Monthly Archives: 8月 2019

よくできるけど

8月9日(金)

今朝、電車の窓から朝日を見ると、東の彼方のビルのてっぺんから、どうにか頭を出している程度でした。昨日が立秋ですから、もう、夏至よりも秋分の方が近いのです。日中は猛暑日が続いていますが、朝日を見る限り、秋を感じずにはいられません。

夏至直後に始まった今学期も、もうすぐ中間点です。昨日の選択授業の中間テストを皮切りに、文法などの中間テストがある14日までに、いろいろな中間テストが目白押しです。

私のクラスでは、会話の中間テストをしました。授業で習った文法や語彙を駆使して、与えられたシチュエーションにふさわしい会話を作り上げ、実演します。もちろん、発音やイントネーションなどもしっかり見ます。

こういうテストを毎学期やっていますが、難しいなあと思うのは、相手に応じて言葉遣いの丁寧さを決めていかなければならないことです。初級の入り口はですます体しか教えていませんから迷うことはありませんが、私が教えているレベルぐらいになると、丁寧体と普通体、状況によっては一部敬語についても選択肢に加えなければなりません。

あらかじめ注意して、学生たちの目をそちらにも向けさせるようにしていますが、発表の段階になると、みんな丁寧語のフラットな人間関係ができてしまいます。それはそれで幸せな世界かもしれませんが、私にはちょっと生きにくいかな。

結局、日本語だけで生活する空間に身を置かないと、お互いの阿吽の呼吸で言葉遣いを変えるワザなんか身に付かないのでしょう。それができるのは、やっぱり進学してからです。日本語学校の擬似日本語空間は日本語を勉強する場であり、日本語で何かを勉強するようになって、日本人っぽい日本語がしみ込んでくるのです。

プレッシャー

8月8日(木)

今学期は、火、水、木曜日が受験講座もある日で、朝から夕方までフルに授業をします。ですから、木曜の受験講座が終わると、金曜日にも日本語のクラスが残っているのに、なんだか1週間が終わってしまったような錯覚にとらわれます。それではいけないのですが、授業が日本語だけとなると荷が軽いことは確かであり、しかも週末目前ですから、ホッとするなという方が無理だと思います。

しかし、明日は違います。会話の中間テストがある上に、文法の平常テストもあり、諸般の事情で文法をガンガン進めなければなりません。しかも、大学から来ている実習生が授業を見学します。かなり強引な進め方をしないとミッション・コンプリートになりそうもありません。そんな授業を実習生に見せていいのだろうか、いや、クラスを仕切り倒しているところこそ見せる価値があるんじゃないだろうかなどと、頭を痛めています。

進度を稼ぐとなると、どうしても教師の発話が多くなりがちです。学生に無駄な動きをさせないようにぐいぐい引っ張っていきますから。失敗を通して学習項目をしみこませていくという、私がよくとる方法ができません。脱線も許されませんから、私にとても息苦しい授業になります。

週末で疲れていると、学生に押されて怠惰な方向に流れてしまいます。精神的にもベストコンディションを保たなければなりません。心技体を整えるなどというと、トップアスリートの世界みたいです。でも、厳しい条件に打ち勝って結果を出すのは、やっぱりその世界のトップアスリートですよ。そう考えると、なんだかやる気が湧いてきました。

ネットワーク構築

8月7日(水)

理科ができる学生は、頭の中に理科のネットワークが築かれています。知識体系が形作られていて、1つの事柄から連鎖反応的に他の事柄につながっていき、広範囲の知識や情報が結ばれます。その結果、思わぬ発見をしたり新たな疑問が浮かんだりして、学問的に深まっていきます。

この域に達すると、雪だるま式に知識が増え、より高いところから理科全体を俯瞰できるようになり、勉強する面白さが感じられるようになります。自分のエンジンでどんどん前進できるようになります。こういう学生は、理科の勉強のために受験講座を受けるというよりは、受験講座で扱った学習項目や試験問題を起点に、そこから派生した物事を理科的に考えるのを楽しんでいるようにさえ見受けられます。

もちろん、こんな学生はごく一部です。今期の学生も、まだ知識の堆積を図っている最中です。私が何かを言ってもそこで立ち止まってしまい、話題が広がりも深まりもしません。1つの知識を1つの知識として受け取るのがやっとのようです。頭の中で線がつながって、高速道路網か新幹線網が部分的にでも開業するのは、秋も深まってからではないかと思います。

日本語のクラスでも同じで、クラスで中位ぐらいから下の学生は、今習ったばかりの文法しか見ていません。伸びる要素のある学生は、新しい文法や語彙を今までに教わった文法や語彙に関連付けて、頭の中に配置していけます。こういう学生が、応用力があると言われるのです。

かつてよく語られたセレンディピティは、この延長線上にあるように思えます。ノーベル賞クラスの大発見はしてくれなくてもいいですが、日本語力が伸びるきっかけをつかむ準備ぐらいはしておいてほしいなあ。

尊敬のまなざし

8月6日(火)

アメリカの大学のプログラムでKCPに留学している学生と話す機会がありました。そのうち2人が、日本史を専攻していて、ハーバード大学の大学院で研究を続けると言っていました。その研究対象も、徳川家康とか源平合戦とかという多くの人が手を付けたものではなく、幕末維新期の庶民の生活とかその時期の津軽藩の動向などという、あまり研究がなされていない分野でした。

2人の話を聞いているうちに、私もその方面に興味が湧いてきました。庶民の衣食住の欧米化がいつどのような形で進んだか、それも一様に進んだのではなくまだら模様を描きながら広がっていったのでしょうから、それを追いかけるのはさぞかし面白いだろうと思いました。また、畿内や江戸周辺ではなく、津軽という辺境ともいうべき地域に目を付けた点も、私にとっては新しい視点に感じられました。

研究を進めるには、古文書を読むことも必要です。日本人ですらごく限られた人しか読めないそういった文献を、外国人である2人は、非常な苦労は伴うものの、どうにか読んでいると言いますから、驚きを禁じえませんでした。「変体仮名は苦手ですね」とも言っていましたが、こちらは変体仮名など読もうとも思いません。

私は、歴史は好きですが、高校のとき古典文法がさっぱりわからなかったので、大学で歴史を勉強することはあっさりきっぱりあきらめました。私が読めるのは夏目漱石までですから、古文書の解読は専門家に任せて、そのエッセンスだけを現代文で勉強させてもらえれば十分だと思っています。歴史好きの素人以上は望んでいません。

だから、異国の古文書に果敢に挑む2人を見ていて、素直に尊敬しました。何年か後に、2人の研究成果に触れるのを、今から楽しみにしています。

引っかかるなあ

8月5日(月)

午後から奨学金と指定校推薦の面接をしました。

奨学金受給希望者のAさんは、堂々とした受け答えで、さすが上級と思わせられました。KCPから推薦することは問題ありませんが、他校から推薦された学生と比較したときに果たしてどうでしょう。かなりのレベルでも対抗できると思いますが、どのくらいのライバルが出現するか見当がつきませんから、予断は許しません。

指定校推薦のBさんもCさんもDさんも、さすがに大学の研究はしてきています。志望理由や大学で勉強したいことなどについては、的外れの答えはありませんでした。でも、こちらからの質問には苦しい答弁になってしまう場面も見受けられました。例えば、3人とも、EJUの成績があまりよくありませんでしたからその辺をつつくと、それまでの勢いが止まってしまいました。言い訳をしてほしいのではありませんが、こちらに、これなら進学してからもやっていけそうだという安心感を抱かせてほしかったです。

Bさんは面接のマナーもイマイチでした。まだ8月初旬ですからしかたがないとところもありますが、面接の最後に一言挨拶がほしかったですね。Cさんは、いかんせん声が小さかったです。2メートル弱ぐらいしかないのに、聞き取れるか取れないかでしたから、面接本番では完全にアウトです。Dさんは語彙が少ない感じがしました。似た意味の単語を最初から最後まで誤用していました。要するに、3人ともKCPから推薦するにしても、かなりの特訓が必要だというわけです。

留学生を取り巻く大学進学の環境がどんどん厳しくなってきています。これに打ち勝てるだけの地力をつけさせることが、私たちに課せられた責務です。

現実を見つつ

8月3日(土)

平日は授業がぎっちり詰まっていて、その準備と後処理で1日が終わってしまいます。そのため、思索にふける時間がなかなか取れません。その点、土曜日は学生が押し寄せてくることもなく、少しのんびりできます。

その“のんびり”の時間を使って、6月のEJUの結果をまとめました。今回は、平均点は今までとあまり差がありませんが、2~3期連続で受けた学生が点を伸ばしたというのが特徴と言えます。2期連続受験の学生の得点を見ると、いつもなら“あーあ”という学生がそこかしこに出てくるのですが、今回はゼロではないという程度で済みました。多くの学生が数十点成績を上げました。3期連続組も大半が得点を増やし、中には1年前に比べて100点以上も伸びた学生もいました。

学生本人が満足しているかどうかは別です。80点伸ばすつもりだったのが50点“しか”伸びなかったなどと思っている学生もいるでしょう。伸びは大きかったけれども、点数の絶対値がまだまだだと思っている学生もいるに違いありません。現状に満足せずにさらに上を目指すことこそ、進歩のカギです。でも、上を見るばかりではなく、今の実力にも向き合わなければなりません。

いろいろと不満はあるでしょうが、6月の成績で受かりそうなところに出願することが、昨今の厳しい留学生入試状況を乗り切るキモです。11月に期待してもいいですが、過大な期待は禁物です。先物取引で大やけどをするようなことは、絶対にしてはいけません。

もうすでに進学相談に来ている学生もいますが、来週からはこちらから学生を捕まえて上述のような指導をしていきます。出遅れると、3月まで影響が及びかねません。厳しく指導していきますから、学生の皆さん、覚悟しておいてください。

まず話す

8月2日(金)

学生たちは、日本で暮らしているからと言って、いつも日本語を使っているわけではありません。学校で使う日本語は今勉強している文法の応用が中心です。買い物だって、コンビニやスーパーなら無言でできます。アルバイトの日本語も限られた語彙や文法ばかりです。行いの悪い学生なら、遅刻・欠席や宿題忘れなど、するべきことをしなかった言い訳をしたり、それを教師に突っ込まれたときに反論したりと、多少はバラエティーが生まれてきます。出来のいい学生はそういうことがなく、かえって多種多様な日本語を話すチャンスがないんじゃないかと思います。

もちろん、特に上級の学生は、進学の時期が近づくと、志望校の決定や志望理由書を巡る攻防など、高度な日本語を使う機会が生まれてきます。でも、いわゆる日常会話はあまりしているようには思えません。

“だから”と言っていいかどうかわかりませんが、日本人ゲストをお呼びして会話をする授業が、各レベルで毎学期1回ぐらいあります。私が受け持っているレベルでは、月曜日から準備を始め、いよいよ本番となりました。

夏休みの時期だからでしょうか、大学生がたくさん来てくださいました。学生3~4名にゲスト1名ですから、結構濃厚に話ができたと思います。授業中はどこか引いている風情の学生も、前のめりになってゲストに何やら話していました。テストでは不合格を重ねている学生も、何やら一生懸命訴えていました。どのグループも話が途切れることがなく、制限時間はあっという間に過ぎ去っていきました。

ゲストのみなさんがお帰りになってから学生たちに感想を聞いてみると、自分の日本語が確かに通じたという手ごたえを感じていたようでした。文法にも語彙にも間違いはあったはずですが、また、表現も不細工だったに違いありませんが、それを乗り越えてコミュニケーションが取れたという自信が生まれたのではないかと思います。通じないんじゃないかと思ってしゃべらないのではなく、どうにかなるものだと信じて話してみることが、上達につながるのです。どうにかならないこともありますが、同じミスを繰り返さないようにすれば、少しずつ進歩するのです。この会話授業を、その進歩の一里塚にしてもらえたら、授業は大成功です。

奇遇

8月1日(木)

職員室で午前のクラスの後処理と午後の授業の準備を進めているところを、Yさんに呼ばれました。Yさんは先学期受け持った学生で、今学期は教えていません。昼休みに自分のクラスではない学生からお呼びがかかると、だいたい受験講座関係か、何かややこしい事柄です。ちょっと渋い顔をしながらYさんのところへ行くと、「明日からの京都ツアーに行くのは私1人ですか」と聞かれました。

京都ツアーとは、この週末に京都で開かれるオープンキャンパスを巡るツアーで、企画には京都市も1枚かんでいます。明日の昼過ぎに京都駅近くに集合ですから、明日朝の新幹線で京都に向かいます。京都まで1人で行くのは寂しいから、KCPで他にも参加する学生がいたら紹介してほしいというのが用件でした。

たまたま、このツアーに参加するLさんがロビーにいたので、急いで呼び込んで顔合わせをさせました。2人とも新幹線の自由席で行くようで、時間の調整をしていました。

詳しく聞いていませんが、おそらくYさんは東京の外に出るのが初めてなのでしょう。志望校探しの一環として京都ツアーに申し込んではみたものの、出発が近づくにつれて不安が高まってきたのに違いありません。イチかバチか私に聞いてみたところ、その場で同行者に出会えるという最もラッキーな結果になったというわけです。

何はともあれ、東京から離れたところの大学に目を向けようというのは、好ましい傾向です。こういうツアーを組むということは、ぜひとも留学生に来てほしいというサインですから、その流れに乗らなきゃ損です。Yさん、Lさんには、回った大学の中から志望校を見つけてもらいたいです。

でも、天気予報を見ると、明日の京都の予想最高気温は38度、この先1週間、猛暑日の熱帯夜と出ています。「暑くてかなわん」とあきらめてしまうんじゃないかと心配しています。