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平常心?

3月15日(金)

「緊張がほぐれたら教室へ行ってもいいですか」「ええ、いいですよ」。日本語教師養成講座の受講生Oさんが、担当のT先生に一声かけてから教室に向かいました。今週は、養成講座の方々の実習ウィークです。Oさんは、午後の初級クラスで教壇実習をするのです。先学期、中上級クラスで実習していますから教壇に立つのは初めてではないのですが、かなり気が高ぶっているようです。肝が据わっているほうだとお見受けしたOさんですら、職員室を離れてリラックスする必要があるのですから。

Oさんを見ていて、授業前に緊張するなんて、絶えて久しくしていないなあと思いました。駆け出しのころは、どんなに下調べをしても、頭の中でシミュレーションをしても、綿密に計画を立てても、不安に駆られたものでした。予想外の展開になったら、学習者にわからないと言われたら、時間を食いすぎてしまったら、…というふうに、心配の種があちこちで芽吹いていました。

でも、いつのまにか、失敗してもどうにかなるさと思うようになってしまいました。経験を積むことによって授業の質が上がってきたというよりは、高をくくれるようになったと言うべきでしょう。取り返しのつかないミスを犯すことはないだろうという自信とともに、小さなミスなら1学期というタームで捕らえればいくらでも挽回可能だと思えるようになったのです。

Oさんの実習はどうだったのでしょう。授業後は私も忙しく、話を聞く時間がありませんでした。今月末に養成講座を修了し、4月からは、担当教師の見守られながらではなく、一人前の教師として学習者を引っ張っていきます。この実習で、そのための何かをつかんだと信じています。

3月14日(金)

みなさんは、いつ、春を感じますか。気温、卒業式、梅の花、Jリーグ開幕、ひな祭り、霞、雪解け、虫、花粉、コートを脱いだ日…、人それぞれだと思いますが、私は朝です。

2月初め、私が学校に着く時間帯は、まだ、夜の帳の中です。中ごろになると、御苑の駅からの道を進んで、最後に右へ曲がったとき、ビルの間に見える東の空がわずかに明るく感じられたとき、私にとっての春一番が吹き抜けます。この時期は、雨や曇りの日が続いた後、3日ぶりぐらいに好天になると、同じ時間の同じ空が驚くほど明るくなっています。

3月になると、御苑の駅から外に出て学校への第一歩を踏み出した時に、空の青さが目に飛び込んでくるようになります。3月中旬ともなると、四ッ谷駅で丸ノ内線が一瞬外に出たときに見上げた空が、闇ではなくなっています。そして、学校の前は、もう完全に早朝です。今朝は確かに寒かったです(最低気温3.3度)が、道に落ちている吸殻がはっきり見えるほど明るくなっていました。職員室に入り、ブラインドを上げると、電気をつけなくても室内の様子がわかり、手探りでなくても鞄の中から必要なものを取り出せました。

お昼(と言っても3時過ぎですが)に外に出たとき、花園小学校の桜の木を見てきました。東京地方の桜の開花は21日と予想されています。つぼみはまだまだで、あと1週間で本当に咲くのかなあという感じでした。でも、きっと咲くのでしょうね。そうしたら、毎年恒例、四ッ谷駅の花見が待っています。

夕方、来学期の受験講座の説明を始めようとしたら、学生に寒いと言われてしまいました。その学生は午後のクラスですから、朝に春を感じることはなく、冬と戦っている最中なのでしょう。

ラッキー?

3月7日(木)

昨日の朝、ホームで本を読みながら丸ノ内線を待っていると、電車音とともにいつもより視界が赤くなりました。何だこれは?と思いながら視線を上げると、丸ノ内線の新型車がホームに進入中でした。現在の丸ノ内線電車はアルミの地金みたいなメタリックなベースに、丸ノ内線のラインカラーの赤い帯が窓の下に入っています。これに対し、新型車は、車両全体が真っ赤で、窓の上にサインカーブが描かれた白い帯が施されています。この真っ赤が、私の視線を引っ張り上げたのです。駅のポスターなどを通して新型車が運行を始めたことは知ってはいましたが、実物を目にするのは初めてでした。

車両の中央部は普通の窓ですが、両端は丸窓です。この丸窓がなかなか粋な感じで、乗客を詰め込むだけの電車じゃないぞと自己主張しているようです。車内は、シートの色が黒と外装より落ち着いた感じの赤となっています。一方、床はいくぶん紫がかった桃色に見えました。丸窓のそばまで行ってみると、スマホ充電用のコンセントがありました。新幹線のような長距離列車用車両では標準装備になりつつありますが、通勤電車で充電している暇があるのでしょうか。需要があるからこそ設けられたのでしょうから、日中はきっとにぎわうのでしょう。まだ試運転なのか、車内の中吊りとドア上のモニターの広告は、ドラえもん一族を動員した丸ノ内線新型電車のアピールでした。

この電車の特徴は、何といっても球状になった前面です。東京のどの通勤電車とも一線を画すデザインと言っていいでしょう。大阪の南海電車の関空行き特急ラピートに似ていると思いましたが、ラピートの象がうろ覚えなので、あまり当てにはなりません。要するに、私たちの常識にある電車とはかなり違う、だから電車っぽくない顔をしているのです。

そんなわけで、昨日は新型車に乗れた幸運を密かに喜んでいました。そして、今朝、何と、また、新型車がやってくるではありませんか。運を使い果たしてしまったのではないかと、少し心配になりました。

密かな天気予報

2月23日(土)

今学期は、始業日の前から天気予報を追いかけてきました。バス旅行当日の天気をきっちり予報しなければならなかったからです。栃木県日光地方の週間予報をずっと記録し、1週間前に出された予報がどのくらい当たるか追跡していました。

結論から言うと、思っていたよりも当たっていました。ただし、予報は、日光江戸村そのものずばりではなく、日光市今市のですから、当てやすかったとは思います。今市はぎりぎり北辺であっても関東平野ですし、関東平野なら冬は基本は晴ですから。日光江戸村は、今市から鬼怒川を7~8キロほどさかのぼった谷あいにあります。その分雪も降りやすいですし、川に沿って吹き抜ける風が思わぬいたずらをしないとも限りません。

現に、江戸村のはずれのほうには溶けかけた雪がわずかに残っていました。また、今市の予報は1日中晴でしたが、江戸村はくもりがちの時間帯もありました。風はけっこう冷たく、私は手袋をして歩きました。そうはいっても雨には降られず、また、凍えるほどの寒さでもなく、そういう点では今市の予報でも十分役に立ちました。

2月21日について言えば、週間予報が出たときからずっと晴ベースの予報で、現実にも晴でした。前日か遅くとも当日未明のうちに低気圧が関東近辺を通り抜け、21日は好天という予報でした。低気圧は予報より早く、19日のうちに抜けた模様で、1週間前の予報では雨だった20日も、実際には晴れでした。もし、バス旅行が20日だったら、バス旅行実施可否の最終決定日に、自信を持ってGOサインを出せたかどうか疑問です。

この次に私が真剣に予報を出さなければならないのは、4月の学期が始まってからの御苑でのお花見の日でしょう。芝生に腰を下ろすとなると、前夜の雨や当日朝の冷え込みによる朝露まで考慮に入れる必要があります。また、4月ともなれば日差しが思いのほか強いので、そちらの心配もします。責任感で胃は多少痛くなりますが、その痛みが楽しみだといったら、Mでしょうか…。

2月2日(土)

今学期の作文は比較的やりやすい学生たちに当たったと思っていたら、やっぱりとんでもないのがいました。先週は休んで今週は出てきたZさんのを読もうとしましたが、1行目から挫折しそうになりました。しょっぱなから「長い人生がほしいだ」ですよ。初級で何を勉強してきたのでしょう。どうやって中級まで上がってきちゃったのでしょう。

Zさんの話し言葉はそんなにひどくはありません。音声は形に残らないのに対して、文字は目で何回でも確認できますから、間違いが目立つという面もあるでしょう。でも、文と文のつながりがわからないのです。そういう発想でもってこういう文章を生み出したのか、全く見当が付きません。進学希望ですが、志望理由書などどうするつもりなのでしょう。

実は、今週はひょんなことから英作文をしなければならなくなりました。英語で文法の説明をしたり指示を出したりすることは、年に数回ぐらいはあります。受験講座や上級の授業などで英単語をホワイトボードに書くこともあります。しかし、まとまった長さの文を書くというのは、今の校舎ができてから初めてじゃないかなあ。

言いたいことを文にしてみると、KCPだったらレベル2ぐらいの文法であり語彙です。というか、知らず知らずのうちに、難しいことを考えなくなっていたのです。自分の作文能力に見合ったことしか頭の中に浮かんでこなくなりました。無意識のうちに自主規制したいたのでしょう。作文に取り組んでいる学生たちも、こんな状況に追い込まれているのだろうかと思いました。

その点は、Zさんは立派なものです。言いたいことを思い切り原稿用紙にぶつけてきましたから。惜しむらくは、そのほとんどが失敗で、日本語教師すら理解に苦しんでいる点です。

自分も苦労したから学生にも甘く…などということは、絶対にしません。私みたいにならないように、厳しくチェックしていきます。

ねちこちと

1月25日(金)

日本語教師の仕事は、日本人にとっては自明である日本語文法に理屈を付け、いかに論理的に外国人学習者に伝えていくかということです。助詞にしたって、その意味や機能を細かく分類し、用法を解き明かし、学習者の頭の中に植えつけていきます。口からの説明に頼りすぎると、授業が難しくなってしまいます。しかし、練習を通して覚えさせていこうとしても、教師側に理論的なバックボーンがないと、見かけ上は同じ形でも学習者にとっては違う働きの言葉をごちゃ混ぜにしてしまい、かえって混迷を深めるなどという結果を引き起こしてしまいかねません。

今、養成講座で私の授業を聞いている受講生の方々は、まさにこの自明の真理を自明としないで話を進めなければいけないことに戸惑っています。“〇〇ってどういうこと?”“××と△△は何がどう違うの?”と、普通の日本人が普段考えないような、「だって当たり前じゃない」としか言えないようなことばかり聞かれ、そのたびに脳みそが裏表になるような気持ちになっているのではないでしょうか。

私は、そういう重箱の隅をどつきまわすようなことが好きでしたから、この仕事をしているのだと思います。学生たちもその点は感じ取れるのでしょうか、受け持ったどのクラスでも文法や単語の意味に関する質問は、私が一番多いようです。初級クラスでも上級クラスでも、私はそういう議論をするのが好きで、これが生きがいになっているとすら感じます。

学期前から集中的に授業をしていたため、今シーズンの養成講座の授業も、あと1回になってしまいました。次は4月までないのかと思うと、ほのかな寂しさも感じます。

引退

1月16日(水)

横綱稀勢の里が引退してしまいました。先場所も今場所も1勝もできなかったのですから、また、左腕のけがが完治する見込みも薄いのですから、やむをえない選択だと思います。横綱昇進の場所に負傷して以来、満足な相撲が取れなかったのが残念だったのは、誰よりも稀勢の里自身です。不完全燃焼の引退じゃないかと思います。

もう1つ不完全燃焼の原因を言わせてもらうと、師匠に恵まれなかったことではないでしょうか。稀勢の里は元横綱隆の里が起こした鳴戸部屋に入門しました。現在の稀勢の里の師匠である田子の浦親方(現役時は「隆ノ鶴」)は、鳴門部屋では先輩後輩の関係でした。いや、稀勢の里は番付面では隆ノ鶴を追い越してしまったので、隆ノ鶴のほうが稀勢の里を上位者として一歩下がった形で対していたかもしれません。いくら10歳年長とはいえ、同じ釜の飯を食っていた、番付上では下位者を心の底から師匠と思えたのかなあと思っています。

隆ノ鶴が稀勢の里の師匠になったのは、元横綱隆の里の鳴戸親方が急逝したからです。しかも鳴戸親方が亡くなったのは、稀勢の里が大関に昇進する直前です。精神的な支えを必要としたときに、最も頼りとなるはずだった人が消えてしまったのです。稀勢の里は、大関になってから伸び悩みます。もし、隆の里の鳴戸親方が生きていればと思うことが幾度もありました。そして、ワンチャンスでつかんだ横綱昇進。そこまではよかったのですが、その後苦境に立たされた稀勢の里を支えるには、前頭8枚目が最高位の田子の浦親方では役者不足だったことは否めません。隆の里の鳴戸親方だったらここまでボロボロになる前に、稀勢の里に何かしてあげられたんじゃないかと思わずにはいられません。

私も「稀勢の里」を生んでいないか、とても気になります。

初勉強

1月7日(月)

この仕事をしていると、日本語以外にも勉強させられることが多いです。上級の読解教材を選ぶとなると、かなり広範囲にわたって、論説文、小説、随筆、評論などを読み漁らなければなりません。その中から学生に読ませたい、考えさせたい、入試などの面接での参考になるのではないかといった文章を選びます。作文・小論文でも、「団体旅行と個人旅行とどちらがいいですか」などという、まあ、どうでもいいテーマではなく、「AIとの共存共栄」などという学生たちが自分の人生の中で起こりうる問題について書かせようとすると、教師側も一歩踏み込んだ予習が求められます。

Yさんが研究計画書を送ってきました。出願締め切りが今週末だそうで、急いで目を通さなければなりません。経済学という、私の守備範囲外の専攻について書かれた文章なので、一読しただけでは助詞の間違いなど明らかな文法ミス以外は直しようがありません。私が持っている常識をフル活用し、それでも足りない部分はネットで検索し、付け焼刃かもしれませんがそれなりに勉強してYさんの言わんとしていることを探りました。

こういうのが1年に何回かありますから、法学でも宗教学でも観光学でも、半可通ぐらいのレベルにはなりました。全て、学生のおかげです。是枝裕和監督のすばらしさ有能さを教えてくれたXさん、リーガルマインドに触れるきっかけを与えてくれたLさん、文化財保護の手法を勉強させてくれたQさん、今は当たり前になった3Dプリンターをその最初期に活用法を考えさせてくれたYさん、…挙げていったらきりがありません。授業料ゼロで頭の中身が広がっていくのです。いい商売ですね、日本語教師って。ボケ封じにもいいかもしれません。

さて、今年はこれからどんな勉強ができるのでしょうか。

準備

1月5日(土)

来週から養成講座が始まります。私の担当は文法で、前期まで使ってきたレジュメもありますから、特に準備をする必要はありません。でも、同じ講義の繰り返しでは進歩がないので、そのレジュメに少し手を加えることにしました。そう思って、去年のうちから資料を集めたり個人的に研究を進めたりもしてきました。さらに、講義の際に出てきた質問や学生の誤用や養成講座の教室でひらめいて私がしゃべったことなども、適宜取り込むことにしました。

私のレジュメは、全てを網羅するというよりは、文法を考えるヒントとして使うことを目指しています。普通の日本人が、日本語教師というちょっと変な日本人になるためには、自分の使っている日本語をこんな目で見る必要があるんですよっていう、考え方の見本みたいなつもりで作っています。もちろん、日本語教育能力検定試験は意識していますが、それだけに狙いを定めているわけではありません。

私は文法や言葉の意味をねちこち考えるのが好きですから、養成講座の文法なら今の倍ぐらいの授業時間をいただいても喜んでやっちゃいます。そのために文献を漁ったり用例を探したりという過程にも魅力を感じます。でも、新学期が始まったらやはり通常授業に力を入れざるを得ませんから、こうして養成講座に時間を割けるのも今のうちだけです。

今の受講生の皆さんは、やる気も能力もお持ちの方々ですから、それに堪える講義をしていく義務があります。義務というと苦役のように響きますが、私にとっては楽しみな時間がもうすぐ始まります。

モク拾い

1月4日(金)

2019年の最初の仕事は、タバコの吸殻7本とフィルター1個を拾ったことでした。年末年始の休み中に、1日1本ずつぐらい校舎前の道路に吸殻のポイ捨てがなされたことになります。ここは酔っ払いが歩く道ではありませんから、歩きタバコをした人が何気なく道路の端に捨てたのでしょう。しかし、この「何気なく」が問題なのです。本人には犯意も悪意も何もなく、無意識に近い動作ですから、タバコをやめない限りポイ捨ても止まないでしょう。吸殻が落ちていると道や街が汚く見えること、捨てられた吸殻を見ながら踏み越えて建物に入る人の心、新年早々誰が吸ったかわからない吸殻を拾う人の気持ち、そんなことなど寸毫も考えることなく捨てているに違いありません。

セブンイレブンが店の前に置いてある灰皿を全面的に撤去するという記事が休み中の新聞に載っていました。受動喫煙防止のためだそうで、結構なことだと思ってその記事を読みました。しかし、その代わりにポイ捨てが増えたら意味がありません。全てのとは言いませんが、どうして喫煙者は街の美化に無関心、自分の行いに無自覚、他人の気持ちに無頓着、社会に対して無責任なのでしょう。チコちゃんじゃありませんが、“ボーッと生きてんじゃねーよ!”と言ってやりたくなります。

…というような事件もありましたが、いよいよ2019年が始まりました。本当の意味での初仕事は、入学式で在校生代表として挨拶することになっているBさんの原稿チェックでした。さすがBさん、ほんのちょっといじっただけで立派な原稿になってしまいました。その後、担任クラスの学生へのコメント書きもしました。

寝正月に近かった体が、だんだん戦闘モードになってきました。