Category Archives: 試験

塗って泳ぎきる

4月15日(土)

今学期の受験講座が始まりました。EJU読解の過去問をやらせました。解答用紙を回収して採点したところ、課題が2つ浮かび上がってきました。

まず、規定の40分で25問解けない学生が少なくありませんでした。最後の5問ぐらいが白紙だったり3番ばかり塗られていたり、後半の正答率がガクッと落ちたりという解答用紙が目立ちました。学生たちの内心の焦りと無念と屈辱と困惑と…が伝わってきました。

それから、時間が足りなかったこととも関係があるでしょうが、マークのしかたが雑な学生も多かったです。マークシート方式のテストは国でも受けたことがあると思いますが、解答番号を塗りつぶすのではなくチェックを入れただけという学生すらいました。そこまでいかなくても、おざなりのマークで番号が透けて見えるような、どう考えてもコンピューターに採点してもらえないような塗り方がある解答用紙が半分ぐらいでした。

特に今学期の新入生がひどかったですね。ほぼ全員が“問題あり”の答案でした。この学生たちは、40分で25問を解くというのが初めてだったかもしれません。時間配分がわからず、また、わからない単語が1つでもあると、それに引っかかって前に進めなくなっていたのではないかと思います。受験のテクニック以前の、心構えの段階がまだまだなのです。

そう考えると、KCPで何学期も勉強してきた学生は、実によく訓練されています。とにかく25問まで泳ぎきっています。マークシートも几帳面に塗っています。新入生の多くが6月のEJUを受けますが、あと2か月と3日で点が取れるマークシートに仕上げていかなければなりません。月曜日に私の辛辣コメント付きの解答用紙を受け取り、それをばねに伸びていってもらいたいです。

地下水流

3月29日(水)

最上級クラスの期末テストの採点をしてみると、大学院で日本語教育を専攻することにしているSさんは、さすがにそれだけのことがあるという成績を挙げています。正解者がSさんしかいなかった問題もありました。その一方で、今年大学受験の予定のYさん、Hさん、Cさんあたりは少々振るいませんでした。この学生たちはそれなり以上の難関校を狙うつもりでいるようですが、先行きに暗雲が垂れ込めているような成績でした。

何より、筆答問題に十分に答えられていないのがとても気になります。3人とも話す力は十分ありますが、書く力には不安を覚えざるを得ません。選択問題のおかげでテストの点数は合格点に届いていますが、この学生たちが考えている大学の入試には日本語の独自試験や小論文などがあります。EJUだけで勝負が決まるならともかく、筆答問題を苦手にしていては、未来が開けてきません。

実際の入試までにはまだ少し時間がありますが、今のうちから頭の中の考えを文字化する力を鍛えていかないと、不完全燃焼のまま入試シーズンが過ぎてしまいかねません。私が来学期この3人を受け持つかどうかはまだわかりませんが、新学期の担任の先生には是非引き継いでおきたいです。

もちろん、3人にはこのことをはっきり伝えます。好きなように勉強させておいたら絶対に筆答問題の練習はしないでしょうから、意識してそういう訓練を積むようにアドバイスします。テストの成績とともに、いやでも苦しくてもあらゆることを文章で表現することこそが明るい未来につながると訴えていきます。

3人にとっても、ここでどこまで踏ん張れるかが日本留学の正否を決めます。そして、自分の人生をかけて日本留学をしているのですから、これからの半年あまりが人生の分かれ目なのです。学期休みでのんびりしているかもしれませんが、実は結構大変なことになっているのですよ、Yさん、Hさん、Cさん。

観察記録

3月24日(金)

期末テストの楽しみは、ふだん出会うことのない学生との触れ合いがあることです。午後は初級クラスの試験監督でしたが、知っている学生は1人だけでした。ですから、知らない学生がどんな学生かあれこれ想像を働かせてみます。問題の解き具合を見て、この学生はできそうだとか、進級がちょっと危ないのではないかとか、机に向かう姿勢から、勉強が好きそうだとかそうでもなさそうだとか、妄想を膨らませています。

試験監督の役割は不正の未然防止ですから、まじめな学生のクラスだとこれといってすることがありません。午前中のテストの採点をすることもありますが、熱中してしまうと本末転倒になりかねません。試験問題を解いてみるのもいいですが、それだってすぐに終わってしまいます。そうなると、学生観察に勝るひまつぶしはありません。

問題の解き方を見ているのも面白いですね。Aさんは注意すべき助詞に〇をつけて、慎重に言葉を選びながら答えを書いていました。Bさんはやや小さめの几帳面な字で、上級のよくできる学生たちの書く字に似ています。Cさんは読解の問題文の要所要所に線を引いていますが、その線が多くなりすぎて何が何だかわからなくなりつつあります。Dさんは、選択問題の答えを選ぶと、マークシートよろしくその番号を塗りつぶしました。〇で囲むのが普通で、レ(チェック)をつけるとか、選んだ記号を問題の横に書くとかはよく見かけますが、鉛筆で塗りつぶした学生は初めてでした。

それから、最近の学生は品がよくなったと思います。最後の科目は時間前でも提出したら帰ってもいいのですが、その時いすを机の上に上げます。かつては“ぐわっしゃーん”と隣の教室にも響きそうな音を立てる学生ばかりだったものですが、近頃は音がしないように細心の注意を払う学生が大半です。先生方の教育のなせる業だと信じたいです。

明日から、束の間の静けさが学校を取り巻きます。

寝かせません

3月23日(木)

元NHK記者で、ジャーナリストで、数々の著作のある、東工大などでも教えている池上彰さんと、読売新聞の1面コラム「編集手帳」を担当している竹内政明さんの対談「書く力」(朝日新書)を読みました。達意の文章を書くお二人の言葉にはっとさせられることばかりでした。その中に、私も心がけていることが1つありました。書き上げた文章をしばらく寝かすということです。

相手のある文章の場合、書いたらすぐに送ったり渡したりせずに、可能な限りしばらく時間を置いてから読み返すようにしています。書いている最中やその直後は、そのテーマに対して多かれ少なかれ頭に血が上っていますから、どうしても視野狭窄に陥りがちです。文字通り冷却期間を置くと、自分の文章を相対化して見られるようになり、書いているときには見えなかった周辺事項が浮かび上がってきます。また、自分の文章に対する入れ込みも薄くなりますから、凝ったつもりの文章が不細工に感じてくることもあります。

そうやって、伝えるべきことを冷静に把握し直し、文章の虚飾をはがし、こちらの意図が相手に伝わることを第一に考えた文章が書けるようになってきます。残念ながら、貧弱な文章力と発想力ゆえに、寝かしてから見直しても大して進歩のない場合も多々あります。

この稿は、毎日、1日の終わりに早く帰りたいという気持ちを抑えながら書いていますから、寝かすということはしていません。それゆえ、何かの拍子に以前のブログを読むと、赤面することもしばしばです。だから、「予の辞書に反省という語はない」といわんばかりに、過去は振り返りません。

明日は期末テストですから、おとといまでに作った読解の問題を読み返しました。名問と思った問題が迷問だったり、選択肢が微妙すぎて答えが絞り切れなかったりという問題が出てきました。文法や文字語彙も同様でした。学生たちの努力の成果を計るテストですから、あだやおろそかにはできません。

その印刷も終わり、ほっと一息つきながらこれを書いています。そして、寝かせることなく投稿してしまいます…。

ごちゃごちゃ

3月15日(水)

Xさんは理系のセンスのある今年の期待の星です。順調に仕上がってきていて、6月のEJUでは高得点が期待できそうです。でも、不安なところがあります。それは、意外と教師に話を聞いていない点です。EJUの過去問をやって、答え合わせをして、解き方や理論の解説をして、質問はないかと聞くと、私が解説したことをそのまんま聞いてくることがあります。聞き取りができないわけではありません。私が解説しているときに自分の世界に入っちゃってるのか、問題を解くのに疲れて集中力が途切れてしまうのか、とにかく明らかに私の話を聞いていません。

でも、Xさんが聞いてくることは、私が何も解説をしなかったら鋭い質問と言えますから、何もわかっていないわけでもなく、伸びる要素も十分に感じられます。それだけに、私の解説をよく聞いた上で、さらに理解を深める質問をしてきてもらいたいと思うのです。

それからもう一つ、計算の途中経過をきちんと書き残さないところも気になります。Xさんがどこで間違えたのか調べようにも、ごちゃごちゃとあっちこっちに書き散らした計算メモでは考えの道筋が見えてきませんから、調べようがありません。Xさん自身だって、つまずいた場所が見えなかったら、同じ間違いを何回も犯しかねないんじゃないでしょうか。そして、各大学の独自試験は答えを導き出す過程も採点対象ですから、他人が読んでもわかるような答案の書き方もがっちりしつけていかなければなりません。

来学期の受験講座の説明会が始まっています。Xさんのように鍛え甲斐のありそうな学生がたくさん来てくれることを願っています。

伝わるかな

3月10日(金)

初級のクラスに入りました。このクラスは、来週の月曜日に日本人のゲストを呼んで会話をすることになっていますから、その練習をしました。上級ならいきなり会話をしろと言われても、それなりに何とかできるでしょうが、初級はそうはいきません。中心テーマに至るまでの想定問答も考えておかないと、大混乱に陥りかねません。

あいさつのしかたとか、相槌の打ち方とか、アイコンタクトとか、話題の流れに沿った話し方とか、会話は単に丁寧体で話せばいいという問題ではなく、考えておかなければならないこと、気をつけなければならないことが山ほどあります。それに気付かせるのが、今日の授業の主目的でした。

ゲスト会話でいつも困るのが、学生たちの話したい内容と学生たちの語彙のギャップです。「ヨーロッパのビルは日本語で何といいますか」とCさんに聞かれましたが、これだけでは答えようがありません。Cさんにさらに情報を求めても、Cさんはそれ以上の言葉を知りません。それでもどうにかこうにか聞き出したところ、「洋風建築」のことでした。こういう言葉をそれぞれの学生が抱えているのです。自分の思いが伝わった喜びと同じくらい、思いが伝わらなかった悔しさも、会話能力を伸ばすと思います。

その後、今週末に受験を控えているZさんの面接練習をしました。今までに何回も練習をしましたから、志望理由や将来の計画など、主要な質問には十分対応できます。それ以外の部分で自分をアピールする戦略を一緒に考えました。そこで他の受験生に差をつけようという作戦です。そのZさんも、1年前は今日の午後の学生とどっこいどっこいの力でした。Zさんの受け答えを聞きながら、初級の学生の1年後に思いを馳せました。

取り消し

3月9日(木)

先週、もう1年KCPで勉強すると決心したGさんが、O大学に合格しました。O大学は第1志望ですから、当然、そこに進学します。4月からのKCPの授業料を納める準備をしていましたが、それをO大学の入学金に回します。KCPの近くに引っ越そうと、アパートの契約も済ませたとのことですが、こちらも解約です。難しい交渉をしなければならないと言いつつも、顔は笑っていました。

Gさんは、M大学の入学手続きを忘れるくらい準備に集中したのですから、それはもちろん、全力を挙げてO大学の試験に臨みました。しかし、英語の成績に自信がなかったGさんは、その結果には期待をかけていませんでした。でも、大逆転なのかミラクルなのかよくわかりませんが、合格してしまいました。面接のここがよかったのではないかとニコニコ顔で解説してくれましたが、受験直後や先週の木曜日の自信なさげな様子が嘘のようです。

終わりよければすべてよしと言いたいところですが、おそらくボーダーライン上の争いにかろうじて勝ち残っての合格でしょうから、喜んでばかりもいられません。「勝って兜の緒を締めよ」です。各駅で特急通過待ちみたいなことをしていたら、せっかく一発で受かった意味がなくなってしまいます。

EJUで大失敗したWさんも、高望みと思っていたJさんもYさんも志望校に受かりました。今シーズンは、土俵際で粘って白星をつかんだ学生が多かったように感じます。Gさん、Wさん、Jさん、Yさん、みんな入試直前には鬼気迫るものがありました。入試を精神論で片付けたくはありませんが、そういう執念も合格の一要素だったことは否めません。そういう意味で、私も学ぶところが多かった今シーズンの入試でした。

山を越えたら山が消えた

2月25日(土)

卒業認定試験もバス旅行も終わり、卒業生が大半を占める超級クラスを担当する私にとっては、大きな山を越えた感じがします。もちろん、卒業式の日までは油断できませんが、ゴールが見えてきました。

朝一番から、今まで積み上がる一方だった机の上の書類の山を、次から次と処理して大きく減らしました。授業でやったプレゼンのコメント票も、当人が卒業する前までに渡さなければ、何の意味もありません。発表内容を思い出しながら書くのは大変かなと思いましたが、どの発表も特徴があって、メモを見たらプレゼンしている各学生の姿がありありと脳裏に浮かんできました。それだけ印象が強いということは、優れた発表だったのでしょう。

11月のEJUの問題集が発売されましたから、一刻も早く理科と数学の模範解答を作りたいのですが、さすがに、まだ、そこまでの余裕はありません。これは、卒業式以降になりそうです。でも、新学期が近づいてきたら、またそんな暇はなくなりますから、のんびりしているわけにはいきません。6月のEJUの前には、この問題を学生にやらせなければなりませんからね。

2月25日といえば、日本の高校生にとっては国公立大学前期日程の試験日ですが、留学生にとっても少なからぬ国公立大学の試験日です。日本人には後期日程が残されていますが、留学生はもう後がありません。Wさん、Cさん、Lさん、Xさん、Hさん、…、みなさん、どうでしたでしょうか。実力を遺憾なく発揮できたでしょうか。結果がわかるのは卒業式以降ですから、教師にとっては「果報は寝て待て」みたいなところがあります。

受けたい

2月22日(水)

授業後に教室でテストをやらせているところに、Gさんが入ってきました。真剣な面持ちでしたから、何か大きな問題でも発生したのかと思いました。ところが、話を聞いてみると、先週の金曜日に受けられなかった卒業認定試験を受けさせてくれということでした。

まず、腹が立ったのは、教室のドアの窓からのぞけば、私が試験監督をしているのがすぐわかるのに、その教室に入ってきたことです。緊急を要する用事ならともかく、認定試験の追試を認めてくれという、きわめて個人的な用件ではありませんか。なぜ試験監督が終わるまで教室の外で待てなかったのでしょう。

そういう気持ちを抑えて、なぜ金曜日に試験が受けられなかったのかを聞くと、ケータイの電池が切れてアラームがならなかったと言います。これまた、大した理由もなく遅刻や欠席をした学生がよく口にする言い訳です。それに加えて、今まで追試が受けられなかった事情を縷々述べていましたが、私はもう聞く気をなくしていました。

試験監督中でなければ激怒するところですが、穏やかな中にとげを含んだ口調で、どうして今頃追試を受けようとしているのかと尋ねました。すると、2年間のKCPの生活を「卒業」で締めくくりたいというようなことを言っていました。殊勝な言い分ではありますが、今までさんざん好き勝手なことをやりまくってきたGさんから、終わりよければすべてよしみたいなことを言われたくはありません。

Gさんは、しおらしく頭を下げていれば自分の要求は通してもらえると思っているに違いありません。そういうことを指摘すると、もちろん否定しましたが、私にはその否定を額面どおりに受け取るつもりはありませんでした。「いい加減にやっているとどこかで痛い目に遭うということをここで思い知って、これから先は二度と同じ失敗を繰り返さないでもらいたい」と恩着せがましいことを言って、Gさんの要求を突っぱねました。

でも、これは私の偽らざる気持ちです。KCPの卒業証書がもらえないくらい、人生における失敗のうちでは小さな部類です。この失敗に懲りて大きな失敗を未然に予防できれば、Gさんにとっては実に安い授業料ではありませんか。でも、本当に懲りてくれるでしょうか。

実力?

2月21日(火)

超級のSさんは、頭がいいというか、語学のセンスがあるというか、テストに強いというか、とにかく成績だけはまあまあ以上で、既に進学先も決まっています。そのSさんの最大の欠点は、出席率が芳しくないことで、ずっとブラックリストに載っています。今学期は私のクラスなのに、あまり顔を合わせていません。

そのSさん、先週の卒業認定試験で赤点を取ってしまいました。授業に出ていないとわからない問題に軒並みつまずいていました。勘の良さだけではカバーし切れなかったようです。それでも、他の赤点の学生同様に、一度だけ救いの手を差し伸べようと思いましたが、その救いの手を知らせる日に休んだので、もう情けはかけないことにしました。卒業証書ではなく、修了証書を手に進学してもらいます。

KCPの卒業認定試験は、確かに卒業に値する実力を備えているかも見ますが、同時にこの学校の授業にどれだけ参加したかを見る試験でもあります。私はそう考えて授業を進めていますから、授業で特に強調したことや板書で詳しく説明したことから試験問題を出します。Sさんのようになんとなく休んでいる学生には不利になりますが、それは当然のことだと思っています。

世の中、要領よく生き抜く力や才覚も必要ですが、愚直に正面から問題にぶつかることも、それ以上に必要だと思います。今までにもこう考えて断を下してきたことが何回かあります。そういう学生やSさんに私の気持ちがどこまで伝わるかわかりませんが、たとえ1人でもこれをくみ取ってくれる学生が出てくることを信じて、これからもこうしていこうと思っています。

はて、Sさんはバス旅行に申し込んでいますが、本当に来るでしょうか。次に会うのは卒業式なのでしょうか…。