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まだ復活せず

3月24日(木)

Kさんは理科系の受験講座を受けています。数学は、私の説明に対して質問したり、私の計算間違いを指摘したりできるくらいまで力が伸びてきました。時々ひっかけ問題にはまってしまいますが、ヒントを与えると自分ではい出してきます。6月のEJUも、ある程度は計算できそうです。

問題は、理科です。数学は数式を追っていけばかなりの所まで理解できますが、物理や化学はそういうわけにはいきません。私の授業はすべて日本語ですから、物理の法則や化合物の性質など、私の日本語がわからなかったらどうしようもありません。練習問題をさせてみると、私の話がちゃんと届いているか不安な状況です。

クラスの先生に聞いてみると、Kさんの日本語力は、順調に伸びているとは言い難いようです。先学期は進級できず、今学期も同じレベルをやっていますが、今学期も進級が危ういとのことです。この調子だと、EJUの日本語も期待薄なのが現状です。

Kさんは昨年夏、ワクチンを打った後に体調を崩し、学校もずいぶん休みました。それから半年以上たちましたが、まだ完全に健康を取り戻してはいないようです。これが日本語の習得に悪影響を及ぼしているのです。

いちばんもどかしい思いをしているのは、Kさん自身でしょう。あれだけ数学ができるのですから、理科系のセンスはあります。EJUが国の言葉で出題されれば、平均点は軽く超える成績が挙げられるでしょう。しかし、現在のKさんは…。こういう時期でなければ、健康な状態で勉強でき、今ごろ6月に向けて自信を持って歩んでいけたに違いありません。

来学期の受験講座は対面で行う予定です。どうにかKさんの力になりたいです。

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動き始める

3月23日(水)

学期が終わりに近づいたこの時期は、新学期から受験講座を受けたいという学生への説明会をする時期でもあります。先週から、学生のレベルやコースに応じて、何回か説明してきました。

Sさんも4月から受験講座を始めようと思っている学生です。大学で何を勉強したいかと聞くと、経営学か社会学とすぐに答えが返ってきました。これでも結構幅が広いのですが、漠然と数学はできないから文系に進みたいなどというのよりはずっとしっかりしています。即答に近かったということは、ある程度大学や学部について研究もしているということでしょう。具体的な志望校は挙がってきませんでしたが、現在上級ということは、名の通った大学を狙っているに違いありません。数学は苦手だとのことですから、私立大学です。とすると、範囲はかなり絞られてきます。そうそう、TOEFLの相場も聞いてきましたから、あのあたりの大学でしょうね。

去年のEJUの点数を聞くと、そういう大学を狙うには、日本語で60点ぐらい、総合科目は40点ほど、点数の上積みが必要です。これは、同時に、Sさんの6月のEJUにおける目標点でもあります。この目標がクリアできたら、受験講座の次の段階、出願準備に進むことになります。募集要項を取り寄せ、願書を作成したり、出願校によっては志望理由書を書いたりしていきます。

Sさんは半年前に受け持ちました。半分オンラインでしたから明確な印象はないのですが、真面目な学生だったという記憶はあります。今学期の担当の先生方も、Sさんは真面目な学生だから力になってあげたいと言っています。どうやら、鍛えがいのある学生を1人発掘したようです。

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停電?

3月22日(火)

それにしても寒い1日でしたね。桜の開花宣言が出たと思ったら、みぞれです。普通の日なら最高気温が出る時間帯に、最低気温を記録しました。しかも、真冬並みの気温で、東京近辺はどこもかろうじて0度を割らなかった程度という、気合の入った寒さでした。私も真冬の装備に逆戻りで出勤しました。

そんな中、電力需給逼迫警報なるものが出されました。この寒さで暖房用の電力が増し、この悪天候で太陽光発電が見込めず、先日の地震で一部の発電所が停止しているとあって、需要増の供給減という状況に陥ってしまいました。

タイミングが悪いことに、KCPでは、「まん延」が解除されたので、今週は対面授業としました。でも、20名の学生が個々に暖房をつけるより、1つの教室に集まってみんなで暖房に当たっているほうが、消費電力は少ないかもしれません。教師も、生の学生を目の前にして、身も心も温まったことでしょう。

私のうちは、エアコンはありますが、あまり使いません。狭い部屋を密閉すれば極端に寒くなることはなく、厚着をすればどうにかしのげます。また、私は夜更かしをしませんから、風呂から上がったらそのまま寝てしまいます。だから、逆に、電力需給逼迫警報を出されても、節電の余地がありません。

午後から、チリと米国のペンシルバニアの学生と、オンラインで話をしました。2人とも真夜中ですが、元気に話してくれました。ペンシルバニアも寒く、雪が数センチ積もっているそうです。でも、明日あたりは暖かくなり、雪は解けるだろうと言っていました。チリは、南半球ですから、もうすぐ木の葉が黄色くなる時期だそうです。

こんな話を聞くと、たった1日の寒さぐらい丸まって過ごしてしまえばと思えてきます。2人とも、もうすぐ日本へ来ます。その頃は、寒の戻りと言っても、ここまで厳しい寒さにはならないでしょう。そうですよ、もう桜が咲いたんだもんね。

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来る人、来ない人

3月19日(土)

Kさんはオンラインの学生ですが、受験講座も含めてきちんと出席してきました。卒業式後は最上級クラスです。また、行事にも積極的に参加してくれました。オンラインの節分では、おいしそうに料理を食べてましたっけ。

私も、そんなKさんが来日して、生で会えるのを楽しみにしていました。しかし、Kさんは軍隊に行きます。兵役を済ませてから、改めて進学の準備をして、後顧の憂いなく大学で勉学に打ち込むのだそうです。それも1つの決断です。大学に進学してから休学して入隊する人も多いですが、入学が遅れることよりも勉強を途切れさせないことを優先したというわけです。

もうすぐ「まん延」が終わります。通常の生活に戻る第1歩となるはずですが、感染者数最高を記録している県も毎日にようにあります。東京だって、ピークは越えていますが、感染者数の絶対値は相当なものです。留学生が来てくれるのはうれしい限りですが、感染が沈静化したとは言い難い国で暮らし始める留学生自身はどんな心境なのでしょう。「ウチの国よりましだよ」なんて思っている人もいるのかな。

そんなことより、入国できるときに入国しておきたいという気持ちが勝っているのかもしれません。日本は前科がありますからね、一度閉ざしたら貝のごとく絶対に開かないという。だから、Kさんが敢えて来日を見送ったというのは、非常に勇気ある決断だと思います。しかも、今、Kさんの国は日本よりひどい感染状況ですから。Kさんが兵役を終えるころには、かつてのような自由な国際往来が復活していることを願うばかりです。

来週以降、オンラインの学生やら新入生やらが三々五々入ってきます。万里の波濤を飛び越え、隔離という最後のハードルもクリアして、ようやく新宿までたどり着く学生も出始めます。この学生たちに幸多かれと祈っております。

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もうすぐです

3月18日(金)

学期末が近づくと、次の学期の受験講座の準備が始まります。まず、新学期のレベル3になる進学コースの学生に対し、EJU各科目の対策講座のオリエンテーションをします。それから、進学コース以外の学生で受験講座を受講したい学生への説明会を開きます。最近は対象者のほとんどが海外でオンライン授業を受けている学生たちなので、こうしたオリエンテーション・説明会もオンラインです。

対面でもパワーポイントを使って話しますから、それをZOOMに乗せるだけなので、私にとっては大きな違いはありません。ただ、質問は対面の方が多いですね。対象が初級の学生ですから、やさしくゆっくりしゃべっても通じなかったのかなあと心配にもなります。

通じる通じない以前に、聞き取れていないおそれも感じます。パワーポイントのスライドにも明記したし、ゆっくり繰り返し話したのに、「○○について説明してください」という質問を受けることもあります。聴解力が伸びていないのでしょうかねえ。目と耳とを複合的に使って話し手の言わんとしていることを把握する力が、3年前より落ちている気がします。ある程度まとまった話を聞いて、内容を理解して、何かリアクションを起こすというのは、どこに進学しても求められる力です。KCPに受験講座は、これも自然に養えます。

夕方からの説明会に参加したHさんは、昨日来日したばかりの学生です。「受講料は日本へ来てから払ってください」と言ったら、Hさんの鼻が少し膨らんだような気がしました。画面に出ていた他の学生たちも、「そうだよね、もうすぐだよね」という顔をしていました。

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しっかり身構えて

3月17日(木)

寝入りばなを襲われました。ミシミシという音とベッドの揺れで目が覚めました。あ、地震だと思って、時刻を確認しました。異常事態が発生したら、まず時計を見ます。何時何分と確かめることで、落ち着きを取り戻すのです。

程なく揺れのピークは過ぎ去りましたが、揺れが収まるまでにはしばらく時間を要しました。しかし、物が落ちたとか倒れたとかという気配は感じませんでしたから、震度2か3かなと思いながらそのまままた寝てしまいました。

朝起きて家の中を改めて見てみると、いつも開け放っておくドアが半分閉まっていました。1階まで新聞を取りに行こうとエレベーターホールまで出たら、「地震」という表示が出てエレベーターが止まっているではありませんか。私が寝ぼけた頭で感じたよりはるかに激しく揺れたようでした。

新聞を読みながら朝食を取るのが日課なのですが、新聞を取りに行けないのでテレビをつけました。すると、「宮城・福島震度6強」「津波注意報」という言葉が躍っているではありませんか。慌ててネットで調べたら、私のうちのあたりは震度4でした。エレベーターが止まってもおかしくはありません。LINEを見てみたら、地震の直後にKCPの先生方は連絡を取り合っていたようでした。

1階まで階段で下りるなんて朝からしんどいなあと思いつつ、早めに家を出て非常階段に向かうと、エレベーターが復旧していました。おかげで、エントランスのベンチに腰掛けて新聞を読む時間すらありました。

東京メトロは平常運転で、四ツ谷で外に出た時、空の明るさに驚きました。このところ、朝曇っているパターンが続いていましたからね。学校の中は異状なしでした。

3.11に比べれば桁違いに少ないとはいえ、犠牲者や負傷者が出たことには胸が痛みます。日本で暮らす限り、1日たりとも油断はできません。

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何を鍛える?

3月16日(水)

"塩少々“と言ったら、どれぐらいの量を想像しますか。もちろん、どんな料理か、何人前作るか、口にする人の好みなどによって左右されます。しかし、そういう条件が決まれば、このぐらいという勘が働くのではないでしょうか。そんな感覚が全然わいてこないという人は、料理をし慣れていない人です。

料理に限らず、私たちは日々の活動すべてに、ほとんど無意識のうちに、勘を働かせているものです。雨が降っているから少し早めにうちを出ようとか、車の運転ならブレーキの踏み方とか、日本語教師だったらどんな練習にどのくらいの時間が必要かなどというのも、このうちでしょう。

こういった勘が働かないと、うまくいかないとまでは言いませんが、スムーズに事が運ばないことが多いです。誰でもそこそこできるようにと、この勘の部分にAIを導入しようとしているのが昨今の社会の流れだと言ってもいいでしょう。数年後には多くの勘がAIに代替されているかもしれません。

しかし、AIには代替されない勘もあります。それは受験における勘です。例えば、数学の問題を解くときに、こういう道筋で考えれば答えが得られるという勘、得られた答えが合っているかどうかという勘、そういった勘は受験生が地道に養っていくほかないものです。これは、ある程度までは口伝も可能ですが、それ以上は受験生自身の努力と訓練によってのみ育てられるのです。

そういう点、理科系の受験講座の学生たちは、まだまだですね。これから相当鍛えていかないと、6月のEJUに間に合いません。あと3か月と3日です。

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使いすぎが懐かしい

3月15日(火)

外国人の日本語会話力を測る方法はいろいろあるでしょうが、私は、「んです」の使い方で判断しています。例えば、間垣親方(元横綱白鵬)や照ノ富士など、幕内の、しかも上位まで昇進したり、ある程度以上長期間相撲界に身を置いていたりする外国人力士は、ほぼ例外なく「んです」を過不足なく使っています。高見山や小錦も自然に使いこなしていましたから、この基準は信用できると思います。

この基準に則ると、KCPの学生は、総じて会話力があまり高くないです。JLPTのN1のスコアを比べれば、上述の(元)力士たちよりKCPの学生たちの方が高いでしょう。しかし、インタビューに答えたり、大勢の人々を前にしてまとまった話をしたりする力は、力士たちの方が桁違いに高いでしょう。要するに、KCPの学生は話し慣れていないのです。丸暗記した志望理由を述べ立てるだけでは、会話力は伸びません。

もちろん、KCPにも「んです」を上手に使う学生がいます。あまりじっくり話したことはありませんが、卒業生のCさんなんかは、話が違和感なく頭の中まで入ってきました。うっかりしていると、どこで「んです」を使ったかわからないくらい自然です。こういう学生は、進学先でも周囲から多くのことを学べるのだろうと思います。

一昔前は、「んです」を使いすぎる学生が目立ったものですが、最近はそういう学生がいなくなりました。みんな机に向かう勉強が中心で、日本語で話す相手は教師ぐらいしかいないのでしょうかね。オンラインでそういう傾向が深化したのだとしたら、他の授業を犠牲にしてでも何か手打たなければなりません。

今週中にも海外にいる学生が入国してきます。長い時間待たされてきただけに、期待も大きいでしょう。「んです」を鍛えて、日本まで来たかいがあったと思わせたいです。

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今年1番の陽気

3月14日(月)

朝から暖かかったですね。コートもマフラーも手袋もなし、春装束で出勤しました。そのかっこうでも、私が家を出る日の出前でさえ全く寒くなかったです。先週まで、出勤して1番の仕事が暖房をつけることでしたが、今朝はまずブラインドを上げました。曇り空から小雨がぱらついていましたが、窓の外から弱いながらも明るさが窓辺に入り込んできました。

お昼を食べに出た時はすでに快晴となっていて、日なたはスーツの上着すら要らない感じでした。むしろ、店の中のほうが肌寒くさえありました。公園のベンチでひなたぼっこをしたら気持ちいいだろうなと思いましたが、道に朝の雨の名残があったので、ベンチも濡れているのではないかと思い、我慢しました。

東京の最高気温は24.1度で、もちろん今年最高。5月上旬並みと言いますから、もはや初夏です。週末から暖かい日が続いていますから、桜のつぼみも膨らんだことでしょう。うちの近くにある早咲きの桜は、昨日の午後の時点で満開でした。予報によるとしばらく暖かい日が続きそうですから、普通のソメイヨシノも案外早く咲き始めるかもしれません。

こういう日は、外に出られて幸せだと思います。オンライン授業を続けている学生たちが気の毒に思えます。オンラインだからと言ってどこにも出ない学生は少ないでしょうが、この陽光を堂々と浴びさせてあげたいものです。東京の新規感染者数が久しぶりに5000人を割りました。この調子で行けば、新学期は新入生も含めて学校で授業ができそうです。そうなった時が、学生たちにとっての本当の春かな。

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何を学んだ?

3月11日(金)

あの年も、3月10日(木)が卒業式でした。あの日は、前夜多くの卒業生と語り合ったので、若干疲れ気味の体を引きずって出勤しました。8時ごろ、授業の準備をしていたら、午後の便で帰国するという学生が挨拶に来てくれました。「元気でね」と言って、手を振って見送りました。卒業生がごそっと抜けた午前クラスは、大半がクラス消滅です。私は残った数少ないクラスの1つの授業をしました。

朝の授業に遅刻して文法テストを受けられなかった学生の追試をしていた時です、揺れが始まったのは。その学生は机の下にもぐり込んだものの、腰が抜けてしまったのか、揺れが収まっても立ち上がれず、ただ泣くばかりでした。朝の学生は、おそらくきわどいタイミングで日本を離れられたのではないでしょうか。成田あたりで足止めを食らっていたら、きっと困り果てて学校に電話をかけてきたでしょうから。

伊勢丹のレストランの招待券がありましたから、早めに仕事を終えておいしいものを食べようと思っていましたが、そんな予定は吹っ飛んでしまいました。津波の映像を見ながら、帰宅できなくなった午後クラスの学生とともに、学校で夜を明かしました。

その後の日本がどうなったかは、皆さんご存じのとおりです。東京であの日の傷跡を見つけるのは難しいですが、東北地方にはあの日から手つかずのままのところもあれば、大改造を施されて以前の姿が想像もできなくなっているところもあります。「塗炭」などという生易しい言葉では済まされないほどの苦しみを、今も味わっている方たちがいることを忘れてはなりません。

世界はどうでしょう。あの後、世界中から温かい支援の手が差し伸べられる一方で、日本全土が放射線で汚染されているかのような報道もなされました。そういった誤解も、だいぶ解けてきたように思えます。それだけに、原発に攻撃を加えようとしている大国のリーダーには怒りを禁じえません。彼は、FUKUSHIMAから、原発は据え置き型の核兵器だということを学び取ってしまったのでしょうか。

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