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飛び交う

10月12日(金)

教室のドアを開けると、入口の近くからも奥の方からも鋭い視線が飛んできました。スマホをいじっていた学生まで、わざわざ手を止めてキッとこちらをにらみます。新学期の初日は、学生も教師も緊張するものです。

教師は、事前に名簿も見られますし、新たに担当することになった学生についての情報を周囲の教師から集めることもできます。しかし、学生のほうは、始業日前日にクラス名と教室の連絡はもらいますが、そのクラスの担当教師については“当日のお楽しみ”です。ですから、教師が教室に足を踏み入れるやガンを飛ばすのです。

学期休み中にさんざん養成講座の授業をしてきましたが、やはりクラス授業は別格です。人数も多いし、手のかかる度合いも格段に違います。少なくとも3か月間、上級だとさらに長い期間、運命共同体ですから、お互いにどんな人間なのだろうと気になって当然です。

さて、今学期の最初のクラスは上級で、1/3ぐらいが以前どこかのレベルで受け持ったり受験講座で教えたりしたことのある学生でした。鋭い視線の後、知った顔が来たと表情が和らぐ学生もいれば、初顔合わせで厳しい顔つきのままの学生もいました。最近学校の内外での学生たちの規律が緩んでいますから、学生の気持ちを和ませるようなことは言わず、そのままオリエンテーションに突き進み、引き締まった空気を持続させました。

やっぱり、期末テストの日まで、教室の中を勉強しようという雰囲気で満たしたいです。楽しいクラスも大切ですが、得る物の多いクラスにしていくことが理想です。

時代を画す

10月11日(木)

仕事の合間に見たインターネットのニュースによると、来年の2月から丸ノ内線に新車が導入されるそうです。新型車は丸ノ内線のラインカラーである真っ赤な車体で、伝統のサインカーブをまとっているそうです。連結器の近くの窓は、四角ではなく丸窓です。今までの丸ノ内線の車両とはかなり趣が異なるようです。

今走っている丸ノ内線の車両は、もう30年にもなるそうです。私はもう1代前の車両も知っていますから、いまだに“新型車両”という気がしていましたが、30年といえば減価償却はとっくの昔に終わっていますよね。そして、30年といえばちょうど平成の長さです。平成を走り抜けたのが、今の丸ノ内線の車両なのです。そうすると、来年登場する新型車両は、現皇太子さまが天皇として在位している間じゅう走り続けるのでしょうか。

私のうちの近くを走っている日比谷線も、去年あたりから新型車両が走り始めました。来年ぐらいまでが端境期なのでしょう。こちらの車両も、1988年から走り始めたとのことですから、やはり30年です。また、沿線の築地から市場が移転するのと同時期に車両が入れ替わるというのも、1つの時代が終わったことを象徴するようで、感慨深いものがあります。

一般家庭のクルマは10年も乗らないでしょうから、このような形で時代を感じることはないと思います(個人的な思い入れは別ですが)。それに比べると、電車という公器がそれにかかわる人たちに与える影響力は大きなものです。だから、どんなに乗る人の少ないローカル線でも廃止となると反対運動が起きるのでしょう。

KCPだって、これにかかわった人たち、すなわち卒業生やかつての教職員のみなさんの心に何がしかの痕跡を残してきたはずであり、今後も残し続けていくでしょう。責任重大だなあと思います。

入学式挨拶

10月10日(木)

皆さん、本日はご入学おめでとうございます。このように多くの若者が、入学してくださったことを大変うれしく思います。

皆さんは、今、大きな夢を抱いてこの場にいると思います。「若者」を形容する言葉として、「無限の可能性」などという語句もよく用いられます。しかし、皆さんの燃え滾る心に冷や水をかけるようなことを申し上げて恐縮ですが、KCPでの皆さんは、その無限の可能性を1つずつつぶしていくことが最大の仕事となるでしょう。国から携えてきた夢を完全にしぼませてしまったみなさんの先輩方は数限りなくいます。こうして打ちのめされて再び立ち上がれなかったら、留学は失敗です。自分の夢や可能性を冷静に見極め、次々と消し去り、最後に残った珠玉の1個に賭ける、そして、その賭けに勝利する土台を築くことこそが、みなさんぐらいの年代の若者に課せられた試練です。

自分より数段優れた同級生を間近に見て、この人にはかなわないと己の実力を悟ることもあるでしょう。努力しても成績が伸びない自分に苛立ちを覚えることもあるでしょう。悪魔の誘惑についつい負けてしまう自分をふがいなく思うこともあるでしょう。独り暮らしの寂しさに耐え切れなくなることも、健康を害して言い知れぬ不安に襲われることもあるでしょう。そういう自分の負の側面を直視できずに挫折しそうになることもあるでしょう。しかし、そういう数々の苦難が、みなさんを磨き上げ、社会に出てから遭遇するであろうさらに大きな困難に打ち勝つ原動力をもたらすのです。

自分は何に長じていて何に欠けているか、自分はどちらに向かうべきか、何に知力体力労力を傾けるべきか、それを考え続け、結論を出し、その道に向かって歩み始めるのが、このKCPでの皆さんの仕事です。これは自分自身に見切りを付ける作業でもありますから、辛く厳しい過程になるでしょう。でも、皆さんはいつまでも子供ではありません。大人になるということは現実と正面から向き合うということです。たとえ皆さんが留学という選択をしなかったとしても、これはいつかどこかでしなければなりません。いつまでもこの問題から逃げている人をモラトリアム人間と呼んだこともありました。私はみなさんにそういう人間になってほしくはありません。留学は、この問題にきちんと片を付ける絶好の機会です。そして、人生の大きな目標を定め、それを見据えることができるようになったら、国へ帰った時周りの人から「留学して成長したね」言われることでしょう。

自分の夢や可能性の中から、自分の一生を捧げるに値するものを見つけ、その道を邁進していってください。私たち教職員一同は、喜んでそのお手伝いをいたします。

本日は、ご入学本当におめでとうございました。

出願できる?

10月9日(火)

10月は受験のシーズンでもあり、出願のシーズンでもあります。すでに合格が決まった学生もいますが、大半はこれからが勝負です。Hさんもそんな学生の1人…と言いたいところですが、少々事情が違います。

まず、Hさんは入学時期の関係から、この12月までしかKCPにいられません。たとえ日本で進学するにしても、年内に一旦国へ帰らなければなりません。ですから、受験できる大学は、試験日が12月までのところに限られるのです。帰国してまたすぐ日本に入国というのは、ビザの上で難しいので、年が明けてから試験の大学は避けておくのが無難です。

Hさんはいくつか志望校を挙げました。EJUの成績などから考えて、1校は明らかに無理。もう1校は、多少は可能性があるけれども、そこに受かるとは思わないほうがいいでしょう。さらにもう1つは、受かる可能性はありますが、仮面浪人前提の大学。行きたくなさげに挙げてきたもう2つの大学が妥当な線です。もういくつかこちらから提案して、それらに出願することにしました。

それに加えて、出席率が悪いです。ビザ更新後は危険水域にどっぷりつかっており、この出席率のままなら、大学進学後にビザがもらえる可能性は非常に低いです。ですから、10月から12月まで1日たりとも休むわけにはいきません。風邪をひいたりおなかを壊したりすることもできません。しかし、Hさん自身にその自覚や危機感がなく、どうにかなると思い込んでいます。同じような先輩が結局進学できたとか、塾の先生が大丈夫だと言っているとか、私たちに言わせれば根拠がないに等しいことを理由に挙げています。

上述の出願校にしたって、もし、KCPでの出席率を見たら、それだけでアウトにある恐れがあります。アウトにはならなくても、面接ではきっと出席率のことを聞かれるでしょう。Hさんはどう答えるつもりなんですかねえ。

今学期は、こういう学生のお相手をしていかなければなりません。

急成長

10月6日(土)

Yさんが入学式の在校生代表スピーチの練習に来ています。私は直接練習を見ていませんが、職員室に入ってきたときの表情を見る限り、かなりの手応えを感じているのではないかと思います。

Yさんは先学期の末に志望校への合格が決まり、今は上げ潮です。受かった勢いでスピーチを引き受けてしまったところもあるように思えましたが、どうやら決して勢いだけではないようです。難関を乗り越えたことで自分を信じられるようになり、その自信が体中からほとばしり出ているのです。わずかな間に大きく成長したと思います。来週の入学式では、先輩としてきっと堂々たるスピーチをし、新入生の目標となってくれることでしょう。

思うに、Yさんはプレッシャーを糧に伸びていける学生なんじゃないでしょうか。正直に言うと、Yさんが志望校に出願した時には、「当たって砕けろ」になるだろうなあと思っていました。でも、試験日が近づくにつれて、はたで見ていても力をつけてきたことがわかり、もしかすると…という気になってきました。そして、合格発表であり、在校生代表でありというわけです。

この姿を、国のご両親に是非お見せしたいです。さぞお喜びになることと思います。YさんはKCPの一番下のレベルから始めていますから、文字通り長足の進歩です。親御さんも今のYさんをご覧になったら、留学させてよかったとお思いになるに違いありません。

しかも、Yさんはまだまだ伸び盛りという感じがします。卒業までの半年、後輩たちをぐいぐい引っ張っていってもらいたいです。

受験が迫る

10月5日(金)

昼ごはんを食べに行こうとしていたら、Cさんが「急いで在学証明書がほしいんですが…」と申し込みに来ました。きのう、出席成績証明書を申し込んだばかりなのに何事かと聞いてみると、募集要項をよく読んだら日本語学区の在学証明書が必要なことがわかったとのことでした。Cさんは超級クラスの学生ですから、募集要項を隅から隅まで読んだ上で必要書類を全部申し込んだとばかり思っていたのですが、読み落としがあったようです。

中級ぐらいまでの学生だったら、一緒に募集要項を読んで何を申し込むべきか確認してから、書類の申し込みをさせます。超級だったら、しかもできるほうの学生のCさんならそんな心配は要らないだろうと思っていましたが、そうじゃなかったんですね。まあ、受験のときに日本語学校の在学証明書を必要とする大学は珍しいですから、いらないと思うほうが普通かもしれません。

昼食から戻ってくると、Lさんが来ていました。T大学には出願したのですが、もう1校受けたいといいます。Lさんが勉強したいことは、どこの大学でも勉強できることではありませんから、手当たり次第に出願するというわけにはいきません。しかも、Lさんはビザの関係上12月で帰国しなければなりませんから、試験日が1月の大学には出願できません。そんなわけで、非常に狭い範囲から受験校を選ばなければなりません。LさんのEJUの成績も考慮して、いくつかの候補校を選びました。その後しばらく、Lさんはその候補校を自分のタブレットで調べていました。

授業はなくても、受験は進んでいきます。

十人十色

10月4日(木)

期末テストの作文の採点をしました。先週のうちにざっと目を通し、気になるところには朱を入れておきましたから、2度目は内容までよく吟味して、主張がどれだけ伝わってくるか、独自性がどのくらい発揮されているかといったあたりを中心に、深く読んでいきます。深くといっても、初級の作文ですから、そんなに複雑・高度なことが書かれているわけではありません。ですから、文ではなく文章のレベルで書かれているか、今までに習った文法や語彙を使うべきときに使っているかといったあたりが、主たるチェックポイントになります。

とはいえ、クラス内でかなり差がついてしまっていることも確かです。Kさんは文法のミスがいくつかあったものの、言わんとすることが十分伝わってくる個性的な文章が書けています。中級に上がって、抽象語や微妙なニュアンスを表す文法を覚えれば、社会性のある論理的かつ説得力のある文章が書けるようになるでしょう。一方、Tさんは主張はわかりますが、文法の間違いがあまりにも多く、高い評価はできません。Sさんは論理が破綻しており、このまま中級の課題に取り組んだら、教師泣かせの作文を大量生産することになるでしょう。

Nさんは、成績はいいです。でも、どうやら安全運転に走った形跡があり、習った文法を思い切りよく応用しようという姿勢がありません。作文の採点基準に従うと、Nさんのようにミスの少ない文章が高得点になりやすいのですが、期末テストのNさんの作文にはもどかしさを感じます。点数はKさんといい勝負ですが、読後感は段違いです。

作文は文字の形で跡が残りますから、会話のように勢いですり抜けることはできません。文法力や語彙力を積み上げ、論理に従って書き上げるものです。私の学生たちが、新しいクラスでどのように伸びていくのでしょうか。

講義と採点

10月3日(水)

ここのところ、学期休み中に日本語教師養成講座の講義を担当することが多くなりました。学期が始まってしまうと、通常授業のほうに代講を立てなければならなくなるためです。今シーズンも、きのうから始まっています。

7月期は初級文法で、今学期は中上級の文法です。そうはいっても、私の文法の講義は、例えば「みんなの日本語」の範囲が初級だとか、N1の文法項目だから上級だとかという分け方ではありません。最初に教えるのは初級でも中上級になっても間違える文法とか、中上級では取り上げ方を変える項目とか、文法を語用論的に考えてみるとかしています。初級からの連続性と、日本語をコミュニケーションのツールとして考えた場合の位置づけに力点を置いています。

語用論では、日本人にとっては自明のことでも外国人にとっては意味不明のことを分析していくこともあります。また、授受表現や指示詞や受身・使役の高度な使い方など、上級の学習者が最後まで間違えることも取り上げています。私の講義では、学習者への教え方はやりませんが、教えるべきポイントは取り上げます。

午前中はそんな感じでパキパキ授業をしたのですが、午後、上級の期末テストの採点になると、勢いが衰えてしまいました。養成講座で訴えたことが、そのまま自分に跳ね返ってきたかのようでした。学期を通して学生たちに訴えたかったこと、できるようになってほしかったことが、一部の優秀な学生を除いて、からっきしだったのです。会話テストでとっさに言葉が出てこなかったのならわからなくもありませんが、学生たちの得意なペーパーテストでこれだと、少々頭が痛いです。理解が表層にも達していないおそれがあります。

この学生たちが卒業するまでに、どのように鍛えていけばいいでしょうか。宿題が重くのしかかります。

束の間の好天

9月28日(金)

通勤電車から、わずかにオレンジ色に染まった東の空が見えました。学校に着いたら、青空。1日中快晴で、久しぶりに明るく伸びやかな気持ちになりました。午前中病院へ行きましたが、このままピクニックでもしたくなるような陽気でした。最高気温は26度でしたが、湿度が低くてさわやかでした。きのうとおとといは最高気温が20度を割り、9月に2日連続で最高気温20度未満というのは10年ぶりだったとか。秋らしさの復活といったところでしょうか。

今朝の最低気温は14.1度でした。私が家を出た頃この気温を記録したはずですが、明日はお休みの私にとって夏装束最終日ですから半袖で出勤しました。肌寒さは感じましたが、我慢できないほどではなく、むしろ気持ちがピリッとして、眠気が覚めました。でも、14度といえば3月ぐらいならコートを着ているかもしれません。人間の感覚って、いい加減なものですね。

ただ、この好天も明日の未明までで、その先は台風の接近にともなって雨模様となるようです。なんだか信じられないというか、信じたくないというか、名残惜しいというか、もう少しこのきれいな青空を見ていたいです。それにしても、今年は台風が多いですね。この台風も含めて、異常気象が定番になりつつあるような気もします。長期予報によると暖冬だということですが、暖冬にもすっかり慣れてしまいました。

病院から戻って来て、午後は期末テストの作文の添削をしました。進歩を感じさせてくれる学生もいれば、同じミスを繰り返している学生もいます。そういうことを最後のコメントで指摘しようと思っています。

涙のかなたに

9月27日(木)

Kさんは7月までは欠席もほとんどなく、成績も優秀で、何の問題もない学生でした。しかし、7月末に体調を崩してからというもの、なかなか健康を取り戻せず、しかも、熱がある時に体を動かしたら階段から落ちてけがまでしてしまいました。精神的にも参ってしまい、今月もほとんど登校していませんでした。

そのKさんが、期末テストを受けに来ました。テスト範囲の授業をほとんど聞いていないのですから、テストを受けてもできるはずがありません。並の学生なら「どうせ…」と思って休んでしまうものですが、Kさんは出てきたのです。顔を見ると明らかに調子が悪そうだったのですが、テストを受けるとともに、今までの事情を説明に来たのです。

Kさんは来学期以降もKCPで勉強したいと言いました。私も、こうしてきちんと現状を明らかにしようというKさんなら、このままずるずると長欠に陥ることはないでしょう。健康状態が回復すれば、勉強を続けてほしいと思います。しかし、「健康を回復すれば」という大きな条件が付きます。今、日本で勉強を続けるよりも、一旦帰国して体を完全に治してから再挑戦したほうが、Kさんにいい結果をもたらすかもしれません。勉強を継続するか帰国するか決められるのは、Kさん自身です。Kさんならその判断ができると思います。

そういう話をしたら、Kさんは泣いてしまいました。涙の理由は聞きませんでしたが、自分自身に対して涙していたことは確かです。国で勉強していたら流すことのなかった涙でしょう。同じ国から来ている同級生のYさんが慰めていました。どういう結論に至っても、この涙が無駄にならないことを祈るばかりです。