謎の会話

9月25日(木)

昨日に続いて、レベル1の会話テスト。

「10月に国の友達が日本へ来ます」「そうですか。どこへ行きますか」「京都へ行きたいです」「京都へ行くなら清水寺がいいですよ。今、秋ですからきれいですよ」「昼ご飯、何を食べますか」「京都ならおいしい料理がたくさんありますよ」「私は松屋の牛丼を食べます」「京都は松屋やすき家の牛丼じゃなくて、京都の食べ物を食べたほうがいいですよ」

…というような、話が通じているのかいないのかよくわからない会話が続きました。わあたしは筋を追いかけるので精いっぱいでしたが、当の本人たちは妙に楽しそうでした。こんな会話でお互いに意思疎通ができているのでしょうか。テストですから教師が介入するわけにはいきません。もどかしい気持ちを抱えながら既定の字いかんが来るまで会話を聞き続けました。

さらに、このような会話を採点しなければなりません。発音や流暢さはどうにかつけられますが、やり取りそのものの評価や習った文をきちんと使っているかどうかとなると、頭を抱えてしまいます。上述の場合、「昼ご飯、何を食べますか」と質問した学生は、話題を変えようとしたのです。レベル3あたりなら「ところで」などという便利な接続詞を使ってくれるのでしょうが、レベル1の学生にはそんな器用なまねは望むべくもありません。

逆の見方をすると、このやり取りは中級あたりの教材に使えるかもしれません。「これじゃ何を言っているかわからないでしょう。だから接続詞って大事なんですよ」という方に学生の頭が向かないものでしょうか。

採点は一応終わりましたが、明日、醒めた目でもう一度録画を見てみるつもりです。

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牽引力

9月24日(水)

レベル1の期末テストの1科目として、会話テストをしました。中間テストでは教師と学生の会話でしたが、期末テストでは学生同士でしてもらいます。教師と学生なら、教師がリードして、時には手加減をして、会話を進めていけます。しかし、学生同士ではそういうわけにはいきません。お互い協力し合って会話を作り上げていくところに、中間テストにはない難しさがあると言えます。

最初はSさんとKさんのペア。教室ではSさんの方が1ランク上という感じです。課題を見せると、SさんがKさんに話しかけ、Kさんがそれに答えました。その答えを聞いてSさんがさらに質問するという流れが続きました。Sさんは、Kさんが質問の意味を理解していないと感じると、言い方を変えて質問していました。教室での力の差がそのまま会話テストにも現れたなと思いました。

次のMさんとGさんは、教室ではGさんの方がよく話します。Mさんはめったに口を開きません。ところが、課題を示すと、Mさんが先手を取ってGさんに質問して会話が始まりました。その後は、MさんがSさん、GさんがKさんで、Mさんが会話を引っ張り続けました。Mさんがここまで話をするなんて、全く予想できませんでした。Mさんはおとなしいですがコツコツじっくり勉強するタイプで、それがここで一気に花開いたという感じでした。

SさんとMさんは、相手の反応を見ながら会話を作り上げていく力が備わっていました。大したコミュニケーション力だと思います。レベル1でも期末テストになるとここまでできるようになるのです。こちらも勉強になりました。

その次のAさんとBさんは、2人ともよくしゃべる学生ですから、会話テストでも話が盛り上がりました。これは予想通り。そのまた次のZさんとYさんは、ペーパーテストでは点を取りますが、会話力には巨大な“?”が付く2人です。これまた予想通り、竜虎相打つと申しましょうか、ハラハラドキドキさせられました。

AさんとBさんは、SさんやMさんのような会話の牽引役が務まるでしょう。ZさんとYさんはどう見ても牽引役にはなれそうにありません。KさんとGさんは、ZさんやYさんが相手なら、いわば追い詰められて、会話を引っ張るのではないかという気がします。この成長の差はどこから来るのか、それを突き止めるのが今後の課題です。

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条例成立

9月22日(月)

愛知県豊明市のスマホ条例が可決成立しました。10月1日から施行されます。市議会では19人中12人が賛成したそうです。罰則規定はないものの、スマホの利用制限を謳った条例は全国初です。この条例は今学期、上級の授業「社会を知る」で取り上げましたから、関心を持って見ていました。

条例では、1日のスマホ使用時間を2時間以内にすると規定されています。この2時間には職務や学習で使用する時間は含みません。余暇時間に趣味・娯楽などで使うのが規制の対象です。

この稿でも散々述べてきたように、授業中もスマホが手放せない学生が少なからずいます。依存症的症状の学生も、各クラスに1人や2人はいるんじゃないでしょうか。息抜きでスマホを見るのはともかく、スマホが体の一部と化しているのではないかと疑いたくなるような使い方は異常です。

だいぶ以前の卒業生Gさんは、今思うと、スマホ依存症の走りでした。どんなに注意してもスマホを手放そうとしませんでした。自分で依存症だと言っていました。理数系のセンスのある学生だったのですが、EJUのようなマークシート方式の問題はできたものの、答案を書く問題は最後までできませんでした。それができたら、かなり“いい大学”に入れたことでしょう。しかし、進学したのは、Gさん自身も少し不満の残る大学でした。

最近、「ルポ誰が国語力を殺すのか」という本を読みました。3年前に発売された単行本が今年7月に文庫化されなした。そこにもスマホの問題がありました。KCPで成績が低迷している学生も、実はこの本に取り上げられている例と似たような状況なのかもしれないと思いました。

海外に目を転じると、オーストラリアは、12月から16歳未満のSNSの利用を禁じる法律が施行されます。EUも来年未成年のSNS利用を規制する法案を提出するそうです(日経新聞による)。そういう規制が広まらないと、先進国では少子化で減った子どもの半数がスマホ依存症…などということになりかねないとすら思っています。KCPの学生を見ていると、そんな悪夢が頭をよぎります。

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組み合わせ

9月20日(土)

毎学期実施している上級の実力テストの採点をしました。私のクラスは、予想通りというか順当にというか、授業の時に“こいつできるな”と思った学生が好成績でした。欠席がちな学生や、出てきてもぼんやりしているような学生は、悲惨な成績でした。

この実力テストは、進級の可否には関係ありません。来週の期末テストでしかるべき点数を取れば、実力テストの結果が悪くても進級できます。1つ上のレベルではなく、もう1つ上のレベルに飛び級したらどうかと声をかける時などに参考にします。もちろん、次の学期の教材選定や授業の進め方の決定の際も判断材料の1つにします。

期末テストは、授業で取り上げたことが理解できたかどうかを見るテストです。まじめに出席し、教師の話をよく聞き、グループワークなどにも積極的に参加してきた学生が、点が取れるようになっています。実力テストは、学生にとって初見の文章から問題が作られます。ですから、まじめに出席していなくても点が取れることだってあります。

学生の日本語力をより正確に表しているのは、実力テストでしょう。じゃあ、実力テストの成績順にクラス編成すればいいかというと、そういうわけでもありません。やっぱり、クラス内にも多様性が必要です。同じタイプの学生ばかりだったら、刺激に乏しいクラスになってしまいます。

そういう意味では、今の私のクラスはほどほどに成績もキャラクターも人生経験もばらついています。グループ活動をすると、学生たちは毎回“へーぇ”と感じさせられているようです。

とはいえ、このクラスも解体しなければなりません。どんな組み合わせにしたら、学生たちに新しい“へーぇ”を配給できるでしょうか。

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秋初日

9月19日(金)

すっかり秋めいちゃいましたねえ。今朝の最低気温は18.6度で、東京の気温が20度を割ったのは3か月ぶりだとか。また、日中の最高気温は26.3度でしたが、この前の日曜日は最低気温でさえ26.6度でした。昨日まで生暖かかった外階段の金属製の手すりも、12:15に授業が終わって1階へ降りて来る時でも触るとひんやりしました。

気象庁の観測データを細かく見ていくと、昨日の午後3時頃を境に、南ないし西寄りの風だったのが、北ないし東寄りの風に変わりました。ほぼ同時に、それまで北陸地方の沿岸にあった前線が、関東南岸にまで南下しました。東京の気温は、10分間で2度余り下がり、その後も下がり続けて、秋に突入しました。同じころ、大阪でも20分で4度下がりました。秋の空気が入り込んだのです。

急に涼しくなったせいかどうか知りませんが、毎朝早く登校してラウンジで勉強しているSさん、今朝はのどが痛いとのことで、かすれた声で「おはようございます」と挨拶していました。私の教室では、暑がりのCさんがエアコンを強くすると、寒がりのLさんは比較的気温の高い窓際でも震えていました。クラスのみんなが一致団結してエアコンがんがんなら話は簡単なのですが、こういう微妙な気温の時期は、室温のかじ取りが難しいです。

先日のこの稿で、“10月1日に衣更えができるだろうか”と書いてしまいましたが、この調子だと滝のような汗を流しながらスーツ姿という最悪の事態には陥りそうにありません。予報によると、真夏日は復活しても、熱帯夜は打ち止めのようです。

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明るい顔

9月18日(木)

Hさんが今学期で退学します。帰国して、国で勉強して、大学受験の際は短期ビザで来日するそうです。出席率があまり芳しくなく、出席しても机を枕に寝ていることがたびたびありました。すでに上級まで来ていますから、ここで退学したとしても学び残したことはさほど多くないはずです。

退学届けを出した報告に来たHさんの顔つきが今までになく明るくすがすがしく、私たち教師から、何で休んだんだとか、授業中に寝るなとか、どうして宿題をしてこないんだとか、小言を言われ続けてきた毎日が、よほど重苦しかったのでしょう。そういうのから解き放たれればのびのびと勉強ができ、受験にもプラスに作用するかもしれません。

そう考えると、日本語学校の教師なんて、因果な商売です。本人のためと思って注意したり指導したりしても、それが裏目に出ることが稀ではありません。授業の時にHさんの笑顔を見たかったですが、教師としての務めを果たそうとすると、それがかなわないんですよね。

留学ビザの制度や留学生入試の仕組みを基準に考えると、やっぱり学生には厳しく当たらなければなりません。普段優しく接していても、最後の最後には真反対の態度を取らざるを得なくなります。それなら日々悪役を続ける方がましでしょう。

私の方も、もうHさんと対立する必要がないと思うと、肩の力が抜けました。期末テストまであと3回しか授業がありませんが、何とかKCPはあなたの敵ではないんだよ、退学してもいつでも力になるよとメッセージを送りたいです。

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会話テスト不合格

9月17日(水)

レベル1は、今、授業中に会話テストをしています。1日に2ペアぐらいずつ、その場で課題の絵を見せて、会話を作り発表してもらいます。課題の絵と言っても、学生にとっては初めて見る絵ではなく教科書に載っている絵ですから、手も足も出ないなどということはありません。教科書丸暗記を披露するのではなく、自然な会話を聞かせてほしいのです。さらに、教科書にはないオリジナリティーが加わっていれば、高得点につながります。

こういう仕組みなら、誰でも好成績が挙げられそうですが、そうは問屋が卸しません。Fさんはその典型です。テストではそこそこの点を取るのですが、話すことに関してはからっきしだめです。授業中に自ら進んで発言することはなく、例えばます形を与えてて形を言わせるなどというのをやらせてみても、まともに答えられたためしがありません。指名されて漢字教科書の例文を読むのが精いっぱいの所です。

そのFさんの会話テストがありました。ペアの相手はTさんでした。昨日会話テストだったのに休んでしまったという負い目があるのか、Fさんをたきつけて会話を盛り上げようとしますが、Fさんにはそう簡単に火が付きません。結局、Tさんの闘志(?)が空回りして終わってしまいました。私の採点は、Tさんは合格点、Fさんは甘くつけても合格点には届きませんでした。

KCPでは会話を重視していますから、このままでは、Fさんは進級できないかもしれません。でも、進級させたら上級になっても話せない学生を生み出すことに直結してしまいます。面接試験が重視される留学生入試においては、非常に不利であることは言うまでもありません。でも、おそらく、Fさんには危機感などないんですよね。

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依存症悪化

9月16日(火)

「先生、Yさんなんですが、今朝の漢字テストの最中、ずっとスマホをいじっていたんです」と、授業担当のT先生から報告がありました。「でも、漢字を調べているようでもなかったんですよ。なんか違うことをしているみたいで…」と困った顔をされていました。

Yさんは私の授業の時にもそうでした。他の学生がみんな課題に取り組んでいる時に、貧乏ゆすりをしながら、SNSをやっているのか動画を見ているのか、下を向きっぱなしでした。注意すると一瞬やめるのですが、私が目を離すや否や、またスマホを見始めるのです。その課題について答えを求めても、当然答えられません。「あなたはこの授業時間中、結局、何をしていたのですか」と聞いたら拗ねてしまったらしく、その後私を避けるようになりました。今学期の初めは、こんなにひどくはなかったんですがねえ。

「先生、Gさんはどうにかなりませんかねえ。授業の最初にスマホをかばんにしまわせたんですが、いつの間にか出していじってるんですよ。もう、私の手には負えません。来学期は数学を取りたいと言っても取らせないでください」。数学の授業から戻ってきたS先生も訴えます。以前はそれほどではなかったのですが、Gさんもいつの間にかスマホにどっぷり漬かってしまいました。

この2人は、どう考えてもスマホ依存症です。このままでは、EJUや入学試験の最中にスマホを手にしかねません。1時間以上にわたる試験時間中スマホを我慢できたら、2人にとっては奇跡です。さらに悪いことに、こういう学生が学校全体で増えているようなのです。授業のあり方自体を変えなければならないかもしれません。

スマホなしでも平気な私には、YさんやGさんの気持ちを理解することは不可能かもしれません。そうすると、対策を立てても効果があるかどうかわかったものではありません。う~ん、頭が痛いです。

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若者は暗記?

9月12日(金)

日本語プラス生物が終わると、「先生、ちょっと聞いてもいいですか」とYさんが質問に来ました。「先生、これも暗記しなければなりませんか」と、自分で買った資料集の表の中にある単語を指さします。老眼を凝らしてよく見てみると、光合成色素の一種でした。もちろん、知らないよりは知っていた方がいいですが、大学受験の段階では知らなくても支障のないものでした。「東大を受けるなら覚えたほうがいいかもしれないけど、EJUのレベルなら知らなくても関係ないよ」と答えると、「そうですか」とにっこり笑っていました。

「塾の先生が暗記しろと言ったので…」とYさんは付け加えました。塾の先生はだいたい大学生です。その光合成色素はその先生の研究分野に深くかかわっているのかもしれません。思い入れが強すぎて、うっかり「暗記したほうがいい」と言ってしまったんじゃないかとも思いました。

学問には何も考えずに暗記しなければならない、少なくとも暗記したほうが効率がいい事柄もあります。でも、理想は何回もお世話になっているうちに自然に覚えてしまったというパターンです。受験生なら、練習問題をたくさん解いているうちに頭に染みついてしまったといったところでしょうか。そう考えると、Yさんが示した単語は、頭に染みつくほど問題集に登場するとは思えません。

物覚えが悪くなり、暗記を避けたい気持ちになっているからかもしれませんが、気安く暗記で物事を解決しようという考えには素直に賛成できません。その事柄の周囲との連携や、背景まで理解することが第一です。Yさん、暗記の生物じゃ、大学に入ってから苦労しますよ。

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病気の学生

9月11日(木)

日本語プラス物理の時間。「じゃあ、この例題をやってください」と言って、モニターに例題を映し出し、教室内を見て回っていると、Gさんがスマホを手にしました。「EJUではスマホは使えませんよ」と注意しても、「計算するだけですから…」とスマホを手放そうとしません。その問題、スマホのおかげでGさんは正解でした。

「次はこちらです」と別の例題を出し、しばらくすると、「先生、これはスマホでは解けません」とGさん。先ほどの問題に比べると、問題文から作られる方程式が多少複雑です。でも、1次方程式ですから、理系の受験生にとっては楽勝のはずです。Gさんが言いたいのは、未知数を求めるために式を変形するのにスマホの計算機が使えないということです。

他の学生が解き終わったようなので、解説を兼ねて楽な計算法を説明しました。「ここで4と4.2はだいたい同じと考えて、消してしまいます」と言ったら、すかさずGさんが「先生、それじゃ答えが違っちゃいます」とクレームをつけました。「もう少し話を聞いてください」となだめて説明を続けました。そして、最終的には正解の選択肢に近い数値を出しました。「EJUだったらこの程度の計算で十分です。今の私のやり方なら、スマホは要らないでしょ」と言っても、Gさんはどことなく不満げでした。

EJUの物理の計算問題は、概算ができればいいのです。せいぜい上2桁の計算で十分です。概算で出した数値に一番近い数値の選択肢を選べば、だいたいそれが正解です。だから、4と4.2を同じとみなしてもどうにかなってしまうのです。そういう計算の工夫をせずに計算機に頼って答えを出そうとしていると、本番ではひたすら筆算を続け、時間を浪費します。スマホに頼り切った頭では、筆算に時間を要することは火を見るより明らかです。

こういうずるい計算は、数字に対する勘を養うのに役立ちます。数字に対する勘が働くかどうかは、研究者にとってもエンジニアにとっても、必要欠くべからざる感覚です。そういうことを言い続けて、すでにレモンを10個一気食いしたぐらい口が酸っぱくなっているのですが、Gさんには伝わらないようです。

他の先生の話だと、他の授業時間でもGさんはすぐスマホに手を出すそうです。数字の勘を養うよりも、スマホ依存症を治療するほうが先のようです。

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