Category Archives: 学生

後輩の就職のために大けが

10月15日(金)

始業日に、作文についてさんざん嘆いたクラスの授業がまたやってきました。中2日で大きく変わるわけがありませんが、授業内でのやり取りを通して、学生がもう少しわかってくるのではないかと思いました。

「じゃあ、Nさん、最初の例文を読んでください」「後輩の就職のために骨を折った」「はい。じゃあ、Nさん、後輩の就職のために骨を折ったって、この人、何をしたんですか」「腕の骨、壊れました」「えっ、けがをしたんですか、この人?」「はい」「どうして?」「頑張り過ぎました」

上級だったらどこまでボケ倒せるかさらに突っ込み続けるところですが、Nさんは、表情からすると、明らかにボケているのではありません。また、他の学生もけが説に傾いています。これ以上、野放しにしては危険だと思い、「骨を折る」の解説をしました。

学生たちは、「後輩、就職、骨、折る」という単語の意味の確認をもって、この文を理解したつもりになっているのです。単語の意味の合計が文の意味として自然かどうかまでは、考えが至っていません。これが、このクラスの学生の現時点における実力です。

突き詰めて言うと、予習が足りないのです。学生たちの母語にも絶対に慣用句はあります。そこまで深く考えずに、先生に言われたからおざなりに意味を調べてきただけです。いや、それさえしてこなかった学生も一大派閥を形成していました。

他の科目も似たりよったりで、予習をしてきたとしても、やり方が甘いです。自分の部屋で授業を受けるのなら、授業中にこっそり検索して予習をサボった部分を糊塗することもできます。しかし、教室での授業となると、そういうわけにはいきません。勉強不足があらわになってしまいます。

それでも、Wさんなどは疑問点をまとめて質問してきましたから、一縷の望みを抱いてもよさそうです。来週に期待しましょう。

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脱帽

10月14日(木)

月木に入るクラスは、半数強の学生が先学期からの持ち上がりです。しかし、先学期は半分以上がオンラインでしたから、どうも顔と名前が一致しません。だいたい見当が付くのですが、確信が持てないのです。オンラインだとマスクなしですが、対面だとマスクありなので、その2つの顔がぴったり重ならないことも少なくありません。それでも、声やしゃべり方で、この人はAさん、その隣はBさんなどとわかるケースもあります。そうそう、ノートの字をのぞき込んで、この字はCさんなんていう例もありました。

対面だと、マイクのオン・オフがない分、テンポが速まります。また、学生が答えに詰まっても、にらみつけて最後まで言わせることができます。WiFiの調子が悪いから、マイクが壊れているからは、答えられない理由にはなりません。机の中に腕を突っ込んでスマホをいじっている学生は、バリバリ指名します。教室の隅っこに潜んでいても、教壇からよく見えちゃうんですよ、学生のみなさん。

オンラインではそういう“追及”ができませんでしたから、学生はとかくわかることしか話さないという方向に流れがちでした。それでは進歩がありませんし、現に学生の発話力には一抹どころではない不安を抱いていました。ですから、“わたしのおすすめ”というテーマで少しまとまった話をするという授業内容も、果たしてうまくいくだろうかと心配でした。考える時間は長めに与えましたが、発表時間は短めに設定しました。中途半端に時間を余らせても嫌でしたから。

最初に手を挙げて発表したDさんがクラスのみんなを引き付ける話をしてくれたおかげで、話しやすい雰囲気ができたようです。どの学生も思いの丈を述べようとしていました。何より、先学期かクラス活動に参加しようとしなかったEさんが、みんなの前でとうとうと語ったことに驚かされました。しゃべりたいけどしゃべるチャンスがなかったというマグマみたいなものがたまっていたのでしょうか。

その結果、ほとんどツッコミを入れる時間もなく、授業終了時刻となってしまいました。いやはや、おみそれしましたと、学生に頭を下げました。

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しんじょく

10月13日(水)

昨日のクラス、実は最後に作文を書かせました。わりと書きやすいテーマでしたから、30分ぐらいあれば書けるだろうと、授業終了約35分前から始めました。しかし、授業内の書き終えた学生はわずかに数名、書き上げるまでに1時間近くかかった学生もいました。また、書いている最中に見回ると、原稿用紙に名前を書いていない学生が何名もいました。もしかすると、この学生たちは原稿用紙に文章を書くことに慣れていないのだろうかと思いました。

その作文を読みました。やはり、手書きで原稿用紙1枚とかの長さの文章を書くということをやってこなかったのではないかという感を深めました。まず、漢字の上に振らせている読み仮名がボロボロでした。「新宿」が「しんじょく」ですよ。「思った」が「おまった」ですよ。中級になったのにひらがなを間違えているとしたら情けない限りだし、実際に「しんじょく」とか「おまった」とかと発音していたら絶望的です。時制がいい加減な文は数限りなく、「見った」のような活用ミスも少なくありませんでした。「ほしいだ」のようにい形容詞に「だ」をくっつけてしまった例も目立ちました。

文のレベルでつまずいていますから、文章で何かを訴えるはるか以前で終わっています。どうにかこうにか400字のマスを埋めたという原稿用紙ばかりでした。この作文は“お手並み拝見”ですから、成績評価対象外です。でも、評価したら大半の学生がCで、最高でもBどまりでしょう。

このクラスの作文は、私が担当します。教え甲斐があると思うことにしましょう。

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お年寄りが多い

10月12日(火)

「中級の目標の1つは、さまざまな社会問題について日本語で話せるように、意見が言えるようになることです。じゃあ、Gさん、今の社会問題って、例えば何ですか」「…お年寄りの人の数が多いことです」

中級に上がったばかりの学生にとっては、ちょっと難しい質問だったかもしれません。「お年寄りの人の数が多いことです」と答えたGさん、社会問題の本質はわかっています。でも、この表現は、いかにも初級ですね。Gさん、教師にとっては絶妙の答え方をしてくれました。心の中で手を合わせました。

「はい、そうですね。お年寄りが増えたので、日本ではいろいろな問題が起きています。でも、中級は『お年寄りの人の数が多い』とは言いません。『高齢化が進んでいる』という表現を勉強します。この言葉、今は難しいと思いますが、ちゃんと勉強すれば、レベル4が終わるころには、誰でも使えるようになります。“ちゃんと勉強すれば”ですよ。勉強しなかったら3か月後も『お年寄りの人の数が多い』のままです」

中級の初日は、このぐらいガツンと言って、今の自分の足りなさ加減を認識させなければなりません。先学期受け持った学生たちも、レベル4の初日は似たようなものでした。しかし、期末タスクでは、「高齢化が進んでいる」ぐらい普通に使っていました。日本で進学したかったら、中級で語彙と文法のレベルを上げ、抽象的な議論に耐えられる日本語力を付けなければなりません。そして、上級では「高齢化が進展している」となるのです。

2か月以上ぶりの対面授業でした。やはり、学生からの圧力が違いますね。そして、学生とのやり取りがポンポン弾むのがうれしいところです。

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語れる日本語

10月7日(木)

午前中、進学コースの新入生へのオリエンテーションをしました。もちろん、まだ入国できませんから、オンラインです。初めて顔を合わせでしたが、遅刻者もなく全員出席で、ZOOMの小さな映像を見る限り、真面目に聞いていたようです。

このまま感染状況が落ち着いて、総選挙後にも入国できたとなると、そして“第6波”も訪れないか小さなピークでやり過ごすことができたとなると、この新入生たちには昨年度入学の学生たちのような“もう1年”などという特例措置はなく、23年4月には進学しなければなりません。それだけに、きちんと学力をつけることのみならず、コミュニケーション力も伸ばしていかねばなりません。来年の今頃は、この学生たちも受験の荒波にもまれる運命にあるのです。

そのためには、聞いたり話したりという、引き上げるのが難しい能力を付けていく必要があります。日本国外にいると、その気になってかなり積極的に動かないと、日本語の音声に触れるチャンスは巡ってきません。上述のように程なく入国できたらいいのですが、そうでないと通常授業や受験講座で何らかの形で補っていくことが必要です。受験講座の小難しい話を聞くというのには、そういうメリットもあるのです。

オリエンテーションの後、続けてSさんの口頭試問の練習をしました。週末にR大学の口頭試問を控えているSさんに、理科系の基礎知識に関する質問をいくつかしました。Sさんがしかるべき知識を持っていることはわかりました。しかし、その表現のしかたには疑問符を付けざるを得ませんでした。Sさんに聞いてみると、頭の中で母語を日本語に翻訳して答えたとのことでした。

新入生のみなさんには、受験に臨む1年後、日本語でストックした知識を滑らかな日本語で語ってもらいたいです。そのための訓練が、来週、すぐに始まります。

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面接に弱い

10月4日(月)

先週末から、奨学金の面接をしています。もう少し正確に言うと、文部科学省学習奨励費受給者として学校が推薦する学生を決定するための面接です。申請した学生は、みな出席率が100%に近く、成績もクラスやレベルの中で上位を占めています。

そう聞かされていたのですが、それにしては学生たちの受け答えがパッとしません。声が小さかったり、語彙や文法が間違っていたり、態度に落ち着きがなかったりと、奨学金をもらうような模範生には程遠い惨状が繰り広げられています。

申請者の多くを受け持っていたT先生によると、ほぼ全員が極度の緊張状態に陥っていて、クラスの授業での様子とは全然違っていたそうです。確かに、今までの奨学金の面接では、私も半分かそれ以上の学生と顔見知りでした。ところが今回は、名前ぐらいしか知らないか、せいぜいオンラインで何回か触れた程度です。

だから、初対面に近い私に対して学生が緊張するのは、わからないではありません。しかし、それにしても限度というものがあります。この面接の場で、授業中の発話力の1/10も発揮できなかったとしたら、この先に控えている志望校の面接試験など、受かろうはずがありません。

面接練習だったらかなり厳しい質問もしますが、奨学金の面接では学生の生活の様子を尋ねるのが中心です。初級の学生でも答えられるような内容ばかりでしたから、中級以上の、しかも成績優秀な申請者たちには、楽勝のはずです。

オンライン授業だと気楽に発言できると言われています。それが、誰の視線も感じることがないという理由だとすると、面接のような知らない人からの視線にさらされるというのは、学生に大きな緊張を強いるものかもしれません。ここまで枕を並べて討ち死にというのであれば、そういうことがあるのでしょう。

これは、学生たちばかりを責めるわけにはいきません。内弁慶を作らない授業の工夫が必要です。岸田新首相の誕生を祝うかのように、東京の新規感染者数が11か月ぶりに2桁になりました。学生が入国できる日が近づいたなどと喜んでばかりではいけません。

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発表は難しい

10月2日(土)

学期末に行ったグループ発表の映像を見ました。発表当日、私は養成講座の授業があったため、現場に立ち会えませんでした。代講の先生が撮っておいてくださった発表の様子をチェックし、採点したというわけです。

オンラインでの発表を録画で見るという悪条件が重なり、学生の真の実力が測れたか心もとない面はありますが、やはり、学期中からタスクに積極的に取り組む学生と、おざなりの学生とでは、如実に差が出ました。ほぼ満点の学生からお情けで合格点にしてやった学生まで、幅広く分布しました。聞いていた学生も、それは感じたに違いありません。

自分の部屋からオンラインということで緊張感が薄いのでしょうか、原稿棒読みに近い発表が多かったです。もちろん、ほぼ満点組は原稿を十分に理解した上で発表していましたから、自然な感じがしました。その一方で、どこかのサイトから引っ張ってきた文章をそのままパワーポイントに張り付け、それを読み上げるだけという、労力最小限をモットーにした発表もありました。

そういう極端な例に限らず、字を載せ過ぎたスライドが目立ちました。グラフとか写真とか、視覚に訴える資料を多用してほしかったのですが、文字に頼ってばかりで頭を抱えてしまいました。

学生たちは、プレゼンテーションにおいても、音声や図表よりも文章で示したい、聞き手も文章で理解したいという傾向が強いのかもしれません。一歩譲って文字情報を示すにしても、知ってもらいたい項目を際立たせるなどの工夫をしてもらいたいです。そういうのを覚えておかないと、進学してからがつらいんじゃないかなあ。

次の学期は、教室でみんなの前で、程よいプレッシャーを感じながら発表してもらいましょう。

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子育ての適地

10月1日(金)

おとといの期末テストで、私が担当しているレベルでは、簡単に言うと、「子育てするなら都会と田舎とどちらがいいか」というテーマで意見を書いてもらいました。私が採点した約20名のうち、田舎がいいと書いた学生は1名でした。「都会」が多いだろうとは思っていましたが、ここまで差がつくとは予想外でした。

多くの学生たちが挙げた理由は、教育でした。田舎ではいい教育が受けられない、子供の能力を引き出すなら都会で質の高い教育を…というのがその趣旨です。自国では得られない教育を求めてわざわざ日本まで来ている人たちに尋ねているのですから、当然の意見かもしれません。

もう一つ、このクラスの学生の大多数は都会の生活しか知らないようです。はっきりそう書いている学生も何名かいました。田舎は旅行で訪れるなら魅力的だが、住むのは嫌だといわんばかりの文章もありました。そうなると、田舎で子育てというのは想像もつかないでしょう。まあ、学生たち自身、育てられている最中ですからね。

更に言ってしまうと、「都会」「田舎」の定義が学生側と教師側でずれていたかもしれません。仙台は、東北の人にとっては別格の大都市です。しかし、東京と比べたら街の規模が全然違います。大阪だって、東京から見たら、生駒山地が迫っている田舎町になりかねません。また、学生たちが想像した田舎とは、山奥の一軒家のようなところかもしれません。その証拠に、都会がいいという理由に、田舎は不便だというのがいくつか見られました。さらに想像力をたくましくすると、自分が都会で暮らしたいから、子育ても都会と言っているのではないかと思われるふしも見られました。都会は就職しやすいなどというのは、子供じゃなくて自分自身のことじゃないかな。

こういう発想ですから、東京を離れようとしないのです。唯一「田舎」と答えた学生は、行き過ぎた競争社会を批判し、目の前の成果にとらわれて都会を選んではいけないと説いています。文法のミスには目をつぶって、Aをつけました。

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気分一新

9月30日(木)

午後から校舎内の整備をしました。昨日の期末テストで授業がすべて終わったので、オンライン授業で使った教室内の小道具を回収したり備品の点検をしたりしました。私は、各階の掲示板から期限切れのポスターなどをはがしました。

毎日学生が来ていれば、無関心なように見えて、意外なほど学生たちは掲示板を見ています。掲示物の内容について問い合わせが来ることも珍しくありません。ですから、教師の掲示物には気を配っていて、大学などからポスターやチラシが届いたら、最新情報として掲示しています。教室の掲示板に貼った方がいいものは、時にはコピーを取って、学生の目に触れるようにしています。どの階の掲示板に貼るかにも、気を配っています。大まかに大学院の階、大学院の階、専門学校の階と決まっていますが、オープンキャンパスの案内などは大学に階に貼るか大学院の階に貼るか悩むところです。

その掲示板、今学期は8月から学生が登校しなくなりましたから、ほったらかし状態でした。1つずつ見ていくと、高校の夏休みに時期に行われたオープンキャンパスのチラシなど、過去のものとなった掲示物が至る所に貼られていました。期限切れだらけと言ってもいいくらいでした。土砂崩れか何かで不通になって、さびて赤茶けてしまったレールを見ているようでした。そういうのを全部取り去ったら、掲示板がすかすかになってしまいました。

さて、明日から緊急事態宣言が解除され、新学期からは学生も登校します。最新の情報で飾った掲示板で学生たちを迎えます。ピカピカの新品のレールで、学生を志望校に送り込みたいです。

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特例措置はあるけれども

9月29日(水)

Cさんは、書類上のKCP入学は去年の4月ですが、実際に入国できたのは去年の年末、日本語の勉強を本格的に始められたのは今年になってからです。本来ならもう上級にいてもおかしくはなく、今ごろは受験準備に忙しいはずです。しかし、上述のように勉強のスタートが大幅に遅れてしまったせいで、6月のEJUでは思うように点が取れず、結局来年4月の進学はあきらめました。入管の特別措置の恩恵にあずかり、もう1年KCPで勉強してから進学することにしました。

今学期のCさんは欠席が多かったです。出席率がガタッと下がってしまいました。原因ははっきりしています。ワクチン接種の副反応です。暑い盛りの頃に2回の接種を済ませたのですが、それからというもの、なかなか本調子が戻りません。これもまた、進学を遅らせた理由の1つになっているようです。

私はCさんのクラスは担当していませんが、Cさんは理科系志望ですから、受験講座で接点があります。やはり、学期の後半は精彩を欠いていました。欠席もしましたから、各科目どこかしらに抜けがあります。この調子で11月のEJUを受けても、結果はあまり期待できません。漢字の国出身ではありませんから、読解、聴解・聴読解でも苦労していると、EJU対策担当の先生がおっしゃっていました。

Cさんの進学は、おそらく23年4月になるでしょう。つまり、ここで3年間足踏みすることになります。若い時の3年を受験勉強に費やすというのが、Cさんの今後の長い人生にどんな影響を及ぼすでしょう。全国の日本語学校にCさんのような学生が大勢いるに違いありません。海外留学を目指している日本人学生の中にも同じような思いをしている人が少なくないと思います。

新しい首相は岸田さんになりそうです。何となくパッとしませんが、勉強しようと思っている若者が思う存分勉強できる環境を整えてください。

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