Monthly Archives: 11月 2021

観察眼

11月16日(火)

中間テスト。いつものレベルより1つ上のレベルの試験監督に入りました。名簿をざっと見渡すと、半分ぐらいの学生が1月期にちょっとだけ関わっています。3名が奨学金の面接で顔を合わせ、4名が受験講座で私の授業を受けています。その他、職員室で何かと話題になる有名人が何名かいました。

“こいつが出席不良でよく名前が挙がっているAか”“出願の時にひと悶着あったBって、わりとおとなしそうな顔をしてるな”“Cって、もしかすると、うちのクラスのDの恋人?”“東大を目指してるEって…なぁんだ、読解の問題、できてないじゃない”

学生を見て回る以外することがないというか、それが唯一最大の仕事である試験監督中は、学生観察が楽しみです。そんなわけで、教室内をうろうろしていたら、Fさんに呼び止められました。「先生、すみません。答えが書ききれないときは下に書いてもいいですか」と、ひそひそ声で、丁寧な物言いで聞いてきました。1月期のFさんはぶっきらぼうな口のきき方しかできず、内心しょっちゅうカチンと来ていました。それを思うと、ずいぶん成長したなと感じさせられました。

Gさんが試験の最中にトイレに行きたいと言い出しました。顔色が悪そうだったので、特別に認めました。しかし、何分経っても帰ってこず、ついに試験終了時刻となりました。そして次の科目の試験が始まるとき、ワクチンの副反応で具合が悪いと言いますから、早退を認めました。

試験終了後、担任のH先生が言うには、「ああ、I大学の発表を見ていたんですよ。私のところに何も報告がないということは、落ちたんですね。副反応じゃなくてショックで帰ったんですよ」。どうやら、だまされたようです。

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文法の向こう側

11月15日(月)

明日が中間テストですから、中級クラスの文法は復習兼まとめの授業でした。問題をさせて答え合わせをすると、次から次と質問が出てきました。例文を作る問題では、こういう文はどうかという声がそこかしこから上がりました。中には的外れなのもありましたが、概して鋭い質問、本質的な疑問でした。また、いくつもの文法項目を勉強したからこそ出てくる、微妙な違いを問う学生もいました。

文法は平常テストもやっていますが、本格的に振り返るのは中間テストが絶好の機会です。勉強を積み重ね、スパイラルに実力を向上させ、前の学期までに習ったことも含めて俯瞰できるようになったため、今まで気づかなかった疑問点が浮かび上がってくるのです。成長痛と言いましょうか、知恵熱と言いましょうか、力がついたからこそわからなくなることもあるものです。それを解決し、その壁を乗り越えた向こう側に、上級の地平が広がってくるのです。

午後、A大学のオンライン説明会に参加しました。そこで強調されたのは、コミュニケーション力です。入試の面接でコミュニケーション力を見る、入学後の授業でコミュニケーション力を伸ばすというように、ゼミに入る時点で日本人と議論ができるコミュニケーション力を持たせるとのことでした。コミュニケーション力のない学生は、例えば、協働して勉強を進める同じグループの学生にも悪影響を及ぼします。そんなことにならないように、大学側でも特に力を入れていると言っていました。

そういう話を聞くと、今学期前半の勉強内容の復習で妙に感心しているばかりではいけません。それは確かに進歩ですが、満足なレベルとは言い難いです。今の勉強は、進学してからの、留学本来の目標を達成するための土台です。この上にコミュニケーション力という前線基地を築くのです。

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終わりは始まり

11月13日(土)

明日が11月のEJU本番ですから、私が担当している受験講座の大半は今週までです。来週から暇になるかと言えば、決してそんなことはありません。今年は先学期から超過密スケジュールでしたから、仕事の積み残しや先送りがたくさんあります。まず、それをどうにかしなければなりません。そして、気が付けば11月中旬、受験シーズンたけなわですから、面接練習などが待ち構えています。

来週は、受験講座の資料の補修をします。不都合な箇所は見つけ次第直してきましたが、そろそろ全体調整をしなければなりません。科目によっては、資料そのもののリバイスも必要です。受講生にわかりやすい資料をと心掛けていますが、盛りだくさんになり過ぎている面もあります。また、EJUの模範解答も、スマートな解き方を見つけた問題がありますから、手を入れていきます。

進学資料の改訂も、今年は遅れてしまいました。必要最低限の資料やデータは揃えてありますが、学生を志望校に押し込むには、もうひと頑張り必要です。

日本語教師養成講座の教材作成も急がなければなりません。私が担当する諸々の科目間の調整を進めて、有機的に関連付けていきます。私は、養成講座の最大の役割は、日本語教師としての思考回路を形成することだと思っています。受講生の脳みその中に、普通の日本人とは違う、日本語教師特有の語彙や文法や発音などのネットワークを構築するお手伝いをするのが養成講座なのだという考えで講義をしています。そういうポリシーに照らし合わせて、講義や資料を見直します。

要するに、年末まで暇にならないということです。

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11月12日(金)

午前中、職員室で仕事をしていたら、宅配便屋さんが大きな段ボール箱の荷物を運んできました。「あっ」と言って、F先生が受け取りました。F先生のお父様からの、毎年この時期に届く荷物でした。「お世話になっている先生方へ」ということで、地元・長野のりんごを送ってくださるのです。

箱を開けると、ほのかな香りを放ちながら、真っ赤なりんごが並んでいました。今年はいつもの年より熟れているようです。去年あたりはうちへ持って帰ってから1週間ぐらい置いたような記憶がありますが、今年のりんごは今晩食べてもよさそうです。

私にりんごを見る目がないのか、単に安物だからいけないのか、毎年F先生のご実家からのに勝るりんごは食べていません。適度な歯ごたえと独特な舌触りと甘さだけではない味覚と、幾重にも楽しめます。年に1回のお祭りみたいなものですね。

私は東京生まれなので、Fさんにとってのりんごのような物がありません。東京バナナや雷おこしじゃ季節感が漂いませんしね。大昔なら浅草海苔という手もあったかもしれません。そういう意味で、誰もが納得する絶対の切り札を持っているのはうらやましいです。

そういう長野も油断はできません。温暖化が進むと、長野はりんごではなくみかんの産地になってしまうのだそうです。長野県は教育県ですから、いざとなったら栽培法の研究を進め、みかんを現在のりんごの地位にしてしまうことでしょう。愛媛みかんにも勝ってしまうかもしれません。でも、やっぱり、「長野みかん」ではなく「長野りんご」を食べ続けたいです。

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もうすぐです

11月11日(木)

私のクラスのHさんは、4月から国でオンライン授業を受けています。先学期のように全員がオンラインの時期もあれば、今学期のように対面授業にオンラインで加わることもありました。私たち教師は対面の学生とオンラインの学生の間に差が生じないように気を使っているつもりですが、完璧とは言い難いと思います。ネットの状態が悪い日もありましたし、教師の操作ミスで“???”となってしまったこともあったでしょう。カメラの切り替えを忘れて、教室の学生の顔を映したまま、ホワイトボードを使って説明を始めてしまうなどというのが代表例でしょうか。

そんな悪条件をものともせず、Hさんは、画面いっぱいに顔を映して、毎日授業に参加します。テストの際に顔をゆがめて問題に取り組んでいる様子が大写しになると、思わずヒントを出してあげたくなります。必死にノートを取り、大きく口を開けてコーラスし、チャンスを捕らえて発言し、誰よりも前向きに授業に参加しています。

そんなHさんに、ようやく入国のチャンスが巡ってきました。年内に入国できる線が見えてみたのです。それに関する校内の説明会が明日開かれます。もう通知は届いているはずですが、授業終了間際に画面を通してHさんに確認を取りました。「もうすぐ日本へ来られるね」と声をかけると、今まで見せたことのない笑顔でこっくりとうなずきました。本当に待ち焦がれていたのだなあと思いました。

東京の新規感染者は、先週より17名増えたとか。このまま、また急カーブで増加するなんてことはないでしょうね。国の方針が変わって鎖国に逆戻りしたら、Hさんだって心が折れてしまうかもしれません。明日は減少傾向に復帰することを祈っています。

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作文はきれいな字で

11月10日(水)

中級の作文ともなると、日本語の文章が書ければいいという問題ではありません。主張が明確かどうかが採点のポイントとなります。ここで言っている主張とは、“消費税増税に賛成か反対か”といった賛否を問うものばかりでなく、“来年挑戦してみたいこと”などという事柄を答える場合もあります。いずれにしても、テーマに対してきちんとした結論を出しているかが重要です。主張が明確な文章は構成がしっかりしていますから、書かせるときにその点を強調し、採点もそこを見ます。

同じ説明を聞いたはずなのに、提出された作文にはかなりの差が生じます。訴えたいことがすっと頭に入ってくる作文もあれば、何回読んでも“何が言いたいの?”と聞き返したくなる作文もあります。いや、作文などと言ってはいけません。日本語の文字の羅列です。文法や語彙の誤用が主張をぼやかすことはよくありますが、慣れてくるとそういうファクターを取り除いて、主張の明確さを見ることができるようになります。

ところが、私の採点には1つの傾向があります。それは、字のきれいな作文の点数が高いことです。見た目で作文を評価しているわけではありませんが、字がきれいだと一読して主張が理解できた気になってしまうようです。逆に、字が汚いと嫌悪感が先立ってしまいます。原稿用紙から無言の圧力を感じて心を閉ざしてしまい、主張を感じ取りにくくなっているのかもしれません。

これでは公平な評価とは言えません。そうはいっても、きれいな字を見て和んでしまう私の心を抑えることは、容易ではありません。入試の小論文を採点する先生方はどうなのでしょう。私ほどではないにしても、多少はそういう面があるのでしょうか。だからAIに採点を任せるという動きにつながっているんじゃないかな。

いまさら手遅れかもしれませんが、学生にはそんなことも伝えたいです。

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聞き覚えのある声

11月9日(火)

朝、仕事をしていたら、特徴のある声が聞こえてきました。今までずっとオンラインで授業を受けてきたJさんが初めて登校してきたのです。私も受験講座で接点があり、少し高めの声は耳に残っていました。顔を見ると、マスクで半分ぐらい隠れていますが、確かにZOOMの画面で見た面影があります。Jさんは、ご両親の仕事の関係で、普通の留学生とは違ってコースで入国してきました。待機期間が明けて、今朝、晴れて初登校となったのです。授業後は、1人きりのオリエンテーションを受けていました。

KCPでも、これから入国してきそうな留学生の受け入れ準備が始まっています。事務担当のNさんは、役所には何回電話をかけてもつながらないとぼやいていました。どこの学校も、来日する留学生への対応に追われているのでしょう。受け入れ側が遺漏なきよう万全を尽くしているのですから、健康な学生の入国はどんどん認めてもらいたいです。

今度の日曜日、14日は、EJUです。4月期以前から勉強してきた学生たちの受験講座は、今週が最終回です。ずっと国で受けてきたDさんもそんな学生の1人です。しかし、Dさんの来日はもう少し先になる見込みです。どうやら、今回のEJU受験は無理そうです。授業の最後に「今週で終わり」と告げたら、少し寂しそうな表情がうかがえました。今度は対面でみっちり鍛えたいです。

4月期にレベル1で、オンラインで教えた学生たちが、今学期レベル3で勉強しています。今学期は間に合わないかもしれませんが、来学期は会えることでしょう。その時はレベル4、中級です。そこは私のテリトリーですから、今度は生の学生たちに教えられることを、今から楽しみにしています。

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Doppler効果

11月8日(月)

理科系の大学の口頭試問では、大学で勉強する専門に関連した理科や数学の事柄が聞かれたり、優しい問題を解かせられたりします。もちろん、出題も日本語だし、回答も日本語です。

中級のCさんは、そんな入試がある大学を狙っています。受験講座の後で、その口頭試問の練習をしました。残念ながら、合格には程遠い回答内容でした。正確に言うと、専門知識はしかるべきレベルのものを持っています。しかし、それを日本語で表現できないのです。

“エチレン”という私の言葉に反応して、膝の上に置いた手の指を2本立てて何事か表そうとしています。しかし、Cさんの口から“二重結合”という、有機化学のごく基礎的な用語は発せられませんでした。“ドップラー効果”と聞いても全然わかりませんでした。「“ドップラー”は英語ですか」と聞いてきました。「はい」と答えると、「英語で言ってください」ときました。“Doppler”と英語の発音をすると、「ああ、わかりました」と腑に落ちた様子でした。でも、口頭試問では、日本語の“ドップラー”がわからないと、どうしようもありません。

Cさんは、日本へ来てからも、ずっと国の言葉で理科や数学を勉強してきました。EJUでは目標としていた点数が取れましたが、口頭試問の練習でこのざまですから、先は決して明るくありません。口頭試問がない大学に合格し進学したとしても、こんな程度の専門日本語力では、授業についていけないでしょう。少なくとも、1年生の最初の学期は大いに苦労するに違いありません。

だから、受験講座を受けてほしいのです。中級では、まだ、日本語で物理や化学や数学を勉強するのはかなりの負担です。しかし、それに耐える訓練をしておけば、口頭試問にも進学後の授業にも対応できるようになります。受験講座は、EJUの先を見越した勉強をしているのです。

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突発事故

11月5日(金)

授業をしていたら、突然マスクのゴムが切れました。そんな張り切って口や顔を動かしたわけではないんですがね。ワクチン接種済みとはいえ、感染状況がかなり落ち着いてきているとはいえ、マスクなしで、立ったまま、座っている学生に向けて大きな声で話すのは考えものです。何より学生が嫌がるでしょう。とりあえずハンカチで口を押えながら授業を進めました。幸いにも、作文のテーマを説明している最終局面でしたから、それを話し終わったら学生に作文を書かせ、その間に職員室まで予備のマスクを取りに行ってきました。

実は何か月か前にも同じようなことがあり、それ以来、かばんに予備のマスクを忍ばせていました。図らずもそれが役に立ちました。職員室にも学校のマスクが置いてありますから、学校にいる分にはそんなに神経質にならなくてもいいんですがね。

でも、これを外でやらかしたら大変です。例えば、電車の中でくしゃみをした瞬間にマスクがぶっ飛んだりでもしたら、大ヒンシュクでしょう。たとえ予備のマスクを持っていたとしても、いたたまれなくてその電車に乗り続けることはできないに違いありません。いや、マスクが壊れなくても咳やくしゃみをしたら白い目で見られます。私もそばにそんな人がいたらちょっと顔を背けたりしますが…。そう思うと、教室の学生たちはおおらかでした。最後まで私の話を聞いてくれましたから。それどころか、かばんから自分のマスクを出そうとしてくれた学生すらいました。始業日から1か月ほどの間に、学生たちとの間に信頼関係が築けたなと思いました。

でも、まず、安物のマスクはいけませんね。それから、来週から、かばんではなく、スーツのポケットに予備のマスクを仕込んでおくことにします。

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授業後の質問

11月4日(木)

「何か質問、ありますか」受験講座・数学の授業の最後に聞いたら、国からオンラインで参加しているHさんから、「日本は来週の月曜日から入国できると聞きましたが、KCPの学生はいつ入国できますか」と聞かれました。選挙が終わってすぐに留学生などの入国を進めるという話が持ち上がりましたが、私たちにもまだそれ以上の情報は届いていません。Hさんのような学生たちがいつ来ても受け入れられるように、態勢だけは整えておきます。しかし、具体的な日程はまだ全然です。

Hさんの心配は、それだけにとどまりません。隔離がどのくらいの期間になるのか、どの程度厳重な隔離なのか、その間の授業はどうなるのか、不安の種は尽きないようです。こちらもそういった質問にきちんと答えてあげたいのですが、手持ちのデータがちょうど1年前の事例だけですから、Hさんの心を安んじるには程遠いようです。

Hさんに限らず、すべてのオンラインの学生たちが、同じような期待と不安を両脇に抱えていることでしょう。来日が現実味を帯びてきただけに、学生たちはより明確な情報を求めています。単に夢を抱くのではなく、来日後の留学生活をきちんと頭の中に描きたいのです。淡々と受験講座を受けているDさんも、心の奥底では同じように考えているに違いありません。

ただ、先日もこの稿に書きましたが、11月のEJU受験が絶望的だというのが何とも悲しいです。HさんもDさんも、うまくすると来年4月に進学できたかもしれませんが、この分だともう1年余計に時間がかかってしまうでしょう。でも、これを逆手に取るくらいの気持ちで、こちらで勉学に励んでもらいたいです。

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