腕利きの日本語教師

10月29日(火)

読む、書く、聞く、話すは、語学の四技能と言われます。この四技能をバランスよく伸ばすのが、学習者にとっても教師にとっても理想の姿です。しかし、実際には四技能がバランスよく伸びて上級の力を持っている学生は少ないです。口は達者なのに文法の例文を読むのにすら苦労している学生がいる一方で、黙々と勉強してテストではすばらしい成績を挙げるのに話は意味不明という学生もいます。

Gさんは後者の典型で、大学で専門に勉強しようと考えている生物や化学の知識は、学校の中でも一二を争うと思います。でも、その知識を表現することができません。EJUでは好成績が取れるでしょうが、大学入試につきものの面接・口頭試問となったら、Gさんの日本語は面接官には通じないでしょうね。

それではあまりにももったいないですから、話す特訓をしています。Gさんの受験は来年ですから、今から訓練を始めれば、十分間に合います。とはいえ、話す力がなさすぎます。ご両親のお仕事を聞き出すだけでも、並大抵の苦労ではありませんでした。ご両親の働く後姿を見て同じ仕事をしようと思ったということですから(これも理解するまで二苦労ぐらいでした)、面接のときに語らなければならないかもしれません。

鍛えがいがあると言えば実にその通りですが、どんなメニューで力を引き出せばいいか悩ましいこともまた事実です。Gさんは決して怠けものではありません。入学以来今まで、それなり以上に努力してきているに違いありません。そういう学生ならKCPの初級の先生方は献身的に指導しているはずです。それでもまだまだなのですから、この先も険しい道が続くことは疑いありません。

Gさんのような学生を志望校に入れてこそ、力のある教師だと思います。さて、私はどうでしょう。

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対照的な2人

10月28日(月)

午前中の選択授業が終わると、私のクラスにいたUさんが、「先生、T大学に合格しました」と報告してくれました。授業中こっそりスマホで合格発表を見ていたのかもしれませんが、まあ、それは大目に見てあげましょう。

そんな会話をしていたら、同じT大学を受けたKさんがわざわざ私の教室まで来て、合格の報告をしてくれました。UさんもKさんも指定校推薦入試ですから、合格は当然と言えば当然ですが、面接できっちり推薦入学の模範生としての覚悟を示してくれたのでしょう。

夕方、H先生から「KさんがT大学に受かったそうですよ」と声をかけられました。KさんはH先生のところへも報告に行ったようです。「ところで、Uさんはどうなったか知っていますか」とH先生に聞かれました。「Uさんも受かりましたよ。先生には何も言ってこなかったんですか」「ええ、何にも」「困ったやつだなあ。散々お世話になったのに。逆さづりにでもしてやりましょうか」「本当にそうしてやりたいですよ」

UさんもKさんも、先学期はH先生が受け持っていました。指定校推薦で受けると決まってから、2人ともH先生に毎日のように面接練習をしてもらっていました。ですから、私なんかよりも、まず、いの一番に、H先生に合格の報告とお礼をしなければならないのです。Kさんはそれをしたようですが、Uさんは職員室でH先生を待つこともなく、帰ってしまったようです。

挨拶をしなかったからといって差別をするほど、H先生は心が狭くはありません。しかし、心証は悪いでしょうね。そういう不義理に慣れてしまうと、絶対に義理を欠いてはいけない場面でやらかしてしまうことも想像に難くありません。Uさんには、明日にでも、H先生のところへ行かせましょう。

合格しました

10月25日(金)

T大学を受けたSさんと、K大学を受けたEさんが、合格の知らせを聞かせてくれました。2人とも、試験後はたいそう心配していましたから、喜びもひとしおのようです。

Eさんは、K大学に行くことを決め、もう受験勉強はしないと言い出しました。Sさんも、T大学は第一志望といってもいい大学ですから、国立を受験せずに打ち止めにするかもしれません。志望校を、いい加減な気持ちやEJUの点数だけで選んでいませんから、そういう方向に発想が進むのも、当然かもしれません。

受験したH大学の結果がまだ出ていないZさんは、SさんやEさんの合格のニュースをうらやましそうに聞いていました。これからA大学の試験も待っています。まだまだ気が抜けない日々を送らなければなりません。でも、ここを乗り切らないと、勝利にたどり着けません。Y大学が来週月曜日発表のCさんは、Zさん以上に緊張の週末を送ることになるでしょう。でも、終わった試験についてあれこれ悩んだり心配したりしてもしようがありません。どんな結果でも従容として受け入れるという気構えでいたほうが、安らかだと思います。

EさんやSさんにしても、これから3月の卒業まで遊んで暮らせるわけではありません。KCPにいるうちに、可能な限り日本語力を高めておく必要があります。そうでないと、進学してから本当に困ります。進学したら、日本語と真正面に向き合う時間などほとんどありません。レポートやプレゼンなどで大いに苦労しながら、教師や友人との人間関係に悩みながら、実地で日本語を磨いていくしかありません。確かに鍛えられますけど、険しい道のりです。それを少しでも緩やかなものにするために、これからの5か月があるのです。EさんやSさんは、来週からの過ごし方で留学の成否が決まるといっても過言ではありません。

70%じゃ

10月24日(木)

Sさんが、B大学の指定校推薦に出願したいと申し出てきました。出席率を聞くと、93%あるから問題ないと言います。しかし、去年、初級で受け持った時はほぼ100%でしたから、最近になって出席率がかなり落ちていることが予想できました。問い詰めてみると、9月は70%台だったというではありませんか。入学からの出席率が93%でも、こんな数字の月があったら推薦できません。

出席率がよければ、SさんをB大学に推薦することはやぶさかではありません。むしろ、B大学のカラーに合っているとさえ思います。でも、指定校推薦ですから、出席成績証明書に70なんて数字は書きたくありません。目をつぶって出しちゃったとしても、面接の際に厳しく問われて、Sさんはきっとしどろもどろになるでしょう。

休んだ理由も、病気などやむを得ないものではありませんでした。「夜遅くまで勉強していたから」なんて、日本語学校としても大学としても入管としても到底認めがたい理由です。要するに生活の乱れであり、自分をコントロールできないのであり、学校を軽く見ていたと言われても、反論できないはずです。

指定校推薦は無理だと言われた後、Sさんはしばらく悔しそうな顔をしてうつむいていました。まさに、後悔先に立たずです。軽い気持ちで休んだ結果が、この有様です。毎年、Sさんのような学生が現れます。何となく休んでいつの間にか出席率が下がり、ここぞという場面でしっぺ返しを食うのです。新入生にはそういうKCPの先輩の暗黒史を伝え、同じ轍を踏まないようにと口を酸っぱく注意しているのに、きっと他人事なんですね。

Sさんは、B大学を一般の留学生入試で受験することにしました。こちらの方式なら、日本語学校からの書類が不要ですから…。

受験以外で緊張するとき

10月23日(水)

朝のウォーミングアップを兼ねて、「受験以外で緊張する時」というテーマで学生に話してもらいました。「女の人と話す時」と答えたGさん、とてもそんなにうぶには見えないんですが。「日本へ来たばかりで日本語が下手だったころ、日本人と話す時」という答えには、多くの学生がうなずいていました。「初めてのことをする時」にも賛同者が多かったです。学生たちは、「話す」系と「初めて」系に緊張を誘われるようです。

私は、学生の推薦書を書く時です。下書きで文案をいくら練っても、学生の志望校所定の用紙に清書するとなると、柄にもなく緊張します。年に10枚ぐらいは書くと思いますが、そのたびに心臓が締め付けられる思いがします。深呼吸をしたり、ふっと遠くを見たりしながら、最後まで書き進みます。

その理由は、もちろん、失敗できないからです。電子出願の学校でも、推薦書は手書きです。テストの採点や作文の添削だったら、間違えたところを直しても許されます(間違えること自体、ほめられたことではありませんが)。推薦書は修正テープを使うわけにはいきませんし、訂正印を押して直したとしても見栄えがよくありません。学生の美点を最大限盛り込んでいるだけに、文意に影響はないとしても、訂正印など押したくはありません。

学生は推薦書を目にすることはありませんが、訂正印のある推薦書を渡すと、後ろめたさを感じずにはいられません。向こうの先生方が、直した形跡のある推薦書を読んだらどう思うでしょう。私だったら、ちょっと印象を落とすでしょうね。

そんなことを学生に言ったら、学生たちは半分感心したような目で見返しました。授業後、推薦願を持ってきたLさんは、ちょっと済まなそうな顔をしていました。「推薦願を出す時に緊張します」なんてことになっていないでしょうね。いや、推薦書は重い意味を持っていますから、多少は緊張してもらった方がいいのかもしれません。

 

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ついつい

10月21日(月)

今学期は8日(火)が始業日で、14日(月)は体育の日でお休みでしたから、月曜日は3週目にしてようやく初授業でした。私は最上級クラス担当で、半分ぐらいが先学期のこのクラスの学生で、残りの半分のそのまた半分ぐらいがどこかで教えたことのある学生でした。

前半がクラス授業で、後半は選択授業でした。私のクラスはEJU記述です。といっても、EJU記述ができるのは今週と来週だけです。再来週・11月4日は文化の日の振り替え休日、EJU本番が10日(日)ですから、その翌日の11日(月)は、十日の菊です(何じゃこら)。

私のこの授業を受ける学生は、1回はEJUを受けている学生たちですから、こまごました話は抜きに、記述で満点を取るポイントをかいつまんで話しました。そして、練習問題に取り組んでもらいました。

問題をモニターに映し出し、さあ始めましょうとなったのですが、Cさんの手がひょろひょろっとスマホに伸びました。そして、操作しはじめるではありませんか。すぐさま注意しました。その数分後、Wさんもスマホをいじり始めたので、これまた即座にやめさせました。

確かに、事前にスマホを使うなとは言いませんでした。でも、そんなの常識以前ではありませんか。EJUまで2回しかないことは学生に告げ、だから今まで以上に本気で臨まなければならないのに、このざまです。論理性が第一で、漢字をひらがなで書いても減点にはならないと言いましたが、心配なのでしょうか。Cさん、Wさんの文章は、漢字よりも論理性を心配すべき内容でした。

本番ではスマホをかばんの中にしまわせるでしょうが、なんだか心配になってきました。こっそり机の中かポケットに入れておいて、いつもの癖でうっかり手を伸ばしてしまったりしたら、一発アウトですからね。

ついでに

10月19日(土)

ある学生の出席状況を調べたついでに、Kさんの今学期の出席率も見てみました。始業日から昨日まで、遅刻もせず100%でした。Kさんは先学期私のクラスにいた学生で、顔を合わせるたびに休むなと言い続けてきた記憶があります。学期が始まってまだ8日ですから100%で当たり前と言ってしまえばそれまでですが、先学期は注意しても1週間と持たなかったのですから、Kさんにしては立派なものです。

Kさんが入学したのはちょうど1年前です。入学した月は出席率100%でしたが、翌月は早くも80%を割り、危険水域に突入しました。初めて休んだのは去年の11月9日で、以後、週に1日か2日ずつ休むようになりました。休み癖がついてしまったのでしょう。

Kさんは体があまり丈夫ではありませんから、冬の入り口で風邪をひいたのかもしれません。でも、その後、担任に几帳面に連絡は入れていたようですが、ちょこちょこと休んでいます。連絡さえすれば休んでもいい、せいぜい先生からがみがみ言われるだけだ、それさえ我慢すれば、持ちこたえれば、聞き流せば、楽ができる、好きなことができるという発想に流れてしまったような気がします。

この調子で進学のための特別授業も欠席を繰り返し、日本での進学に関する基礎知識を持たないまま、1年が過ぎてしまいました。ですから、来年3月にはKCPを出なければならないのに、進学については何ら具体的に動いていません。Kさんを受け持った先生方が、硬軟取り混ぜて指導してきたはずです。でも、Kさんの心には響かず、行いを改めさせるには至りませんでした。

そして、先学期末には、恥ずかしくてここには書けないような出席率になってしまいました。今学期、たった8日間ですが、出席率が100%なのは、この数字では絶対にビザが出ないから国へ帰れと、私に厳しく言われたからでしょう。尻に火が付いたのでしょうが、最近の入管の厳しい対応からすると、たとえ今学期ずっと100%を続けても、安心はできません。

Kさんと同じ学期に入学した学生の中には、進学先が決まった人もちらほら出てきました。先が見通せないKさん、ずいぶん差をつけられてしまいました。

新幹線がどうしたの?

10月18日(金)

今学期は、金曜日にその週のニュースをネタに授業を組み立てる上級のレベルが多いです。私のレベルでは、東京オリンピックのマラソンが札幌で行われそうなこと、台風で堤防が決壊して新幹線車両が水浸しになったこと、娘を虐待死させた父親に懲役13年の判決が下されたことの3つを取り上げました。

最近のなじみのあるニュースから選んだので、ディクテーションができるだろうと思いました。しかし、やってみると、学生たちが水没してしまいました。IOCに無理やり漢字を当てはめようとしたり、「冷房の結果」なんて書いたり、「落第死させ」ちゃったりと、悲惨を極めました。答え合わせの後で話を聞いてみると、3つのニュースすべて知らないという学生が大半でした。初めてだったら、「堤防決壊」も「冷房の結果」と聞こえてしまうかもしれません。

それにしても、学生たちがここまでニュースに疎いとは思いませんでした。北陸新幹線の車両が泳いでいるみたいな写真は、テレビも新聞も取り上げていたんですがねえ。時事問題は、入試の面接の材料でもあります。ニュースを知らない代わりに、予習復習試験勉強に打ち込んでくれるのなら、しかたがないなあと思ってもあげられます。でも、朝一番でやった漢字テストに苦しみまくっていた学生もいたし、これに引き続いて行った読解でも、きれいな教科書の学生が多かったですね。なんだか不安になってきました。

学生の興味の範囲が狭いことは今に始まったことではありません。スマホを使って世界を広げるのではなく、より一層狭く縮こまったような気がしてなりません。上級なら、ニュースを、100%とは言わないまでも、概要をつかむぐらいまでなら、十分できるはずです。国のメディア経由で日本を知るようでは、留学の意義がないじゃありませんか。

10時半、ニュースを発展させて会話をしようと思っていた授業が思い切り滑って週末の疲れが倍加したところで、チャイムが鳴りました。

「話せる」とは

10月17日(木)

受験講座終了後、TさんとLさんの面接練習をしました。2人とも、先週も面接練習をしましたが、台風の影響で試験が延期になり、今週末に面接試験を控えています。ですから、実質的にこれが最後の練習です。

TさんもLさんも、しゃべりすぎです。面接官からの質問にあれもこれも何でも話そうとして、自分でも言わんとするところがわからなくなり、自滅していました。「どうして〇〇学部で勉強したいんですか」という質問に、放っておくと3分も演説しちゃうんです。Tさんなんか生い立ちから話が始まり、志望理由にたどり着くころには、こちらはメモを取る気もなくしていました。これでは、肝心のことが面接官に伝わりません。Lさんも例として挙げた事柄を事細かに説明し始め、そちらに熱中してしまい、「あなたがやりたいことは人まねですか」となってしまいました。

日本人だって、原稿なしで3分間理路整然と話すことは難しいです。ましてや、日本語が外国語の留学生たちが3分間も話し続けたら、本筋が見えなくなることぐらい、想像に難くありません。教師が書いた原稿を丸暗記すれば、“3分間理路整然”も可能かもしれません。でも、入試の面接でそれをやったら、一発アウトでしょう。

また、3分もしゃべっていれば、ねじれ文が続出し、文法や語彙の間違いも増え、日本語力もかえって低く評価されてしまうかもしれません。。コミュニケーションは双方向的なものなのに、一方的に話し続けれたらコミュニケーション能力や協調性も怪しまれかねません。

ですから、2人には、「最長30秒」と指示しました。そうなると、生い立ちも例もばっさりカットです。2人とも不満そうでしたが、30秒の答えは結論が明確になり、論旨が伝わってきました。この勢いで、合格をつかみ取ってもらいたいです。

季節が進む

10月16日(水)

今朝、起きて窓を見ると、結露していました。この稿に、衣替えしたのにまだ暑いと書いたのは、確か10月1日でした。それから半月で結露です。その稿で「秋の気温は釣瓶落とし」とも書きましたが、まさにその通りとなりました。通勤のために外に出ると、息が白くなるとかズボンの裾から入り込む寒気に耐えられないとかというほどではありませんが、スーツの上着なしではいられない空気の鋭さでした。

そして、この時期は季節の進行を感じさせられることがもう一つあります。それは日の出が遅くなり、学校につくまで夜の帳の中になることです。今朝は雲が厚かったこともあり、丸ノ内線が一瞬表に出る四ツ谷駅で特にそれを感じました。御苑の駅から学校までの道も、街灯がなかったらちょっと歩きたくないなという暗さで、早朝というよりは夜中といったほうがしっくりくる風情でした。今朝の日の出は5時46分、雨雲の陰の太陽が私の行く手を照らしてくれるわけもありません。ついこの前までは、朝一番の仕事は職員室の冷房をONにすることでした。でも、今週は電気をつけることです。

もう少し季節が進むと、受験講座が終わる4:45が暗くなります。この時刻に夜を感じると、もう初冬です。そろそろコートやマフラーが恋しくなってきます。あと半月ぐらいでしょうか。午後授業の先生方も、おそらく同じことを感じておいでなのではないかと思います。教室の窓から見える向かいのビルの蛍光灯がくっきりしてくるころ、冬の足音もくっきりと聞こえてくるはずです。でも、私にとっては、それは日が短くなった2番目の兆候であり、「ああ、そうだね」という程度のことにすぎません。私は、夕日の早さよりも朝日の遅さに秋の深まりを覚えます。

天気予報によると、もう1回ぐらい夏日が来るようですが、それは夏の最後の悪あがきでしょう。秋が深まると受験シーズン本番です。授業後は進学相談、面接練習が目白押しでした。