自分の要求は通してもらえると思っているに違いありません。そういうことを指摘すると、もちろん否定しましたが、私にはその否定を額面どおりに受け取るつもりはありませんでした。「いい加減にやっているとどこかで痛い目に遭うということをここで思い知って、これから先は二度と同じ失敗を繰り返さないでもらいたい」と恩着せがましいことを言って、Gさんの要求を突っぱねました。

でも、これは私の偽らざる気持ちです。KCPの卒業証書がもらえないくらい、人生における失敗のうちでは小さな部類です。この失敗に懲りて大きな失敗を未然に予防できれば、Gさんにとっては実に安い授業料ではありませんか。でも、本当に懲りてくれるでしょうか。

実力?

2月21日(火)

超級のSさんは、頭がいいというか、語学のセンスがあるというか、テストに強いというか、とにかく成績だけはまあまあ以上で、既に進学先も決まっています。そのSさんの最大の欠点は、出席率が芳しくないことで、ずっとブラックリストに載っています。今学期は私のクラスなのに、あまり顔を合わせていません。

そのSさん、先週の卒業認定試験で赤点を取ってしまいました。授業に出ていないとわからない問題に軒並みつまずいていました。勘の良さだけではカバーし切れなかったようです。それでも、他の赤点の学生同様に、一度だけ救いの手を差し伸べようと思いましたが、その救いの手を知らせる日に休んだので、もう情けはかけないことにしました。卒業証書ではなく、修了証書を手に進学してもらいます。

KCPの卒業認定試験は、確かに卒業に値する実力を備えているかも見ますが、同時にこの学校の授業にどれだけ参加したかを見る試験でもあります。私はそう考えて授業を進めていますから、授業で特に強調したことや板書で詳しく説明したことから試験問題を出します。Sさんのようになんとなく休んでいる学生には不利になりますが、それは当然のことだと思っています。

世の中、要領よく生き抜く力や才覚も必要ですが、愚直に正面から問題にぶつかることも、それ以上に必要だと思います。今までにもこう考えて断を下してきたことが何回かあります。そういう学生やSさんに私の気持ちがどこまで伝わるかわかりませんが、たとえ1人でもこれをくみ取ってくれる学生が出てくることを信じて、これからもこうしていこうと思っています。

はて、Sさんはバス旅行に申し込んでいますが、本当に来るでしょうか。次に会うのは卒業式なのでしょうか…。

手袋がない

2月20日(月)

土曜日の帰りに道でこけて手をついたときに、手袋の指先が破れてしまいました。小さな穴ですが、指先がくっきり見えてしまい、貧乏くさいことこの上ありません。家には予備の手袋がありませんから、昨日、新しい手袋を買おうと家の近くの店を回りました。しかし、手袋がないのです。あっても、ちょっとねえ…というものばかり。今週はバス旅行で日光へ行きますから、手袋は必須です。軍手ならありますが、それじゃ様になりませんから、どうしましょう。

破れてしまった手袋は、百均で買ったものですから、捨てるにしても惜しくはありません。でも、暖かいし、手袋をはめたまま本のページがめくれるし、とても気に入っていました。だから、昨日もまず百均をのぞいたのですが、“さくらコレクション”とかというのになっていて、私がはめていた手袋は既にありませんでした。

確かに、2月も下旬ですから、春物が売られているのはわかります。しかし、まだ2月ですからこれからも寒い日があることは間違いないのに、手袋のような冬の小物が消えてしまっているのは納得がいきません。店としてはもう売れ行きが衰えているものより、これから売れるはずのものに売り場を使いたいのでしょう。こけて手袋を破いてしまったのは自己責任で、あと1か月ほど冷たい手をこすり合わせて過せということなのでしょうか。

今朝は冷え込んで、たとえ指先が破れていても、手袋は欠かせませんでした。しかし日中は結構気温が上がったようで、最高気温が19.7度と言われると、やっぱり今さら冬物を買おうというほうが間違ってるかなって気にもなります。そんなもうすぐ春の陽気をよそに、午後は今週末受験という学生4人の面接練習をしました。あと数日のうちに、みんなうまく仕上げてくれるといいのですが…。

寒い

2月18日(土)

春一番の翌日は冬型になるのが常ですが、昨日は最高気温が20度を超えたのに、今日はやっと10度に手が届いた程度です。風向きも、昨日は南風だったのに、今日は北西の冬の季節風そのもの。明日の朝は真冬並みに冷え込むという予報が出ています。

超級クラスの中間テストの採点をしました。同じ教材で同じように授業をしてきましたが、テストをしてみるとかなりの差がつきました。不合格者こそいませんでしたが、かろうじて合格が何名か。

Hさんはどうやら漢字の勉強をしてこなかったようです。だれでもできるラッキー問題すらも落としている体たらくです。漢字のない国からきているVさんやTさんにも大差を付けられました。でも、他のパートで挽回し、合格点を1点上回りました。

Wさんはカタカナ語がからっきしだめでした。問題文は、Wさんにとっては意味不明の文が並んでいるに過ぎなかったのかもしれません。

漢字の問題は、中国の学生に有利になり過ぎないように、中国語の漢字とは微妙に違う字を必ず入れています。それにものの見事に引っかかってしまったのが、Sさんでした。本人は満点のつもりかもしれませんが、成績を見たらがっかりするでしょうね。

私のクラスは大半が卒業生です。それゆえ、昨日のテストは「卒業証書」がかかったテストでした。まだすべての採点が終わったわけではありませんが、まじめに授業を受けた学生たちは、合格点が取れたのではないかという手応えがあります。さあ、実際のところはどうなのでしょう。来週のお楽しみです。

C予報

2月17日(金)

バス旅行が来週の木曜日に迫ってきましたが、週間予報によると、どうもお天気が思わしくないようです。気象庁の予報によると、栃木県は曇り時々雨ですが、日光江戸村は山沿いですので、もう少し悪いかもしれません。他のサイトの気圧配置予想によると、木曜日は低気圧が本州に中央部のさばっていて、悪天候オーラを発散しまくっています。

数年前のバス旅行で日光江戸村へ行ったときは、いろいろなデータから曇りという予報を出しました。確かに、東京は曇りで、東北道も厚い雲の下でした。このまま逃げ切れるかなと思ったのですが、もう少しで江戸村というところから雨が降り出しました。江戸村の背後の山に雲が登っていくのがはっきり見えました。山沿いは雨が多いという気象の基本をいやというほど感じさせられました。

だから、今回の予想気圧配置の低気圧は、とても不吉な予感が伴うのです。1週間先ですから、これから変わる可能性も結構高いという点だけを頼りにしているのです。気象庁も、あまりあてにならないという意味の「C」ランクをつけているのだけが救いです。

雨が降ると、江戸村内のそぞろ歩きができなくなりますから、とても辛いのです。室内のアトラクションも楽しいのですが、学生たちに江戸時代の暮らしの一端を感じ取ってもらうとなると、ぶらぶら歩き回るのが一番なのです。だから、せめて曇りで踏みとどまってもらいたいのですが、一体どうなるのでしょう。

中間テストが終わりました。来週がバス旅行で、再来週は卒業式です。1月期は、毎年、駆け足で過ぎ去っていきます。

日本語力を伸ばそう

2月16日(木)

Kさんは今学期から受験講座の理科を始めた学生です。まだ初級ですから、こちらも話し方に気を使います。Kさんのレベルのクラスに入ったつもりで、理科の授業をしています。そうはいっても、トリプシンとか競争的阻害とか、専門用語はどうしようもありません。そんな言葉を使って現象や概念などを説明するときには、言葉につられて難しい言い回しにならないように気をつけています。

国で勉強してきたこととも合わせて、Kさんは私の話を理解しているようです。確認の質問をすると、理解できているリアクションを示します。しかし、考えを口で説明しろと言うと、とたんに困った顔になってしまいます。もう少し上のレベルにならないと難しいようですが、口頭試問のある大学が増えていますから、一刻も早くそのレベルになってもらいたいです。

さらに、EJUの過去問をやらせると、問題文の読み取りができないがために、問題が解けなかったり、解けてもとても時間がかかったりしているというのが現状です。私がかみ砕いて説明すると、ああわかったという表情になります。こちらはあと4か月でどうにかしないと、EJUで点が取れませんから、来年4月に進学に差し支えます。

Kさんのいいところは、次の授業で何をするかを聞いて、国で勉強した教科書などで予習してくるところです。だから、教科書の図を見るだけで理解が進むこともありますし、専門用語も国の言葉との対応がつけば頭に入ります。日本語の力が伸びれば、理科の成績も上がっていくのではないかと期待しています。

引く

2月15日(水)

超級クラスでは全員にプレゼンテーションをやってもらうことにしています。今までに何人ものプレゼンを見てきましたが、その中で一番はKさんです。

多くの学生が自分の興味の対象を紹介し、下手をすると自分の世界に入ってしまうこともあるのですが、Kさんは自分がどうしてD大学進学を決めたかということを、子供の頃にまでさかのぼって語ってくれました。確かにスーパー個人的な内容の発表なのですが、聞き手の興味をそらさない話し方をしていたことが印象に残りました。

思い入れのないことについてプレゼンしても、心のこもっていない、聞き手に訴えるものの薄いプレゼンになるでしょう。でも、思い入れがありすぎると、もう少し正確に言うと思い入れがあふれすぎていると、話し手は思い入れの海に浮かび続ける快感に浸ってしまい、聞き手のことを忘れてしまいがちです。そうなると、聞き手は置いてけぼりを食い、引いてしまうものです。

残念ながら、現時点での学生のプレゼンはこういうタイプが目立ちます。志向や思考や嗜好が同じ方面を指向しているなら聞いていて楽しいかもしれませんが、そうでないと壁を感じてしまうこともあります。熱意は伝えられても、それ以外のものを聞き手に与えることは難しいでしょう。

話し上手な人は、こういう点の機微がわかっていて、相手の反応を見ながら話のコントロールができます。同時に、話しながら聞き手の興味を引く術を思いつき、それを実行する器用さもあります。今の学生たちにここまで求めるのは酷でしょうが、進学して、就職してと、人生の階段を上っていくにつれて、こういった技能は必須のものとなっていきます。人の上に立とうと思ったら、なおさらのことです。

Kさんのプレゼンが学生たちの刺激になり、聞き手の心を捕らえるプレゼンが続くことを祈っています。

練習台

2月14日(火)

Gさんは、この時期に至って立て続けに大学院の入試を控えています。社会科学系の専攻ですから私の専門外なのですが、なぜか私に面接練習を頼んできます。先日、私が面接練習をした大学院入試に通ったこともあるかもしれません。

でも、最大の理由は、私のような素人を相手に面接練習をすると、Gさん自身の考えがまとまってくるからのようです。私が素人くさい質問をし、それに対して素人でもわかるように筋道を立てて説明しているうちに、自分の考えの強みも弱みも見えてくるのだそうです。弱みを補うべく説明を追加したり議論の進め方を工夫したりすることが、Gさんにとっても頭の中を明確にすることにつながっていると言っていました。

大学院入試ともなれば、専門的なツッコミにどれだけ耐えられるかが勝負の分かれ目だと思っていましたが、それ以前にきちんと自分の脳内を面接官に示すことが重要なようです。それには、なまじ専門知識があるより何もない人にわからせるほうが練習になるのです。

昔、NHKの週間こどもニュースで、お父さん役の池上さんは、出演するこどもたちに放送原稿を読み聞かせ、こどもが1人でもわからないと言ったら原稿を書き直したそうです。そのこども役を、今の私はGさんから仰せつかっているようです。どうせわからないんだからと開き直ってあれこれ質問するのが、Gさんにはいい練習になるようです。

その一方で気になるのは、今週末の本命校の受験に備えて家に引きこもっているBさんです。欠席だから即悪いことをしているとは思いませんが、そんなことをしていたら四方八方どん詰まりになってしまうんじゃないかと心配です。結果が出せればいいのですが、どうなることでしょうか。

子供と話す

2月13日(月)

超級クラスは、近くのH小学校との合同授業をしました。昨年度から行われている地域交流であり、今年度は私のクラスがKCPの代表に選ばれました。

学生たちは日本の小学校に入るのは初めてであり、おっかなびっくりであり興味津々という顔つきで校舎に入っていきました。私も選挙の投票以外で小学校に入るなんていうことはなく、動き回る子供たちに思わず見入ってしまいました。

交流授業は図書室で行われました。今日は初回ということで、自己紹介が中心でした。学生と小学生たちが自己紹介し合っている間、私は図書室の本を見ていました。ハリーポッターのような比較的新しい本も並んでいましたが、「ルパン」とか「家なき子」とか「シートン動物記」とか、概して私が小学生の頃にもあった本のほうが多かったような感じがしました。そういう本は不朽の名作ということなのでしょう。

それから、子供たちの名札がローマ字だったことも、私にとっては驚きでした。今日のクラスは高学年でしたから、英語教育を見据えてのことかもしれません。私のころは、もちろんひらがなか漢字で名前が書かれていました。そして、それをどこでも必ずつけて歩くように言われました。しかし、今日の子供たちの名札はかなり大判で、明らかに校内用でした。今は物騒な世の中ですから、名札をつけて外を歩くなど、考えられないのでしょう。

そんな観察をしているうちに、交流授業は終わりました。学校に戻ってから学生たちに聞いてみると、1か月分の日本語をしゃべったなどという声もあり、かなりの刺激になったようでした。日本語的には手加減したわけでもされたわけでもなく、いい勝負だったみたいです。

この交流授業は今週から来週にかけてする予定です。学生たちが小学生を通して新宿という街をより深く知ってくれたら、日本のごく普通の子供やその家族、日々の生活に触れて日本をより深く知ってくれたら、この授業は大成功です。

悩み

2月10日(金)

朝、メールを開くと、Kさんから進学相談のメールが来ていました。Y大学に受かったけれども、来年もっと上のランクの大学を狙いたいというものです。

Y大学はネームバリューもありますし、それ相応の評価も受けています。しかし、それ止まりです。いまひとつ一流になりきれないところが、Kさんの気になるところなのかもしれません。

Kさんのメールを読んで、Kさんはこんなにも自分に自信を持っていないのかと驚かされました。KCP入学以来、まじめに勉強していましたが、それはこの自信のなさの裏返しだったかもしれないと思いました。こちらからどんどん口を挟んで、どんどん受けさせればよかったと反省しています。

Kさんは実力のない学生ではありません。教科書を音読させたら、たぶんクラスで一番上手でしょう。漢字もよく知っているし、文章力もあります。しかし、Kさんは自分のそういった力に気付いていないのです。だから、Kさんと同じくらいの力の学生が、Kさんの考えている大学を受験して受かっても、ああいいなあと見送るだけでした。ところが、受験体験ぐらいのつもりで受けたY大学に受かったことで、急に欲が出てきたのです。自分ももしかしたら周りの友だちが合格を決めたような大学に受かるのではないかと思い始め、私にメールを送ってきたのでしょう。

要するに、「1年」をどう考えるかです。受験勉強に使って狙い通りの大学に入るか、Y大学に進学して早く社会に出るかという選択です。Kさんのようにきちんと勉強していける人なら、その勉強の場がY大学であろうとKさんの思い描く大学であろうと、着実に成長できると思います。ただ、Kさんがどの程度真剣に大学選びをしたかは気になります。Y大学で自分の勉強したいことが勉強できるならいいのですが、大学も学部も学科も適当に選んでいたとしたら、本気で進路を考え直したほうがいいと思います。

そんなメールを返信しました。夕方、Kさんは友人たちと受付で談笑していました。どんな結論を出したか、はたまた考え中なのかわかりませんが、来週クラスに入ったとき、話を聞くことにしましょう。