Category Archives: 学生

振り返る

3月7日(火)

超級のクラスで、ちょっと意地悪をしてみました。みんなの日本語の文法項目で作った例文の助詞穴埋め問題をさせました。「日本酒は米(  )造られます」という類の問題です。穴が100個で、合格点を100点にしました。

「日本酒は米(で)造られます」なんてやっている学生がぼろぼろいるくらいですから、当然、誰も100点なんか取れません。「廊下(  )走ってはいけません」「近く(  )スーパー(  )できました」「小倉さん(  )赤ちゃんが生まれたの(  )知っていますか」なども出来が悪かったですね。そしてまた、各人つまずくところがちょっとずつ違うんですね。結構本質的なところをあれこれ解説することになりました。

確かに、「日本酒は米(で)造られます」「やっと日本の生活(を)慣れました」なんて言ったり書いたりしても誤解が生じるおそれはありませんまずないでしょう。しかし、このクラスの学生たちが狙う大学・大学院の先生方は違和感を覚えるかもしれませんし、日本語はイマイチという判定を下されたとしても文句は言えません。

超級の学生には意思疎通ができればいいというレベルではなく、きれいな日本語をリズミカルに話してもらいたいです。だから初級文法の復習もするし、アクセント・イントネーションの練習もします。国で勉強してきた学生たちが初級でどんな勉強をしてきたかはわかりませんが、その後にしみこんでしまった悪い癖を少しでも洗い落としておくことが、今後のためになると思います。

さて、次にこのクラスに入るときは、何でしごいてやろうかな…。

廊下の寒さに耐えて

3月6日(月)

「先生、廊下がめちゃくちゃ寒いです」と、休憩時間に廊下に出ていたDさんが、後半の授業の出席を取ろうとするや言ってきました。そりゃあ、そうですよ。午前のクラスは卒業生が大挙して出ていったため、学生の数もクラスの数も半分ぐらいになっちゃったんですから。

それに加えて、今朝は4名の先生が卒業旅行に行っていますから、朝礼をするときの職員室はスカスカなんていうもんじゃありませんでした。何だか気が抜けてしまいそうな感じでした。

でも、来学期以降もKCPで勉強を続ける学生たちは、これからが本番です。上級の場合、先週までは卒業生がクラスの主役で、卒業文集とか卒業制作とか卒業認定試験とか卒業式の予行演習とか、二言目には「卒業」という言葉が出てきました。それゆえ、卒業しない学生は何だか居心地が悪かったかもしれませんが、卒業生がいなくなった今は、あなたたちが主役です。何より、これから1年間、KCPの屋台骨を支えていってもらわなければなりませんからね。

私が入ったクラスの学生にも、そういうことを説いて、学生たちの自覚を促しました。この学生たちが、現在の初級や中級の学生たち、4月以降に入学してくる学生たちを引っ張っていって初めて、KCPに新たな歴史が刻まれるのです。運動会やスピーチコンテストや、そういった学校行事の成否も、上級に残った学生たちの双肩にかかっているのです。

何だか頼りないような気がしますが、それは毎年のこと。春の運動会で上級生としての自覚が芽生え、夏のスピーチコンテストで上級生として恥ずかしくないスピーチや応援をするために力を尽くし、秋のバーベキュー大会には頼りがいのある先輩に成長しているものです。そして、卒業の学期を迎え、惜しまれつつ去っていく…。これが、この学校の一年です。

卒業式

3月3日(金)

今年の卒業式は午後からということで、午前中は教師から卒業生に贈る歌の特訓を始め、ぎりぎりまで卒業式の準備をしました。時間があればあるだけ何かしてしまうのがKCPの伝統みたいなもので、9時からの卒業式とは違った質の忙しさがありました。

証書を受け取る練習をしたはずなのに(もしかすると練習日に休んだのかもしれませんが)、ろくにお辞儀もせずに私の手からひったくるように取っていく学生がいる一方で、きちんと礼にかなった受け取り方をして、小さい声で「ありがとうございます」と言い添える学生もいます。毎年のことで慣れてはいるのですが、やっぱり前者の学生は最後に汚点を残したような印象は拭えません。

これまた毎年のことですが、正装した学生のりりしさに驚かされました。普段はろくに入浴もしていないのではという疑惑のあるRさんのこざっぱりとした姿には思わず目を奪われて、証書を渡すタイミングがちょっと遅れてしまいました。いつものめがねをコンタクトにしたCさんは顔つきががらりと変わってしまい、声を聞いてCさんだとわかりました。

Oさんは、その正装が重荷になって、卒業式を休みたいと電話をかけてきました。進学希望ではないため受験の面接もないからラフな服しかないので、会場の外でこっそり証書をもらいたいと言います。ここまで卒業式を立ててくれたその気持ちはよくわかったから式に出ろと答えましたが、Oさんはなかなか納得しませんでした。どうにかこうにか説得を聞いてくれて、ステージに上がって証書をもらってくれました。Oさんも、自分よりラフな服装の学生が何名かいたことに安心したかな…。

今年の卒業生に贈る歌はKCP48(?)の「365日の紙飛行機」でした。歌詞をかみしめればかみしめるほど、味わい深さを感じてきました。聞いていると、証書を渡した学生たちの入学したてのころの顔や、学校行事で活躍した姿や、授業のときの眠そうな目つきや、そういった映像が次々に浮かんできました。来週から寂しくなりますが、来年の卒業式には同じような感動の別れが待ち構えていることでしょう。

鳥になる

3月2日(木)

Gさんが、もう1年KCPで勉強を続けることにしました。Gさんは去年の秋、早々とM大学に合格しました。しかし、国立大学受験準備にかまけていて、入学手続きを忘れ、入学資格を失ってしまったのです。

普通の大学は合格発表から入学手続きの締め切りまで2週間ほどですが、M大学は3か月もあり、また国立の試験対策に熱中していたこともあり、手続きを忘れてしまったのです。私もGさんと一緒に国立準備にばかり目が行ってしまったのがいけませんでした。担任教師なら、大所高所から学生を見守って、サポートしなければなりませんでした。学生と同じ視点、同じ視野しか持たなかったら、教師である意義がありません。

そうは言っても、カメラを引いて全体像を捕らえるアングルを確保するのは、文字で記すほど易しくはありません。学生と同じ地平から物事を考えることも必要で、同時に鳥瞰もしなければならないのですから。そのバランスが崩れると、今回のようなことになってしまいます。M大学の手続きをし忘れたのは、もちろん第一にはGさん自身の責任ですが、「M大学の手続きは終わってるよね」と、どこかで注意を向けさせてあげられなかったものかと思わずにはいられません。

明日、Gさんは見送られる立場ではなく、見送る側の一員として卒業式を迎えます。せっかく書いた卒業文集も、クラスの仲間と一緒にとった卒業制作の動画も、Gさんの手元へは来ません。強がりかもしれませんが、私の前では前向きな表情をしていることだけが救いです。

ランが咲く

3月1日(水)

今朝、学校に着くと、茜色の朝焼けが見えました。御苑の駅からKCPに向かってくると、最終コースは東西に走る道を東に進むことになります。私が学校に着く6時少し前は、先週ぐらいは真っ暗だったのに、それが朝焼けということは、朝が早まってきたということです。まだ空気は冷たいものの、もう3月、春が着実に近づいてきていることを感じました。

ロビーに雛人形が飾られました。七段飾りの結構立派なものです。休み時間や授業後には人だかりができました。3日は卒業式で授業がありませんから、初級クラスは明日ひな祭りをします。人形を見て「きれいだね」だけで終わりにしませんから、教師もしっかり勉強しておかなければなりません。

私のクラスのように卒業生の多いクラスは、講堂のステージを使って卒業証書のもらい方のリハーサルをしました。日本流の証書のもらい方は、学生たちは経験がなく、少し戸惑いながらも、卒業式に及んで汚点を残すわけにはいかないと、和やかな雰囲気の中にも真剣に手の出し方やお辞儀のしかたなどを確認していました。

春目前ですが、これから受験という学生もいます。職員室では面接練習をする教師と学生のペアがいくつも見られます。私も受験講座の直前にSさんから質問の答え方の相談を受けました。

その職員室に、ランの花が咲いています。頂き物のランを鉢に挿したのが育ったのです。去年もこの時季に咲きました。ランってなかなか花が咲かないものだそうなのに、KCPの職員室はよっぽど住み心地がいいのでしょう。それとも、何か不可思議なオーラが漂っているのでしょうか。

問題を抱えつつ

2月28日(火)

Sさんは来年T大学に入りたいと言っています。理系希望で、理科や数学のセンスは十分にあります。日本語は現在中級クラスですが、まだまだ伸びていくでしょう。英語もそこそこ自信があるようですから、今後変な道に進まなければ、期待してもよさそうです。

今、Sさんが一番悩んでいるのは、カタカナ言葉です。化学の問題をやらせても、カタカナで書かれている物質名がわからないために問題が解けないということがよくあります。母国語で書かれていたら解けるはずだからと言って、ここを素通りすることは絶対にしてはいけません。ここをいい加減にしたまま進んでいくと、T大学のはるか手前で沈没してしまうでしょう。そういう学生を山ほど見てきましたから、Sさんを上手に育てていきたいと思っています。

Cさんは大学で遺伝の研究をしたいと思っています。そういう方面の知識量はかなりのもので、高校を卒業したばかりとは思えないほどです。しかし、日本語がネックになって、その知識を生かせずにいます。私が説明すると、「先生、ちょっと待ってください」と言って、しばらく反芻してから「わかりました」とにっこり笑うのが常です。これでは、試験で実力を発揮することは至難の業でしょう。夢を叶えるためには日本語力をどうにかしなければならないのですが、Cさんは日本語の勉強はあまり好きではないようです。自分の好きな生物や化学の勉強に走ってしまう毎日で、宿題をしてこないとか、テストの成績が悪いとかで、クラスの先生によくしかられています。

SさんもCさんも、そのほかHさんもGさんも、みんな私にとっては期待の新人ですが、みんなそれぞれ問題を抱えています。その克服に少しでも力を尽くしていくつもりです。

下から上まで

2月27日(月)

午前中が一番上のクラス、午後は一番下のレベルのクラスの代講と、ジェットコースターのような1日でした。午前中は四字熟語とか五行歌とか挫折とは何ぞやとかやっていたのですが、午後は「~てもいいですか」の練習からでした。しかし、このような基礎のいい加減な学生が上級にも山ほどいます。特に、テストの点数だけはそれなりと取るけれども、話したり書いたりすると日本語が崩壊している学生を見ていると、どこでどういう勉強をしてきたのかわからないけれども、こいつの日本語は武器になっていないなと思います。

言語は、ごく少数の例外を除いて、その習得そのものが最終目的ではありません。日本語なら日本語を道具として利用して、高等教育を受けるなり事業を始めるなりして初めて、勉強の成果が現れてきます。ということは、道具としてつかえないような形で日本語を身に付けても、その人の人生に貢献することは薄いのです。点取りゲームの勝者となったとしても、それによってその人の人生が豊になるとは限りません。

残念ながら、ゲームの勝者として上級に属している学生がいます。受験のテクニックにだけは長けていて、まともな文も作れなければろくに話もできないくせに、なぜかN1に受かってしまい、自分は上級者だと勘違いしている困り者が後を絶ちません。そういう学生に限ってプライドが高く、書いたり話したりしたときの誤りを指摘しても、聞く耳を持たないことがよくあります。

初級の段階から上滑りしないように、確実に力を付けていってもらいたいと思っています。このクラスの学生を中級や上級でもう一度教えることがあったら、今日の目の輝きをまた見せてほしいと思いました。

山を越えたら山が消えた

2月25日(土)

卒業認定試験もバス旅行も終わり、卒業生が大半を占める超級クラスを担当する私にとっては、大きな山を越えた感じがします。もちろん、卒業式の日までは油断できませんが、ゴールが見えてきました。

朝一番から、今まで積み上がる一方だった机の上の書類の山を、次から次と処理して大きく減らしました。授業でやったプレゼンのコメント票も、当人が卒業する前までに渡さなければ、何の意味もありません。発表内容を思い出しながら書くのは大変かなと思いましたが、どの発表も特徴があって、メモを見たらプレゼンしている各学生の姿がありありと脳裏に浮かんできました。それだけ印象が強いということは、優れた発表だったのでしょう。

11月のEJUの問題集が発売されましたから、一刻も早く理科と数学の模範解答を作りたいのですが、さすがに、まだ、そこまでの余裕はありません。これは、卒業式以降になりそうです。でも、新学期が近づいてきたら、またそんな暇はなくなりますから、のんびりしているわけにはいきません。6月のEJUの前には、この問題を学生にやらせなければなりませんからね。

2月25日といえば、日本の高校生にとっては国公立大学前期日程の試験日ですが、留学生にとっても少なからぬ国公立大学の試験日です。日本人には後期日程が残されていますが、留学生はもう後がありません。Wさん、Cさん、Lさん、Xさん、Hさん、…、みなさん、どうでしたでしょうか。実力を遺憾なく発揮できたでしょうか。結果がわかるのは卒業式以降ですから、教師にとっては「果報は寝て待て」みたいなところがあります。

タイムスリップ

2月23日(木)

東北道を快走していくと、やがて左手に白銀に輝く日光の山々が見えてきました。新宿を出るときは、空の底が低く、弱い南風に流される雲がはっきり見え、わずかに雨滴も感じました。首都高走行中は時折ワイパーが動くこともありましたが、北へ行くにしたがいだんだん空が明るくなってきましたから、お天気はいいほうに傾いてくれそうかなという予感がしていました。日光宇都宮道路に入ると、頂上は雲の中でしたが、青白い男体山が車窓を占めました。さっそくスマホにその姿を収める学生も。

日光江戸村は、薄日が差していました。駐車場横の休憩所でおなかを膨らませた私のクラスの学生は、入場するや左右の道標やお地蔵さんや水車や、ありとあらゆるものに突っかかって、写真を撮ったりあれこれ感じたことを言い合ったり、さっぱり前に進みません。私は日光江戸村での“大仕事”が控えていますから気が気ではなく、ついに彼らをおっぱなして“仕事場”へ向かいました。

花魁ショーの行われる若松座は、開演直前には桟敷が文字通りすし詰めの満席。この花魁ショーでお大尽を務めるのが、私にとってのバス旅行最大の任務です。学生たちのコールもあって首尾よくお大尽役に選ばれ、舞台袖で衣装とかつらをつけ、幕が開くのを待ちました。舞台上のお大尽の座に就くと、おひねりが飛んで来るのがわかりましたが、めがねをはずした私は桟敷で見ている学生たちの様子がさっぱりわかりません。そばにいる花魁の顔も衣装もぼんやりとしか見えません。

介添え役の太鼓持ちのいっぱちさんに言われて背筋をピンと伸ばすと、桟敷がどよめきました。やっぱり、偉い人は胸を張ってあたりを見渡すような威厳がないといけないんだなあと思いました。ここから先は、これで3回目か4回目のお大尽役ですから、まあ、慣れたものです。会場の気配しか感じられませんが、その空気や熱を盛り上げるほうへと演じるだけです。演じている最中におひねりが飛んでくるのは、意外と気持ちのいいものですね。

花魁ショーが終わって外に出ると、風がちょっと出ていましたが、青空も広がり始めていました。そんな中、「先生、とっても面白かったです」などと言われると、いつもながら少々気恥ずかしいものです。変身処でサムライや町娘などの衣装を着させてもらった学生たちも、友だちにからかわれながら江戸時代にタイムスリップした自分自身を楽しんでいるようでした。私のお大尽も、この一種なのでしょう。

帰りのバスが中野長者橋のランプから山手通りに出ると、学生を現実に戻さなければなりません。今年のバス旅行は諸般の事情で木曜日に実施しましたから、明日は通常授業です。テストがあるレベルもあれば、宿題が出されているレベルもあります。「はい、新宿駅につきました。江戸時代は終わりですよ」というアナウンスで、バス旅行を締めくくりました。

受けたい

2月22日(水)

授業後に教室でテストをやらせているところに、Gさんが入ってきました。真剣な面持ちでしたから、何か大きな問題でも発生したのかと思いました。ところが、話を聞いてみると、先週の金曜日に受けられなかった卒業認定試験を受けさせてくれということでした。

まず、腹が立ったのは、教室のドアの窓からのぞけば、私が試験監督をしているのがすぐわかるのに、その教室に入ってきたことです。緊急を要する用事ならともかく、認定試験の追試を認めてくれという、きわめて個人的な用件ではありませんか。なぜ試験監督が終わるまで教室の外で待てなかったのでしょう。

そういう気持ちを抑えて、なぜ金曜日に試験が受けられなかったのかを聞くと、ケータイの電池が切れてアラームがならなかったと言います。これまた、大した理由もなく遅刻や欠席をした学生がよく口にする言い訳です。それに加えて、今まで追試が受けられなかった事情を縷々述べていましたが、私はもう聞く気をなくしていました。

試験監督中でなければ激怒するところですが、穏やかな中にとげを含んだ口調で、どうして今頃追試を受けようとしているのかと尋ねました。すると、2年間のKCPの生活を「卒業」で締めくくりたいというようなことを言っていました。殊勝な言い分ではありますが、今までさんざん好き勝手なことをやりまくってきたGさんから、終わりよければすべてよしみたいなことを言われたくはありません。

Gさんは、しおらしく頭を下げていれば自分の要求は通してもらえると思っているに違いありません。そういうことを指摘すると、もちろん否定しましたが、私にはその否定を額面どおりに受け取るつもりはありませんでした。「いい加減にやっているとどこかで痛い目に遭うということをここで思い知って、これから先は二度と同じ失敗を繰り返さないでもらいたい」と恩着せがましいことを言って、Gさんの要求を突っぱねました。

でも、これは私の偽らざる気持ちです。KCPの卒業証書がもらえないくらい、人生における失敗のうちでは小さな部類です。この失敗に懲りて大きな失敗を未然に予防できれば、Gさんにとっては実に安い授業料ではありませんか。でも、本当に懲りてくれるでしょうか。