Category Archives: 日本語

一期一会?

10月10日(火)

新学期の初日は、午前中に養成講座の授業をして、午後は教科書販売の補助をすればいい予定でした。ところが、レベル1のM先生が急病で、午後はその代講をすることになりました。お昼の時間は新入生の日本語プラスの登録をすることになっていましたから、朝から夕方まで一気に予定がびっしり詰まってしまいました。

養成講座の授業は受身と使役が中心でしたから、こちらは快調に進みました。最近巷にあふれている「~させていただきます」について議論したり、「太郎は映画を見ます」は受身の文にできないことについて語ったり(みなさん、受身の文を作ってください。意味不明の文になります)、という調子で、快調に飛ばしました。

お昼の時間の日本語プラス登録も、入学式後にオリエンテーションをしていますからさほど大きな問題もなく済みました。早くも進学相談に乗ったり、理科系志望の学生が2人いたので喜んだりしているうちに、無事終了。

さて、レベル1の初日の授業ですが、上述のようにほとんど何の準備もなく教室に飛び込むことになりました。でも、レベル1の初日は発音練習やひらがなの書き方、簡単な自己紹介などが主たる内容ですから、度胸1つでどうにか乗り越えられます。確かに日本語が通じない人が多いですが、1人ぐらいはこちらの日本語から何かをつかんでうまく反応してくれる学生がいるものです。うん、やっぱりいました。

そんな言葉の通じない不便さも、留学の醍醐味なのです。いや、その何とも言えない不安をばねに学習意欲が湧くようでないと、留学は成功しません。このクラスの学生たちは、そういう意味では、やってくれそうな感じがしました。M先生のご病気が長引かない限り、このクラスに入ることはないと思いますが、袖振り合うも他生の縁で、陰ながら応援していこうと思っています。

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作り直し

9月28日(木)

来週から日本語教師養成講座の対面授業が始まりますから、その準備をしました。去年から今年にかけて、養成講座のオンライン授業用の資料を作ってきました。その資料作成の際に調べたことも対面授業に取り入れようと思い、こちらのレジメの改訂にも取り掛かりました。

KCPの養成講座は少人数制ですから、受講生の年齢や職業、経歴などに合わせて授業を進めていきます。同じレジメを使っても、話の持って行き方や提示する例文、取り上げる話題など、毎回微妙に変えます。また、受講生の理解度も違いますから、それを感じ取って、サラッと進めたり時間をかけたりします。

そんなことを考えながら、進み方が速かったらこんな話題を付け加えようかとか、こんな受講生がいたらレジメのこの部分はこんな扱いにしようとか、あれこれ想像を膨らませました。とりあえず来週使う分ぐらいはできました。新しい受講生と顔を合わせるのが楽しみになってきました。

養成講座を担当するたびに何か発見があります。そのため、レジメがだんだん厚くなってきました。この発見はぜひ次の受講生に伝えたいと思うことが多く、内容を入れ替えるよりも蓄積していくことの方が多いのです。一度レジメに入れてしまうと、なかなか捨てられないんですよね。

日本語学校や日本語教師にかかわる制度が新しくなろうとしています。制度がどうにかなったところで日本語教師に求められる資質が180度変わるわけではありません。体にしみこんでいる日本語を、改めて頭で理解し直し、外国人学習者にわかりやすく伝えていく力が何よりも必要であることに変わりはありません。

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語彙テストと想像力

9月26日(火)

テストが終わったら採点というのが、教師の宿命です。昨日の初級クラスの漢字に引き続き、朝から採点三昧でした。

中級クラスの聴解は、EJUの聴読解を想定した問題と、カタカナディクテーションでした。この問題は担当のH先生の温情で、誤字1か所につきマイナス1点という採点法でした。私が担当だったら〇×式にして、“ディクテーション”を“ティクテーション”と書いたら1点もあげないんですがね。でも、この採点方法で何名かの学生が不合格を免れました。

ディクテーションは、一面では語彙テストです。たとえ自分の耳には“ティクテーション”と聞こえても、日本語にはそんな単語はないと判断し、“ディクテーション”と書かなければならないのです。しかも、昨日のテストは前後の文脈がある中でのカタカナ言葉ですから、なおのこと“ディクテーション”とする必然性があります。そう考えると、ちょっと長めの単語のスペリングミスが目立ちました。私もカタカナディクテーションの授業を担当しましたから、責任の一端を感じなければなりません。

上級クラスの文法は、選択式の穴埋め問題と決められた表現を使う短文作成でした。穴埋め問題は、はっきり言って、学生に点数をあげるための問題です。この問題を全問正解かそれに近い点数で通過したうえで、実力差を見る短文作成問題に取り組んでほしかったです。しかし、クラスの下位集団は穴埋め問題でガタガタになり、短文作成では挽回するすべもなく、あえなく討ち死にしました。

穴埋め問題をクリアした中位と上位の学生の差は、想像力の差のように思いました。想像力を働かせて、与えられた条件を上手に生かしてきれいな文が書けた学生が高得点で、こちらが想像力を働かせないと状況が理解できないような文しか書けなかった学生は、そこまでには至りませんでした。

さて、明日は、最難関の作文の採点が待っています。・・・そういえば、昨日も「明日」って書きましたね。

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かあしん

9月25日(月)

朝、出勤して私が最初にする仕事は、先週まではエアコンをつけることでした。でも、今朝はエアコンをつけませんでした。出勤した方が暑いと思ったらつけてもらえばいいと思っていましたが、誰もつけずに夕方まで。先週のこの稿で「季節が少し進んだ」と書きましたが、今朝は「だいぶ進んだ」と言いたくなる涼しさでした。

みなさんは、「暑い」の反対語は何だと思いますか。レベル1の漢字の期末テストに出ました。レベル1で習う感じの範囲では「寒い」なのですが、何人かの学生が「涼しい」と答えました。これも今朝の涼しさの影響でしょうか。この漢字は未習ですが、習った漢字で答えろとは書いていなかったので、〇にしました。

その漢字テストの別の問題に、「かあしん」と答えた学生がいました。もちろん誤答ですが、どんな漢字の読み方だと思いますか。私もこういう誤答は初めて見ました。その学生は「母親」をこう読んだのです。点数はあげられませんが、座布団は3枚ぐらいあげたいですね。

私は上級クラスの作文の採点をします。試験監督をしたA先生のメモに、「Eさんがスマホで漢字の読み方を調べようとした」と書かれていました。確かに、「漢字にはふりがなをつけること」という指示を出しました。しかし、スマホで調べてもいいとは言っていませんし、そもそもテスト中にスマホをいじること自体、厳禁です。Eさんは授業中でもすぐスマホに頼ろうとしていました。それが体に染みついているんですね。いや、漢字の読み方なんて、まるで気にしていないんですよ、きっと。

明日は、その作文を、気合を入れて読みます。

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のんびり屋

9月22日(金)

昨日のこの稿に取り上げたJさんが、授業後にやって来ました。私宛にメールを送ったのですが、アドレスが間違っていたようです。

Jさんは、志望校としてK大学、R大学、M大学、O大学などを考えています。そのうち、R大学は出願締め切り日が来月早々に迫っています。ところが、Jさんは何もしていません。Web出願に必要なマイページも作っていませんでした。そのくせ、期末テストが終わったら一時帰国することにしています。ですから、Web出願の手続きのうち、今すぐにスマホでできるものをやらせて、手書きの志望理由書の用紙などをプリントアウトし、土日で考えてくるように命じました。R大学の明日すぐに締め切りがあるM大学の用紙も持たせて帰しました。

Web出願の中に、数百字のまとまった文章を書く部分がありました。Jさんは即興でそれを考え、スマホで打ち込みました。「先生、これでいいですか」と見せられた文章は、ネイティブチェックレベルの修正を加えれば、どこに出しても恥ずかしくない文章でした。Jさんにこんな力があるとは思ってもみませんでした。授業で書かせた作文だけでは、文章作成能力は見えてこないものなんですね。

でも、Jさんは、手書きはあまり好きではないようです。「日本の大学は遅れてますね」などと言いながら、志望理由書を考え始めていました。日本には手書き信仰みたいな文化(?)、伝統(?)がありますから、手書きの書類を提出させる方式は、もうしばらく残るでしょう。いや、生成AIの影響を少しでも小さくしようという切ない抵抗かもしれません。

週明けには、Jさんから志望理由書が届きます。期末テストの試験監督は、それを直しながらすることになりそうです。

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役得

9月19日(火)

レベル1のクラスは、「~たり~たりします」でした。基本的な練習をした後、Cさんに「昨日、何をしましたか」と聞きました。「洗濯したり買い物したりしました」とでも言ってくれたら十分でしたが、Cさんは小説をどうのこうのと言い始めました。「小説を読みましたか」と聞くと、首を振ります。「じゃあ、小説を書きましたか」と聞いても違うようでした。Cさん自身、自分の訴えたいことが日本語にできず、もどかしい思いをしているようでした。

レベル1だと、いくら学期末だとはいえ、知っている単語の数が非常に少なく、頭や心の中を表現するには全く不十分です。Cさんもまさにその例で、結局私はCさんの思いをくみ取れず、Cさんは言うのをあきらめてしまいました。授業の進行上も好ましくなく、気まずい雰囲気をごまかしながら次に進みました。

後刻、別方面からの情報で、Cさんはいろいろな小説を読んで、自分の小説の構想を練るのが好きなようです。それを昨日したのでしょうが、そうだとしたらレベル1で一番よくできる学生でも日本語で表現することはできないでしょう。中級レベルの力が必要です。

このように、初級の学生は、多かれ少なかれ、自分の言いたいことが教師に伝えられず、隔靴掻痒の思いをしてきました。翻訳ソフトでだいぶ解消されてきたとはいえ、学生から見ても教師から見てもまだまだの部分が多分にあるに違いありません。Cさんにしたって、翻訳ソフトを頼ったにせよ、それを「~たり~たりします」に落とし込むことは難しかったのではないでしょうか。

来週の月曜日が期末テストですから、このクラスの授業は今回が最後です。「今度は中級か上級の教室でみなさんに会いたいです」と言って締めくくりました。中級になったCさんは、休日にしたことをどう表現するのでしょうか。今から楽しみです。そう、こうして種をまいておくことが、初級の授業の役得なのです。

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読者層

9月12日(火)

この稿は、当初は日本語教師を目指す方たち向けに書いていましたが、今は特別に読み手を想定していません。読みたい方に読んでもらえればと思っています。ですから、学生にも読者がいます。だいぶ前のことですが、ある学生が大学に合格するまでの苦労を書いたところ、卒業生が「同じクラスだったAさんが志望校に合格したんですか」と電話がかかってきたこともありました。学生や教師はすべて仮名にしていますが、私が書いたエピソードから同級生だと見抜いたのでしょう。

この例に限らず、学生の読者は主に上級の学生であり、時たま中級の学生が背伸びして読んでいるというのが、ちょっと前までの状況でした。しかし、最近は初級の学生から「読んでます」と声を掛けられることがめっきり増えました。今学期、私はレベル1のクラスを持っていますが、そのクラスの学生からも言われています。「家へ帰ってから何をしなければなりませんか」と聞いたところ、「先生のブログを読まなければなりません」という答えが返ってきました。

もちろん、初級の学生の「読んでいます」は、「日本語で読んでいます」ではありません。翻訳アプリか何かを通して「読んでいます」です。となると、私の文章が翻訳アプリによって学生たちの母語にどのように訳されているか気にかかります。この稿は科学論文ではありませんから、曖昧な言い方やぼかした表現、意味をあえてずらしてみたり、思いっきり省略したり、さらには言葉遊びまで含まれています。AIがいかに賢いと言っても、こういったことまでは見抜けないでしょう。

その結果誤解が生じていたとしたらちょっと怖いですが、私は文章を翻訳アプリに合わせるつもりはありません。私の真意を読み取りたかったら、必死に勉強して上級まで上がってきてください。

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アンケートに答える

9月9日(土)

先週のことでしょうか、卒業生のEさんから、卒業研究でアンケート調査をしているので、それにこたえてほしいと声をかけられました。アンケートフォームを見ると、“はい/いいえ”で答えたり、1から5とか7とかまでの数字を選んだり、あるいは四択など、各種質問が入っていました。アンケート全体の組み立て、質問のしかたなどは、研究室の先生かだれかに教えてもらったのでしょう。似たような質問がいくつかあったのは、回答者がいい加減に答えていないかチェックするために違いありません。プロが見たら、よくできた構成になっているのだと思います。

でも、質問文まではチェックしなかったのかなあ。間違いとまでは言えませんが、こなれていない日本語がいくつかありました。引用して説明したいのですが、下手なことをするとこのアンケートに悪影響を及ぼしかねませんから、それはやめておきます。

逆の見方をすると、このアンケートは、Eさんが練りに練って作り上げたものだとも言えます。研究室の教授や先輩方の力を借りず、また。AIにも質問文を考えさせず、Eさん自身が考え出したのです。夜遅くまで文面を考えているEさんの姿が目に浮かびます。だからこそ、こちらも真剣にアンケートに答えました。

自分が教えた学生だからというひいき目がたっぷり入っていますが、私はEさんのアンケートをこのように評価しました。しかし、来年同様のアンケートが卒業生から届いたとしたら、きっと非の打ち所のない日本語で書かれた質問文になっていることでしょう。もちろん、そのアンケートにも答えますが、どんな気持ちで答えるかなあ…。

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次第?

9月6日(水)

「しだい、しょうきぼこうをちゅうしんにはんすうちょうがていいんわれ。ていいんはふえたがにゅうがくしゃはへる」という音声を聞いたら、みなさんはどんな文を思いう浮かべますか。

私大、小規模校を中心に半数超が定員割れ。定員は増えたが入学者は減る――とするのが常識的な線でしょう。大喜利的には他の答えもあるかもしれませんが…。

上級クラスでやっているニュースの見出しのディクテーションでこれをやったところ、学生たちはみんなとんでもない文を書いてくれました。

まず、“しだい”は、ほとんど“次第”でした。これは理解できないこともありません。でも、“次第”は“次第に”とか“~次第だ”という形で使われますから、ここでは“次第”ではないことは見当が付くのではないでしょうか。

“小規模校”も、私が指名したWさんは“小希望校”と書きました。それでも、学校のことを意味しているとは理解していますから、それだったら“次第”をどうにかしてほしかったですね。

Wさんは、“半数超”は無事通過しましたが、“定員割れ”は“店員割れ”でした。“店員は増えたが入学者は減る”と書きましたが、この文の意味をどのように理解したのでしょう。

さらに、Wさんがホワイトボードに書いた文をそのまま写している学生もいました。「次第、小希望校を中心に半数超が店員割れ。店員は増えたが入学者は減る」という文に、笑い一つ起きませんでした。

結局、どんなニュースやら誰もわからず、私が解説しました。正解を見たらみんな「あー」となりましたが、上級でもこんないい加減な聞き取りをしているのでしょうか。

日常生活レベルなら問題はないはずですが、これでは少し硬い話題になるとついていけないでしょう。進学後に受ける授業は、こういった文の連続です。

また、学生が私たち教師の話にうなずいていても、その理解度はこんなものかもしれません。こちらも油断せずに、慎重に確認を取りながら話をしていかなければなりません。

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電気をつけます

9月5日(火)

レベル1も3か月目に入ると、すでにいろいろなことを勉強していますから、一見(一聞?)上手な日本語が話せるようになります。例えば、レベル1の最初の自己紹介は、「トーマス・エジソンです。アメリカから来ました。どうぞよろしく」程度ですが、今なら、「トーマス・エジソンです。アメリカのメロンパークから来ました。毎日、いろいろなものを発明していますから、とても忙しいです。家族は、妻と子供が3人います。今、アメリカに住んでいます。…」ぐらいはいけちゃいます。

そんな自己紹介をしてもらいました。中には「小岩で住んでいます」などという、初球の学生が犯しがちなミスをやらかす学生もいましたが、概してよくできたと思います。昨日この稿で面接練習の際に発音が悪くて困ったという話を書きましたが、このクラスの学生はそんなことはありませんでした。レベル1は日本語を話すのが楽しくてしょうがないのですが、レベルが上がるにつれてだんだん飽きてきてだんだんしゃべらなくなり、それに伴って発音が悪くなってしまうのでしょうか。

その後、昨日の宿題を回収しました。習った単語・文型を使って例文を書いてくるというものでした。例えば「~方」が課題だったら、「この漢字の読み方を教えてください」とかと書いてくれば〇です。

集めた例文を見てみると、「つけます」の例文として「電気をつけます」「エアコンをつけます」など、最低限の構造のものが目立ちました。自己紹介に比べると貧弱すぎます。せめて、「暗いですから電気をつけます」「暑いですからエアコンをつけましょうか」ぐらいは書いてほしいところです。

そうです。初級のうちから複文を考える癖をつけておかないと、中級・上級になったとき、作文で苦労します。それはすなわち、入学試験で苦戦するということにほかなりません。せっかく初級に入っているのだからと、力こぶをこしらえて添削しました。

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