Monthly Archives: 11月 2020

塵も積もれば

11月16日(月)

金曜日の中間テストを採点しました。

超級の大学進学クラスは、大学入試の過去問を出しました。採点してみると、漢字の読み書きで助かった学生が目立ちました。読解問題の失点をカバーしてかろうじて合格点を取った者、漢字で点を伸ばして評定をワンランク上げた者、そんな学生がいました。先学期から通学授業の日には毎日漢字テストをやって来た効果が表れたようです。半年前は漢字で足を引っ張られることが多かったのですから、大きな進歩です。でも、読解の筆答問題は、相変わらず弱くて、困っています。

中級クラスは、漢字のテストでなくても、どんな易しい漢字にもフリガナを振らせました。これが悲惨な結果を招きました。“学生”“欠席”など、初級で勉強したか今まで何度も接してきたはずの漢字にも、正しいふりがなが書けない学生が続出しました。“がっせ”“けせき”などというのをいくつも見せられると、それ以降採点せずに不合格にしたくなりました。おそらく、そういう学生は、ふだん、「けせきが多いがっせ」などと発音しているに違いありません。それをきちんと注意してこなかった私たち教師にも責任はありますが、初級の入り口の頃に出てきて、毎日のように耳にしているはずの単語がきちんと発音できないというのは、その学生が日本語に積極的に接しようとしてこなかったのではないからでしょう。

大学進学クラスの学生は、私なんかいじめ抜いていますから、できないという印象が先に立ってしまいますが、中級クラスの学生と比べると、やはり格が違うなと思います。鍛え続ければ伸びるものなんですね。

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試験監督の目

11月13日(金)

中間テストがありました。私が監督したクラスは、何事もなく無事に終わりました。そのクラス、実は私が週に1日は入っているクラスで、テスト問題も一部は私が作りました。

自分が作った問題を目の前の学生が解くのを見ていると、何とも不思議な気持ちになります。この程度の難しさなら解いてほしいと願いながら作った問題に頭を抱えている学生を見かけると、なんだこいつと思ってしまいます。渾身の力を込めて、解けるものなら解いてみろというぐらいの問題は、苦しんでいる学生にもっと苦しめと心の中でつぶやいています。

あんまりすらすら解かれると、学生の力を見くびっていたかなと不安になります。全学生が呻吟しているとなると、合格者が1人もいなかったらどうしようと心配になります。75点平均ぐらいが、見ている立場でも、学生の力を測るという意味でも、穏やかな気持ちでいられます。

学生の答案をのぞき込むと、ひねりを利かせた問題に大半の学生がつまずいていました。大学進学クラスですから、こういう問題こそ正解にたどり着いてほしかったんですがね。来週からも手を緩めることなく鍛えていかねばなりません。期末テストでは、こちらからの攻撃を跳ね返してもらいたいものです。

採点してみると、やっぱり筆答問題がまだまだかなあ。本文の抜き書きで済まそうという答案が目立ち、それを要領よくまとめる力が足りません。授業中に感じていたことが、そのまま答案用紙上に現れました。四択から正解を選び出せても、本当の読解力とは言わないんですよ。

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朝日が沈む

11月12日(木)

この時期、私の出勤時間帯には、東の空がわずかに明るんでいます。御苑の駅から靖国通り方面に向かって進み、靖国通りの直前でKCPの方へ曲がると、ちょうど朝日の昇る方角になるのです。

2月の末ごろ、同じように出勤時の空にほの明るさを認めると、春が近づいてきたなと感じます。まさに光明を見出したわけであり、厳しい冬を乗り切った自分をほめてやりたくなります。気が付くと口元が緩んでいます。

しかし、今どきの同じような空の光景には、もう二度と光の世界に戻れないのではないかという恐怖心すら感じます。体を丸めて寒風に耐える自分が見えてきます。

いつの間にか、東京の最低気温が10度を割るようになりました。今朝は、あまりの風邪の冷たさに、マフラーを用意しました。でも、コートはまだです。それは、スーツの上着の下にカーディガンを着込んでいるからです。このカーディガンが意外に暖かく、コートなしでも苦になりません。

では、なぜカーディガンを着ているのでしょうか。それは、校舎内全体が寒いからです。換気のために窓とドアを開けっ払って授業をしていますから、校庭で授業するのと大して変わりありません。まさかコートを着て授業を行うわけにもいかず、夏の初めごろ在庫処分セールで買ったカーディガンが登場したというわけです。好判断をした半年前の自分をほめてやりたいです。

でも、まだ冬の入り口です。しかも、この先気温は平年を下回りそうだという長期予報も発表されています。ずっと換気優先の教室で授業していけるでしょうか。教室の暖房の設定温度を25度ぐらいにしないと、暖かい感じがしません。電気代がかさみそうです。

今年は、出勤時に朝日が見えなくなるのが一層寂しいです。

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総花的

11月11日(水)

授業後、Jさんが力作を持って来ました。R大学の志望理由書です。規定の字数より少し多くなってしまったので、いくらか削りたいと言います。

まず、一読しました。入りたいという意欲があまりに強く、あれもこれも勉強したい、R大学で勉強したら何でもできる人間になれそうです…というような内容で、かえってJさんの個性が見えなくなっていました。1つの文にいくつもの事柄を盛り込もうとしているため、文が長く、主語と述語がかみ合わないねじれ文になっていました。そのねじれ文が数本集まって1つの段落を構成します。こうなると、その段落の要点が全く見えません。

私がねじれ文を指摘すると、Jさんはなんで私の気持ちがわからないんだという顔をしました。でも、この「それ」は何を指すのかとか、この「を格」はどの動詞にかかるのかとか、文法的に追及していくと、あえなく沈没してしまいました。さらに、Jさんが何でもやります的な意味で書いた文が、読み手に誤解を与えるもとになっていました。

そういう、不要ないしは不用意な文や語句を削っていくと、規定の字数を大きく下回ります。だって、言いたいことは「入りたい」しかないんですから、突き詰めていけばスカスカになってしまいます。この志望理由書を提出して、それに基づいて面接されたら、Jさんは何も答えられないでしょう。「何でも勉強します」は、「何も勉強しません」と同じです。

結局、全体的に焦点を絞って構成を組み立て直して書き直してくることになりました。明日、また持って来るそうです。授業後、また攻防戦が繰り広げられるでしょう。

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道半ば

11月10日(火)

先週の火曜日は休日でしたから、超級の進学クラスに入るのは2週間ぶりです。オンライン授業は担当していましたからそんなに久しぶりという感じではありませんでしたが、顔を合わせると、やはり、オンラインとは違った趣を感じます。

EJUが終わって何か変わっているかなと思いましたが、これから受験本番の学生たちばかりですから、ある種の緊張感が漂っていることは変わりありませんでした。しかし、だからこそ、志望理由書をまだ書いていないとか、出願書類に手を付けていないとか、そもそも志望校に迷っているとか、そういう学生が浮き上がって見えてきました。出願書類の最終点検などというのは、進んでいる方です。

そんな中、授業後にCさんがこっそり合格の報告をしてくれました。面接本番で聞かれたことが私と一緒に面接練習したことと同じだったので、自信を持って答えられたとのことでした。私たち教師は、練習の相手まではできますが、その成果を本番で発揮できるかどうかは学生自身の実力です。Cさんは「先生のおかげです」と言ってくれましたが、Cさんにはその志望校に合格するだけの地力があったのです。直前の練習の様子では落ちてもしかたがないと思っていました。それを合格ライン以上に持って行ったのは、Cさんの底力であり執念です。

Cさんは進学コースの学生で、初級の頃はKCPの進学授業を受けていました。しかし、それが難しかったのか、効率が悪いと思ったのか、中級ぐらいから離れていきました。しかし、最後に頼ったのは私たちでした。行ったきり帰ってこず不合格を重ねる学生が少なくない中、よく戻ってきてくれたと思います。

明日はこのクラスの学生2人の志望理由書を見る約束をしました。どんな展開になるでしょう。

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休んでいます

11月9日(月)

昨日のEJUの出来具合が気になるところですが、私のクラスはオンラインでしたから、詳しくは聞きませんでした。オンラインの小さい画面では学生たちの微妙な表情がつかめませんから、変なツッコミ方をして学生を傷つけてしまうおそれがあります。手加減が難しいのです。

気になるのは、受けた学生が2人全くオンラインに出てこなかったことです。Sさんは受験講座で面倒を見てきました。まじめな学生ですから、めったなことでは休まないはずです。ショックが大きくて立ち直れないのでしょうか。Tさんも気安く休む学生ではありません。授業後電話をかけてみましたが、反応はありませんでした。明日、ケロッとして登校してきてくれればいいのですが…。

SさんもTさんもそうですが、今年は昨日のEJUが実質的に一発勝負という学生が少なくありません。これに失敗したら不本意な進学をするか、日本留学をあきらめるかという厳しい選択を迫られるケースも考えられます。第一志望校には入れなくても、実力相応校には手が届いてほしいと思っています。学生たちの希望と実力と試験結果と各大学の特色と、そういったものを総合的俯瞰的(菅首相的な意味ではなく、文字通り)に見極めて、学生が進学してから満足できるような進路指導をしていくことになります。教師にとっての正念場です。

さて、オンライン授業に出席した学生たちですが、いつも以上に予習ができていませんでした。教科書の例文は漢字が読めないし、宿題はやっていないか間違っているかだし。それぐらいは大目に見てあげなきゃいけないかなと思いましたが、よく考えたら昨日EJUを受けていない学生もたくさんいたのです。

進路指導より先に、精神のたるみの解消が必要です。

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トリュー

11月7日(土)

Rさんがロビーで手を消毒し、熱を測ってもらって、受験講座・EJUの教室へと上がっていきました。それをちらっと目にしたM先生、「そういえば、Rさん、S大学はどうだったんだろう。同じところを受けたZさんは受かったって言ってきたんだけど…」と心配そうにポツリ。毎度、本番のEJU前日の受験講座は私が受け持つことになっていますから、「じゃあ、授業後にM先生のところへ行けって言っておきます」ということになりました。

授業そのものは無事に終わりましたが、Rさんは過去問の解答用紙の解答欄を間違えていました。「明日の先生はこんな優しく教えてくれないよ」と心の中でつぶやきながら、正しい解答欄を指差してやりました。ほんの一瞬、「あ、しまった」という顔つきになって、またすぐにいつもの冷静な顔に戻り、答えを書き写していました。

授業が終わり、教室の後片付けを済ませて1階に下りると、M先生とRさんが話していました。2人とも深刻そうな表情でしたから、S大学は落ちたなと思いました。

程なくRさんが帰り、M先生から話を聞くと、案の定でした。Rさんは行きたい大学をいくつか挙げ、そこを目指すそうです。その中で、ここは絶対受かるとRさんが言ったのは、“トリュー大学”です。そう言われた時、M先生はもちろんわかりませんでした。私もM先生から話を聞いた時わかりませんでした。Rさんが残したメモには、都留文科大学と書かれていました。

確かに、“都留”を“つる”と読むのは難しいです。しかし、いやしくもそこを受験しようとするなら、正しい読み方ぐらい確認してもらいたいです。…と書こうと思い、都留文科大学のページを開くと、“つる”という表記は見当たりませんでした。どこかにはきっとあるのでしょうが、この大学を受験しようと思っている外国人留学生が見に行きそうなページには、ありませんでした。URLをよく見ると“tsuru.ac.jp…”となっていますが、全受験生で気が付くのは何人でしょう。Rさんがトリューと読んだのも、厳しく責められなくなりました。

都留文科大学は、KCPの学映画行かないのなら、私が入って勉強したいくらい教育の質の高い大学です。でも、外国人留学生にノーヒントで“つる”と読ませるのは、少々酷じゃないでしょうか。

回収したRさんの解答を採点しました。明日もこの調子だったら、都留文科大学には遠く及ばないでしょう。S大学のことは忘れて、目の前の問題に集中してください。

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トランプさんはおいといて

11月6日(金)

今、“潔い”の対極にいるのがトランプさんです。往生際が悪いと言いましょうか、相撲なら死に体なのに、米国のみならず、世界を混乱に陥れかねない法廷闘争に突き進みつつあります。裁判で主張が認められず、大統領の座をバイデンさんに明け渡すにしても、ただではホワイトハウスを去りそうにありません。一切の引継ぎをせず、大統領執務室を廃墟にして出ていくんじゃないかなあ。

こういうのを“いさぎ悪い”というそうです。“いさぎよい”を“いさぎ+よい”と分解し、後半の“よい”を“悪い”にすれば“いさぎよい”の反対語ができると考えたのです。では、“いさぎ”とは何でしょう。どこをつついても“いさぎ”などという言葉は出てきません。その証拠に、“いさぎよい”は“潔い”であって、“潔よい”“潔いい”ではありません。また、“いさぎがよい”でもありません。

“いさぎよい”は、“いさ+きよい”なのだそうです。後半は“清い”につながることは容易に想像できます。“いさ”は、“いと”“いた”など、強調のはたらきをすると言われています。つまり、“潔い”とは“非常に清い”ということなのです。

“いさぎよい”から、語源などを無視して“いさぎ悪い”という新語を創り出すことを異分析と言います。1億円以上のマンションを“億ション”と呼ぶのもその一例です。ダジャレの発想による新しい単語の創造法などと言ったら大げさすぎるでしょうか。

よく見ると、街にもテレビにもネットにも、異分析で生まれた言葉がそこここにあります。いさぎ悪いトランプさんは、私たちにはどうすることもできませんから、放っておくほかありません。ここは一発、異分析探しでもして、知的訓練をしてみてはいかがでしょうか。

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終わりました

11月5日(木)

WさんがE大学を受験したのは先月末のことでした。今週月曜日に合格発表があったはずなのですが、何も言ってきません。受験に関しては、便りがないのは悪い知らせですから、次の受験校を探さなければと思っていました。そこで、S先生に聞いてもらうようお願いしました。

S先生によると、「Wさん、E大学の試験はどうだった?」「はい、終わりました」というやり取りから始まったそうです。普通は合否発表後に入試がどうだったか聞かれたら、受かったとか落ちたとか答えますよね。わざとはぐらかすことはあるでしょうが、Wさんにそんな器用なまねはできません。本気で試験は終わったと答えたに違いありません。「それで合格したんですか、しなかったんですか」と単刀直入に聞いてやっと、「合格しました」という、こちらが求めていた情報が引き出せました。

Wさんは人の言葉の裏側を読み取るのが苦手です。聞いている人が何を知りたいか察知して、それに対して答える、説明するということができません。字面通りの受け答えしかできないのです。そんなコミュニケーション力でよく面接に通ったと思いますが、E大学の面接官はWさんの中に何か光るものを見出したのでしょう。

S先生は「月曜日にわかったのに、どうして今まで知らせなかったんですか」と聞きました。「昨日まで学校へ来ませんでしたから」とWさん。確かに、月水は、Wさんのクラスはオンラインです。火曜日が祝日でしたから、今週は木曜日が初の登校日となったのです。しかし、メールぐらいは送れます。Wさんは、E大学を受けるまでに、多くの先生方の手を煩わせています。そういう先生方に吉報を一刻も早く伝えようとは、…思わなかったんでしょうね。

こういう、人情の機微をわきまえない学生は、Wさんに限ったものではありません。今までにも数えきれないほどいました。そういう学生にそういうことを教え切る前に進学先に送り出すことに、良心の痛みを感じてきました。Wさんも私たちの心に影を残して新たな一歩を踏み出していくのでしょうか。

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バレルとジュール

11月4日(水)

日本語学習者向け教科書の著者は、多くの場合、文科系出身の方です。そのため、理系人間の目で見るとおかし気な記述が見られることもあります。でも、ほとんど、普通に日本で暮らしていくには支障がない程度の怪しさですから、スルーしてしまっても構わないでしょう。マニアが気付いてニヤッと笑う程度です。

しかし、中には見逃すわけにはいかない間違いもあります。ある教科書の単位を紹介するコラムの、「エネルギー・熱量」というくくりの中に“バレル(石油)”とありました。石油とわざわざ注釈をつけている以上、間違いなく石油の取引に使われる“barrel”でしょう。1バレル=159リットルという、エネルギーではなく体積の単位です。同じくくりにあるジュール、カロリーとは明らかに違います。1カロリー=4.2ジュールという換算はできますが、1バレル=××ジュールなどと変換することは、物理学的に不可能です。石油はエネルギー資源だから「エネルギー・熱量」グループに入れてしまったのでしょうか。

この教科書の同じセクションには、「消費税の比率が上がる」という例文があります。この例文を素直に受け取ると、「国の税収に占める消費税の割合が上がる」という意味になると思います。しかし、英訳は“tax rate”となっていますから、比率ではなく税率でしょう。比率は、「縦横の比率」のように“A:B”の形で表せるもの、「外国人留学生の比率」のように全体に対する割合、英語で言えば“ratio”です。去年の10月に上がったのは、消費税の比率ではなく税率です。その結果、家計支出に占める消費税の比率は上がったでしょうが。

ここに挙げた間違いは、いずれも大勢に影響がないものです。この教科書の価値を損なうほどのものではありません。でも、だからこそ、違う角度から見てもらって、間違いをなくしておいてもらいたかったです。

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