Category Archives: 日本語

灯台

8月10日(水)

漢字の読みの教材に「灯台」という言葉がありました。上級クラスなのでこれくらいは読めて当然です。だから、「灯台がどこにありますか」と聞きました。学生たちが知らないであろう「岬」を導入しようという伏線です。「港」ぐらいは当然出てきてほしいところでしたが、「海」と言われるくらいは覚悟していました。最初に出てきた答えは何だと思いますか。「机の上」です。

「えっ、机の上に灯台がありますか」「はい、本を読むときに使います」。私が渋い顔をしていると、「夜、部屋を明るくします」と追い討ちがかかりました。時代劇などで見かける、油をしみこませた燈心に火をつけてうすぼんやりと明るくする照明器具を差していることは明らかです。中国語の「灯台」は、日本語では「燭台」です。日本語の「灯台」は、中国語では「灯塔」です。

でも、「灯台下暗し」の「灯台」は、学生たちが言っていたこの灯台です。油と燈心が載っているお皿の真下は、灯台から離れたところよりもかえって暗いということから来ています。したがって、学生たちの答えも決して間違いとは言えません。そうは言っても、2022年現在、「灯台」から油を燃やす明かりを思い浮かべる日本人はいないでしょう。「灯台」と言えば犬吠埼や潮岬、宗谷岬でしょう。

予定通り、「灯台」の関連語彙として「岬」を導入し、「みなさんが考えていた『灯台』は、せいぜい明治時代までですよ」として、次の問題に移りました。学生たちは、少し不思議そうな顔をしながら、ノートを取っていました。

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上級らしくない?

8月3日(水)

上級ともなると、新しい文法を習うというよりは、初級から中級にかけて勉強してきた文法を臨機応変に使いこなす練習が多くなります。JLPTのN1に出てくる(というか、N1ぐらいにしか活躍の場がない)、日本人でもなじみが薄い文法を暗記するよりは、今までに頭に詰め込んだ文法を、使うべき場面で使えるように訓練しておくことが大切です。

外国出身力士をはじめ、日本語が上手だと感じる外国人は、みんなの日本語か、せいぜいもう少し上ぐらいの文法を、正確かつ適材適所に使っています。N1の点数だけなら私のクラスの学生が上回るかもしれませんが、普通の日本人が会話の相手をしたら、逸ノ城のほうをずっと高く評価するでしょう。

そんなわけで、今週から私の文法の時間は、勉強したことがある文法を正確に使えるかどうか見ていく授業となりました。その初回ですが、ひどかったですねえ。これは難しいだろうなと思っていた問題は、ものの見事に全員つまずき、これなら全員正解だろうとみていた問題も、答えを聞くやこっそり直している学生がいました。

「寒いでした」「寒くなかったでした」などという答えに対しては、「午後のクラスに行ったら?」と言ってしまいました。すべて丁寧体で答えさせたので、普通体に慣れてしまった学生にとっては難しかったのかもしれません。

ペアで近況報告という形で、少しまとまった話もさせました。全員のを事細かに聞いたわけではありませんが、ペアの相手がどんな話をしたか報告させたら、多くの学生が筋の通った話ができました。その点は、学生を誉めました。「文法問題がひどかった割には」という言葉を飲みこんで…。

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事情はわかりますが

7月27日(水)

6月のEJUの成績が公開されました。超級クラスのAさんは、日本語はパーフェクトゲームだったようです。聴解・聴読解、読解、記述のどれも最高点でした。Bさんもすばらしい成績でしたが、担任のZ先生によると、EJUが終わってから参考書や問題集は全く開いていないそうです。「気が緩んでいる」と厳しい一言もいただきました。Cさんは全然成績が伸びていません。進学に関しては危ない状況です。Dさんは信じられないくらいひどい点数でした。担任のY先生によると、EJUのあたりは体調が最低最悪で、その影響もあるのではとのことです。

Eさんは、早速進学相談の予約をしてきました。夕方、自分の志望校をまとめた資料を送ってきました。日本語の伸びが今一つで、理科は成績が上がったものの、数学は下がってしまいました。悩ましいところです。明日、Eさんのリストを見ながら、じっくり相談に乗ります。

Fさんは薬学部を目指します。もともと留学生の募集が少ないか日本人受験生と同一基準で合否判定というところが多いですから、これまたしっかり作戦を練らなければなりません。

中級のGさんは、上級の学生を上回る点数でした。しかし、日本語しか受けていませんから、この好成績を生かすには、これまた頭を働かさねばなりません。11月の成績に期待をかけるべきかどうか、悩ましいところです。

今回のEJUは、国でオンライン授業を受けていたものの、来日して生活が落ち着く前に受験したという学生が多かったです。そのため実力が十分に発揮できなかった学生もいたことでしょう。しかし、それは日本中の日本語学校の学生共通の事情ですから、ハンデキャップにはなりません。

明日から、進路指導モードです。

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変身

7月26日(火)

数学のS先生によると、今学期の理科系数学のホープはCさんだそうです。Cさんは、本来だったらこの4月に進学していなければならなかった学生です。入管の特例措置でKCPに残って勉強しています。去年も受験講座を受けていますから、できて当然と言えばその通りです。他の学生よりも1ランク上の実力のようです。

Cさんの場合、進学できなかった最大の要因は、日本語を話す力が足りなかったことです。志望校の入試の直前に集中的に特訓を受けたのですが、熱い思いを志望校の面接の先生に伝えられなかったようです。オンライン授業の時は、それをいいことに、授業中の好き勝手なことをやっていたようです。日本語の勉強や練習より、数学や理科の問題を解くことが好きで、日々内職に励んでいました。その挙句が、日本語教師にすら伝わらない発話力であり、相手の言葉を聞き取る力の欠如であり、理科や数学の問題文の理解すらままならない読解力でした。

先学期は受験講座を受けませんでしたが、今学期から復活しました。数学ではS先生に力を見せつけているようですし、理科でも鋭い質問を発しています。他の学生の質問に対する私の回答にも、耳を傾けています。暗記から脱して、“なぜ”を追求し始めている気がします。

そして、コミュニケーション力も伸びてきたのではないでしょうか。1人で黙々と問題を解くのではなく、疑問点を質問して解消するという勉強法を取るようになったのだとしたら、大きな進歩です。日本語でそういうやり取りができようになったら、理数系の基礎学力やセンスはあるのですから、鬼に金棒です。大事に育てていきたいものです。

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太‥‥

7月22日(金)

「太る、やせる」は子供でも知っている単語であり、若者にとっては重大な意味を持っている単語でもあります。しかし、どうも「太る」の定着が悪いのです。聞いたり読んだりしたらわかりますから理解語彙ではあります。しかし、話したり書いたりしようとすると、上級の学生でも「太くなる」となってしまいますから、使用語彙のレベルには達していません。

確かに、太ると腕やウェストや脚が太くなりますが、でも、「太る」と「太くなる」は違います。「太る」は重さ、すなわちkgの世界の言葉であり、「太くなる」は直径、すなわちcmの世界の言葉です。「軽い」と「短い」が違うのと同じぐらい違うのです。にもかかわらず、「日本の食べ物はおいしいですから、1年で10kg太くなりました」なんてやっちゃうんですね。

「太る」も「太くなる」も、「太い」から生まれています。一方、「やせる」に対しては「細くなる」で、語形が全然違いますから、混乱が起きないのでしょう。「身も細る思い」という表現もありますから、「太る」の反対語は「細る」かもしれません。「やせ細る」とも言いますが、「やせる」という意味で「細る」を使うことはありません。そもそも、超級の学生だって「細る」などという単語は知りません。要するに「やせる」には語形の似た言葉がないのに、「太る」にはあぶない言葉がありますから、学生が間違えやすいのです。

そんな理屈はともかく、学生たちにちゃんと「太る」を使わせるにはどうすればいいでしょう。いきり立って力説したって無駄なことは証明されています。細く長く言い続けるほかないのでしょう。

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穴だらけのテキスト

7月16日(土)

Mさんは、実にまじめな学生です。受け持ったすべての先生が、異口同音にそう言います。日本で大学進学しようと考え、EJUに備えています。しかし、大学進学の前に立ちはだかる大きな問題があります。それは、極端に漢字に弱いことです。

日々の授業で行われる漢字テストは、範囲も狭いこともあり、合格点が取れます。しかし、範囲が広がる中間・期末テストとなると、苦しくなってきます。単漢字が定着していませんから、漢語となるとさらに厳しいものがあります。漢語を構成する個々の漢字の意味を総合して、その漢語の意味を類推するという、日本人なら小学生ぐらいでもごく当たり前にやっていることができません。

影響が漢字テストだけでとどまっていればいいのですが、レベルが上がるにつれて読解のテキストの読み込みに苦労するようになってきました。学校の読解は、予習もできるし、授業で丁寧に教えてくれるし、どうにかなります。試験範囲もわかっていますから、合格点が取れます。しかし、EJUの練習問題となると、手も足も出なくなってしまいます。「読解の本文は穴だらけです」と言っていました。

Mさんに読解の練習問題をさせて、どうやってその答えを選んだか説明してもらいました。解き方そのものは間違っていません。解法のテクニックも適切に使っています。しかし、単語の意味を勝手に想像するため、時として議論があらぬ方へと向かってしまうのです。

もうすぐ、6月のEJUの成績が、Mさんのもとにも届きます。Mさんは250点と言っていますが、果たしてどうでしょう。11月までにどこまで伸ばせるでしょうか。

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オンラインがいい

7月15日(金)

Tさんは、来月半ばに大学院の入学試験を控えています。これを皮切りに、9月末までに数校受験します。朝の丸ノ内線の混雑を見ると、感染が心配なので、オンライン授業に切り替えたいと言います。

現在、新規感染者数は増勢を強め、第7波に突入したと言われています。Tさんの心配ももっともなところです。ところが、夕方から始まる塾には毎日通うと言います。塾が終わる頃は退勤ラッシュの時間帯で、朝ほどではないにせよ、電車はかなり混雑しています。

その辺を突くと、自分が塾で感染して、それに気づかずにKCPで対面授業を受けたら、教室のみんなを感染させてしまうかもしれないので、KCPはオンラインにしたいといいます。その塾はすでに感染者が出ているから、これは現実に起こりうる話だとも言います。それだったら、まず、塾に近づくのをやめるべきではないでしょうか。

どうです、この論理の破綻ぶりは。とても大学院で研究しようと思っている人の思考回路ではありません。要するに、塾には行きたいけど、KCPの授業は受けたくないのです。塾の授業はTさんの母国語で行われますが、KCPは母国語禁止です。Tさんにとっては、この差が非常に大きいのです。

Tさんの日本語で、一発で理解できたのは、混んでいる丸ノ内線に乗りたくないからオンラインにしたいという部分だけです。それ以降は、何回も聞き返したり想像力を存分に働かせたりして、どうにか、断片的でも、内容をつかんだという次第です。日本語学校の教師すらこんなに苦労しないとわからない日本語が、大学院の先生方に通じるとは思えません。

Tさんに何より必要なのは、普通の日本人がわかる日本語を話す力です。それを身につけるには、逃げ隠れせずKCPへ来て、日本語で考え話さなければならない環境に身を置き、実際に口を開くことです。

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進学先では

7月11日(月)

先週のこの稿に書きましたが、今週は学生の進学先となりそうな学校の方がおいでになります。週明け早々、2校の方とお会いしました。

その2校のお話、非常に似通っていました。まず、留学生の数は、受験者、在校生ともに減っているけれども、合格ラインは変えないという点です。合格ラインを下げて入学させても、甘い基準で入った学生は授業についていけないし、就職や進学となった時に厳しい目に遭うので、結局その学生のためにならないと言っていました。私もそう思います。進学はできたけれども留学にはならず、ついには退学というのでは、青春の無駄遣いです。もちろん、経済的損失も小さくはないでしょう。さらには、「どうせ自分は」とかという形で精神的に歪んでしまったら、一生を台無しにしかねません。

次に、入学試験ではコミュニケーション能力を重視するという点です。オンライン授業は、知識を身につけるなど、学業そのものに遜色を感じることはないけれども、教職員との間の微妙なコミュニケーションがうまくいかないことがあるようです。メールでお知らせを流すと、学生は受信するや翻訳アプリに持って行って、母国語で理解するそうです。そのため、教職員が日本語で強調したつもりの事柄が、留学生にだけ伝わらないことがあると嘆いていました。

授業はzoom、買い物や食事は無言で、ニュースは母国語で、アルバイトはしないとなると、学生は自分の日本語を試すチャンスがなく、したがって自分の日本語力に自信が持てないのではないでしょうか。だから、日本語で書かれたお知らせはすぐ翻訳してしまうし、レポートなども母国語で書いて翻訳となってしまうのです。学生たちだってそれがベストだとは思っていないでしょうが、そうしないと安心できないに違いありません。

今、KCPで学んでいる学生たちにはそんな思いをさせたくありません。そうならないためのプログラムを用意していますから、ぜひついてきてもらいたいです。

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大成長

7月9日(土)

午後、パソコンに向かってうなっていたら、「金原先生、きれいな女子大生が会いに来てくれましたよ」と声を掛けられました。職員室の入り口に、2年前の卒業生のGさんとWさんが立っていました。KCPにいた頃と比べてすっかりあか抜けていて、掛け値なしに”きれいな女子大生“でした。

話を聞くと、KCPに入学したのは高校卒業直後だったとのことですから、失礼を承知で言わせてもらえば、山出しだったわけです。右も左も日本語もわからず入ってきて、KCPでがっちり訓練され、進学先でさらにもまれて、気が付いたらすっかり大人になっていたのです。そうそう、「あか抜けたね」と言ったら、「そうですか。あんまり変わった気がしないんですが」と、明らかに言葉の意味を理解している反応が返ってきました。

2年前の卒業生ということは、第1波で卒業式が中止になった代です。密にならないように、予約制で証書を取りに来てもらった時にも、GさんとWさんは一緒でした。進学してからはオンライン授業で苦労もしたようです。2人とも授業は対面が好きだと言っていました。

Gさんは、もうすぐインターンシップをします。もう3年生ですから、それぐらい不思議ではありません。就職前提じゃないと言っていましたが、全然考えていないわけでもないでしょう。でも、大学院進学の目もありそうなことを言っていました。

Wさんは、自分の大学の学生課でアルバイトをしています。たくさん書類を提出し、面接に通って採用されたそうです。80%は日本人学生を相手に話を聞いたり指示を出したりで、留学生相手に母国語を使うのはせいぜい20%だとか。日本人学生のアルバイトと同列に扱われているようです。それから、学部で2人しかもらっていない奨学金ももらっているとか。KCPにいた時から頑張り屋さんでしたから、らしいなっていう感じでした。

KCPへ来たのは、別の用事で曙橋まで来て、地図を見たらすぐそばだと気がついたからだそうです。うれしいじゃありませんか。そうやってわざわざ足を延ばしてくれるのは。

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期待していいかな

7月8日(金)

中級の新入生のLさんは進学コースでの学生です。しかし、受験講座の受講登録がまだでしたから、始業日の授業が終わった後に呼び出して、話を聞きました。

大学で何を勉強したいか聞いたところ、たちどころにZ大学とJ大学の名前を出し、学科名まですらすらと答えました。ここまでよどみなく志望校学部学科名を言える学生は、在校生の中でもそんなに多くはありません。しかも、Z大学もJ大学も超有名校ではありませんが、知る人ぞ知るというタイプの所です。国で日本の大学についてきちんと調べてきたことがうかがえます。

受験講座の科目の説明をしても、一発でこちらの話を理解し、的を射た質問を返してきます。こういう学生は、話していて気分がいいし、予定外のことまで教えたくなります。実際、Lさんにも、Z大学やJ大学に進んだ学生の話をしてしまいました。

来日したばかりの新入生となると、中級あたりに入っても、こちらの言葉がうまく通じないことがよくあります。文章を読んで理解することはできても、同じ内容の談話を聞き取って理解して反応するだけの力がないのです。Lさんもそういう学生だと思って、最初、話すスピードを抑えたり言葉のレベルを下げたりしましたが、いつの間にか上級並みの話し方をしていました。

Lさんよりもだいぶ上のクラスの教科書販売にて。冗談めかして「Aさんには、この教科、難しいんじゃないかな。こっちの方がいいと思うよ」と言って初級の教科書を渡そうとすると、「あ、大丈夫です」と手を横に振ります。もちろん、Aさんの言いたいことはわかりますよ。コミュニケーションは取れていますよ。でも、Aさんのレベルなら、「これだったら、私、先生ができますよ」とか、「もう、全部頭に入ってます」とかって切り返してほしかったですね。

Lさんが何学期かKCPで過ごして、Aさんのレベルに上がってきたとき、ちょっと試してみたいですね。

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