Category Archives: 進学

Cさんの欠席

11月11日(金)

朝、教室に入ると、いつもの席にCさんの姿がありません。クラスの学生全員の名前を呼んで出席を取り終わっても、まだ入ってきません。電車が遅れているのかもしれないと思いながら、予定されていた漢字テストを始めました。その漢字テストが終わっても、Cさんは来ませんでした。

Cさんは、去年、初めてのワクチン接種の後にひどい副反応で体調を崩して以来、時々休むようになりました。日本語力的に決して余裕のある学生ではありませんからあまり休んでほしくはありません。しかし、立ち上がれないほど体がしんどいこともあるそうですから、そんな日はしかたがありません。休む時はたいてい学校に連絡をよこすのですが、授業前には私にも担任のT先生にも、メールも電話もありませんでした。メールすら送れないほどひどい状況なのだろうかと、悪い想像もしたくなります。

前半の授業が終わって職員室に戻ってきても、やっぱり音信不通のままです。そのまま後半の授業に向かいました。授業後、火曜日の文法テストを受けていない学生に追試を受けさせ、出席不良の学生に指導・注意・説教を行い、1時近くになってようやく職員室に戻りました。すると、待ち構えていたかのごとくT先生が私を呼び止めました。「Cさん、D専門学校に出願書類をもらいに行ってたんだって」と聞かされ、こけそうになってしまいました。

書類をもらいに行くのは、午後でもできます。授業を休んだら出席率が下がります。ワクチン接種後のCさんは出席率も危険水域です。自分自身でも痛いほどわかっていたはずです。学生が集まったのでもうすぐ募集終了とかといううわさを聞き付けたのかもしれません。目の前のことしか見えなくなっちゃってるんですね。

体調と出席率と日本語力と進学とアルバイトと、Cさんが各方面からのプレッシャーにさらされていることは想像に難くありません。物事の優先順位もつけられないほど追い込まれているのでしょうか。頭の痛い問題が、発生してしまいました。

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共通テスト

11月8日(火)

数学のS先生が、盛んにJさんを褒めます。Jさんは今学期から受験講座数学を受け始めましたが、他の受講生と比べると、段違いによくできるのだそうです。みんなが1問目で頭を抱えている間に、最後の問題まで解いてしまいます。そして、答えも正しいのです。

受験講座化学の後で、Jさんに話を聞きました。すると、Jさんは国の理科系の大学を中退して日本へ来たと言うではありませんか。数学がよくできるわけです。高校の数学は忘れてしまったと言っていましたが、忘れていても段違いによくできるのだったら、思い出したらどのくらいのレベルになるのでしょう。Jさんは11月のEJUは受けないのだそうですから、その数学的直観力を11月の受験生に貸してもらいたいくらいです。

Jさんが何を狙っているかというと、2024年の大学入学共通テストです。日本人の高校生と同じ一般入試で進学するつもりなのです。最近、そういう外国人留学生が少しずつ増えています。KCPにも3年前ぐらいから現れ始めました。面接試験がないから話すのが苦手な学生にとっては、そのほうが有利かもしれません。また、留学生入試の定員が極端に少ない学部学科なら、一般入試のほうが入りやすいことだってあり得ます。

数学と理科の基礎はできていて、英語も大学で鍛えられたでしょうからひどいことにはならないとすると、Jさんにとっての難関は国語の古典です。来年になったら予備校に通ってそこそこの力はつけると言っていました。

そこまで計画的に考えているのなら、私もできるだけの支援はしましょう。驚いてばかりいるわけにはいきません。

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安全パイは危険

11月1日(火)

WさんはR大学とK大学を受けました。R大学が第1志望でした。手が届くかどうかぎりぎりのところでしたから、出願書類からかなり念入りに準備していました。面接練習も怠りなく繰り返していました。担当された先生方の話によると、まじめな性格が裏目に出て、表情も言葉も非常に硬いとのことでした。どうやらそれが本番の面接でもそのまま出てしまったようで、話が弾むといった感じにはならず、Wさん自身も面接はあまりうまくいかなかったと言っていました。結果は、案の定でした。

R大学はチャレンジ校で、入れたら最高にうれしいといった大学でした。それに対して、K大学は滑り止めのつもりで出願した大学です。安全第一に考え、時分のEJUの点数で受かりそうな学部学科を選びました。“ド田舎”――これが、試験当日、K大学まで行ったWさんが最初に抱いた感想でした。R大学も田舎にありましたが、R大学ならその“ド田舎”に耐えられても、K大学で4年間過ごすのはちょっと…というのが、偽らざる気持ちだったようです。それが表に出てしまい、面接官に見破られてしまったのでしょうか、安全パイのはずだったK大学にも落ちてしまいました。さすがにショックで、落ち込んでいるというメールが担任のM先生に届きました。

やはり、入りたいという気持ちを強く持たねば、合格は難しいです。Wさんよりも成績の低い学生が志望校に受かっているのは、入りたいオーラを出していたからでしょう。Wさんも痛い目にあって考え方を改めたに違いありません。“入れる大学より入りたい大学”という基本に戻って、次の出願に向かっていくことでしょう。

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数学が強いデザイナー

10月26日(水)

先週の水曜日にこの稿に取り上げた、受験講座の文系数学を受けているHさんは、ファッション関係の大学を志望しています。経済学部などなら数学が必要なところもありますが、ファッションとなるとEJUの数学を課す大学はないのではないでしょうか。それでも数学を勉強しようというのは、よっぽど数学が好きなのでしょう。

授業を始めようとしたところ、Hさんは先週やった因数分解の練習問題について聞いてきました。授業でできなかった分は自分で最後まで解いたようで、いっしょに配った解答の解き方で理解できなかったところを質問したというわけです。

問題の解答を渡すと、多くの学生は最後の答えだけを見て一喜一憂します。そこへ至るまでの過程をじっくり見る学生は珍しいです。教師としては、答えそのものよりも、どういう考え方に基づいてその答えを導き出したかというところを見てほしいです。結論しか見ないのなら、模範解答を作成してそれを渡す意味がありません。

ところがHさんは私の答えをじっくり読んで、疑問点をぶつけてきたのです。実に教え甲斐があるというか、手ごたえを感じさせてくれるというか、教える意欲を掻き立てられる学生です。しかし、Hさんは入試に数学を必要としません。いわば、趣味で受講しているのです。

数学は、公式を覚えて終わりという勉強ではありません。数学の真骨頂は、論理展開力を身に付けるところにあります。だから、受験科目に数学がなくても、数学の勉強はしてほしいと思っています。数学ができる学生は、進学してから伸びる要素を持っています。Hさんも、将来、ファッションの分野で活躍する人材になるのではないかと、今から期待を寄せています。「あのHというデザイナー、オレが数学を教えたんだぜ」なんて自慢できる日が来ることを夢見ています。

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50%じゃ困ります

10月17日(月)

新学期初日から呼び出していたCさんに、ようやく会えました。私が呼び出して、しかもその召喚になかなか応じなかったということは、だいたいどんな学生か見当がつきますね。

Cさんの9月の出席率は、ちょうど50%でした。今学期も始まって1週間しかたっていないのに、すでに何日も休んでいます。このままでは、ビザの更新すら危うい状況です。また、そんなふうに休んでばかりいますから、学業面も思わしくありません。大学に進学しようと考えているようですが、見通しは暗いです。

志望校を聞いてみると、すぐに3校の名前が出てきました。その大学名も、夢物語レベルではなく、現実的な線でした。うち1校は名前を間違って覚えているようでしたが、進路についてまるっきり考えていないわけではないようです。試験日を聞いたら、ちゃんと答えられましたしね。

だからこそ、出席率が大事なのです。せっかく合格したのに、出席率が悪くてビザがもらえなかったなどということになったら、泣くに泣けません。欠席することは、自分の将来を自分の手で狭めているにほかなりません。

そして、日本語です。私の言葉は通じていたみたいです。まあ、そんなに難しい話はしませんでしたから、当然といえば当然です。しかし、Cさんからの返答は普通体になってしまうことが多かったです。これが入試の面接だったら、落とす理由を面接官に与えているようなものです。また、担任のO先生によると、Cさんは授業中に母語で友達としゃべっていることがよくあるそうです。指名されて答えるときも、単語だけなんでしょうね。

今回は初回なので、激励モードで終わりにしました。しかし、次は激怒モードですよ。

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数学は勉強してません

10月13日(木)

Oさんは大学で情報工学を勉強しようと思って、来日しました。志望校も、R大学情報理工学部やT大学情報工学部などを挙げています。しかし、Oさんは国で数学や理科の勉強をほとんどしていません。そういう特徴の高校だったそうです。数学は中学どまりだと言っていました。

残念ながら、R大学もT大学も、受験するにはEJUの数学コース2が必要です。中学どまりの数学では、全く太刀打ちできません。今すぐ勉強を始めても、来年6月のEJUに間に合うかどうかわかりません。R大学は、前期試験は6月の成績で出願しなければなりませんが、後期なら11月のでも出願できます。しかし、一般に後期は入りにくいですから、できれば前期に出願して、来年の今頃には合格を勝ち取っていてもらいたいです。とはいえ、数学がゼロに近かったら、無理でしょうね。

Oさんに限らず、国の高校で理数系の勉強をしてこなかったけれども、日本で理系の勉強がしたいという学生がじわじわ増えているような気がします。理系学科で勉強すると就職に困らないという意識があるのでしょうか。でも、理系の勉強に数学は欠かせません。少なくとも工学部は、数学ができなかったら、ラッキーで入学できても、進級できません。学生たちの母国でもそれは同じだと思うんですがねえ。いや、それが強すぎて日本に流れてきたのかもしれません。

情報理工学部というと理系の色が濃いですが、情報学部というと、学際的ないしは文系寄りの空気も感じられます。Oさんが情報工学部でどんな勉強をしたいのか、将来何をしようと思っているのかわかりませんが、その内容によっては、数学が弱くても光が見いだせることだってあるでしょう。

入学早々のOさんは、これからです。じっくり相談に乗って、日本に留学してよかったと思ってもらえるように進路指導をしていきたいです。

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騒いだもん勝ち

10月12日(水)

KCPでは毎学期の初日に、進路決定状況を中心に、学生アンケートを実施しています。それまでに決まった合否や、出願状況や、今後の予定、教師の支援が必要な事柄などを聞いています。

昨日もアンケートを取りました。その回答を見ていたら、先学期私のクラスだったSさんがT大学に合格した記入されていました。しかし、Sさんはクラスを記入すべき欄に名前を書き入れるなど、若干怪しい答え方をしていましたから、今学期のクラスのY先生に確かめてもらいました。すると、ちゃんと合格したそうです。私は3回面接練習をしましたから、本当は合格の報告をしてもらいたいところですが、まあ、とにかく、うれしい知らせです。

10月期にもなると、学生も夢物語ばかり語っている余裕はなくなります。自分の実力を冷静に見つめ、現実的な決断を下さなければなりません。そういう観点に立つと、Sさんは先学期中に夢から覚めて確実性の高い道を選び、必要なところは教師に助力を仰ぎ、合格に至ったと言えます。こういう利用のされ方ならば、私たちは喜んで力を貸します。

一方で、まだ夢の中を泳いでいるような学生もいます。滑り止めにさえかなりの有名校を挙げているMさんなどはその典型例です。早く動かないと行き場所がなくなってしまいます。卒業式に至っても“無所属新人”などと名乗られても困ってしまいます。受験は、早い時期から騒ぎ始めた学生が、結局、勝ちます。E大学に落ちたGさんは、すぐに“次”に向かって動き出しました。こういうのの積み重ねが、最後の笑顔につながるのです。

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これからの大仕事

10月6日(木)

朝からパッとしない空模様で、日中は肌寒いくらいでした。朝、コートを着た人を見かけ、ちょっと早すぎるんじゃないのなんて思いましたが、全然そんなことはありませんでした。一昨日は暑いくらいだったのに、季節が1つ半ぐらい進んだ気がします。

そんな冷たい雨の中、お昼過ぎにCさんがやってきました。Y大学に合格したと言って、スマホで受験番号と合格発表を見せてくれました。Cさんの受験番号が、合格者の中にちゃんとありました。担任のM先生をはじめ、かかわった先生方から「おめでとう」と拍手をもらったCさんの口元は、マスクの陰でほころんでいたことでしょう。

そのCさん、M先生に進学相談をしたいと言います。Y大学に受かったら他の大学は受けないと言っていたのにどうしたのかと思ったら、何を血迷ったか、「引っ越しはいつしたらいいですか」と聞くではありませんか。「Cさん、いつから大学に通うつもりですか」と、M先生に怒られてしまいました。「ほら、ここを見なさい。これからY大学が書類を送ると書いてあるでしょう。来週の月曜日は休みだから、書類が届くのは火曜日。その書類を持ってきたら相談に乗ります」と、さっきまでの祝福ムードがしぼんでしまいました。

「先生、合格しましたから、明日から帰国してもいいですか」と、Cさん、火に油を注ぐような発言。出席率についてこんこんと説教を食らう羽目に陥りました。Y大学は書類選考だけで合否を決めますから、こんなとんちんかんなやり取りをする学生でも受かってしまうんですね。

CさんにY大学を薦めた塾の先生は偉いと思います。でも、私たちにはこれから半年でCさんを大学での生活ができるように鍛えるという大仕事が課せられています。モチベーションが続くかなあ…。

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進学するには

9月29日(木)

朝、D大学の方がいらっしゃいました。D大学は、KCPからもほぼ毎年進学者がいる芸術系の大学です。進学した学生の近況や入試制度の説明に来てくださいました。進学した学生たちは、どうやら順調に勉強や研究を進めているようです。

入試の方では、話せなければ合格できないと繰り返していました。腕がよくても、制作意図などがきちんと説明できなかったら、合格はさせないそうです。芸術系大学でも、技術より日本語だ――と、私たちも何度も何度も注意しています。過去にそういう学生が、1人や2人ではなくいましたから。それでも学生たちに通じないんですよね。大学の留学生入試担当者のこういう生の言葉を聞かせてやりたいです。

話す力だけではありません。日本語で行われる、専門用語がバンバン飛び交う講義を耳で聞いて自分のものにするだけの理解力も必要です。留学生の場合、ある日の講義についていけなくなると、わからないことが雪だるま式に増えて、芸術系ではそれが作品制作にも悪影響を及ぼします。一番打ちのめされるのは本人です。

学生にしたら、日本語学校の授業は自分が本当に勉強したいこととは違います。だからやる気がわかないということも、よく耳にします。じゃあ、本当に勉強したいことを扱う授業についていけるのかといったら、そんなことを言っている学生は絶対に無理です。確かに、進学してから日本語力が大きく伸びた学生もいます。D大学に進学したHさんもその1人です。でも、そういう人は逃げません。できない自分と正面から向き合っていました。

D大学の出願は、来週から始まります。

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将を射んと欲すれば先ず馬を射よ

9月26日(月)

Gさんは、来月半ばに関西地方にあるI大学を受験します。Gさんとしては東京で進学したいのですが、ご両親から絶対に来年4月に進学しろと厳命されているので、両親の薦めるI大学にも出願しました。そんなわけで、この前Gさんの進学相談に乗った時には、志望理由はないに等しい状態でした。

午前の授業が終わってすぐ、そのGさんが面接練習に来ました。先日のことがありましたから、いきなり本格的な面接練習をするのではなく、まず、「どうしてI大学なんですか。緊張しないで答えてください」と、始めました。すると、Gさんは自信なさげにいくつか理由を挙げましたが、すでに目が泳いでいました。

そんなことだろうと思い、事前に用意しておいたI大学の資料を見せながら、I大学の魅力について2人で考えました。その資料に表れているI大学の特徴を説明しているうちに、Gさんの頭の中に少しずつI大学のイメージが固まってきたようです。あの顔つきは、“親に言われたから”ではない、Gさんなりの積極的な理由が思い浮かんできたんじゃないかな。

夕方、Gさんの志望校の1つでもあるS大学の教師向け説明会にオンラインで参加しました。教師にしても、材料がなかったら学生に大学を薦められません。I大学は、私なりに少しは情報を持っていましたから、Gさんと一緒に志望理由が考えられました。学生に対して“推し”ができるネタがほしいのです。

「将を射んと欲すれば先ず馬を射よ」です。大学にしてみれば、学生こそ将です。教師という馬をコントロールすれば、将たる学生はその大学に向かいます。この説明会のおかげで、S大学は推し大学の1つにできそうです。たかがオンライン説明会で学生にどのくらい強く推すか決まってしまうなんて、いい加減なもんですね。でも、それが人情ってもんじゃないかな。

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