戦いは続く

3月6日(月)

SさんがH大学を受けるための、KCPの書類を申請してきました。これから出願できる大学があるのかと驚きながら確認すると、試験日に書類を持っていけば受けさせてくれるそうです。しかし、H大学のページを見ても、そのようなことは書いてありませんでした。出願は、先月のうちに締め切られています。

考えられることは、H大学は受験生が集まっていないということです。留学生の募集にここまで躍起になっているということは、きっと日本人の募集もうまくいっていないのでしょう。ネットの情報によると、今年は多くの私大が受験生を減らしたそうですから、H大学が学生募集で苦戦していたとしても不思議なことではありません。

Sさんは、いわゆる一流大学、有名大学を受験し続けて、敗れ去ってきました。受験勉強のためと称して学校をよく休んだり、出てきても教師の目を盗んで問題集をやったりしていました。EJUの点数だけならどこかの大学に受かってもおかしくないのですが、結果を見る限り、EJU以外の評価が足を引っ張ったようです。

Sさんが実力だと信じていた力は、砂上の楼閣だったのです。最後の頼みの綱だったN大学では、受験生が集中したせいか、かなりハードな面接試験を課せられたらしく、あえなく沈んでしまいました。そういう訓練をしてきませんでしたから、当然の結果でもあります。

N大学の入試の直前には面接練習をしました。しかし、Sさんの答えには“一流・有名大学に落ちたから次善・三善の策としてとりあえずN大学に入っておく”というにおいがプンプンしました。4年間N大学に浸りきるんだという心意気が感じられませんでした。

さて、学生募集に困っていると思われるH大学は、Sさんをどう評価するでしょう。Sさんには、上述のように、出席率が悪いというハンデがあります。今週金曜日は卒業式ですが、Sさんの背水の陣は、まだまだ続きそうです。心休まる日は、しばらく来ません。

日本語教師養成講座へのお問い合わせはこちらへ

すばらしい通訳

3月4日(土)

この頃どうもAさんの様子がおかしいので、担任のB先生と一緒に話を聞くことにしました。Aさんは逃げも隠れもせずに指定した時刻に指定した場所まで来ましたが、Cさんを伴っていました。Cさんに通訳を頼んだと言います。Aさんだって上級の学生です。でも、自分の日本語に自信が持てず、自分よりもさらに上のクラスのCさんを通訳としてついてきてもらったのです。

生活状況の話も聞くつもりをしていましたから、プライバシーにかかわることも質問するがそれでもいいかと聞いたら、それも計算済みだと言います。こういう場合には事務職員が通訳を務めるのが常ですが、運悪く通訳ができる職員は仕事で外出していました。まさか上級の学生が通訳を必要とするとは思わず、約束をしていませんでしたからしかたありません。

Aさんとの話の内容をここに記すわけにはいきませんが、Cさんの通訳は素晴らしかったです。Aさんの言わんとしている微妙なニュアンスもくみ取って訳してくれました。初級の学生にこちらの考えを伝えてもらうことはありましたが、学生の思いの丈を日本語にしてもらうという通訳をしてもらったのは初めてでした。Aさんも、Cさんが私たちに話す日本語を聞いて満足そうでしたから、きっと的を射た通訳だったのでしょう。

Cさんは、EJUなどの試験の点数が非常に高いわけではありません。しかし、Aさんの言わんとしたことをきちんと日本語にできたという点においては、高度な日本語力というか、相手の気持ちに寄り添うコミュニケーション力を有しているのです。こういう学生がKCPで育ったということがうれしかったです。なにせ、Cさんはおととしの春、レベル1のオンライン授業で私が教えた学生ですから、ちょっと鼻が高くなりました。

日本語教師養成講座へのお問い合わせはこちらへ

心配性

3月3日(金)

JさんはA大学とG大学の大学院に合格しました。さんざん悩んだ末に、A大学の大学院に進学することにしました。しかし、Jさんの悩みはそれにとどまりませんでした。日本で就職しようと思っているJさんにとって、日本の会社はどのような人材を求めているか、そういう人材に成長するには進学後にどうすればいいか、といった点が今の最大の関心事になっています。そんなJさんが、午後、私のところに相談を持ちかけてきました。

人を雇うということは、その人の能力や技術や経験や人脈や個性や、すべてを“買う”ということです。そして、会社は社員に、その給料の数倍のお金をかけるものです。それだけの価値があるかどうかが、会社が社員を採用する際の判断基準です。思い切って言ってしまえば、この人はわが社にどれだけ貢献してくれそうかということで、採用の可否が決まります。

だから、Jさんには、自分を売り込むポイントを探し出せと答えました。そこが出発点です。セールスポイントが思いつかなかったら、大学院在学中に作ることです。そもそも、まだどんな方面に就職するかも明確ではないのですから、大騒ぎしすぎるのも考え物です。でも、Jさんは、自分は昔からそんな性分だと言って苦笑いをしていました。次々と心配事が持ち上がって、気の休まる暇がないのだそうです。

Jさんは4月から大学院に進学しますが、1年後はもう就活です。それまでに、切り札が見つかるでしょうか。就活の武器を手にすることができるでしょうか。

日本語教師養成講座へのお問い合わせはこちらへ

花の下で、魚の前で

3月2日(木)

課外授業。上級は、葛西臨海水族館と葛西臨海公園へ行きました。

朝、少し早く葛西臨海公園に着いたので、園内を軽く一回りしました。すると、駅からも水族館からも程近いホテルの庭のカワヅザクラが満開になっていました。ソメイヨシノよりも濃いピンクが非常に鮮やかで、これはきっと学生の印象に残るでしょうから、水族館見学のあとで連れてこようと思いました。

9時3分前ぐらいに、息を切らせながら集合場所のJR京葉線葛西臨海公園駅前に駆け込んできたのは、Tさんでした。遅刻の常連なのにどうした風の吹き回しかと聞いたところ、集合時間を早い方に間違えたとのこと。周りの先生から、「学校の授業も8時からだと思えばいいんだよ」と盛んに突っ込まれていました。

Kさんは自転車用のヘルメットを抱えて登場。Kさんのうちから10キロ余り、40分だったそうです。電車で来るより早かったかもしれません。去年の川越も自転車で行ったそうですから、それに比べたら楽勝でしょう。

みんな揃ったところで水族館へ、幼稚園の「さよなら遠足」と重なってしまい、入るまでに時間がかかりました。私たちも「さよなら遠足」みたいなものですから、「さよなら遠足」と書かれた幕の前で記念写真を撮る園児たちをほほえましく見ていました。

水族館では、学生たちは思ったよりずっと、魚やらペンギンやらにへばりついていました。教室では1人でいることが多い学生が数人連れで写真を撮り合ってはしゃいでいるのを見ると、こういう授業をしてよかったと思いました。これをきっかけに、新たな友人関係が生まれたら、言うことはありません。

水族館を出たら、朝発見したカワヅザクラまで学生たちを引っ張っていきました。こちらも、学生たちは予想以上に反応し、花など全く似合わないひげ面の男子学生まで写真を撮っていました。モデルよろしくポーズをとって連写してもらっている女子学生もいました。

学生たちには、卒業直前の思い出作りになったでしょうか。10日の卒業式まで数えるほどの授業日しかありません。その間、濃厚な日々を送ってもらいたいです。

日本語教師養成講座へのお問い合わせはこちらへ

難しい文法

3月1日(水)

Bさんは来年の進学を目指しています。もう1年KCPで勉強するにあたって、どのようにして日本語力を伸ばし、進学につなげていくかについて面談しました。

得意科目を聞くと、漢字、文法、読解といいます。苦手なのが、会話、聴解、作文です。会話は、学校外で日本人と話すとき、どんな単語や文法を使ったらいいかわからなくなるから苦手なのだそうです。作文もほぼ同様です。さらに突っ込んで聞くと、上級らしく難しい単語や文法を使おうとするけれども自信が持てないのだそうです。上級になり切れていない学生が背伸びしようとすると、このようになりがちです。

日本人だって、日常会話でN1やN2の文法を使いまくっているかというと、全くそんなことはありません。みんなの日本語レベルの文法を上手に組み合わせているにすぎません。これが本能的にできるところが母語話者なのですが、Bさんが想像しているほどの難しい文法など使っていません。私も、この稿では意識してN1の文法を使いますが、話しているときは、教師相手でも「みんなの日本語」ですね。

入試の面接にしても、状況は変わらないでしょう。無理して小難しい文法を使って失敗するよりは、初級文法を正確に使いこなす方が、評価は高いに違いありません。面接練習でも、そういう指導をしています。

そんなことをBさんに伝えましたが、これで問題が解決するくらいだったら、Bさんはこんな悩みを打ち明けることもないでしょう。口を開くチャンスがつかめないんでしょうね。こんなふうに一対一で話を聞く機会を提供していくことが、Bさんの会話力を伸ばすほぼ唯一の道だと思います。

日本語教師養成講座へのお問い合わせはこちらへ

病人集団

2月28日(火)

学校を休んでWさんに電話をかけて理由を聞きました。「足が痛くて歩くのが大変でしたから病院へ行ったら、尿酸値が高いと言われました」「えっ、それって痛風ってこと?」「は、何ですか?」となってしまいましたが、足が痛くて尿酸値が高いとなれば、痛風に決まっています。

Wさんに限らず、私の周りの学生には、高血圧とか腰痛とか肥満とか貧血とか、生活習慣病が疑われる人が多くて困ります。そう言われていなくても、不健康そうな顔つきをしている学生をよく見かけます。昔は“アルバイトのし過ぎは万病の元”でした。しかし、今はアルバイトをする学生が珍しくなりました。ですから、それ以外の生活習慣に何らかの原因があるはずです。

まず、食生活が怪しいです。休み時間にコンビニまで猛ダッシュしておやつを仕入れて、授業が始まりまでに大急ぎでぱくつく学生が少なくありません。朝食抜きは昔から多かったですが、昼食夕食もいい加減な学生が増えている気がします。お菓子で3食済ませてしまうという話もよく耳にします。私も食生活は自慢できたものではありませんが、野菜と果物とヨーグルトとという具合に、どうにかバランスを保とうとしています。学生にはそういう意識が薄いように思えてなりません。

それから、ストレスです。我々教師もストレスを与える側に回ることが多いですが、教師以外が源となっているストレスが多くなっている気がします。家族の期待、自分が自分にかけるプレッシャー、住環境でのいざこざ、日本の生活になじみきれない、進学に対する焦りなど、数え上げたらきりがありません。

運動不足もあるでしょう。エレベーターに列をなす学生を何とかしたいです。先日の御苑でも、なかなか行きたがらなかった学生が何名かいました。Pさんもその1人でしたが、行ったら大はしゃぎしていました。体を動かすのを億劫がって、本当に動かさないままになっている例が多いのではないでしょうか。まあ、痛風になってしまったら、動かすどころの騒ぎじゃありませんが。

あさっては、葛西臨海公園まで行きます。学生には、せいぜいたくさん歩いてもらいましょう。

日本語教師養成講座へのお問い合わせはこちらへ

地下活動に潜入

2月27日(月)

先週あたりから、演劇部が地下活動を続けています。演劇部は3月10日の卒業式で発表をする予定です。今年の卒業式はKCPの6階講堂ではなく、数年ぶりに四谷区民センターで行われます。そのステージに立とうと、N先生のご指導の下に、地下の多目的室で日々練習に励んでいるのです。私もチョイ役をいただいていますから、昼休みにその練習に呼ばれた次第です。

6階講堂ならマイクなしでも会場中に声が届くでしょうが、四谷区民センターとなるとそうはいきません。ですから、限られた本数のマイクをどう回すかも考えながらステージ上での動きを決めていきます。私も「Aさんからマイクをもらって…」と、マイクの動き指示も受けました。

私のセリフはほんの二言三言ですから知れたものです。でも、年のせいか、それがなかなか頭に入らないんですねえ。しょうがないですから言葉の勢いと動きで周りを圧倒して、セリフのあやふやさをごまかしています。まあ、大体どんなことを言えばいいかは頭に入っていますから、それに合わせていけば大崩れはしないでしょう。

学生たちは、セリフもたくさん出し、振り付けもあるしで、私の数倍かそれ以上に負担があるはずなのですが、みんな果敢にそれに立ち向かっています。練習のたびに改良案が出てきて少しずつ形が変わりますが、そんなことなどものともせずにどんどん吸収していきます。伸びようとする力は、見ていて気持ちがいいです。

来週の金曜日が本番ですが、それまでにみんなが揃って練習できる機会はそんなに多くありません。でも、この勢いなら卒業生へのすばらしいはなむけになるのではと期待させてくれます。

日本語教師養成講座へのお問い合わせはこちらへ

最後の試験

2月24日(金)

9字7分前ぐらいに6階の試験会場に入ると、3名の学生が談笑しているだけでした。20名余りの学生がこの教室で卒業認定試験を受けることになっているのですが、どうしたのでしょう。定期試験の日は早めに登校して教室で勉強する学生が多いものなのですが、自信たっぷりなのでしょうか、それとも「卒業」をあきらめてしまったのでしょうか。

…などと気をもんでるうちに学生が集まりだし、9時3分過ぎぐらいには欠席2名となりました。卒業認定試験は学生にとってKCPで受ける最後の試験なのですが、始業時刻直前に駆け込むという日常が繰り返されました。

KCPは、卒業認定試験に合格しないと、卒業式でもらう証書が「卒業」証書ではなく、「修了」証書になります。修了証書になったところで大学合格が取り消されるわけではありませんが、送り出す側としては有終の美を飾ってほしいと思っています。この学校で最後まで全力で日本語を勉強したという証が、卒業証書なのですから。

欠席した2名のうちの1名、Kさんは、最近授業に対するやる気が感じられず、認定試験は逃げるんじゃないかなと思っていたら、案の定でした。お昼過ぎに、「体調不良で欠席しました」というメールが届きました。完全な無断欠席でなかったことで良しとしなければならないでしょう。

もちろん、試験の成績も吟味します。Tさん、Dさん、Wさん、Sさん、Rさんあたりはきちんと勉強して受けた形跡があります。Yさんは、苦手科目には手を付けなかったのかな。どの科目も早々に提出したJさんは、他の学生が大苦戦した会話の問題でほぼ満点でしたが、ほかの科目は散々でした。

上級担当教師は卒業認定試験が終わると一山越えた感じになりますが、まだ合格が決まっていない学生への指導が待っています。Gさん、Lさん、あんたたちが片付かない限り、私に安らぎの日は来ません。頑張るだけでは意味がありません。結果を出してください。

日本語教師養成講座へのお問い合わせはこちらへ

初めての素顔

2月22日(水)

久しぶりに、新宿御苑へ行きました。去年の卒業式後に卒業生を連れて行って以来です。節分の日に春を探しに行こうと計画していたのですが、あまりの寒さに中止しました。そのリベンジという面もありますが、上級のクラス写真を早咲きの桜の下で撮ろうというのが主たる目的です。

前半の授業を終えて、11時少し前に学校を出ました。気温は上がっていませんでしたが、抜けるような青空で、風も弱く、覚悟していたより寒くはありませんでした。入苑時に御苑の職員がたっぷりお役所仕事をしてくれたようで、10分以上は待たされました。それでも、学生から「寒い」という声は聞こえてきませんでした。スマホに夢中だったからかもしれませんが…。

苑内は、ぱっと見は冬枯れですが、木々をよく見ると新芽を膨らませているのもありました。大城戸門からしばらく歩くと、下見でT先生が目をつけていた早咲きの桜が、白と濃いめのピンクの花を誇っていました。周りが殺風景なだけに、目を引きますね。スマホで接写している学生もいました。きっと、春のかけらが欲しいのでしょう。

写真の時は、屋外でもあることだし、マスクを外してもらいました。私にとって、大半の学生が初めての素顔でした。意外と子供っぽい顔、思ったより大人びた顔、勝手な想像とは逆にふっくらした顔、オンラインの画面で見た時よりもずっと精悍な顔など、実に様々でした。

そんな顔を見ながら、秋に進学したAさんや、病気のために帰国を余儀なくされたBさんや、今ここにいる学生たちと机を並べた面々を思い出しました。みなさんどうしているのでしょうね。

日本語教師養成講座へのお問い合わせはこちらへ

その気にさせて

2月21日(火)

以前この稿でも取り上げた火曜日の選択授業・日本の地域紹介は、今秋から卒業式直前の最終回まで、学生たちの発表としました。観光・旅行案内を作るという目標を掲げていますから、なにがしかしてもらわなければ困ります。そこで、自分が調べた地域や行ったことのある地方について、クラスで発表するということにしました。

Gさんは全国の3つの牧場を紹介してくれました。私はその3つのうち2つは行ったことがありました。発表の後で「3つの中で一番のおすすめは?」と聞くと、私が行ったことのない牧場を挙げました。「ひつじのショーン ファームガーデン」です。滋賀県米原市にあります。

Yさんは、去年の夏に行った伊豆半島についてでした。熱海の花火大会はパワーポイントからいきなり大きな音が出てきて、びっくりさせられました。聞いていた学生の目は、金目鯛をはじめとする料理に見向いていたようです。

Hさんは鬼怒川温泉と日光。KCPのバス旅行で日光江戸村は数回行きましたが、鬼怒川温泉をじっくり味わったことはありませんね。日光もバス旅行で行きました。雨に降られた思い出が強く残っています。

Mさんは榛名山を取り上げました。2回行ったことがあるそうです。ですから、頭文字Dの聖地などというマニアックなところまで教えてくれました。

こういう発表は、初回の人は“相場”がわからず苦労するものです。でも、4人の皆さんは、それぞれ何か残してくれました。これを見て、来週以降発表の学生たちはペースがつかめたのではないでしょうか。

私を行く気にさせたら、その発表にはAプラスをあげましょう。

日本語教師養成講座へのお問い合わせはこちらへ