手書きは最高

4月9日(金)

昨日に引き続き、一番下のレベルのクラスに入りました。日本語ゼロ(に近い)ですから、文字から教えます。ひらがなカタカナの導入は今まで何度もやったことがありますから要点はわかっているつもりですが、オンラインでするのは初めてです。

対面なら、学生が練習しているところを見て回り、変な字やきたないを見つけたらその場で直させます。オンラインだと現行犯逮捕ができないのがつらいです。だから、「シ、ツ」「ソ、ン」の違いを5回ぐらい実演して強調しました。読む方はまあまあ以上にできますから、なおさらきちんとした字を書いてほしいのです。

オンライン授業ならわざわざ手書きをさせなくてもいいのではないかという意見もあります。しかし、KCPに入学する学生はほとんどが進学希望で、志望校への提出書類が手書き指定であることがよくあるのです。そのため、初級の頃から丁寧な字を書く訓練をしておきたいというわけです。

オンライン出願を実施している大学でも、志望理由書や学習計画書は手書きです。ペーパーレスが進む中、取り残されている感じがします。手書きの文字に人柄が現れていると思っているのでしょうか。書き終えてから、細かい所まできちんと見直し、誤字脱字をなくすことができる志願者こそが、根気強く専門の勉強ができると思っているのでしょうか。

日本には手書き信仰みたいなものがあります。世の中にワープロ文書が氾濫する中、手書き文書の価値が高まっています。ですから、大学が上述のような発想をしても不思議はありません。ただ、字があまりに汚い留学生は生活力全般に劣るという傾向があります。今までのKCPの学生を見ていると、そんな気もします。3月末ぎりぎりまで行き先が決まらなかったCさんも、字の汚さは相当なものでした。

昨日からやっている自己紹介をノートに書いて写真に撮ってメールで送れと言ってあります。どんな字が届くでしょうか。楽しみでもありこわくもあり…。

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海の向こうに向かって

4月8日(木)

午前中の日本語教師養成講座の授業はほんの前菜で、本日のメインディッシュは午後のレベル1の授業です。始業日の一番下のレベルですから、プレースメントテストが多少できたとしても、たかが知れています。しかも、今学期の新入生はまだ入国できないままですから、3か国に分かれた学生たちの国に向けてのオンライン授業です。度胸だけで授業に臨みました。

国にいるということは日本語の音声に接する機会が少ない、すなわち聞いたり話したりする経験が大いに足りないということです。ですから、クラスのメンバーが全員初顔合わせでもありますから、何回も何回も自己紹介をさせました。

最初は、「こんにちは。私は金原です。日本の東京にいます。どうぞ、よろしく」なんていうのも滑らかに言えませんでした。しかし、少しずつ文を長くしていきながら何回も練習させているうちに、学生たちは長い自己紹介もすらすらとできるようになりました。わずか3時間の授業で、長足の進歩を示しました。

これには驚かされました。あれだけ違えば、学生たちも上手に話せるようになったと実感できたのではないでしょうか。自己紹介以外はろくな授業をしませんでしたが、成果が挙げられました。また、学生たちは生の日本語に飢えていたのではないでしょうか。だから、こちらの言葉を一生懸命聞き、話すチャンスは逃さずつかんで声を出すという姿勢だったのです。それゆえ、最後には上手に自己紹介できるようになったわけです。

こう書くと素晴らしい授業ができたように思えるかもしれませんが、実は自己紹介以外はろくな授業をしていません。機械的にうまく動かなかったり、操作を間違えたり、こちらの意図が伝わらずに活動が中途半端になったりしました。日本語ゼロに近い学生へのオンライン授業はどう作っていくべきか、再考の余地がたっぷりあります。

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学生を作る

4月7日(水)

「地位は人を作る」ということわざがあります。林家正蔵師匠を見ると、本当にそうだなあと思います。こぶ平時代は、面白いけど父親の三平には届かないという感じでした。正蔵の名跡を継いだ時は「えーっ」と絶句しました。名前につぶされるんじゃないかとさえ思いました。

でも、今はどうでしょう。どっしりとした風格を感じます。誰と向き合っても貫禄負けすることはありません。本人もかなり精進したそうですが、「正蔵」だからこそそうしたのであり、「こぶ平」のままだったら中途半端なお笑い芸人のままだったかもしれません。

もう一人、歌舞伎の松本白鴎さんも、地位に作られた方だと思います。私はNHKの大河ドラマ黄金の日日で呂宋助左衛門を演じた「市川染五郎」の時から知っています。私から見ればかっこいいお兄さんといったイメージの方でした。程なく「松本幸四郎」を名乗るようになると急に風格が出てきて、若々しさから円熟を感じさせられるように変わりました。そして、松本白鴎です。円熟を超えて伝統の重みがほとばしり出てきました。正蔵師匠同様、名跡にふさわしい芸を磨き続けたのでしょう。

明日から新学期です。私はレベル1を担当します。今学期レベル1に入学した学生は、2年後の卒業の学期には超級クラスに在籍しているはずです。日本語も日本もわからずおどおどしていた学生が、進級するにつれて自信を持ち、卒業の頃には押しも押されもせぬKCPの看板にまで育っている――そんな成長のドラマを見ていくのが楽しみです。

KCPでは、レベルが学生を作るのです。

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ありがたさ

4月6日(火)

先週の入学式に続き、進学コースのオリエンテーションをオンラインで行いました。学生のいる場所を選ばずに話し掛けられるのは結構なことですが、やっぱり手ごたえが頼りないです。生身の学生を目の前にすると、良くも悪くも感情が湧き上がってきます。オンラインは、それが弱いのです。

昔、東海道新幹線が開通した時、東京・大阪間が日帰りできるようになり、仕事がはかどると期待されました。しかし、実際はそれほどでもなかったそうです。「遠いところ、わざわざおいでくださった」という無言の推進力が亡くなってしまったからではないかと、作家の宮脇俊三氏は分析していました。

私は新入社員の時、山口県の工場に配属されました。たびたび東京まで出張し、社外の人に会いました。「山口県…」と所在地が書かれた名刺を渡すと、ほぼ一様に「遠いところわざわざ…」という感謝と恐縮が入り混じったような反応を示されました。私がいたところは航空便が使いにくく、また、当時はのぞみ号が運転される前でしたから、東京までひかり号で約6時間かかりました。

千葉に転勤になってから同じように東京で名刺を渡しても、山口の名刺の神通力はありませんでした。気安く呼び出されることも多くなったような気がしました。

オンラインは海を越えてつながることができます。でも、万里の波濤を乗り越えてKCPまで来てくれたという、学生への畏敬の念が、私の心の中で薄まってしまったような気がします。日本へ来られなくて気の毒にという同情心もありますから、それでプラスマイナスゼロかな。

出張の代わりに激増したと言われているオンラインでの商談は、どのくらいうまく進んでいるのでしょう。今の若い人たちは、生身で会うのと同じように仕事ができると信じたいです。

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楽しみを奪われました

4月5日(月)

私は、12時ごろから1時半ごろまでは昼食を避けています。混雑のピークに、短時間とはいえ無防備な姿をさらしたくないですから。

2時過ぎでしたが、お昼に入ろうとしたお店はけっこう混んでいました。5人のグループが2つ、食事をしていました。でも、料理の残りが少なかったですから、私の料理が出てくることには食べ終わって出ていくだろうと踏んで、そのまま入りました。もう少し遠くまで行くことも考えましたが、雨が小やみになった瞬間を見計らって出てきていましたから、近場で済ませたかったのです。

注文して、料理が出てくるまでは、いつも本を読んでいます。実は、私のランチタイムは、半分以上読書タイムなのです。ちなみに、今読んでいる本は「大河ドラマの黄金時代」という本です。子どもの頃や学生時代に見た大河ドラマがよみがえってくるので、面白くて時間を忘れてしまいそうになります。

その本を数ページ読んだところで料理が出てきました。5人グループ×2は思ったより食事のスピードが遅く、まだスープをすすったり肉をつまんだりしていました。そんな状況でマスクを外すのは気が引けましたが、お持ち帰りにするわけにもいかず、口も鼻もあらわにして食べ始めました。

食べている最中も、あいつらいつまで食ってやがるんだと、気が休まりませんでした。味やにおいは感じましたから、感染はしていません。5人グループ×2はそのうち食べ終わりましたが、ご歓談が始まっちゃったんですねえ。談笑というほどではありませんでしたが、マスクを外したまま、地味に盛り上がっていました。店員さんが食器を片付けても、まだしゃべっていました。

私も食べ終わってしまいました。本来なら店で食休みも兼ねて読書にふけるのですが、5人グループ×2のじわじわと響いてくる話し声に追い立てられてしまいました。もう1セクションぐらい読めたのになあ…。

政治家や厚労省の宴会もこんな感じだったのでしょう。5人グループ×2よりも大声で派手にやっていたに違いありません。東京中、日本中こんな感じだったら、“まん防”などとのんびりした愛称の規制なんか、効き目がないこと疑いありません。

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五郎さん

4月3日(土)

俳優の田中邦衛さんが亡くなりました。私の世代では、田中邦衛さんといえば「北の国から」の五郎です。DVDなどではなく、毎週金曜日の10時からフジテレビの放送を見ていました。シナリオが発売されたので、それも買いました。誠実だけど不器用で危なっかしい五郎に、引き込まれていました。麓郷までは行きませんでしたが、富良野の街は歩きました。

死因は老衰だそうです。88歳で老衰というのは少し早いような気もしますが、大往生だったのでしょう。少なくとも、去年の志村けんさんに比べれば、やるべきことはやったという感じで天に召されたのではないでしょうか。

ニュースでは代表作として「北の国から」を挙げています。ご本人もその気持ちは強かったでしょう。そういうだれもが認める代表作が持てたことを誇りに思っていたのではないかと思います。田中邦衛さんが五郎を演じたのが50歳になる直前。あまりに若いときに代表作を持ってしまうと、それが重荷になってしまうこともよくありますが、アラフィフならそんなこともありません。絶妙の時期でした。

その年齢に、純と蛍、吉岡秀隆さんと中嶋朋子さんがなっています。純と蛍はお2人にとって20年以上演じ続けた分身のような役ですが、それに押しつぶされることなく立派な俳優に育っています。ここでもう一つ、田中邦衛さんのように後半生を代表する作品に巡り会えると、名優として語り伝えられるでしょう。

ご遺族によると、葬儀は行わないそうです。でも、純と蛍はお別れとお礼の言葉をかけたいんじゃないかな。葬式は生きてる人のためにあるって言いますが、本当にそうだと思います。

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リクルートスーツ

4月2日(金)

リクルートスーツそのままといったいでたちの若者が、学校の周りにも出現しています。マスク越しに笑い声も聞こえましたが、新入社員に皆さんには、もうしばらく緊張の日々が続きます。去年も同じ光景を目にしていたはずなのに、よく覚えていません。患者数は今の方がずっと多いのに、慣れなのでしょうか、余裕なのでしょうか。

KCPでも、入学式を行いました。去年の1月期以来、1年3か月ぶりです。現時点で新入生は入国できませんから、KCP史上初のオンラインでの入学式です。

挨拶をする立場としては、授業でだいぶ鍛えられたとはいえ、画面やカメラに向かってしゃべるのは、やりにくいですね。やっぱり、私の話を聞いてうなずいてくれる人が目の前にいてほしいです。それに、入学式は事前に原稿を書いてその翻訳が画面に出ますから、あんまり脱線するわけにはいきません。日本語がわからない人たちばかりだから日本語と翻訳に違いがあってもわからないという考えもありますが、それは不誠実な感じがして、やりたくはありません。そうすると、なおのこと、いつものペースに乗れなくなってしまうのです。

新入生はオリエンテーションやプレースメントテストを受けた後、オンラインで授業です。日本が開国したら一刻も早く入国して教室での授業に加わってもらいたいです。日本で進学するつもりなら、国にいるうちから周到な準備を始めておいてほしいです。そして、来日したら、リクルートスーツの新入社員よりずっと打ち解けた表情で学校の周りを歩いてください。

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証書

4月1日(木)

新年度を迎えましたが、まだまだ昨年度を引きずっています。午前中は進学データの抜け落ちを埋めていきました。午後一番には、3月の卒業生のTさんが来ました。

Tさんは卒業式当日が受験日だったので、証書がもらえませんでした。進学先が決まったことの報告と、KCPを離れる際の諸手続きを兼ねて、卒業証書を受け取りに来たのです。

Tさんとは、オンラインでばかり付き合っていました。同じクラスの学生の中には、オンラインとなるといい加減なことばかりしていた学生もいましたが、Tさんはそういう学生ではありませんでした。打てば響くような鋭さはありませんでしたが、階段を1段ずつ上ってきていることがわかる学生でした。

しかし、受験に関しては焦点が定まりませんでした。変な情報をつかまされては右へ左へぶれ続けていました。1本芯が通っていれば、去年のうちに進学が決まっていたはずです。それなのに「必ず受かる」とか言いながら無茶な受験をしては不合格を重ねました。あげくの果てに、ビザが出ない募集に応じようとし、担当教員総出で出願をあきらめさせたこともありました。

授業態度を見る限り、努力をいとうタイプだとは思えません。進学が無理なほどの日本語力でもありません。にもかかわらず、受験に関しては、逃げて回ったり真っ当な道を進もうとしなかったりしていました。結局、1年前に挙げた志望校とは似ても似つかぬ進学先になってしまいました。自分に自信が持てなかったのでしょうか。

JASSOの調査によると日本語学校生が激減しているとのことです。だから今年の留学生入試は楽になると考えて、危ない橋を渡ろうとする学生が現れるような気がします。そうすると、Tさん2世が生まれてしまうかもしれません。

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春ですね

3月31日(水)

「1月は行く、2月は逃げる、3月は去る」とはよく言ったもので、今年も3か月が過ぎてしまいました。世の中は、緊急事態宣言が出され、解除され、でもまた感染が広がりつつあるという、振出しに戻るみたいな感じでした。KCPはというと、泣く人も笑う人もいましたが、学生の進路がバタバタと決まり、卒業していきました。

進学実績を全体的に見ると、例年並みではないでしょうか。今シーズンは、昨シーズンまでとは大きく違う特殊な条件下での戦いでしたが、それがKCPの学生たちにとって有利に働いたとも不利益を被ったとも言えない状況です。もちろん、個々の学生レベルで見れば、望外の喜びを得たりまさかの結果に愕然としたり、文字通り人それぞれでした。見方を変えると、この状況を追い風にすることができなかったとも言えます。向かい風に吹き飛ばされてしまった学生も少なくなかったです。

じゃあ、どういう学生にとって追い風だったかというと、早くから動き始めた学生や、失敗に懲りて素早く軌道修正した学生や、志望校や学問に対する思いの強い学生や、焦らず腐らず努力を続けた学生です。結局、今までも成功したタイプの学生が勝者となったという、当たり前すぎる結論になりました。

この3か月の気象データも見てみました。今冬の一番寒かった時期は、1月の10日前後でした。最低気温が氷点下の冬日が続きました。しかし、今朝はコートなしでも全く寒さを感じませんでした。学校の中では、新入生を迎える準備が始まっています。3か月後は、汗をふいているんですよね…。

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手を離れる

3月26日(金)

今学期の進学データを整理しています。これから合否発表という所もありますが、それによる変動は“修正”程度でしょう。誰がどこを受けて結果はどうだったか、EJU、JLPT、英語試験の成績は何の科目が何点だったか、そういったデータをまとめています。

入学時に比べて大きく伸びた学生もいれば、伸び悩んでしまった学生もいます。同じような成績なのに結果は明暗が分かれてしまった例もあります。このデータに、授業中の態度や入試の準備の進め具合など、その学生を担当した教職員からの情報を付け加えると、その学生がKCP在籍中にどのように歩んできたかが見えてきて、同時に、私たちの指導の良し悪しも浮かび上がってきます。

そんなことをしていたら、Cさんが進学先や入管に提出する書類を受け取りに来ました。Cさんは、卒業式当日が試験日だったので、卒業証書をもらっていません。ついでと言っては何ですが、それも受け取っていきました。

そのCさん、11時に来ると約束したのに、姿を現したのは11時45分でした。大幅に遅刻するという連絡は、ありませんでした。入学以来、こういうだらしなさがあり、改まることはありませんでした。何校受験しても、出願書類が出来上がるのは消印有効日の夕方でした。間に合わなかったこともありました。受験日に向けて試験準備をすることもなく、不合格を繰り返しました。

Cさんは、入学直後に受けたEJUですばらしい成績を挙げました。しかし、そこから全く進歩がありませんでした。希望の星が、いつの間にかお荷物になっていました。Cさんのクラスの教師が総がかりでどうにかこうにかつかんだ進学先です。精神的にも大人になっていくでしょうから、就活か院試の時には、持てる力を存分に発揮してもらいたいです。KCPの教職員は、もうお世話をすることができませんが…。

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