初練習

10月2日(水)

午後から、来週末K大学を受けるEさんの面接練習をしました。理科系の学生で、ずっと受験講座を受けてきましたから、担任でも何でもありませんが、私が見ることにしました。

まず、姿勢が悪いです。膝から下を、ブランコをこぐときのように椅子の奥に引いてしまい、しかも背中を丸め、目は正面の私ではなく左前方の窓の方を向いてしまっていました。手が落ち着きなく動き、緊張していることがありありとうかがえました。この1年間しょっちゅう顔を合わせてきた私に対してこんなに緊張していたら、本番は絶望的です。

答えの中身もパッとしません。的外れなことを話しているわけではありませんが、メモを取っても何のことだかわからなくなるほど印象が薄いのです。受験講座の際にも“自分のウリな何か”とさんざん問いかけてきたのですが、その効果が全くありませんでした。

EさんはK大学のオープンキャンパスに行っているのですが、その話に全然触れませんでした。大きなアドバンテージがあるのに全く活用しようとしないのです。K大学は東京ではなく京都の大学ですから、そのオープンキャンパスに足を運んだとなれば、面接官の心証はぐっと良くなるはずなのです。どうしてこんなに自分を売り込むのが下手なのでしょう。

このままにしておくわけにはいきませんから、一通りの練習が終わってから、私なりの模範解答を示しました。このぐらいの作戦は自分で立てられなきゃダメじゃないかと心の中で毒づきながら、Eさんの感心したような顔を見ていました。初めての面接練習ですから、緊張するのも答え方のポイントがつかめないのも、しかたがないのでしょうか。

次の練習は、来週の火曜日です。仕上げて来てもらいたいです。

増税

10月1日(火)

週末、家の中で物干し代わりに使っていたツッパリ棒のようなポールが落ちてしまいました。荷重のかけすぎではなく、パッキンがヘタってしまい、壁に対して突っ張っていられなくなったのです。耐用年数をだいぶ超えていたでしょうから、天に召されたと思ってあきらめました。

でも、絶妙のタイミングで寿命を迎えてくれたものです。即刻家の近くのホームセンターに向かい、どうにか消費税8%のうちに新品を買うことができました。ついでに、トイレの洗剤まで買ってしまいました。

さて、税率2%アップの初日、私の税率10%の支払い第1号は、病院でした。病院の診察料は内税ですからあまり切実さはありませんでしたが、確かに前回とは違っていました。3か月に1回行く病院は、診察内容がほぼ同じですから、料金も変わらないのです。違ったのは、まさに税金が上がった分というわけです。

その後、お昼に入ったお店では、値段がわずかずつ上がっていました。テイクアウトにはできませんから、税率10%です。料理本体の値段も上がっていたようですから、食後にゆっくり休ませてもらって、本をゆっくり読んできました。昼食のピーク時の直前には出ましたから、店には迷惑をかけていないはずです。

税金でしなければならないことは増える一方なのに、日本の国にはお金がありませんから、増税はやむを得ないことだと思います。でも、根本的には、この国の(国民の)価値観を変えないと、貧困とか高齢化とかの問題は解決しないでしょう。企業がいかに法人税を節税するかを競っているようでは、日本には未来はありませんよ。

好ましい変化

9月27日(金)

期末テストの試験監督をしましたが、偶然にも午前午後とも同じ教室でした。

午前は上から2番目のレベルのクラス。どの科目も難しい問題で、みんな制限時間いっぱいまで粘って答えていました。でも、提出された答案を見ると、結構空欄がありました。勉強不足だとしたら、ちょっと心配です。

午後は一番下のクラス。できる学生は時間をかなり余していました。「あと10分です。もう一度自分の答えをよーく見てください。「〃」があります・ありません、「っ」があります・ありません、長い音ですか、短い音ですか。大丈夫ですか」と注意を促してやると、それまで机に突っ伏していた学生も最初の問題から真剣に見直し始めます。

午後のクラスは、その後で教室を掃除しますから、椅子をひっくり返して机の上に上げてから帰ることになっています。期末テストの日も同じです。提出した学生は、机の上の消しゴムのかすを小さなほうきで集めて捨てて椅子を上げて帰ります。昔は、すぐ隣で真剣に問題に取り組んでいる友達がいるのに、ガラガラガッシャーンと大きな音を立てて椅子を上げる学生ばかりでした。どうしてこんなに気が利かないんだろうと思ったものでした。しかし、ここ数年は、周りに気を使って、音を立てないように椅子を上げる学生がほとんどになりました。

KCPの教師の指導が劇的に変わったという話は聞いていません。学生の質が変わったんだなと思います。周囲の状況に合わせられるようになったのです。両親がそうしつけるようになったのか、学生の国が豊かになって心にゆとりができたのか、どんな理由かはわかりません。でも、好ましい方向に変わってきたことだけは確かです。

成績も進学実績も、好ましい方向に動いてくれないものでしょうか…。

安心できません

9月26日(木)

すみません、今日は調子が悪くて、学校に休んでいただきませんか。明日は頑張ります、安心しなさい。

これは、昨日この稿で取り上げたKさんから、今朝授業前に送られてきたメールです。学校を休むときには連絡せよと口が酸っぱくなるほど言っていますから、きちんと連絡してきた点は偉いです。しかし、どうです、この文面。文法も語彙もえらいことになっています。昨日の時点では救いの手を差し伸べようかなと思っていましたが、これを見たら進級させちゃいけないなと考えが変わりました。

そして、おそらく、“調子が悪い”はうそでしょう。うそと言ったら気の毒かもしれませんが、学校へ来ようと思ったら来られる程度の調子の悪さだろうと思います。昨日までにテスト範囲の授業や平常テストはすべて終わっているので、テスト前日はうちで一人で勉強した方が効率的だと考えているのでしょう。

Kさんは演劇部の公演のセリフを一気に覚えてしまうぐらいですから、もしかすると試験範囲の教科書や平常テストや宿題などを丸暗記することもできちゃうかもしれません。若者は、時に、私のような年寄りなど想像もつかないようなことをやってのけます。昨日で尻に火がついて、一夜漬けならぬ一昼夜漬けに挑んでいるのでしょうか。

首尾よくそれがうまくいき、めでたく進級したとしましょう。それで来学期、Kさんは幸せでしょうか。「学校に休んでいただきませんか」ですからね。教師に向かって「安心しなさい」ですからね。上がっても周りの学生に置いて行かれるのが関の山じゃないかなあ。

Kさん以外の学生たちは、授業でたっぷり復習をしました。H先生が、間違いやすいところをがっちり訓練してくださいました。

微妙なポジション

9月25日(水)

学期末になり、テストの日程が詰まっています。朝一番で文法テストをし、その後、昨日の文法テストを返却してフィードバックをしました。学生たちはまさに大変ですが、すべてが期末テストの範囲ですから、その練習にもなっていると思えば、その大変さも納得してもらえるでしょう。

Kさんは進級できるかどうかの瀬戸際にいます。平常テストで点が取れず、再試でどうにかしのいでいます。中間テストは合格点を取っていますから落第決定ではありませんが、期末テストで中間テスト並みかそれ以上の点を取らないと、進級は危ういというのが現状です。

しかし、昨日のテストも今朝のテストも不合格でした。今朝の方は惜しいところで減点という問題もいくつかありましたが、昨日のは理解できていない感じの、非常に心配な間違え方でした。あと2日で勉強し直して、間に合うでしょうか。

Kさんは先日のアートウィークの演劇公演で、大活躍しました。直前の練習の時点では自分のセリフも満足に言えず、本番の舞台に立てるだろうかと危ぶんでいました。でも、本番ではセリフを完璧に覚えてきて、見事に大役を果たしました。何せ、Kさんがいなかったらストリーが全く進まないのですから。

この時の話をすると、自信がよみがえるのか、実ににこやかな顔をします。また、火事場の底力みたいに、土壇場に追い込まれてから力を発揮するタイプなのかもしれません。ですから、期末テストも合格点をもぎ取るような気もします。

しかし、それがKさんのためになるかというと、疑問符を付けざるを得ません。進級してから授業に全然ついていけなくなるおそれを消し去ることはできません。かといって、学期通算で合格点を取っている学生に、もう一度同じレベルを勉強することを納得させるのは、至難の業以上のものがあります。

ただ、1つ光明があるのは、Kさんは自ら申し出て、補修を受け始めていることです。面倒を見ているH先生によれば、いくらか上向いてきているとのことです。

まだ期末テストは終わっていませんが、なんだか悩みの多い学期休みになりそうです。

興味あり

9月24日(火)

最上級クラスでは、週の初めの日に最近の気になるニュースを発表することになっています。その中に「佳子さまが外国へ行った」というのがありました。いくつかニュースが上がりましたが、一番盛り上がったのがこの話題でした。

このクラスの学生たちの国には、日本の皇室やイギリスの王室に当たる“家”がありません。ですから、国民誰もが関心を持ち、多かれ少なかれ敬意を抱く対象がありません。それゆえ、皇室の動きには興味が湧くのでしょう。また、佳子さまが学生たちとそんなに違わない年齢だというと、その年齢で日本を代表して外国を親善訪問したということに驚いてもいました。

そこから話が発展して、私は新天皇と同い年だと言うと、一斉に驚きの声が上がりました。同い年に見えるとか見えないとかというのではなく、学生たちにとって身近な存在である私と、はるかかなたの存在である天皇陛下とが、意外に近かったという驚きでしょう。私自身も、浩宮さまと呼ばれていたころから、どこか親しみを感じていました。身長は僕の方が高いなどと、妙なライバル意識も感じていました。まあ、身長以外はすべての面で劣っているんですがね。

私たち日本国民は、日ごろ憲法第1条の天皇は日本国民統合の象徴という条文を意識することはありません。しかし、佳子さまの外国訪問のように、何かの折に皇室のニュースを耳にすると、聞き流してしまうことはないのではないでしょうか。そういう意味で、現憲法が規定する象徴天皇制は、国民の間にがっちり根付いていると言えると思います。

悩み

9月21日(土)

受験講座EJU日本語の授業後、Kさんの進学相談に乗りました。心理学を勉強したいということで、都内のT大学、N大学、S大学を志望校として考えています。これらの大学の“相場”を知りたいというのが相談の内容です。

手持ちのデータを見せると、「6月の点数ではだいぶ足りませんね。11月は50点ぐらい伸ばさないと…」とつぶやいていました。Kさんの成績で合格できそうな大学は東京にはなく、関西になってしまいます。でも、Kさんは東京を出るつもりはありません。じゃあ、11月に50点上積みできそうかというと、受験講座でやった問題の答案を見る限り、疑問符を付けざるを得ません。

最近、定員厳格化で都内の大学の“相場”は上がっています。また、東京だけが日本ではないということも知ってもらいたいこともあり、東京の外の大学を積極的に進めています。今年は、京都の大学の担当者に来ていただいて、進学説明会も開きました。そうやって大いに力を入れているのですが、Kさんをはじめ、学生の気持ちを動かすには至っていないというのが現状です。

思い切りよく自分の国を出て日本へ来た留学生なら、東京・京都間の距離ぐらい目じゃないと思いたいところですが、多くの学生が東京にどっしりと根を下ろしてしまうのです。進学アンケートなどで「進学先は東京以外でもいい」と回答していた学生も、いざ出願となると、東京の大学を選んでしまいます。

東京で生まれ育ったG先生によると、大都会でしか暮らしたことがないと、電車が来ないとかお気に入りの店がないとかという生活には耐えられないのだそうです。また、大都会出身でないと、大都会にあこがれるものですから、結局、学生は東京に集まってしまうとも考えられます。

来学期は、そういう学生を東京から引きはがす大仕事が待ち受けています。

有難迷惑?

9月20日(金)

「えっ、Wさん、再試受けないで帰っちゃったんですか」「はい。期末タスクの面倒を見ていたらいつの間にか消えていました」「いったい、どうするつもりなんでしょう。来学期もWさんのクラスなんて嫌ですよ」

授業後の引継ぎの時に、こんな会話をしてしまいました。来週の金曜日が期末テストで、しかも、月曜日は秋分の日でお休みときています。再試が受けられる日がほとんどないのに、Wさんは不合格の文法テストを2つも抱えています。それも、惜しいところで不合格ではなく、箸にも棒にもかからない、堂々たる正真正銘の不合格です。たとえ期末テストで満点を取ったとしても(取れっこないけど)、挽回不可能でしょう。

そもそも、Wさんに進級しようとする意志があるかどうかも怪しいところです。大学院進学を目指していますが、日本語学校は受験のベースキャンプみたいに思っている節があります。日本語は上手にならなくてもいいというか、自分の日本語力は十分に高いと信じ込んでいます。ですから、入管ににらまれないように授業には出席しますが、授業から何かを得ようという姿勢は感じられません。もう一度同じレベルになったとしても、痛くもかゆくもないのです。自分のペースで進学準備をしていますから、クラスに友達がいなくても平気ですし、友達を作る気もなさそうです。みんな進級したのに自分だけ取り残されても、何とも思わないでしょう。

Wさんの日本語力では、大学院入試が突破できないことは明らかです。専門知識が豊富だったとしても、それを面接官に伝えることはできません。担当教師全員が「王様は裸だ」と叫び続けているのに、その叫びは確実に耳に入っているのに、無視し続けています。

最近、こういう学生が増えてきました。自分で決めた道をひたすら突き進むといえば聞こえはいいですが、無知蒙昧なまま猪突猛進しているにすぎません。でも、こういう学生に限って、すべてが手遅れになってから教師を頼りだすんですよね。そして、最終的にうまくいかなかったら学校のせいにするのです。来年の今頃、初級レベルの主となったWさんに恨まれているのかなあ…。

勝負はいつ?

9月19日(木)

Nさんは今学期から受験講座を始めて、11月のEJUを受けようと考えています。理系科目には少々自信があるようですが、まだ初級ですから、日本語でどれくらい点が取れるか心配しています。6月は230点ぐらいしか取れなかったので、かなりの上積みを狙っています。そううまく事が運ぶでしょうか。

KCPの学則上では、Nさんは2021年3月まで在籍できます。しかし、できれば来春進学したいと思っています。もちろん“いい大学”への進学を望んではいますが、それが無理っぽいところにNさんの悩みの根源があります。300点以上取れれば実現の目も出てきますが、そこまでの自信はないのです。

理科系の場合、若い頭脳で専門について深く考えることが重要ですから、1年でも早くというNさんの考えは間違っていません。無名の大学に進学することが心配なようですが、そこで必死に勉強すれば有名大学の大学院に進学することも可能です。でも、これには4年間必死に勉強すればという重い条件が伴いますから、これがNさんにとって頭痛の種でもあります。また、今の日本語力で大学の授業についていけるかという点にも不安を感じています。

じゃあ、2021年3月までKCPで勉強すればいいかというと、これから1年以上受験勉強を続けることにたえられるかという別の問題が持ち上がります。「その大学なら去年に入れたよね」という学生が、残念ながら、今までに多数発生しています。「初心忘るべからず」と言いますが、これが容易でないからこそ、格言となっているのです。

結局、Nさんはもう1年勉強を続けることにしました。進学するのは1年半後だけど、本当の勝負は来年6月のEJUなんだよと太いくぎを刺しておきました。いずれにしても、来学期は過去問で鍛えて理系科目の自信をつけさせていきます。

最終日

9月18日(水)

Rさんにとっての最後の授業の日は、文法テストで始まりました。いつもと同じように涼しい顔で問題に取り組み、制限時間いっぱいまで入念に答えを見直していました。ペアワークも淡々とこなし、指名されたら几帳面に答え、私が板書したことは一言も漏らすまいとノートに書き留め、始業日から変わらぬ様子で授業を受けていました。

授業の最後に、クラスメートに挨拶をしてもらいました。みんなに聞こえる声で、一言一句かみしめながら、今まで楽しく勉強できたお礼を述べていました。拍手が湧き上がり、Rさんは笑顔で教室を後にしました。

Rさんは今学期の新入生で、アメリカの名門C大学から来ました。学期の初めのころは表情も硬く、めったに言葉を発することもなく、緊張していることが教師側にもビンビン伝わってきました。クラスになじめるだろうかと心配もしました。しかし、3週間ぐらいたったころから日に日に表情が明るくなり、1か月が過ぎるころからは、授業中に積極的に発言するようになりました。やがて、授業中にどんどん疑問点を質問しだし、その質問もさすがC大学の学生という感じで的を射ており、クラスのみんなの信頼を勝ち得ていきました。

学生の冗談にも笑って反応したり、感心した時は大きくうなずいたり、表情も豊かになりました。例文にもその表情の豊かさが現れてきました。学期の最初は指定された文法項目などを盛り込むので精いっぱいだったのに、今ではウィットを利かせた文が作れるようになりました。本当に大きく成長したと思います。

明日からは教室にRさんがいません。なんだか信じられないような気がします。