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頭を切り替えて

1月19日(土)

6月のEJUを受ける学生のための、読解の受験講座が始まりました。読解の問題に取り組む前に、11月のEJUの総括と、私立大学の定員厳格化に伴う影響について、出席した学生たちに話しました。

学生たちの志望校にもなっている都内の有名私立大学が、志願者は増えているにもかかわらず、軒並み合格者を減らしていることをデータで示すと、教室内は重苦しい空気が沈滞し始めました。学生たちの当面の目標となっている日本語300点は上から24%ぐらいで、飛び抜けていい点数ではないという話をすると、いったい何点取ればいいんだとう顔つきになりました。

今シーズンの合否状況を見ると、どの大学も合格ラインが上がっている気がします。EJUでこのくらい取れば面接でよほどの失敗をしない限り受かるだろうと考えていた学生が、何名か落とされています。失敗とまではいかなくても、面接で競り負けたのでしょう。競り勝つには、よほどしっかり“自分”を持っている必要があると感じさせられました。私たち教師は、そういうレベルにまで学生たちを引き上げなければならないわけです。

今から勉強と練習を始めれば、そして6月まで継続できれば、かなりの実力の貯金ができます。そして、教師もそうですが、学生たちも大学のレベルの“相場”を改めるべきです。受験指導のためにいくつかの大学の合否ラインを探ってみましたが、私自身、自分の相場観が狂っていることを思い知らされました。昔から大天狗様は落ちまくると決まっていましたが、大天狗様でなくても頭の中がノスタルジーだと競争に敗れてしまうということを、今シーズンの結果は物語っています。

喜びと焦り

1月18日(金)

BさんがK大学に合格しました。本人としてはいけるだろうと思っていたM大学がダメだった後だけに、喜びもひとしおのようでした。これから国立大学の試験が控えていますが、のびのびと戦えそうです。

Bさんは先学期の中ごろからノイローゼ気味で、引きこもり状態に陥ってしまった時期もありました。入学したばかりのころは明るく社交的だったのに、いったいどうしてしまったのだろうと心配もしました。各方面からかなりのプレッシャーを感じていたのでしょう。友だちがどこかの大学に受かったというニュースも、Bさんを追い込むことになったのではないかと思います。家族の応援も教師の期待も、Bさんにとっては重荷だったのかもしれません。

最近、親の意見に縛られて身動きが取れなくなってしまった学生が増えてきたように思えます。もう1年KCPで勉強して日本で進学しようと思っていても、親から3月までと厳命されて、進路変更を余儀なくされている学生も、私が知っているだけで複数名います。かつては、親と大喧嘩をしてまでも自分の意志を通そうとした学生もいましたが、今はそういう話を耳にしません。

Oさんは、親に期限を切られた上に帰国の道を閉ざされ、焦っています。中級の段階でKCPを出ざるを得ず、「志望校」ではなく「受験可能校」を手当たり次第に受けています。ご両親がどういう考えでOさんを留学させたかはわかりませんが、これでは子どもの将来をつぶしてしまうのではないでしょうか。これでは日本留学が青春の無駄遣いになりかねないと危惧しています。

その他、合格発表があったはずなのに結果報告に来ない学生多数。泣きつくのだったら、今のうちです。手遅れになったら、どうしようもありません。

悩みます

1月17日(木)

年が明けると、主だった私立大学の留学生入学試験は終わり、続々と合否発表が行われます。そして、戦いの場は国公立大学に移っていきます。また、行き場の決まらない学生は、第2期、第3期の募集をしている大学への出願を考え始めます。

Aさんも結果待ちを何校か抱えていましたが、そのうちの1つがだめだったので、もしもの場合に備えて動き始めました。11月のEJUで思ったほどの点数が取れなかったので、国公立の出願戦略も立て直さなければなりません。そういうわけで、午後、Aさんの進路相談に乗りました。

国公立大学の留学生入試は大学ごとに自由に日程を設定してもよいのですが、日本人高校生の入試が行われる2月25日に一緒に実施されることが多いです。ですから、この日にどこの大学を受けるかが最大のポイントになります。それ以外の日に入試がある大学も組み合わせて、Aさんは3校ぐらい受けようと考えています。それをどういう組み合わせにするか、いっしょに考えました。

Aさんは「東京」にこだわりませんから、私が地方にも目を向けろと説得する手間が省けました。Aさんが出した条件に合う大学はどこかということを中心に話を進められました。いくつかの組み合わせパターンを示し、Aさん自身がネットなどで調べて最終決定することにしました。

夕方、去年の卒業生Mさんが来て、近況報告をしてくれました。日本人にとっても難関とされる資格試験に挑戦しましたが、それはさすがに失敗しました。でも、失敗を糧に挑戦を繰り返していけば、卒業までには受かるのではないでしょうか。1年生のMさんは、まだまだ伸び盛りですから。そうそう、髪もちょっと染めちゃってましたから、「恋人できたの?」なんてからかったら、あわてて否定していました。若干怪しいですね。

来年の今頃、AさんもMさんと同じように、うまくいったこともいかなかったこともにっこり笑って報告に来てくれるでしょうか。それは、今週末から始まる合格発表と、国公立出願戦略にかかっています。

引退

1月16日(水)

横綱稀勢の里が引退してしまいました。先場所も今場所も1勝もできなかったのですから、また、左腕のけがが完治する見込みも薄いのですから、やむをえない選択だと思います。横綱昇進の場所に負傷して以来、満足な相撲が取れなかったのが残念だったのは、誰よりも稀勢の里自身です。不完全燃焼の引退じゃないかと思います。

もう1つ不完全燃焼の原因を言わせてもらうと、師匠に恵まれなかったことではないでしょうか。稀勢の里は元横綱隆の里が起こした鳴戸部屋に入門しました。現在の稀勢の里の師匠である田子の浦親方(現役時は「隆ノ鶴」)は、鳴門部屋では先輩後輩の関係でした。いや、稀勢の里は番付面では隆ノ鶴を追い越してしまったので、隆ノ鶴のほうが稀勢の里を上位者として一歩下がった形で対していたかもしれません。いくら10歳年長とはいえ、同じ釜の飯を食っていた、番付上では下位者を心の底から師匠と思えたのかなあと思っています。

隆ノ鶴が稀勢の里の師匠になったのは、元横綱隆の里の鳴戸親方が急逝したからです。しかも鳴戸親方が亡くなったのは、稀勢の里が大関に昇進する直前です。精神的な支えを必要としたときに、最も頼りとなるはずだった人が消えてしまったのです。稀勢の里は、大関になってから伸び悩みます。もし、隆の里の鳴戸親方が生きていればと思うことが幾度もありました。そして、ワンチャンスでつかんだ横綱昇進。そこまではよかったのですが、その後苦境に立たされた稀勢の里を支えるには、前頭8枚目が最高位の田子の浦親方では役者不足だったことは否めません。隆の里の鳴戸親方だったらここまでボロボロになる前に、稀勢の里に何かしてあげられたんじゃないかと思わずにはいられません。

私も「稀勢の里」を生んでいないか、とても気になります。

成人の日

1月15日(火)

昨日は1月の第2月曜、成人の日で休みでした。成人式らしい人を2人ばかり見かけました。でも、私の感覚では、成人の日はいまだに1月15日です。調べてみると、ハッピーマンデー制度によって成人の日が1月15日ではなくなったのは2000年のことで、もうすぐこの制度ができてから生まれた人たちが成人式を迎えるのですね。

今年のKCPの成人式は、古式に則ったわけではありませんが、本日・1月15日でした。この日が成人の日だったのは元服の儀式が行われたことにちなむので、本当は軽々しく動かすのはいかがなものかと思います。でも、元服の頃の1月15日はもちろん旧暦で、現在の暦とは時期がだいぶ違いますから、あんまりこだわってもしょうがないとも言えます。

式は昼休みに行われました。せっかく本来の成人式の日である1月15日になったのに、儀式らしく正装で参加した学生が少なかったのは残念でした。でも、きちんと成人式の意義を理解してスーツ姿で来てくれた学生を見ていると、うれしくもあり、こちらも気を引き締めねばと思えてきます。

大人になるとは、“すごい”と思われることが少なくなることだと挨拶しました。できて当たり前、して当然と思われることが多くなるのです。それは責任が増すことにも自覚が求められることにもつながります。こういった周りからの期待に応えていかねばならないというプレッシャーも感じることでしょう。それらを乗り越えて、家族からも友人からも教師からも一目置かれる存在になることが、大人になることなのだと思います。

正装で式に臨んだ学生たちは、大人の自覚が芽生え始めているんじゃないかなと思いながら、スピーチを終えました。

その研究、何の役に立つの?

1月12日(土)

大学や大学院を受験した上級の学生に、面接でどんなことが聞かれたかというアンケートをしました。その結果をまとめました。

まず、どうして大学・学部・学科などを志望したかという、きわめてオーソドックスな質問です。これが答えられなかったら、受験する資格がありませんね。大学院入試だと、どうしてその研究室を選んだかという質問も、受験生としては完璧に準備しておかなければなりません。また、留学先として日本を選んだ理由などというのも、こちらのグループでしょう。

入学後の生活についての質問も、外せません。一番勉強したいこと、勉強以外でやってみたいこと、入りたいサークルなどがよく聞かれるようです。専門学校の優待生入試では、優待生として学校にどんな貢献をしてくれるかなんていうことも聞かれたそうです。

大学院入試では、研究の意義を厳しく問われています。その研究は現実の社会でどのように役に立つかとか、将来における研究の価値とか、学生たちはうまく答えられたのでしょうか。また、研究テーマについて今までどれくらい深く考えてきたかについても突っ込まれています。要するに、研究に打ち込む姿勢と覚悟を示せということだと思います。大学院は志願者が急増していますから、研究戦力となる学生を選び取ろうとしているのです。

意外だったのが、少なからぬ学生が面接の場で自己紹介をさせられたということです。アイスブレークを兼ねているのでしょうが、ここでつまずくと、面接時間じゅうずっと尾を引きそうです。私も面接練習のときに何人かの学生にいきなり自己紹介をさせてみましたが、想定外の攻撃だったのでしょうか、上級の学生でもおどおどと答えていました。

このアンケートも参考にして、今シーズンの受験の最終決戦に備えます。

緊張感

1月11日(金)

国立大学を狙う人たちはこれからが本番で、ピリピリした雰囲気を漂わせながら新学期の教室に入ってきた学生も少なくありませんでした。街を吹き渡る肌を刺す北風とともに、教室や図書室にこの空気が流れ出すと、私は真冬を感じます。

今年のKCPの冬将軍はMさんでしょうか。昨年末ぐらいから頭が入試でいっぱいになっていることが、手に取るようにわかります。ちょっと飛ばしすぎじゃないかなあ。本番までまだ少し時間があるのですから、1人で10人分の緊張オーラを振りまいていたら、試験日に面接官に向かって発すべきオーラが涸れてしまうじゃないですか。

その点、Sさんはのんきなものです。関西の大学を受験しがてら、3連休は国から来た家族と一緒に旅行だそうです。もちろん、受験した大学に受からなければただの記念受験になってしまいますから、受験までは遊びたい気持ちは抑えてもらわなければなりません。でも、これぐらいのお楽しみがあったほうが、試験勉強にも身が入るんじゃないかな。

どこも行き先が決まらないまま卒業の日が近づいてくるというのは、だんだん追い詰められていくようで、学生にとっては居心地の悪いことだと思います。日本語学校には最長2年までしかいられませんから、3月末までに進学先が決まらなかったら、帰国しなければなりません。そのため、日本人の受験生にはないプレッシャーがかかります。

新学期早々、そんな学生を集めて進学相談会を開きました。ほとんどの学生が最悪の場合に備えて何か考えていましたが、Hさんはそこまでの覚悟がなさそうでした。卒業後も漠然と日本で暮らすことしか考えていないHさんは、根拠のない「大丈夫です」を繰り返すばかりでした。その楽観主義を徹底的にたたきつぶし、どうにかこうにか最悪の想定をさせました。

これから、胃の痛くなる季節が続きます。

懐かしい顔

1月10日(木)

毎学期、始業日の前日は、アメリカの特別プログラムで入学した学生の歓迎会があります。ほとんどの学生が初級に入り、そんなに長期間在籍することもあまりないので、上級を中心に教えている私にとっては一期一会みたいなパーティーです。たまに初級のクラスに代講や試験監督などで入ると、そういえばこいつとパーティーのときに話したっけなあなんて思い出すこともあります。

午前中の養成講座の授業を終えてパーティー会場に駆けつけ、テーブルに並んだ料理をつまもうとしたら、「先生、お久しぶりです」と声をかけられました。こんなところに知り合いはいないはずだけど…と思いながら声がする方に顔を向けると、笑みをたたえたMさんが立っていました。「ああ、Mさん、お元気でしたか。何年前だったっけ」「4年前です」「ええっ、もうそんなになるの? じゃあ、今度はレベル5?」「はい、そうです。あの時、とても楽しかったですから、また来ちゃいました」。

Mさんは4年半前の夏学期に、私のクラスで勉強しました。実力的に余裕があるわけではなく、毎日必死に食らいついていました。悲壮感すら漂わせていました。でも、その甲斐あって、学期の最初はクラスで下位の成績でしたが、期末テストでは全ての科目で優秀な成績を収めました。そして、また日本へ来るチャンスはないかもしれないと寂しげに言い残して、プログラムの終了とともに帰国しました。

Mさんは「楽しかった」と言いましたが、あの鬼気迫る表情からすると、「苦しい」面も多分にあったと思います。それでもまた来てくれたということは、きっと満ち足りた日々が送れたに違いありません。充実感と達成感に浸りたくて、もう1つ上のレベルに挑戦しようと思ったのでしょう。

Mさんのような学生に出会うと、こちらもやる気が湧いてきます。新しいクラスでも、“Mさん”を育てたいです。

入学式挨拶

みなさん、本日はご入学おめでとうございます。このように世界の各地から大勢の方々がこのKCPに入学してくださったことをとてもうれしく思います。

先学期、新聞記事を教材にした上級クラスでの読解の授業でのことです。今の日本のありようを批判的にとらえたその記事を読んだある学生は、「東京は日本で一番有名な町だけど、日本を代表する町ではない」と自分の意見を述べました。

その記事は東京の現状について書かれているけれども、今の日本が遍くそうだというわけではない。東京の人はここに書かれているようにふるまうけれども、東京以外に住んでいる人たちの行動様式はこれとはだいぶ違う…ということが言いたかったようです。

実に鋭い意見だと思いました。その学生は日本へ来て1年半ほどですが、日本をよく観察しています。また、日本をより深く知ろうともしています。確かに、東京が抱える諸問題と東京以外の地方の喫緊の課題には大きな差異があります。例えば東京は電車の混雑をどうにかしなければならないことが鉄道会社にとっても行政にとっても大きな問題ですが、乗客が減り続けて廃線の危機に瀕している鉄道会社とそれをどうにか防がねばと頭を悩ませている自治体も数多くあります。そういうことも踏まえ、東京を知ったとしても日本を知ったことにはならないと言おうとしたのでしょう。

また、東京は国際的な町だとも言われます。しかし、これは裏を返せば世界のどこの大都市とも共通性があり、みなさんの国の大都市の様子に一番近いのが東京だということでもあります。東京の生活に慣れたといっても、それは自分の国の町からほんのちょっと外側にある町の空気が吸えるようになったというに過ぎません。

東京だけを見て日本を知った気にならないでください。みなさんが国で得てきた現代の日本像は、東京像と言っても差し支えないでしょう。その日本像を東京で再確認するだけでは、わざわざ日本へ来た意味がありません。しかも同国人のコミュニティーの中で暮らしていくとしたら、国で勉強していたほうがよっぽど効率的かつ経済的です。

ですから、努めて外を向いてもらいたいのです。自分の国では体験できないことを体験するのが留学の意義だとしたら、1つでも多くの異質に触れることで留学の価値が決まるのだとしたら、東京で学校の宿題とゲームにだけ明け暮れる生活は意味がありません。留学を通して新たな視点を養いたかったら、居心地の悪さは覚悟の上で、苦労が伴うことも承知の上で、新たなフロンティアへと踏み出して行く必要があります。

さらに、外国人労働者受け入れ拡大政策によって、日本の国の外国人に対する姿勢が大きく変化しようとしています。みなさんがKCPを卒業し、日本で進学し、その進学先を卒業する頃には、留学の意義と価値が今以上に問われる社会になっていることと思います。留学という隠れ蓑をまとい、サブカルを楽しむだけの学生生活を送っていたら、数年後の日本社会から弾き飛ばされてしまうでしょう。

しかし、これは同時に、東京だけではなく日本を真に理解し、日本社会やひいては世界に貢献しようという人材に成長していけば、未来は限りなく広がってくるということをも意味します。視点を東京の外に移し、自分の国も日本も東京も客観視できる目を養ってください。そのためには、私たち教職員一同、喜んで手をお貸しいたします。

本日は、ご入学本当におめでとうございました。

神様を生む

1月8日(火)

「留学生って、すごいんですね」――何がどうすごいんだと思いますか。養成講座の文法で日本語の動詞の話をしたら、養成講座の受講生のみなさんが異口同音にこんな感想を漏らしました。

普通の日本人は、動詞の種類とか活用形とか意識しません。意識しなくても使い方を間違えることはないのですが、五段動詞か一段動詞かとか、活用形を導き出すルールとかを問われると、すぐには答えられません。授業見学でそういうのをすらすら答えたり、あっという間に活用形を作り出したりする留学生を見ていたので、「留学生はすごい」という感想になったのです。

日本語の動詞は、英語やフランス語やドイツ語などの動詞に比べたら活用の規則性が高いです。しかし、活用形を作るルールは厳然と存在し、日本語学習者はそれを覚えて瞬時に使いこなさなければなりません。その日本語学習者に日本語を教える日本語教師は、そのルールについて精通し、少ないとはいえ存在する例外も落とすことなく教えていかねばなりません。

感心したりつまずいたりで、動詞の話は1回では終わりませんでした。これも想定内のことです。でも次回は自動詞、他動詞、瞬間動詞、継続動詞、状態動詞、第4の動詞、変化動詞、動作動詞など、今回以上の山場が待ち受けています。そのまた次は助詞ですから、さらにもっと大発見とその反動の大混乱があるでしょう。それを通り抜けた頃には、留学生は神様になっているかもしれません。

日本語教師は、その神様を育て上げる職業です。聖職者であってもおかしくないのですが、神様の受験指導をしていると、泥臭い聖職者だと思わずにはいられません。