ある合格

12月9日(火)

朝、午前中の授業の準備をしていたら、Jさんからメールが届きました。見ると、R大学とK大学に受かって、R大学に進学することにしたと書いてありました。

Jさんは入学以来出席状況が悪かったです。このまま来年の3月まで在籍したら、大学に合格してもビザがもらえないということになりかねないと判断し、退学を勧めました。日本に未練があり、渋々という感じもありましたが、最後にはJさん自身で決断し、帰国しました。

KCPで上級クラスでしたから、日本語力はそれなり以上にあります。国で小論文や面接など、もともと持っている日本語力を生かす訓練をしたうえで受験したのでしょう。それが大学合格につながったに違いありません。ですから、Jさんにとっては、KCPは合わなかったのです。毎朝9時から、20人のクラスで、決められた時間割に従って、毎日のように発言を求められ、テストも宿題も多く、…という方式に息苦しさを感じていたのかも知れません。そこから逃れたくて学校を休んだと考えられなくもありません。国へ帰ったJさんは、自分のペースでより実のある勉強ができたのではないでしょうか。

1人でも多くの学生から支持されるようにと思って学校を運営していますが、どんな人でも取り込めるわけではありません。Jさんのような優秀な人材を取り逃がすことだってあるのです。Jさん以外にも、KCPの勉強法に背を向けて去っていた学生はいます。もちろん、昨日のこの稿のCさんのように、KCPにどっぷり漬かって進学した学生も大勢います。

Jさんの本当の勉強は、大学に入ってからです。大学は日本語学校より自由度が大きいですから、Jさんに合っているかもしれません。でも、その自由度に溺れてしまったら、何も得ることなく大学を後にしなければなりません。その意味では日本語学校よりも厳しいところです。大学をやめるのとKCPをやめるのとでは、その人の人生に与えるショックが桁違いです。

そういうことも考えつつ、Jさんには心の中で拍手を送っています。再来日した際には、顔を見せてくださいね。

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人口1人増加

12月8日(月)

お昼近く、仕事をしていたら、ロビーに見覚えのある顔が現れました。KCPからW大学の大学院に進学したCさんでした。ついこの間までKCPで勉強していたような気がしたのですが、本人に聞いてみると、大学院に進学したのは2018年のことだと言いますから、7年も前の話です。でも、Cさんの顔はほとんど変わっていませんでした。人懐っこいキャラクターも、KCPにいた頃と全く同じです。

Cさん、日本人になったそうです。帰化が認められ、いろいろな手続きをし、ちょっと時間が余ったからこちらまで来てくれたとのことでした。それにしても、早いペースで帰化できたものです。大学院進学が2018年ですから、就職は2020年です。2020年と言えば日本中がマスクをして逼塞していた時です。そんな時からまじめに働き、会社でも実績を挙げたのでしょうね。学歴も高く(しかもW大学と言えば一流)、加えて勤務評定も素晴らしいtなれば、日本政府の覚えもめでたかったのでしょう。

日本語もさらに上達していました。胸を張って日本人と名乗れる話し方でした。母国の国籍を捨てるまでには葛藤もあったことと思います。母国への思いを断ち切るために日本語に磨きをかけたのかなあとも思いました。日本は、優秀な国民を1人手に入れました。

そのCさん、現在住んでいるのは東京ではなく長野県です。「長野って言っても広いけど、どこ?」と聞いて出てきた地名が、F先生の地元でした。そして、偶然にしてはできすぎですが、F先生のご実家から、毎冬恒例の、おいしい信州りんごが学校に届きました。私も真っ赤なりんごを1ついただきました。いつも通り、しばらく飾って目で楽しんでから、いただくことにします。

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心の奥底

12月5日(金)

夏休みに福岡の街を歩いていた時です。突然、不快感が襲ってきました。何がどう気に障ったのかわかりませんでしたが、ムカつくような、何かに怒りをぶつけたいような、そんな漠然と嫌な気持ちになりました。ある遺跡に向かって歩いていた時、ほんの一瞬前まではその遺跡に思いを巡らして楽しかったのですが、その楽しさが消え去り、暗雲に包まれたようでした。

原因がわからず、ちょうど赤信号に引っかかったこともあり、立ち止まってあたりを見回しました。すると、ある見覚えのある看板が目に入りました。ピーンときました。その看板に不快感の源がありそうでした。どうしてだろうと必死に思い出してみたところ、その看板は、私がネットでよく見るサイトに広告として出ていたのです。その広告はサイトを見る際に本当に邪魔くさく、いちいち消していました。そのたびに嫌悪感を抱き、だから偶然その広告が目に入った時、不快感が込み上げてきたのです。

その広告の会社の商品・サービスは、今の私の生活にはまったく無関係で、買ったり利用したりすることはありません。そういう意味では、その会社は私にとってニュートラルなのですが、ネットの広告のおかげで、ネガティブな感情が意識下に刷り込まれていたというわけです。

将来、その会社が扱っている商品・サービスを利用する機会が生じても、その会社にだけはお世話になるつもりはありません。これ以外にも、ネットの広告には悪印象しか残さないものをよく目にします。今までだって、そういう会社の品物を無意識のうちに避けていたかもしれません。私が偏屈者だからかもしれませんが、ネットに広告を出す会社さん、少しは考えてくださいね。

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18日帰国

12月4日(木)

Bさんは、指定校推薦でC大学に受かりました。“一番勉強したいことが勉強できることになってよかったねと”、Bさんを教えた教師誰もが拍手しました。面接を指導した担任のH先生も、心の底から祝福しました。私も本番直前に最後の面接練習をしました。自己表現が不器用なBさがこれほどまでになるとはと、感慨深いものがありました。目標に向かってひたむきに前進を続けるBさんに、大いに期待するものがありました。

Kさんの面接練習を終えて仕事をしていると、H先生が来ました。「Bさんが18日に帰国すると言っています」と訴えました。今学期の期末テストは19日です。ですから、このままだと、期末を受けずに帰国することになります。なぜ18日に帰国したいかというと、18日の方が、チケットが安いからだそうです。“問題外の外”っていうやつですね。

もし、本当に18日に帰国したら、卒業するまでずっと模範生でい続けるという、指定校推薦を受けるにあたってBさんがサインした誓約書にも違反します。こちらとしては、悪い学生を推薦してしまったということで、C大学に事情を報告し、その判断を仰がねばなりません。C大学が合格取り消しと言ったら、それまでです。

かつて、指定校推薦で合格した学生が、気が緩んで休むようになり、出席率がその大学の推薦基準を下回ってしまったことがありました。その時は、本人の目の間でその大学に電話を掛け、担当者に状況を伝えました。その方から合格取り消しにはしないというお言葉をいただきましたかr、事なきを得ました。

指定校推薦は、大学とKCPの間の信頼関係に基づいて成り立っています。学生一個人の問題ではありません。とはいえ、こんなこと、20歳になるかならないかの子どもには、わからないかもしれません。上述の目の前で電話を掛けられた学生も、私が大学の方と話している間は真っ蒼になっていました。

Bさんには、明日、H先生がもう一度話をしてくださいます。それでも18日に帰ると言い張るのなら、私が出て行くほかないでしょう。

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さくぶん

12月3日(水)

レベル1にも作文があります。作文の授業があるのではなく、その課で習った表現を使って、こちらから与えたテーマについてある程度まとまった文章を書いてくるという宿題を出しています。とはいえ、習った文法も語彙も高が知れていますから、そんなに立派な文章は期待していません。既習の表現を使うチャンスを与えていると言った方が正しいでしょう。

昨日は、プレゼントについて書いてくるという宿題でした。提出された作文を見ると、まず、教科書だけを参考にして書いたと思われるグループがあります。こちらの意図したとおりなのですが、残念ながら少数派です。LさんやYさんはその数少ない学生で、書きたいことはいろいろあったのでしょうが、自分の力で書ける範囲の内容だけ書いたという感じがします。

次はところどころに未習の表現を使っているグループです。辞書か文法書などに頼ったのか、独習で身に付けた表現なのか、そこまではなかなか見極められません。このグループが最大勢力でしょう。Pさんはこのグループでしょう。授業中の様子からすると、学校の授業より先に進んで勉強した表現を使った気がします。Sさんは翻訳ソフトを使ったかもしれません。写し間違いとしか思えない間違いが数か所ありました。

どっぷり翻訳ソフトのグループもあります。Nさんはたぶんこれなんじゃないかなあ。私が受け持っている上級の学生よりも素晴らしい文章でした。翻訳ソフトだとしたら、母語でそれだけのレベルの文章が作れるということですから、今後の勉強のしかたによっては大きく伸びていく可能性を秘めています。しかし、これがAIだとしたら、絶望的ですね。プロンプトの作り方がうまいことは認めますが、そこまでです。

宿題用紙の全面を使って一番たくさん書いてくれたのがDさんでした。既習表現を使っていますが、それでは表現しきれない内容を書こうとしているため、結果として誤用になってしまった部分もありました。こういう作文の添削は悩むところですが、Dさんなら消化してくれるだろうと信じ、未習の表現で赤を入れました。

この学生たちが上級まで来た時、どんな文章を書くのでしょう。これが、種まきの楽しみです。

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年金

12月2日(火)

日本に住んでいる20歳以上の人は、国民年金保険料を納付しなければなりません。これは留学生でも例外ではありません。しかし、多くの留学生は、収入がないかそれに近い状態です。にもかかわらず、しかも留学生の場合は、年金がもらえる年齢まで日本にいるかどうかわからないのに、国民年金保険料をむしり取ろうというのはあまりにも無慈悲だと自覚しているのか、国は学生納付特例という、無収入の学生は国民年金保険料を納めなくてもいいという特例を設けています。これは日本人の学生にも適用されますが、日本人学生の場合は、少なくとも法律の建前上は、親世代の仕送りとなっていますから、たとえ支払ったとしても、親孝行と思えないこともありません。留学生は親孝行にはなりませんよね。

さて、その学生納付特例ですが、学生側が申請しないといけません。何もしないでいると納付義務が生じ、知らないうちに未納滞納となりかねません。そうなると、将来、大学や大学院を出て、何かをしようとするとき、その未納滞納が支障になるおそれもあります。かなり昔の話ですが、ある卒業生が、日本とは全然関係ない国の在留資格を申請するために、KCPの出席証明書を申請してきたことがありました。その卒業生は出席率が90%以上でしたから、KCPの在留資格がもらえなかったということはなかったでしょう。“過去”が思わぬところで利いてくるんだなあと驚いたことを今でも覚えています。

朝から上級の学生を対象に、年金事務所の方が学生納付特例の申請のしかたを説明してくださり、その場で申請書類を受け付けてくださいました。先週から予告していましたが、学生たちはわりと神妙に話を聞いて、きちんと申請書類を書き、提出していました。面倒くさがり屋の学生も、複数枚の申請書類を丁寧な字で埋めていました。これを見ていた20歳未満の学生も、自分たちの番になったらきちんとやってくれることでしょう。

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尻押し

12月1日(月)

レベル1は、いよいよ胸突き八丁にかかってきました。助詞もいろいろな使い方が出てくるし、動詞の活用も増えたし、微妙な違いを含んだ表現も出てくるし、教える方も苦しくなってきます。今までと同じ調子で教えていくと、学生たちは“???”になりかねません。こういう時は、どうにかして学生に印象を残すに限ります。理屈はよくわからないけど、なんか変なことをやったなあ…という方向に持って行きます。

「みんなの日本語」を使っていたころは文法が授業の柱でしたから、思い切って会話をふんだんに取り込んで特徴づけるということもしました。今は、使っている教科書がその反対の意識でつくられていて、会話が授業の中心ですから、文法のしくみに触れることで、学生の記憶になにがしかを残したいと思っています。

でも、やっぱり、主役は学生であり、日本語を身につける主体も学生です。教師は、学生をぐいぐい引っ張るというよりは、学生の尻押しをしている感じでちょうどいいのです。

私の尻押しは、学生の頭の整理のお手伝いです。例えば、既習事項の「写真を撮りますか」「写真を撮りませんか」「写真を撮りましょうか」は何がどう違うのか、これを学生に考えさせます。もちろん、ヒントぐらいは与えますよ。そして、その違いを自分でまとめて納得できれば、レベル2への道も開けていくでしょう。これの繰り返しが、胸突き八丁を越える杖だと思います。

気が付けば、12月です。ひと月でお正月です。学生が明るいお正月を迎えられるよう、今年最後のひと踏ん張りをしなければなりません。

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全面改訂

11月29日(土)

このたび、KCPは、文部科学省の認定日本語教育機関になりました。これを機会に、ホームページを全面的にリニューアルしようということになりました。その新ホームページに載せる写真撮影が行われました。

モデルを引き受けてくれた学生が朝から集まってきました。いずれも顔面偏差値がかなり高いです。普段の授業の時より少し小ぎれいにしていますから、なおさら引き立ちます。カメラマンのCさんは、国では本職でした。機材も本格的です。モデルもカメラマンも、特級です。

午前中は学校生活のいろいろな場面を想定して、教室やらラウンジやら、校内至る所で撮影したようです。午後は進学相談の場面ということで、私も駆り出されました。この写真撮影のために、明るい色のシャツとネクタイで出勤するようにと、昨日、A先生から言われていました。Bさんと進学相談のような話をしているうちに何枚か写真を撮られたようです。

その後しばらくして、今度は私一人だけの写真を撮りました。雑然とした私の机ではなく、広々とした机を前に、ポーズを取りました。座ったり立ったり、何パターンか撮ってもらいました。私は自分で写真を撮ることもしないし、撮られることもあまりありません。ですから、Cさんのカメラから連続的にシャッター音がするのですが、動いていいのか悪いのかわからず、とりあえずそのままの姿勢でいました。でも、ほとんど動きのないポーズの写真を何枚、何十枚と比べて、どれが一番いいかってわかるのでしょうか。

Cさんに見せてもらった写真はよく撮れすぎていて、ホームページでその写真を見た方が実物を見たら、“なんじゃこれ?”となってしまいそうです。M先生が遺影にいいとおっしゃいましたが、本当にそうです。

私はホームページの大改修には直接かかわっていませんから、“遺影”がいつ登場するのかわかりません。そう遠くない将来にリニューアルオープンするでしょうから、それまで首を長くして待つことにしましょう。

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鍛えたいですが

11月28日(金)

Xさんは日本語プラス生物でEJUの問題に取り組んでいます。大学で生物系の勉強がしたいというだけあって、毎回そこそこの成績を挙げます。頭の中に知識体系が形作られているようですから、うまく鍛えればどんどん伸びていけそうです。

ただ、その鍛え方に工夫が要りそうです。わからない、解けない問題の多くが、知識の有無ではなく、問題文ないしは選択肢の読解にかかわっているからです。「先生、わかりません」と持って来る問題の多くが、難易度☆ぐらいのレベルです。Xさんの実力からすると、解けないわけがありません。

問題文をかみ砕いて、時にはホワイトボードに図を描いたりもして、解きほぐしていくと、たいていどこかで“なあんだ、そんなことか”となります。独力では問題文が読み取れなかったというケースがよくあります。Xさん自身もそれに気づいていて、もどかしく思っています。

だから、Xさんの“わからない”は、学術的にわからないのか、日本語的にわからないのか、瞬時に見分ける必要があります。後者の場合は、文構造にさかのぼって、問題文や選択肢の読解のポイントを教えることもあります。

また、Xさんは、日本人の高校生向けの図版資料を参考書として持っています。そこかしこに書き込みがあり、努力の跡がうかがえます。日本語の勉強にもなっていることと思います。しかし、索引を使っている形跡がりません。“ベクターは何ですか”と聞いてきたので、図版を見ろと指示したら、出ていそうなページをあちこち開いては出ていなかったということを繰り返していました。私が索引を使ってベクターの出ているページをたちどころに開いてみせると、とても驚いていました。

耳から入ってきた言葉を索引で調べるのは、まだ中級のXさんには難しいこともあるでしょう。しかし、印刷された言葉なら、楽に調べられるはずです。それとも、索引ページの日本語単語の行列を見るとめまいを起こすのでしょうか。鍛え方が難しそうです。

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頭痛の原因

11月27日(木)

火曜日の選択授業・小論文で学生が書いた小論文をチェックしました。今週は文章読解型小論文に挑戦しました。1000字ほどのまとまった文章を読んだ上で、与えられた課題について書いてもらいました。今までは「こういう意見・考え方についてどう思いますか」というパターンが多かったのですが、今週は課題文から筆者の意見を読み取るところから始まりました。

初回ですから、読解に関しては多少助けてあげました。学生たちには理解しづらいだろうなというところには、解説を加えました。そして、書くべき課題についても、こういう構成で書くといいと説明しました。

さて、ふたを開けてみると、約半数の学生が的外れな小論文を書いていました。「なぜ○○が必要なのですか」という問いなのですが、「筆者の意見に賛成だ」「○○に反対だ」と書き出していました。1000字の文章どころか、わずか1行の指示文すら読み取れていませんでした。“課題は「なぜ」だから、賛成/反対で答えちゃいけないよ”と注意したにもかかわらず、堂々と賛成/反対で書き始めた学生が半数もいたのです。しかも、上級の学生たちだよ。激しい頭痛と吐き気に襲われました。

それに耐えながら「筆者の意見に賛成だ」の続きを読みました。予想通り、「なぜ」の答えは現れませんでした。入試の採点官だったら思い切り0点をつけるところですが、どこか1つでも評価できるところはないかと、目を最大変に見開いて探しました。無駄な努力でした。

すでに小論文入試を受けた学生たちもこんなのを書いたのでしょうか。だとしたら、受かるわけがありません。

賛成/反対組には、コメントで“なぜ”に答えていないと訴えました。そして、書き直しを命じることにしようかと考えています。

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