Category Archives: 学生

佐藤さんが大手町で

9月14日(火)

聴解の問題をやると、学生たちは、問題の答えはそこそこわかりますが、問題に出てくる人名はじめ、固有名詞の聞き取りが本当にできません。山田さん、田中さんぐらいまででしょうか、どうにか聞き取れるのは。クラスの大半が「佐藤さん」を聞き取れなかったことだってあります。

でも、日本人の名前は山田さん、田中さんばかりではありません。それどころか、日本人の名字の種類は、人口10倍以上の中国よりはるかに多いと言います。それを全部聞き取れるようになれとは言いませんが、主だったなまえが聞き取れなかったら、日本で生活していく上で厳しいんじゃないかな。

なまえは、「さん」とか「先生」とか「部長」とか、敬称や肩書・職名といっしょに使われることが多いです。そういうマーカーが付いていますから、その気になれば聞き取りやすいんじゃないかなあ。でも、問題を解こうとしている学生にとっては、人名は枝葉末節にすぎないのかもしれません。

地名は、ある程度の生活感がないと身に付かないでしょう。KCPの学生は、ほぼ全員、「大久保」を知っているでしょうし、だから地名として聞き取れると思います。でも、「大手町」は、縁が薄いので、耳が反応しないと思います。県名だって、何かのつながりがない限り、無理です。

学生たちには、受験勉強の先を見越した勉強をしてもらいたいです。聴解のテクニックを身につけて終わりじゃなくて、日本で生活していく上で必要な力を付けてほしいです。そのためには、やっぱり種をまき続けるしかないのだと思います。

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点をやるものか

9月13日(月)

「どうしたの? なんか機嫌が悪そうだね」「うん。それがさ、昨日の晩、『残業させられた』」

『  』に言葉を入れて会話を完成させなさいという問題です(会話はもう少し続きます)。それに対して、クラスの中でできる方に入るCさんの答えが、『残業させられた』でした。Cさんなら問題の主旨をくみ取って、他の学生への説明に使えそうな例文を作ってくれるだろうと期待していましたが、裏切られました。

もちろん、昨日の晩残業させられたので機嫌が悪いという、Cさんが言わんとしたことは理解できます。しかし、実際の会話でこう言うかといったら、絶対に言いません。“どうしたの?”という状況説明を求める問いかけに対して、“残業させられた”という、事実+使役受身が醸し出す不快感だけを提示することはありません。最低でも文末に“んだ”を付けて、“どうしたの?”に対する説明だというニュアンスを加えることが必要です。“んだ”が状況説明を表すというのは、初級ですでに勉強しています。それが定着していないのです。

「もう二度と『   』ものか」の『   』に適当な言葉を入れて文を作るという宿題に、Kさんは『行く』とだけ書いて平気で出してきました。前後の文脈なしで「もう二度と行くものか」という文を読んだら、当然、“どこへ”と聞きたくなります。つまり、説明不足なのです。そういうことをコメントし、「こんな例文に点をやるものか」と書いて、明日返却します。

Cさん、Kさん以外の学生も似たりよったりです。授業中も授業後もボコボコにしていますから、学生たちはへこんでいることでしょう。でも、私がしゃべり方を学期の最初とはかなり違えていることを、学生たちは気付いていないでしょう。目にはさやかに見えねども、力はついているんですよ。

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見返す

9月9日(金)

「先生、私、去年の11月のEJUで日本語335点だったんですが、どの辺の大学に入れますか」「うーん、偏差値でいうと65ぐらいだから、A大学あたりかな、Zさんの勉強したい学部がある大学だと」「そうですか。実は、去年、B大学を受けたんですよ。不合格でした」「335でB大学なら十分行けるはずだけど…」「面接で志望理由書に書いたこととちょっと違うことを言ったからだと思うんです」「ああ、それはしょうがないかも。提出書類と面接の答えが違ったら、落とされても文句は言えないな」「ちょっとでも違ったらだめですか」「違ってたら面接官が『志望理由書にはこう書いてありますよ』とかって指摘するところもあれば、何も言わずに×を付けるところもあるね。B大学は違ってたらダメっていう大学だったのかもしれないね」「だから、私、今年はA大学か国立に受かって、『お前たち、こんな優秀な学生を落としたんだぞ』ってB大学に言いたいです」「ああ、そういうときは『見返してやる』って言うんだよ」「はい、B大学を見返してやりたいです」

受験講座の授業が終わった後、雑談をしていたら、こんな話になりました。少々穏やかでない話ですが、Zさんの意気込みは大したものです。「捲土重来」なんて言葉も教えてあげればよかったかなあ。まあ、動機はどうであれ、Zさんは勉強に燃えています。予習もしてきます。質問も活発にします。受験講座の担当教師としては、非常に張り合いのある学生です。何とかZさんのリベンジに手を貸してあげたいです。

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お呼びがかかる

9月9日(木)

今年度になってから、いくつかの地方自治体から留学生向けの進学説明会の案内が届いています。何年か前からお付き合いしているところもありますが、今年初めてというところがほとんどです。何とかして留学生を呼び込みたいのでしょう。

地方の大学は学生を集めにくいという面はあると思います。ただし、最近の報道によると、減ったとはいえ感染者数が桁違いに多い東京に出るのが不安で、地元での進学を希望する高校生が増えているとも言います。18歳人口が減り続けることを見越して先手を打とうとしているのかもしれません。

多様性という観点から留学生の募集に力を入れているとも考えられます。少し前になりますが、ある地方都市を旅行で訪れた時、「大学を誘致することで毎年XX名の学生が入ってきて、留学生も何名か住むようになる」というポスターが街の一番にぎやかなところに貼られていました。わざわざ留学生のことが書かれているという点に期待の大きさを感じました。

さて、当の留学生たちですが、あまり関心を持っていません。大学だとランキングが気になるでしょうが、大学院は研究内容優先ですから、少しは目を向けてもいいと思います。しかし、そういう学生の話は私の耳に届いていません。地方の大学に進学した卒業生に聞くと、特に国立大学の学生は、地元の人から尊敬されるそうです。留学生なら、それに輪がかかります。また、稀有な経験をしたいのなら、東京じゃなくて地方でしょう。日本らしさを感じたいのなら、やはり地方です。東京は、国際的すぎます。

地方のお話を聞いていると、私が行きたくなります。その地方ならではの研究をしてみたです。私の代わりに行ってくれる学生を探しています。

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「て」「、」

9月8日(水)

昨日は文法のテストがありました。それを採点すると、学生たちがいかにテスト問題を読んでいないかが如実にわかります。授業中の私たち教師の注意を、聞いていないないしは忘れてしまっていると言ってもいいでしょう。

助詞など機能語の使い方を問うので「ひらがな」で答えるようにと明記してあるのに、わざわざ漢字を書いてXになるなどというのが好例(?)でしょうか。しかも見当違いの言葉だったりすると、3点の問題だけど7点ぐらい引いてやりたくなります。「勉強した文法を使って」という指示を無視して、初級の文法で安易に答えているようなやつは、ZOOMの待機室から呼んでやらないぞ。初級クラスのURLを送りつけてやりましょうか。

“初級の文法で安易に”というのは、作文でも見られます。その最たるものが、て形で文をつなぐことです。「ワクチン接種をして、感染が防げる」でも言いたいことはわかりますが、「ワクチン接種をすれば、感染が防げる」の方が、ずっとこなれた日本語です。中級ともなれば、て形そのものを間違えることは少なくなりますが、だからと言って何でもかんでもて形で表現しようとしてはいけません。

て形で文をつなぐなら、まだましです。その下には「、」で文をつないだ気になっている豪の者が多数います。「大学を卒業した、日本で就職したい」など、「、」の代わりに「ら」を入れたら文法的には全く問題がないのに。

ところが、最近読んだ磯﨑健一郎の「新元号二年、四月」は、読点だけで延々と文がつながっていました。もちろん、芸術的な意図に基づいているのですが、学生の作文を思い出させられて、ストーリーに集中できませんでした。これも職業病ですね。

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鉄槌

9月7日(火)

火曜日のクラスは読解があります。毎週、テキストを読んで、予習問題をやってくることになっています。テキストを読んでということは、当然、漢字の読み方や意味は調べてくるということです。学生たちがここまでやってきてくれたら、教師は非常に楽です。それと同時に、テキストの内容を起点に、発展的な学習にも踏み込めます。

ところが、現実はそう甘くはありません。きちんと予習してくる学生は半数ほどでしょうか。残りは本文を音読させようとしても、満足に読めません。それどころか、「Aさん、次の段落を読んでください」と指示を出しても、その「次の段落」がどこなのかわからないという例が後を絶ちません。教室での対面授業なら、隣の学生にこっそり教えてもらうこともできましょうが、オンライン授業ではそうはいきません。自分の部屋で何か違うことに精を出していた学生は、話がどこまで進んでいるか、全くついてこられません。

指示詞の「それ」は直前の内容を指すという鉄則通りの問いを出しても、意味不明の答えが返ってくることがしばしばです。たとえ授業時間になってから初めて読んだにしたって、ちゃんと授業を聞いていれば、ストーリーを追うことができていれば容易に答えられる問いかけに対しても、あさっての方を向いた答えを平気で言ってしまいます。指名されて何も返事をしないと、私は「Bさん、いませんね」と言って欠席にしてしまいますから、とりあえず声は上げます。しかし、授業に集中していなかったのですから、答えられるわけがありません。

「来週から、予習してきた学生だけに授業をします。予習してこなくて読解がわからなくて期末テストで点が取れなくて来学期進級できなくても、それは私のせいじゃありません。予習しなかった、授業を聞いていなかった自分自身の責任です」と、宣言してしまいました。こんな授業では、まじめに予習してきている学生がかわいそうです。勉強する意欲のある学生を大事にする授業をしていきます。

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活用

9月3日(金)

スピーチコンテスト2日目。オンラインという条件をうまく生かしてスピーチをした学生が、高い評価を得ました。スピーチは、大きなホールのステージ上に据えられた演台に立って行うものという、私のような古い頭の人間の固定観念を打ち破ってくれました。言ってみれば、所与の環境に順応し、むしろそれを活用する能力に長けているのでしょう。

スピーチの内容も、「こういう状況に負けずに頑張ろう!」などという威勢の良すぎるものではなく、自分の考えを堅実に述べたり、習った文法を駆使して自分の生活を活写したりというように、聞き手の心をとらえるものが多かったです。審査員のみなさんからも、感動したとか考えさせられたとかという感想が寄せられました。

初級のスピーチは、自分の身の回りのことをまとめてスピーチにするものです。そういうレベルの語彙や文法しか勉強していませんから、世界経済の動向をとうとうと語っても、それは自分の言葉ではなく、聞き手に響くこともありません。今回は、その「自分の身の回り」を、種々の機器やテクニックを活用して今までになくリアルに表現していました。また、大ホールでのスピーチではよくつかめない表情も、パソコンの画面上では手に取るようにつかめます。おそらく本人は気付いていないでしょうが、一瞬の目の輝きや表情筋の動きが百万言よりも雄弁に言わんとしていることを語っていました。

ただ、スピーカーはやっぱりクラスの代表なんですよね。初級のみんながこんな表現力を持っているわけではありません。スピーチを聞いた学生は、大いに刺激されてほしいです。これもまた、スピーチコンテストの意義・目的の1つです。

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新しいスピーチコンテスト

9月2日(木)

久しぶりのスピーチコンテストを、初めてのオンラインで開催しました。私は審査とりまとめ役でしたが、集計方法などで戸惑いました。各教職員、それぞれの担当でそれぞれの苦労があったようです。昨日までリハーサルを繰り返しましたが、実際にやってみると意外なところから問題が噴出してきました。致命的な失敗はありませんでしたが、明日に向けての反省材料はたっぷりあります。そうです。今回は2日間の分散開催なのです。

オンライン授業のためスピーチの練習の機会が少なかったのではないかと心配していましたが、それを跳ね返して立派なスピーチをしてくれました。今までに比べて開催時期が遅いことが有利に働いた面もあるようです。授業や面接では発音の悪い学生をたくさん見てきましたが、さすがにクラス代表に選ばれただけあって、きれいな発音を聞かせてもらえました。発音はやっぱり訓練の量がものをいうのですね。

ただ、自室でパソコンに向かって話しているからでしょうか、熱弁が少なかったように感じました。印象的なスピーチは、会場の生の反応との相乗効果で生まれるものです。拍手や笑い、うなずきに支えられて練習以上のスピーチを繰り広げる学生がいたものですが、今回はそういう大化けのスピーカーはいなかったようです。

自室からのスピーチならではの工夫もありました。自分が飼っているペットを見せてくれたり、いかにもリラックスした表情で話していたりなど、今までとは違った雰囲気のスピーチもありました。

さて、明日はどんなスピーチが聞けるのでしょうか。

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なんとなく

9月1日(水)

授業後は、昨日に引き続き学生面接。Rさんは、中間テストの成績はまあまあ以上です。この調子で勉強を続けてくれれば、進級はできるでしょう。しかし、やはり、進路に問題があります。

国の大学で情報学を勉強してきたので、日本でも大学院で情報学を続けたいと言います。それはいいです。でも、情報学のどのような研究をしたいのか、どこの大学院に進学したいのかとなると、「わかりません」を連発します。2023年の進学を考えていると言いますが、たとえそれが認められたとしても、現時点で何も考えていないとなると、それだって危ういです。

今まで受け持った先生方の話によると、Rさんは機械工学、電子工学、心理学、宗教学など、勉強したいことがころころ変わってきました。その変遷の記録を見ると、勉強したいことがたくさんあるというよりは、何を勉強したいかわからない、本当に勉強したいことがわからない、日本へ来たまではいいけど将来展望が何もないというのが実情のようです。

そもそも、本当に大学院に進学したいかも怪しいものです。高卒の学部進学希望の学生より何も考えていないかもしれません。9月に入ってここまで白紙の大学院進学希望生も珍しいです。2023年進学だって、こんな調子ではうまくいくかどうかわかりません。

Rさんも、成績のわりにしゃべれません。昨日に引き続き、日本語教師の超能力を遺憾なく発揮してしまいました。一昔前までは日本にい続けたいから必死に会話の練習をするという学生もいました。しかし、今はスマホさえあれば日本語が話せなくても日本を楽しめちゃうみたいですね。

来週も、難問を抱えた学生の面接が待ち受けています。

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+180の夢

8月31日(火)

夏休みを挟んだため遅くなってしまいましたが、毎学期恒例の、中間テスト後の面接が始まりました。皮切りは、理科系志望ということもあり、Hさんでした。

HさんはS大学を第一志望としています。理工系学部を狙っている学生だれもが憧れる大学ですから、そう簡単に入れてくれません。Hさんも、6月のEJUの結果では、日本語+数学+理科で100~150点は足りないことはわかっています。しかし、11月にはそれを上回る180点ぐらいの上積みができると思っています。

根拠を聞くと、6月は全然勉強しないで受けたけど、11月はしっかり勉強してから受けるからそのぐらいの点は取れるだろうという程度です。こんな発想では、50点も伸びないでしょう。

更に困ったことに、S大学の滑り止めを全然考えていません。S大学を受けるのは自由ですが、S大学しか受けないとなると、来年の年明け早々、行き先が決まらなくて大慌てすることが目に見えています。そういうことを説いても、Hさんは動ずるところが全くありません。

しかし、Hさんは発話ができません。このやり取りだって、相手が私だからこそどうにか成り立ったのであり、普通の日本人は絶対に理解できないでしょう。もちろんS大学の面接官がHさんの気持ちをくみ取ってくれようはずがありません。面接や口頭試問とはどういうものかを話したら、聴解力にも自信がないHさん、さすがに不安を感じ始めたようでした。そして最後には、渋々とですが、滑り止めを考えてみると言いました。

緊急事態宣言中でも、受験シーズンは粛々と近づいてきています。

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