Category Archives: 行事

支える

5月31日(金)

毎年の運動会で感じることは、上級の学生が惜しみなく体を動かしてくれることです。会場設営・後片付け、競技役員、通訳など、運動会の成功に欠かせない戦力となってくれます。

Yさんは若干問題を抱えた学生ですが、運動会の最中は自分で頭を使って動いてくれました。応援の横断幕がはがれそうなのをさりげなく直してくれたり、教師が荷物を運ぼうとしているのを見るとさっと手を出してくれたりなど、私の抱いていたYさんのイメージがガラッと変わりました。「ちょっと手を貸して」と呼びかけるといつも真っ先に来てくれたTさん、会場の外の見回りという地味な役柄をこなしてくれたCさんなど、みんなが汗を流してくれました。

こういう行事で大切なのは、気働きというやつです。私たち指示を出す側も、事前にすべてのことをマニュアルに盛り込むことはできません。当日現場で臨機応変に対処しなければならないことがごまんと発生します。それを見て、あるいは教師のとっさの指示(多くの場合は言葉足らず)の真意を理解して、すぐに動作することが求められます。普段の授業では線がつながっているのかいないのかわからない学生がこういう時に大活躍すると、思わず感心してしまうのです。そういう場面が、今年の運動会では多かったような気がしました。自分たちがこの運動会を成功へと率いていくんだという意欲も感じられました。もちろん、この活躍を無駄にはしません。学校から出す書類の中に、必ず反映させます。

学生たちの多くは一人っ子かせいぜい2人兄弟ぐらいですから、国ではことのほか大切に育てられてきたことと思います。運動会ならいつも選手か、出たくなかったらそういうわがままも言い張れたのではないでしょうか。でも、KCPの運動会では、裏方です。競技を楽しむ、応援で盛り上がる学生たちを陰で支える役目をひたすら果たします。

大人になってからの仕事って、そんなことが中心ですよね。特に日本で就職したってなると、入りたてのうちは、多かれ少なかれ、雑巾がけです。縁の下の力持ちには大きな喜びがあることを体と心で覚えてもらえれば、それもこの運動会の成功の一要素です。

スター

5月29日(水)

学校中で、競技進行の最終チェックや応援フォーメーション練習や各種小道具づくりなど、明後日の運動会の準備がピークを迎えています。昼休み、私が担当する競技で学生たちが使う小道具を、使う本人たちに作らせました。ちょっとした絵(?)を描いてもらったのですが、美大志望のMさんはスイッチが入ってしまいました。

まず、驚かされたのは、何の道具も使わずにゆがみのない円が描けることです。それも、サインペンでスーッと描いちゃうんです。私も受験講座の理科で、説明のための図に円を描くことが多いのですが、いつも楕円にもならないような不細工な円になってしまいます。原子の電子殻などで同心円を描く必要があるのですが、外側のはおにぎりみたいな形になってしまうこともしばしばです。それはともかく、その真円を朝日にするのですが、まったく同じ大きさ・形になります。画才のない私は、ただただその手際に感心するばかりでした。

もちろん、その小道具はすばらしい出来栄えで、運動会当日、学生や教職員の目を引くことでしょう。才能が発揮できるチャンスがあると、抑えようにも抑えられないのかもしれません。こういうのを「才能がほとばしり出る」と言うんですね。まさに腕が鳴っているのだと思います。

クラスでも学生たちに応援グッズを作らせました。やはり、凝る学生はいるもので、誰でもできる単純作業にでも、いや、単純作業だからこそ、他の学生とはひと味違うところを見せつけたいのでしょう。やはり、雑に作ったものと比べると、目を奪う力が全然違います。

もちろん、リレーをはじめ、ガチンコ系の競技に命を懸ける学生も大勢いるでしょう。優勝チームにはヒーローが出るものです。それが普段は目立たない学生だと、驚くと同時になんだかうれしくなります。運動会は、運動神経だけでなく、才能の輝きを競い合う場でもあります。

手を挙げる

5月14日(火)

5月31日(金)の運動会の出場選手を決めました、いや、運動会は全員参加ですから、各学生の出場種目を決めたと言うべきでしょう。

昨日のT先生から、種目説明をしたけれども反応がよくなかったとの引き継ぎを受けていたので、かなり難航するのではと案じていました。今週末の中間テストに向けて追い込みの時期であり、これにあまり長い時間をかけたくありませんでしたから、いよいよの場合は強権発動かなと覚悟していました。

リレーの選手を募ると、Yさんが「1人どのくらい走るんですか」と聞いてきました。体育館の中なので1人100m弱だと答えると、Yさんが立候補してくれました。

これでクラスのみんなの気持ちがやってみようという方向に動いたのか、リレーはあっという間に埋まり、他の種目も順調に埋まりました。しかし、1つだけ人気のない種目があり、そこだけ決まりませんでした。「誰かいませんか」と何回か促したところ、Cさんが引き受けてくれました。

Cさんはすでに自分が出たい種目にエントリーしていて、さらにもう1種目出てくれたのです。力ずくで決めるには至らず、教師としてはありがたい限りでした。おかげで、ひそかに見積もっていた時間の半分もかからずに本日最大のタスクを終了することができました。

Yさんのように沈滞ムードを打ち破ってくれる学生、Cさんのようにみんなの尻込みする仕事を引き受けてくれる学生がいると、クラスはうまくまとまります。みんな押し黙って、その雰囲気に耐えられず誰かがスマホでもいじり始めようものなら、教師は激怒しなければなりません。いらぬ説教で時間をつぶすことに陥ってしまいます。担任教師のありがたいお小言など、誰も聞きたくはないはずです。

2人がそういうことまで読んで声を上げたり手を挙げたりしたしたのかはわかりませんが、近ごろ多い自分のことしか考えていない利己主義学生でないことは確かです。今学期は学生に恵まれたと思いました。

実質総代

3月4日(月)

KCPの卒業式では、卒業生総代は設けていません。ただ、最初に証書をもらう学生だけ証書に書かれている文面を全て読み上げます。それ以外の学生のは“以下同文”で、名前以外は読みません。そういうわけで、実質的には最初に証書をもらう学生がその年の卒業生の顔となります。

今年の顔はBさんでした。1年以上最上級クラスに在籍し続け、去年の6月のEJU日本語では全受験生の最高点(実質満点)、同じく7月のJLPT・N1では満点の合格、そして国立大学への進学も決まっており、学生も教師も誰もが認める卒業生№1です。もちろん、予行演習の通りに証書を受け取り、最後の最後まで他の学生に範を垂れてくれました。

Bさんには、私も密かにお世話になりました。中間・期末テストなどでは、まず、Bさんの答案を採点します。そうすれば、模範解答を作らずにすむのです。Bさんの答えが、私の求めていた答えの水準よりも高すぎて、逆に模範解答にならなかったことすらありました。

こういう軸になる学生が抜けてしまった穴を、一体誰が埋めるのでしょう。去年はBさんが担ってくれるだろうなという予感がありましたが、今年はこれといった学生が思い当たりません。でも、おととしだって、その前の年だって、そう思いながらも4月期の終わりごろには頼りになりそうな学生が現れてきました。自分たちが最上級生だという自覚が、今年は勝負の年だという覚悟が、学生を育てるのだと思います。

Bさんは「長い間、お世話になりました。ありがとうございました」と言って、卒業式場を後にしました。明日から私は初級クラスの担当です。Bさんに続く人材を育てねば…。

一瞬

3月1日(金)

2階のラウンジに、バス旅行の写真コンテストの応募作品が張り出されています。どの作品も「タイムトラベル」というテーマにふさわしく、“江戸”を感じさせてくれます。その中でも入賞作品は、ドシロウトの私が見てもすばらしく、なんだか写真の中に吸い込まれそうになります。

どの写真も、日光江戸村の中のほんの一瞬を切り取ったものですが、その一瞬が実に輝いているのです。よくぞこの一瞬にシャッターを押したものだと感心することしきりです。私は写真を全く撮りませんから、どんなにすばらしいシャッターチャンスが目の前に現れても、それに気づくことすらありません。感激できる瞬間をみすみす見逃しているのです。もったいないなあと思います。同時に、1秒にも満たない輝ききらめきときめきざわめきをがっちり捕らえる、カメラマンたちの反射神経と美的感度の鋭さと構成力に舌を巻くばかりです。

ケータイやスマホでだれでもいつでもいくらでも気軽に写真が撮れるようになりました。そのため、撮ったけど一度も見られることなく消去される写真も山ほど生まれましたが、そうした犠牲の上に頂点も高くなったと言われています。“数撃ちゃ当たる”ではありますが、その玉石混交のなかから“玉”を選び出す眼力も養われているのでしょう。

2階の写真で私が最も瞬間性を感じたのは、M先生の真剣白刃取りです。筋肉の躍動感が伝わってきました。きっと体を鍛えているのでしょうね。学生の前でそれこそ日本の伝統芸能を見せようと思ったんじゃないかな。

さて、月曜日は卒業式。卒業生が見せるKCPで最後の笑顔を切り取った写真を見てみたいです。

不審者出没?

2月28日(水)

来週の月曜日に卒業式を控え、授業時間を割いて卒業生たちの予行演習をしました。6階の講堂のステージを使い、本番と同じようにステージに上がり、証書をもらい、文集を受け取り、ステージを下りるという動作を確認しました。日本人にとっては当たり前の証書のもらい方も、日本文化に深く傾倒した学生にとってさえ戸惑うもののようです。みんな、私の説明をいつになく真剣に聞いていました。

卒業式は学校で一番大きな儀式ですから、厳かな雰囲気を持たせたいです。ですから、キメるべきところはビシッとキメてほしいのです。だらっと手を出して証書を受け取るようなことはしてほしくありません。いかに親しき仲とはいえ、私に微笑みかけてくるようなこともやめてもらいたいです。そんな細かいことまでは言いませんでしたが、今までとは違うぞという空気は感じ取ってもらえたと思います。

困るのは、この予行演習に参加しなかった学生どもです。授業を欠席するほどですから、そもそもが怪しいやつらです。それに加えて要領をつかんでいませんから、怪しさ倍増なんていうものではありません。月曜日の本番では、おどおどしながら私の前に出てくるのでしょうね。

もう一つ心配なのは服装です。面接試験に着ていくような服を着て来いと伝えましたが、欠席学生には伝わっていません。燃えないごみでも捨てに来たのかと言いたくなるようなかっこうで出現するやからが、毎年何名か必ずいます。私のクラスのCさんも、最近さっぱり姿を見かけません。ジャージ姿のぼさぼさ頭で、眠そうな顔をしながら式場にぬっと現れるのではないかと気をもんでいます。

密かな天気予報

2月23日(土)

今学期は、始業日の前から天気予報を追いかけてきました。バス旅行当日の天気をきっちり予報しなければならなかったからです。栃木県日光地方の週間予報をずっと記録し、1週間前に出された予報がどのくらい当たるか追跡していました。

結論から言うと、思っていたよりも当たっていました。ただし、予報は、日光江戸村そのものずばりではなく、日光市今市のですから、当てやすかったとは思います。今市はぎりぎり北辺であっても関東平野ですし、関東平野なら冬は基本は晴ですから。日光江戸村は、今市から鬼怒川を7~8キロほどさかのぼった谷あいにあります。その分雪も降りやすいですし、川に沿って吹き抜ける風が思わぬいたずらをしないとも限りません。

現に、江戸村のはずれのほうには溶けかけた雪がわずかに残っていました。また、今市の予報は1日中晴でしたが、江戸村はくもりがちの時間帯もありました。風はけっこう冷たく、私は手袋をして歩きました。そうはいっても雨には降られず、また、凍えるほどの寒さでもなく、そういう点では今市の予報でも十分役に立ちました。

2月21日について言えば、週間予報が出たときからずっと晴ベースの予報で、現実にも晴でした。前日か遅くとも当日未明のうちに低気圧が関東近辺を通り抜け、21日は好天という予報でした。低気圧は予報より早く、19日のうちに抜けた模様で、1週間前の予報では雨だった20日も、実際には晴れでした。もし、バス旅行が20日だったら、バス旅行実施可否の最終決定日に、自信を持ってGOサインを出せたかどうか疑問です。

この次に私が真剣に予報を出さなければならないのは、4月の学期が始まってからの御苑でのお花見の日でしょう。芝生に腰を下ろすとなると、前夜の雨や当日朝の冷え込みによる朝露まで考慮に入れる必要があります。また、4月ともなれば日差しが思いのほか強いので、そちらの心配もします。責任感で胃は多少痛くなりますが、その痛みが楽しみだといったら、Mでしょうか…。

忍者大流行

2月21日(木)

「先生、忍者ですか」と、何人に聞かれたでしょうか。今回のバス旅行では、日光江戸村内でKCPの教職員のだれかが忍者となって5種類の江戸時代グッズのどれかを持って歩いているので、その教職員を見つけてシールをもらい、5種類コンプリートすると、記念品がもらえるという企画を実施しました。それで、学生たちは私も何か持っているのではないかと見て、忍者か聞いてきたというわけです。中にはあからさまに「先生、シールありますか」と聞いてくる学生もいましたから、そういう学生には「シールはないけど、ごみならあるよ」と、ポケットからくしゃくしゃに丸めたビニール袋を出すと、あわてて逃げていきました。

私が引率したクラスでは、Yさんが見事に5種類のシールを全て集めました。どんな賞品かは知りませんが、今学期で帰国するYさんにとっては、いい思い出になったのではないでしょうか。Yさんに限らず、卒業予定の学生たちは、KCPでの生活の名残を惜しむかのように、江戸村のアトラクションを楽しんだり屋台で買った串などを食べたりしていました。

今までになく人気を集めていたのが、手裏剣道場でした。その前を通るたびに誰かが出入りしていましたし、手裏剣を的に命中させてゲットした賞品を見せびらかしている学生もあちこちにいました。KCP忍者とかいってあおったからでしょうかね。

もちろん毎度おなじみの変身を楽しんだ学生もいました。和装をすると、普段顔を合わせている学生も見違えてしまいます。着付けが上手だからという面も見逃せませんがね。私も毎度おなじみの変身をしました。今年もお大尽様をさせていただきました。学生から「江戸村の役者さんみたいですね」と言われて、「KCPをやめたらここに就職しようかな」なんて、いい気になっている私がいました。

比例

2月18日(月)

中間テストがありました。午前中は卒業クラスの試験監督をしました。今学期は私が入っていないクラスですが、大半が以前受け持っていたり選択授業のクラスにいたり受験講座を受けていたりということで、何がしかの接触がある学生でした。そりゃあ、2年近くいたらどこかで引っ掛かりがあるものですよ。

そういう彼らが、KCPで最後の試験に呻吟しています。ある学生にはここが踏ん張りどころだと心の中で応援し、別の学生にはいい気味だと冷たく見ていました。申し訳ないけど、授業態度が悪かったりそもそも欠席が多かったりする学生は、あんまり応援したくありませんね。えこひいきするわけではありませんが、ひたむきに努力を重ねている学生は、そっとおしりを押してあげたくなります。

さて、夕方から、その学生たちの採点をしました。おしりを押したくなった学生は、手心を加えるまでもなく合格点を取り、応援したくない学生は多少甘めに付けたところで不合格でした。教師の好みに合うとか合わないとかという以前に、授業をまじめに聞いていない学生は点が取れないのです。きっちり授業に参加してきた学生は、それなり以上の成績を収めるものです。

テストの採点と並行して、バス旅行の準備が進められています。明日はしおりを配って行程の説明をします。日光江戸村の中でいつ何を見るかも決めていかなければなりません。教師は行き帰りのバスの中で何をするかも決めておかねばなりません。バス旅行が終わったらすぐに卒業式です。あれこれ行事が重なって忙しいのが、毎年のこの時期です。

成人の日

1月15日(火)

昨日は1月の第2月曜、成人の日で休みでした。成人式らしい人を2人ばかり見かけました。でも、私の感覚では、成人の日はいまだに1月15日です。調べてみると、ハッピーマンデー制度によって成人の日が1月15日ではなくなったのは2000年のことで、もうすぐこの制度ができてから生まれた人たちが成人式を迎えるのですね。

今年のKCPの成人式は、古式に則ったわけではありませんが、本日・1月15日でした。この日が成人の日だったのは元服の儀式が行われたことにちなむので、本当は軽々しく動かすのはいかがなものかと思います。でも、元服の頃の1月15日はもちろん旧暦で、現在の暦とは時期がだいぶ違いますから、あんまりこだわってもしょうがないとも言えます。

式は昼休みに行われました。せっかく本来の成人式の日である1月15日になったのに、儀式らしく正装で参加した学生が少なかったのは残念でした。でも、きちんと成人式の意義を理解してスーツ姿で来てくれた学生を見ていると、うれしくもあり、こちらも気を引き締めねばと思えてきます。

大人になるとは、“すごい”と思われることが少なくなることだと挨拶しました。できて当たり前、して当然と思われることが多くなるのです。それは責任が増すことにも自覚が求められることにもつながります。こういった周りからの期待に応えていかねばならないというプレッシャーも感じることでしょう。それらを乗り越えて、家族からも友人からも教師からも一目置かれる存在になることが、大人になることなのだと思います。

正装で式に臨んだ学生たちは、大人の自覚が芽生え始めているんじゃないかなと思いながら、スピーチを終えました。