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ゼニをもらうには

10月19日(木)

超級クラスの授業で、学園祭で人気の出そうな企画に準備金が出るという想定のもとに、準備金をもらうための企画書を作成するというタスクをしました。数グループに分かれて企画を立ててもらったところ、どのグループもウケる企画を作り上げることに熱中していました。日本の学園祭には学外の人も大勢来るのか、何日間ぐらい行われるのかなど、学園祭についてよく知った上で、客を集められそうな企画を練っていました。

各グループの企画書を覗き見したのですが、私の感覚からすると肝心なポイントが抜けているように見受けられました。私だったら、準備金をどう使うかを真っ先に書くだろうなと思いました。学生たちの企画書だと、準備金がいつの間にかどこかに消えていってしまうような気がしてなりません。準備金によってこういうことが充実できるから、どうしても準備金がほしいというストーリーのほうが、訴える力が強いと思うんですが…。

これは志望理由書や面接にも通じる発想だと思います。大学でこれを勉強すると、自分の未来はこのように開けてくるという人生の青写真を訴えると、志望理由書を読む試験官、実際に面接をする面接官の心を動かすのではないでしょうか。

学生たちは想定のうちの「人気の出そうな企画」という部分にだけ目が行ってしまい、お金をもらうための企画書だという点を忘れてしまったのでしょう。タスクに取り掛かる前に、私がこの点をきちんと説明すればよかったのでしょうが、一方ではこれぐらい気が付けよという思いもあります。

話は具体的にと常々言っていますが、“具体的”の最たるもの、お金の話が書けていなかったということは、まだまだ鍛え方が足りないのでしょう。締めてかからなければなりません。

事始め

10月17日(火)

今学期から受験講座を始めた学生たちの理科の授業が始まりました。まずはオリエンテーション。いつも強調していることは、計算力をつけることです。EJUは1.5~2.5分で1問を解かなければなりませんから、計算に時間がかかると考える時間がなくなってしまいます。また、EJUは有効数字がせいぜい2桁で、しかも選択式ですから、最初の1桁がわかると答えが選べてしまうこともあります。そういう特性を利用して、計算量を極力減らしていくのです。もちろん、1日で計算のテクニックを全て教えきれるわけがありませんから、練習問題を解きながら少しずつ学生たちに覚えてもらいます。

それから、カタカナ語を恐れていてはいけないということです。化学や生物は特にカタカナ語が多いですから、これを克服しないことには、EJUで勝ち目がありません。スライド画面いっぱいのカタカナ語を見てオエッとなった学生たちも、3か月後にはそのカタカナ語を駆使して私に質問してくるようになるものです。逆に、カタカナ語に負けて理科系の進学をあきらめる学生もいます。カタカナ語は運命の分かれ目なのです。

そんな目の前の受験をどうするかよりも、私が一番伝えたいことは、自分の将来をある程度見通して進学先を決めてほしいということです。有名大学の卒業証書がほしいのなら、頑張ってそこにはいって、そこでも頑張って卒業して見せるほかありません。しかし、その後日本で就職するとか、研究者の道を歩むとかというのが究極の目標ならば、有名大学への進学が必ずしも最善策とは限りません。

私の話を必死にメモしていた学生たちを、すくすくと伸ばしていきたいです。

1万

10月12日(木)

日本語教師養成講座の講義で、日本語は文章や発話などに使われる単語の数が他の言語より多いという話をしました。フランス語は使用頻度の上位2000語で90%が理解できるのに対して、日本語は5000語でやっと80%だというデータを紹介しました。90%理解するには1万語必要だそうです。

日本語は、尊敬語、謙譲語、丁寧語など、同じ事柄に対していくつもの表現があり、オノマトペにも富んでいます。それに加え、外来語に「する」をくっつければ動詞になり、「な」をくっつければ形容詞になり、もちろん、助詞や「です」をくっつければ名詞になるというように、外来語を受け入れやすい文法構造をしています。また、接頭辞や接尾辞によって派生語を作ったり、「持ち上げる」「持ち帰る」などの複合語を作ったりするのも容易です。

要するに、単語の数が増える方向の圧力が高いのです。そして、より細やかな表現ができるようになる代わりに、外国人が覚えるべき語彙数が拡大していきます。「みんなの日本語」は、文法書としてはよくできていると思います。「みんなの日本語」の文法が正しく使えたら、かなり上手に聞こえるはずです。しかし、語彙面は全然足りません。文法だけなら入試の面接にも対応できるでしょうが、語彙は貧弱すぎて話になりません。

学生たちはそういう条件下で必死に戦っています。日本で勉強していけるだけの語彙数に到達できるよう、チャンスを逃さず活用しようとしている学生は、超級になっても力を伸ばしていきます。今学期は受験の学期です。長文読解も語彙力というつもりで、追い込みにかかってほしいです。

1段抜かし

10月11日(水)

先学期私のクラスだったKさんはすばらしい成績だったので、今学期は2つ上のレベルのクラスに入れました。昨日の夜に新クラスを連絡したのですが、そのメールに気付いたのが今朝のようで、私が出勤してからしばらくして、あわを食ったようなメールが飛び込んできました。

Kさんは2つ上のレベルではなく、1つ上のレベルがいいと言ってきました。成績優秀な学生を選んで2つ上のレベルにしたのだから、心配しなくても十分やっていけると返信したのですが、階段を1段ずつ上がっていくのが自分の勉強のスタイルだから、どうしてもレベルを1つ下りたいと譲りません。

確かに、Kさんはとても緻密な勉強のしかたをする学生で、この文法はこういう使い方はできるか、こういう場合には使えるかと、細かくも的を射た質問をしてきました。だから、Kさんがそういう気持ちを持っているというのも、わからないでもありません。

点数が足りないくせに強引にでも上のレベルに行こうとするギャンブラーの学生が山ほどいる中、Kさんは実に慎重です。こういうふうに基礎をおろそかにしないからこそ、着実に力をつけ、順調に進級できるのです。目の前の課題に全力で取り組み、そこから得られるものを何でも吸収しようとするからこそ、同じ教室で机を並べていても、3か月の間に大きな差が生じてくるのです。

私の本当の気持ちは、KさんがKCPにいるうちにより高度な日本語を身に付けてもらいたく、それゆえ、2つ上のレベルのクラスに入ってほしかったです。でも、Kさんの考え方を尊重することにしました。Kさんなら、KCPを卒業した後も自分の力で研鑽を続けていけると思ったからです。

さて、新学期。今学期も、いろいろなドラマが巻き起こることでしょう。

入学式挨拶

皆さん、本日はご入学おめでとうございます。このように世界のいろいろな国からおおぜいの新入生を迎えることができて、とてもうれしく思っています。

秋といえば、まず、学問の秋でしょうが、学問の秋には入学試験の秋も含まれています。KCPの在校生も、殊に中級や上級は、大半が受験生といっていいでしょう。来年4月の進学を目指して、日夜努力を重ねています。

留学生の入学試験は、学力試験だけでなく、ほとんどの場合、面接試験も課されます。また、志望理由書や研究計画書などを書かなければならないところも多いです。この面接試験や志望理由書で問われるのは、留学の目的と、その実現に向けて努力していこうとする意志の強さです。目的があやふやだったり意志が弱かったりしたら、試験官に簡単に見破られてしまいます。そうなったら、もちろん合格などできません。

残念ながら、KCPにも自分が何のために日本へ来たのか明確に示せない学生、自分の将来像が描けないまま進学しようとしている学生がいます。そういう学生に限って有名な大学に入りたいと言いますが、入試のために捏造したような受験生の姿など、誰も見たくはありません。薄っぺらな志望理由など、面接官の厳しい質問によって簡単に吹き飛んでしまいます。

学生が志望理由書を書き上げる過程は、学問を究めていくことに対する理解を深め、自分自身との対話を通して5年後10年後20年後のあるべき姿を築き上げ、人生における留学の位置づけを明確にしていく機会でもあります。こども時代の自分の総決算をし、どのような大人へと成長していきたいのかを自分の心に銘記する絶好のチャンスだと思います。

こうして自分の中に自分の努力目標が鮮明に描けた学生は、有意義な留学生活が送れます。進学先を卒業した後も、自分の足で歩ける社会人になっています。進学してから、学業面でもそれ以外の面でも充実した留学生活を送っているのは、この過程をおろそかにせず、自分の将来に正面から対峙した学生たちです。就職あるいは起業し、縦横無尽に活躍しているのは、やはりKCPにいたときに留学の意義を深く掘り下げて考えた学生たちです。

今日入学なさった皆さんの中には、進学する人もしない人も、いろいろな目的の人がいらっしゃることでしょう。KCPに入ったきっかけは、周りの誰かに言われたからという受身の姿勢でもかまいません。でも、KCPにいるうちに、自分で選び取った留学にしてください。将来のビジョンを大きなカンバスに描いてください。それが実り豊かな留学をもたらします。そのためなら、私たち教職員一同は、喜んで皆さんの力になり、お手伝いをしていきます。

本日は、ご入学、本当におめでとうございました。

学問の秋

10月5日(木)

朝、マンションに外に出たら、冷たい空気がスーツを通して肌を刺してきました。先週まではクールビズで半袖でしたが、ちょうどいい時期に衣替えとなりました。東京の最低気温は、今シーズン初めて15度を下回ったそうです。そういえば、朝顔を洗うときの水道水も冷たく感じました。陽射しがあったのに最高気温も20.7度どまりでしたし、ゆうべは中秋の名月でしたから、秋もたけなわというわけです。

期末テストから1週間、成績は既に出ています。自分の成績が気になる学生は問い合わせてきますが、そういう学生は、多くの場合、成績を気にしなくてもよくて、ぜひとも成績を気にしてほしい学生、成績を聞いて大いに反省してその上で復習してほしい学生ほど、何の反応も示してきません。成績を聞いてきた学生は、学期中の授業態度などからして、期末テストの結果をもとに学期の総括をしていそうな感じです。進級できると聞いて喜んで終わりという学生は少なそうです。勉強のサイクルがきちんと回っているからこそ、習ったことがきちんと身に付き、すばらしい成績が取れるのです。進学の準備も、怠りなく進めていそうな面々です。

本当にショックを受けてほしい学生には、こちらから知らせました。現時点ではなしのつぶてです。どうしても進級したいという学生もおらず、このまま平穏無事に新学期を迎えられるのならそれも結構なことです。しかし、勉強をすっかり忘れて遊びまくっているおそれもかなり強いですから、新学期が心配です。受験勉強にかこつけて学校の勉強をせず、かといって「打ち込む」ほど熱心に受験勉強に取り組むわけでもなく、なんとなく無駄に学期休みを過ごしているんじゃないかなと危惧しています。

「学問の秋」とは言いますが、ほうっておいても学問の秋を満喫する学生と、学問の秋などどこ吹く風という学生と、大きく差がつく秋でもあります。

大差

9月29日(金)

期末テストの採点をしました。当然のことですが、勉強していなさそうな学生は悲惨な成績でした。テスト前日に未受験のテストをあわてて受けたような学生は、軒並み不合格です。出席率の悪い学生も、見当違いの答えを連発するか、潔く(?)白紙かで、合格点ははるか彼方でした。

こういう学生たちに限って、11月のEJUや大学独自試験の準備をしていたなどと言い訳をします。ある程度は本当でしょうが、地力があれば何とかなりそうな問題まで間違えていますから、自分の実力のなさをさらけ出しているようなものです。意味不明な例文を書き連ねているようじゃお先真っ暗ですよと言いたくなります。

だって、同じように受験勉強に精を出していても、すばらしい成績を挙げた学生がいるんですから。そういう学生たちは集中力がありますね。教師の言葉を聞き逃すまいという気持ちは、顔に表れます。授業中や授業後にしてくる質問の質の高さから、勉強の密度の濃さがうかがわれます。

私が採点した範囲では、結局、赤点だったら救いの手を差し伸べようと思っていた、普段から頑張っていた学生はみんな合格点を取り、落ちたのはダメだったら見捨てようと思っていた怠け者たちでした。そういう意味では、今回の期末テストは非常によくできていたと言えます。

今回のテストは、できた学生とできなかった学生とが鮮やかに色分けされました。後者の中には、お前は一夜漬けすらしようと思わなかったのかと言ってやりたくなる学生もいます。本命校の入試日が翌日に控えていたというのなら情状酌量の余地もありますが、おそらくスマホをいじりながら前夜を過ごしたのでしょう。どうにかして目を覚まさせることが、担当した教師の最後の仕事だと思います。

ある質問

9月19日(火)

化学の受験講座の準備をしていると、Hさんが「物理の問題なんですが、聞いてもいいですか」と尋ねてきました。見ると、何年か前のEJUの問題でした。Hさんは答えを教えてもらったけれども、どうしても納得がいかないようでした。すぐ授業が始まり、授業後は私は別の仕事がありましたから、後日解答するとしておきました。

いろいろな仕事が終わって職員室に戻り、Hさんが質問してきた問題をもう一度考えてみました。すると、どうということはなく、単にHさんが問題の一部を読み落としていたことがわかりました。一見もっともらしい理屈をこねてきたので何だかHさんの言い分が正しいように思えてしまいましたが、肝心なところが抜けていたのです。Hさんには明日にでも、問題の早とちりを指摘しておきましょう。

私のほうも、時間がなかったとはいえ、Hさんの勘違いにすぐに気付かず、Hさんに寄り切られてしまったような形になってしまったのはよくありません。Hさんの考え方では問題の前提が狂ってしまって、問題が成り立たなくなってしまうことにどうして目が行かなかったのでしょう。偉そうなふりして学生に講義していますが、まだまだですね。

Hさんは決して物理ができない学生ではありません。それでもこういう勘違いをしてしまうというのは、日本語力が足りないのでしょうか。でも、6月のEJUはHさんのレベルでは高得点だったんですけどね。いろんな要素がありますが、物理の問題は物理の力だけでは解けないのです。そのギャップを少しでも縮めようと、Hさんは私を頼っているのでしょうから、それに応えていかねばなりません。

また同じ

9月15日(金)

来学期中級に上がる(つもりの)学生たちのクラスで授業をしました。自動詞と他動詞という、日本語学習者が一番苦しむテーマで、初級を「卒業」する(ことになっている)学生たちにはぴったりのテーマでした。しかし、授業の手応えは、中級に進むどころか1つ下のレベルに戻ったほうがいいのではないかという感じでした。

習ったはずの語彙をすっかり忘れていたり、覚えていても自動詞・他動詞の区別がつかなかったり、区別がついてもどこでどちらを使うのか忘れていたりと、散々な結果でした。先学期、この学生たちを担当なさった先生がご覧になったら、さぞかしがっかりされたでしょうね。自分たちのあまりのできなさ加減に学生たちもふがいなく思ったのでしょうか、だんだん声も小さくなってしまいました。

学生たちは、「いすが並んでいます」と「いすが並べてあります」の違いも教わっているはすですが、私の説明をとても新鮮そうに聞いていました。でも、私は悲観していません。学生たちは、何か月か前、同じ説明を初めて聞いたときは、今とは比べ物にならないくらい日本語が未熟でした。それゆえ、文法を理屈で覚えるより体で覚える、口にしみこませるという感じだったと思います。ところが、今は理屈も多少は理解できるくらいの日本語力になっています。だから、口頭練習を繰り返した文法項目の裏側にはこんな論理があったのかと、感心していたのかもしれません。

自動詞・他動詞はこれで終わりではありません。次の学期、新しいことを学ぶ際にまた復習します。生身の人間に文法を教えるのは、AIに文法を仕込むのとは違って、繰り返しが必要です。その説明と練習の繰り返しが、人間味ある言葉の使い方を生み出していくのです。

白ご飯

9月12日(火)

ちょっと白ご飯を食べただけなのに体重が1kgも増えてしまった――これは初級のWさんが文法テストの短文作成の問題に書いた答えです。“ちょっと遅刻しただけなのにひどく叱られた”みたいな答えを想定していたのですが、教師の貧困な発想をはるかに超越したすばらしい例文です。「だけなのに」の意味や機能を実によく捕らえていて、5点の問題ですが10点ぐらいあげたい答えです。

Wさんのような気の利いた例文が作れるようになる学生がいる一方で、今までかろうじてボーダーライン上に残っていた学生の明暗が分かれるのもこの時期です。期末テストまであと2週間ほどともなると、各レベルの授業は最後の大きな山場を迎えます。この山を越えられないと、上のレベルには進めません。まさに胸突き八丁です。先学期、私が持ったクラスの学生たちは、みんなこの胸突き八丁を越えて無事進級してくれました。しかし、今学期のクラスは危ないです。Lさん、Nさん、Cさん、Yさんあたりは、今からよほど奮起しないと、来学期もう一度同じレベルということになりかねません。

じゃあ、WさんとLさんたちはいったい何が違うのでしょうか。ひとつは想像力だと思います。Lさんたちも、四択問題だったらどうにか点が取れるんじゃないかと思います。でも、何もヒントがないところで「だけなのに」を使って例文を作れといわれても、「だけなのに」の辞書的意味以上に想像の翼が広がらないのです。

また、生活の単調さが想像力の妨げになっていることも考えられます。今朝は「食べてみたい食べ物」というお題で話をしてもらいましたが、「特にありません」などと言っている学生の作る例文は、面白みに欠けます。せっかく留学しているんだから、多少は刺激を求めようよと言ってやりたいです。刺激を求めすぎてもらっても困るのですが…。

Lさんたちが期末テストで逆転勝ちを収めることを祈ってやみません。