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お茶にしびれた?

7月4日(水)

久しぶりにお茶会に参加しました。アメリカの大学のプログラムで来ている学生たちの文化体験の一環としてお茶の授業があり、クラスの学生たちの引率をしたというわけです。

毎学期行われている茶道クラブのお茶会は、受験講座の時間と重なるため、ここ数年全然参加していません。ですから、作法を覚えているだろうかと危惧していましたが、残念ながらそれが杞憂とはなりませんでした。先週、担当のO先生からレクチャーを受けていたのですが、それを本番で生かせず、小声でさんざん注意されてしまいました。やっぱり継続的に練習しないと、作法は身につかないのですね。うまくできたのは、蹲で手と口を清めるところだけでした。このしぐさは、寺社にお参りするときにしていますから、実は継続的に練習しているのです。

私のクラスは日本語がほとんど通じない学生たちばかりですから、蹲での所作も私のを見てまねします。もうこの時点で緊張気味なのがよくわかりました。でも、みんなであれこれ指示を出し合って、全員がお茶を飲み終わるまで無作法にならないように協力していたのは見事でした。先週初めて顔を合わせたばかりなのに、全員で立派なお茶会を作り上げようという雰囲気が盛り上がっていました。

茶碗を回したり最後にズズッと音を立てて飲み干したり、学生たちにとっては異文化そのもののお茶会だっただけに、最後まで興味を失わず、真剣に取り組んでいました。ただし、足はすぐしびれてしまったようで、O先生に認められた横ずわりをしていました。また、お茶を点てる体験では、Cさんがとても上手だとO先生にほめられました。茶筅を動かす時の音が違いましたから、私が見ても手際がいいことがよくわかりました。

この学生たちがもう少し日本語が上手になったときに、もう一度、今度は日本語で文化を語りながら、一緒にお茶を飲みたいと思いました。

縁の下の力持ち

5月16日(水)

教職員側の運動会の反省会をしました。その中で、競技のお手伝いをお願いした学生たちが誇りを持って働いてくれたという意見が出ました。最上級クラスは専ら競技役員で、クラス対抗リレー以外は選手として競技に出ることはありませんでした。学生たちからは競技に出たかったという意見もありましたが、選手として参加していた学生から頼られる存在だったことが、それ以上に誇らしかったようです。担当の先生は、最上級クラスの学生としての自覚が出てきたともおっしゃっていました。

当日、私は審判としてずっと競技場にいましたが、競技役員の学生たちは実にきびきびと動いていました。事前の説明では自分の役割がいまひとつピンと来ていなかった学生も、現場で仕事を説明すると、改めて責任の重さを感じ、目に見えて顔つきが引き締まりました。朝、会場作りを手伝ってくれた学生たちも、こちらの指示をすばやく理解し、てきぱきとラインテープを張ったり競技に必要な物をしかるべき場所に運び出したりしてくれました。

学生たちは、教師に頼りにされることを密かに待ち望んでいるところがあります。通訳をお願いすると、ほとんどの学生が喜んで引き受けてくれます。レベル2の学生にレベル1の学生への通訳を頼んだこともありますが、ちょっと緊張気味にしっかり仕事をしてくれました。こういうことで学生の潜在力を引き出し、その学生を伸ばしていけたらいいなあと思います。

運動会を始め、学校行事で助けてくれた学生たちは、恩返しの意味も込めて、推薦書にはその旨を必ず書いています。日本は、光が当たる舞台を陰でさせる人たちを高く評価する伝統があります。学生たちがそれを理解し、地味な役割にも進んで手をあげる人へと成長していくことを願っています。

速いじゃないですか

5月11日(金)

私のクラスの学生Bさんは、毎日休まず学校へ来て、授業中はノートを取っているか教師の話に耳を傾けるかしています。緊張しすぎるきらいがあり、指名してみんなの前で発表させると言葉に詰まってしまうこともよくあります。でも、数人のグループに分かれて活動するときは、積極的に自分の意見を述べています。

そのBさんが運動会で何種目も出たいと手を挙げたという話を聞いたときは、本当かと耳を疑いました。そして、本番。リレーの第1走者のBさん、何と先頭を切っているではありませんか。いかにもスプリンターといった体つきの学生たちを向こうに回して、堂々の快走です。Bさんが稼いだリードを守りきり、見事に予選通過。バスケのドリブルも、様になっていました。見かけによらずなんて言ったら失礼ですが、どうやらスポーツ万能のようです。自信があったからこそ手を挙げたのだということが十分にわかりました。

運動会は学生の意外な一面が見える行事です。Aさんは団体競技で大いにリーダーシップを発揮したそうです。少し年長ですから上に立ったとしても不思議はないのですが、Aさんのチームは他のチームに比べて抜群に統率が取れていました。一番難しい課題も、Aさんのおかげで早くかつきれいにクリア。こういう特徴は、Aさんが進学や就職をする際に、是非、強く訴えてもらいたいところです。また、私たちもそういう指導をしていきます。

お昼のお弁当の時間に、クラスのみんなにおいしいものをつくってきて注目を浴びた学生もいたそうです。BさんやAさんのほかにも、運動会でふだんの様子からは想像もつかない活躍をした学生が大勢いることでしょう。そんなみなさん、ここで得た自信を、これからのKCPでの生活にも生かしていってくださいね。

熱中

5月9日(水)

あさってに迫った運動会の準備がたけなわです。クラスでは運動会のしおりが配られ、会場までの行き方を教えたり、会場内での諸注意の読み合わせをしたりしました。授業後には、各種目の競技役員を務める学生たちに動きを説明したり、各チームの応援のフォーメーションをあれこれ考えたりという先生方の姿が、職員室のあちこちで見られました。

その運動会で写真や動画を撮ってくれる学生を募集したところ、我も我もと手が挙がり、担当の先生が目を回してしまいました。チームの応援に使う横断幕を学生に描いてもらおうと思ったら、みんな熱中してしまい、下校時刻を過ぎても帰ろうとしません。確かにKCPから美術芸術系の大学などに進学する学生は多いですが、芸術家の卵たちは、自分の腕を試す場を見逃そうとはしないようです。

私は写真を撮ることにも絵を描くことにも、全く興味も才能もありません。絵や写真を見る目も持っていません。ですから、絵や写真に熱くなる学生の気持ちが、本当のところはわかりません。そういうところに自分の居場所を見出しているのでしょうが、その居場所がその学生にとってどれほどかけがえのないものなのかまでは、想像力が及びません。

私もそういう場所を持ちたかったなあと思います。時間を忘れて打ち込める何かを持っている学生たちが、とてもうらやましいです。それが芸術系だったら、人の心を動かすことができます。私のように「趣味読書」では自己完結ですから、上述の横断幕のようにみんなの感動を呼ぶなんてことはあり得ません。

KCPの運動会は、スポーツの祭典だけではないのです。

マニアの旅行

5月7日(月)

連休は、今年も関西へ。10年以上も毎年通っていると、姫路城や東大寺など有名なところは行き尽くし、だんだんマニアックになってきます。

今年は武庫川沿いのハイキングをしました。と言っても、河原の石ころ道を歩いたわけではありません。国鉄(JRではありません)福知山線の廃線跡を歩いてきました。レールだけがはがされた枕木が並んでいるところもあったのですが、これが意外と歩きにくいんですね。私の歩幅は枕木の間隔の1.5倍ほどで、枕木の上に足を置こうとすると歩くリズムが崩れ、歩幅を優先すると足元が枕木の上になったり線路の砂利に取られそうになったりと安定しません。また、トンネル内には照明がまったくなく、家から持ってきた懐中電灯が唯一の明かりとなります。蒸気機関車時代から使われていたため、トンネルの入口のレンガや内壁には黒いすすがこびりついています。川筋に忠実な羊腸の線路を、煙を吐きながらあえぎあえぎ進んでいく機関車と客車が目の浮かびました。

景色は、お天気にも恵まれたこともあり、渓谷美や新緑が目に鮮やかでした。尼崎や西宮あたりの平地をどよーんと流れるのとはわけが違います。昔は車窓からこの絶景が拝めたのでしょうが、今のJR宝塚線(「福知山線」とも呼ばなくなりました)は新幹線並みにトンネルで山を直線的に貫き、車窓の楽しみは失われました。

私は上流から下流に向かって歩きましたから、廃線跡の出口は宝塚の市街地の末端でした。突然交通量の多い国道に放り出され、前後左右はこじゃれた住宅地。自然に溶け込み、時間をさかのぼり、身も心も透明になりかけたところで、急に現実に引き戻されました。

そのほか、南朝の余韻に耳を澄ませてみたり、長岡京の栄華に思いを馳せたりしました。長岡京については、来年以降集中的に見学していこうと思いました。そういう、魅力的な話も聞けた連休でした。

さて、連休明け。Kさんはゆうべ飲み過ぎて二日酔い、Lさんはまだ連休だと思っていたとかで大遅刻でしたが、大学の卒業式に出るために一時帰国しているHさんを除いて全員来ました。今週金曜日は運動会。競技のルールの説明をしたら、学生たちも少しずつその気になってきました。

カード

3月9日(金)

卒業式が終わって、卒業生たちがステージやロビーで先生方を捕まえては記念写真を撮っているとき、Tさんが私にありがとうカードをくれました。学校に引き揚げてきてからそのカードをじっくり読むと、Tさんは、入学した時の校長挨拶を覚えていてくれて、そのときの私の問いかけに答えてきてくれました。

Tさんは、在学中、入学式での私の問いかけをずっと心に留めていて、答えを探し続け、そして自分なりの答えを見つけて私に告げてくれたのです。その学期に入学した学生で、校長挨拶で私が投げかけた問いに何がしか反応してきたのは、Tさんだけです。残念ながら、その答えは間違っていましたが、問いかけを真剣に受け止め、考え続けてきてくれたことがうれしかったです。

Tさんは4月から大学院生です。大学院での研究も、1つの疑問点を考え続けて掘り下げて、答えを見つけていくものです。もちろん、Tさんが取り組む研究は、私が入学式でちょっと口にした程度の問いかけとは桁が違います。あらゆる手段を尽くして全知全能を傾けて、やっとどうにか答えに手が届くかどうかでしょう。でも、Tさんならきっとそれを成し遂げてくれると、Tさんからのカードを読みながらそう思いました。

証書を渡し終えた後の挨拶で、進学先では学び方を学んでほしいという意味のことを話しました。私が言わんとしたことのかなりの部分を、TさんはKCPにいるうちに実践していたようです。進学先では、自分の根幹をなす思考回路を、形作っていってもらいたいです。

シャチが暴れて

3月2日(金)

朝、御苑の駅から地上に出て、学校へ向かおうとすると、東の空が曙光に輝いていました。バス旅行は“天気よければ全てよし”ですから、思い出に残るバス旅行になりそうな予感がしてきました。

海ほたるからは、海越しに富士山が見えました。東京にいると、海越しの富士山を見る機会にはなかなか恵まれませんから、私も思わず見とれてしまいました。欲を言えば、雪をかぶった中腹以上だけではなく、裾野までくっきり姿を見せてほしかったですが、富士山がはっきり見える日は寒いですからね。海風に震えるような日和じゃ困ります。春霞ぐらいがちょうどいいです。

鴨川シーワールドへは今まで何回か行ったことがありますが、海の動物たちのショーをじっくり見たことはありませんでした。今回は学生引率にかこつけて、イルカ、シャチ、アシカのパフォーマンスを最初から最後まで見ました。何といってもシャチですね。イルカやアシカとはパワーが違い、実に豪快でした。わざと水しぶきを上げて、プールのそばで見ていた幼稚園の遠足の子どもたちをびしょびしょにしていました。びしょ濡れになった園児たちが、家へ帰ってから家族に興奮しながらこの体験を語っているようすがめに浮かびます。

KCPの学生にも“被害者”がいましたが、Kさん、Yさんは満足げでした。掃除のホースから出た水道水をかけられたら頭にくるでしょうが、シャチが暴れた海水をかぶっても、いいお土産になったって思ってるんじゃないかな。私は水しぶきが飛んでこないところで見ていましたからこんなのんきなことを言っていますが、当の本人はどうだったのでしょう。

帰りは海ほたるの駐車場が満杯で止められず、休憩なしで新宿駅西口まで帰ってきてしまいました。来週の金曜日は卒業式。私のクラスの大半がいなくなってしまいます。そういう寂しさをふっと感じながら、バスを降りました。

成人式がありました

1月15日(月)

私の席から、見るともなく窓越しにロビーに目をやっていると、いつになく着飾った学生が教室へ向かって行くのが見えました。私の教室にも、スーツを着た学生がちらほら。

午前の授業後、講堂で成人式がありました。この場に集まった学生の多くが生まれた1997年は、私が日本語教師養成講座に通っていた年です。その頃に生まれた赤ちゃんが私の目の前に成人として居並んでいるのかと思うと、感慨深いものがありました。

20年前は、北海道拓殖銀行や山一證券などの金融機関がつぶれ、バブル後の日本経済が混迷のどを深めた年でもありました。でも、根が楽天家だからなのでしょうか、日本語教師として生きていくことに大きな不安を感じてはいませんでした。文法や言語学や音声学や日本語の成り立ちなど、理系の教育を受けてきた私が、興味は持っていたけれどもじっくり学ぶことができなかった方面の勉強ができて、かなり幸せを感じていました。

当時の私と今の私とを比べるとずいぶん変わったものだという思いがしますが、成人式の学生たちは、ゼロから親元を離れて外国で1人暮らしをするまでに至っているのですから、ただただ頭が下がります。成人式を機に、さらに大きく伸びていってもらいたいと思いました。

成人式の直後、その成人式に参加していたSさんの面接練習。4月にもう一段の高みに上ろうとしています。力強く進んで行ってほしいものです。

20年後、学生たちはどんなふうにこの成人式を思い出すのかな…。

作戦立案

11月11日(土)

職員室のあちこちから、水上バスを降りた後のお台場ツアーのプランを話し合う声が聞こえます。通常のバス旅行だと、例えば富士急ハイランド内をどう歩き回るか、どんなアトラクションをどんな順番で回るかという話になるのですが、お台場は有料無料のアトラクションが多すぎて、一筋縄ではいきません。また、富士急ハイランドなら絶叫マシンに乗ってしまえばあとはのどがかれるまで叫び続けるだけで、そこには国籍も日本語レベルもありません。しかし、お台場はそういうわけにもいかず、教師の頭を悩ませるところとなっています。

私のレベルは行き先が決まっていますが、予定している昼食会場から約2.4キロあります。私は歩くのが大好きで、しかも速いですから、お台場みたいなまっ平らなところの2.4キロなら、どう考えても30分はかかりません。しかし、学生を引き連れていくとなると、下手をすれば1時間近くかかってしまうかもしれません。学生たちが何十分もの行軍に耐えられるとは思えません。ゆりかもめで移動してもいいですが、あの狭い車内に一気に何十人も乗り込むと、その便だけとんでもない混雑になってしまうことも十分考えられます。

さらに、上級の学生はなまじ日本語ができますから、単独行動に走るおそれも否定できません。富士急ハイランドや日光江戸村などで迷子になると、東京まで帰り着けないかもしれません。しかし、お台場なら、ゆりかもめに乗っているうちに東京タワーや山手線が見えてくることでしょうし、りんかい線だったら気がつけば新宿などというラッキーパターンもありえます。そんなことをされたら、教師の心臓はいくつあっても足りません。だから、私たちと一緒に歩いていくと面白いことに出会えるよという企画を立てねばならないのです。

さて、明日はEJU。対策講座に出た学生たちには、今晩は8時に寝るように言っておきました。すっきりした頭で実力を遺憾なく発揮し、気持ちよく水上バスの旅に参加してもらいたいです。

じゃんけんよりも

11月9日(木)

今学期の学校行事は、水上バスの旅です。浅草から水上バスに乗り、隅田川の川面から東京の町を見ながらお台場まで行きます。お台場でクラスごとレベルごとに食事をして、何か所か見学する予定になっています。私はここ数年お台場へ向かうゆりかもめはよく見かけるのですが、お台場に足を踏み入れるのは数年ぶりのことです。学生引率という大役があるとはいえ、どこか浮き立つものを感じています。

その水上バスの旅も、来週の金曜日に迫ってきましたから、そろそろ準備を本格化しなければなりません。クラスごとの行動になりますから、各クラスでクラスリーダーを2名決めることになりました。浅草やお台場で行方不明を出さないように、リーダーにはしっかり働いてもらわねばなりません。

さて、私のクラスです。「水上バスの旅のリーダーですが、やってくれる人、いませんか」と聞いてみても、無言。自薦がないならと、「じゃあ、だれがいいですか」「……」。この無言にいたたまれなくなったのか、Yさんが「じゃあ、私がします」と言ってくれました。Yさんは、私が密かに候補にしていた学生ですから、“うん、やっぱり引き受けてくれたか”という感じ。

「もう1人は誰がいいですか」「……」「私が勝手に決めてもいいですか」となって、やっといくつか決め方のアイデアが出てきました。でも、何とか自分に回ってこないようにという意識が垣間見えていました。「先生とじゃんけんして負けた人」などという案も出てきて、じゃんけんをやろうとしたところで、Dさんが「私がやります」と言ってくれました。

Dさんは、去年、初級でも教えた学生です。そのクラスではやや自己中的な面が見られましたが、だれも引き受けようとしない役を進んで引き受けてくれるまでに成長したかと、ちょっと感激しました。平坦な道ではなかったはずですが、人間的にも大きく伸びたと思います。

ここまでだったらとってもいい話なのですが、Dさんは2月末のバス旅行では、クラスリーダーになったのに遅刻したとO先生。一抹の不安を感じながらも、Dさんのリベンジ精神にかけるほかありません。