Category Archives: 授業

静かな授業

9月18日(水)

私のクラスは期末タスク真っ盛りです。数人のグループになって、各メンバーが与えられた課題についで調べ物をして、それを総合して発表します。昨日から始まったばかりですから、まだ調べ物の段階です。このクラスの学生はよくしゃべるのですが、調べ物の最中は水を打ったように静まり返っていました。鉛筆を動かす音の分だけ、テスト時間中の方がうるさいくらいでした。今どきの学生は、スマホで何かしている時が、一番精神集中できるのでしょうか。

今回のタスクは、ある県についていろいろな角度から調べて発表するというものです。グループ内で役割分担を決めて、各自が調べた結果を持ち寄ってパワーポイントを作り、発表します。もちろん、そこで使うべき(使ってほしい)表現や語彙は、今学期の授業で入れています。ですから、ただ単に調べ物をすればいいという問題ではありません。ネットに書いてあることをそのまま丸写しして発表しても、点数は付きません。それを自分なりに咀嚼して、理解できたことをクラスメートにわかるように伝えるという点に主眼があるのです。

同時に、クラスメートの発表を聞いて、新たな知見を得ることもまた、この期末タスクの目的です。学生が知っている都道府県と言えば、1都1道2府と沖縄県ぐらいでしょう。埼玉県は春に行った川越をピンポイント的に知っているくらいでしょうか。例えば鳥取県などという学生にとって縁遠い県について調べたり、その結果を聞いたりしたら、それはそのまま学生たちの視野が広がることにつながります。

調べ物の最中の静けさが、知的好奇心爆発の前兆現象であることをひそかに祈っています。

日本語教師養成講座へのお問い合わせはこちらへ

最後です

9月13日(金)

授業が終わって職員室に戻ろうとしていると、Mさんが「先生、来週の火曜日は授業をしますか」と聞いてきました。「いいえ。このクラスの授業はいつも通り、水曜日と金曜日ですよ」と答えると、Mさんは「じゃあ、今日が先生の最後の授業でした。どうもありがとうございました」と、頭を下げました。Mさんは、アメリカのプログラムできていますから、今学期の終業が普通の学生より少し早いのです。火曜日まで授業を受けて、水曜日に期末テストを受けて、すぐに帰国ですから、顔を合わせられるかどうかわかりません。それで、わざわざお礼を言ってくれたのです。義理堅いじゃありませんか。

「期末テストでもいい点数を取って」と言って、2、3歩行くと、今度はJさんから、「先生、私、今日までなんです。明日、国へ帰ります。今までどうもありがとうございました」と、いつもと変わらぬ明るい声と満面の笑みで声をかけられました。どうせ退学するんだから、最後は遊びまくろうなどというよからぬ考えに傾くことなく、こうしてきちんと挨拶してくれるのです。まさしく、立つ鳥跡を濁さずです。

調べてみると、Jさんは入学から今まで、1コマだけ欠席が付いているだけで、出席率は限りなく100%に近いです。また、どんな授業にも全力で取り組み、何でも吸収しようという意欲が表情にあふれ出ていました。Jさんを見ていると、こちらも教える意欲が湧いてきます。各クラスにJさんみたいな学生がいると、教師の授業の質も上がり、学校全体が活気に満ちてくるのではないかとさえ思いました。

Jさんは日本で進学するつもりで受験の授業も取っていましたが、ご両親から帰って来いと言われて、帰国を決意したと聞いています。今学期の初めの時点では来年の3月までKCPで勉強すると言っていましたから、事情が変わったのでしょう。残念ですが、親の意見には逆らえませんよね。

私が「Jさん、お元気で」と声をかけると、Jさんは「先生もお大事に」と、最後の最後に笑わせてくれました。

日本語教師養成講座へのお問い合わせはこちらへ

9月12日(木)

レベル3のクラスの代講をしました。水曜日と木曜日にレベル4のクラスを担当していますが、ずいぶん差があるものだと感じました。期末テストまで2週間ですから、私のクラスの学生たちも今学期初めの頃はこんな程度の日本語力だったのです。普段、バカだのできないだのと言っていますが、レベル4の学生たちは、この2か月余りの間に、着実に力を付けてきているのです。

何よりも反応が違います。クラスの学生たちは私の話し方に慣れているからかもしれませんが、私の言葉を聞いて理解して、それに対して反応してくれます。しかし、この代講クラスの学生たちは、「???」という顔をしていました。言葉が届いていないのかなと思って、つい説明を付け加えてしまいました。

語彙もそうでした。レベルが1つ違うということは、授業3か月分の差があります。伸び盛りの中級付近でのこの差は、やはり厳然たるものがあります。レベル4ならすぐ出てくる単語が、レベル3ではなかなか出てきませんでした。この学生たち、来月からレベル4でやっていけるのだろうかと、心配になってしまいました。

今、レベル5のクラスに入ったら、同じことを私のクラスの学生たちに感じるでしょうね。“あいつら、レベル5じゃ通用しないだろうな”と思いながら、レベル5の学生たちを大したものだと心の中でほめることでしょう。

でも、同時にそれは、KCPの教育が機能していることを意味します。1学期ごとに、弱々しかった学生がたくましく育っていっているのですから。…と、自画自賛でこの稿を締めくくってみました。

日本語教師養成講座へのお問い合わせはこちらへ

つゆわ

9月5日(木)

中級クラスの作文の採点をしました。自分の意見を文章にする練習段階ですから、目から鱗が落ちるような、コペルニクス的発想の転換が伴うような、あるいは感涙あふれるような作文は期待していません。誤字脱字があり、文法が間違っていて、不自然な語彙の使い方が随所に見られ…というのが普通です。こちらもそういう作文を読むのだと覚悟を決めて臨みます。

Jさんの作文は、文法の間違いはありませんでした。中級レベルの学生にしては高度な単語をたくさん使っていました。“秩序を保つ”とか“集団意識”とか、“軽減する”とか、いつ覚えたのだろうという語句が続々と出てきました。しかし、意味がさっぱりわかりませんでした。そして、肝心のJさんの意見は、最後の3行ぐらいにしょぼしょぼと書いてあるだけでした。

中級クラスでは、作文の際に、用いた漢字に読み仮名を振らせています。Jさんの作文は、増強が“そうきょう”になるなど、読み仮名が間違っていました。また、名詞止はするなと言ったのに、数か所ありました。さらに、賛成の“賛”の下半分が貝ではなく見になっているといった、微妙な漢字の間違いもいくつかありました。

ほかの状況から見ても、ネットのどこかのページを写したか、AIに相談したかではないかという疑いが濃厚です。この作文を書いた日は、私の授業の進め方が悪く、時間が十分に取れず、時間内に書ききれなかった学生には宿題としました。Jさんも宿題組でしたから、何らかのアシストを頼った可能性は否定できません。ほかにKさんも“露わ”の“露”に“つゆ”と読み仮名を付け、“つゆわ”なる新語を発明しています。これもかなり怪しいです。

JさんやKさんが本当にネットやAIを頼ったとしたら、それはカンニングに等しい行為です。確かに、私にも上述のような落ち度がありました。カンニングしたくなるような状況を与えてしまいました。今回は確たる証拠がありませんから、自分の意見が述べられていないので大幅に減点するということにしました。

明日はこの作文を返却し、新しい課題で作文を書いてもらいます。今度はこんなことが起きないようにしなければなりません。

日本語教師養成講座へのお問い合わせはこちらへ

映像を見ながら

9月3日(火)

火曜日は、午前の授業が終わると進学の授業があります。進学までのスケジュール管理とか、出願に必要な書類とか、志望理由書の書き方とか、受験科目そのものではなく、全体共通の諸々の事項を扱ってきました。9月に入り、試験日の早い大学の本番が近づいてきましたから、今週は面接の受け方を勉強しました。

ちょうどうまい具合に、日本人の高校生向けですが、面接試験の入室から退室までの一連の動きをまとめた動画を発見しましたから、それを教材として使わせてもらいました。面接の受け方を文字にして配っても、学生はこちらが意図したとおりに想像してくれるかどうかわかりません。映像ならそういう誤解が少ないだろうと思っていましたが、適当なものが見つかりませんでした。昨日の夜、ようやく、学生たちが理解できて、しかも参考になる、ほどほどの長さの動画が見つかりました。今朝、大急ぎでパワーポイントも作り、お昼の授業に間に合わせました。

試験日が比較的近い学生は、やはり真剣に見ていました。年末ないしは年が明けてからと考えている学生は、まだ他人事みたいな顔をしていました。本当は全然他人ごとではないんですがね。

動画を見終わり、まとめのパワーポイントで復習をし、じゃあ実際にやってみましょうとういことで、Aさんを受験生役に指名しました。予想通り、ボロボロでした。教室への入り方がいい加減だったり、お辞儀がぎこちなかったり、所作だけが原因で落とされることはないにしても、ちょっといただけない内容でした。

「来週はみんなにやってもらいますからね」と、予告とも脅しとも取れる言葉で授業を終わりました。

日本語教師養成講座へのお問い合わせはこちらへ

質問魔

8月30日(金)

現在中級レベルのWさんは、専門学校に進学して調理の勉強をするという目標がしっかりと定まっています。おとといの専門学校進学フェアでも、志望校のブースでずいぶん長い時間話を聞いていました。

今の自分の日本語力では専門学校の授業についていけないと感じていますから、クラスの中で一番よく勉強しています。十二分に予習をしてきて、わからなかった点をガンガン質問します。毎日、10時半の休憩時間になると、質問事項を書き連ねたメモ帳を手に教卓まで来ます。Wさんの質問は、教師の気が付かない、学習者ならではの視点に基づいていますから、質問されるこちら側も勉強になります。それをヒントに、急遽授業の内容を組み換えることもあるくらいです。

また、Wさんは、間違いを恐れずに、習ったばかりの語彙や表現をどんどん使って話をしたり例文や作文を書いたりします。そういうのを見ると、単に誤用を指摘して直すだけでなく、上級で勉強するより高度な日本語に書き換えることもあります。時には、解説も加えます。Wさんならこれをしっかり受け止めてくれるだろうと思えますから、こちらもやる気が湧いてきます。

その一方で、Wさんが質問している間、一生懸命スマホを見ている学生もいます。授業中にされた質問には、クラスの全学生がわかるように答えます。それを聞かないことは、日本語力を伸ばすチャンスを自ら捨てていることになります。耳がこちらに向いていないのですから、聴解力が付かないのも当然です。

専門学校の出願は、9月早々に始まります。Wさんは第1期に出願する気満々です。

日本語教師養成講座へのお問い合わせはこちらへ

三日坊主未満

8月27日(火)

朝、教室に入ると、Cさんの姿がありません。昨日の担当だったN先生の話だと「心を入れ替えて頑張ります」と言ったそうですが、早くも挫折でしょうか。Cさん、なんたって、昨日は6時に登校して、私に数学の質問をしてきました。ド派手な色だった髪も染め直し、進学に向けてやる気をみなぎらせているように感じたのですが、たった1日しかもたなかったようです。

前半の授業が終わり、担任のO先生のところに連絡があったかと思って聞いてみましたが、連絡なしとのことでした。教室に戻ってもCさんはいませんでした。出席を取り終えて授業を始めようとしたところに、Cさんが入ってきました。「じゃあ、次のところは、遅刻してきたCさん、読んでください」などといじっても、悪びれる風もなく、あまりよろしくない発音で教科書を読みました。

授業が終わり、遅刻者には朝一でやった漢字の復習テストを受けさせようと準備していたら、Cさんは一瞬のうちに消え去っていました。もう1人の遅刻者Fさんはちゃんと受けて帰ったのに。遅刻の理由も寝坊だし、結局心なんぞ入れ替わってはいませんでした。

漢字の復習テストは、私が担当している午後の化学の授業後に、今度こそは首根っこをとっつかまえて受けさせました。採点してみたら、案の定不合格点でしたが。

生活を立て直すのは誰にとっても難しいものですが、Cさんの場合はもうすぐ受験が控えていますから、喫緊の課題です。寝坊で遅刻などしているわけにはいきません。それにしても、言葉の軽いこと、タガの緩んでいること、この上もありません。6月のEJUの成績がそこそこ以上だったのでいい気になっているのだとしたら、大間違いです。クラスの教師が束になってどつきまわさないと、半年後に泣きを見ることになりかねません。

日本語教師養成講座へのお問い合わせはこちらへ

フライング

8月15日(木)

朝、教室に入ったら、昨日学校を無断欠席したという引継ぎがあったZさんがいました。このクラスは、毎朝、前日に習った漢字の復習テストがありますから、普通の学生は、教室に入ると漢字の教科書を広げて、漢字の勉強をします。しかし、今朝のZさんは、机に突っ伏した状態で、勉強していた気配は感じられませんでした。出席を取った後、テストを始めると、Zさんも答えを書いていました。全くやる気なしのYさんよりはましな感じでした。

朝寝ていたからなのか、授業中のZさんは線がつながっていました。指名すると、それなりのことを答えました。最後の会話の時間も、相手の学生と議論を交わしていました。

欠席の理由を聞こうと、授業後Zさんを残しました。お腹が痛かったとか寝坊したとか、しょうもない言い訳を聞かされるのだろうと思いながら、一応聞いてみました。すると、「昨日授業があると思いませんでした」という、想像に輪をかけた救いようのない答えが返ってきました。おとといの中間テストで学校は終わりで、昨日から夏休みになったと思っていたのです。そうじゃないんだと、試験監督の先生が強調しまくったはずなのですが…。

さらに、「学校を休んで何をしていたんですか」と追及すると、「Oさんと海へ行きました」という何とも能天気な行動が発覚しました。「じゃあ、Oさんも昨日休んだんですか」「いいえ、Oさんは出席しました。午後から海へ行きました」。Oさんから夏休みはまだだと聞かされて、今朝は慌てて登校したのでしょう。

半分呆れていると、「海でA大学の女子学生に声を掛けました。会話の勉強、楽しかったです。連絡先を交換しました」と自慢げに付け加えるではありませんか。「その“A大学”は絶対ウソだよ」と目を覚まさせる気も失せました。もはや、心ははるか遠くの世界にまで飛んで行ってしまっているのです。

授業後、Zさんのテストを採点すると、かろうじて合格点はキープしていました。帳尻合わせだけはうまいんだよね、こいつ。

日本語教師養成講座へのお問い合わせはこちらへ

傘を刺す?

8月2日(金)

「漢字は、みなさん、予習してきましたね。調べてもよくわからなかったことがあったら質問してください」と漢字の授業の最初に声をかけると、何人かの手が挙がりました。「泥棒すると盗むは同じですか」「泥酔すると酔っぱらうは同じですか」「刺すは傘にも使いますか」「殺人的は激しいですか」「棒読みはどんな読み方ですか」「足が棒のようになるはどうなるんですか」「殺菌作用の作用と機能は何が違いますか」「日本は1年に何人ぐらい自殺者がいますか」…といった具合に湧き上がってきました。みなさんはいくつ答えられますか。

このクラスでは、質問したら答えるけれども、質問がなかったことには答えないということにしています。質問しなかったことがテストに出て答えられなかったら自業自得になってしまいますから、学生たちも本気にならざるを得ないのでしょう。少なくとも、知りたいという気持ちのある学生には、手応えを感じてもらっているのではないでしょうか。そういう学生にこそ、伸びてもらいたいですからね。

もちろん、学生が質問しなかったことは全く教えないというわけではありません。学生が気付かなかったこと、知っておいた方がいいことには、こちらから触れます。「泥を塗る」「棒グラフ」「盗難はあうと一緒に使う」「強盗はごうとうであり、きょうとうではない」などということを付け加えました。

このやり方は、毎回想定外の質問が出てきますから、教師も緊張を求められます。上述の質問だと、作用と機能の違いがその例でしょうか。このスリルを味わうのが授業の醍醐味だとも思います。

日本語教師養成講座へのお問い合わせはこちらへ

教師の天国

8月1日(木)

最上級クラスの代講に入りました。最上級クラスともなれば有名人ぞろいで、以前受け持ったことのある学生は数名もいませんでしたが、ほとんどの学生は顔と名前が一致しました。そういった学生が一堂に集うとどんな様相を示すのか、そちらの方に興味がありました。

今学期教えている中級クラスとは違って、語彙コントロールなしで日本語がバリバリ通じます。授業がサクサク進む感じでした。応用編と思って聞いた質問にもたちどころに正解が返ってくるあたりは、さすがと言うほかありませんでした。課題を与えると、余計なことはせずに黙々と取り組んでいました。これだけの集中力があれば、日本語力も伸びるわけです。

自分で調べたことの発表もしました。そんなに長くかからないという引継ぎだったのですが、いい加減な発表は1つもなく、質問がけっこう出て、気が付いたら後半の授業を全部使ってしまいました。各学生に知識欲があるからきちんと調べてくるのであり、だから発表の質も高く、それゆえ耳を傾けたくなり、本気で聞くから興味を感じ、質問も出てくるという、正のスパイラルが生じたのでしょう。

このクラスの学生たちは語学の才に恵まれ、それに加えて勉強自体も好きなのです。隙あらばスマホに逃げようとするどこかのクラスの学生とは、頭脳の質が違うのです。日本語の習得、もっと言ってしまえば、学問に向いた脳みそを持っているのです。

結局、私は出席を取るぐらいで、学生たちがどんどん進めていったような授業でした。理想的と言えば、実にその通りです。これからも相乗効果を発揮して、高みに上り詰めてもらいたいと思いました。

日本語教師養成講座へのお問い合わせはこちらへ