疑い

12月25日(月)

「問題4はサービス問題ですから、そんなに厳しく採点しなくてもいいですよ」と、出題者のK先生から言われていたのは、学校に欠席を知らせるメールの文面を考える問題です。メールの文面については授業でも扱いましたし、これくらいなら常識で答えられちゃうだろうと思っていました。ところが、採点を始めると、学生たちの答えはとんでもないことになっていました。

「先生、おはよございます」とぬかしやがったのは、Sさん。以下、一切読まずに0点。超級の分際で「おはよございます」とは何事ですか。“う”を落としたのはケアレスミスだとは、絶対に言わせません。恥を知れ、恥を!

件名に「休みの請求」と書きくさったのはGさん。Gさんのぶっきらぼうな話し方そのものの件名です。私はGさんの担任ではありませんからGさんからメールをもらったことはありませんが、こんなメールをもらったら、Gさんがどんなに具合が悪くても、さらにひどくするような激烈な反撃メールを送らずにはいられないでしょう。

こういうのに比べれば、「休んでいただきますか」などはかわいいものです。優しく「卒業する前に初級をもう一度勉強しておきましょうね」と言ってあげられます。でも、こんなメールを外部に向かっては絶対に送らないでくださいね。間違いなく日本語力を疑われます。

相変わらず多いのが、名無しの権兵衛さんです。そりゃあ答案用紙の氏名欄を見れば誰が書いたかはすぐわかりますが、メールの文面を書けという問題なのですから、そこにも書かなきゃね。

K先生は“情けを掛けろ”とおっしゃいたかったのでしょうが、Sさん、Gさんを始め、情けの掛けようがない答案をたっぷり読ませていただきました。超級の皆さん、新年早々送られてくる成績通知メールの文法の成績に驚かないでくださいね。

去る者

12月22日(金)

選択授業の時間に書かせた小論文を読んでいます。教養とは何かというテーマを与えたのですが、ちょっと重すぎたようです。一生懸命書いてはいるのですが、議論が浅いのです。「教養は人間らしい生活に不可欠なものだ」といった類の、書いた本人もおそらくわけがわかっていないと思われるものが多く、出題を失敗したかなと思いました。しかし、これは何年か前の某大学の留学生入試の問題ですから、受験生たるもの、12月の時点で書けないなどと言っていてはいけないのです。

マークシート的な知識の堆積を狙った授業ばかりをしてきたつもりはありません。しかし、「教養」という、高等教育の目的の1つについてお手上げ状態では、私たちの教育のどこかに至らぬ面があったのでしょう。学校の中に物事を深く考える雰囲気が足りなかったのかもしれません。

その中に、「教養とはコミュニケーションのツールである」という意見がいくつかありました。異文化に触れ世界に目を向けるきっかけを作るなどという話になると、読んでいても夢が広がります。こういう学生の将来がまぶしく見えてきました。

コミュニケーション力をつけてくれというのは、私も去年の1月の入学式で祝辞として述べています。それから2年間勉強した学生たちの卒業式がありました。卒業生全員出席で、会場に空席がないというのは気持ちのいいものです。2年前には講堂いっぱいにいた新入生のうち、卒業式まで残ったのは講堂の真ん中にほんの3列だけ。コミュニケーション力が身についたか怪しい学生もいますが、よくぞ頑張り通したと思います。彼らと激戦を繰り広げた先生方も、式後ににこやかに談笑していました。

ゆがんだ三分粥

12月21日

午前中のテストが終わった後、EJUの結果がほしいと、Kさんが私を訪ねてきました。EJUの成績通知書はKさんあての信書ですからそれはそのまま渡しますが、Kさんは今月のというか、今学期の出席率がひどいので、そちらについて話をしなければなりません。

今学期、Kさんは本当によく休みました。理由を聞いてもはかばかしい答えが返ってくることはなく、のらりくらりと追及をかわしていました。それで全てが済んでやりたいことがし放題と思っていたら大間違いです。Kさんの今の出席率では、たとえ進学できたとしてもビザが出ないおそれがあります。今までにそういう話もしてきましたが、軽く受け流していたようです。来学期、卒業式までの実質2か月間100%出席したとしても、出席率の危険水域を脱することはできません。事態がそこまで悪化しているのにKさん自身は全く気付いていません。

EJUの成績にしたって、封を開けたとたん顔をゆがめていましたから、思い通りの成績が取れなかったのでしょう。調べてみると、案の定、6月より下がっていました。あんなただれた生活をしていたんじゃ、退化こそすれ進化など望むべくもありません。行き先がまだ決まっていないKさん、果たしてどうなるのでしょう。

期末テストの日の夕方は、いつも、アメリカの大学のプログラムで勉強に来ている学生たちの修了式があります。修了生は、修了証書をもらったらスピーチをすることになっています。みんな、この1学期間、実に濃厚な留学生活を送ってきたことがよくわかりました。3か月と期限が切られているからこそ、オーバーフローしそうになりながらも、貪欲に何でも吸収しようとしてきたのでしょう。その拙い日本語を聞きながら、Kさんだったらどんなスピーチをするのだろうと考えてしまいました。三分粥みたいなうすーい留学生活を送っていたら、なんにも話せなくなっちゃいますよ。

最高点の陰で

12月20日(水)

11月のEJUの結果が届きました。喜ぶ学生もいれば肩を落とす学生もおり、また、結果を見るのが怖くてなかなか封を開けられない学生もいるという、毎度おなじみの風景が繰り返されました。

Nさんは読解も聴解・聴読解も記述も最高点でした。KCPで初級から勉強していますが、とても慎重に1段ずつステップを踏みしめながら上がってきました。習った文法の例文をいろいろな角度から作り、その文法が使える範囲を自分の手で確認するような、抜け落ちのない勉強をしてきました。不明点はどんどん教師に質問し、これまた実感をもって理解しているかのようです。だから、私はNさんが最高点を取ったことを不思議には思いませんでした。

Dさんも日本語各科目で最高点でした。読書感想文コンクールにも参加しています。読書量がかなりのものだということがうかがえる作品でした。基礎から1つ1つ積み上げてきたことがよくわかる勉強法を、上級の今も続けています。一足飛びに難しいことをやりたがる学生が多いですが、そういう学生はどこかに大きな穴が開いていて、ある程度以上になると伸び悩みます。その反対が、Dさんです。

Yさんは肩を落とした組です。しゃべれるし漢字の読み書きもできるし頭の回転も速いし、授業中のYさんを見ている限り、DさんやNさんに引けを取るとは思えないのですが、テストとなると力を発揮できないたちなのでしょうか。面接では好印象を与えるタイプだと思いますが、EJUで合否を決められてしまうと辛いものがあります。

何より最悪なのは、EJUの結果が届く日に休んだKさん、Hさん、Sさんです。もらった結果を見て早速進学相談に来た学生が何人もいたというのに、お前らは無断欠席して何をしとったんじゃ!!!

特権階級

12月19日(火)

1年に計は元旦にありと言いますが、KCPではちょっと先走って、年内に来年の目標を書いてもらうことになりました。来学期の初日でもいいのですが、1年の反省をしたこの時期に、その反省を踏まえて次の年の目標を定めてしまおうという考えです。

私のクラスの学生たちは、最初はブーブー言っていたのですが、主旨を説明して書かせると、全員結構真面目に取り組み始めました。そして、一人ひとりの目標を見ると、1年後の自分のあるべき姿を言葉に表していました。このクラスの学生は大半が3月で卒業しますが、ここで書いた目標は進学先にまで持って行って、その実現に向けて努力を続けてもらいたいです。

学生たちが真剣に目標を考えた1つの原因は、この目標を書きっぱなしにしなかったことです。学生証に挟める大きさ(小ささ)の用紙にきれいな字で書かせて、学生証と一緒に肌身離さず持ち続けてもらうことにしたのです。目に付くところに目標が書かれていればそれを再認識することも多く、いい加減なことを書いたら自分自身が恥ずかしくなります。

目標を書くことに集中している学生たちを見ているうちに、彼らがうらやましくなりました。学生たちには今年と違う1年が待っています。大きく進歩する可能性を秘めた1年がもうすぐ始まります。私にも今年と違う来年が待っているかもしれませんが、学生たちに比べたら変化に乏しいものになるでしょう。自分の人生の新局面を切り開くような、胸が躍るような1年を迎えることってあるのかなあって考えると、否定的な答えになってしまいます。

こういうのが、若さの特権なのですが、当の若者は往々にして気付いていないようで、もどかしい限りです。

0度

12月18日(月)

今朝はこの冬一番の冷え込みで、東京都心でも氷点下を記録しました。最高気温も10度に届かず、晴れているのに気温が上がらないという典型的な太平洋側の冬のお天気となりました。

気がつけば、今週木曜日が期末テストです。来来週の月曜日は新年です。今朝、御苑の駅に降りると、大晦日の終夜運転の時刻表が張ってありました。受験生にとっては、明日が11月のEJUの結果発送で明後日ぐらいに届きそうであり、そして、私大の多くが入試を終え、最終局面が近づきつつあります。

Dさんは、第一志望のS大学は全く手応えがなく、第二志望のM大学も自信がなく、あまり行く気がしないけれども第三志望のT大学に出願したほうがいいだろうかと悩んでいます。夏場から自分の志望する学部学科のある大学を見て回り、私なんかよりはるかに良質の情報をふんだんに持っています。そのDさんが、これから先、どのように受験校を選んでいけばいいか相談に来ました。

「S大学は、学生は一流だけど教授は三流って言われていますが、本当ですか」「Dさんが勉強したい学部についてはそう言われてもしかたないね。受験生の偏差値は高いけど、企業の就職担当者の評価はあまり高くないな」「M大学とT大学とではどうですか」「M大学はS大学と逆で、就職担当者の評価が高い大学だよ。T大学はM大学ほどではないけど」…。

夏のころから動いている学生は、大体どこかに引っかかるものです。Dさんなら、M大学には通るのではないかと踏んでいます。

その一方で、Cさんは第一志望と第二志望のI大学とR大学の受験日が重なっているけど、どうしたらいいかという相談を持ちかけてきました。そんなこと今頃気付くなんて遅すぎると言ってやりたくなりました。私の面倒見が悪かったとも言えますが、良好の募集要項が出揃った夏ごろにはわかっていたはずです。受験勉強に励んでいるようですが、ほかにも抜け落ちがありそうで、心配です。

日が落ちてからじわじわ気温が下がっています。明日の最低気温は、0度が予想されています。

原石発見

12月15日(金)

先学期の始めから、かれこれ半年間、上級の大学進学希望の学生たちには、志望理由書、小論文、面接など、出願から入試にいたるまでの進学指導をしてきました。私以外にも上級担当の先生方があれこれと手を尽くしてくださっていますから、漏れや抜け落ちはないと思っていました。ところが、細かい網の目をどうかいくぐったか知りませんが、天然のダイヤ原石が発見されました。

Lさんは新年早々C大学の入試が控えています。それで、初めての面接練習に臨みました。「Lさんはどうして本学を志望したのですか」「はい。C大学は結構有名だし、先輩が推薦してくださったし、いいと思いました」「はあ、そうですか。では、本学で何を勉強しようと思っていますか」「精密機械工学科です」「精密機械工学科で何を勉強するつもりですか」「機械について勉強します」「じゃあ、卒業したらどうしたいですか」「エンジニアみたいな仕事がしたいです」…。

絶句したい気持ちをどうにか抑えて質問を続けましたが、どこから指導したらいいかわからないほどの受け答えばかりでした。しかも、日ごろのLさんの癖で、口をあまり大きく開けずに早口で話すものですから、Lさんのこういう話し方を知っている私だからこそかろうじて理解できたものの、初対面のC大学の面接官には、絶対にわかってもらえないでしょうね。

Lさんは、根は悪い学生ではなく、学習意欲も専門に対するセンスもありますが、こんな答え方ではそういった美質が大学側に伝わりません。今週末の宿題をいっぱい抱えて帰りました。来週、また練習すると言っていますが、どこまで軌道修正してきてくれるでしょうか。

未発見の原石は、もうないですよね。

来週の今頃は‥‥

12月14日(木)

期末テスト1週間前なので、試験範囲を発表しました。試験範囲を書いた紙を教室の掲示板に張り出しましたが、私が入った超級クラスは、Sさんがスマホで写していたぐらいで、学生たちはあまり興味を示しませんでした。超級ともなると、実力で問題に取り掛かっても合格点ぐらいは取る自信があるのでしょうか。読解はそれでもどうにかなるかもしれませんが、漢字は試験範囲をきっちり復習しておかないとどうにもならない学生がたくさんいると思うのですが、学生たち自身はどう思っているのでしょう。

授業後、Lさんが再試やら追試やらを受けに来ました。Lさんは「卒業」がかかっていますから本気です。不勉強のまま受けて不合格になったり、欠席してそもそも試験自体を受けていなかったりしていると、平常点が悪すぎて卒業証書ではなく修了証書になってしまいます。今になって焦るんじゃなくて最初からきちんとやっておけよって言ってやりたくなりましたが、同じ立場のNさんは何もしていませんから、それよりは前向きだと思わなければなりません。

受験講座後、Jさんと一緒になりました。Jさんは期末テストが終わったら羽田空港直行で一時帰国します。21日と22日では、飛行機代が倍以上違うのだそうです。クリスマスに近づくと、急に高くなると嘆いていました。また、新学期の始業日に間に合うように戻って来ようとすると、1日違いで料金が高いとか。Jさんはちゃんと高いチケットを買って、始業日から出席します。

最近は、成績や進学に響かなかったら無理して始業日に戻らなくてもいいなどと子供を引き止める国の親がいるという話を聞きました。もってのほかです。親がいい加減だから、子供もいい加減な勉強しかできないのです。Jさんの考えが当たり前なのですが、それが立派に見えてしまうあたりに、近頃の若者とその親の問題点が潜んでいます。

級風

12月13日(水)

各家庭に家風が、各学校に校風があるように、各クラスにも級風とでもいうものが感じられます。今学期私は3つのクラスを担当していますが、それぞれ色が違います。

Aクラスは、朝、どんなに寒くても、だれもエアコンのスイッチを入れません。コートやジャケットを着込んだまま、手をこすりながら教師が来るのを待っています。Bクラスはしっかり暖房が入っており、教師が指示を出さなくても机をコの字型に並べて授業を受けます。Cクラスは黙々と勉強するのが得意ですが、声がさっぱり出てきません。

それぞれのクラスの色は違いますが、例えばAクラスの学生がBクラスに入ったらやっていけないかといったら、そんなことはないでしょう。きっとBクラスの級風に染まり、違和感なく溶け込むことと思います。級風になじめず、クラスを変えてくれと訴えてくる学生もいますが、ごく稀なことです。

いい級風が生まれるかどうかは、学期初めの数日間、極論すれば始業日にかかっているとも言えますが、学期途中の行事を境にガラッと変わることもよくあります。Cクラスは欠席が目立って心配だったのですが、グループタスクが始まってからグッと改善されてきました。でも、Aクラスはグループ活動では空気は変わりませんでした。

授業中静かでも、寒中我慢大会でもかまいませんが、勉強しようという気風はクラスに漂っていてほしいです。みんなで上を向いて進もうと思う学生が1人でも多いクラスを作りたいです。でも、これは教師1人の力でどうにかなる問題ではありません。学生にもクラスに思い入れを持ってもらいたいです。

不安と期待と頼もしさ

12月12日(火)

今学期も、日本語のクラス授業のほかに受験講座の理科の授業がたっぷりあり、火曜日は大学独自試験・口頭試問対策と、来年6月のEJUに備えるという、2クラスの科学の授業があります。

口頭試問対策は、学生にやさしい問題を解かせて説明させるというものです。知識が系統立てて頭の中に入っているか、それを聞き手にわかりやすく説明できるかがポイントです。EJUのように選択肢という形でヒントが与えられるわけではありませんから、知識は持っていても、きちんと整理されていないと、面接官が納得できるようには答えられません。また、学生は、最初の質問に答えられても、私が二の矢三の矢を飛ばしますから、それに答えるには一見かけ離れた事柄の関連性にも目を向けておく必要があります。

私のほうも、きっかけの質問の周辺事項を頭に入れておかないと、学生を追い込む質問ができません。一問一答では学生の力が付きませんから、学生に次々質問できるように、予習しておかなければなりません。ある程度ストーリーを作ってから授業に臨みますから、準備に労力がかかるのです。EJUが終わっても、気が休まる暇がありません。

そうは言っても、学生とこういうレベルの質疑応答ができるのは楽しいものです。受験講座に参加し始めたころと比べて知識が広がり深まった学生を見ていると、頼もしく思えてきます。でも、学生が個人的に力を伸ばしたとしても、受験は他人との戦いですから、ライバルたちを上回る成長を遂げねばなりません。それが実現できているかどうかとなると、私もちょっと自信が持てません。

来年6月組は、まだ種をまき始めたばかりです。1年後に口頭試問組の域まで達しているでしょうか。こちらもまた、楽しみでもあり、不安でもあります。